Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 29

 

[1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域]

 

 斯衛軍第3大隊でお世話になり始めて、京都から機体が持つ限り戦いに明け暮れていたような気がする。

何度か休日もあったが、それは機体が持たなくなって整備をするためであったり、衛士の体調管理のためであったり理由は様々だ。

 長野が陥落してから大きな休みをもらっていたが、その間にも私にはやることがあった。家のこと、原隊のこと。機械的に処理していた。その間にも、和泉と山城さんとは何度も顔を合わせたが、殆どは山城さんの入院している軍病院での話だった。

 山城さんの退院は早々に決まっており、数日前に仙台から前線に戻って来ていた。無論、原隊は失っており、配属先がないという理由から、同期の私たちがいる第3大隊の預かりとなった。

 

「ファング1より中隊各機。状況を確認する」

 

 これまでの戦闘で数を減らした斯衛軍第3大隊も、既に定員数を下回っている。残すは祟宰 恭子様率いるハイドラ(第1)中隊と、その他の生き残りを固めたファング(第2)中隊のみとなっている。そのファング中隊も上官や先任が戦死したため、私が中隊長を務めることとなり、部下は和泉と復帰した山城さんのみだ。

 

「現在長野を発った師団規模の第3次南下群は、南アルプスを通過中。直に御殿場に到達する予想だ。目標は変わらず伊豆半島と思わる」

 

 網膜投影されたマップにBETA群の予想進路が表示される。その進路上に私たちの部隊マーカーが表示されていた。

 

「私たちはここでBETA群の侵攻を受け止め、駿河湾沖に展開している帝国海軍連合艦隊第4戦隊の艦砲射撃によってこれを殲滅する」

 

 近くで警戒待機していた帝国海軍のお陰で、富士山周辺の守りが固くなっていると言っても過言ではない。元々帝国軍富士教導団のホームがあるところだ。地上戦力も申し分ないものが待機している。

 しかしそれでも少なからず不安はある。地上戦力の少なさだ。いくら艦砲射撃で殲滅予定とはいえ、2個連隊規模相当の戦術機甲部隊と、連隊隷下の砲兵隊だけが支援砲撃を行うのだ。

想像するまでもなく、受け止めたとしても持ち堪えられるとは思えない。

 簡単な確認を済ませると、戦闘開始の合図までは待機となる。機体の電装が発する排熱音とアイドリングさせている跳躍ユニットの音以外には、自分の鼓動と息遣いくらいしか聞こえない。

 

『ハイドラ1より我々の戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明かせ』

 

 戦術データリンクにアンノウンが表示されるのと同時に、オープン回線に恭子様の声が聞こえてくる。

 

『繰り返す。こちらは帝国斯衛軍第3大隊所属ハイドラ1 祟宰 恭子大尉。当戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明かし、当戦域に侵入する理由を明らかにせよ』

 

 アンノウンは第3大隊が展開する戦域よりも南から姿を現し、悠々と噴射跳躍で移動を続けている。

 

『ハイドラ1よりファング1。貴官らが侵入機から一番近い。突撃砲の使用を許可する』

 

『『「了解」』』

 

 侵入機が向かってくる方角に突撃砲を向ける。数分もしない内に、レーダーが侵入機の詳細情報を取得した。

 

「……Type-94、不知火?」

 

『あ、あれ帝国軍機じゃないの?』

 

 和泉もデータリンクで確認したようだ。しかしおかしい。アレは侵入機で所属不明機の筈だ。なのに何故、データリンクにIDが表示されているのだろう。

 

『……IJG-207th-test pt(帝国軍第207試験小隊)

 

「それって……」

 

 山城さんがいち早くIDに気付き、読み上げる。私はその部隊名を聞いて、記憶が掘り起こされた。

その呟きを聞いていた恭子様が鋭い目つきを向けてくる。

 

『篁少尉。こちらでも貴官らの機体に残っているデータを閲覧した。()()が帝国軍の第207試験小隊なのか?』

 

 同意しかけたその時、侵入機はもう私たちの目と鼻の先にまで接近しており、近くに機体を着陸させた。

 その機体は不知火ではあるのだが、見たことのない塗装が施されており、着陸の動きが滑らか過ぎる。こんな戦術機を見たのは一度しかない。

 

「は、はい。恐らく帝国軍第207試験小隊で間違いないです」

 

 動揺しつつも言葉を何とか繰り出す。何故私が動揺しているのか。それは、目の前の不知火の左肩部装甲ブロックに塗装されている部隊略称を読んだからだ。

 

