Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年7月21日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士実験室]
講堂横から早々に引き上げた俺と霞は、その足で夕呼先生の実験室に来ていた。
基本的に俺が入ることはないのだが、霞と純夏はよく出入りをしているという。どういった目的で置かれているのか分からない機器や積み上げられたコンテナが所狭しと並び積み上げられており、その間を縫うように歩いていく。
霞が腰を下ろしたあたりは物が整理されており、そこで基本的に先生が実験や研究をしていることが分かる。片付けされているのは、定期的に霞や純夏が手を入れているからなのだろう。
ほどなくしてやってきたのは夕呼先生と、それに遅れるように飛び込んできた純夏。
涼し気な顔でやってきた先生は、俺の顔を見るなり何かを思い出したのか、執務室の方に行ってしまう。純夏はそのまま俺の横にやってきた腰を下ろした。
「いやぁ~、まさか今日が解隊式だとは思わなかったよ~」
「そうみたいだな。任官だと言われて心底驚いた後、大泣きして涼宮中尉をティッシュ代わりにしていたところとか見たぞ」
「え"っ?! タケルちゃん見てたの?!」
「……私も見ていました」
「霞ちゃんまでぇ~?!」
他愛のない話をする。本当に他愛もない話だ。そのほとんどが、純夏の訓練兵期間の話ばかりだった。苦労したこと、楽しかったこと、悔しかったこと。色々なことを感じた半年だったのだろう。それはそれは楽しそうに話す。
純夏が訓練部隊に入ってからは、あまり俺と話す機会がなかった。というよりも、時間管理をされている訓練兵と俺の予定がまるっきり合わなかっただけだ。
会おうと思えば会えただろう。だが、プライベートで会うことは皆無だったのだ。俺はA-01の訓練相手と、祠堂大尉らの教導で忙しかった。純夏はハードな訓練内容と座学のために時間を惜しんで勉強していたというには、確かに会うことはできないと2人とも同じ意見を持っていた。
笑う純夏の話に相槌を打ちながら、俺は少し関係のないことを考えていた。それは、ここに来る前に霞から受け取った純夏の訓練成績だった。
※※※
講堂を後にし、機密区画に向かっている道すがら、霞が持っていたクリップボードを俺に渡してきた。
『これは?』
『……純夏さんの訓練成績です』
『なんでそんなものを俺に渡すのかは分からないが、見てもいいものなのか?』
『……構いません』
時々会うことのあったまりもちゃんから、純夏のことは少し聞いていたが、こうして書面として残っているものを見るのは初めてだった。自分の時にもこんなものを用意されていたんだろうな、なんて考えながらパラパラと内容を読み始める。
訓練内容や試験の点数を並べて合否や備考に文章を添えた、いわゆる学校の学期末にもらうような成績通知表のような中身に既知感を覚えつつも、内容は軍隊らしい単語が所狭しと並べられているところにギャップがあった。
しかし、すぐに思考は内容の方へと引っ張られる。
書かれているのは成績だけではない。本人の性格や適性までも書かれているのだ。素人目で見ても、明らかに専門のカウンセラーが書いたような内容に驚く。しかし、そのような内容になっているのも無理はなかった。この訓練成績表と名付けられた書類は、訓練兵が新任少尉として配属される部隊の長が受け取り、配置や役割を決めるための判断材料の1つになるものなのだ。
規則的に並べられた評価を表す文字を目で追う。
初めて見た俺でも"これ"は分かる。
『なんだよ……これ……!』
『……分かりません』
表情の変化に乏しい霞でさえ、見れば分かるほどに顔を歪めていた。
純夏はバカだ。そして鈍臭い。しかし、その欠点を覆すほどにいいところが多い。感情豊かで、いつも笑顔。コミュニケーション能力が高く、他人の感情に機敏で気が使える。慈愛があり、人付き合いも上手く、優しい。そして自分の芯を持っており、自分で決めたことはちゃんと遂行する。
