Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 26

[1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域]

 

 師団規模BETA群の先鋒である突撃級を飛び越え、最低限の足場のためだけに発砲しながら進む。後ろを振り返ることはなく、ただ前に前にと突き進んでいた。

 俺と共にハイクライム中隊の失敗した光線級吶喊に参加した、ヴィリヴェー中隊の面々もなんとか付いてこれているといった様子。最初こそ動きがたどたどしかったが、すぐに要領を掴んだ前衛がいたらしく、その機体の後ろを中隊がなんとか付いて来ているという形になっていた。

 あの様子では、もしかしたら光線級集団に到達するまでに半分程数が減らされているかもしれない。

そんなことが俺の脳裏を過ぎったが、すぐにその思考を振り払う。もしそうなるのだとしたら、もっと早く到達し、瞬く間に光線級を殲滅すればいい。撤退はそのままBETA群の後衛を抜けて、進路後方に出ればいいのだ。

 

『くっ……うぅぅぅ……!! はや、すぎる……!!』

 

『突撃級の甲殻を足場にしたり、飛び上がった要撃級を蹴飛ばしたりして進むのは無理だッ!!』

 

『気をしっかり持て!! 難しいことはしてないんだ!! 足場を見極めて着地する、たったそれだけのこと!!』

 

 どうやら要領をいち早く掴んでいたのは、突撃前衛長のヴィリヴェー2だったらしい。部下や後続のことを気にしながら、俺の後を追ってくる。

 

「40301よりヴィリヴェーズ、もう少ししたら光線級集団です!!」

 

 突撃級・要撃級で構成された先鋒集団を既に抜けており、戦車級と少数の要撃級で構成された中衛集団もほとんど終わりだ。先程まで遠くに見えていた要塞級がハッキリと見える位置にまで迫ってきており、移動している光線級集団も目視で確認できる。

 山間部やBETA群の間を縫いつつも、進軍速度を緩めることはしない。数千のBETAを飛び越えたその先に、目標を捉えた。

 

「光線級集団を確認!!」

 

『ヴィリヴェー1より各機、兵器使用自由!! 目ン玉野郎を1匹残らず殲滅せよ!!』

 

 集団へ滑り込むように突入した13機の不知火は、攻撃ができない光線級を次々に屠っていく。

青々と茂った木々をBETAの体液で赤く染めながら、ウィンドウに表示されている光線級残数を確認しながら突撃砲のバースト射撃を行う。

 百を超えて確認された個体の全てを撃破すると、すぐさま市村大尉が指示を出した。

 このまま最後衛の要塞級を通り抜けて、BETA群後方に退避すること。そして、そのまま部隊合流を目指しながら、BETA群を追い越しつつも爆撃の様子を観察するというのだ。

 無謀とも思えた光線級吶喊成功に沸く中隊を収めつつも、少しばかり自分自身も高揚しているであろう市村大尉は、揚々と報告をし始めた。

突入直前に重金属雲を展開していたため、通信状況は最悪だったのだ。だから、BETA群に突入した俺たちは、陽動を行ったA-01やその他の部隊の様子を知らないのだ。

 

『ヴィリヴェー1よりオーディン1。任務完了。これより、BETA群南方を』

 

 重金属雲下から脱出し、いち早い通信回復を試みた。予定よりもわずかながら南を噴射地表面滑走で移動していると、市村大尉の声が途絶えた。

 

『な……何故?!』

 

 戦術データリンクを呼び出し、防衛線の戦況を確認する。前衛後ろ半分から後衛までを戦略爆撃機と砲撃による面制圧で殲滅する作戦であるが、先鋒のある程度は抜かれてしまうことは承知の上だった。

しかし、思っていたよりも前衛が予定地域よりも防衛線に食い込んでいた。その原因はすぐに分かったのだ。

 

「東松山と日高の部隊はどうした?!」

 

『どうして?! どうしていなくなってるのッ?!』

 

 ほとんど残っていた東松山と日高の国連軍戦術機部隊が忽然と姿を消していたのだ。

 BETA群を押し留めているのは、秩父から退いたA-01とほとんどが食われた戦術機部隊や機械化歩兵部隊だった。

 

