Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域 帝国軍東富士研究所仮設基地]
遅滞戦は苛烈をきわめた。少ない正面戦力で、帝国海軍第4戦隊の有効射程範囲までBETAを引きつけて個体密度を限界まで高める。
戦力の大部分を占める帝国軍戦術機甲部隊は精鋭ではない。しかし、彼らも一定の基準を満たし、研鑽を重ねた衛士だ。富士教導団と比べれば見劣りするのも当然ではあるが、それでも作戦には大きく貢献している。戦域は想定よりもかなり持ち堪えていた。
帝国軍の活躍もあり、御殿場戦域に襲来したBETAは艦砲射撃によって一網打尽。想定された被害よりも多くの将兵と装備を失ったが、御殿場戦域から南へ抜けた個体は確認されなかった。
珍しく戦略目標を防衛しきることができたからか、帝国軍東富士研究所*1仮設基地はお祭り騒ぎになっていた。これまで遅滞戦や防衛戦に挑めば、すぐに撤退戦に移行していたからだろう。守りきれた方が少ないこの戦争で、小さな成功であっても喜びの感情を押し殺し切れるとは到底思えない。
しかし、私たちのような現場に赴いた衛士は喜びも勿論あるが、安堵した気持ちの方が勝っているだろう。少なくとも私はそうだった。
機械油に塗れた整備兵たちも、どこか表情に余裕を感じられる。今回の侵攻で、長野県に停滞しているBETA群はほとんど吐き出されてしまったことを聞いたのだろうか。少なくとも明日明後日、一週間かそこらはBETAの侵攻がないと予想できたのだろう。
そんな中で、帝国斯衛軍の衛士や一部の兵士は緊張感のある表情をしていた。理由は明白で、先程恭子様の青い瑞鶴の前に着陸した戦術機のことを事前に聞いていたからだろう。
「青い不知火……」
帝国軍最新鋭戦術機である94式戦術歩行戦闘機 不知火は、帝国軍内でも供給数の少ない純国産第3世代戦術機だ。帝国軍機は基本色としてジャーマングレーで塗装されている筈なのだが、降り立った不知火は国連軍カラーで塗装された不知火だった。
帝国軍や斯衛軍内でもちょっとした噂が存在している。それは「極東国連軍に不知火を装備した部隊がいる」ということだった。
前回の侵攻の際、国連軍が担当していた埼玉での戦闘で確認されていた。帝国軍が供給する撃震や、国連軍の一般的な装備であるF-15C等に紛れて、国連軍カラーの不知火が戦っているのを。
軍上層部も真偽の程はどうなのかは分からないが、私たちに情報は1つも持ち合わせていなかった。
だからこそ、現場の軍人たちは好奇の視線を向けてその機体を見ることしかできないでいた。
『唯依……。鉄少尉、これからどうなっちゃうのかな?』
「機体から降ろされて尋問、だと思う」
『鉄少尉は軍規に則って行動していたんじゃないの? 京都の時だって、結局何事もなく基地に帰ったって言ってたし』
「問題なのは帝国軍か国連軍か、っていうことだと思う。少尉は帝国軍から国連軍に出向しているって言ってたけど、そもそも帝国軍第207試験小隊なんて存在していないし、そもそも帝国軍に鉄 大和という衛士はいないみたい。……所属も名前も偽っているから、正式な任務で行動中だったとしても捕まえることになったんだと思う」
その先の言葉は続けられなかった。幾ら今回の防衛戦は守り抜いて浮ついているとはいえ、戦時であることに変わりはない。日本帝国内の状況を鑑みれば、連戦連敗の負け戦なのだ。そんな中で現れた背景が見えない衛士に最新鋭戦術機の組み合わせは、普通の神経をした軍人であれば警戒しない訳がないのだ。
私自身としては、彼が偽名を使っていようが、所属を偽っていようが、戦場で戦う姿は普通の衛士となんら変わりないように思えて仕方がない。否、戦術機の機動制御はずば抜けて優れている優秀な衛士であり、その戦術機自体も通常の不知火とは何か違うような気がしてならない。
彼に助けられた身としては、このまま任務終了し帰還してもらいたいところだが、軍人である以上は身分詐称は見過ごすことはできない。二律背反している想いで葛藤してしまう。
「TF-403……TF-403って部隊名なのかな?」
『順当に考えるのならば、TFはタスクフォースのことでしょう。タスクフォース、直訳するならば任務部隊といったところかしら。第403任務部隊。口に出せば簡素な部隊名ですが、それ以外に所属を示すモノが何もありませんわ。それに皆さんが触れていますが、国連軍でありながら帝国軍の最新鋭第3世代戦術機である不知火を装備している点も気になります』
「第403任務部隊……403……非正規部隊?」
