Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年8月4日 国連軍久留里基地 第3滑走路]
食堂が夕食を食べにやってくる軍人たちで賑わい始めているであろう頃、俺は仙台基地から離れ、何度か来たことのある国連軍久留里基地にやってきていた。
今は極東国連軍前線基地の1つとして機能しており、一度戦闘でも起きようならひっきりなしに戦術機が離着陸する。
しかし今日は非日常と化していた。
ハンガーに入り切らず、滑走路脇に用意された仮設エプロンでさえも所狭しと並べられた戦術機の大群。そのほとんどがF-15CやF-4J国連軍仕様ではあるのだが、その中から2機、全く毛色の違う機体が進み出てくる。
『久留里コントロールよりTF-403。発進を許可します』
「40301了解」
『現在、多摩川最終防衛線は膠着状態。昨夜の戦闘で討ち漏らした残敵が潜伏している可能性が考えられます。十分に留意されたし』
気を利かせたCP将校の言葉に短く答え、カタパルトに足を掛ける。カウントダウンはなく、射出位置を取ると勝手に情報が管制室に転送され、CP将校が射出操作を行う。
強いGに身体を抑えつけられながら、すぐさま跳躍ユニットに火を入れた。
※※※
戦場とは、戦闘が起きていない限り、限りなく静かなところでもある。そうひしひしと感じさせるのが、このBETA支配地域であり人類との緩衝地帯になって久しい西関東エリアだ。
陽が落ちてそれなりに時間も経っており、周囲には生き物のいるような気配は全く感じ取れない。つい数時間前に哨戒中の帝国軍機とすれ違ったが、彼らはオープン回線でくだらない話をしていたところから察するに、俺たちが息を潜めていたことに気付きもしていないだろう。
BETAの支配地域ではあるものの、彷徨いている個体は巡回か偵察か目的の分からない小型種のBETAのみ。というのも同行している僚機の衛士の経験からくる知識の1つだった。
「40301より02。熱源、音紋共にフラット。周囲にBETAはいないみたいです」
『02より01、了解。無闇に機体を動かす訳にもいかないから、そろそろ偽装するために外に出ましょうか』
「01了解」
管制ユニットが音を立てて開く。すると外から独特な匂いが機内に流れ込んだ。生臭いともほど遠く、いうなれば学校のあまり人の立ち入らない部屋のような香りだった。
屋外の機体から降りて背筋を伸ばす。コキコキと音を立てる背中と首。持って降りた突撃銃を小脇に挟みながら周囲を確認するも、やはりBETAはおろか生き物の気配は全くしなかった。
遅れてくること数十秒。僚機の衛士も降りてくる。
「お疲れ様」
「はい、お疲れ様です。神宮寺"大尉"」
「あ、そういえばそうだった……」
少し遠い目をする僚機の衛士、もとい神宮寺"大尉"。普段の教官職に就いている軍曹ではなく、今は夕呼先生に与えられた大尉の階級を下げてここに来ているのだ。
しかし、普段から『軍曹』や『教官』と呼ばれているまりもちゃんからしたら、その事実は理解していたとしても、すぐに反応することはできないようだ。
苦笑いを浮かべながら、自身の小銃から手を離すことはないまりもちゃん。当然と言えば当然で、支配地域では武器から手を離すなと口酸っぱく訓練兵に言っている立場なのだ。自分が実戦できなければものを教えることもできなければ、説得力など皆無に等しい。
「もう日の入りを迎えて久しいし、この辺りで野営の準備でも始めましょうか」
少し砕けた口調で、背負っていたバックパックを下ろす。簡単ではあるが、1食分の食料を持参していたのだ。
人気がなく、動物すらも全くいないこの辺りは、お盆前だというのにそこまで暑くはなかった。むしろ、真っ暗になってからは気温が少し肌寒く感じるほどに落ち込んでいた。
崩れた鉄筋コンクリートでできた建物の影に入り、野営の準備を始める。まりもちゃんが自分でやると言い出しテキパキと食事の準備も始めてしまったため、俺は小銃を持ったまま立哨をすることにした。