『ヴィリヴェー1よりオーディン1!! 何故部隊が消えているんですか?!』

 

『オーディン1よりヴィリヴェー1、理由は分からない。しかし、現在の戦線を支えているのは、秩父から撤退した我々だけだ。直に突破されるかもしれない……』

 

 BETA群に突入した時よりも、半数近くのアイコンが消失しているA-01。戦線に散解して、何とか維持しているとは到底言えない状況になっていた。

 すぐさま戦域データリンクの探知範囲を広げ、後方にまで目を向けてみた。

 近くには戦略爆撃中隊が来ており、既に爆撃態勢に入っている様子。光線級は殲滅していることもあり、存分に爆撃を行うことができるのだが、爆撃範囲からBETA群が大きく漏れ出している。これでは殲滅することは難しく、先鋒集団を残り少ない部隊で受け止めなければならない状況になっていた。

また、撤退したと思われる東松山と日高の戦術機部隊は、東松山・日高・川越を結ぶお椀型の防衛線を構築している様子だった。

 

『ここでBETAを押し留め、砲兵隊と連携し殲滅する!! 各機奮励努力せよ!!』

 

 崎山中佐の激励が飛ぶが、A-01の士気は悪くなる一方だ。A-01よりも、共に撤退してきた秩父の部隊は恐慌状態に入りかけている程だ。何とか態勢を立て直そうとしてはいるものの、ジリジリとすり減らされているような状況が好転することはない。

 BETA先鋒を後ろに少なからず通してしまった前線に到着すると、状況は思っていたよりも最悪なものになっていた。

 A-01は何とか踏ん張っているものの、もう無傷の戦術機はほとんど残っていない。突撃砲の弾薬もほとんど使い切ってしまっており、長刀を振るっている機体が半数。短刀の機体もちらほらと見られる程だった。

滑り込むようにヴィリヴェー中隊が戦域に乱入し、戦線の補強を第一に動き出す。もう中隊毎の行動ができない状況になっていたため、小隊毎に分かれて散るよう命令が下った。

 一方、俺は遊撃として戦線を駆け回ることになる。

 

『ヴァール10より付近の戦術機……ッ!!』

 

 俺は不意に入った通信に意識が奪われる。ヴァール10、A-01の中でもかなり記憶に残っているコールサインだ。理由は簡単。このコールサインを使っているのは、伊隅少尉なのだ。

 

『ヴァール10より付近の戦術機!! 誰でもいいから手を貸してッ!! もう持たないの!!』

 

 すぐさま機首をそちらの方に向け、短距離跳躍をする。

 該当の戦術機に群がっている要撃級や戦車級の排除を行いながら着地し、近距離通信で呼びかけた。

 

「40301よりヴァール10!! 状況は?」

 

『40301……白銀少尉……』

 

 俺の顔を見て、言葉を詰まらせる俺の記憶の中よりも少し幼い伊隅少尉は、震える口で状況を説明した。

 既にヴァール中隊は壊滅。中隊長も撃墜されてKIA。残っているのは伊隅少尉だけだというのだ。単機で戦線を維持するのは困難だと判断し、友軍機が撃墜された付近まで下がろうとしたものの、BETAに囲まれたという。

 後退する理由は見れば分かったが、手には短刀が1本しかない状態だったのだ。それもかなり損耗しており、もう使い物にならないと言っていいほどの状態になっていた。

 バースト射撃をしながら、近くの要撃級と戦車級を倒しながら、後ろで友軍機から突撃砲と弾倉を剥ぎ取る伊隅機を気にする。無防備な今襲われると、どうすることもできないからだ。

しかしその不安も杞憂だったようだ。

 

「40301よりヴァール10。これ以上後退することはできないです。現区域に留まり、爆撃が行われるまで持ちこたえます」

 

『……ヴァール10、了解』

 

 苦しいと言わんばかりの表情に、その感情が乗った返事に俺は返答をすることはなかった。

 ただ目の前に迫ってきているBETAの津波に気を押されていた。周辺に展開する友軍のマーカーを確認し、もう引くことができないことを改めて感じ取る。

 東の空には戦略爆撃機の大群が目視圏内に入ってきており、もう数分持ちこたえるだけでいい。それよりも後には、防衛線に展開している残存部隊で掃討戦に移行するだけだ。

 気力が削げている伊隅少尉を視界に収めつつも、突撃砲の36mmチェーンガンを絶え間なく撃ち続ける。

 突撃級は多脚部を狙撃し防塁として機能させ、間を突破する要撃級や戦車級を倒していく。

 

