Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年7月21日 国連軍仙台基地 講堂]
それは粛々と始められた。1000人は収容できるであろうという広さの講堂には、目で追って数えられる程度の人数しか集まっておらず、誰も彼もが落ち着きのない様子で待っていた。
俺としては何度か経験しているからか、特段おかしくは思わない。しかし、キョロキョロとする彼らを見ていると、きっと昔は自分もああだったんだろうなと考えてしまう。
純夏に戦術機毎殴り飛ばされてから1ヶ月。そのほとんどを第207訓練部隊との訓練や、その他仕込みで時間を費やした。気付けばもう来たるべきその日が刻一刻と迫っており、そんな中での催しだった。
彼らから離れたところで霞と並んで眺めていると、壇上には普段ならお目にかかれないような軍高官が出てくる。とは言っても、彼らの事情を知る一握りの将校だ。その中に見知った顔を何人か見つけた。
『ただいまより、第207訓練部隊の解隊式を執り行う』
マイクを通して、あまり聞き馴染みのない女性教官の声が講堂に響いた。刹那、訓練兵の皆は一斉に背筋を伸ばし、壇上の上へと視線を向ける。
普段の作業着姿の教官たちからは想像もつかない、帝国軍の正装姿の教官たちに皆が一様に緊張感を増させる。教官はただ淡々とセリフを話し続けた。
『まずは国連軍仙台基地 司令の──────』
基地司令の名前で呼ばれたゲルマン系の壮年の男性が壇上へと上がり、訓練兵の顔を見渡す。
『自己紹介は省略させてもらう。第207訓練部隊の諸君、君たちにこの言葉を贈ろう』
そう切り出し、基地司令は話し始めた。
それは何処かで聞いたことのあるような話だった。司令の故郷は今やBETAによって占領された東欧の国。国土を守らんと戦った時代、司令はまだ少年だった。迫りくるBETAに怯え、その時が来たならばすぐに逃げ出せるように準備を整えていたという。
しかし、その準備も徒労になった。
突如として防衛線から突出したBETA群を前線部隊は抑えることができなかったのだ。気付いた時には民間人の住んでいる地域にBETAは迫って来ており、当時の基地司令は着の身着のまま逃げ出した。
母に手を引かれ、必死な形相で先導する父の顔を不安気に見上げながら、後ろから迫りくるBETAの恐怖に震えていた。軍隊が束になっても勝てない相手だ。大人になったら衛士になると息巻いていた少年も、目前にまで迫る死の恐怖に屈してしまった。涙を流しながら怖い怖いと。
そんな時だった。BETA群先鋒が避難民に追いついてしまった。突撃級が数個道を挟んだ隣のブロックを通過し、すぐに後続が到着した。隣の道を歩いていた友人家族は轢かれた。もう、駄目だと思い、強く母の手を握った時だった。
轟々と聞き慣れない音を鳴らしながら、少年たちの前に立ちはだかった影があった。
戦術機だ。使い古され、何度も戦闘をくぐり抜けてボロボロになったF-4Rだった。その機体の衛士が機外スピーカから避難民に呼びかけたのだ。早く逃げろ、すぐ目の前に輸送機が離陸態勢で待機している、と。
気付いた時には父に抱えられ、なんとか輸送機に乗り込んでいた。住んでいた町には何万と市民がいたはずだが、脱出できたのはほんの一握りだけ。それも脱出できたとしても、後続に追いつかれたり、輸送機が光線属種によって撃墜されたりしたんだとか。そして何とか落ち延びたのは、少年の乗る1機だけだったという。運良く、機長を務めたパイロットが
『つまり、だ。君たちという存在が、果ては未来の人類の大きな財産を守ることに繋がる、と。そして、あのチラスポリの街で私たちが逃げ切るのを見送って果てたF-4Rの衛士の遺した言葉のように、最期まで抗うこと。これを決して忘れぬようにしなさい』
シンと静まり返る講堂。再度訓練兵の顔を見渡した基地司令は降壇し、司会をする教官が式辞を読み上げた。
『衛士徽章、授与』
途中から分かったのだろう。どういう意味での解隊式だったのかを。そう、これは今期の第207訓練部隊が後期課程を修了したことによる任官式だったのだ。
次々と訓練兵たちの名前が呼び上げられ、徽章が胸元につけられていく。
『鑑 純夏訓練兵』
『はい!』
そして純夏の番が来た。背筋を伸ばし、堂々とした歩きで基地司令の前まで出てきた純夏を目で追っていると、不意に霞が俺の左手を握った。彼女は何も言わないが、俺から何かを読み取ったのだろう。その手を振り払うことはせず、優しく握り返した。
純夏はいつの間にか様になっている敬礼をし、元いた位置まで下がっていく。
遂に、純夏は衛士となった。
※※※
壇上から基地司令やその他軍高官らが降りていくのを見送ると、いつの間にか教官たちもいなくなっている。
講堂に残された訓練兵たちは、訓練兵修了と任官の喜びをお互いに分かち合っていた。ある者は笑い、ある者は泣く。そんな彼らを見ていると、かつての自分がああだったことを思い出す。主観時間で数年前のことだが、もっと昔のことのように思える。