『国連軍機のようだが?』

 

「し、しかし、識別IDは帝国軍のものです!」

 

 微動だにしない私たちのことに当然気付いている不知火が、こちらの方に機体を向ける。だが、私たちは警戒態勢に移らない。

見かねた恭子様が小隊を引き継れてこちらまでやってくると、不知火を囲むように着陸し、突撃砲を向けた。

 

『貴官の所属と名前、目的を言ってもらおうか。通信が聞こえていない訳があるまい』

 

『……え? あ、あー、極秘任務中で明かせません』

 

 聞き覚えのある声だった。間違いない。あの不知火は識別ID通り、帝国軍第207試験小隊の鉄少尉に間違いない。

 

『ファング1』

 

「は、はい! 帝国軍第207試験小隊の鉄 大和少尉と思われます。別の衛士かもしれませんが……」

 

 聞かれて思わず答えてしまった。

 

『そうか。鉄少尉。貴官の口からも聞きたい。貴官の所属と名前、そして何故この戦域にそのような戦術機で現れたのかを言ってもらおうか』

 

 不知火を取り囲む4機の瑞鶴。正直どれ程の腕前だったかまでは覚えていない。しかし、鉄少尉が国連軍機に搭乗していたところで不思議ではない。

帝都での戦闘の時、白銀少尉は自身のF-15Jが撃墜されると、どこからか飛来した謎の国連軍機に乗り換えていたからだ。

 訓練兵時代の話を思い出し、それでも腕がいいからと帝国軍のF-15Jと思われる試験機に搭乗していた。その後、F-15Jによく似た国連軍機に乗り換えて飛び去っている。

経歴不明の人物であるのは確かなのだ。となると、鉄 大和というのも偽名である可能性があるだろう。

 

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。現在は国連軍に出向し、そちらで命じられた任務を遂行中です』

 

『その機体は?』

 

『出向先の装備です』

 

 恭子様は今一度、国連軍塗装の不知火を訝しげに観察すると、鉄少尉に問いかける。

 

『今は緊急時だ。これ以上の尋問をしたところで無意味だろう。鉄少尉、任務内容を明かしてもらえるか?』

 

『お答えすることはできません』

 

 以前会った時と同じく、顔を見せずにハッキリと言った。恐らくだが、彼も日本人。F-15Jに乗っていた時も、長刀を使っているようだったのだ。

ならば、恭子様の顔を知らなくとも名前は聞いたことあるだろう。それなのにも関わらず、毅然とした態度で拒否したのだ。

 恭子様の表情は変わらないが、怪しむ様子は増している。オープン回線でもそうだが、部隊内、秘匿のどれでも彼はSOUNDONLYでしか通信をしない。そこから分かるのは、彼は特殊部隊所属であること。

帝国軍第207試験小隊という部隊も存在していないことから、そのことが伺える。本当に帝国軍なのか、それとも他国の軍隊なのか。

だが確実に言えるのは、()はBETA本土上陸からこれまでに於いて、各防衛線でその名が知られている。類稀なる機動制御技術、単機では出し得ない戦闘力。その名声が邪魔をしているのだ。

 なんのためにそのようなことをする必要があったのか。なんのために特殊部隊であろうにも関わらず、隠密行動をしないのか。なんのために単機でこのような状況になるにも関わらず、表に出てくるのか。

分からないことばかりなのだ。

 

『祟宰大尉。今するべきことをしましょう』

 

『ッ!! 貴様、どの口がそのようなことを』

 

『既に長野県から南下するBETA群が御殿場戦域に差し掛かろうとしています。俺も御殿場に用があります。このまま遊軍として戦闘に参加します』

 

 想像するまでもなく、彼は戦闘に参加すると言った。やはりだ。京都で会った時も、その後聞いた話でも、彼はそうするのだ。

 

「畏れながら具申致します!!」

 

『篁少尉。……何だ、申してみよ』

 

「はッ!! 鉄少尉の背後が意図的に隠されているものであったとしても、彼もまた国のために武を振るう衛士です。小官はそれをこの目で見ました」

 

『それは私の処に来てから、何度か聞いている』

 

「はい。ですから、彼はひとまず拿捕することはせず、共闘という形で監視すれば良いのではないかと愚考します」

 

 そう。その腕は直接見ている訳じゃない。それでも嵐山から撤退した後、長くはない時間ではあったが行動を共にしたからこそ言える。鉄少尉は信用できる衛士だ。それが例え偽った軍籍であったとしても、彼自身は疑いようもない衛士なのだから。