「リロード!」

 

『カバーするわ』

 

 たった2機の防衛線。周囲には撃墜された不知火が転がっており、管制ユニットは拉げたり喰われている。

 一度は演習で相手をした衛士たちだ。彼らから突撃砲の弾倉や長刀を剥いでは使い、余裕がなければ捨てる。彼らの装備も弾倉の残りがなかったり、耐久値がかなり落ちているものもある。それでもないよりはマシだったのだ。

脚部が地面に刺さり、腰から上がなくなっている不知火の腰部弾薬庫から弾倉を拝借しながら戦術データリンクに一瞬目を向けた。

 既に頭上を戦略爆撃機が通過しており、撤退に移っている。撃墜された機体もおらず、そのまま無傷で基地へ戻っていくようだった。

それと同時に、頭上には無数の航空爆弾が投下されていることに気付く。予定爆撃範囲に投下しているのであれば、俺たちが戦っている一帯は爆弾の雨に晒されることはない。

 

「巻き返します。前進!」

 

『了解』

 

 突撃級の装甲殻によじ登り、向こう側の景色を見る。

 爆炎と砂煙が断続的に舞い上がり、飛沫や破片が四散していた。爆撃は予定範囲に行われたようで、砂煙の向こう側から新たに現れるBETAの数は少ない。

 

『……オーディン1より防衛線に展開中の全衛士へ。爆撃による面制圧は成功した! すぐさま砲撃による後詰の面制圧が開始される。各防衛線は徐々に面制圧範囲へ前進しつつ、残存BETAを撃滅せよ!』

 

 その通信に呼応するように、BETAの死骸の海から体液に塗れた戦術機が続々を顔を出し始めた。

 

『ヴァール10より40301』

 

 推進剤の残量を気にして主脚移動の分量を多めに前進を開始してしばらく、伊隅少尉が通信回線を開いてきた。

 表情は変わらず焦燥しきっており、かなり疲労しているのも見て取れる。戦闘が開始されてから数時間程時間が経っているが、小休止程度しか休憩できていないからだろう。

 

『……あなたは何者なの?』

 

 質問の意図が俺には分からなかった。散発的に極少数で出現するBETAを倒しながら前進を続けながら、俺は頭の中で考えた。

 俺は何者なのか。語るべくもなく人間で、今は衛士だ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、伊隅少尉の質問はそういったことを聞いている訳ではないのだろう。

 血塗れの要撃級の5体目に36mmを数発叩き込むと、周りを見渡して動いているBETAがいないことを確認する。センサーも確認しているが、これほどまでに死骸が転がっていると探知できないこともあるからだ。

 

「どういう、意味ですか?」

 

 進める足が遅くなる。視線はバストアップウィンドウに映っている、俺の記憶しているよりも幼い顔をした伊隅少尉が訝しげな表情を浮かべていた。

 

『そのままの意味よ。……光州作戦、BETA本土上陸時には九州から京都まで転戦。XM3発案者、XM3開発衛士。403。まだ任官したての少尉の筈なのに、戦術機の腕前は精鋭を軽く突き放している。ハッキリ言って異常よ。その上、声からして子ども。あなたの第一印象も子ども。おかしすぎるのよ』

 

「……」

 

 自分のことながら、確かにおかしいかもしれない。

 

『衛士になるにしても幼すぎる。軍人としても幼い。まるで少年兵よ。それが何故歴戦の衛士のような動きができるの? 何故年不相応な腕前なの?』

 

 気付けば伊隅機は足を止めていた。俺も足を止め、そちらの方を向く。

 伊隅少尉の疑問に、俺は答えることができる。しかし、それは彼女にとって荒唐無稽であり、理解し難いことだ。それに、前の世界でも俺の身の上に付いて知っている人間はほとんどいなかった。知る必要がないと判断されたからだ。

