Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 19

 

[1998年7月24日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 電算室]

 

 夕呼先生の執務室で寝てしまった俺は、早朝に目を覚ました。俺が寝てしまった後、誰も執務室に来なかったようだった。結局起きるまで俺は執務室の床で転がっていた。

 硬い床で寝たためにあちこち痛い体を起こし、俺は寝ぼけ眼になりながらも昨日のことを思い出した。

 これまでのオルタネイティヴ4の動きは、前回とは違い加速度的に事が進んでいる。そして、夕呼先生は00ユニットの改善案を用意していた。詳しいことは俺には分からない。それでもオルタネイティヴ4を実行することは、BETAに人類の戦略情報を流すという意味では大博打に等しい。俺の予測ではあるが、今回の世界でも甲1号、新疆ウイグル自治区のカシュガルにあるオリジナルハイヴへの侵攻作戦は立案・実行される筈だ。00ユニットの影響をなるべく減らすために。

 シャワーも浴びずに、床に寝転がって寝ていたことを思い出した俺は、シャワー室に駆け込んで身嗜みを整える。

 執務室から帰った後にする予定だったことも、大急ぎで片付けた俺は、朝食も食べずに電算室に行くことにした。純夏は何故か知らないが、電算室やハンガーに居ることが多い。そうでなければ、やっと確保された官舎の部屋。家もそうだったが、こっちに来てからも俺と純夏の部屋は隣同士。俺の部屋を出てすぐに、純夏の部屋がある。

 まだ起床ラッパも聞こえないような早い時間に目が覚めた俺だったが、色々していたら結局起床ラッパが聞こえて久しい時間になっていたのだ。純夏が寝坊していなければ、いつもいる場所にいるだろう。当たりを付けた俺は、近い電算室から覗いてみることにしたのだ。

 煌々と照明が転倒している電算室は、数人の技師の他に見慣れた後ろ姿があった。

 

「よぉ」

 

「あ」

 

 俺の顔を見てアホ面を晒している、赤毛の少女。純夏は何やら難しいコードを打ち込んでいるコンピュータから視線を外し、俺の顔を見上げていた。

 その頭を小突くと再起動したのか、特徴的なアホ毛を稲妻形に変形させる。

 

「何すんのさ!!」

 

「わはは!! 俺の顔を見て呆けている純夏が悪い!!」

 

「バカ!」

 

「ごめんごめん」

 

 そんなやり取りをして、俺は空いている隣の椅子を引き出して腰掛けた。

 

「ただいま」

 

「……おかえり」

 

 そう言うとそっぽ向き、画面に視線を戻す。

 何やら気付いたら機械の虫になっている純夏だが、これも夕呼先生に言われていることだから仕方ないのかもしれない。量子電導脳だった過去の能力を使い、生身としてもそれ相応の知識や頭の回転を要求されたのだ。

戦術機に乗る、と言い出して久しいが、衛士を目指してかなり時間も経っている。自主訓練も続けているので、俺には及ばないまでも訓練兵としてはそこそこのところまで来ているだろう。

 そんな純夏の横顔を眺めた俺は、とりあえずこれまでのことを話し始める前に、礼を言うことにした。結局、甲賀基地で秘匿回線を使って話した時も、俺は状況を半分くらいしか理解できていなかった。

 

「"あの時"、助けてくれてありがとう。純夏」

 

「……え?」

 

「霞に聞いたんだ。"それ"使って、なんか感じ取ったんだろ? 俺が撃墜されるって。だから、夕呼先生を説得するために直談判したって聞いた。どんな手を使ってでも、俺がここで脱落するのを阻止するために」

 

「タケルちゃん……」

 

 霞が助けに来た時、俺は諦めては居なかったが、冷静に自分の状況を分析していた。助かる見込みは低い、そう考えていたのだ。だから山城少尉を救出してから、全員で徒歩行軍。篁少尉が行くと言っていた、斯衛本隊合流に付いていくつもりだったのだ。それでも駄目なら、あの3人を見捨てて俺だけでも、どこか友軍がいるところまで逃げるつもりだった。だがそれは俺の心が許さなかった。すぐそこに救えるのに、見捨てるなんて。道中、そんな場面は幾つもあった。京都に至るまでに、そのほとんどを切り捨ててきたというのに。

だから霞がF-14 AN4に乗って現れた時は、心底驚いたのだ。何故霞が、今このタイミングで戦術機に乗って京都に来たのか。

 

「オマエじゃなくて、霞が乗ってきたっていうのは締まらなかったけどな。……だからありがとう」

 

