Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域]
BETAが秩父に接近してきたのは、機上待機を交代してから10時間程経ってからのことだった。休憩に入って、強化装備のままお手洗いや給水をしていると、急報が入ったのだ。
師団規模のBETA群が八ヶ岳・天狗岳を越え、御座山、諏訪山と東進を続けているという。また、南下も同時進行しているらしいという情報もあった。
これに対するは、秩父戦域に展開している国連軍2個戦術機甲連隊と地上戦力で対処することを司令部から命令が下された。
こうして戦闘が開始された訳ではあるのだが、国連軍司令部の作戦配置に問題があった。
俺たちの配置されている秩父戦域は山と山に囲まれた谷に位置しており、松本から東進するBETA群は両神山を越えてからは秩父方面に視界が開ける。
一度侵攻されたこともあってか、BETAの侵攻路の山岳地帯は掘削と面制圧によって、かなり標高が落ちているからだ。
つまり、本来であれば自然の要害となるはずだった山岳地帯は、奇しくもBETAによって有利な状況を作り出してしまっていた。そして、この事実に国連軍司令部は気付いていなかった。
A-01を通して再三連絡したのだが、そのような事実はないの一点張り。これにより、実力による配置転換もできない八方塞がりな状況のまま防衛戦へと突入することとなったのだった。
『オーディン1よりA-01に告ぐ! 秩父市街戦域を放棄し、残存国連軍部隊と共にときがわまで後退する!』
『HQよりA-01! 何をしている!! 持ち場を離れることは重大な軍規違反並びに敵前逃亡であるぞ!!』
『頭の弱い司令部の命令なぞ聞いていられるか!!』
A-01の連隊長を兼任している第1大隊の崎山 健三中佐が国連軍司令部の指揮下から外れ、そのまま後方に控えていた防衛線まで後退したのだ。
これまでの間にA-01は2個中隊半を撃墜されており、全ての機体がKIAしていた。その他にも同じ戦域に配置されていた国連軍部隊も半数が失われており、本来であればまだ保てたであろう戦域を司令部の失策でいたずらに兵力を失っただけになったのだ。
ときがわまで後退した国連軍残存部隊は、そのまま東松山と日高を結ぶ防衛線に合流。第1防衛線の山岳地帯に配置することとなったのだ。
『テュールズ、エイルズは全滅。その他中隊にも幾らか撃墜が出たか……』
撤退の殿を務めた俺は、撃墜された友軍機の確認を全て済ませていた。
基本的に撃墜された機体の大半は光線属種の攻撃によるものだった。管制ユニットが融解、ごっそりと消え去っていた。
撃墜された機体からXM3の残骸を発見される訳にはいかないため、夕呼先生からは破壊任務が言い渡されていたが、その必要もないものがほとんどだった。
光線級によるもの以外だったとしても、残る全ては突撃級や要撃級に潰された後、戦車級によってバラバラに食い散らかされてたということもあり、破壊する必要もない状態になっていたのだ。
全てのKIAを目視で確認した俺は、殿を共に努めたヴィリヴェー中隊と遅れてときがわ戦域に後退することができた。
1戦を交えた後ではあったのだが、A-01の空気は久留里や奥多摩から秩父に移った直後とは全く違う様子に変わっていた。
『もう2個中隊もやられるなんてな』
『やめてよ……どうしてよ……』
『別にテュールズもエイルズもA-01の中では精鋭だったんだ。それが一度にあんなやられ方するなんて』
テュール中隊・エイル中隊は日本人ばかりで構成されているA-01の中で、珍しく多国籍な部隊だった。極東国連軍の中から選ばれた衛士ばかりで構成されていたということもあるが、日本帝国籍の外国人も中には存在していた。国内では少し訳ありとして処理されがちな衛士を集めたということもあるのだが、彼らはかなり士気が高い部隊でもあったのだ。
そんな中隊が、連隊長のオーディン中隊やその他新任少尉たちが配属されている中隊を逃がすためだったり、救出のためだったり。BETA梯団を受け止める受け皿になったりもした。だからか全滅するのは必然だったのかもしれない。
その他にも新任少尉やそれなりの経験を積んでいる衛士も撃墜されてしまっていた。その事実を受け止め切れていないのは、未だに生き残っている新任少尉らだったのだ。
『お前らいい加減にしろ!! これが戦場なんだよ!! グジグジ言ってる暇なんてねぇんだよ!!』
そんな新任少尉を見かねてか、どこかの部隊の中尉が怒鳴った。
『中々出撃命令を出さない博士に業を煮やしてただろうが!! お前らの待ちに待った実戦で、仲間が何十人と消えたくらいでメソメソしてんなよ!! 当たり前なんだよ、これが実戦で最前線なんだよ!!』
言い方は酷い。それでも真剣さは伝わる。俺が今までに掛けられた言葉とは違う、別の重みを感じた。
『運が良いとか悪いとか、熟練とか新任とか、そんなモノはBETAの前では無意味だ。だからお前らは目の前のことだけに集中しろ』