『Need to know』。夕呼先生は暗にそう言い、誰にも俺のちぐはぐな背景に付いて言わなかった。知りたがる人物には嘘を伝えた。

 夕呼先生に倣うならば、伊隅少尉は俺について知る必要はない。知ったところで、何ができる訳でもない。むしろ、信じられるとは思えないからだ。

俺はゆっくりとその問に答える。

 

「いやぁ、あなたが知る必要はないですよ」

 

『……』

 

「俺についてはA-01全体に知らされたこと以外に何もありませんよ。ただの日本人で国連軍の衛士、それだけです」

 

 不満だと言いたげな表情をありありと浮かべられる。

 

『答えられない、ということかしら?』

 

「伊隅少尉が知っていることで全てです」

 

『Need to knowということなの?』

 

「聞かなくても分かると思いますよ」

 

『……そう』

 

 それだけを言うと、大きく息を吸ってもう一度俺の顔を真っ直ぐと見る。

 

『あなたは私たちの味方なのよね?』

 

 その問に俺は即答する。

 

「そうですよ」

 

『……戦闘中にごめんなさいね。戻りましょうか』

 

 それだけを言うと、バストアップウィンドウが閉じる。

 戦域データリンクには徐々に個体数を減らしていくBETAと、それを追い立てるA-01のアイコンが少しずつ動き出していた。周囲のBETAを確認し、兵装を確認する。

余裕はないが、まだまだ継戦可能だ。伊隅少尉が、何故このタイミングで俺にあのことを聞いてきたのかは分からないが、とりあえず引き下がってくれたことを感謝しつつ、掃討戦を再開した。

 

※※※

 

[同年同月同日 国連軍久留里基地]

 

 今回の作戦に参加したA-01は少なくない痛手を負った。

 掃討戦が終了し推進剤と兵装の補給後、俺は単機で秩父・ときがわ戦域へ出た。目的は撃墜されたA-01の不知火を虱潰しに確認し、新型CPU・XM3・電源ユニットが収められている管制ブロックを破壊して回ったのだ。しかしそのほとんどは潰れていたり、爆発していたため、特に何かするということもほとんどなかった。

オーディン1、崎山中佐から伝えられた総被撃墜数と照らし合わせながら、全ての機体を確認した俺は、中佐に「連絡の途絶えた全機のKIAを確認」とだけ伝えた。

 総被撃墜数57機。それがA-01の被った被害だった。その他にも損傷機は帰還機のほぼ全てであり、万全な状態にあるのは1個中隊にも満たない。言うなれば、A-01は壊滅してしまったのだ。

 俺は記憶を掘り起こす。前の世界でA-01に入った時、ヴァルキリー中隊しか残っていなかったこと。ということはつまり、補充を繰り返しながら、2001年末までは戦力を削られながらも生き残っていたのだ。

壊滅状態になったとしても、すぐに再編されるだろう。考えるまでもなく、その解に辿り着いた。

 現時点で衛士は63名が生き残っており、治療のために後方へ下げられた人数を差し引いた45名が万全の状態で帰還している。つまり、すぐに再編されるとなると増強大隊程度の戦力があるということになる。

 

「こんにちは~」

 

 TF-403に割り当てられたエプロンで作業をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。手をひらひらとさせながら現れたのは、出撃前にも来ていた遠乃少尉だった。あの時一緒にいた兵藤少尉の姿は見えないが、振っていない方の手には経口補水液が2つ握られていた。

 

「こんにちは」

 

 エプロンに降り立った時には除染を行ってはいるものの、見えない装甲の裏には小さいながらもBETAの破片が挟まっていることがある。簡易マスクと手袋をしながらそれを取り除いている時に、遠乃少尉が来たのだ。

 

「ありゃ? 自分でやってるの?」

 

「整備兵はA-01から借りているのと、機体の状態がいいので後回しなんですよ。簡単な点検をしたら、A-01の方に行っちゃいました」

 

「だから自分で破片除去をしてるんだね」

 

 飲む? と差し出された経口補水液を受け取るために手袋を外し、俺は休憩に入ることにした。久留里に戻ってきてすぐに始めたものだから、満足に休んでいないのだ。

 近くに置かれている弾薬コンテナに腰掛け、近くの保守部品に腰を降ろした遠乃少尉の方を見る。

彼女は既に経口補水液を飲み始めており、空を見上げて遠い目をしながらストローを吸っていた。

 