「うん。どういたしまして」

 

「本当に助かったよ」

 

 そう言って話題を切り替える。今度は、俺が防衛戦に参加している間、純夏は何をしていたのかを聞く。

 

「それで、純夏は俺がいない間に何をしてたんだ?」

 

「え? あー、いつもと変わらないよ? タケルちゃんに教えてもらった訓練やって、こことハンガーを行ったり来たり。目が回りそうで大変、とまではいかないかなぁ?」

 

「いつもと変わらねぇ……。それ以外は?」

 

「んー……あ、整備する機体がなくなっちゃったからさ、第207訓練部隊の訓練機の整備を手伝ったりしてたよ? 私たちが来る前に1機駄目にしたらしいんだけど、代わりの機体が入ってきたから、そっちの整備を手伝ったりとか」

 

 純夏は相変わらず、整備の手伝いもしているようだ。そもそもアビオニクス系がいじれるようになった純夏は、霞について俺のXM3搭載機の整備をしていた。基本的にはTF-403やまりもちゃんの機体だけだったが、その範囲は広がりつつあると言う。

A-01の整備の手が足りない時には、時々整備班に頼まれて手伝っていることもある、と純夏は言っていた。何だかんだ言って、衛士になるより先に整備兵になる方が先な気がしなくもない。

 

「今思い出したんだけど、第207訓練部隊の撃震にXM3が搭載されたよ。香月先生の指示だけど、今期の訓練兵からXM3の戦術機になるって」

 

「そう言えば4月辺りにそんなこと言ってたなぁ……。というか訓練機になった奴って、まりもちゃんの旧OSが載ってた撃震じゃね?」

 

「多分そうだね。神宮寺先生の撃震は2機あったけど、今は1機になってるからさ」

 

 話しながらでも手を動かしていた純夏の手が止まる。どうやら作業が終わったらしい。

 

「よし、っと!! ん~~~~!! 終わったあぁぁぁ!!」

 

「お疲れー。この後どうするんだ?」

 

 俺は電算室で純夏を見つけたから、とりあえずすることはない。夕呼先生に呼ばれてもないからな。

 

「これから朝ごはん? 起き抜けで来たから、お腹減っちゃって……」

 

「おう、なら俺も付き合うぜ!」

 

「何、まだ食べてなかったの?」

 

 コンピュータの電源を落とし、データを保存したハードディスクと書類やペンをドキュメントファイルに入れた純夏は立ち上がった。

 俺もそれに呼応するように立ち上がる

 

「向こうじゃずっと戦闘糧食ばっかりだったからな。クソ不味いもんばっかり食って参ってたんだよ。それに昨日帰ってきてからは、夕呼先生に呼び出されてずっとそっちだったし。あの惨状を見たら、帰れなくなってなぁ」

 

「あー……今執務室汚いもんね……」

 

「おう。んで、執務室の床で寝ちまった。早起きしなきゃ、夕呼先生に踏みつけられるところだったぜ」

 

「ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くよ~~~」

 

「悪い悪い、疲れてたからなぁ」

 

 そんな話をしながら俺たちは電算室を離れ、PXへと向かった。

 

※※※

 

[同年同月同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 純夏と朝食を食べ終わると、そのまま一緒にハンガーへと向かった。どうやら霞がここにいるらしい。純夏のアホ毛が遂にレーダーになったのかと思ったのだが、どうやら彼女と同じく行く場所は少ないという。

 忙しなく整備兵が動き回るハンガー内では、帰還して間もない俺の吹雪の整備が行われていた。整備兵の人波に紛れて、背の低い特徴的な銀髪とツインテールが揺れているのが見えた。

 

「おはよー、霞ぃー」

 

「おはよう、霞ちゃん!」

 

 俺たちが霞に近づいても気付く気配はなく、ラップトップとにらめっこを続けていた。吹雪の管制ユニットから伸びるコードは、キャットウォークにあるコンソールと整備兵が囲んでい見ているラップトップ、そして霞のラップトップに繋がれていた。

どうやらデータの吸い出し作業か、システムチェックでもしているのだろう。あまり表情が豊かではない霞も、この作業にはかなり真剣な雰囲気を周囲に撒き散らしていた。

そんな霞に俺たちが声をかけると、ハッと顔を上げてうさ耳のような髪飾りをピコピコと動かす。

 

「……おはようございます、純夏さん。おかえりなさい、白銀さん」

 

「うん、おはよー!!」

 

「ただいま、霞」

 