月がポツンと空に浮かび、辺りを照らすのはその光でぼんやりと観察することができる。俺の不知火のセンサを使いながら、動く物体を監視し始めた。と言っても、やはりBETA支配地域では生き物なんて全くいない。精々いるとしても虫程度で、他には俺とまりもちゃんだけ。
見るものなんてなく、何か動けばセンサがアラートを鳴らすので、俺は考え事を始めようとしていた。そんなところに、まりもちゃんは話しかけてきたのだ。
「白銀少尉」
「……何でしょう?」
「特に何かあるって訳じゃないの。ただ聞きたいことがあってね」
ぼんやりとしながら、その声を聞く。
背中で作業をするまりもちゃんの声を聞きながら、意識をそちらに向け直した。
「どうして衛士になったのか、ちょっと聞いてみたくて。気付いた時には夕呼のところにいたし、あの時には既にあなたは衛士になっていたから」
「そうですね……」
難しい質問じゃない。俺は何も隠すことなく答えることにした。ただ、世界を渡ったとかそういうものは抜きにする。
「俺は戦術機に乗りたくて衛士になったんだと思います」
「そう……結構、男の子っぽいわね」
「自分でもそう思いますよ」
本当に最初はそうだったのかもしれない。否。本当は違う。
本当は何も分からず野垂れ死なないために、そして、身元不明な俺を置いておくついでに戦術機に乗りたがっている俺を夕呼先生が訓練部隊に放り込んだだけなのだ。
だから、元をたどれば自分の意思じゃない。しかし、そうまりもちゃんに答えることはできなかった。
「じゃあ、夕呼のところにいるのはどうして?」
出来上がったらしく、使い捨ての皿に取り分けたものを俺が先に食べるように言う。入れ替わるようにまりもちゃんは立哨に移り、俺は手頃な瓦礫に腰掛けて食べ始めながら答える。
「色々ありまして、夕呼先生のところでお世話になるようになりました」
それ以上のことは言えない。ただ、俺の身の上はまりもちゃんも分かっているところだろう。
まりもちゃんが二重階級になってそこそこ時間は経っているが、何処かで時間を作って調べているかもしれない。大尉ならば、そこそこのアクセス権限は持てるはずなのだ。
だが、その権限があってもなお、恐らく知ることはできないだろう。
「……そうなの」
早々に食べ終わって立哨を入れ替わると、話題は今回の件のものに変わっていた。
思い返せば、今回の詳細をまりもちゃんに説明していない。目的は話しているものの、それは概要だけだったのだ。
オルタネイティヴ計画に触れる部分は省きつつも、主目的であるG弾に付いては詳細は説明せずに説明する。
「なるほど。夕呼が動いている1件の予備作戦として、白銀少尉が先乗りしているって訳ね」
「そうです。夕呼先生の方では既に動いていますし、そっちが俺たちの都合よく事が運べばいいってだけです。そうなれば、俺と神宮寺大尉はそのままA-01に合流するか、独自の作戦行動をするか、ってところですね」
嘘だ。俺は夕呼先生にも隠していることがあり、そのためにまりもちゃんを巻き込んだ。
まりもちゃんである必要はないのかもしれない。別に1人でもよかった。だが何故か僚機が欲しいと思ってしまった。これまで散々単独行動をしてきたというのに。
静かに進む夜を俺は星空を見上げて過ごしたのだった。
※※※
[1999年8月5日 国連軍仙台基地 第2発令所]
今朝は早く起床し着るのも久しいC型軍装に身を包むと、簡単に身支度を整えて部屋を出た。
向かう先には香月先生は既にいるらしく、色々やっているとのこと。斯くいう私はというと、そこにいたところで何をする訳でもない。ただただ空いているデスクに腰を下ろして、目の前の画面を眺めるだけだ。
第2発令所は第1発令所が使えなくなった時のために用意されたもので、今は明星作戦の
「定刻になったわ。始めましょうか」
抑揚のないフラットな香月先生の声で、作戦が発動される。