そんな
だが、そこに書かれていたことは残酷だった。生まれた時から一緒にいる俺が分かっていることはもちろん書かれている。だが、それがあっても覆せない、軍隊にいる以上は切っても切り離せないものがあった。
戦闘能力は高い。しかし知識が身に付いていないが手先は器用で、特技兵レベルでこなすこともできる分野もある。特筆すべきは体力と持久力の高さ。しかし、集中力が低く、勇気を持って発言することができても指揮官レベルには至らず、スタンドプレーが目立つ。
『……戦術機技能は今期トップ2です。しかし、前衛・後衛共に不安があり、指揮もできないみたいです』
『つまりは……』
『……御剣さんと珠瀬さんをかけ合わせて、いいところを取り除いた感じです』
言い得て妙なものだった。そして分かりやすい喩えでもあった。
しかし問題はそこではない。俺が注目していたのは、勿論、訓練過程での成績もそうだが、性格と適性の分野だった。
『……純夏さんには高い戦術機適性がありますが、適性ポジションがないです。戦闘能力は射撃能力・格闘能力は共に高いです。しかし、集中力を要する狙撃や長刀が不得意です。支援も遊撃も指揮も苦手で、唯一得意としたのは徒手と多目的追加装甲の扱い。集団戦闘向きではなくスタンドプレー向きであり、組織的戦闘では単騎遊軍が最適。また、直感で動かす癖もあり、XM3でなければ戦術機適性が高くとも操縦できなかったのでは、という評価です』
『それは分かった。だが、性格に関してなんだが』
『……はい。若干16歳ではない、というカウンセリング結果です。凡例と照らし合わせると、退役目前の軍人だそうです。しかし、年相応な面も多くあり、非常に歪である。マネジメント難易度は非常に高い、とのことです』
『意味が分からねぇよ……』
『……それは神宮寺軍曹含め、教官の皆さんも頭を抱えていました。しかし、こうして何とか任官することができたということで、紙面で言うほどのものではないのではないか、と考えを少し改めたようです』
『……先生は?』
『……問題ないとのことです。それとアイツと一緒ね、と』
『誰のことだ?』
『……分かりません』
俺はもう一度目を通して、そのクリップボードを霞に返した。
※※※
つまり、だ。純夏は恐らく着任先のA-01で持て余される可能性がある、という。今も目の前で楽しそうにしている彼女が、もしかしたら戦力外通告をされるかもしれない。そう考えてしまった。
そうこうしていると執務室から戻ってきた夕呼先生も机を挟んだ向こう側の椅子に腰を下ろし、机上に数枚の書類を置いた。内容はこれから話されるだろう。
「さて。キリのいいところまで事が進んだわ」
その一言で、これからどんな話をするのかも分かる。集まっている面子を見れば言わなくても分かるのだが、こうして言葉にするだけで切り替えられる。暖かな笑みを浮かべていた純夏の表情も瞬きする間もなく引き締まるほどだったからだ。
「明星作戦の件だけどね、作戦案は国連軍が夏に入る前に承認。既に準備と編成もかなり進んでいるわ。このまま作戦は私の手の内よ」
手渡された作戦準備進行表を純夏と顔を並べて見る。参加を表明している軍の一覧と、投入戦力のスケジュールだ。
先生の手中にある国連軍は既に編成も済ませており、後は突発的に発生する戦闘で消耗する部隊がどれだけいるかだ。帝国軍・斯衛軍も防衛線を維持しながら、捻出戦力の確保と補充を急ピッチで進めている様子。目標数字だけが設定されており、現在はそれを目指しているとのこと。
大東亜連合軍・米軍に関しては、参加表明と投入戦力のみを開示しており、現状どの程度準備が進んでいるかはあまり把握できていないという。
「白銀には前に報告したんだけどね、米軍のG弾に関してだけど、鎧衣が情報をやっと掴んだみたいなのよ」
「……方針は投下阻止ですか?」
