Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年4月27日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 講義室]
座学に訓練を毎日こなし続けていたら、気付けば同期の皆と同じくらいの水準には追いついてきていた。座学も訓練も目に見えて結果は出ていた。専門知識のオンパレードには最初こそ振り回されてばかりだったが、今では問題なく理解でき、筆記試験も合格ラインを超えることができている。訓練の方は、格闘訓練の方は特別だったが、他の射撃等々はビリから這い上がってきている。神宮寺教官からは『最初の頃よりもマシになった。その調子で訓練に励め』とのお言葉も頂いた。
そんな日々を過ごす一方、私には訓練兵として以外でしなければならないことがあったはずなのだが、いつの間にかそれらがなくなっていた件について。
今朝、廊下で霞ちゃんとすれ違った時に気になって聞いたことがあったのだ。
『あ、そうだ。霞ちゃん』
『……なんですか?』
『私が訓練兵になってから、全く武ちゃんの戦術機を整備しに行ってないけど、武ちゃんは出撃とかしてないの?』
『……出撃はしていません。純夏さんもご存知の通り、昨年から大きく状況は変わっていません』
『えぇ? じゃあ、香月先生のお手伝いばっかりなんだ』
『……純夏さんが訓練兵になられた頃に合流した補充兵の訓練が多いです』
『なるほど~』
私の知らないところでどうなっているのかは何となく見えてきた。しかしながら、霞ちゃんの話から推察するに、おそらくタケルちゃんの戦術機は変わらず整備が必要な状態が定期的にやってくることを意味していた。
であるにも関わらず、私はこうして訓練兵として訓練に明け暮れている。私が首をかしげていると、霞ちゃんが言葉を続けた。
『……純夏さんはお気になさらず訓練を』
『うん、分かったよ! でも、訓練部隊に入るまでやっていたことってどうなったんだろう?』
『……そちらは私の方で引き受けています。問題ありません』
『そうなんだぁ、ありがとう? でも、霞ちゃんって他にも色々やってなかったっけ?』
『……問題ありません』
『あ、はい』
訓練兵になるまでの期間、私がやっていた仕事はどうやら霞ちゃんが引き受けている様子。結構忙しくしていたつもりだけど、それを彼女が背負うとなると、その仕事量はかなのものになるはずだ。彼女自身が抱える仕事もあるのに。
大丈夫なのかと訪ねても、辛そうな表情をすることなく大丈夫と言い張る霞ちゃんに気が押されてしまう。あまり感情表現の豊かではない彼女ではあるのだが、そういったことは分かるものだとばかり思っていた。だが、その素振りも見せない。
霞ちゃんと別れた後も気になったままだった私は、TF-403ハンガーに向かった。
ハンガー内を見回してみても、変わったところはほとんどなかった。変わりなく整備兵は忙しそうに機体に取り付き、班長の怒号が飛び交う。少し懐かしく感じながらも、つい1ヶ月も前まで感じなかった疎外感を少し感じてしまった。
あの時は霞ちゃんに付いて回り、何かしらしていた気になっていたのだろうか。そんなことを考えてしまう。あの頃の私はここにいただけで、本当は何もしていない役立たずだったのでは、と。
整備兵たちは私が入り口で中を見ていても気にすることはなく、忙しなくタケルちゃんの不知火で作業を続ける。少しだけ機体を眺めた私は、そのままハンガーを後にしたのだ。
「早く任官しなきゃ」
今ではそんな言葉が頭の中に居続けている。
早く任官しなければ、早く衛士にならなければ、私はタケルちゃんの傍にいられないかもしれない。そんなことを考えるようになっていたのだ。
「かーがみ! おはよー!」
「……」
「鑑ー?」
「あ、うん。おはよう」
「元気ないわねー。そんなんだと、神宮寺教官に殴り飛ばされるわよー?」
「それはヤだね」
「でしょ? なら元気にしなきゃ」
「そうだね」
まだ座学も始まらない時間。速瀬さんが私の顔を覗き込み、そんな言葉をかけてくれる。心配してくれているのだろう。
