Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 34

[1999年3月19日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 一切ペンキで汚れなかった撃震をハンガーに収めると、強化装備から着替えてブリーフィングルームに向かう。俺が到着する頃には既に、先程演習で戦った衛士たちが集まっていた。

霞は管制室からすぐにブリーフィングルームに来ていたようで、モニタにラップトップを接続して何やら作業をしている。

 俺が入室する音にまず気付いて動き出したのは霞で、ラップトップの前から立ち上がると俺の目の前までやってきた。

 

「……お疲れさまでした」

 

「おう。霞も管制ありがとうな」

 

 霞はそれだけを言うと、スタスタとラップトップの前に戻ってしまう。そして少し操作すると、こちらを向いて話し始めた。

 

「……演習お疲れさまでした。無人観測機が今回の演習を撮影していましたので、そちらを観ながら話をさせていただきます」

 

 モニタにはあちこちの視点から、撃震と吹雪を捉えた映像が流れ始める。

 

「……演習の結果はβ隊の全機撃墜による敗北です」

 

 開始数分で全滅させた吹雪たちが、映像の中でも次々と撃墜されていく。単機の鈍重な撃震に追い立てられる、細身で身軽な吹雪たち。成すすべもなく1機、また1機と地に伏せていった。

そして最後、木々に囲まれた演習場で立っていたのは撃震のみ。戦闘中、次々と武装を投棄し、最後は右手の長刀しか残されていなかった。

 映像の再生が終わると、霞はいそいそとラップトップの片付けを始める。それを確認すると、入れ替わるように祠堂大尉が前に出てきた。

 

「とまぁ、私たちは白銀少尉にコテンパンにされた訳だ。文字通り、手も足も出なかった」

 

「そうですね」

 

 俺は否定することなく、祠堂大尉たちが俺に対してダメージを与えることのできなかったことを認める。この発言に数人反応したが、大尉はそれを無視して話を続けた。

 

「約束通り白銀少尉の教導を受けよう。目の前でまざまざと見せつけられては、認める他あるまい」

 

「では、演習前に話した通りにしましょう。座学からやり直しですね」

 

「分かった。言う通りにしよう。社少尉、すぐに始めるのか?」

 

 モニタの片付けを終えていた霞がコクリと首を縦に振る。

 片付けられていた机や椅子を並べ始めながら、次の座学では俺が教えることもあるだろうななんて考えていると、俺に話しかけてきた衛士がいた。

 そちらを向くと、演習前にXM3や俺について疑っていた3人だった。彼らは祠堂大尉たちとは、仙台基地に来てから始めて顔を合わせたらしい。大尉曰く、極東国連軍でも精鋭の衛士だという。

 そんな彼らが3人並んで俺に声を掛けてきたのだ。

作業していた手を停めてそちらを向くと、気不味そうにしながらやっと口を開いた。

 

「し、白銀少尉。済まなかった」

 

 そう切り出したのは、3人の中でも階級の高い中尉の衛士。ヒスパニック系白人の男で、日本人の俺とは違い身体に恵まれており大きく筋肉もある。坊主にしている頭をポリポリ掻きながら謝ってきたのだ。

中尉に続くように、スラヴ系白人の女やアラブ系の男も頭を下げた。

 俺は慌てて頭をあげるように頼むが、数秒は何も言わずに頭を下げたままにしていた。やがて顔をあげると、再度中尉が切り出す。

 

「俺たちはプライドを傷付けられたと思ったんだ。こうして国連軍で衛士をしていることに誇りを持っている。人類の反撃の鋒を担えることに、そして祖国を蹂躙した忌々しいクソBETAをいつの日にか地球から叩き出すことを。言い訳にしか聞こえないだろうが、本当に少尉のような新米を卒業したかも分からないような奴が発案した見たことも聞いたこともない戦術機のOSなんて、所詮今までのものと大差ないってな。機体に大幅な改修を施して、それらしく見せてるだけなんじゃないかって。だが、少尉と演習して分かった。少尉のF-4Jはたしかに常軌を逸していた。デタラメな機動制御や硬化時間のなさ、柔軟な動き、どれも機体を改造しただけじゃできない。衛士の腕かとも思ったが、それはあり得ない。なぜなら、あんな動きを戦術機にさせることは俺たちの知りうる上ではできないからだ。