『何故そのようにお考えを?』
「403は何でもないごくありふれた数字のように思えるけど、コンピュータ分野では意味のあるものなの。その意味は"アクセス権限がない、禁止されている状態"のこと。つまり、意図的に存在を隠されている部隊って意味。何か目的を満たすためだけに創立した部隊なんじゃないか、って思ってね。深読みしすぎているとは思うんだけれどね」
『なるほど……確かに考え過ぎなのかもしれませんわね』
山城さんの言う通り、考え過ぎだと思う。国連軍がどのように部隊編成をしているのか私は知らない。もしかしたら、本当に第403任務部隊というものが存在していて、鉄 大和という名前も本名なのかもしれないのだ。
私たちが機内でそのような話をしている間にも、青い不知火の周りにはハイドラ中隊が除染作業も始めずに突撃砲や長刀を構えて囲んでいた。
一方で、不知火は微動だにしない。こちらから聞くことができないということは、恐らく秘匿回線で投降等を呼びかけているかもしれない。しかし、この状態が長いことから、鉄少尉は対応していないのだろう。
機体の周りにはどうしたものかと途方に暮れている整備兵がちらほらと確認できる。早く除染作業と整備を済ませたいところの筈だ。
刹那のことだった。青い不知火の跳躍ユニットが動き出し、同時に屈伸運動で飛び上がったかと思えば、ロケットモータで一気に空へと舞い上がった。戦闘地域や光線級警戒地帯での飛行は高度50m以下と教育されているにも関わらず、鉄少尉は100mも上昇し、直角に軌道変更。そのまま東の方へと飛び去ってしまったのだ。
あまりに唐突なことだったため、恭子様たちは動きについて行けず取り逃がしてしまう。
恭子様はすぐさまオープン回線で呼び掛けを行なうが、この仮設基地に不知火を追跡できる機体は存在していなかった。ほとんどが撃震であり、富士教導団の不知火も連戦続きで機体にガタが来始めていたのだ。
訳分からずの包囲していながら取り逃がしたという事実は、気晴らしになる筈だったお祭り騒ぎに便乗することはできなかった。
※※※
日付が変わろうかという時刻、私は恭子様の出頭命令を受け、研究所内に設けられた簡易的な士官室に来ていた。
既に屋外のお祭り騒ぎも鳴りを潜め、交代した整備兵たちの立てる物音だけが聞こえてくる。そんな中、目の前で静かに腰を下ろしている恭子様の目の前で、私は直立不動の姿勢でいた。
呼び出された理由は幾つか想像できる。部隊のこと、もしくは鉄少尉のこと。何度か雑談の話題として出したことがあったが、今回はより詳しく聞こうという考えがあるのかもしれない。
恭子様の愛用している椿油の香りが漂うこの部屋で、彼女の手が空くのを待った。
「待たせたわね。呼び出した用件は鉄 大和少尉と青い不知火のことよ」
書類仕事に一区切りついたのであろう。ペンを置いた恭子様は、ジッと私の顔を見る。顔色はあまりよくなく、戦闘が続いてろくに休めていないことが伺える。祟宰家の子女としてのものと、斯衛軍大尉と大隊を任されている責からだろう。BETAの本土侵攻から、気を張り詰め続けているのかもしれない。
しかし、発せられた言葉はどこか、軍務と私事の境界線が曖昧な口調だった。一応新任少尉であり連戦続きの私のことを気遣っているのだろうか。一方、私は張り詰めた気が抜けないのか、軍人としての私が抜けていなかった。
「立たせたままで悪かったわね。こちらの席へいらっしゃい」
「はい、失礼します」
手招きされ、近くの椅子に腰掛けると、早速用件に移った。
「唯依たち斯衛軍第332独立警護中隊の生き残りが京都で遭遇した、帝国軍第207試験小隊と鉄 大和少尉に関する調査を頼んでいたの。それとやっと、京都駅で撃墜されたあなたの瑞鶴からレコーダの回収と復元、解析が終わったの。これで、唯依の口から聞かされた内容以外にも目で見て分かることがいくつも浮上したわ」
書類でできた小高い丘の1つから、束を引き抜いてペラペラと捲った後に私に渡してきた。
見ていい、という意味なのだろう。恐る恐る中身を確認すると、そこには嵐山基地から出撃し、それから私や中隊に何が起きていたのか、どのような会話をしていたのかが書かれていた。
「たまたま、あなたたちの機体には通常のものよりも保存容量の大きいハードディスクが搭載されていたようで、戦闘開始から撃墜までの記録が全て残されていたわ。本来ならば操作ログくらいしか取れないものなのに、会話内容や身体データ、ガンカメラまで記録されていたの。その中から、会話内容とガンカメラのデータを確認したんだけれど」