投下を阻止すれば、実戦証明のできていない新型爆弾を背景に計画されているオルタネイティヴ5が未然に防ぐことができる。今は俺たち第4計画に押されているが、あの無通告投下がなければスポンサーを多く獲得はできなかったはずなのだ。
「現状はその予定よ」
飄々と夕呼先生はスパンと話を切り替え、別の件に移った。
「それで何故ここに鑑がいるかって話なんだけどね」
「え? 今純夏がここにいちゃ不味いんですか?」
「不味いわね。同期は今頃、配属先の説明や紹介がされている頃だもの」
ということは、全員バラバラになると別れを惜しんだのも束の間、訓練部隊はそっくりそのまま
だが一方で、その説明の場に純夏がいないとはどういうことなのか。簡単な話だ。純夏はA-01配属ではない、ということなのだ。
先生の言葉を聞いた純夏は、必死に表情を出さないように堪えていた。だが、感情は全て特徴的に跳ねている髪の毛に現れていた。
しなしなと垂れ下がり、元気がない。震えているようにも見える。それはつまり、悲しんでいるということ。
何も返事をしない純夏に代わり、俺が先生に続きを催促する。先生も純夏のそういった感情表現は知っているのだ、何も言わずに話を続けた。
「ま、話の早いところ、配属がアタシ直属ということに代わりはないわ。そもそも鑑、アンタは00ユニット改専任なのよ。衛士になるのはアンタのワガママだったんだから、A-01ではないことは分かっていた筈よ?」
ぐうの音も出ない。それは俺も同じだった。
そもそも純夏はそういう取引を先生としていた。衛士になるのは、その取引の対価として先生が口利きしたに過ぎなかったのだ。
真新しい衛士徽章は、恐らくフライトジャケットに付けられることもそう多くはなくなるだろう。
「具体的な部隊配属は基本的になし。訓練兵になる前と同じような生活に戻ることになるけど、今後は基地内の自由行動の制限は外させてもらうわ。制限はアンタ含め、白銀の身の上を隠すための方法でしかなかったもの。これからはその国連軍少尉の階級を引っさげて、堂々とすればいいのよ」
「「あ……」」
そういえばそうだった。最近は気にせず行動していたが、俺と純夏はこの歳で軍人であると問題になるため、色々と誤魔化して生活していたのだ。その制限が外されるとなると、行動の余裕が生まれる。自室と機密区画への直行直帰や、身分証明が必要なところへの出入りも気にせず利用することができるようになったのだ。
「鑑が任官したのと同時に、その制限を解除させてもらうつもりだったし、これでアンタたちにより多くの仕事をやらせられるわぁ」
ケラケラ笑う夕呼先生を尻目に、同じタイミングで純夏と顔を見合わせてしまう。俺たちの思っていたよりも、恐らく先生は俺たちを買ってくれているのかもしれない。
すぐに思考を切り替えると、先生も話の続きを始めた。
「鑑はそのままオルタネイティヴ第4計画要員として復帰。社の補助とTF-403の機体整備、計画関係の雑務等々をしてもらうわ。要は訓練部隊に入る前と同じってコト。ただ直近でやってもらいたいことがあるんだけど、そっちの指示は社に頼んでいるわ」
「分かりました」
夕呼先生が俺の方を向いた。
「それで、アンタの用件は何よ?」
「以前お話した件ですね。まりもちゃんを借りて、やりたいことがあるのでその説明を」
「……話してみなさい」
許可をもらった俺は、腹の中にあったことを夕呼先生に説明することにした。それは俺の身動きの制限がほとんどなくなったからこそ、できるようになることだ。
「俺は明星作戦で戦闘に参加しますが、やることは決まっています」
俺はこのために動くのだ。
「米軍の担当戦域に潜伏し、現場の動向調査と情報収集活動を行おうと考えています」
夕呼先生はいくつか俺の言い出しそうなことを想定していたに違いない。一番可能性の高いのはA-01の随伴、次点でTF-403での遊弋戦闘、大穴でハイヴ突入というところだろう。その他にも想定していただろうが、俺はこの作戦で"俺たち"が一番見なければいけないところがある、と考えたのだ。
