Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 44

 

[1999年8月5日 明星作戦 最終防衛線 米軍戦域]

 

 前日から乗り込み、作戦開始からしばらくして第1防衛線の米軍に合流した。思いの外、呆気なく合流することができたのはよかったものの、肝心の情報収集は上手くいかなかった。

そもそもストレートにG弾のことや、他軍内での作戦を聞き出すことはできない。そうなると戦術データリンクから得られる具体的な米軍の情報に頼らざるを得なかった。最も、合流した部隊が末端の一般部隊だったというのが誤算だったのかもしれない。

誤算があるとすれば、アメリカ至上主義の塊みたいな衛士ばかりだと思っていたが、そうではなかったというところだろう。

 

『アーチャー5よりレイヴンズ。お前らもつくづく付いてねぇよな。作戦早々部隊が恐慌状態に陥って散り散りになるなんて』

 

「本当、そうですよ。つい最近入った新兵のことは気にしていたつもりなんですが、事前催眠があまり効果なかったみたいで、BETAをみるなり大混乱でしたからね」

 

『そのルーキー共が無闇矢鱈に発砲、先任や上官たちが逃げ始めると余計に混乱。後はこのザマってのは、本当に笑えないね』

 

 米陸軍の一般戦術機中隊に合流したが、米軍の部隊編成の基本は大隊だ。おおもとになっている大隊と連絡を取り、同行が許された。

 合流したのは米陸軍第38戦術機甲大隊 アーチャーズ。元在日米軍の部隊だというのは、まりもちゃんから聞いている。何故そんなことを知っているのかは分からないが、少なからず情報があるのは有り難い。

 アーチャーズのC中隊、彼らは本隊から少し離れていたという。本隊は戦況が不利になっていると分かると早々に後退を決断し、現戦域から撤退したという。彼らC中隊はその殿であり、物資の確保や他部隊の支援をしていた。そんな中、近くの戦域をふらふらしている俺たちを発見したというのだ。

 一方で、俺たちはというと、戦術データリンクを介して米軍司令部のサーバーにハッキングを仕掛けていた。戦場のど真ん中ですることではないことは理解しているが、特にやることなんてない。膝の上で開いているラップトップから機体を介してハッキングプログラムを走らせているだけだった。

 そのハッキングプログラムを作ったのは霞と純夏。と言っても、基本的に霞は口出ししただけで大部分は純夏によるものだった。こういったプログラムを作るのは問題なく行えるらしく、解析速度と高度なセキュリティウォールを突破するだけの能力を持った自律走査プログラム、という。何を言っているのか分からなかったが、とりあえず使えることは確認しているという。

このプログラムを半日で作った純夏は凄いな、なんて関心していると、ラップトップに通知が入る。

 

《 セキュリティウォールを突破したよ! これから走査に入るね! 》

 

 何とも純夏らしいフロー通知だ。どうやらものの数分もしないで司令部サーバーへのハッキングが終わったようだ。

 

『レイヴン1よりレイヴン2』

 

 神宮司大尉から秘匿回線が入る。

 レイヴンズもといTF-403の指揮権は俺が持っているが、表向きは階級が上であるまりもちゃんが持っていることになっている。故にまりもちゃんのIDが01で俺が02になっているが、最初は混乱したものの、今ではかなり慣れてきていた。

 まりもちゃんからのコール内容は、十中八九、ハッキングについてだろう。事前に何を行うかは教えているものの、まりもちゃんに全てを教えている訳ではない。教えたところで行動に対する疑問点があがり、それを尋ねるまりもちゃんに話してしまえることも多くはないのだ。そのほとんどがオルタネイティヴ計画に関わることだからだ。

 

「レイヴン2よりレイヴン1。どうしました?」

 

『……米軍司令部へのクラッキング、本当に大丈夫なの?』

 

「問題ありません。霞と純夏を信じてください」

 

 どうやら気になったのは、その点だったようだ。相手は本国を離れているとはいえ"天下の米軍"だ。無論、対人類の電子戦を想定した装備やマニュアルも用意されているだろう。だが、こちらはオルタネイティヴ計画。米軍を相手取って戦うこともいとわないのが、俺たちのボス(香月夕呼)の意向なのだ。

