Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年8月16日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]
00ユニットの製作をできるだけ進めておこうなんて考えて、アタシしか入ることのできない部屋で作業を終えた。
グレイ・ナインがなければ量子電導脳は製作できない。最も、アタシの手元にはナインはおろかG元素自体がない。現在のG元素保有国はアメリカだけということもあり、政治的取引で手に入れることも難しいだろう。現在、凄乃皇を製造するためにXG-70bとXG-70dをオルタネイティヴ4の権限で接収するために交渉中でもあるのだ。これ以上アメリカに要求するには何かしら貸しを作るか、アメリカから取り上げる最もな理由を作るしかない。しかし現状、アタシにそれをする手立てはないのだ。
G元素を手に入れる手段はある。それに、これは決めていたことでもある。
前の世界通りにBETAの侵攻を許し、G元素が生成されるハイヴを建造させる。横浜と佐渡島を明け渡すのだ。
BETAの好きにさせるつもりは毛頭ない。だが、これも確実に手に入れるのならば仕方のないこと。アタシは人類を救うためならば鬼にでも悪魔にでもなる。神だって殺してみせる。
それと、オルタネイティヴ5推進派やオルタネイティヴ4反対派の好きにさせるつもりもない。だから、横浜ハイヴ攻略時にG弾を落とさせるつもりもない。
自分他数人しか入室することのできない執務室に入ると、数日しかいないがいつもと違う雰囲気を感じ取った。
「……いるんでしょ、鎧衣」
「おや、バレていましたか」
棚の影から姿を現したのは、今どきあまり手の入らない上質なスーツに身を包んだ壮年の男。自称帝国の犬であり、帝国情報省外務二課 課長の鎧衣 左近。食えない男だ。
「本日も相変わらずお美しいですな、香月博士」
「はいはいアリガト。……それで要件は?」
「いつもならば食ってかかるとまではいかないまでも、悪態を吐くところではありませんか? 流されるとさしもの鎧衣 左近、傷つきますぞ」
「御託はいいわ」
「……アメリカ政府との交渉はほとんど確定のところまでは取り付けました。現在、"バージニア"では1機が倉庫から出されて分解中。もう1機は凍結解除申請中とのこと」
「確定なんでしょうね?」
「勿論ですとも。私がこの目で確認してきました。それと"アーリントン"から"ノーフォーク"への輸送部隊の手配、第2艦隊の船団護衛任務も確認しています。しかし、ひと押し足りませんですなぁ。分解中のものは分解整備という建前で行われております」
「奴らの目的は?」
「1998年7月14日。帝国軍白陵基地から、予定にない戦術機が1機出撃しましてね。どうやら京都を目指したそうですな。しかも見慣れぬ機体、見慣れぬ装備ときたもんです」
「そ。アタシは研究室に籠もっていたからね、そんなことがあったなんて知らないわ」
「おや、そうですか? ではこの話はどうです? BETA本土上陸から京都まで、各戦場で目撃されたF-15Jの話。いつも単機で現れ、1機で戦術機部隊並みの働きをして姿を消す。他のF-15Jはおろか、最新鋭の戦術機ですら再現不可能な機動制御は衛士の腕か。もしくは、機体に何か秘密でも? 上陸が確認された次の日、白陵基地からは輸送機が飛び立ってましたな。積載していたのはF-15。はて、このF-15は一体なんだったのでしょうな」
「知る訳ないでしょ、アタシが」
大ぴらに動いていたことが全て、アタシが手を引いていると帝国は睨んでいるのだろう。F-15Jの話は全て、白銀のF-15C Extraのことなのだ。
「それは残念です。計画の専任部隊に、新しい部隊が設置されたと聞いていたものですから、てっきりその部隊の機体なのかと」
「機体はないわよ。部隊は設置したけどペーパーユニット、人員をプールするところよ」
「成程。……では知りたいことも知れましたので、私は情報省にでも戻ります。近い内、2機とも輸送ができるといいですな」
鎧衣はそれだけ言い残すと、アタシの机によく分からないこけしのようなものを置いて去ってしまった。
こけしのようなモノを手にとって見てみる。インディアンが作った木造彫刻柱のようなもののようだ。先端の造形が変な顔をしていて気味が悪い。
机の隅にそれを置いて、椅子に腰掛ける。
「ほぼ確定、か」