『生きて帰るのよ。そして戦い続けるの。皆の生き様を、私たちが語り継がなくちゃいけないの。いい?』
次々と先任たちが恐怖に慄く新任少尉たちに言葉を投げかける。
出かかった言葉を押し込めた俺は、並ぶバストアップウィンドウを見てから戦域データリンクを確認する。
重金属雲からは脱出していることもあってか、周囲の部隊とのデータリンクは正常に接続できている状況にあった。それによって、最前線での状況が逐一更新されていく。
いち早く進展があったのはやはり秩父戦域だった。戦闘部隊の大部分がときがわまで撤退してしまったこともあり、BETA群は秩父市街東部を早々に突破。分厚い山間部からの砲撃によって、それなりに削ることができたという報告は入ってきている。
ときがわに展開しているのは、秩父から後退してきたA-01と一個増強大隊規模。地上戦力も、市街地でゲリラ戦を行う予定だった機械化歩兵が1個大隊残すのみとなっている。
『レジメント・リードより連隊各機。命令を下す』
戦術データリンクによって、現在俺たちが展開しているときがわ戦域のマップデータが表示された。現在確認できている友軍戦力は秩父から撤退しただけとなっており、山や丘に隠れる形で分散配置されている。
BETAの進路は山間部を通過して、真っ直ぐときがわに向かってくる予想だ。
また、帝国軍が展開している南部に向かったBETA梯団はそのまま南下を続けており、既に戦闘状態に突入しているという。これを支援するため、日高以南の国連軍は帝国軍の支援を開始したとのこと。
これによって、国連軍は東松山・ときがわ・日高の部隊だけで師団規模BETA群に対処しなければならなくなっていた。
BETA群を効率よく被害を最小限に留めて殲滅する方法を模索した、東松山・日高の国連軍司令部は、限られた火力と装備を用いた防衛戦を強いられていた戦場の教訓を活かすことを決断。予備部隊は控えさせるものの、砲撃と航空戦力による面制圧を主目的にした作戦を提案することとなった。
司令部が欠員の出ていない戦術機甲中隊に対し、
『我々はときがわ戦域でBETA群を受け止める。後続の光線属種を引き摺り出し、光線級吶喊を行う部隊の露払いを行う。これには1個大隊を当て、残りの部隊でBETA前衛の足止めを行う。露払いは伊藤の大隊に任せる。ある程度のところまで誘導が完了次第、俺たちの方に合流しろ』
『了解』
『伊藤大尉の大隊をα2とし、陽動に残る俺たちをα1とする。α1は各中隊に別れ、後方の機甲部隊と協力し遅滞戦闘を行う。できる限りときがわにBETAを引きつけ、この戦域での面制圧を目指す』
マップデータが変わり、西北西からアイコンが進み出る。
『極東国連軍いわき基地から、B-52戦略爆撃中隊によるときがわ戦域に絨毯爆撃を行う。この時までに、南方に進出したBETA梯団に光線級が確認されていないか、帝国軍によって排除されていることを前提としている』
36個のアイコンがときがわ戦域を旋回し、北東方面へと飛び去る。
『絨毯爆撃と砲兵による面制圧の後、遅滞戦闘を行っていた部隊は攻勢に打って出る。残敵掃討を行いながら、可能な限り前線を押し返す』
崎山大佐の希望というよりも、国連軍司令部の希望としては秩父以西まで取り戻したい様子ではある。しかし、十中八九その希望は通らないだろう。
予備作戦も無論用意している。
もし、帝国軍が甲府で光線級の排除ができなかった場合、ときがわへ飛来する戦略爆撃中隊は光線級の餌食になるのだ。
現状、南下中のBETA梯団に光線級は確認されていないため、恐らくではあるが作戦は可能であろうというのが司令部の見解だ。
戦略爆撃中隊が壊滅してしまった場合、司令部は東松山と日高の放棄して常総あたりまで後退し、態勢を立て直すことになる。
帝国側としては、この失敗した場合に起きることはできるだけ避けたいところだ。
何故なら、西日本からの避難民や国内の生産拠点等を北関東や東北に一時的に移し、東南アジアやオセアニアへ疎開させる用意をしているところだったからだ。これらが壊滅してしまうと、帝国は立ち行かなくなってしまう。
そうなれば帝国は低下した国力を回復する術を全て失うことになるのだ。
帝国軍は南下するBETA梯団に対し、富士教導団の一隊が挺身突撃隊として突入。光線級の存在を目視で確認するらしい。
今回のBETA攻勢は、奇しくも国連軍の働きによって帝国のこれからが決まってしまうのだ。
※※※
[同年同月同日 ときがわ戦域北部]
国連軍による光線級吶喊は失敗に終わった。突入したF-15Cの1個中隊は、BETA群中衛ですり潰されてしまったからだ。横っ腹を突いたつもりが、タイミングが早すぎたのだ。
光線級はBETA群でも後衛に位置しているからだった。
『ハイクライムスが全滅!?』
『CPより戦域に展開中の戦術機甲部隊へ。現在、光線級吶喊第二波の部隊選定を行っている。遅滞戦闘に集中せよ』