数ページ後ろに目を通せ、とのこと。途中まで読んでいた操作ログを切り上げ、指定されたページを確認する。
そこにはガンカメラの映像の切り抜き画像と共に、文章が添えられていた。
画像には、京都で会った鉄少尉の乗機の画像もある。全身は映されておらず、そのほとんどは上半身や後ろ姿のみ。それらから推察される機種や予測される製造番号のリストアップがなされていた。
あの時、鉄少尉が乗っていたのは、やはりF-15Jだったのだ。しかし、私もだが違和感を持った部分について、この書類では言及されていた。
空力制御のために増設された、上腕部ナイフシースモドキや頭部モジュール増設カナード翼。兵装担架の施工処理の違いを指摘されていた。また、陸軍技術廠や各開発企業の戦術機開発部門にも問い合わせをしたようで、その解答も記載されていたのだ。
これらを総じてこのように判断されていたのだ。鉄少尉の乗機はF-15Jではない、F-15Jの元となったF-15系列の派生機。そして、そのような改修機を帝国軍は保有していないこと。
また、そのF-15Jモドキが撃墜された後、鉄少尉が乗り換えたと思われる謎の国連軍機については、F-15Jモドキよりもかなり分かったようだ。どうも第2世代戦術機黎明期に登場したF-14という米国製戦術機らしい。ところどころ、同じく改修されている様子だったとのこと。
つまり、鉄 大和少尉の言うところによる帝国軍第207試験小隊は存在しておらず、征威大将軍の配下であるどちらの軍にも彼のような軍人は在籍していないということだった。
「鉄 大和という男は、経歴はおろかその名前すらも偽名に過ぎないというのが結論よ」
「……それは」
書類を見せられ、恭子様の口からも説明があれば、それが嘘だとは私は思わない。しかし、それら以外で話された内容は、全て嘘だとは思えないのだ。
「唯依の言いたいことは分かる。あの男が全て嘘を話していたとは思わない。京都駅に行く道中、聞かされた話は恐らく真実よ。それに、今日の戦いの最中にも交わしたであろう会話も。後者は私にはどのようなことを話していたのかは分からないけれど、全てが嘘だとは思わない」
「……はい」
「それで、青い不知火について、本題に入りましょうか」
そう。私は恭子様にその"青い不知火"について話があるから、と呼び出されていたのだ。
「あの機体に関してだけれど、祟宰家ではどうも知ることができなかったわ」
「え?」
「それに加えてあのTF-403という肩部装甲ブロックに塗装されていた部隊名らしきものも、結局分からず仕舞い。こっちは速報というか、私自身が調べた結果だけれどね」
「分からなかった、ということは……」
「えぇ。以前の大規模侵攻の際、埼玉の国連軍管轄戦域に連隊規模で姿を表したことくらいしか分かっていないわ。国連軍でありながら帝国の最新鋭戦術機を装備する部隊。彼らについては情報が1つも出てこない。むしろ、これ以上深入りするとよくない気がするの」
「そうだったんですね。……それと深入りができないというのは?」
「京都駅で唯依たちに別れを告げた鉄 大和の乗機、F-14とかいう国連軍機に関してだけれど、国連軍がその戦術機を装備していた前例がないのよ。でも、目撃情報はある、らしいわ」
「らしい、というのは?」
「全世界のハイヴ攻略戦や間引き戦で、小規模ながら改造されたF-14が目撃されているみたいね。どういった部隊なのか、目的はなんなのか、全く分からなかったみたいね」
つまり、だ。これまでの話をまとめると、鉄少尉は偽名であり所属部隊も存在していない。搭乗していたF-15JモドキやF-14、青い不知火に関して、全ての情報が全く手に入らなかったのだ。
青い不知火に関しても、記述のあるのは私が知っていることだけ。書類を膝の上に置き、恭子様の顔を見る。その顔はこれまでに見たこともない、言葉に言い表せないような表情をしていた。その表情のまま、恭子様は言ったのだ。
「だから唯依。これからも
「はい」
恭子様の考えは正しいと思う。何もかもが訳分からずの相手だ。手を出すよりも、情報を集めておいて損はない。元来、人間同時の戦を制するのは情報戦を制した陣営、と言われてきた。
敵か味方か分からない相手に対して備える必要があることは理解できるが、言葉では言い表せない感覚的なものが私の中にはあった。
鉄 大和を名乗る衛士は悪い人間ではない、ということを。
※※※
[1998年12月12日 神奈川県 秦野戦域]