それと、俺たちがどれだけXM3を扱えていないのかが分かった。演習でやってみせた動きは、OSの機能を十分に使いこなせればできるものなんだろ? 今まで乗ってきた戦術機から、XM3の吹雪に乗り換えて世界が変わったように見えていた。それで舞い上がって、本来しなければならないことを見失っていたんだ。本当に俺たちがやらなくちゃいけないのは、少尉のような動きだということに気付かされたんだ。

散々言い訳を言ったが、これからは心を入れ替える。だから、よろしく頼む」

 

 ふと脳裏にある光景が浮かんだ。

 前の世界、XM3のトライアルで当たった横浜基地の精鋭に呼び出された時のことだ。連れてかれた先で、先任の衛士たちに囲まれて何かされるかと思ったら褒めちぎられたのだ。

 目の前に並ぶ3人の顔をもう一度見る。

 プロフィールは夕呼先生から聞かされているので、大体は把握している。全員、BETAによって国を追われている。避難先で居場所がなく、ただただBETAに対して復讐心を持って国連軍に入隊したという過去を全員が持っていた。それでも任官し従軍を経験すると、様々なモノに影響を受けて復讐心の他にも別の想いや願いが生まれていった。それはただ国を取り戻すためではなく、国連軍として人類のために戦うこと。そして、隣に立つ戦友をなんとしてでも生きて帰すこと。

それは俺が任官した時に教わったことであり、戦場に赴く度にその想いは増していった。訓練部隊から一緒だった同期や、先任たちを死なせたくない。そんな想いを持って戦ったに違いない。

 中尉の言葉には、話していない2人の想いも乗せられていたのだろう。中尉に続いて何を言うことは、ただ謝罪とこれからよろしくとだけ。俺は静かに返事した。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

※※※

 

[1999年3月20日 国連軍仙台基地 シミュレータルーム]

 

『待て、タケル!!』

 

『クソ!! ヤナ、そっちに行った!!』

 

『了解』

 

『永代中尉とエストラーダ中尉はそれぞれの隊で挟撃、追いかけっこは私が引き継ぐ!!』

 

 昨日は早々に座学を始めると、霞の座学に加えて俺の解説も交えながら休憩なしで最後までやり切った。その後はすぐに夕食だったので、6人と俺と霞で食べることになり、簡単に身の上話なんかをPXでして交流を深めた。

そして次の日はシミュレータルームを借り、XM3が搭載された筐体に籠もって最初はイチから教えていたが、すぐに追いかけっこへと教導が変貌していた。

追いかけっこは霞が言い出したことで、俺以外全員が鬼となって俺を追い立てることによって、XM3の3つの新機能を使わざるを得ないような状況を生み出すとのこと。どういうことなのか分からなかったが、とりあえず始めてみることになり、武装解除をして追いかけっこを始める。

そうすると始めたばかりの頃は、硬直時間や姿勢制御によって遅れることがあったのだが、次第に自然とキャンセルや先行入力を始めるようになっていたのだ。何故そうなったのかは後で霞に聞くとして、自然と使えるようになって来ているのなら都合がいい。このまま逃げ回って、どんどんXM3の新機能に慣れさせていけば目的は達成されるのだ。

縦横無尽にフィールドを駆け回りながら、時には挑発するような動きも交えながら鬼ごっこを続ける。

 

『白銀ク~ン。捕まってくれたら、おねーさんがいいところ連れてってあげますよー。具体的には大尉が寝てるベッドルームとか? ()()()()放題できますよ?』

 

『日本人形モドキの戯言は聞かなくていい! イルハーム少尉、一番近いぞ!』

 

『無茶言わなくてください、大尉!! アリジャラッド*1みたいに跳ね回る白銀少尉はこの距離でも捕まえられませんよ!!』

 

『平面挟撃なんですから、しっかりやってください!! 永代中尉!!』

 

『まだ付き合いは短いが苦労していることは分かったぞ、黒田少尉』

 

『エストラーダ中尉!! 次!』

 

 オープン回線からは余裕のない彼らの声が聞こえてくる。祠堂大尉とエストラーダ中尉で部隊を2つに分け、平面挟撃で俺のことを捕らえようとしている。センサを動かすまでもなく、背後カメラが動き回る吹雪を捉えているため把握できていた。