光線級吶喊第一波を行ったハイクライム中隊の反応が消失したのだ。
谷間を転々と移動しながら聞こえてくる通信は、どれも悲痛なものばかり。戦力が圧倒的に足りていない状況な上、捻出した戦術機中隊は全滅したからだ。
ジリジリと前線が押されつつあり、遅滞戦闘を行っていたとしても、これではすり潰されるのも時間の問題だった。
『どうするんだよ!! あっちには光線級吶喊ができる部隊は残っているのか?!』
『司令部は検討中だ』
CP将校も定型句ばかりの返答する。恐らくHQでもCPでも混乱を起こしているのだろう。
山間部での光線級吶喊。野戦で行うものよりもかなり成功例の多いものだったからだ。
ハイクライム中隊も相当な精鋭の中隊だったのだろう。それが光線級集団に到達することなく全滅してしまうことは、誰が想像しただろうか。
誰かしらは想像していただろう。BETAとの戦闘でポジティブなことを考えてはいけない。その圧倒的な物量に押しつぶされてしまうからだ。
「40301よりオーディン1」
『こちらオーディン1。40301どうした?』
俺は通信を開き、谷を通過する要撃級と戦車級の集団にバースト射撃を行いながら進言した。
「光線級吶喊には俺が向かいます」
『なっ……?! 40301、それは認められない。どれほどの数がいるのかも確認できていない状況だ。そんな中、師団規模BETA群後衛に単機突入することを許せると思うか?』
「では、俺たちで行きましょう」
この状況をひっくり返すのならば、ハイクライム中隊よりも高練度な部隊が任務を請け負わなければならない。
そう考えるならば、他の部隊と比べて比較的損害の出ていないA-01が引き受ける他ないのだ。
『しかし、俺たちはここで遅滞戦闘をしなければならない。東松山と日高に余剰戦力はなく、A-01から抜けた部隊分を補充する余力は残っていないんだ』
崎山中佐の言う通りなのだ。現在のこの戦線もではあるが、余剰戦力は満足に残っていない。予備機程度ならばあるだろうが、操縦する衛士の数は足りていないのだ。
だが手がない訳ではない。
「A-01からどこかの中隊の抜けた穴は、どれだけ持たせることができますか?」
『……恐らく1時間も持たないだろう』
「それくらいあれば十分ですよ」
俺は考え出した案を口にした。
「俺と1個中隊は戦線から突出。BETA群を飛び越えて、直接光線級集団を叩きます」
『っ?!』
あんぐりと口を開けて驚いてすぐ、いつもの表情に戻した崎山中佐は決断を下した。
『……分かった』
「ありがとうございます」
『しかし……できるんだな?』
「やるんですよ」
『そうか。……これよりヴィリヴェーズは40301と共に光線級殲滅に向かえ』
『「了解」』
崎山中佐のバストアップウィンドウが閉じるのと同時に、入れ替わるように別のバストアップウィンドウが開かれる。IDは『 A-01 vilive-01 』と表示されていた。
ヴィリヴェー中隊はどちらかと言うと後衛向きの部隊だ。通常戦闘時では俺と相性がいいかもしれないが、光線級吶喊となると話は別だ。
俺を前衛に置き、中隊がその後ろと後衛を務める陣形になるだろうと思うが、敵中を進むのであれば全周警戒をしなければならない。もしかしたら、側面攻撃で後衛が削られる可能性があるのだ。
『ヴィリヴェー1より40301。我々はハイクライムスとは違う進路を執る。それに相違ないな?』
気品のある話し方をする、歌舞伎をやっていたならば女形をしていそうな衛士がヴィリヴェー中隊の中隊長を務める市村大尉だ。
「40301よりヴィリヴェー1。基本方針は先程オーディン1に伝えた通りです」
『怖気づいたつもりはない。しかし、可能なのか?』
「短時間で光線級吶喊を完遂するのならば、ショートカットするしかありません」
『……了解した。ヴィリヴェー1より中隊各機。集合した後、そのままBETA群先鋒に突撃を敢行する』
「40301よりヴィリヴェーズへ。隊の一番槍は俺が務めます。この時、皆さんにはお願いしたいことあります」
手早くマップデータに予定進路を入力し、戦術データリンクに更新する。
「基本的に突撃後は、着地点以外には攻撃をしないように。また、後衛は前衛の通った地点を通過しフォローをしながら進んでください。極力、噴射跳躍と噴射地表面滑走を使いながら進みます。BETAの死骸は光線級の盾に、取り付かれる個体と足場のみへの攻撃だけです」
オープン通信がざわつく。
『……本気か?』
「本気ですよ」
再度市村大尉が尋ねてくる。俺はそれに真面目に答えた。
『……分かった。聞いての通りだ。40301を頂点に置いた楔壱型、光線級集団を目指す』
戦線は徐々に後退しつつある。速やかに光線級を排除しなければ防衛線が持たない。
「40301よりヴィリヴェーズへ。全機我に続け!」
『『『了解!』』』
防衛線から飛び出した戦術機中隊は、向かい来るBETA群に対し無謀とも言える吶喊を開始したのだった。