【明星作戦】と名付けられたこの作戦は至って簡単に説明ができる。
BETA本土上陸により西関東以西はBETAの支配下に落ちた。その最前線である多摩川絶対防衛線前方に建設された
本作戦に参加するのは極東国連軍・日本帝国軍ならびに斯衛軍・大東亜連合軍・米軍。対するはBETA推定規模20万個体超。霞ちゃん曰く、当時観測された個体数は予想よりも多かった、とのこと。しかし、"記憶と個体数に相違はない"と後に付け足した。
BETA群に対応するべく用意された戦力は申し分ない数を用意している。こちらは香月先生が頑張ったからとのこと。
「HQより各部隊へ。作戦開始。繰り返す。作戦開始」
CP将校が一斉に各部隊へ作戦開始の号令を通達する。
戦域を映す正面モニタは刻々と部隊とBETA群の動きを刻んでいる。人類の動きに勘付いたのか、地上で活動を休止していたBETA群が電源の点いた機械のように、起動するように動き始めた。やがてその動きは波へと変わり、戦場の大きなうねりと化す。
作戦第1段階が進行するさなか、誰もが戦場の動きに注目する。しかしその中で私は、全く違うところに注目していた。国連軍を見たところでA-01の配置はA-01CP将校のモニタでしか確認できない。そのブロックに一番近いところで静かに見守る香月先生の横で、正面モニタで蠢く点を必死に追っていた。
「タケルちゃん……」
妙な胸騒ぎがするのだ。タケルちゃんがいるであろう米軍管轄戦域は、今の所順調にBETA群の駆逐が進んでいる。
一方で国連軍やA-01の初動も好調だ。霞ちゃん曰く、戦力は前回とさして変わらないというが、配置はかなり変わっている、という。それ故に効率的にBETAの殲滅が進んでいた。予想侵攻路上に配置された戦術機部隊。BETAが流入する窪地めがけて飽和攻撃を行い、残敵処理を行う砲兵部隊と機械化歩兵部隊。
全てが順調に進んでいるように見えた。
『レイヴン1よりHQ』
状況が変わるにはそこまで時間を要しなかった。作戦が第2段階に移行してからしばらくすると通信が入ったのだ。オルタネイティヴ計画用のCP将校用ブロックに入電がある。タケルちゃんからだ。香月先生との取り決めで、よっぽどのことがない限り連絡をしないということになっていた。また、403というIDを使用せずにレイヴン隊を名乗るということにしていたのだ。その部隊名ならば、あまりオルタネイティヴ計画に詳しくない人物が聞いていたとしても、変に思うことはないだろうということだった。
香月先生は手早くヘッドセットを装着し、CP将校の出力音声と同期した。
「HQよりレイヴン1。感良好」
『レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このままでは墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"』
隠語だ。香月先生と相談していたのを聞いており、後で霞ちゃんからも聞いた。確か『機体がエラーを吐いている』というのは、『作戦は失敗』。つまり、タケルちゃんの主任務である米軍担当戦域で何らかの問題が生じた、ということ。次の『このままでは墜落してしまう』というのは1つ目の言葉に掛かっており、『米軍撤退の予兆あり』ということ。最後の『即時後退指示が欲しい』というのは基本的にそのままの意味ではあるが、『戦域に展開中の総軍に即時後退指示を出して欲しい』という意味なのだという。
つまり、これらを全て繋げて表すと『鎧衣課長の作戦が失敗し、米軍が撤退を開始しているためG弾投下が予想される。戦域に展開させている総軍に即時G弾効果範囲外へ退避するように』ということだった。
続けざまに応答したCP将校の個人モニタにデータリンクを通じてデータが送られてきた。それは、米軍の通信回線へ強引に侵入して盗聴したと思われる音声ファイルに座標の数値と時間だった。表示されたコールネーム通りに応答したCP将校は当然のことながら、レイヴン1もといタケルちゃんが何を言っているのか理解できない。返答に困っており、送られてきたファイルをとりあえず開こうとしていた。それを後ろから香月先生が待ったをかけた。
