Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 31

 

[1998年12月23日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム]

 

 11月下旬に静岡県東部を襲ったBETA南下によって、現時点で既に神奈川県を突破された。これによって、帝国軍が定めた多摩川絶対防衛線の迎撃戦に突入。前の世界通り、ことが進んでいる状態にあった。

多摩川絶対防衛線が展開されているということは、既に横浜や横須賀も突破されたということ。鉄原ハイヴから本土に上陸したBETA群は、侵攻ルートをなぞるように移動。国連軍の偵察情報では、佐渡島のハイヴは建設が始まってかなり時間が経っており、フェイズ2に突入しようとしていた。一方、横浜のハイヴ建設も始まったばかりだ。場所は柊町、帝国軍白陵基地跡で確認された。

 夕呼先生と決めていたことは、ひとまず予定通り進んでいる様子。俺の知らないことも多くあるだろうが、夕呼先生は特に問題が起きているような反応はしていない。

何だかんだほぼ毎日顔を合わしていれば、ポーカーフェイスの夕呼先生でもなんとなく分かってくるようになる。

 今日はというと、呼び出しを受けて朝食を食べてすぐに第3ブリーフィングルームに来ていた。呼び出しと言っても、昨夜の時点で霞から伝えられたことだった。

考えるまでもなく、呼び出したのは夕呼先生。用件の見当はつかないが、いつもの機密区画にある執務室や研究室でないということは、そこまで機密性の高くないやり取りをする予定なのだろう。

 

「早いわね」

 

 そう言いながら、少し眠た気な声色で入室してきた夕呼先生は、まりもちゃんを連れていた。

なるほど、呼び出した場所がブリーフィングルームである理由は、まりもちゃんがいるからなのだろう。ということは、このブリーフィングルームは夕呼先生と霞によって、盗撮・盗聴の調査が既に行われているのだろう。

 

「おはようございます」

 

「おはようございま~~~す!!」

 

 俺と一緒に待っていた純夏は、交わしていた雑談を中断して挨拶をする。簡単に挨拶が返って来るが、まりもちゃんに関しては、本来であれば軍規違反である二重階級の使い分けに未だに慣れていないのか、少しぎこちない様子だった。

 

「もう少ししたら社も来るけど、いなくてもいいから始めましょうか」

 

 そう切り出した夕呼先生は、純夏を呼び出してモニタの操作を始める。

 画面に移し出されたのは、A-01の組織図のようだ。赤いバツが打たれているのは、既に全滅しているか壊滅している部隊を表しているのだろう。

前回の戦闘で、連隊規模もあったA-01の戦力は増強大隊程度の戦力しか残っていない。結局、治療のために後方へ移送された衛士のほとんどは再着任が難しい状態になっているという。身体の一部が欠損してしまい生体義肢に置き換えられているか、五体満足であったとしても精神的に戦闘は困難であると判断されてしまった者が多いという。そのため、戻って来られたのは9人だった。

戻ってきた彼らと合わせても、A-01の衛士の人数は54名。2個大隊編成を取ることができなくなってしまったため、1個大隊と9人で1個中隊の2個中隊の変則編成に切り替えることになった。

 

「というのが今のA-01の現状よ」

 

 淡々とした様子で、A-01の状況を説明した夕呼先生。俺と純夏、遅れてやってきた霞はこの事実を知っていたが、まりもちゃんは今日始めて聞かされたことだった。

ここから見える横顔には、1つの言葉で表現できないような様々な感情が入り混じった表情をしている。

 まりもちゃんにとってA-01とは何なのか、俺には全く想像できない。

そもそも前の世界では、まりもちゃんにA-01について多くは知らされていなかった様子だった。自分たちが教えた子どもたちがどこへ配属されているのかは全く知らない、といった様子なのは、略式任官式の時やその後にもよく見かけた。だが、おおよそ見当は付いていたのだろう。A-01が連隊規模から中隊規模にまでなっていた前の世界で、廊下ですれ違う伊隅大尉とは少なからず言葉を交わしていた筈だからだ。

 そんなまりもちゃんの様子を無視し、夕呼先生は説明を終えたからか一息吐いているところだ。

 編成自体は既に手続きが済んでいるらしく、ここでの話は報告的なものだった。この編成に俺の名前が入っていないのは当然のことではあるのだが、結局夕呼先生は何故まりもちゃんにこのことを教える必要があったのだろうか。

 

「……香月博士。何故、私に機密部隊の編成について教える必要があったのでしょうか?」

 

「薄々勘付いている癖に聞く必要はないんじゃないかしら、まりも」

 

「私が二重階級をしていることと関係があることは分かっています」

 

