Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年6月17日 国連軍仙台基地 第2演習場]
昨日に引き続き、第207訓練部隊の訓練を指揮通信車で見ることになると思っていた。しかし、集合場所であるハンガーにやってきた俺を出迎えたまりもちゃんに言われたのだ。
『香月博士からの伝言です。白銀少尉は
何度か乗ったことのあるまりもちゃんの撃震に乗った俺は、指定された第2演習場に来ていた。
既に第207訓練部隊の吹雪たちは開始地点に集合待機しており、今か今か訓練開始の号令を待っている。訓練部隊にいた頃の記憶を掘り起こし、まりもちゃんは搭乗時に訓練内容等を話すことを思い出す。
第2演習場は祠堂大尉たちの訓練で何度か使ったことがあり、勝手も何となく分かっている。全体的に見晴らしがよく、基本的にAH戦闘訓練で使われることのない。ということは、遮蔽物もないところでの正面切って戦うことになる。
真正面から戦うということは、お互いに全力でぶつかるということ。そしてそれは教導するという意味では、かなりいい条件であるのかもしれない。
『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』
バストアップウィンドウが表示され、まりもちゃんが訓練内容の説明を始める。
『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』
飽きてくることはないと思うが、相手がほとんど変わらないのは飽きるかもしれない。恐らくだが、実機訓練を始めて1週間程度だろうから、
言うまでもないが、まりもちゃんの方便にバストアップウィンドウに映る訓練兵たちは驚きの表情を浮かべている。
『ちなみに私の師でもある』
「ちょ!」
茶目っ気を出したまりもちゃんが変なことを言い出したので止めに入るが、俺の声はミュートにされていることを思い出す。
落ち着くために息を整え、静かに聞くことにした。
『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』
『『『は、はい!』』』
まりもちゃんからの檄に訓練兵たちは大きな声で返事をする。その中によく知る顔も混じっている訳だが、表情を見る限りどうも怪しんでいる様子だ。純夏は訓練相手が俺であることを薄々感じているかもしれない。
後から純夏から何か言われるかもしれない、等と考えながら、どうやって戦うか考え始めるのだった。
※※※
私たちは例年の訓練兵と比べて成長が早く、強いと言われているらしい。らしいというのも、数人いる教官の中でも割と私たちと距離感の近い女性教官の言っていたことだ。
神宮寺教官よりも年上で、結婚しており、お子さんもいるそうだ。そんな彼女があれこれと教えてくれるのだが、その中で聞かされたことだった。
彼女の経験的にも、他の教官や訓練部隊付の非戦闘員もそう口を揃えて言うという。
理由は明確であり、私たちの代から導入されたXM3が大きな要因の一端であった。そして、私だから分かることだが、将来的にもA-01で小隊長を務めるような卵もいるからだろう。
だが、私は知っている。この訓練部隊も2年後には2人しか生き残っていない。『しか』ではなく、『も生き残っている』の方が正しいだろう。
『今日も戦術機! 操作は難しい上にかなりシビアだけど、思い通り以上に動くのが気持ちいいわね』
『速瀬、あんまり乱暴に扱うと整備兵に怒られるぞ。俺たちには最新鋭の第3世代機 97式戦術歩行高等練習機 吹雪が与えられているんだ。尚の事、壊したらどんな目に遭うか……』
『そんなみみっちいこと言ってんじゃないわよ。戦術機は新しいものを用意できるけど、私たち衛士、衛士訓練兵に変わりはいないのよ。そりゃ人って単位で見たらいるかもしれないけれど、私たち個人に代わりはいないの』
『確かにそうだが……』
『だから存分に振り回して潰してやればいいのよ!』
『一瞬納得しかけた俺が馬鹿だった?! 教官と整備兵の皆さんに怒られるぞ!』
今日は変わらず戦術機の実機訓練だ。