「その心は?」
間髪入れずに、先生はその動機を尋ねてきた。
「明星作戦に於いてのA-01の行動は、長距離偵察や対BETA情報収集活動がメインになる、そう予測しました。俺たちが"繰り返している"とはいえ、歴史をいくつか変えてきた以上、知っている未来のことでない事象が発生してもなんら不思議ではない」
そう、俺たちはいくつも未来を変えてきているのだ。大きなこととすれば彩峰の親父さん、彩峰 萩閣の処刑の原因となった光州作戦の悲劇を阻止したこと。そして、BETA本土侵攻での戦闘介入。関東戦域でのA-01の活躍や、部隊増員等々。これらが、未来にどのような影響を与えているのかは、全く想像のできないものだった。
しかし、このことを夕呼先生が想定し対策していない訳がなかった。だが、俺たちの知る未来に対して対策をしない訳にもいかない。既に過去を変えてきているのだ。変わっている可能性を加味すれば、確定してあるものと暫定して予測できるもの、このどちらにも対策しなければならないのだ。
単純計算、労力は2倍必要になる。
「夕呼先生、オルタネイティヴ第4計画司令部が立案した明星作戦は、俺の知っている明星作戦と同じだと思います。ただ、結果しか知らないので、それも予測でしかありません。となるとA-01がすることは確定している。どう作戦が動いていくか分からない以上、先生は以前歩いた道を選んだ。ならば、俺はその道からいつでも迂回路を選べるようにすればいい」
「それが米軍担当戦域での潜伏偵察なのね」
「はい。秘密主義でアメリカ至上主義の国です。戦域に展開する部隊で、何処がキーになるのかは参加部隊一覧や部隊配置図が手に入らなかったとしても、戦域内での情報収集と偵察によってそれは掴むことができると思います」
「そう。だけどね、アンタもそうだけど、まりももそんなスパイみたいなことできないと思うのだけど」
それは聞かれるだろうと思ったから、返答は用意している。
「常に混乱している戦場で、最初から始めるにはないにしても途中からならば、他国籍部隊がいたとしてもそこまで問題になりません」
「それはアタシには分からないことだけど、司令部にバレるのは時間の問題よ」
「そこはどうにかしますよ。共闘するつもりはありません。どのみちA-01は公然の秘密みたいなものです。それと似た部隊が戦域をフラフラしていたからと気に留めたところで、政治的な活動はできませんよ」
そう答えると夕呼先生は黙ってしまう。俺は少し観察して、話を再開した。
「不味くなったら逃げることと、G弾が投下されるのを事前に察知するための潜入です。鎧衣課長がしくじるとは思いませんが、そちらの予備だと思ってください」
「分かったわ。話を進めてもいいわ。どうせまりもには声もかけているだろうし、準備も始めているんでしょ?」
夕呼先生は短く溜息を吐き、腰をずらす。
「はい。まりもちゃんの不知火があるので、そっちの整備といつでも使えるようにしてもらうように指示は出しています。それと」
そう続けて、俺は言い切った。
「それと、S-11の搭載許可をお願いしたいんです」
「……いいわよ」
「ありがとうございます」
S-11。戦術核に匹敵するほどの威力を持つ、通常高性能爆弾。もっぱら、反応炉破壊するためのものではあるが、戦術機に搭載される自決兵器でもある。それなりのものでもあるため、搭載許可が必要だと思った俺は聞いておきたかったことだったのだ。
案外あっさりと許可がもらえるとは思ってもなかったので、少し拍子抜けはしたものの上々の結果だった。
S-11を搭載するのも保険ではあるのだが、できれば使いたくはない。使う場面が想定されるが故に、搭載しておく必要があると考えたからだ。
たった2機の戦術機で戦うことになった明星作戦。何処か心にしこりが残りつつも、作戦決行日まで万全の準備を進めることとなったのだった。