「そうね」

 

 夕呼先生は短く返事をすると本題に移る。

 今回の本題はまりもちゃんが深く関わっているところ、第207衛士訓練部隊についてのことだ。俺もそれはまりもちゃんが来た時点で、何となくは察していた。

 

「アンタに任せている第207衛士訓練部隊なんだけれどね、少しやってもらいたいことがあるの」

 

「何でしょうか」

 

「今後、何かあれば彼らも即時繰り上げ任官させて戦場に引っ張り出すから」

 

「ッ?!」

 

「分かっているとは思うけれど、今のご時世、訓練兵は後方待機だなんて言ってられないの。まりも、アンタにも分かることでしょ?」

 

 訓練部隊の繰り上げ任官。その言葉を京都で聞いた覚えがある。自分の思考はひとまず横に置いておき、2人の会話に集中することにした。俺たちも呼び出されている理由がある筈だからだ。

 

「今の訓練兵はまだ前期課程です。任官するにしても、それは二等兵としてですか? それとも少尉としてですか?」

 

「少尉の方よ。第207衛士訓練部隊の前期課程組を任官させる訳ないじゃないの。使えないもの」

 

「満足な練兵の済んでいない訓練兵たちを、いきなり戦術機に乗せて出撃なんてさせることはできません!!」

 

「分かってるわよ。私が言いたいのは、そうせざるを得ない状況になった時の話よ」

 

「そうせざるを得ない状況、というのは?」

 

「最後の悪足掻きなのか、苦し紛れなのか。それで、分かってもらえたかしら?」

 

「……はい」

 

 夕呼先生の視線がこちらに向く。どうやら俺に話が振られるらしい。

 

「もし訓練兵が出撃することになった時はまりも、アンタに隊長を任せることになるわ」

 

「……了解」

 

「そうそう、それで白銀が何故いるのかについてなんだけれども、もしそうなった際にまりもの僚機として白銀を付けるからよ。まりもが若い尻を蹴り上げている間にも、コイツにはA-01と同じかそれ以上に過酷な戦場に行って貰っていたわ。衛士としての腕は申し分ないと思うし、()()の時みたいに暴れ回ってもコイツなら付いて来れる。むしろ、まりもが振り回されるかもしれないわね」

 

 その言葉を聞いた刹那、まりもちゃんの目の色が変わった。

 なまじ俺の背景を中途半端に知っているだけはあり、今にも掴みかからんばかりの様子で夕呼先生の顔を睨みつける。

 

「何よ~、別にいいじゃない」

 

「ですが彼はまだ子どもですッ!!」

 

「そうね」

 

「そうねって……!!」

 

 感情が高ぶってか、昔馴染みを相手するかのような口調に戻りつつあるまりもちゃん。それを夕呼先生は、いつからそのようにあしらっていたか分からない調子で、ひらひらとまりもちゃんの追求を避けていく。

先生の相手をしていても無駄だと悟ったのか、今度は俺の方に詰めかけてくる。ズンズンと力強くリノリウムの床を足踏みしながら、もう少しで額と額がぶつかりそうな距離まで近寄ると厳しい声で言った。

 

「本当に行ったの?」

 

「は、はい!」

 

「どこに?」

 

 思わず返事をしていまし、逃さんと言わんばかりに捕縛される。手首を掴まれたと思ったら、今度は両肩に乗せた手でガシリと押さえつけられる。

逃げるために格闘をしたところで勝ち目がある訳もなく、俺は夕呼先生の方を一度見て素直に答えることにした。

 

「九州から京都まで、それと埼玉とか御殿場とか」

 

「本土侵攻の前半と、後はつい最近のところね?」

 

「そ、そうです」

 

 肩から手が離されると、まりもちゃんは俺から距離を置いた。やっと離れてくれたということもあり、無理な姿勢も元に戻すことができる。肩を少し回してみた後、彼女の方を見てみる。

その表情はどこかで見た記憶のあるものだった。荒れ果てた廃墟、仰向けで倒れている大破した吹雪、後ろから聞こえてくるまりもちゃんの声。情けなくて、その顔を見れなかった俺は、座り込んだ地面に視線を落として何度も後悔していた。

あの時、俺の背中に語りかけていた時、そのような表情をしていたのかもしれない。そう直感的に感じ取ってしまったのだ。せり上がってくるのを感じる胃液と内臓物に、思わず口を押さえてしまった。

 

「いきなり発情しないでよ」

 

「してません!」

 

 そんな俺の様子などつゆ知らず、2人はいつものやり取りに戻る。入れ替わるように純夏が側に来て、俺の背中をさすりだした。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ……大丈夫」