 今頃、米軍のデータサーバーを走査しているプログラムは、オルタネイティヴ計画謹製の代物だ。それも信頼している要員が作成したもの。俺が信じずして、誰が信じるというのだろう。それにもし、逆ハックされたとしても問題ない、というのは製作者の語るところなのだ。特に心配することもないだろう。そもそも、逆ハックされる前提で作られていると言っていた。ならば、堂々と使ってデータを奪えばいいだけなのだ。

 そうこうしていると走査も大体が終了し、抽出したデータの一覧が表示される。サッと中身を確認し、該当しそうなファイルを開くとそれは大当たりだった。そして、俺の次の行動へと移させる決定打となったのだ。

 

『グループリードよりアーチャーズ。ボスからの司令だ。これよりC中隊と合流次第、第7艦隊の停泊する浦賀駐屯地へ向かう。俺たちはそのまま機体の点検整備を行い、号令がかかるまで待機だ』

 

 戦術データリンクからバストアップウィンドウに大隊指揮官が表示される。一言も話したことのない相手だが、俺たちの合流を認めた相手だ。米軍司令部へのサイバー攻撃は察知されているだろうが、出処まではまだ掴めていない様子。俺たちを疑う様子もなく、近距離通信で話し始めたのだ。

 今の命令は実質的な撤退を意味していることは、作戦要項を把握しているならば気付かないはずがない。しかし、大隊の誰もが疑う余地も見せななかった。

 もう裏も取れた、と言っても過言ではない。

即座に俺は専用回線を開く。

 

「レイヴン1よりHQ(国連軍司令部)

 

 俺とまりもちゃんの機体にだけ接続を許された回線を開き、通信を試みる。もう重金属雲を抜け、後方に各軍の部隊が見えてきていた。

 

『HQよりレイヴン1。感良好』

 

 国連軍C型装備に身を包むCP将校のバストアップウィンドウが表示され、その端に見覚えのある姿を確認する。

 

「レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このままでは墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"」

 

 その言葉を発するのと同時に、機体からデータを送信する。これまで機体で録音していた通信データとハッキングで抽出したデータをファイルにまとめたものだ。

 同時にCP将校から見慣れた国連軍将校に白衣というミスマッチな格好をしている女性が映し出された。モニタを確認しているのだろう、数分もしない内にそのまま席を離れてしまったため、入れ替わるように応答したCP将校に話し続ける。

 

『HQよりレイヴン1。……どういった意味だ』

 

「他意はない。意味は伝わったようだ。これより本隊の現在地を送る。周辺の戦況を確認したい」

 

『……HQ了解。少し待て』

 

 程なくして戦術データリンクに詳細な戦術データが送られてくる。

 状況はこちらが目視で確認している通りだった。俺たちが合流したアーチャーズを殿に、米軍部隊は浦賀へ向けて移動をしており、既に半数の部隊が到着していた。一方、作戦戦域には未だに国連・帝国・大東亜連合軍が戦闘を継続しており、戦闘開始時から半数ほどのマーカーがロストしている。

戦況は思うように進んでおらず、地上部に露出したハイヴ抗口(ゲート)目視距離すら到達できていない。だが到達できていなかった方がよかったのかもしれない。

 

 

 

―――今この戦場にはG弾が運ばれているのだから。

 

 

 

※※※

 

[同年同月同日 明星作戦戦闘地域外 吾妻島 米軍集結ポイント]

 

 米陸軍第38戦術機甲大隊に合流して到着したのは、聞いていた米海軍第7艦隊が停泊している浦賀ではなかった。そのいくらも手前にある島に降り立つと、そこには先に到着していた米陸軍部隊が集結しており、ざっと1個師団はいるだろう。

 彼らの誰もが最新鋭のF-15E(ストライク・イーグル)を装備しており、アメリカの底力をひしひしと感じる光景だった。始めは第38大隊が特別だと思っていたのだが、こうして同機種が100機単位で集結しているのを見ると圧巻だった。

 そんな中で私たちが異質であるのは指摘されなくても理解できた。日本帝国軍最新鋭"第3世代"戦術機である不知火、しかも国連軍仕様という異質中の異質。明星作戦に参加した日本帝国軍でもどれほど不知火を投入しているかは定かではないが、F-4Jよりも絶対数が少ないのは確実だった。

 奇異の目に晒されながら第38大隊の後に続いて着陸すると、オープン通信が開かれていることに気づく。

 

『いいところだったってぇのに、どうして上は撤退を指示したんだ』

 

