Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 40

 

[1999年6月18日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 たまたま訪れた夕呼先生の部屋に、これもたまたま純夏がいた。いつもなら訓練部隊で教練している時間だというのに、日が昇ってそこそこ経った時間だというのに呑気なものだ。

 

「よう、純夏」

 

「おはよ~、タケルちゃん」

 

 見慣れた第207訓練部隊の制服に身を包んだ彼女は、ニコニコと笑いながら俺の顔を見つめる。

 いつもの様子ではあるのが、今日は少し雰囲気が違う。それもそのはず。昨日、俺にしたことを忘れた訳がない。

 

「ちゃんと帰って来れた?」

 

「不思議とな。強烈な加速度を感じて、低軌道まで打ち上げられたことに気付いて、その瞬間には落下してたな。死ぬかと思ったぜ」

 

「あはは。あんなのでタケルちゃんが死ぬわけないじゃないのさ~。いつも受けてるんだから、それなりに耐性も付いたでしょ?」

 

 悪びれる素振りもなく、純夏は昨日の出来事で俺をからかう。

 昨日、俺は純夏から戦術機にお互いに乗ったまま、どりるみるきぃぱんちを食らったのだ。それはもう、いつもと変わらない調子で食らい、いつもと変わらず大気圏外に打ち上げられて、いつもと変わらず五体満足で帰還した。

 純夏曰く、できるとは思ってなかった、とのこと。思ってなかったが、やってみようとは思ったらしい。やろうと思わなければ、あの場であの動きはできる訳がない。しかしながら、徒手で構えてデンプシーロールをする吹雪は、見ていてかなり変な感覚だった。今思えばあの動きも、XM3でなければできないものだったのかもしれない。そう考えると、言葉にならない感情が湧き出てくる。

 

「死ぬわきゃないだろうけど、まりもちゃんの撃震、あの後どうなったか知ってるか?」

 

「あー……うん。シッテルヨ?」

 

「演習場に戻ってきたのは頑丈に作られている管制ユニットだけ。他は落下する際の摩擦熱と落下の衝撃で粉微塵になったよ。地面に突き刺さる管制ユニットを見上げるまりもちゃん、見てられなかったなぁ」

 

 何とか低軌道から再突入して戻ってきた俺だったが、搭乗していた撃震はどりるみるきぃぱんちを食らったダメージではなく、落下ダメージによって大破した。結局、特別頑丈に作られている管制ユニット部分だけが残り、それが地面衝突時に残ったという訳だった。

それを見上げるまりもちゃんの表情は無の一言に尽き、他の教官や夕呼先生が声をかけたところで何も反応しなかった。そりゃそうだ。まりもちゃんからしてみれば、あの撃震は何度か乗り換えているだろうが、一番長く乗っている愛機。それが訳わからずの力で大気圏に殴り飛ばされ、帰ってきたのは管制ユニットのみ。地蔵のようになったとしても仕方ない。

 しかしながら、地面にそそり立つオレンジの棒を見上げるまりもちゃんは見てられなかった。

 

「良くはないが、ちゃんとまりもちゃんに謝ってたし、大丈夫だろ。多分」

 

「うん。何となく空返事だった気がするけど、大丈夫だと思うよ。多分」

 

 その内、機嫌も治っているだろうと勝手に決めつけ、俺は純夏に気なっていたことを尋ねる。

 

「それで、純夏。どうしてこんな時間に夕呼先生の執務室にいるんだ?」

 

「昨日の件で呼ばれたんだよ~」

 

「あぁ、なるほど」

 

 何となくではあるが、夕呼先生の要件の見当が付いた。

あの攻撃を受けた後、俺の頭の中を過ぎったものでもあるし、何なら執務室に来ているのも、先生に進言するためだった。

 ほどなくして、何処かへ出歩いていた夕呼先生が執務室に戻ってくる。霞も一緒のようで、俺たちが執務室にいても全く驚く素振りもせず、ソファーに腰を下ろした。

 

「何の用よ、白銀」

 

「大した話じゃないので純夏の後でいいですよ。純夏は先生が呼び出したみたいですし」

 

「そう。別にアンタが先でもいいけどね、アタシとしては」

 

「そうですか?」

 

「えぇ。だからチャッチャと話してよ」

 

「分かりました」

 

 俺は言われるがまま、自分が来た用件を話す。用件はもちろん、昨日自身が体験した出来事だった。

 普段から何かと純夏のどりるみるきぃぱんちを食らっている俺。それを戦術機で受けたところ、生身と同じように衛星軌道まで飛ばされて戻ってきた。そして、自身は無事だったこと。おかしいとは思ったことがなかったが、今回は話が違う。

生身ならば、小さい頃から食らっているから特段不思議に思うところはなかったが、今回は戦術機に搭乗した状態だった。更に言えば、戦術機にどりるみるきぃぱんちを放てるほどの強度は持っていない。同じ重量のものを受け止めれば、基本的にフレームごと歪んで動かなくなるのだ。実際問題として、戦場では突撃級を戦術機は受け止めることができないからだ。

