Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 20

[1998年8月1日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務室]

 

 ついさっき運び込まれたコンテナから荷解きをすることもなく、俺と純夏は執務室で部屋の主と相対していた。

 

「さて、引っ越ししてきた訳なんだけども」

 

 そう切り出した夕呼先生は、純夏の目の前に書類を差し出した。何かのリストかと思ったが、どうやら違う様子。

純夏は苦笑いをしながら読み進め、最後まで行き着くと先生に尋ねた。

 

「……なんですかコレ?」

 

「え~。見て分からない?」

 

「いや、分かりますけども……」

 

 書類を見ていない俺からは判断できないが、純夏の関わっている何かだろうか。

 うんうん唸る純夏を横目に、俺は夕呼先生の方に視線を向けた。そうすると、答えるように彼女は話し始めたのだ。

 

「前に話した00ユニット改の件よ」

 

「あぁ。確か、"量子電導インターフェイスユニット"でしたっけ?」

 

「そ。アンタには話したけど、前の世界で使った00ユニット用強化装備をカスタマイズする予定ではあるわ。鑑に見せたのは、00ユニット改についてね。彼女には一切情報を伝えてなかったから、今が初めてになるのかしら」

 

「伝えてなかったんですか……」

 

「仕方ないじゃない。白陵にアンタたちを連れてきてからは、アンタは衛士になるための鍛錬とアタシの小間使。鑑は人間の脳ミソに詰め込めるだけの情報を詰め込んでもらってたんだから。その上に戦術機が弄れるようになっていたり、アンタ同様に基礎訓練を自主的にしていたんだから、教えるタイミングはほとんどなかったのよ」

 

 唇を尖らせ、まるで親に怒られる子どもが言い訳をしているかのように、夕呼先生は純夏に説明しなかった理由を語った。

確かに、純夏は忙しそうにしていたことは覚えている。"疲れた"とかはよく言っていたが、本当に疲れていたからそう言っていたのだ。

 

「それで鑑。内容は見たわね?」

 

「……はい」

 

 書類を見た純夏の表情が少し暗いのは気の所為だろうか。分からないが、強引に聞いたところで恐らく答えてくれないだろう。純夏から書類を受け取った夕呼先生は、そのまま書類に火を付けて煤汚れてない灰皿に置いた。

 

「さて。00ユニット改については、アタシと鑑でやるとして……それ以外のことは白銀にも動いてもらうわ」

 

「というと?」

 

「本土侵攻はまだ終わらないわ。今の所は前の世界と同じように事が動いている。となると、今後起こりうることは想像するまでもなく確定した事実として起きるわ」

 

「……佐渡島と横浜ですか」

 

「そういうこと。後退を続ける三軍に、急に進路変更をするBETA群のために佐渡島へ展開するように言える訳もない。そして、多摩川までBETAには来てもらうことになる」

 

「目的はG元素の確保。凄乃皇の燃料と量子電導脳の制作に必要なんですよね」

 

「えぇ。それに加えて、あまりここで歴史改変をするつもりはないわ」

 

 そういい切った夕呼先生の瞳は、いつもの色が宿っている。つまりそれは、冷徹な心と覚悟を持っていること。日本帝国民3000万人超を引き換えに、10億人を救う極秘計画の責任者としての顔だった。

 俺はそれを見慣れた訳ではない。だが、昔とは違う。どういう思いを持っているのかは、少し位は汲み取ることができるのだ。親友にも開かせなかった秘密を知る俺だからこそ。

 

「……少しは成長したようね」

 

「えぇ。少しは……ですけど」

 

「……前にも言ったと思うけれど、仙台に来た時点でアンタの休暇は終了よ」

 

 次のどこに行けと言われるのだろうか。仙台に来るまでの間、ずっと考えていたことだったが、結局分からなかった。相手は夕呼先生なのだ。俺の予測を軽く飛び越えたことを言ってくることは自明だった。だからこそ、予測できない。

 

「A-01のガス抜き、ヨロシク」

 

「え?」

 

「また、A-01の連中の相手をしてきなさいってコト。前の演習からそこそこ時間が経っているじゃない? いい加減使い物になっているか気になるところだから、適当に揉んで来なさい」

 

「ま、マジかぁ~~~~」

 

「マジよ」

 

 前回のA-01との演習を思い出す。吹雪で1個中隊の不知火と戦う演習だ。幾つも部隊があるから、俺は何回も演習をしなければならない。しかも相手はさしものA-01だ。精鋭の名は伊達ではなく、かなり強い。俺の知っている衛士はわずかどころか伊隅大尉、今は伊隅少尉しかいないが、それでも彼女を育ててきた先達であることは変わりない。

