Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14
[1998年8月10日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]
数日の間に分けて行われたA-01との演習も恙無く終わり、6日間戦い続けた不知火は分解整備が行われることになった。
荷解きも終わり、夕呼先生の執務室に居たところでやることのない俺は、ハンガーに来て整備の様子を眺めていた。
演習に関してだが、夕呼先生の評価はハッキリ言って分からない。ただ、A-01の練度に不満があることだけは伝わった。
同型・XM3搭載機である上に、1対12という形式であるのにも関わらず、A-01は全敗したのだ。全ての中隊と戦った後の戦績では、俺の被撃墜は0。小破すらも1回ある程度だった。
一方で、A-01は数的劣勢な上に近接格闘戦で完封されてしまっている。初戦以降も基本的には長刀しか使っていない俺を、彼らは一度も撃墜することができなかったからだ。
A-01内がどのような様子になっているのかは分からない。しかし、いい顔をしない衛士は少なからずいるというのは、何となく察していた。
変態衛士という言葉で片付けることはできるが、条件は同じ相手に中隊で襲いかかっても勝てないからだ。なまじ経験がある精鋭であるが故に、外へ理由付けをしたところで、結局のところ自分に理由があることは理解しているのだ。
「もおおぉぉぉぉーーーっ!! 蓄積データの吸い出しが終わんないよぉ~~~!!」
純夏や霞ならば、先生から何か聞いているかもしれない。
そう思った俺は、キャットウォークの上でラップトップを睨みながら吠えている純夏を見上げた。
見慣れた国連軍C型軍装姿で頭を抱えながら叫ぶ純夏は、機体のハードディスクに保存されている蓄積データの吸い出し作業をしていた。
装甲板や外装パーツの取り外しが進み、キャットウォークが機体に取り付けられたからだ。
作業着姿の整備兵がせわしなく動き回っているが、胸部辺りのキャットウォークにはアビオニクス系を弄る整備兵しか使わない。今回は管制ユニットの点検は既に終わっているからだ。また、アビオニクスを点検する整備兵は頭部モジュールの方に取り付いており、レーダーやセンサーに付きっきりになっているのだ。
整備兵に混じって軍装姿のままキーキー叫んでいるのは純夏だけで、整備兵たちはそんな彼女に意を介さない様子で黙々と整備を進めていた。
そんな彼女を邪魔したら悪いと思い、霞を探す。
どうやら不知火の分解整備に霞は参加していないらしく、辺りを見渡して見ると、隅に置かれたデスクに腰掛けているのが見えた。
俺はそちらに向かい、霞の腰掛ける椅子の隣に座った。
「よぉ、霞」
「……こんにちは、白銀さん」
淡々と返事を返してきた霞だったが、俺の顔を見ることはない。どうやらラップトップの画面に集中しているようだ。
当然ではあるが、俺には何をしているのか分からない。深く聞いたところで理解できるか分からないので、俺は早速本題に入ることにした。
「霞はA-01について何か聞いているか? 今回や前回の演習についてや、XM3に関わることでいいんだ。何かあるか?」
霞は俺の顔を一度見ると、ラップトップに視線を戻す。
元々表情の多い娘ではないが、それなりに長い付き合いになってきている。少しばかりの顔の動きや仕草、雰囲気で何となく読み取ることができるようにはなっていた。
忙しい時に俺が話しかけてきたことには、特に不快や不満は思っていない様子。画面の方に視線が戻ったのは、解答に困っているからか、もしくは頭の中で整理しているかのどれかだ。答える気がない、ということもあり得ないように思えた。
「……XM3は評判がよく、部隊の生存率の向上にも繋がったことは、白銀さんも知っていることだと思います」
「そうだな。光州作戦時に投入された2個大隊の被撃墜機数は27。内1個大隊がXM3を搭載した不知火を乗機にしていて、それに限れは4機。36分の4は異常な数字だ」
「……はい。また、XM3の売りである『先行入力』・『キャンセル』・『コンボ』の機能を使いこなすため、日夜特訓を重ねていると聞いています。XM3を円滑に動作させるために導入された新型CPUや電源ユニットによる副次効果として『即応性3割増し』から得られるものから、より繊細な入力と機動制御を行うことによって、売りを全て理解せずに運用している衛士が多いのも事実としてあります」
「それは考えられたことでもあるよな。一応、配備する際に注意されていることだと思うんだけど?」