 話を聞いた夕呼先生は考えるまでもなく、返事を返した。そしてそれは、俺の想像通りのものだった。

 

「その件はアタシも鑑に話そうと思っていたのよ。そして、白銀が疑問に思ったことはアタシも思ったことよ」

 

 続けて、先生は純夏に問うた。

 

「鑑。アンタはいつも白銀や同期の訓練兵を文字通りポンポン殴り飛ばしているけれど、あれってどうなっているのか自分で説明できる?」

 

「えぇ~っと……ああは」

 

「自分でも分からないのね」

 

「分からないんですよね。気付いたらできるようになっていたので。でも、最初はタケルちゃんもあんなに飛ばなかったんですよ? せいぜい廊下の端から端まで飛ぶくらいで。時間が経てば経つほど飛距離が伸びたというか、気付いた時にはタケルちゃんが『地球は青かったぜ』なんて言うようになってたので」

 

「なるほどね」

 

 そうなのだ。純夏のどりるみるきぃぱんちは最初、マンションの屋上階くらいまで飛ばされるくらいの威力だったのだ。それが気付いた時には大気圏の遥か彼方まで飛ぶようになっていた。

 

「まりもちゃんが前に言っていたことですが、訓練兵や教官相手でも純夏はどりるみるきぃぱんちを遠慮なく繰り出すようで、例に漏れることなく低軌道まで飛ばされているようです。昔は俺以外にはできなかったのに、こんな風になったのは訓練の賜物だとは思いますが、昨日の件はちょっと考えさせられるものがありますね」

 

「それがアンタの来た本題ってことね」

 

「そうです。何故、戦術機でも殴り飛ばされたのに、俺は光線級の攻撃を受けなかったのか理解できないんですよね」

 

 一気に執務室内が張り詰めた空気に一変する。もちろん、元凶は夕呼先生からだ。

 

「やっぱりそうなのね」

 

「はい」

 

「だから俺は」

 

 それに続けるように、純夏にはあまり使わせないようにしましょうって言おうとしていた。

 あの時が特別だったのかもしれない。しかし、純夏が恣意的にどりるみるきぃぱんちが使えるようになったことに加えて、戦術機をも殴り飛ばすことができることが分かってしまうと、この世界ではまず軍事転用を考えてしまう。

純夏をそんなことに使わせたくない。彼女は純粋に衛士を目指しているのに、そのような決戦兵器紛いなことをさせるのは、何というかモヤモヤするのだ。

しかし、その言葉を先生は俺に続けさせてくれなかった。

 

「今後はそれを外であまり使わないで頂戴」

 

なぜなら、先に先生が言ってしまったからだ。

 その言葉を聞き、純夏は特に疑問に思うことなく頷くだけ。俺は口から出かけていた言葉を一度飲み込むが、口に出すことにした。

 

「先生に同意します。純夏。もうやらない方がいい。生身で俺にどりるみるきぃぱんちをするのも勘弁して欲しいが、戦術機ではもうやっちゃ駄目だ」

 

「うん……」

 

 小さい声で答える純夏。この話を始めた時から元気がなくなっていた純夏だが、その様子は一向に変わらない。

 

※※※

 

 純夏が夕呼先生の執務室から出ていくのを見送る。何だか先生から話があるような気がしたからだ。黙ってそのまま待っていると、夕呼先生は話を始めた。

 

「……明星作戦の件だけど」

 

 来た。もう目前にまで迫っている作戦だ。既に水面下で作戦発動に向けて準備は進められているらしく、俺は特に関わっていないが、霞から話を聞くことがあった。

 

「予定通り準備は進めているわ。ただ……」

 

 そう溜めると、溜息混じりで続けた。

 

「ただ、G弾の無通告投下の件はまだ手を回し切れていないわ」

 

「そうですか。……鎧衣課長は?」

 

「鎧衣に動いてもらっているけど、いい成果は手に入れていないの。北米の米軍基地にも潜入させてたんだけど、なかなかしっぽを掴むことができていないわ」

 

 鎧衣課長が動いているのに、まだ核心に手が届いていないなんて。正直驚きを隠せない。情報屋として非常に優秀である課長でさえ、そこまで手を拱いているとなると、いよいよ以て現場判断になる可能性が捨てきれない。

 しかしながら、G弾なんて秘密裏に動かしても目立ちそうなものの情報を入手できないとなると、いよいよそういった分野に弱い俺には全く分からない範囲になってくる。

 

「……そっちは先生たちにお任せします。俺の方なんですけど」

 

「アンタには特段何か頼むってことは基本的にないと思うけど」

 

「そうでしょうね。ですから、やりたいことをやらせてもらいます」

 

「……A-01について回るの?」

 

「はい。なので、まりもちゃんを借りてもいいですか?」

 

 そう言った俺の言葉に、夕呼先生はチェシャ猫のように嗤い、短く「いいわよ」とだけ返事をした。

 


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