 

 純夏には分かっているようだ。先程の俺がしたであろう表情が、何を思って出たものなのか。それはESP能力者であるからなのか、それとも幼馴染故に察してしまったのか。俺は純夏のそういった感情の起伏にあまり気付くことがない。気付けたとしても遅れて気付くことがほとんどだ。思わず握り込んだ拳を開き、深呼吸をして顔を上げる。

 

「もう、大丈夫。ワリィな、純夏……」

 

「うん……」

 

 スッと純夏は離れたが、隣から動こうとはしない。2人のやり取りを眺めながら、俺はどうしようかと考え始める。

 そんな時だった、夕呼先生がまりもちゃんとの言い合いを中断し、俺たち全員に聞こえるように声を張ったのだ。

 

「先日、横浜にハイヴが建設されたのは知っていると思うけれど、私の方であることを国連軍司令部に打診したわ。無論、横浜ハイヴ攻略作戦よ。まりも、さっきの話はこれに繋がってくるわ」

 

「帝国軍は計画しているだろうとは思っていたけれど、夕呼もなの?」

 

 遂に敬語が抜け、元々の口調が出ているまりもちゃんがそう問いかける。

 

「そうね。日本帝国政府の方でも攻略作戦は建設が確認されてすぐに立案があったようね。私はそれに便乗する形ではなく、もっと大規模な作戦にしようと考えているの。ま、作戦計画立案を買って出ているし、これで私が作戦立案を握ったと言っても過言ではないわ。まりも、アンタが育てている今の訓練兵、その作戦に投入することになるわ」

 

「……分かりました」

 

「話はこれくらいかしらね。何か訓練部隊で動くことになった場合は、白銀に声を掛けること。そうなった場合、白銀を頼りなさい。これでも一応、アタシの部下よ。アタシが認めて置いてるから、その意味分かるわよね? じゃあこれで終わりよ」

 

 この言葉を合図に、まりもちゃんは不満だとありありと分かる程表情に出しながらも、ブリーフィングルームから退室する。

部屋に残ったのは俺と純夏、霞、そして夕呼先生だけだ。

 これで俺たちも解散なのかと思ったが、違う様子。夕呼先生に呼び止められる。どうやらまだ話はあるらしい。まりもちゃんだけは終わった、ということなのだろう。

適当な位置まで戻って来ると、モニタ近くのパイプ椅子に腰掛けた先生が話し始めた。

 

「さっきの話についてよ。横浜ハイヴ攻略作戦、明星作戦の概要は覚えている?」

 

「はい。帝国軍・斯衛軍・国連軍・大東亜連合軍を投入した、パレオロゴス作戦以来の大規模反抗作戦ですよね。作戦中、米軍が無通告でG弾を投下したんですよね。米軍は事前に情報を共有していたけど、それ以外の軍はG弾の攻撃範囲内から脱出すること叶わずミンチになった。結果はハイヴ殲滅と本州奪還が成功し、その後、ハイヴ跡地に横浜基地が建設されたんですよね」

 

「その通りよ。現段階で、明星作戦は本州奪還作戦として国連軍司令部に作戦計画・立案を打診。さっき言った通り事は進んでいるわ。恐らく参加する軍も変わらずよ。前回同様に今回の作戦も動くことになる。A-01の再編成は前もこの時期にやっているから、対して齟齬はないわ」

 

 夕呼先生の話を聞きながら、俺はある違和感を持った。

何故、前回同様に作戦を進めるのだろうか。確かに、今のオルタネイティヴ4にハイヴ攻略を成し得る程の力はないことは理解している。だが、それでも明星作戦の悲劇は止めるべきじゃないのか。

俺はその想いを一度喉の奥で押し留め、先生の話に耳を傾ける。

 

「明星作戦だけで考えた場合、違う点を挙げるとすれば、A-01はXM3搭載機で参加すること。そして、再編成は新兵増員だけでなく、一般部隊からも適性のある衛士を集めたわ。だからさっき1個大隊と2個中隊の変則編成に切り替えてはいるけど、作戦開始を予定してる来年の8月までには2個大隊規模にまで回復させるつもりよ」

 

「再編成の増員に関してですが、どこから連れてきたんですか?」

 

「アンタと接触した衛士よ」

 

「は?」

 

 気になって聞いてみたことへの返答が、思いもよらぬものだった。俺と接触した衛士というと、光州作戦からこれまでのことだろうか。そう考えれば、国連軍だけでなく様々な軍の衛士がいる。それらを全員連れてきた、という訳ではないだろう。ならば、よりよい因果を掴み取れる素体候補者とまではいかないまでも、それなりに能力がある者ということになるのだろうか。