「……マニュアルにも記載されていることがらですから、繰り返し読み込んでいるのならば頭に入っている筈です。CPUと電源ユニットによる恩恵がXM3の長所ではない、と。皆さん頭では理解しているようですが、それを身体に反映されていないんです。意識的にXM3を使おうとしているのは大尉以上の中隊長や大隊長と新任衛士だけ。それ以外の衛士は何かしらを全く使用していない状態にあります」
「ナルホドな。XM3については分かった。A-01自体はどうなんだ?」
俺がそう言うと、霞はタイピングしていた手を止めた。何かあったのだろうかと言葉を待つが、返事はすぐに帰ってくる。
「……白銀さんの思惑通り、とは行かなかったみたいです。光州作戦後と、今回の演習で意識が変わったのは、先程も言ったように大尉以上の人と新任衛士だけです。それ以外の方は白銀さんに対して敵愾心を燃やしているものの、白銀さんに殲滅されてしまった理由をXM3を使い熟せていないことだとは思っていないようです。あくまで皆さんはXM3を使い熟せており、白銀さんに破れたのは白銀さんの乗機を不知火とは別物だと考えていること。そして、白銀さん自身が経験の浅い新任であることからくる幸運ではないかと思っているようです。今回の演習で通信ができたこと、白銀さんの声を聞いて年少者と判断したことが理由となるようです」
つまりはこうだ。自分たちは上手く使えているつもりであり、自分たちの敗因は俺が不知火の革を被った別物の上等な機体に乗っている、もしくは俺のビギナーズラックだ、と思っているらしい。
確かに演習の直前、相手から俺のことを貶めるような発言はあった。それを諌める中隊長や大隊長の声も毎回聞いている。そして、全ての部隊に言えることだが、XM3を十分に扱うことができれば回避できた攻撃も回避できていなかった。
「……博士はA-01に招集、再度A-01に対する再訓練を命じました」
演習結果を見て判断したのだろう。まさか隊長を通して連絡する手段は取らず、自らが彼らに命じたのだ。強い反発は想像に容易いが、それも込でやったのだろう。
「……A-01から反発は少しありましたが、概ね従っているようです。再度座学から見直し、シミュレータから訓練、実機演習は当分先になるようです。そのため現在、A-01の不知火は大規模分解整備を行っています」
実機で訓練を行わないのならば、使うのが当分先である不知火の分解整備が行われるのも頷ける。前の世界では12機だけだったこともあり、分解整備を行うにしても大した工期を取ることはなかった。しかし今は連隊規模を抱えるA-01だ。108機の戦術機を整備するには時間が必要になる。
「……これと同時にA-01に対してのみ、白銀さんの存在が知らされました。今まで演習で相手にしていた単機の吹雪、不知火の衛士の存在と、その所属もです」
「このタイミングでか?」
「……はい。今後、A-01と白銀さんは何らかの形で共闘する可能性があるのではないか、と考えられます。連携を円滑に行うことと万が一の場合に備えてのことだと思います」
夕呼先生が何を考えているのか分からない。俺はまだ14になったところだ。そんな少年兵と言える衛士の存在を公にしてしまえば、オルタネイティヴ4と夕呼先生の立場が悪くなる。
しかしながら、オルタネイティヴ3の件を考えれば世論の風当たりが悪くなるというだけで、結局極秘計画である性質上、関連組織に情報を開示したところで大した問題にはならないのだろう。
「どの程度の情報開示だったんだ?」
「……白銀さんの氏名、所属部隊、経歴くらいです。経歴に関して言えばほとんどがダミーになります。一応、第207訓練部隊卒ということになっていますが、帝国軍ではなく国連軍になっています。前の世界の情報のままではありますが、現在のA-01に配属される新任少尉の全員が帝国軍第207訓練部隊卒です。確認のしようがありませんし、白銀さんのデータの機密レベルは高く設定されています。その他にXM3発案・開発衛士、光州作戦・本州防衛戦参加、その他の戦歴は閲覧不可です」
「表面だけ見れば精鋭だな……」
苦笑いをして返す。
「……ですが階級は少尉、任官から1年経っていないです。また、TF-403は極秘不正規部隊であり、白銀さんはその最期の生き残りということになっています。皆さん、複雑そうにしていました」
「複雑かもしれないな……」
その話自体、俺自身が複雑に感じてしまうのだ。
TF-403は極秘不正規部隊であり、俺は最期の生き残り。まるで"ヴァルキリーズ"のようだ。
不安気に俺の顔を覗き込む霞に、俺は努めて明るくリアクションした。
