Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年5月10日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]
祠堂大尉らのXM3順応訓練は4月に入る頃にはかなり進んでおり、ほとんど俺が教官役を務めていたこともあり、熟練度も相当なものになっている。それこそ、最盛期のA-01の動き、否、桜花作戦時の皆のような動きを見せていた。
すでに俺の手から離れた祠堂大尉たちが、A-01でどのようにしごかれているのかを想像しながら、顔を出す回数の減っていた自分の機体が置かれているハンガーにやってきた。
「お、タケルちゃんだ!」
「純夏か」
ここ数日めっきり顔を見なくなっていた幼馴染がハンガーに来ていた。ここ最近彼女と会うときはその格好ばかり。 しかし、かなり懐かしくも思えた。
少し純夏のことを観察してみると、少し様子が変わっていた。訓練部隊に入ってから少しずつだか変わってはいたものの、今目の前にいる純夏は以前と比べて一皮剥けた、という印象を持つ。
何処か力を加えたら折れてしまいそうな華奢な体つきだったのが、今では細くありつつもしなやかさを感じさせる雰囲気だ。身体の軸もしっかりとしており、まとう雰囲気も女の子らしさを残しつつも軍人の空気感も若干だか纏っている。
明らかに軍人に近づきつつあるのだ。
「ひっさしぶりだね~。元気にしてた?」
「久しぶりってお前ね……。そういえばこの前、妙ちくりんなことを聞いてきたよな。ちょっと数日離れるからね、って。一体何だったんだよ」
「んっふっふ~」
ニヨニヨと表情を崩しながら近づいてくる純夏に、思わず後ろに下がって距離を取ってしまう。そんな俺に不満だったのか、頬を膨らませながらアホ毛を稲妻型に変形させる。
「むー! 今日はたまたまこうして会うこともできたし、報告したいこともあったのに! タケルちゃんのバカ!」
「バカってなんだよ!? それで、報告って?」
純夏の奴にバカ呼ばわりされて腹立たしくはあるが、ここは少し収めて報告を聞こうと思った。そんな俺の様子に少し戸惑った純夏は、静かに報告を始める。
「あのね、総戦技の話この前したじゃん? この前まで行ってたんだよね。それでね」
ふと思い出す。そう言えば、すれ違ったかと思えば、いきなり総戦技のことを聞いてきたことを思い出す。その時、たまたま持っていた官給品のタバコを純夏に押し付けたことを思い出した。意味もなく渡したつもりだったが、それはそれで総戦技では役に立つ代物だった。
タバコは虫や動物除けに使えるのだ。訓練部隊の間では先輩から語り継がれるものなのだが、俺にはその先輩がいなかった。"一回目"の時は同じB分隊の皆が用意したものを使わせてもらったが、"二回目"は自分で用意したものを使った記憶がある。
純夏にはそういったことを教えてくる軍人としての先輩がいない。強いて言えば俺になる訳だが、その時の俺は彼女の聞きたいことをちゃんと聞いていなかったが故に、的確なアドバイスをしてやることができなかった。
しかし無意識の俺、その時そんなものを持っていた俺はなんと都合のいいことか。持っていたものを純夏に渡していたのだ。使い方は教えなかったが、きっと同じ訓練部隊の誰かが教えたことだろう。
「あー、どうだった?」
「うん。なんとか突破したよ」
「そっか、突破したか~。……突破した?!」
純夏は突破したと言った。確か俺の記憶違いでなければ、純夏が入隊した第207訓練部隊の代は速瀬中尉と涼宮中尉がいた代だ。となると、涼宮中尉が衛士徽章を持っているのに戦術機に乗らない原因になったっていう、総戦技中の事故はどうなったのだ。
俺の頭の中で駆け回る疑問に気付いたのか、純夏はいつもの調子で続きを話し始める。
「特段何かあったってわけじゃないんだ。普通に5日以内に作戦目標を満たして脱出ポイントに向かうだけって奴。私たちは4日でそれぞれの作戦目標を終わらせて、全員で脱出ポイントに到着したの。誰も欠けずに、ね」
「……事故はなかったのか」
「うん。なかった」
純夏はいつもの笑顔で答える。嘘は言っていないだろう。となると、涼宮中尉の事故はなかった、ということになる。
「涼宮さん、涼宮中尉の事故は起きなかったよ」
俺はその言葉に答えない。
「そもそも演習する島には車両が置かれてなかった。だから誰も使わなかった、使えなかった。原因が取り除かれていたんだから、事故も当然起きないよね」
「だが……」
「タケルちゃんの言いたいことも分かる。だけど、起きなかったんだよ。無事に全員脱出ポイントで回収された。教官たちには総戦技の総評と合格も聞いた。全員が後期課程に進むことも」
俺たちの代のようなことが、違う理由によって起きていた速瀬中尉たちの代。それが起きなくなった未来を今更気にすることもない。もういくつも未来を変えてきているのだ。
純夏に悟られないようにしながら、彼女が総戦技を通過したことを考える。
何がともあれ、前期課程を修了し後期課程に進んだのだ。純夏たっての願いでもあった、衛士になること。確かに一歩ずつ近づいてきているのだ。
「その件は前から夕呼先生とも話し合って決めていたことだ。気にすることじゃない」
「そうだね」
