Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年1月9日 国連軍仙台基地 グラウンド]
去年の年末は、夕呼先生の言っていた通り、本当に何もすることがなかった。しかし情勢は大きく動いたと言ってもいい。
国連軍司令部によって横浜ハイヴ攻略作戦が承認されたことが公のものとなり、大規模な作戦準備に移ったのだ。多摩川絶対防衛線は前の世界と同様、死守することに成功。鉄原ハイヴから本土へのBETA流入量が減少したことによって、東京周辺で反攻作戦が決行し、大きくはないが奪還することに成功した。これによって防衛線は前進することとなり、前線部隊はちゃんとした部隊整理を行うことができた。
横浜ハイヴがまだフェイズ1の状態であるが、極力民間人もそれなりに残っている東京や群馬を除いた北関東と千葉へのBETA流入を避けるべく、定期的に部隊が前線を超えているという。その度に見かけた個体を始末しているとか。
オルタネイティヴ4での動きは相変わらずだ。年末に夕呼先生がA-01再編成のために引き抜いた衛士たちが、仙台基地まで乗り付けてきた。俺が名前も顔も知らなければ会ってすらいない補充兵たちは、乗ってきた戦術機を取り上げられると吹雪が与えられ、第3世代と日本帝国製の機体の順応訓練を始めているという。彼らの訓練を見ているのはまりもちゃんとのこと。かなり厳しくしているらしく、シミュレータで鉢合わせた時は聞くに堪えない言葉をオブラートに包んで言っていた。
「お~い! 純夏ぁ~~~!! 手ぇ抜いて走んな~~~!!」
「ふえぇぇぇ~~~!! だってぇ~~~!!」
「だってじゃねぇ~~~!!!!」
そんな俺がしているのは、純夏の自主訓練に付き合っていた。俺がこの世界に来てからすぐ、純夏は夕呼先生に宣言したのだ。自分も衛士になる、と。
そのための訓練はずっと続けており、つい最近になって本腰を入れて訓練できるようになってきたのだ。一応オルタネイティヴ計画要員ではあるのだが、今は所属や階級の分からない作業着姿で走っている。俺はいつものことだが、純夏が作業着を着ているというのも珍しい光景で、戦術機の大掛かりな整備の時くらいでしかお目にかかれないのだ。
躰をだらしなく揺らしながら、背筋を曲げたまま走るその姿は、いつかの俺の姿を見ているようだ。だが、こうして自主訓練に付き合っている以上、幼馴染だからと贔屓にする訳にもいかない。周回遅れで追いついた純夏の背中に向かって、煽るような言葉をぶつける。
「そんなんじゃ、訓練部隊に入ってもドベだぞ!! や~い、ドベ純夏ぁ~~~!!」
「なにおー……!! ……と、言いたい、ところ、だけど……タケルちゃん、はやい、よぉ……」
息を切らせながらもなんとか走る純夏を追い越し、後ろを振り返りながら話しかける。
「まりもちゃんにはっ倒されるぞ、そんなんだと。多分、とんでもなく汚い言葉が飛んでくる。マジで」
「えぇ……」
「しかもな、他の訓練兵って、訓練部隊に入る前は軍の予備学校だか何だかで訓練兵になる準備をしてくるらしいな」
「それ、どこ、情報、なのぉ……」
「知らん。どっかから聞こえてきた話だ」
「信用、性、皆無、だ、よお~……」
距離を離す純夏が視界から消えると、自分のペースで背中を追いかけ追いつく。今度は隣に並んで走りながら、説明を続けた。
「だが、最初は皆同じスタートなんじゃないか? 俺は途中から入ったようなもんだったから分からないけど、多分そうだ」
「そっ、かぁ」
「お、そろそろ目標周回数だな」
事前に決めていた周を走り終えると、1周は走ったところを歩く。急に立ち止まると体に悪い、というのはまりもちゃん情報だ。
息切れも元に戻った純夏は、給水所で冷え切った水を飲んで適当なところに腰掛ける。俺は特に辛かった訳でもないので、そのまま近くに立っているだけだ。
「来期の訓練部隊に志願することにしたよ」
「そうか」
唐突に切り出される。分かってはいたことだが、夕呼先生から解放されたからこそ志願できるようになったと言っても過言ではない。純夏の決めたことだから俺は止めることはないが、どうしてもその決定に肯定することができない。考えてしまうのだ。純夏が撃墜されてBETAに喰われる様を。そうなる前に助けることはできるだろうが、もし俺が助けるのに間に合わなければどうなる。助けられたのに助けられなかった、なんてことが起きてしまうんじゃないか。