鎧衣にはオルタネイティヴ4がかなり進んだことを伝えてある。だからこそ、これまでに交渉していたものの接収を進めたようだ。もう少しすれば運び出しも可能になるだろうが、アタシとしては本位ではない。
運び出すのならば、来年の秋前が丁度いいだろう。
※※※
[1998年10月3日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]
A-01のガス抜き以来、特段出撃することもなく定期的に機体を動かしたり、霞と純夏の戦術機カスタムに付き合わされたり、時々A-01相手に演習をしたりしていた。
前線の情報は逐一入っており、徐々に東へ後退を続けているのを歯痒く感じていた。しかし、俺が喚いたところでどうすることもできない。俺が出撃したところで、前線には戦術機が1機増えただけで何ら変わること等ないのだ。
だったら俺のするべきことがあるだろう、と毎日訓練や基地内ではあるが何ら変わらない日常を全力で楽しんだ。
しかしながら、衛士になると張り切っていた純夏だが、自主訓練が功を奏したらしい。いっぱい食べていっぱい働き、いっぱい寝て、いっぱい訓練なんて生活を続けていた。そんな普通の訓練兵ならば体験しないような毎日を過ごしていると、みるみる身体ができあがっていったのだ。
細くてもしなやかな筋肉。いくら走っても余る体力。しかしそれだけである。
幾ら自主訓練をしていても、比べる相手や教官がいなければ満足なものにはならないのだ。
今の純夏はバカだ。だから俺が毎日の自主訓練を俺が見て、かなりキツいものをやらせていたとしても、本人はそれで訓練になっていると本気で思っている。
俺も教官をできる程経験を積んだ訳でもなければ、人に教えるのも上手いと思ったことはない。だから俺は純夏に「訓練部隊に入る準備」と言ってあるのだ。そもそも座学を教えていないしな。
「今期の第207訓練部隊が任官したら、仙台に移設するわ」
「そうなんですか?」
執務室の整理をしていると、夕呼先生がそんなことを言い出した。
最近の夕呼先生は、基本的に暇をしているというか余裕が見て取れる。時々熱が入って、研究に没頭することもあるくらいで、規則正しい生活をしているようなのだ。
床に散らばった資料を片付けながら、俺は夕呼先生の話に耳を傾ける。
「そーよ。前線が岐阜まで後退して時間が経っているの」
「……長野に入れば侵攻が停滞しますね」
「えぇ。そうしたらアメリカが日米安全保障条約を一方的に破棄して在日米軍を引き上げるわ。既にその動きは捉えているのよ」
「歴史は繰り返す……使い方は違いますが、オルタネイティヴ4を遂行するためには必要なことですよね」
「アメリカを敵に回しておくには、もう少し日本で戦力を削って欲しいところではあるのだけれど、そうも工作できないから仕方ないのよ。前の世界でも、アタシは工作して失敗したし」
「そうだったんですね……」
既に岐阜以西はBETAの手に落ちているのだ。現在は中部の3軍と関東全域・東北から捻出された帝国軍が前線で攻防を繰り広げているんだとか。
帝国軍司令部を松代に移してから、そこそこ時間が経っているという。
「関東にBETAが入ってから、A-01を出すって話覚えてる?」
「覚えてます。ずっと出さないのも内外的に問題あるんですよね?」
カタカタとパソコンに何かを入力しながら、夕呼先生はそんなことを切り出した。もうそろそろ準備をしなければならないのだろうか。片付ける手を休めることなく、00ユニットに関連する資料を見た。
「その時にTF-403も出撃よ。これまでとは違って、A-01に同行」
「単独行動じゃないんですね」
「当たり前よ。関東圏での戦闘は帝国軍と国連軍がごちゃごちゃになって戦うの。司令部は別々でも、担当戦域がとっ散らかってて結局どこのHQからの指示も受けることになるわ。アンタみたいな不審機体、速攻序盤に手空きの部隊に囲まれて連行よ」
「酷い……」
「ま、アンタも知っての通り、関東圏での戦闘は多摩川絶対防衛戦で守りきれる」
その理由が、恐らくA-01の投入なのだろうか。それまで度重なる防衛戦で疲弊と摩耗を繰り返している前線部隊にとって、損傷のほとんどない連隊規模の戦術機甲部隊は頼もしい増援なのだ。
「早いとこ、アタシの手駒はまとめて置きたい、ってのがA-01に伝える内容」
「指揮系統が独立してますからね、A-01って」
「……それとアンタには他に頼みたいことがあるのよ」
「頼みたいこと?」
「そ」
「いつもの奴ですか?」
