Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 27

[1998年11月24日 国連軍仙台基地 機密区画 第11通信室]

 

 この基地には同じような作りをした通信室があちこちに設置されている。使用目的としては、軍人が基地外の家族や友人と電話をするために使用するものだが、その他にも外の軍高官とのやり取りに使うこともあるのだ。各基地の保安部や軍が管理しているもので、監視や検閲も行われている。防諜のために作られているということもあってか、遠方にいる人物との機密のやり取り等もできるようになっているため、わざわざ出向いたり招くことなく腹の化かし合いにも使うことができるのだ。

 しかしながら、そういった魑魅魍魎を相手取ることも厭わないアタシでも、表情に出ないようにするだけで精一杯なことがその通信室で起きていた。

 

『キミの進めるオルタネイティヴ4が順調に進んでいるようでね。いやなに、どれほどのものか是非とも伺いたくてね。時間を取らせてしまって申し訳ない』

 

「いいえ、問題ありませんわ」

 

 戦術機に内蔵されている戦術データリンクと通信技術を応用して作られた通信室は、音声と映像を同期したものを送受信している。アタシの目の前のディスプレイに映っている、でっぷりと腹を張り出させている男は、見下すかのような憎たらしい表情を浮かべて、小馬鹿にするように話しかけてくる。

このブ男はオルタネイティヴ5推進派でも権力を握っている、国連軍将校だ。欧州戦線で戦果を挙げ、後方勤務になったというエロジジイだ。

 

『して、聞かせてもらえるかね? オルタネイティヴ4の目的である、対BETA諜報員の育成に関して。あのような、キミの提唱する因果律量子論なる荒唐無稽な論と共に、実現不可能な計画はどうなっているのかね?』

 

「は」

 

 あちらには腰上までしか映っていないだろう。アタシは静かに説明を始める。

 

「計画は順調に進んでおりますわ。オルタネイティヴ4の目的である対BETA諜報員育成に関してですが、少将もご存知の通り、00ユニットの作成に着手しております。これまで製作していた試製00ユニットらからは方向転換してはいますが、方向性は以前変わらずですわ。現在は基礎理論に不備がありましたので、再編したものを用意したところです。既に製作の方も始める段取りを進めておりますが、何かが足りないようですわ」

 

『なるほど。以前は試製00ユニットらが、00ユニットたる水準に達していないとかで完成には至らなかったと言っておったが、なんだ基礎理論に問題があったか? それは00ユニットの基礎理論かね? それとも基礎理論の前提にある因果律量子論の方かね? はたまたどちらもか?』

 

「前者ですわ。既に旧版の基礎理論は破棄、再編版の基礎理論は完成しております。それを基に製作を再開しているところですわ」

 

『それは重畳だな』

 

 オルタネイティヴ4の話が本題でないことは分かっている。既にオルタネイティヴ4の進捗や状況というのは国連上層部や誘致国である日本帝国政府には通達済みなのだ。今話したことも確認だったのだろう。無意味だと分かっていても、彼らに取っては必要なことらしい。理解し難い。

 話を切り替えた少将はギシリと腰を降ろしているであろう椅子を鳴らし、鼻にかけた態度のまま語り始めた。

 

『極東国連軍はキミの掌の上だと思っていたのだが、そういう訳ではないようだね。アチラにも我々と同じ考えを持つものは多いようだ。我々の計画に賛同してくれてね、力を貸してくれるそうなんだよ。関東には仲間が少なかったから、上も大喜びだ』

 

「それはそれは、喜ばしいことで何よりですわ」

 

『キミの子飼いの部隊、最悪な状況になっていると聞く。どうかね、新しい仲間に協力を仰いでみようか?』

 

 どうでもいい話をつらつら並べていたが、やはりそうだ。これが本題なのだろう。

 いやらしい笑みを浮かべる少将の言っていることは、ここ数日のことなのだ。長野から侵攻を再開したBETA群との防衛戦に、A-01を投入したことについて。

 極東国連軍や日本帝国政府から、あれだけの装備と練度を持つA-01をこれまで腐らせているのはどういう了見か、と問い合わせがあった。それはBETA本土上陸からの話ではあるのだが、当初は光州作戦に投入してから再編成中だとのらりくらりとしていたのだが、そうも言っていられない状況まで切迫してしまっている。在日米軍の勝手な引き上げも相まって、猫の手も借りたいほど戦力が落ち込んでいる両軍は、無傷で1個連隊規模の不知火を燻ぶらせているA-01へ戦闘に参加するよう再三打診があったのだ。

どれだけ口八丁手八丁したところで、計画のために温存して置きたかったということもあったことと、前の世界でも関東防衛戦には投入していたこともあって、アタシは今回の作戦に参加させたのだ。