『アタシとしては、こんなところでおちおち死ぬ気なんてなかったからよかったけどね。ただ、いつ見ても、アイツら(日本人)の戦い方はクールじゃないわね』

 

『ブシドーだかよくわからねぇが、BETAがうようよいるところにサーベル振り回して戦おうだなんて思わねぇ。イカれてるんじゃねぇのか。ンなもん、突撃砲撃ちまくりゃいいものを』

 

 好き勝手に話しているのが聞こえてくる。強化装備の自動翻訳機能で日本語になっているが、翻訳されなくても何を言っているのかは分かる。

 彼らは日本帝国の戦い方が理解できない様子。何が効率よくて悪いのかという話は、BETAの前では無意味だというのは戦いを重ねたベテラン衛士なら分かる筈だ。私だって大陸で散々と味わって来た。砲撃で方をつけられるならばそれで良し。だが、弾薬が尽きることを考え、BETA群の動きをコントロールすることも目的として含まれている近接密集戦においては常識であり、その戦い方を選ぶのであれば、近接格闘用装備というのは必要不可欠なものなのだ。そして日本人の心の有り様としても、長刀という存在は絶対になくてはならない存在だった。機体に張り付いた小型種を払うためだけにある短刀とは違うのだ。

 そんなことを考えていると、周囲の米軍衛士の興味は私たちの方に移ったようだ。

 

『オイオイ、あれ見ろよ。日本帝国のType-94だぜ。戦域で見たが、コイツら色が違うな』

 

『カラーリング的に国連軍仕様ってところじゃない? 肩部装甲ブロックにもUNの文字が入っているし』

 

『カーッ! これだから国連軍っての分からネェ!』

 

 この様子だとあまり突っかかってくるような衛士はいなさそうだが、油断はできない。ここは友軍の陣地ではあるが、味方ではないのだ。気は休まらない。

 一方、白銀少尉はというと、完全に通信回線を遮断して何かをしている様子。計画に関する何かをしているのだろうか。だからだろう、自ずと外からの通信には私が答えなければならなくなる。

 

『Type-94の衛士さんよぉ、聞こえているのなら返事してくれ』

 

「レイヴン1よりシエラ16。何の用だ」

 

『……レイヴンズはどうしてここにいるんだ? お前ら、国連軍だろうが』

 

「部隊が壊滅したところを拾われた。今は国連軍司令部からの命令待ちをしている」

 

『そりゃ災難なことで。それで、2人の機体はType-94のようだが、何故国連軍が帝国の最新鋭機を装備している』

 

「軍機につき答えられない」

 

 角の立つような返事はできない。ただでさえ異質な存在なのは、多くを知らない私でも分かることだった。それに白銀少尉ばかり頼っていてはいけない。あくまで私は感情をフラットに、質問にはできる限り答え、蛋白な対応をする。

 やがて興味をなくしていき始める周囲の米軍衛士たち。一息吐いたのも束の間、遠くで待機していたF-15Eが近くに降り立つと、突撃砲を構えてロックオンしてきた。反射でこちらも突撃砲を構え、跳躍ユニットに火を入れる。

 

『リヴェンジャー1よりレイヴン1へ。貴官らの作戦配置時の位置を答えろ』

 

「……」

 

 突然の敵対行動、一瞬で周囲は緊張感に包まれる。スッと白銀少尉を確認するものの、機体は突撃砲を構えて跳躍ユニットに火を入れているものの、通信に割って入ってこようとはしない。答えられる余裕がないのか。どういった状況なのか分からない。

 目の前で起きていることに対し、私は何とか対処を試みる。これでも帝国軍時代は中尉まで上り詰め、大尉になってすぐ国連軍に移ったのだ。戦闘以外の軍人としての経験も積んできている。

 

『国連軍参加部隊リストに貴様らのような身元不明な部隊がいくつか混じっている。我々が貴官らを素直に浦賀に案内しなかったのは、それを知っていたからだ。答えられないのか』

 

 ダークブロンドの髪を短く切りそろえたリヴェンジャー1の男性衛士は、警戒心剥き出しの表情で詰問する。

 彼の言った言葉の中に気になることもあった。ここに案内したのは、私たちが所属不明の部隊だということを始めから知っていた、と。つまりそれは、米軍に接触した時点で、私たちが正規の国連軍部隊でないことに勘付いていた、ということなのだろう。