 制限時間も特に設けていない鬼ごっこではあるのだが、恐らくどこかのタイミングで霞が終了の号令を出すだろう。それまで逃げ切ればいい。

だが逃げ回るだけでもよくないとは思っており、何かしら言えればいいのだがそれも無理な話だった。そもそも逃げているのに、追いかけてくる機体の動きを細かく観察する余裕はない。指摘するなんて以ての外だ。

 

『……CPより全機へ。鬼ごっこはあと3分で終わりです』

 

 丁度いいタイミングで霞の通信が入る。それと同時に駆け回りながら機体の状態を確認する。

 今回のシミュレーションでは訓練兵が行なうような設定をしており、機体ダメージも受けず推進剤も減らない設定になっていた。再履修初回ということもあり、霞がそのように設定したのだ。

 機体ダメージのことは端から想定しておらず、俺の頭にあるのは推進剤の残量だけだった。今の今まで無限に使えることを忘れていたが、癖として節約して機動することを自然とこなしていた。

気付いたところで変えることはなく、瞬く間に次々と移ろう建造物たちの方に集中する。

 相変わらず背後からは6機の吹雪が追いかけてきており、両腕が空振るのを確認する。一向に捕まえることができない彼らの動きは、次第に癖が滲み出てくるようになる。制限時間を与えられてからは尚更だ。

 

『……CPより全機へ。状況終了』

 

 合図と共にシミュレータが待機状態に移り、網膜投影がパッと消える。

 アビオニクスのハードウェアが発する光と、操縦桿の近くに配置されているコンソールの光でぼうっと明るい管制ユニット内で大きく息を吐いた。

火照って汗ばんだ額を拭ってハッチを開くと、ユニット内よりも冷たい空気が頬を撫でる。特にふらつくことなく降りると、先程まで鬼役をしていた6人が集まるところへ向かった。

 

「タケルの奴に触れることすらできなかったな」

 

「あの妙ちくりんな機動制御は、XM3を使っているだけじゃないと思います」

 

「フリンカ少尉の言う通りだと僕も思いますよ。XM3の動きに関しては、鬼ごっこをやり始めてからなんとなく掴めてきた気がします。振り返ってみれば、座学内容からもかけ離れた制御を白銀少尉がしていることが何度もありましたからね」

 

 特に精鋭出身の3人は話しが盛り上がっている様子だったが、一方のシールダーズ出身の3人はというと、同じ場所にいるのだがかなり静かにしている様子だ。

 静かにしているというよりも、静かにさせていると言った方が正しいのかもしれない。

俺の位置からは見えないが、困った顔をした黒田少尉が祠堂大尉を宥めているらしい。その祠堂大尉はというと、目の前で正座させている永代中尉のことを叱り付けているみたいだ。

そしてそんな6人を霞が遠目から観察している。

 

「……いつからこんななんだ?」

 

「……私が制御室から出てきた時には」

 

「なるほどな」

 

 事の様子を見ていただろう霞に聞くと、シミュレータから降りて早々に始めていたことらしい。

 

「だから何故あのようなことを言った」

 

「ですから交渉したんですよ。捕まえれば次の段階に進めるじゃないですか? 私としては実戦訓練が一番だと思っていますので、何かしらで興味を惹いて捕まえてしまおうと考えた訳なんです。つまり、私のハイレベルな思考によって導かれた白銀クンを簡単に捕まえる方法として使ったということです」

 

「そういうことを言っているんじゃない。というかそれは分かったんだが、分かりたくもないが、何故その交渉に私をダシにしたんだと聞いている。そこは自分を使うところじゃないのか?」

 

「私でもよかったんですけれども、白銀クン的には私のような外見よりももっとメリハリのある女性の方がいいかと思いまして。そうしたならば大尉とフリンカ少尉が対象になる訳ですが、フリンカ少尉はお察しの通りですので対象外に外されまして、消去法で大尉となりました。その恵体で白銀クンの若く滾るセイをですね受け止めてはどうかと思いまして。ほら、九州で助けられましたし」

 

「説明になっていない上に、その論法ならば中尉でもよかったのではないのか?」

 

「ま、まさか大尉、エストラーダ中尉を白銀クンに?!」

 

「何故そうなる!!」

 

「いやだって中尉って言いましたよね? それはつまりエストラーダ中尉のことでは?」

 

「文脈的に君だろうが!! どう考えたらそうなる!!」

 

「いや、中尉って言ったじゃないですか。ここに中尉は2人いますし、名前を言ってもらえなければ誰だか分かりませんよぉ」

 