最初はシミュレータでの教導ばかりだったが、それも卒業となり、どう考えても夕呼先生の手が回っていることが分かるくらい、毎日のように訓練に明け暮れていた。その甲斐あってか、日々成長を続けている。
分かっていることだが、他の訓練兵の皆は全員、戦術機適性が高い。どうやらG耐性が高い人に適性のあるもので、激しく動く機内でも加速度病にならない人を人が多いと言われている。斯く言う私も、"前の世界"では戦術機ではない上に人ですらなかったが、そういった機動兵器の搭乗経験がある。自信もあった。
無論、戦術機適性は高かった。訓練部隊でトップの適性値を叩き出し、教官たちの目が点になっていたことは、隊の中でも笑いのネタにされている。ちなみにだが、私よりもタケルちゃんの方が適性は高い。
『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』
神宮寺教官のバストアップウィンドウが表示され、全員が口を噤んだ。
『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』
飽きはしていないが、ほとんど固定されたメンバーでの訓練だ。訓練兵に癖が付き始め、それを教官たちから指導されるようになった。習熟速度の早い速瀬さんたちは、訓練兵同士の癖なんかも何となくだが分かるようになったという。
それに神宮寺教官が通信に入ってきた際、同時にバストアップウィンドウが表示されたSOUND ONLYなる人物。顔が映されないが、この人物について何となく分かる気がする。
特別教官だという人物。そして、映像が意図的に映されないようにされている。考えるまでもない。
「タケルちゃんだ……」
演習場の反対側に熱源が接近してきていた。機体IDは20700になっている。神宮寺教官の機体だが、当の本人は指揮通信車で監督をしている。他の教官はというと、恐らくだが、今回の訓練で消費した資材を補充するために調達をしていたり、内業を処理していたりするのだろう。
『ちなみに私の師でもある』
間違ってはいないが、間違っている。きっとタケルちゃん、機内で叫んでいるに違いない。
一方、訓練部隊の方は驚きの表情を浮かべている。あの神宮寺軍曹が師と呼ぶ相手だ。どれほどの相手なのかは想像するまでもない。噂程度でしか聞いたことがないが、私たちの教官は皆、大陸での生き残りだという。
『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』
そう発破かけられた皆は、すぐに意識をしっかりと持って返事をする。そんな中、私はなんだかなと思いながらも返事に紛れた。
※※※
演習開始と同時に20700は隠すことなく全速力で戦闘地域を移動し始めた。センサがそれを見逃すことはなく、小隊毎に配置に着き始めた頃には、既に先鋒の速瀬さんの小隊の目と鼻の先まで接近していた。
タケルちゃんはここまで速いのか。そう驚嘆せざるを得ない。
いつも画面の向こう側で起きていたことを、こうして身を以て実感するとよく分かる。そして、自分が戦術機を動かす衛士の訓練兵をしているからこそ、タケルちゃんがすることは自分では到底再現できないことだということも。
『は、速い!』
速瀬隊の隊列が崩れたのが戦術データリンクから確認できる。すぐに態勢を立て直そうとするも、上手くいかないようだ。
私が所属しているのは涼宮隊。何かの縁なのか、総戦技の班分けがそのまま後期課程の隊になってしまっていた。涼宮隊は速瀬隊の近くにいるためカバーに動き出すが、すぐさま隊員の足が止まった。
『な、なにあれ……』
『あれ、撃震だよね? 神宮寺教官の撃震……?』
『どうして……』
私たちの目に飛び込んできたのは、速瀬隊の吹雪4機を翻弄する撃震だった。しかしただの撃震ではない。
「何も兵装を持ってないなんて」
非武装の撃震だったからだ。そんな撃震に速瀬隊はあしらわれていたのだ。
私たちがここに突入したところで、状況は悪くなる可能性がある。それは涼宮さんもすぐに気付いた筈だ。隊に突入命令を出すことはなく、支援攻撃に徹することだけを伝え、なんとか速瀬隊脱出の隙を伺う。
だが、隙なんてタケルちゃんは作らなかった。森林地帯の演習場である筈なのに、跳んで走って鋭角に機動を行う。時には敵機を足場にしながら回避運動をする。そんな超上級者向けの動きをするタケルちゃんに皆がついていけるはずもなかった。