純夏にとっては余計なお世話かもしれない。純夏のしたいことを否定することになるから、よく思われないかもしれない。それでも俺は止めたい。どうか、戦場に出て欲しくない。あんな思いは二度として欲しくない、と。
「大丈夫だよ、タケルちゃん」
純夏の声がスッと耳に入る。俺たちの他にもグラウンドで自主訓練をしている軍人はいる。そんな彼らの息遣いや声が聞こえる中で、彼女の声だけが鮮明に聞こえたのだ。
「私が衛士になる理由、いつか話したよね。覚えてるかな」
「……こっちに来た時だったか」
「うん。あの気持ち、今でも変わってないよ。私は守られているだけはイヤ。タケルちゃんは私のことを『俺の半身』って言ったじゃない。私も同じことを思ってる。だから、私は守られているだけじゃなく、守りたいの。今も1人で戦ってるその背中を、一体誰が守るのさ。今はまだ訓練兵にもなってなくて、タケルちゃんの機体を直すことくらいしかできないけど、私はそれだけじゃ嫌なの」
ゆっくりを顔を俯かせた純夏は、アホ毛を揺らしながら言葉を止めない。
「どんな覚悟で計画に乗ってるのか知ってるよ。力と知識があっても、覚悟がなかった。覚悟がなかったから全てを失った。それでも得られたのは僅かな時間。それでよかったのか、って。最初は帰りたいって思ってた筈なのに、私のせいで留まることになって、だからしなくてもいいことをして、散々傷付けられて泣いて、それでも立ち上がることを、戦うことを強いられた。そうでしょ? 立つことも戦うことも私が強いたことだもん」
ギュッと握り込んだ手が震えているのが分かる。その手を取りそうになったが、俺は既のところで伸ばした手が止まった。その手の震えが誰かの助けを求めるものではなく、自らの意思で立ち上がろうとしているように見えたのだ。
「嫌だよ、怖いよ、死にたくないよ……。でも、そこにタケルちゃんがいるのなら、大丈夫……。大丈夫なんだよ、私は」
いつの間にか手は解かれ、震えを止めるためか拳を握り込んでいる。
「だから私は衛士になる。タケルちゃんの背中を守ってみせる」
俺の顔を見上げた純夏の顔は、今までに見たこともない表情をしていた。それは恐怖と覚悟と、何かを決断した大人の顔をしていた。今まで見てきた、コロコロと変わる愉快な見慣れた顔ではなく、俺も見たことのないもの。
俺が黙って純夏を見ていると、静かなのが恥ずかしくなったのか、捲し立てるように立ち上がって言い放った。
「だ、だだだからさタケルちゃん!! 神宮司先生から、怒られないようにまずは頑張る……よ?」
トンチンカンなことで締めた純夏に、俺は思わず笑ってしまった。
「ぶッ! なんでまりもちゃんから怒られないように頑張るんだよ!! まずは訓練兵になってからだろ!!」
「なっ!! なにお~~~?! 私はちゃんと訓練兵になれるもんね~~~!! そして絶対主席になってやる!! 全部が一番だ!! ドベチンのタケルちゃんとは違うもんね!!」
「俺はドベじゃね~~~!! むしろ成績よかったわ!! 期待の超新星だ!!」
「それはないね!! だって、昔から勉強は真ん中らへんだったし、運動だってそこまで……あいたーーーーーー!!!!」
作業着のポケットに忍ばせていたビニールスリッパを引き抜いて、純夏の脳天めがけて勢いよく振り下ろす。甲高い音を鳴らしつつも、叩かれた彼女の頭から垂れ下がるアホ毛は稲妻型に変形していた。
「なにするかーーー!!」
「俺はドベじゃないからな!! むしろ純夏がドベになりそうだわ!! 以下同文!!」
「以下同文ってなにさ!!」
「説明する必要もなし」
「ムキーーー!!」
先程まで辺りを漂っていた空気は四散し、いつものやり取りへと変わっていく。しかし俺の心の中には、つっかえたままの小骨のようなものが引っかかったままになっていた。純夏にとっては余計なお世話かもしれないが、俺は彼女に戦場へ出て欲しくない。
※※※
[1999年3月14日 国連軍仙台基地 講堂]
基地に植わっている桜が咲き始める直前に迫り、少しずつ蕾が花を開き始めている。そんな日に仙台基地の講堂を借りて執り行われているのは、第207訓練部隊の入隊式だ。
先代の訓練兵たちは無事、後期課程を終了して任官。A-01の各部隊へと散っていった。ちなみに先代訓練部隊の人数は12人だったらしい。全員がA-01に入り、既に任官後教育を行っている。