「でもまぁ、間違っちゃないし、俺は元々TF-403に1人の衛士だ!! 最も、基本的には夕呼先生の小間使だしな」
「……そうですね」
「そこは否定してくれ!!」
ハッと思い辺りを見渡して見たが、よく考えたら俺たちの話している内容はかなり機密レベルの高いものだ。万が一聞かれでもしたら、不味いことになるかもしれない。
「……気にしなくても大丈夫です。この喧騒の中ならば聞かれません。それに、ここには盗聴器の類いはない筈です。博士が調べさせてましたから」
「そうか。サンキュー、霞」
「……どういたしまして」
少し視線を反らして、キャットウォークの上にいるであろう純夏の方に目を向ける。
どうやら蓄積データの吸い出し作業は終わったらしく、今度はそのままアビオニクス系の点検を始めているようだ。ハードウェアは整備兵に任せ、ソフトウェアの方を見ている様子。変わらずラップトップの画面を注視しており、その表情は真剣だった。
「……これまでの任務」
「ん?」
「……これまでの任務でも分かっていたことです」
タイピングしていた霞の手は止まっており、しかし視線は画面に向けたままポツリと言葉を漏らす。
「……TF-403はオルタネイティヴ4のための任務ならば何でも遂行する部隊です。そうA-01にも説明されました」
「そう、だな。今の処、単機で激戦区だけどな」
「……激戦区なのはA-01も同じです。ですが、白銀さんは"単機"です。僚機もいなければ、部隊もいない。CP将校すらいません。光州作戦ではいきなり潜入任務。幸い、後ろ暗いところではなかったようですが、今後はそういった部隊への潜入も考えられます」
霞の言っていることは、俺にも想像できていた。いきなり光州作戦で潜入任務、同陣営の別部隊に身分を偽って入り込んだ。それがもし、明らかに敵対している陣営の部隊だったならば? 後ろ暗いところのある部隊だったら? そうなった場合、光州作戦の時程上手くいかないだろう。
「……オルタネイティヴ4のための潜入任務や、激戦区での単独行動。それがTF-403に与えられる任務です。それが全て人類の生存と勝利に繋がる足掛かりになります」
確認するように霞は言って続ける。
「……A-01の皆さんにもこのことは伝えられています。A-01では耐えられない任務をTF-403が代わりに受けている、と」
「それは……そうかも知れないが。これまでに受けた任務は、俺でなくても問題なかったんじゃないか?」
「……白銀さんでなくてもよかったかも知れません」
「んが」
「……ですが、香月博士の思惑を汲み取って作戦に参加し、帰ってくることができるのは白銀さんだけです」
俺は察しの悪い方ではあるのだが、確かに夕呼先生の考えを汲み取って行動できているかもしれない。大陸派遣軍が開ける穴を塞ぐこと。XM3の実戦試験とトライアルを行うこと。帝国に恩を売ること。00ユニット素体候補を探すこと。俺が行動することで、それら任務は完遂されていった。最も、00ユニット素体候補を探すことに関しては、俺自身は見抜けないまでも、一応遂行することができていたようだったが。
それでも、俺はそれだけのことを行った。俺だけにしかできないことをやったのだ。
「俺でなくとも問題ないこともあったが、そうかもしれないな」
「……そんなことありません」
「そうか?」
「……はい」
大きく息を吐く。TF-403の存在理由を考え、自然とそうしてしまった。
元々、俺を身近に置くための方便だった。それを表向きでは、A-01の予備的な扱いする部隊、とされていた。その表向きの理由が、設立した本人の手で変えられてしまっていた。しかし事は悪い方向へと動いてしまっている。片や崩壊すると分かっている作戦への投入、片や様々なタスクを抱えての防衛戦参加。A-01と比べ物にならない程、任務の難易度は高く、それに比例するように生存率は落ちていくのだ。
TF-403はA-01のスケープゴート部隊なのだ。より難易度の高い任務を遂行する、帰還率最低の戦場へ赴かなければならない部隊。
「ま、大丈夫だろ。今後想像できる任務もそう多くないと思う。明星作戦、本土奪還はあるだろう。他には想像したくないが、政治的なものとかある……のか?」
「……分かりません」
「だよなぁ」
「……恐らく異動命令が出ます」
「は?」
霞は唐突に切り出した。俺は思わず呆けてしまったが、すぐに気を引き締める。
仙台に引っ越しした後は休暇ではなくなる、と言っていた。それはA-01との演習が入っていたからとも考えていたが、演習後も音沙汰がなかった。終わったのは昨日の話ではあるが、別に待機だとか言われていない。