あの日以来、私たちの戦いはいつもの様子へと戻っていった。幻想を見ていたのではないかと錯覚してしまう程、御殿場戦域は4度目の侵攻で食い破られてしまった。
富士教導団本隊は第2帝都である東京の市ヶ谷に移動し、御殿場に残ったのは一部の部隊と地域に駐屯している帝国軍部隊だけとなった。私たち斯衛軍は第3大隊含む少数の部隊以外は将軍護衛のため、仙台へ丸々移ってしまっている。増援を求めることもできず、少ない戦力で4度目を受け止めきることはできなかったのだ。
なくなく東へ撤退すると、BETAはそのまま伊豆半島を蹂躙。見える景色はいつもと変わらない。あの京都から、見える景色は変わらない。
「本日未明、斯衛軍に下知が下された。現在関東に展開している帝国斯衛軍第3・8・11大隊は即時仙台へ帰還。代わりの部隊が私たちの後釜に収まる」
集められた天幕の中、とてもじゃないが大隊とは言えない程の人数を目の前に、恭子様はそう言った。
我々第3大隊は撤退。京都から戦い続きであり、休養も満足に取れていないというのが理由とのこと。それは本当のことなのだろうか。確かに連戦が重なっていることは本当のことだが、それ以外にも理由があるのではないだろうか。しかし私にその理由を知る術はない。
「皆は荷物を纏めなさい。0900までに機体に搭乗し、このまま厚木基地から輸送機で仙台に向かう」
恭子様の解散の号令と共に、皆がパラパラと天幕から出ていく。遅れて私も恭子様に背を向け、既に出入り口の近くにいる和泉と山城さんの元へ向かおうとした時のことだ。
背後で声が聞こえた。小さい声だ。掠れた小さい声で、一言聞こえた。
「……すまない」
一瞬歩くのをやめるが、すぐに足を前に出した。
和泉、山城さんと並んで歩きながら今後のことを考えていると、和泉から話し掛けられる。
横を歩きながらだからか表情は見えないが、その声色はいつもよりも少しばかり沈んでいるような気がした。
「ねぇ、唯依」
「何?」
「これからどうなるんだろう、私たち」
和泉が言わんとしている真意が分からない。しかし、私自身も不安に思っていることはある。
私たちは元々原隊を失った宙ぶらりんの衛士なのだ。それを恭子様の好意で第3大隊に引き取られているが、この状況がどれ程続くのかは分からない。
今回の仙台行きは丁度いい節目だ。私たち以外にも部隊を失った衛士を引き取っていた第3大隊だったが、そんな彼らも全員戦死し、残すは私たちだけとなっている。
恐らく仙台では部隊再編成が行われ、私たちはどこかの部隊へ異動することになるだろう。その配属先はどのような部隊になるのか、全く想像ができない。
満足な錬成も終えていない学徒兵、略式任官を済ませて初陣を生き残った新任少尉である私たちは、現場でどのような扱いを受けるのか。
「分からない……」
「そう、だよね……。分かる訳、ないよね……。多分仙台に行ったら再編成になっちゃうよね」
「うん。多分そうだと思う」
兵舎代わりの小さい天幕に入ると、3つ並べられている簡易ベッドの横におかれた官給品のカバンを持ち上げる。中身は今着ている軍装の替えと、作業着、筆記用具や日用品。私物は京都で戦って以来、父様から貰った懐中時計だけだ。
天幕は次に入る人がそのまま寝起きができるように、片付けは私たちが来た時と同じ状態に戻しておく。簡易ベッドの上に寝袋を畳んでおき、机代わりにしていたコンテナの上には何も残っていない状態にしておく。
最後に改めて天幕の中を見渡し、忘れ物はある筈もないのに確認する。この後は更衣室で強化装備に着替え、自分の瑞鶴に乗って厚木基地に移動するだけだ。
並んで3人で更衣室に向かい、雑談らしいことはあまり話すことなく着替えを済ませる。着ていた軍装をカバンに畳んで詰め、準備が完了する。時刻は0850。そろそろ機体に搭乗しないと遅刻してしまう。
走って自分の瑞鶴に向かい、管制ユニットに乗り込んだ。着座情報を転送し、稼働準備を済ませる。慣れたもので、訓練生時代にはTF-4Jに乗っていたが、F-4Jの派生機である瑞鶴の基本操作は対して変わらない。
『ハイドラ1より大隊各機へ。異動に際し、装備は最低限だ。各機突撃砲1挺と長刀1振りだ。それ以外は置いていけ。では定刻通り、異動を開始する』
第3大隊の生き残り、計7機の瑞鶴が空へ舞い上がる。
その機体はどれも万全とは言い難い状態で、ほどんどの機体がどこかしら欠損している状態だ。腕がほとんどで、よくて肩部装甲ブロックがない。脚部関節の可動域が小さくなっているものや、跳躍ユニットが1基脱落している機もある。満身創痍としか言いようのない私たちは、後ろ髪を引かれる思いで撤収したのだった。