彼ら訓練兵の中の1人である純夏もまた、一番仲がよかったのであろう速瀬中尉や涼宮中尉と喜び合っていた。そんな姿を観察していると、隣の霞がポツリと呟いた。
「……純夏さんが鼻水で涼宮中尉の制服を汚しました」
「アイツ……」
「……既に速瀬中尉ので汚れているので、涼宮中尉も諦めているようです」
「マジかよ」
純夏がどのような感情で涼宮中尉に抱きついて大泣きしているかは分からない。だが、きっと俺があの場所にいれば同じことをしていたかもしれない。
俺は彼女から視線を外し、講堂の外へと向ける。きっとこの後は"あれ"がある。霞の手を引きながら、俺は静かに講堂を後にした。
『びえええぇぇぇぇぇぇ! よかった、よかったよぉ~~~!』
聞き覚えのある声が聞こえ、一瞬足が止まる。しかし、気にすることなくすぐ講堂の外へと急いだ。
※※※
やはりというか、既に教官たちは正装姿で集まっていた。話題は今期の訓練兵たちの出来。そして、来期の訓練兵たちの情報共有だった。そんな中、1人浮かない顔をしている人物がいた。
少し離れたところにいるまりもちゃんに近づき、俺は話しかける。
「神宮寺軍曹」
「白銀少尉と社少尉、どうかされましたか?」
「ちょっと俺も解隊式を見てましてね……」
もう少し彼らが出てくるのも時間がかかるだろうと当たりを付け、今はまだ軍曹の階級章が付いている襟に視線を向ける。
まりもちゃんは来期の訓練兵がやってくるまで国連軍大尉の階級で過ごすことになる。そのことに付いて話に来たのだと、彼女も感づいたのだろう。
「これから忙しくなりそうですね」
「……そういうこと、ですか」
「はい。ですけどそれは神宮寺軍曹もですよ」
「え? それはどういう意味でしょうか?」
キョトンとするまりもちゃんに霞が書類を手渡す。
「ありがとうございます。……っ?!」
内容に目を通したまりもちゃんは目を丸くし、俺と霞の顔を交互に見る。そして気付いたようだ。
「香月博士から、ということね」
「そうなります。内容は確認しましたか?」
「はい、確認しました」
「じゃあよろしくお願いしますね。あと、準備も始めないといけないので、軍曹の撃震のデータを霞に提出してください。微調整がありますので」
「え、ちょっと待って」
今、思わず砕けた口調になったようだが、すぐに調子を戻した。
「待ってください。微調整ってなんのことでしょう?」
「いつぞや先生が言っていたことを思い出してください」
俺はまりもちゃんの顔をじっと見つめる。
少し考えた彼女は、思い当たることがらを思い出したようで、静かに返事をした。
「分かりました。本当だったら
何というか、まりもちゃんが勘違いしている様子だ。恐らく、夕呼先生が言ったことをそっくりそのまま思い出したのだろう。ニュアンス的にも、自分たちが気付いかないところで緊迫した状況になっている、とでも。
しかし、違う。夕呼先生が言ったのは、最悪のことを想定してのものだ。いくらなんでもオルタネイティヴ計画の全貌を知らないまりもちゃんに全てを話してしまうのは、組織的にも心情的にもできなかったからだった。それは俺も夕呼先生も同じ。だからこそ、勘違いしているのならば修正しなければならない。
「あー、違いますよ。純夏たちは別です」
「別、というと?」
「純夏たちの配属先は
そう尋ねると、まりもちゃんは肯定した。
「配属から急ピッチで新人教育を進めさせるみたいです。目的は目前に控えている作戦に投入するため」
「……"攻略作戦"、ですか」
「はい」
まりもちゃんが苦虫を噛み潰したように歪ませる。普段なら絶対にそのような表情をすることがないが、近くに俺たち以外には誰もいないからか、少し気を抜いているのだろう。
彼女の頭の中には恐らく、自身が知り得る限りの情報で作戦やA-01の行動をシミュレートしているに違いない。恐らく行動の予測はおおよそ見当はつくだろう。すぐさま新任のことから自分のことへと切り替え、自身の配置を想像する。しかし、思うようにおおよそのところまですら絞り込むことができないようだ。
「詳細は後ほどお伝えしますよ」
視線を講堂の出入り口に向けると、やっと純夏たちが出てき始めていた。霞に隠れるよう視線で伝えると、俺はまりもちゃんに言った。
「それよりも、純夏たちが出てきました。行ってあげてください」
「分かりました。では後ほど」
そう言い、まりもちゃんは他の教官たちに混じって並ぶ。やがて、訓練兵たちが教官たちの前に並び、何処か懐かしくもあることを始めた。
俺は彼らに気付かれないよう、霞が隠れたところに静かに移動をした。
「……白銀さん」
「何だ?」
ボロボロと泣く純夏たちを遠くから眺めながら、霞が小さく呟いた。
「……厳しい戦いになりそうです」
「そうだな」
どういう意味で霞がそう言ったのかは分からないが、俺は短く応えた。
きっと、ここから俺たちに休みはなくなる。最低2002年までは。俺は戦い続けなければならない。