 

「あのー、不知火使っちゃ駄目ですか?」

 

「ん? あー、白陵でアレ見たのね。その件は鑑と社に聞きなさい。私は定期的に上がる報告しか知らないから、詳細は彼女たちしか知らないのよ」

 

「後で聞いときます」

 

 純夏に目配せをすると、丁度こちらを見ていたようで頷いた。

 

「そろそろアタシもやることあるから、アンタたちはしなきゃいけないことをしなさい。また何かあれば呼ぶわ」

 

 夕呼先生はそう言い、俺たちの退出を促す。俺と純夏は揃って執務室を出ていくことにした。

 入り口近くに積み上げられたコンテナはどうするのかを考えながら、近い内に片付けに来なければならないことを頭の片隅に置いておく。

 

※※※

 

[同年同日 国連軍仙台基地 TF-403ハンガー]

 

 TF-403のために用意された格納庫は小さい。A-01と隣合わせに置かれているが、極秘計画の専任部隊であるA-01よりも機密性の高いTF-403のために色々と特殊なセキュリティーが用意されているという。これは引っ越し中に霞から聞いた話ではあるのだが、A-01の人間ならば入ることはできるらしい。しかし、A-01には入場を固く禁じているらしく、佐官であっても入ることはできないという。それでも入場することはできるのだが、入場管理が厳格に行われているため、すぐにバレてMPに連行。即刻営倉に放り込まれるんだとか。

別に大したものは置かれていないと思うんだが、それほどまでに重要視する理由というのも分からない。確かにA-01では活動できない任務を遂行することを目的に設立された部隊ではあるのだが、そもそも構成員は俺だけなのだ。

謎の格納庫と、そこへ出入りする少年という組み合わせはA-01の衛士たちの興味を惹かない訳がない。

 白陵基地にいた時は、第207訓練部隊のハンガー奥を使わせてもらっていた。

あの時は共有しているから訓練兵に興味を持たれるのは仕方なかった。だからいつも機体にはシェードがかけられていたし、見に行こうものなら整備兵から怒られていたという。

今は仙台基地に移ってきたばかりということもあってか、A-01で元気な衛士らは基地内を探検していたようだ。

 

「……どう見ても年下だよな?」

 

「作業着姿だから整備兵でしょ? 新しくウチのところで整備するのかな?」

 

 俺はTF-403のハンガー前で男女の日本人衛士に絡まれていた。2人の胸には衛士徽章(ウィングマーク)がある。

 "あの時"、PXで絡んできた少尉連中とは違い、嫌味な態度や表情は伺えない。ただ興味があるだけのように見える。

 俺は2人を目の前にして言葉が出なかった。それよりも頭の中では別のことを考えていたからだ。

 俺の格好は国連軍の作業着姿だ。上は支給される黒のノースリーブ。下はUNブルーのパンツ。軍靴。夏場にハンガーで整備をしている整備兵となんら変わりのない姿。

しかし腰に巻いているパンツとセットになっている上着には階級章が付いており、2人が見れば俺が少尉であることはすぐに知られてしまう。

 この格好でTF-403の衛士だと言うことも考えた。しかし、夕呼先生からは特に何も言われていない。体外的には先生の付き人のように扱われている。その事実があった上で「そこのハンガーの機体の衛士」とは言えない。

 

「名前、なんて言うの?」

 

 片方の女性衛士がそう尋ねる。

 

「……白銀 武です」

 

「そう、白銀くん。どうしてここに? あなた、A-01の関係者でしょ? このハンガーは立ち入り禁止なんだけど」

 

 女性衛士は襟章から、この2人が少尉であることは分かる。少尉であるということは、A-01で開示されているオルタネイティヴ4の機密情報のレベルも低い筈だ。

 だが、気にすることはない。Need to know、彼らには知る必要のない情報なのだ。

 

「俺はここの立ち入りを許可されているので大丈夫です」

 

「そう、なんだ」

 

 俺は振り返ってハンガーのゲートを潜ろうとする。しかし、背中から女性衛士の声が聞こえた。

 

「ここ、何があるの? ハンガーだから戦術機だと思うんだけど」

 