次第に冷静さを失った訓練部隊は、無秩序な攻撃を始めていた。
「に、
『クソッ! どうして当たらないんだ!』
『当たって! 当たってよぉ!』
『そっちに行った!』
無秩序な攻撃は仲間内での統制を失うきっかけとなった。そんな間も、私はなんとか隊の皆に声をかけ続ける。しかし、誰も声を聞いてくれない。
皆をまとめてくれる速瀬さんも涼宮さんも、鳴海くんも撃墜された。平くんだってもうほとんど動けない。
「落ち着いてよ! 情けないよ! 皆!」
誰かの多目的追加装甲に120mm滑腔砲弾が着弾したのだろう。大きな音を合図に、生き残った全機が動きを止めた。
「20706より207各機」
こうなれば、私が指揮をするしかない。私以外は皆、さっきまで無統制に攻撃していたからだ。
私がしなければならない。
「即時戦域から離脱し、態勢を立て直そう! 大丈夫。私が殿を務めるから」
『で、でも!』
「デモでもストでもなぁ~い! さっきやっちゃったことで今日の訓練評価は悪いことは確実。でも、挽回できるチャンスがあるならば、それを拾っていかないとね!」
皆の顔が歪む。恐らく、今日のデブリーフィングのことでも考えたのだろう。神宮寺教官から雷が落ちるのは確実だからだ。それでも、その雷の威力が弱くなるのなら、それは願ってもないこと。
私は自分が殿になることを前提に、何とか作戦を捻り出す。タケルちゃんを打倒する作戦を。
そして思いついた。
「よし! 私の合図と同時に残存各機は一斉散解、地表面滑走でマーカーの地点に集合。態勢を整えたら、隊列を組んで戻ってきて。それまで私が20700を食い止めるから!」
『鑑1人でそんな……』
「平気だよ。ちょっとやってみたいことがあるし」
少し気が弱いが、努力家の加東ちゃんが心配そうにそう呟く。だが、心配はいらない。相手を出し抜く手なら、今さっき思いついたのだから。
全員が作戦に了承したことを合図に、私は準備を始める。
1人、20700を囲む列から離れ、次々と武器を投棄し始める。突撃砲や長刀、短刀でさえ。そして丸腰になった私は合図を出した。
「今!」
同時に20700を囲んでいた3機が一斉に逆噴射跳躍を行い、すぐに戦域から離脱を開始する。この機動制御でさえぶっつけ本番だ。成功したのは2機だけで、1機は転倒。そのまま跳躍ユニットが不調になってしまう。
しかし作戦は続行だ。
友軍機が逆噴射跳躍で離脱をするのと同時に、私は跳躍ユニットのスロットルを開放し、一気に20700に前へ躍り出る。
お互い丸腰で向かい合い動きを止めた。相手はタケルちゃんだ。目の前の吹雪に私が乗っていることは知っているかもしれない。だが、そんなことは関係ない。今、この時の意識は2つにしか向いていない。目の前の撃震と友軍マーカー。
管制ユニット内にCPUの排熱ファンの回転音と私の息遣いだけが聞こえる。時々鳴るセンサの探知音に心臓が跳ね上がるが、何とか抑えつけてその時を待つ。
そしてその時は来た。再編するまでもなく、態勢を整えた2機の吹雪がこちらに向かって全速移動を始めたのだ。
すぐさま戦術データリンクから視線を外し、目の前の撃震に意識を集中する。
「すうううぅぅぅ……」
旧OSよりもシビアになったという戦術機の操作。しかし、私にとって戦術機の操縦自体は、これが始めてであり、そして普通なのだ。だからこそ、私にできることがある。
指先や足の僅かな動きでさえも感知し反映させ、関節思考制御も入力速度は俄然上がっている。OSの機能を使える範囲で使いこなし、そして、前世代よりも圧倒的に高い処理能力を持つCPUを駆使して繰り出す。
僅かに機体がゆらゆらと動き始める。網膜投影を通して映し出される周囲の映像が八の字の軌跡を描き始めた。そして左手はすっと腰まで引き、一気に撃震の管制ユニットに振り抜いた。
「はァ!!」
それは一瞬の出来事だった。刹那、強い衝撃波と轟音と共に機内は大きく揺さぶられた。足元は何か重いものが落ちたかのように陥没し、砂埃を上げている。そして目の前に先程までいたはずの撃震は、忽然と姿を消していた。
ただ、そこに残っていたのは、吹雪の手の甲に付いていた剥がれた塗料の欠片だけだった。