 簡単な挨拶だけを交わし、純夏が霞のラップトップを覗き込む。

 バカだとは思っていたんだが、流石に慣れた様子で画面を見る純夏。ここで「分かんない」なんてことは言わないだろう、そんなことを考えつつも自分の愛機を見上げる。

 外装の擦り傷は増え、塗装ハゲも大きくなった吹雪。元々帝国軍塗装が施されていたが、いよいよ塗装の剥げた部分は鈍い銀色が照明を反射している。エッジ部分に至っては削れて変形していたり、欠けているところもある程だ。その状態から、それほど激しい戦闘をしていたということになるだろう。

 近くでカタカタとキーボードを叩く霞が、小さく息を吐いて手を止めた。

 

「……純夏さん」

 

「何?」

 

「……機動データの精査は終わったんですか?」

 

「あ」

 

 純夏は慌てて持っていたハードディスクを霞に渡す。どうやらハンガーに来た用事は、霞へ物を届けるためだったらしい。

 霞は小さく礼を言うと、手早くハードディスクをラップトップに接続し、作業を再開させる。俺にとっては何をしているのかさっぱり分からないが、霞と純夏は理解しているのだろう。畑が違うのなら分からないのも当然だが、ここは俺の出る幕ではなさそうだった。

 ふとTF-403のハンガー、第207訓練部隊用の戦術機ハンガーの奥に目を向ける。並んでいるのは、部隊を分けるように配置されたまりもちゃんの撃震。その左から入り口に向かって、訓練機が並んでいる。俺が見上げている吹雪を見上げ、そのまま右へと視線を向ける先には、F-14 AN4が機体を覆うようにシェードが掛けられている。そして、本来であればそこにあった筈のF-15C Extraはもうない。

TF-403のために確保されたハンガーは4つ。俺が出撃するまでは1つが空いていたが、どうもF-14 AN4の隣にシェードの掛けられた機体がもう1機あった。

 俺はそちらの方に歩き出し、機体の確認をする。そもそもTF-403は俺しか編成されている衛士、軍人がいないのだ。しかし4機分も空きが確保されているのは、F-14 AN4のように用途不明で確保された機体を置くために過ぎないのか、はたまたオルタネイティヴ4直属の夕呼先生の息が直接かかった機体を置いていくためなのか余分に用意されていたのだ。

 シェードを全て剥がすことはせず、足元からペラっと捲って中に入って見上げる。見えるのは、俺のよく知る機体だった。

 

「不知火……」

 

 まだ外装が新品なのか、塗装も施されていない不知火がそこに佇んでいたのだ。置かれている場所から察するに、この機体は俺の機体だ。

 足首の関節に近づいてよく見てみると、どうやら外装だけではなく機体そのものが新品だった。稼働させたことによる擦れもなく、綺麗な状態だったからだ。

 シェードを潜って外に出ると、再び機体を見上げる。

 この機体を用意したのは夕呼先生だ。そして用意された機体がオンボロの中古品でもなければ、どこかでホコリを被ってモスボールされていた訳でもない新品の機体。ということはつまり、この機体を使うような状況が発生するということに他ならない。

また無理難題を吹っかけられるのだろうな、などを考えて目を閉じる。そして思い出した。

 

「あ……」

 

「どしたの、タケルちゃん?」

 

 丁度純夏が近くに来ていたようで、俺の間抜けな声を聞いて疑問符を文字通り頭上に浮かべた彼女の顔を見て俺は駆け出した。

 夕呼先生は仙台へ引っ越しをすると言っていた。もう既にその準備は済んでおり、オルタネイティヴ4の基幹部の移設も進んでいるとまで。ということは、早ければ今日中にも引っ越しが始まる。ハンガーにはその様子は見られないが、その気になれば数時間で準備も整うだろう。ならばしなければならないのは先生の執務室の整理と、俺の部屋の準備だけだ。俺の部屋はまだしも、執務室の惨状は未だ健在で、俺は半ば睡魔に負けて寝てしまったのだ。

 

「ちょ、どこに行くのタケルちゃ~~~~ん?!」

 

「執務室!! 片付けさっさとやんねぇと!!」

 

 そんな捨て台詞とハンガーに残し、俺は執務室を目指した。

 

「……引っ越しは月末なんだけどなぁ」

 

 純夏の言葉も聞こえる筈がなく、俺はゆっくりやっても間に合う執務室の片付けを必死の形相で行っていた、と後に夕呼先生は言っていた。まだ6日も余裕あるのにねぇ、と優雅にコーヒーを飲みながら言われたのは、全ての書類の片付けが済み、コンテナを入り口近くの壁に積み上げた後のことだった。

 


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