 恭子様は少し考えたようだが、すぐに答えを出す。自らの構えていた突撃砲を下に向けたのだ。

 

『ひとまず、問いただしたいことは山程あるがここでは止めておこう。鉄少尉、戦闘が終わった後に逃げないことだな』

 

『了解』

 

『では我々の部隊に加える。ファング1、ファング中隊の連中は鉄少尉とは面識があるのだったな』

 

 恭子様の青い瑞鶴がこちらを向く。私は素直に答えた。

 

「はい。能登少尉、山城少尉共にあります」

 

『では、鉄少尉を任せる。一度行動を共にしたことがあるのならば、私のところよりも連携が取れるだろう。それに、こちらは充足している。3機で部隊を組んでいる貴官らのところに入ってもらった方が都合がいい』

 

「了解しました」

 

 不知火を囲む瑞鶴が次々と突撃砲を降ろしていき、続くように青い瑞鶴を追いかけるように空へ浮かび上がった。

やがて4機が見えなくなると、待機のまま陣形の崩れていない私たちのところへ主脚移動で不知火が近寄ってくる。

回線はオープンから部隊内へと切り替わり、ファング中隊の中にイーグル1(鉄少尉)が加わった。

 

『久しぶりだな』

 

「お久し振りです、鉄少尉」

 

 最初の一言目は、まるで昔の知り合いに会うかのような挨拶だった。戦術機の中じゃなければ、どこかの駅前で待ち合わせるか、道すがらたまたますれ違ったかのような。

 回線に和泉と山城さんも入ってくる。時間は短かったものの、初陣で帰還できたのは彼の助力があったということもある。真田大尉よりも先に会うことができるとは思ってもみなかったが。

 声色は京都駅に向かう時のような砕けた話し方で、堅苦しさの欠片も感じさせない。私たち斯衛にとってはあるまじきことだが、彼がそうしてしまっているのだ。警戒待機をしながらも、私たちは京都駅での件のお礼等を言い合った。

 

『いやぁ~、それにしてもおっかないな。篁少尉たちの上官は』

 

 顔は見えないが、恐らく笑いながら言っているのだろう。

 

『祟宰様のことをそう言うのは鉄少尉だけですわ。あの方は瑞鶴の色からも分かると思いますが、五摂家の1人です。その地位でありながらも、驕ることなく研鑽を続けていらっしゃる私らの目標ですわ』

 

『そうか。そりゃ悪い、山城少尉。俺はおっかないとは思うが、いい上官だと思うぜ』

 

 そう言い切った鉄少尉は、連携について確認を取り始める。

 少尉のポジションは突撃前衛。根っからの前衛タイプらしいが、少しは後衛もできるという。だが、装備は強襲前衛を選択しており、部隊を組むのに向いていないらしい。

一方で私と和泉が前衛、山城さんが後衛を基本的には務めている。

私たちの編成を崩さずに再編成するのならば、鉄少尉と和泉で前衛。私と山城さんで後衛にしてしまえばとりあえずは収まりがいいだろう。

しかし、少尉の機体は私たちの第1.5世代機(瑞鶴)とは違い第3世代機。戦闘の足並みは確実に崩れるだろう。ならば、これまで通りの編成のままにしておき、少尉を遊軍にしてしまえば持ち腐れなく十二分に動くことができるかもしれない。

 私が鉄少尉を遊軍にすることを伝えると、少尉は納得した様子だった。基本的に4機行動をするが、戦闘時には少尉に自由に動いてもらうことは2人も納得した様子。

 一通り決め終わると、丁度ハイドラ中隊から入電があり、前線に動きがあったとのことだった。BETA先鋒は既に御殿場戦域に突入しており、帝国軍と戦闘状態に突入しているとのこと。このまま抑え込み、帝国海軍の艦砲射撃でもって殲滅する。分かり易い防衛戦だ。

 全軍前進の合図に、私たちファング中隊も動き出す。不知火を加えた異色の編成だが、周辺に展開する部隊は全て一足先に前線に向かった。

 京都駅から救出されたあの日から、私たちは戦った回数も撃破数も数えることはなくなった。生者が死者の数を数えるのをやめたように。また、生者が死の渦巻く場へ行く回数を数えるのをやめた。

伸びっぱなしになっている髪が強化装備のプロテクターとレスキューパッチを撫でた。

 


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