「んな訳ないでしょ。いや、それもあるけど、わざわざ頼まなくてもアンタは見せつけてくるに決まってるわ。……アンタに頼むのは、撃墜されたA-01の戦術機の爆破よ。そうでなければ、CPUと電源ユニットのある部分を破壊するだけでもいいわ」
悪びれることもなく、夕呼先生は言い放った。
「と言っても、やるのは戦闘が終わった後よ。アンタは単独ないし残存A-01部隊と共に、撃墜機体の捜索と破壊をするだけ」
「そこまでして帝国と国連にXM3を渡さない、と」
「今はまだね。興味をできるだけ惹いて、カードを切る。今はまだその時ではないの」
夕呼先生の考えていることは分からない。だが、俺からしてもまだXM3を外に出すには早すぎると思うのだ。
まだもっといいタイミングで、大きなリターンになる使い所がある筈なのだ。それにXM3の開発が止まっているのにも理由がある筈なのだ。俺の機体に搭載されているXM3からは、戦闘後必ずデータの吸い出しが行われているが、アレは蓄積データを解析して次のものへ繋げるためだろう。
「今月中には待機命令を出すだろうから、それまでは暇してていいわよ」
「了解」
A-01は極秘部隊だ。存在していることにはなっているが、所属する衛士の素性が明かされることはない。甲21号作戦で凄乃皇弐型と共に佐渡島で自爆した伊隅大尉は、死亡理由を「教導中の事故死」と処理された。前の世界でもあったことだ。あの後も、ヴァルキリーズの先任は次々と亡くなったのだ。きっと同じような内容を遺族に送っていたに違いない。
分かっている。分かっているからこそ、遺体も遺品も焼却処分されることを分かっているからこそ、XM3のために戦って死んだ戦友の亡骸を雑に扱うことができるのだ。
ドキュメントファイルに纏めた書類を閉じながら、俺は近くに落ちていた戦死通知書を見つめた。
※※※
[1998年11月21日 国連軍仙台基地 エプロン]
訓練が予定されていた戦術機部隊が発着することはあれど、ほとんど出入りがないエプロンには世界各地に国連軍があれどここでしか見ることのできない、国連軍仕様の不知火が堂々たる佇まいで整列している。
俺はその列に紛れていた。
『これよりA-01は西関東防衛線へ進発する』
連隊規模の不知火が列を成し、それぞれに搭乗する衛士は険しい表情を浮かべていた。その目に映っているのは、今も侵されんとしている故郷の光景だった。
全員の通信回線で訓示をしているのは、A-01を任されている連隊長。白陵基地やここに引っ越してからも何度か見る機会があったが、こうしてまじまじと顔を見るのも始めてだ。
経験豊富な国連軍の衛士で、元々帝国軍の衛士でもあった。彼もまた、夕呼先生の策略によって国連軍へ転属になった内の1人なのだ。
『光州作戦からこれまで、我々はBETAによって祖国を侵されるのを黙ってみていることしかできなかった。しかし、香月博士はこの怒りをぶつける機会を与えてくださった』
A-01はほとんどが日本人で構成されているが、少なからずBETAによって故郷を追い出された人もいる。だからこその言い回しなのだ。日本人は現在進行系であり、それ以外は過去形。分かっているからこその言葉選びをしている。
『我々は未だ未熟だ。XM3という画期的なOSを頂戴したにも関わらず、発案者・開発者の満足行く程の練度を得られていない。まだA-01たる資格を得ていないのだ。それでも、この実戦に於いてその勇姿を見せろとのご命令だ。ならば応えようではないか。我々はただあぐらをかいて訓練していたのではないことを。関東へ向かい、帰還した我々は誰1人として欠けないことを』
夕呼先生はXM3について、自分はCPUと電源ユニットを提供したに過ぎないと伝えている。発案者はオルタネイティヴ4の人間であり、開発も同じく夕呼先生の部下が作ったことになっているのだ。そして、その双方がA-01の技能について満足していないことも。
技術者畑の人間が実戦のなんたるかを知っているのかと憤慨するところかもしれないが、彼らは夕呼先生の言を知っているのだ。技術者でありながらも、実戦を考慮した上で無茶なことを言う。できないのかと挑発するのだ。それを彼らは見返えそうと奮起していた。
『今回の任務はTF-403も加わり、不甲斐ない我々のために力を貸してくれる。我々は試されていることも心しておくように』
CPから一斉に出撃命令が下る。
『A-01、出撃!!』
109機の不知火が一斉に飛び上がり、仙台の空を埋め尽くす。目標は国連軍館山基地。東北から捻出された国連軍部隊が一堂に会する前線基地の1つだ。
A-01から遅れること、俺も彼らの後を追うように噴射跳躍を開始したのだった。