これと入れ替わるように、今期の第207訓練部隊に訓練兵を入れるということになったのだ。
去年は立ち会うなんてことをしなかったのに、何故俺がそんな入隊式に立ち会っているのかというと、話は至極簡単なことだった。純夏が今期の第207訓練部隊に入ることになったからだ。
小学校や中学校の入学式とは違い、立ち会いの両親なんかはいる筈もない。志願または徴兵でやってきた訓練兵たちが12人、真新しい第207訓練部隊の制服に身を包み、国連軍仙台基地司令の訓示を聞いている。
俺はこの場に立会人の1人として参加していた。夕呼先生が気を利かせたのだろうが、俺と霞は今日1日は休日のような扱いになっている。
「……純夏さん、落ち着きないです」
「アホか、アイツ」
周りに視線を泳がせている純夏を見て、霞がそんな言葉をポロリと零す。何故彼女があれほど周りを気にしているのかは分からないが、少しは落ち着いて欲しいものだ。注意することもできないので、少しばかり睨んでから視線を壇上の上に向ける。
壇上には基地司令から変わり、教官たちの代表としてまりもちゃんが壇上に上がって話していた。内容は簡単だ。自分たちが教官を務め、立派は軍人に鍛え上げること。そして、第207訓練部隊は戦術機乗り育成を前提に設置されているため、総戦技を乗り越えた後の適性検査をするまでは分からないが、戦術機を駆る衛士になることができる、と。
訓練中の強い口調で話すが、今はまだ優しさを交えた声色だ。本格的に訓練が始まれば、そんな優しさも完全に消え失せることになる。訓練兵たちは緊張と少しの余裕を浮かべているが、すぐにそんな表情をすることもできなくなる。
登壇していたまりもちゃんの話も終わると、すぐに施設案内等々を始める。いつもウロウロしている純夏にとっては必要ないものかもしれないが、他の訓練兵には必要なものだ。案内に付いていく訳にもいかない俺と霞は、まりもちゃんに頼まれていたことを始める。
案内が終わった後に来る教室に、前期課程で使うことになっている教科書や辞書等の運搬だ。予め決められた場所に決まった数を置いていくだけのこと。俺と霞の他に、第207訓練部隊付きの文官も手伝ってくれる。
3人で手早く済ませると、丁度まりもちゃんたちが教室に到着したようだ。
俺と霞の存在は暗黙の了解となっており、誰も言及はしてこない。しかしそれは、俺と霞の上司が誰なのかを知っているからだ。知らなければ、俺はまだしも見た目が完全に10代前半の少女である霞は、何かしら絡まれることがある。
霞は基本的にそういった人間がいるようなところを能力で避けて行動しているが、今回は絡まれるようなところからさっさと引き上げることができなかった。
「貴様ら、さっさと席に付け。目の前には、前期課程で使用する教本を用意した。それらでまずは一般的な軍人、歩兵としての基礎を座学で身につけてもらう。その他にも体力錬成や、兵器の取扱方法、士官教育も先行して行う。私らの言葉を一言一句聞き逃すことは許さない」
「「「はい!!」」」
「貴様らがトロトロと施設の中を歩き回っている間に、上官のお2方とサポートをして頂く訓練部隊付きの軍人にもお手伝いして頂いた」
「「「ありがとうございます!!」」」
一緒に運搬や分配した軍人が敬礼をしたので、俺と霞も続いて敬礼をする。霞から教室から出たいというプロジェクションがあり、能力を使ってまで出たいのかと俺は急かされるように霞を連れて教室から出ることにした。
廊下に出て、俺たちの後から続いて出た軍人を見送ってその場で教室の中から聞こえてくる声を聞くことにする。霞もどうやら訓練兵たちの興味が自分から別に移ったことを感じ取ったのだろう、少し安心した表情をしていた。
『今日は午後から座学を行うが、明日は体力錬成がある。今朝採寸した作業着を今夜支給する。明日は起床点呼、朝食後の集合時間には作業着に着替えて集合だ』
『『『はい!!』』』
『ではこれから班分けを行う。名前を呼ばれた者は返事をしろ』
訓練兵時代の間に経験してこなかったことが、教室内で行われていた。少し物珍しくもあったが、そろそろ霞を連れて移動する。俺たちからは純夏に特に用事はない。何かあれば、1人になっている時にでも接触すればいいのだ。
訓練部隊の使用する部屋は基本的に地上にあり、地下に来るのは後期課程に進んでからだ。それは俺が訓練兵をしていた時と変わらない。ほとんど来ない施設を横目に見ながら、俺と霞は外の空気を吸いに出て行くのだった。