何も出されていない机を眺めていたらしい私は、ゆっくりと顔を上げる。近くには速瀬さんの他に、涼宮さんもいたようだった。彼女と同じく、心配そうにしている様子。
「鑑さん、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
大丈夫だ、としか言えない。きっと、私だけではないはずなのだ。速瀬さんも涼宮さんも、他の訓練部隊の皆だって、早く任官したいに決まっている。まだ総戦技すら突破していない訓練兵だが、私たちは衛士を目指しているのだから。
気持ちを切り替え、今日の予定を思い出す。
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
そうこうしていると神宮寺教官が講義室にやってきた。普段のように教壇の前に立つと、室内を見渡して全員の顔を確認する。
毎日点呼をしているので、今日の出欠は把握しているだろうから、何かいつもと違うことを言うのかもしれない。
「貴様ら。今日はいいニュースを持ってきたぞ」
やはりだ。神宮寺教官は勿体ぶることなく、すぐにその内容を話し始める。
「5月の頭に総合戦闘技術評価演習を執り行うこととなった」
私を含めた訓練兵の空気感が一気に変わる。緊張感と高揚感だ。ピンと張り詰めるが、何処かふわふわとする。何と言葉に表せばいいのか分からないが、これまでに味わったことのない感覚だった。
「貴様らが第207訓練部隊に配属されてから2ヶ月ほどしか経っていない。しかし、人類に訓練兵とはいえ軍人を遊ばせておく資金も時間もない」
神宮寺教官の『訓練兵とはいえ軍人』という言葉に、他の訓練兵たちがあからさまな反応をする。
これまでは学校という枠組みではあったものの、訓練兵というよりも訓練生という意識が強かったのだろう。そんな私たち訓練兵が、訓練兵ではあるが軍人でもあると言われたのだ。もう、私たちは一般人じゃない、そう言われているのだ。
「軍の判断としては、帝国陸軍予備学校での教練が十分であったとし、不足している兵力を補充するとのことだ。帝国内で同様の動きがあり、近隣の帝国・在日国連軍訓練部隊でも順次前期課程・後期課程修了の報告が上がっている」
もう一度、教官は私たちの顔を一人ひとり見ていった。
「この決定は軍上層部の判断に他ならず、我々現場の衛士としては、貴様らのような満足な訓練も満了していないひよっ子どもが戦場にしゃしゃり出てこられると迷惑極まりないところだが、そうは言っても背に腹は変えられん。下手に反発し、反感を買って懲罰部隊に飛ばされても敵わないからな。特に私のようなのは体の良い玩具にされかねんからなァ」
ジロリと神宮寺教官は速瀬さんを睨みつける。ここぞという時に、こうして教官はそのネタを使って速瀬さんを脅す。今回もビクリと肩を跳ね上げ、後ろ姿からも分かるほどに冷や汗を流す彼女は小さくなる。
他の訓練兵は速瀬さんとは違い、それ以前に言った教官の言葉に反応している様子だった。煽られたのだ。私たちは苦しい訓練に喰らいつき、かなりの好成績を修めている確固たる自信があったからだ。それを、まだまだだと言われた。戦場に出てこられても迷惑だと言われた。
悔しさに歯噛みし、少しずつオーラが変わっていく。焚き付けられたことにも一層訓練に励むように仕向けられたことにも気付かない。
「さて。総戦技を数日後に控えている訳だが、今日は通常通り訓練を執り行い、明日からは準備期間とする。日程は明日の朝礼時に伝えるので、それまでは通常通り教練に励め」
その言葉で切り上げる神宮寺教官は、それまで話していた内容など気にも止めることなく今日の教練内容を説明し始める。
無論、訓練兵の皆の耳に、今の話が入ってくる訳もない。しかし私だけは、何処か落ち着いて教官の言葉に意識を向けることができた。あの普段落ち着いている涼宮さんでさえ、狼狽える現状にただただ私は1つのことを考えるだけだった。
早く任官したい、と。
※※※
[1999年5月2日 日本帝国領内 詳細不明地域]