「こいつ……ッ!!」

 

「どうどう、抑えて抑えて。ほら、畜舎に戻りましょうねぇ~」

 

「貴様が言うなッ!! はぁ……シミュレータしているよりも疲れる……」

 

 俺は少し黙って聞いていたが、とんでもない会話が繰り広げられていた。軍隊内ではよくある話ではあるかもしれないが、こうして生で聞くと感じ方は違ってくる。

 少し離れたところから聞いていたが、あの会話に割って入っていく勇気は俺にはなかった。静かに霞を連れてシミュレータルームから出ていくと、後から続いてくるエストラーダ中尉たちと共に第3ブリーフィングルームへと向かったのだった。

 ブリーフィングルームに到着すると、少し遅れて祠堂大尉たちもやってきた。そんな彼女たちのことを、霞はジトーっとした目で見た後に「……さいてい」とだけ永代中尉に言い捨てたのだった。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 全員が揃うと、早速講評を始める。霞が手早くモニタの準備を終わらせていたので、映像と操作ログを見ながら全員に集まってもらう。

 ログをザッと見れば、やはり鬼ごっこをしていた時から少しずつXM3の新機能を使い始めている様子が見て取れた。演習中も使いこなせ始めていることを感じ取ってはいたが、こうしてログを見ても考えは変わらない。

まだ旧OSの癖は抜けきれていないものの、今の状態を次の訓練や演習でも維持したまま開始し、回数を重ねる毎にXM3に順応していければ問題ないだろう。

 操作ログが書かれた紙の束から視線をあげると、6人全員が俺の顔を見ていた。再度ログを見た後、俺は全員に結果を伝える。

 

「前半は昨日演習した時と同じでしたが、後半の鬼ごっこからは徐々に動きがよくなっています」

 

 背後ではモニタに演習の様子が映し出されており、昨日の演習の時よりも激しく映像が動き回っていた。すぐに切り替わったり、機体を捉えるために映像が右左上下左右に揺れていた。それでも中心に機体は映っており、どういった動作をしているのかは見れる。

6機の吹雪が旧OSならではの機動、硬直時間がばらつきはあるものの徐々に短くなっていく。そして遂には、流れるような動作で短距離跳躍や地表面滑走を使いこなしていた。使いこなしている、というのもキャンセルのみだろう。それは操作ログからも垣間見ることができ、先行入力とコンボは使った形跡がほとんどなかった。

 6人には各自の操作ログが渡っており、それを確認しながらの講評だ。

各々渋い表情をしているか、分かっているのか分かっていないのか分からないような表情をしている。鬼ごっこをやっている内に、直感的に感覚は掴み始めているのだろうが、それでも演習の時よりも動きが機敏になっただけだ。恐らくログを配られて見てみたところで、あまり変化が実感できていないのだろう。

 

「よりキャンセル機能を活用できるようになったのではないか、と思います。これまではXM3の機能を頭で理解し、意識的に動かそうとしても、どうしても戦闘中では身体が覚えてしまっている旧OSの癖が出てきているんじゃないでしょうか。ですが今回の鬼ごっこをしている最中から、徐々に追いつこうと無意識で動作していたところに意識的に機能を使おうとした形跡があります。なので時間が経つに連れて、俺との相対距離は短くなっていったのではないかと」

 

 難しい顔をしていた6人の顔が少し余裕明るくなったように思えた。

 

「しかし、それでもキャンセル機能しか使っていないのも事実です。先行入力とコンボは未だに全く使っていません。イルハーム少尉の操作ログに一度だけ先行入力を使ったログが残っていましたが、どうやら咄嗟に入力したものが操作に介入して結果的に先行入力されたといったところでしょう」

 

 間違っていることを言ったか、と考えながらチラッと近くにいる霞の顔を見るが、俺の分析は間違っていない様子。割って入ってくる様子もなく、静かに俺と6人のいる方を見るだけだった。

 

「皆さんXM3の練度は大体同じくらいだと思います。次のシミュレータでは先行入力やコンボも使えるようになりましょうか」

 

 それだけ言って一歩後ろに下がると、今度は霞が話し始める。

 

「……皆さんお疲れ様でした。操作ログはご自身のを配布しましたが、各自の端末からでもログと共にシミュレータの映像を閲覧できるようにしておきます」

 