「席、変わりなさい」
「り、了解しました」
有無も言わさず語気をCP将校に当てて起立させた香月先生は滑り込むように椅子に腰掛け、ターミナルを操作し始める。即座にファイルを開き音声を聴きながら座標の位置を確認すると、乱暴に椅子を蹴って立ち上がり、近くで戦場の趨勢を見ていた国連軍司令官に声をかけた。
「司令。少々よろしいでしょうか」
「……何かね、香月博士」
「全軍へ即時戦域外への退避を進言致しますわ」
当然ながらG弾の存在も、オルタネイティヴ計画がこの作戦で何をしているのかもほとんど知らないであろう彼は、訝しげな表情を浮かべながら香月先生に問い返した。
「どういう、意味ですかな?」
「言葉通りの意味ですわ」
多くは説明しない。しかし香月先生は相手が歴戦の将校であろうと、臆することなく意見していた。そして、この作戦の行く末が私が握っていると言わんばかりに、訴えていた。
「……君の飼っている部隊が何か掴んだのかね」
「……そう思ってもらっても構いません。しかし、司令官が本作戦で大きな打撃と大敗を喫したいのであるならば、私は構いません。こちらとしては
その言葉に司令官は少しばかり表情を歪ませる。
情報が全くないと言っていいほどに機密に包まれたA-01の情報は戦場での働き程度ならば、計画関係者でなくとも司令官ほどの高級将校ならば耳に入らない訳がない。そんなA-01だけが戦線を離脱するというのだ。現時点で目立った行動はしていないものの、彼らが抜けた後のことを考えれば痛いどころの話ではないと理解しているのだろう。
対AL弾による重金属雲が薄まり始め、次第におおよその状況しか分からなかった戦域の詳細な情報が入ってくるようになる。
第1段階は優勢に進んでいたものの、もうそろそろ第3段階に入るという頃合い。前線の状況は一変していた。A-01を除く全部隊が劣勢状態に陥っていたのだ。戦線では部隊が消滅しているところすらあるほど。
知識として知っているが、これが人類とBETAの戦争では日常茶飯事で起きていること。そしてこの後に待ち構えているのは作戦失敗と撤退だった。
「分かった。博士の進言を受けよう」
「感謝致しますわ」
すぐさまHQから各CPに全軍指定ポイントへの撤退が命令される。命令を受理し、行動可能な部隊から少しずつではあるが部隊の撤退が始められる。
正面モニタをよく観察してみると、一足先に米軍の撤退が確認できる。既に6割が戦線の最後方まで後退しており、最低限の戦闘行動しかしていない状態だった。恐らくCP将校たちは気付いているが、何か言うわけでもない。それは香月先生も同じで、そちらの方を一瞬見てすぐに別のところへ目を向けた。
「作戦参加部隊、7割が撤退完了」
「帝国斯衛軍が遅れています」
「国連軍および米軍低軌道艦隊および軌道降下兵団、突入回廊から離脱を確認」
めぐるめく状況が動いていく。その中、異質なものが混じった。
「南東方面より小規模の低軌道艦隊が接近中」
「……何処の船よ」
「は。米国宇宙総軍 第7低軌道艦隊です」
香月先生から強い感情を受け取る。
これは聞くまでもない。タケルちゃんが知らせたのは予想に過ぎなかったが、これで確信を得た。
「チッ……。司令、全軍の退避を急かさせていただきますわ。アンタ、記録は取っているわね」
「……問題ありません」
少し離れたところでラップトップを開いてあちこちにコードを繋げていた霞ちゃんがポツリと答える。
結局、タケルちゃんの考えていた予備案に乗っかる形になっているものの、先生が何も用意していない訳がない。そう思えてならなかった。そして、作戦開始時からあるモヤモヤが大きくなったように思える。
何か良くないことが起きるような気がしてならない。