「……帝国軍白陵基地です」
「この前引っ越してきたばっかりなんだケド??」
「……私も詳しいことは分かりません。ですが、一時的に白陵基地へ出向することになると思います。これは確実です」
霞は整備されている不知火を見上げ、いつもの調子で話す。
「……いつのことか分かりません。ですが、佐渡島が陥落した後になります」
「分かった」
「……はい」
それだけ言うと、ラップトップを閉じた霞は立ち上がって俺の方を向いた。
「……またね」
「あ、おう、またな」
ラップトップを抱えて格納庫から出ていく後ろ姿を見送り、俺しかいないデスクで独りごちる。
「まだ始まったばかりだ」
※※※
[1998年8月14日 帝国軍長浜仮設基地 屋外ハンガー前]
 あの日、
あの時救出された私、和泉、山城さんの3人は、一時的に恭子様の斯衛軍第3大隊の庇護下に置かれた。私は負傷していなかったが、重傷の山城さんはすぐさま手術が行われ、戦術薬物によってまともな受け答えのできなかった和泉は軍医のところへと連れて行かれた。斯く言う私も、同じく軍医のメディカルチェックを受けることになったのだが。その途中でどうやら眠ってしまったらしい。
そんなところで目を覚ました私に待ち構えていたのは、戦術薬物の投与によって気付くこともなかったことだった。私たちが守っていた嵐山補給基地はBETAによって陥落。斯衛軍第332独立警護中隊は私たち3人の除いて全滅。
後者については、当時の私は重金属雲下でのデータリンク障害で発見できなかったのだと思っていた。だから斯衛本隊に合流すれば如月中尉や、他の生き残りと合流できると考えていたのだ。しかしそれは誤りだった。
如月中尉以下私たちの除く残存機は嵐山補給基地直掩に向かう途中、私たちが通過しようとしていた老ノ坂峠で光線級照射によって全機撃墜されていたことが分かった。
後のことは簡単だ。山城さんは重傷のため、戦列復帰はしばらく無理だと判断されたが、私と和泉は事後処置によって戦線復帰が言い渡された。
第3大隊指揮下の生き残り中隊に編成され、京都防衛戦に再投入。一度実戦を経験した私たちは、新任よりも少しばかりは役に立っただろう。誰かが撃墜され、誰かが補充される。それの繰り返しを目の当たりにしながら、京都で戦った。
「唯依……」
「分かってる。悔しいよ……私は、私たちはまだ、手が届くのに」
「忠道の仇、皆の仇、まだ足りないよ……」
「うん……」
手荷物なんてない。否、私にはお父様から頂いた懐中時計。和泉には彼女の許嫁の写真が入れられたペンダント。それくらいしか物はなかった。支給された斯衛軍の軍装と、少し着ただけの強化装備を持って流れ着いた仮設基地に羽根を下ろした。
和泉は初陣で機内にペンダントを持ち込んでいたが、私は基地に置いてきていた。奪還できた基地の中から見つけ出した懐中時計だけが、それまでの私の歴史を刻んだモノだった。
長らく大津で進退を繰り返していたが、BETA侵攻を抑えきれずに放棄。琵琶湖対岸の長浜に異動してきたのだ。荷物は最小限、そう命令された私たちはそれだけを持って来たのだ。
「……ねぇ、唯依」
「何?」
戦闘時ではない時、和泉は遠くを見る目になることが多くなった。それは初陣前よりも遥かに。
彼女の心中に何が渦巻いているのかは想像に容易い。だが、私はそのことについて聞く気はなかった。私は医者じゃないし、家族でもない。
和泉は私に呟くように言った。
「これからどうなっちゃうんだろう……」
それは私も何度も考えてきたことだった。戦闘時でない時。基地内で食事している時や、寝床で仮眠をしている時。隣に並ぶ友人や知り合って間もない戦友たちの顔を眺めながら。
皆、焦燥し切っていた。目の前で友人を、家族を、愛する人を失っている。そんな中で生き残った、私と同じ学徒兵たち。正規軍人ならば違ったかもしれない。それでも、私たちは満足に訓練も終えていない"学徒兵"なのだ。
京都の街を歩いた時に見かけたことがあった。砲撃でできた穴に、黒い死体袋を放り込んでいる様子を。それを見てか、ふと頭の中に浮かんだフレーズがあった。
「いつからだろう。生者が死者の数を数えるのをやめたのは……」
和泉には聞こえていなかったようだ。
私は切り替えて答えた。
「分からないよ……。でも私たちは斯衛の衛士。だから戦わなくちゃいけない。この国と国民と、皇帝陛下や将軍殿下を守護するのが私たちの任務なんだから」
「そう……だね……」
静かになった和泉は、胸の前で両手を握り込んでいる。十中八九ペンダントを握っている。私はその様子を見て、右のポケットに入れていた懐中時計に布越しに撫でた。