慌ただしく今日まで準備を進めてきた。と言っても、私がしたことはタケルちゃんに聞けば済むことだった。しかし、なんとか捕まえたタケルちゃんから言われたことは一言だけだった。
『頑張れ、純夏』
その言葉と共に、何処で手に入れたのか分からない国連軍官給品のタバコを渡してきたのだ。私はもちろんだが、普段関わりのある人たちは誰1人として喫煙者はいないのだ。それはタケルちゃんも同じはずなのに、なぜ私にそんなものを渡してきたのかは分からなかった。分からなかったのだが、何か意味があることに変わりはないだろうと考え、荷物に忍ばせてきている。
普段はグラウンドを走り回る時と同じ装備に、全員同じだけの携帯食料と水分を押し込んであった。タバコはカーゴパンツに入れてある。
リュックサックを背負い、ほぼ完全装備状態で私たちは神宮寺教官たちの前に整列していた。ここまでの移動は比較的楽なものだったが、それでも休憩はお手洗いくらいしかしていない。長距離移動で消耗をしている私たちに、涼しい顔をしている教官らは私たちに命じたのだ。
これから総戦技を執り行うこと。与えられた任務と短いと思えて仕方ない作戦期間を生き抜かなければならないこと。そして、この演習では死人が出ること。
この演習でくたばるようなら、任官して戦場に投入されたとしてもすぐに死ぬだろうと言われた。
どうすればいいのか分からないまま、作戦を拝命した私たち第207訓練部隊の訓練兵は、このむしむしと暑い密林で任務を遂行しなければならなくなってしまったのだった。
「……作戦を確認しよう」
教官たちが私たちの周囲から離脱してすぐ、誰も言葉を発することは疎か、行動できるものはいなかった。だから、私は声を出した。こんなことをしている暇はない。私たちは定められた期間内に任務を成功させて生き残らなければならないのだ。
私の言葉に気がついたのは速瀬さんだった。まだ何処か呆然としているのであろう自分を起こすため、頬を叩いて目を覚まし、近くの仲間たちに声をかけていった。
そして全員の顔があがったのを確認すると、私は言葉を繰り返した。
「作戦を確認しよう。私たちはこれを突破しなければ後期課程の戦術機適性検査にすらたどり着けなくなっちゃう」
「そう……、だな。鑑の言う通りだ。俺たちはこんなところで立ち止まってなんてられない」
私の言葉に呼応し、鳴海くんが男子訓練兵たちを鼓舞してくれる。こういう役はやっぱり同性同士でやった方がいいに決まっている。一方で女子訓練兵の方は涼宮さんがそれをやってくれていた。
「私たちに与えられた任務は3つ。『敵司令部の発見』と『先行した偵察隊が残した機密書類の回収』、そして『敵物資集積場の爆破』よ。これらの任務を今から5日以内にこなして脱出しなければいけない。回収ポイントに到着して回収されるまでに5日以上かかってしまったら失敗。この密林で遭難し、救助されても失敗。無論、誰かがかけるのも」
「俺たちは丁度12人だ。部隊を3つに分けて、それぞれの任務を遂行しよう」
仕切ったのは訓練部隊の長を任されている男子訓練兵だった。
彼の言っていることは効率がよさそうではあるが、実のところいい選択であるのかは判断できない。そしてそれ以外の選択肢は、全員で1つずつ任務を潰していくことしか思いついていない私たちにはなかったのだ。
誰も反論することなく、隊長の采配で編成と決められる。そんな中、幸か不幸か私の部隊の隊長が涼宮さんになった。
忘れていた訳ではないが、私には香月先生から特別任務が与えられていた。それは、総戦技中に発生する事故の阻止。そう、涼宮さんの両足が生体義足になり、衛士になれなくなったという事故だ。
私は事前に打てる手を打ったという香月先生の言葉を反芻し、私のしなければならないことを思い出す。先生が未然に防ぐ手立てを用意しているとはいえ、私が動かない訳にもいなかない。
「私たちは物資集積場の爆破。もう水月と平くんの班は動いているから、私たちも急ごう」
全員顔を見合わせて頷き、行動を開始する。できるだけ早く終わらせて、とっととこの蒸し暑い島から脱出しよう。