 

「アンタが恐らく考えている通りよ。これまでアンタを戦場に行かせて、そこでアンタが遭遇した衛士たちの中から、素体候補者の候補者足り得る衛士たちを集めたの。まぁ、丁度その連中も部隊が四散したり、アテがあった先でも生き延びたりした奴らだから問題ないわ」

 

「連れてきたこと自体に問題はないんですか」

 

「ない訳じゃないわね。まぁ、そこはアタシがなんとかしたし、問題ないわ」

 

 その『問題ないわ』という台詞が強烈に嫌な空気を醸し出していることに、夕呼先生は気付いていないのだろう。近くにいる純夏も苦笑いだ。

 

「そもそも選ばせたしね。再編成でこれまでと同じような一般部隊に配属されるか、国連軍の特殊部隊に転属になるか。いやぁ~、面白かったわよ。ほぼ全員が二つ返事で了承したんだもの。自分の機体で仙台まで来いって伝えたら、マジで来たわ」

 

「何やってんの、アンタ、本当に」

 

「えぇ~~~、いいじゃないの。転属組は特殊部隊に栄転、アタシは状態に良し悪しがあれど戦術機も手に入った訳だしぃ」

 

「限度があるわ!!」

 

 頭が痛くなるような話を聞かされるが、話の内容は別にまりもちゃんに聞かせても問題ないような気もした。だが、彼女は恐らくA-01の選考基準については何も知らない筈だ。

 A-01に補充兵が来たということは、新たに不知火の調達とXM3の訓練を受けさせる必要がある。その段取りは既に進めているだろうが、明星作戦までの間に機種転換訓練以上に概念を壊す必要のあるXM3順応訓練は間に合うのだろうか。

A-01でもかなり時間が掛かっている上に、現状でも使いこなせていないのだ。もし作戦に投入した場合、練度の差で戦力にならないなんてことが起きる可能性が十二分に考えられる。

 

「あと、明星作戦までアンタにやってもらうこと、ないから。TF-403としてはなくても、白銀個人に頼むことはいくつかあるとは思う。戦術機に乗ることもあるとは思うけど、BETAと戦えってのは今の処ないと思って頂戴」

 

「了解」

 

「鑑もよ。計画に関わることはかなり覚えてきているみたいだから、アンタは戦術機に乗る前の白銀と同じよ。アタシが呼び出したりした時に顔を出したり、仕事を頼まれてくれるだけでいいわ。それ以外は訓練してようが、戦術機弄ってようが構わないわ」

 

「了解で~す」

 

 明星作戦まで実質休暇を貰えたようだ。何だかんだ言って、1年くらい忙しくしていたような気がする。

 御殿場から帰ってきてすぐに俺の誕生日だったが、去年よりもこじんまりとしたお祝いをしてもらった。純夏がケーキを準備して、霞がデコレーションをして、3人で祝っていると夕呼先生が乱入してきた。後でまりもちゃんにも祝われたが、それが何だか嬉しかった。

しかし、それ以外はずっとオルタネイティヴ4に関わる仕事を何かしらしていたような気がする。ほとんど基地から出ることはなく、基本的に書類の片付けだったり運搬をしていた。そういえば、先生の副官にイリーナ・ピアティフ中尉は付いていないのだろうか。忘れていた訳ではないが、これまでに先生の副官として出てきた人はピアティフ中尉とは違い、日本人が務めているからだ。あの頃よりも、業務の効率が悪い気がしてならない。

 夕呼先生に解散の号令が出たので、ブリーフィングルームから出ていくことにする。

 今日は特にやることもないのでトレーニングをしつつ、シミュレータ訓練をしようなんて考える。御殿場から帰還してすぐは、不知火の整備や先生の執務室の片付けなんかをしていたこともあり、数日はバタバタしていた。それがやっと落ち着き、自分で訓練メニューを考えて訓練に打ち込めるまでに状況は安定してきているのだ。

未だに関東では激しいBETAとの攻防戦が繰り広げられているが、出撃命令が出ていない上に俺はA-01以上の不正規部隊に所属しているということもあり、おいそれと前線に出ることができない。

気持ちでは前線に出たい気持ちはあるのだが、勝手に出撃することもできない。まず機体に搭乗しても、キャットウォークとガントリーを強制排除し、実弾が装填されている突撃砲を確保しなければならない。そんなことをしていれば機体が拘束されるし、純夏を人質に取られてしまえば何もできなくなるからだ。

そもそも勝手に出撃しようだなんて考えることはしないが、心の奥底では前線に出たい気持ちが燻っていた。

 


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