「まぁ、純夏ごときが総戦技を通過できたんだ。最初はあんまり走らないでへばっていたのも、今じゃ平気な顔をして行軍できるんだもんなぁ。まりもちゃんから聞いたぜ。お前、同期の男子を成層圏まで殴り飛ばしているらしいじゃないか。どりるみるきぃは俺以外にも発動するようになったのかよ」
そう言って茶化す。ずっと心の奥底で抱えていた感情は、純夏に言うべきではない。それを言ってしまうと、純夏を否定してしまうようで嫌だったからだ。
俺の言葉にすぐさま反応した純夏は、勝ち誇った表情をする。腰に手を当て、胸を張り、得意気に言うのだ。
「おかげで格闘技能の成績はトップだよ! 教官にも勝っちゃうから、最近は神宮寺教官と弱い科目を別でやらせてもらってるんだ!」
「なんだよ……どりるみるきぃ頼りで、他はダメダメなタイプか。流石は純夏だぜ」
「他はダメダメなのはタケルちゃんも一緒じゃないのさ。座学とかちんぷんかんぷんでしょ?」
「確かに苦手だったが、それは純夏もだろうが……」
思わず溜息が出る。普段ならばもう少し純夏をいじっているところではあるのだが、今回はいじったところで自分に返ってくるところが多い。訓練兵時代の座学の内容は、ほとんど覚えていないのだ。恐らく、そういった知識を使う場面になれば、自然と思いだして使うこともできるだろう。しかし、いきなり問題を出されても答えられる自信はなかった。
純夏も座学を苦手としており、結局前期課程の座学はギリギリでの通過だったらしい。ここで普段のように言い合ったところで、傍から見れば2人ともバカなのだ。
自分たちが言い合いしたところで、客観視した時の醜さが脳裏に過ぎったのは彼女も同じだったようだ。
「でもまぁ、どりるみるきぃを自分の意思でできるのなら、色々心配事が減るぜ」
「なによ、心配事って?」
「ん、まぁ、色々だ」
そう、色々なのだ。純夏がこのまま順調に訓練を進めることができれば、恐らく今年のお盆前には任官式だ。今期から第207訓練部隊には予算と人員が多く割かれている。その分、重厚な体制での訓練を行うことができ、その分、訓練の進みも早くなるのだ。きっと、この様子だと戦術機適性検査も済ませているのだろう。
結果は聞くまでもない。総戦技の舞台となった密林での出来事を楽し気に話し始めた純夏の声を聞きながら、自分の機体を見上げるのだった。
暑くなる頃にはまた、戦場へ出ることになるだろう。
※※※
[1999年6月16日 国連軍仙台基地 第2演習場]
ここ数日はA-01の訓練を見学しつつ、問題点の洗い出しと夕呼先生に練度を報告することをしていた。しかし今日は別件で別の演習場に来ている。
乗った経験のほとんどない指揮通信車の車内。簡易的なCPになっており、2人のCP将校が6つのモニタを見ながら、あれこれと交信をしている。そんな姿を、俺はまりもちゃんと肩を並べて眺めていた。
この場に居るのは俺の身の上の半分ほどを知っている人物に絞られており、普段はこんなところでCP将校をしているような人物ではない軍人が代わりを務めていた。
「何故、このようなことになっているのでしょうか、白銀少尉」
「それは始まる前に説明しましたよね、夕呼先生が」
「私は少尉の口から聞きたいのですが」
「というか何故敬語なんですか? 神宮寺大尉」
「……一応、今は教官なものですから」
作業着姿のまりもちゃんが隣で苦笑いを浮かべる。今日、俺がここに居るのは夕呼先生に
俺ならば詳しいことを知っている、とでも考えたまりもちゃんは、こうして俺から聞き出そうとしているのだ。しかしながら、俺も満足な説明を受けていない。受けていないが、何がしたいのかは何となく分かっているつもりだ。
きっと今期の第207訓練部隊の衛士は、任官してすぐの初陣が明星作戦になる。普通というのを知らないが、初陣の衛士が大規模作戦に投入されることなんてあるのだろうか。俺が知らないだけで、大半はそうなのだろう。
となると、恐らく今期の訓練兵の多くはその作戦で命を落とすことになる。"死の8分"すら生き残れず、何も分からないまま死んでいくのだ。
一方、今期の訓練兵から恐らく教育のために費やした資源の量は例年よりも多いはずだ。訓練兵に対する教官の数や装備の貸与数、消費物の量等々。夕呼先生が手配したのかは分からないが、確実に言えるのは明星作戦に間に合わせるためだということだった。
「詳しいことは俺にも知らされてませんよ。ただ、訓練兵を見てやれ、と」
「私XM3には白銀少尉に次いで時間を費やしていると自負しております。発案者である少尉の教導も受けられるというのは、あいつらも幸せ者ですね」
これまでほとんど見ることのなかった柔らかな笑みを浮かべるまりもちゃんを見て、思わず涙が出そうになる。ふいっとそっぽ向いて指揮通信車の出入り口を見て、返事をする。
「そうかもしれませんね」
「どうしたんですか、白銀少尉?」
「なんでもありません。ちょっと鼻が痒くなって」
我ながら分かりやすい誤魔化し方をしてしまう。だが、見せたくはない。このまりもちゃんにも。
「それはそれとして、一体あれはなんなんですかね」
「さぁ……私にも理解りかねます」
そんな話をしていた俺たちの見ている今期の訓練兵たちは6対6の対AH演習をしているのだが、様子がおかしい。
これまで見てきたどの衛士たちとも違う、それこそ"特異的な戦闘機動"と言える動きをする吹雪たちの姿だったのだ。そしてその中でも特におかしな動きをする2機がいるが、それに搭乗する衛士は推理するまでもないだろう。きっと彼女たちなのだ。