 しかし結果は既に報告を聞いている通りだった。初戦、秩父戦域の前線司令部が馬鹿な作戦立案を行った。戦闘するには不向きな地形に部隊を展開させ、戦力を浪費する真似を仕出かしたからだ。これによってA-01と残存部隊は後退。ときがわ戦域の防衛線に吸収されると、国連軍東松山・日高の部隊と共に再展開。しかし、突如として双方の部隊が基地まで後退してしまい、秩父から逃げた部隊だけでBETAを受け止めることとなった。

これによってA-01は壊滅。共に後退した秩父の部隊は全滅するに至ったのだ。現在は現地で再編成が行われ、稼働機のみで遊弋を行っているという。

 この状況を作り出したのは、他でもない目の前の男なのだ。裏を取る必要もない。アタシを目の敵にしており、ここ最近で一番突っかかって来ているのは、他でもない彼なのだ。

時間を立たずして裏も取れ、彼が主導して今回の件を起こしたことも分かるだろう。

 正直に言って、この男の嫌がらせというのは何度も受けてきた。慣れるなんてことは絶対にあり得ない。白々しく宣う言葉に苛立ちを覚えなかったことはないのだ。

今回は分かっていた訳でもなければ、前回はあったのかも定かではない工作。今回の件ではっきりした。この狸親父は、事ある毎にアタシの作戦行動に噛んできているのだろう、と。

しかし今回もその感情は表に出すことはない。平静な態度で返事を返した。

 

「せっかくのご提案ですが、遠慮させていただきますわ」

 

『……ほう?』

 

「私の部隊はそこらの部隊よりも強いと自負しております。たとえ壊滅状態に陥っていようが、最期の一兵になったとしても戦います。これまでのA-01とも、これからのA-01とも違いますわ」

 

『そこまでキミの部隊に自信があるのか。それはあれかね。タイプ94(不知火)をA-01専用にでも改装したのか? それとも94C(壱型丙)が揃えられたのかね?』

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

 軍人ということもあり、現代の戦場で主だった活躍をしている戦術機に関してはかなり詳しいことと、オルタネイティヴ5推進派隷下部隊に最新鋭機を集めているという話は入手している。

アタシのA-01の戦術機は特別だ。そのことを彼が知らない筈もない。彼らの息の掛かった諜報員は日本帝国内にごまんと潜伏しているのだ。常日頃、アタシの粗探しとイジメ材料を入手するために嗅ぎ回っている。だからこそ、A-01の戦術機がおかしいことに気付いている筈なのだ。

 肝心なところでとぼけたアタシの態度が気に食わなかったのか、眉をひくつかせて聞き返してくる。

 

『キミの部隊のタイプ94は帝国の機体と違うのかね?』

 

「日本帝国軍が正式採用している94式戦術歩行戦闘機となんら変わりませんわ。帝国軍精鋭や富士教導団と同じ機体です。少将が懇意にされている部隊のように、F-15CからF-15E(ストライク・イーグル)にこっそりと入れ替えるなんてことはしておりません」

 

『……よかろう』

 

 別に切る必要もない手札を切る。前の世界のアタシならば出し渋っただろうが、今の世界のアタシには痛くも痒くもない。何故ならジョーカーがある。強いものと弱いものの2枚。

 

『東松山と日高の国連軍部隊は被害がほとんどなかったのでな、秩父とときがわの陣地再構築を行っているという。野ざらしになっている57機はどうやら帝国軍に渡すために回収するそうだ。装甲板も内部も不審に思われないよう、手を加えてくれるという』

 

「ありがとうございます」

 

『気にするな。帝国軍は物資も人員も此度の侵攻によって逼迫している。せめてパーツ取りのできる分は回収せねばな』

 

 どうやらこれで話が終わったようだ。彼の癖で、話を切り上げる前に何か飲み物を飲むのだ。画面の向こうでコーヒーカップを傾けている姿が見えることから、これで今回の話は終わる様子。

 

『では。忙しいところ失礼した、香月博士。国連上層部には私からも色々伝えておこう』

 

「ありがとうございます。では失礼致しますわ」

 

『あぁ』

 

 画面が暗転し、それと同時にアタシの顔が反射で映し出される。

いつものキレイな顔だが、今回も少しばかり眉間にシワが寄っている。通信中までは我慢できたが、どうやら終わった途端にこうなってしまうようだ。

 何かある毎にこうしてオルタネイティヴ5推進派やオルタネイティヴ4反対派からのアポイントメントがある。その度に辟易している訳だが、毎回のように終わった後にはこういった表情をしているのだ。

不機嫌な表情をしていると、まりもからは昔からよく言われているが、今回ばかり自覚を持って言える。何度見ても、この顔は不機嫌だ。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍仙台基地 機密区画 研究室]

 