考えてみれば当然のことで、私たちの乗機は日本帝国製のType-94(94式戦術歩行戦闘機 不知火)なのだ。国連軍戦術機部隊の大半はF-4CやF-4D、F-5B、F-15Cで構成されている。その他、駐屯国家の正面装備を使うこともあるが、それもほとんどは旧式であったり中古品である場合が多い。にも関わらず、最新鋭第3世代戦術機を装備している私たちは、そういった国連軍事情を知っている人間からしても不思議な存在であると言える。

 

『レイヴン2よりレイヴン1へ』

 

「レイヴン1よりレイヴン2。どうした?」

 

 突如、秘匿回線を使って白銀少尉から通信が入る。

 その表情にひとつも焦りを浮かべることもなく、淡々と彼は言った。

 

『どうやら米軍の罠だったようで申し訳ありません』

 

「謝罪は後でいいわ。この状況を脱する方法を考えましょう」

 

『強行突破します』

 

「……はい?」

 

 耳を疑った。今、白銀少尉はなんと言ったのか。私には強行突破する、と聞こえたのだが。

 

『XM3の情報がアメリカに流れるのと、CPU毎奪われるの、どっちがいいと思います?』

 

「そりゃ、データと取られるだけの方がいいに決まって……」

 

 私でも知っている。私の機体を含む、夕呼傘下の戦術機にはXM3が搭載されている。また、そのXM3は輸出もライセンス生産も行っておらず、ただ夕呼の部隊だけが使用している特別なものである、と。そしてXM3は白銀少尉を筆頭に使用し、何度も実戦を経験しており、その戦場のひとつに米軍のいた本土防衛での一連の戦いがあったのだ。

前線衛士や戦闘に関わった国ならば、気付かないはずがないのだ。

 白銀少尉はそれを加味し、この絶望的な状況下を脱出すると言ったのだ。理由は考えるまでもなく、米軍には私たちは国連軍正規部隊ではない、不審な戦術機部隊を捕縛するという大義名分を持っているのだ。その上、日本帝国の最新鋭機を我が物顔で使っている。幾ら一方的に日米安全保障条約を破棄したからと言っても、これだけの手土産があれば、その状態からでも日本帝国とは悪くない関係を保つことができるのだ。

つまり、アメリカにとって政治的に旨味のある状況が、今目の前に転がっている、と言えた。

 

『こんなところで機体を捨てて投降したところで意味はないです。それに、目の前にあるボタンを押すには情けなさすぎます』

 

 目の前のボタンというのは、今回、私たちの機体に装備されているS-11によるSDS(自決装置)のことだ。この島毎吹き飛ばしてしまえる威力があり、私たちを囲んでいる100機のF-15Eも道連れにできる代物だ。

 

『だから戦いますよ、神宮司大尉』

 

「えぇ、分かったわ」

 

 その言葉に覚悟ができた。操縦桿を握り締め、目の前を埋め尽くすF-15Eを睨み付ける。そしてふと聞こえてしまった。

 

『こんなの、絶望なんかじゃねぇ。生きて帰るんだ』

 

あの小さい背中が語る言葉にしては、重すぎる言葉が。

 

※※※

 

 白銀少尉はなるべく戦闘せずに、この状況を切り抜けるつもりだ、と言った。私たちを蜂の巣にせんがために一斉に突撃砲を撃ち始めたF-15Eには、私たちは手を出せない。こちらは損傷なしで脱出し、また相手にも損傷を与えてはならない。

 合図と共に白銀少尉が動き出すのが分かっていたからか、次の行動を自分の中で決めることができた。恐らく、白銀少尉は不意を突いて、空へ飛び上がる。ならば私は、得意な方法で移動を始めればいい。幸いにして、この吾妻島も障害物は豊富だった。

 

『目標は国連軍司令部のある国連軍久留里基地へ逃げ込むこと。先生曰く、あそこは計画の息がかかっているところで、かなり融通を利かせてくれているらしい。ならば、あそこまで逃げればいい』

 

「海の上を跳んで行くつもり?」

 

『それはありません。東京湾をぐるっと回って行きます。もしその目標に逃げ込めないのであれば』

 

 その先の言葉は私の脳を揺らすには十分過ぎる提案だった。

 

『もし駄目ならば、横浜ハイヴに突入します』

 


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