 どうやら霞の話すことはそれだけだった様子。

入れ替わるように今度は祠堂大尉が前に出た。

 

「まだ不甲斐ないばかりにOSを十全に使い切れていないが、一刻も早く使いこなして見せよう。そろそろ夕食の時間が迫っているから、今日の訓練はここまでとしよう。明日からも基本的に私たちのすることは変わらず、XM3完熟訓練だ。集合は0800、ここ第3ブリーフィングルーム。では、各自解散」

 

 自分のログを小脇に抱えながら、ぞろぞろと全員が更衣室に向かって退室していく。取り残された俺は霞の片付けの手伝いをしながら、明日からのことを考えていた。

 夕呼先生に頼まれていることは特になく、オルタネイティヴ4に関わることは全くと言ってもいい。他に研究室や執務室の整理程度は頼まれているものの、数十分もあれば片付くものばかりというか、そもそも期限を設けられていない私的なものばかりだ。

これからはブリーフィングルームや執務室を往復する生活になりそうだな、等と考えながらホワイトボードを綺麗に拭き上げる。

 

「……お疲れ様でした、白銀さん」

 

「おう、霞も色々ありがとうな」

 

「……いえ、任務ですので」

 

「それでもありがとう」

 

「……はい」

 

 一足先に片付けが終わった霞が、俺が終わるのを待ってくれている。何か用事でもあるのか、それとも考えたくない方のものでも言おうとしているのだろうか。

 

「……純夏さんが夜ご飯に連れて来い、と」

 

「え"?」

 

 その単語を聞いた瞬間、嫌な予感が脳裏を過ぎった。

 昨日のことだ。祠堂大尉たちに誘われてPXで夕食を食べた時のことだ。俺の両脇を祠堂大尉と永代中尉に固められながら、あれやこれやと異動前の部隊について聞いていた。新鮮な話ばかりで、特に祠堂大尉からは九州で俺と合流した時のことを聞いていた。

祠堂大尉はそんなことないが、永代中尉はやたらと身体擦り寄せて触ってくるのだ。それから逃げながら話を聞いていたのだが、途中であることを思い出したのだ。純夏から夕食前に用事があると言われていたことだ。

俺はすぐさま時計を確認するが、既に時遅し。約束していた時間はとうに過ぎており、これは仕方ない後でちゃんと謝ろう、そう考えた。

しかし不幸が起こったのだ。さば味噌煮定食を突きながら、ご飯を頬張った時のこと。目の前に座るエストラーダ中尉の背後に経つ、赤毛の訓練兵が立っていたのだ。それはもう、物凄い形相で。

俺が彼女のことに気がつくと、そっぽを向いてどこかへ行ってしまい、主に永代中尉のお陰で離席も叶わなかったず追いかけられなかったのだ。そしてそのままこれまで純夏と顔を合わせるタイミングがなかった。

 一気の俺の顔から血の気が引いたことだろう。霞はそんな俺を目を捉えながらも、表情をほとんど変えることなく俺の手を取った。

小さく柔らかいその手を握ったことは何回もあったが、今回程その手が恐ろしいと思ったことはなかった。少しでも力を入れれば折れてしまいそうなその手からは、考えられない程強い力で握られていたからだ。

 

「……逃しちゃ駄目、です」

 

「か、霞? 霞さ~ん?」

 

「……純夏さんが待ってます」

 

「ちょ、霞さん?! ねぇ、引っ張らなくても行くから!! 霞!! 霞!?!?」

 

 ラップトップを抱えながら俺の手を引き続ける霞に、俺はもう抵抗することを諦める。これから待ち受けているであろう、あの赤毛の少女の顔がどんなことになっているか考えながら、周りにやいのやいのと言われているのも右から左で聞き流し、徐々に近づいてくるPXと今日の献立の美味しそうな香りに現実逃避を始めるのだった。

 

*1
バッタ(アラビア語)




転属メンバー 一覧

祠堂 カレン大尉
永代 すみれ中尉
黒田 官影(きみかげ)少尉
ロレンシオ・エストラーダ中尉
ヤナ・フリンカ少尉
イブラハ・イルハーム少尉

※※※

【お知らせ】
今までは2本分書き上がり次第、11時と21時に予約投稿をしてきました。
ですが今回の投稿から方針を変え、1本分書き上がり次第、21時に投稿することにします。

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