 また答えにくい質問をしてきた。

 彼女の言う通り、ここには戦術機が収められている。俺の機体だけであり、吹雪や不知火は彼女たちも見慣れたものだろう。しかし、F-14 AN4となると話は別だ。

その機体は夕呼先生が秘密裏に取り寄せた機体で、あの時のA-01でも建造の事実を知らなかった凄乃皇と同じように、教える必要がないと判断されたものなのだ。

一度戦場に出てはいる機体だが、搬出も帰還も人目につかないように配慮されていた。そう考えると、教える必要はないと考えるのが妥当だろう。

だが、あまり秘密にしてしまっても、余計に勘ぐられてしまうこともある。ならば、彼女たちが知っている程度の情報のみを立ち上げて嘘をでっち上げるしかない。

 

「あるのはそちらのハンガーと変わりませんよ。不知火と吹雪が置いてあるだけです」

 

「なるほど。こっちに収まらなかった機体を入れてるんだね! 予備機とかかな?」

 

「そんな感じです」

 

 自分で勝手に解釈してくれたから、余計な誤魔化しをせずに済んだ。

 今度こそゲートを潜り抜け、TF-403のハンガーに入る。

 A-01のハンガーほど中に整備兵はおらず、俺を加えても10人はいない。8人ほどが不知火に取り付いており、1人だけが足元でラップトップとにらめっこをしていた。

画面を凝視しているのは例に漏れず霞だったが、今の表情は険しくは見えない。

 

「霞~~」

 

「……白銀さん。博士との話はもう良かったのですか?」

 

「おう! さっき終わったところだ。それでなんだが……」

 

 俺は夕呼先生に言われていることを伝える。途中までハンガーに来ていた純夏からは「ハンガーに着いたら説明するから」と言われているものの、彼女が忘れ物をしたとかで自分の部屋に戻ってしまった。

 

「いつかは分からないんだが、A-01との演習があるんだ。それまでの間に不知火を使えるようにできるか?」

 

「……私が整備を統括している訳ではないので、正直分かりません。CPUと電源ユニットの交換、XM3のインストールは既に終わっています」

 

「じゃあ整備の人に聞いてみるよ。サンキュな、霞」

 

「……はい」

 

 不知火を整備しているのは、白陵基地からの顔馴染みだ。俺が戦術機に乗ろうが、何も言わずに完璧な整備をしてくれる優秀な人たち。

 俺が近い内にA-01との演習に不知火を使うことを言うと、2日くらいで稼働できるとだけ教えてもらった。

どうやら電磁伸縮炭素帯の調整や、主機の点検・試運転が終わっていないらしい。それらを全て済んで引き渡せるのが2日後ということらしい。

 

「それにしても博士もやるなぁ。新品でまっさらなら不知火を用意するなんて。愛知直送だったぞ」

 

「そうみたいですね。白陵で見た時は塗装もまだだったようですが」

 

「あぁ。あの時は組み立てで精一杯だったからなァ。こっちに来てから本格調整だ」

 

 UNブルーに塗装された不知火を見上げながら、壮年の整備兵は油まみれの顔を拭く。

 装甲板の塗装はこっちに着いてからすぐに行われたようで、組付けはさっき行われたばかりだという。

装甲板を外していたのなら、先に電磁伸縮炭素帯の調整をすればよかったのだが、A-01と共用のものらしく、どうやら調整に必要な器具の調達に時間がかかったらしい。

だから多少前後はするが、できることを進めていたという。

 

「それにしてもお前さん、F-15はどうした?」

 

「あ、あぁー」

 

 そういえばこの整備兵は、俺のF-15C Extraの整備もしていた人物だ。本土防衛に出たっきり戻ってこないとなると、心配するのも仕方ない。

 

「京都で撃墜されまして……爆破処分してきました」

 

「ったく。博士から好きにイジっていいって言われてた機体だから、皆好き勝手やってたのによぉ。……まぁ、お前さんの命の方が大事だ。しょうがない」

 

「ははは……」

 

 確か霞が主導でカスタマイズしていた、という話だったのだが、どうやらそうでもなかったのかもしれない。

 

「霞ちゃんのお願いを聞いていたばっかりだったがな!! ガハハハハハ!!!!」

 

 というのは思い違いで、本当に霞が率先して改造をしていたようだ。

 機械油の臭いが染みた手で、俺の頭を乱暴に撫でると、一言俺に言った。

 

「よく帰ってきたな」

 

「……はい」

 

「あの機体は役に立ったか?」

 

「えぇ」

 

「オンボロもやっぱり役に立つじゃねーか」

 

 そう言い残すと、整備兵は不知火に取り付いている他の整備兵に檄を飛ばす。

 

「お前ら、さっさと整備進めろ!! またA-01をぶっ飛ばしてくるってよォ!!」

 

 ヤイノヤイノと野次が飛んでくるが、俺は苦笑いを浮かべて、先達たちのA-01の精強さを思い出して冷や汗を浮かべた。

 


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