 基本的にアタシは機密区画から出ることはない。白陵基地だったならば、昼時になると適当な護衛(まりも)を付けて京塚食堂へ足を運んでいたが、仙台ではそうもいかない。そもそも大概、軍の食堂で出される食事はそこまで美味しいことはなく、京塚のおばさんがいないということもある。

 仙台基地に移ってからは、専ら口にする食事は手軽に食べられるサンドイッチかおにぎり。そうでなければ、ほとんどはコーヒーや即席食品。手に入らなければコーヒーモドキや戦闘糧食のクラッカーばかり。こんな食生活をしていたら何故か鑑に怒られ、社からは何も言わずに不満気な表情を向けられた。

それからというもの、そういった食事になる前に気付いた鑑や社が何かしらを持ってくるようになった。

 今日は午前中にあの憎たらしい狸少将を相手にした後、とっておきのコーヒーを飲んで気分を落ち着かせた。それからすぐに研究室に来て、何だかんだやっていたら昼の時間になっていたようだ。

 物音を建てずに存在感を消して現れたのは、何年もの付き合いになる社だった。手にはお盆が載せられており、不格好なおにぎりが6つ載せられていた。

 

「……お疲れ様です、香月博士」

 

 アタシが彼女を視界に捉えると、抑揚のあまりない声でそう言う。

 目の前までやってくると、机の空いている空間にお盆を置き、近くの椅子に腰を下ろした。

 

「……お昼を持ってきました。純夏さんも後で来ます」

 

「そう」

 

 視線を再度お盆に落とし、不格好なおにぎりを見て、ふと脳裏を過る。

 これまで何だかんだ言って近くで過ごしてきて分かっていることだが、鑑は家事能力が高い。白銀は軍隊で身につけたものだろうが、鑑の場合はどこか所帯じみているところがあるのだ。ズボラな白銀の世話を焼いたり、荒れたアタシの執務室や研究室を入るなり掃除を始めたり、白銀に振る舞う食事が家庭料理のそれだったりと。

 余裕が出てきたからこそ、こういった観察もできるというものだ。学生時代のまりもも似たようなところがあり、時々助けてもらったりもしていたことをふと思い出した。

 

「じゃあ鑑を待ちましょうか。社、何か飲み物はいる?」

 

「……私が淹れます。博士は何にしますか?」

 

「そうねぇ……緑茶にしようかしら? この研究室にあったっけ?」

 

「……あります」

 

「あるのね……どうしてあるの?」

 

「……純夏さんが持ち込みました」

 

「鑑ィ……」

 

 スッと立ち上がった社は、積み上がった機材や資料の壁の向こう側へと消える。それと入れ替わるように、今度は物音を立てながら誰かが入ってきたようだ。

 アタシの研究室を簡単に出入りできるのは、アタシを入れても4人しかいない。1人は今頃関東にいるだろうから、後は1人だけ。

 

「お疲れ様で~す! お腹減ったよぉ~~~~!!」

 

「うるさいわねぇ。さっさと手洗ってらっしゃい」

 

 ボケッとした表情で入ってきたのは、やはり鑑だった。脇には支給されているラップトップと本が1冊にファイルが2つ。フラフラとこちらに近づいてきたかと思うと、近くの椅子に荷物を放り出して社が消えた方向に向かっていった。

 社、鑑の順番で戻って来ると、それぞれに紙コップが2つずつ配られる。1つは緑茶だが、もう1つはどうやらインスタント味噌汁だ。基地内では手に入らないものということもあるため、十中八九鑑がどこからか手に入れてきたものだろう。

 

「いっただきま~す!!」

 

 鑑の元気な声に遅れて、社とアタシが続く。

 いつから誰かと食事をするようになったのだろう。そんな疑問が脳裏を過るが、すぐに解が出る。

この世界に来て、鑑や白銀を連れてきてからだろう。

 今までは暗い研究室で、味気ないクラッカーやカロリーバーを齧り、気が向けば食堂に向かうなんて、ほとんど人と話すこともなければ日の光を浴びるなんてこともなかった。

だが、2人を連れてきてから、目の前にいる2人や関東で暴れているであろうアイツが近くにいるようになってからは、そういったことはなくなったのかもしれない。

 不格好なおにぎりを口に含むと、具であろうおかかと少し薄めの塩の味を舌に感じる。味気ない食事というのも久しく、ただのおにぎりであってもあの頃とは違うように感じた。

 

「今日は霞ちゃんが作るって言っててビックリしちゃったよ。ご飯も炊いたの?」

 

「……頑張りました」

 

 いつの間に、そんな顔をするようになったのやら。2人の少女を眺めながら、味噌汁を啜った。

 

「あちっ」

 

 赤い頭と銀の頭がせわしなく揺れる様を見て、その奥に置かれているモノに視線が向いてしまう。

完成には遠いが、いつか必ず使うことになるモノ。

まだ、道のりは遠く。だが今は独りで歩いている訳ではないのだと。

 


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