「ねぇ、白銀くん。君的にはどうだったかな、今回の戦闘は」

 

 どういう意図で聞いていたのか分からない問だったが、俺は素直に答える。

 

「国連軍側は一度撤退しているものの、ときがわ戦域でBETAを殲滅できたのは僥倖だったと思いますよ。もしかしたら、川越まで退いていたかもしれないですから。帝国軍はかなり頑張ったようですね。富士教導団が主力だった、ということもあるのかもしれません」

 

「同感」

 

 それだけ答えると、もう一度空を見上げる。

 既に日も暮れて久しく、作業用照明が辺りを照らしている。小さい星明かりは見えないが、月や強い光を放つ星は見えていた。

 

「……私たちの中隊は白銀くんを編成に加えていたからか、幸いにもKIAが出なかったんだ。でも、他の部隊では少なからず戦死者が出てる。分かってはいたし、覚悟もできていたけど、やっぱり辛いなぁって」

 

「……それが戦場ですからね」

 

 冷たく突き放すような答えを言ってしまうが、優しい言葉等求めているとは思えなかった。

遠乃少尉は少し笑い、言葉を続ける。

 

「直也が負傷したの。光線級吶喊から戻って、防衛線に復帰してからのことなんだけどね。担当したエリアで戦ってたんだけど、当然のように予想よりも多くのBETAが来たの」

 

 遠乃少尉の話はこうだ。防衛線で小隊別行動を取っていた時、死体の影から飛び出した要撃級が彼女を狙っており、気づいた兵藤少尉が咄嗟に彼女を庇ったということだった。体当たりしたものだから、右肩部装甲ブロックは破損。右腕の動きの鈍くなった。そして、破片が管制ユニットを直撃し、揺さぶられた兵藤少尉は頭部挫傷。

血は流しているものの、戦闘続行可能と判断されたために圧力注射で鎮痛剤の注入と応急キットでガーゼを当てたという。

そのような状態で戦っていたが、戦闘機動に耐えることはできずに、帰還後機内で気絶。緊急搬送されたという。ヴィリヴェー中隊での主だった負傷者は兵藤少尉だけだったらしいが、それが遠乃少尉に心のダメージを与えてしまったのだという。

 

「直也は彼氏なの。だから私を庇ってくれたのは嬉しかったんだけど、そのことについて市村大尉から言われたの。戦場で私情は捨てろ、って」

 

「……」

 

 俺は答えることができなかった。この世界にやってきてからは違うかもしれないが、前の世界では私情に塗れて戦っていた。

 飲み終わった経口補水液の容器を握り潰し、俺は小さく答えた。

 

「どう答えたものか分からないです。遠乃少尉の気持ちも分かりますし、市村大尉の思いも分かります。分かっているから、遠乃少尉がモヤモヤしているというのも。ですが、これだけは言えます。兵藤少尉が生きているのならいいじゃないですか。過去を後悔するよりも、未来を見るべきだと俺は思います」

 

「白銀くん……」

 

 俺の返事に遠乃少尉はそれ以上何も問うことはなかった。飲み終えた容器をくしゃりと握ると、もう行くねとだけ言って保守部品から飛び降りてA-01のエプロンの方へと行ってしまった。

 見えなくなった彼女の背中から視線を外すと、俺はもう一度星空を見上げる。

 衛士をしていれば、人が傷付いたり死ぬところに立ち会うのはよくあることなのだ。それが誰かを庇ってなのか、小さいミスからなのかは様々ある。それを身を以て経験しているからこそ、彼女の気持ちはある程度理解できたんだと思う。

助けてもらえて嬉しかった、自分のために危ないことをして欲しくない。そんな言葉が聞き慣れた声で聞こえてた気がした。

 

「寝る前に終わらせちまおう」

 

 脳裏に浮かぶ赤毛の少女の笑顔にチョップをかまし、横に置いていた手袋を付け直す。いつ出撃命令が下ってもいいように、今できる限りの万全な状態にしておくためだ。

俺は1人、静かなエプロンで愛機に取り付いて作業を再開するのだった。

 


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