Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年7月23日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]
真田大尉らに別れを告げ甲賀基地に向かった俺は、俺の到着を待っていた輸送機に機体ごと搭乗。そのまま白陵基地に帰還した。どうやら夕呼先生から帰還命令が出たようなのだ。
それまでの疲れを癒やすが如く客室で惰眠を貪り、白陵基地の滑走路に降り立った。
その後は大変の一言に尽きた。吹雪を早急にハンガーへ片付けた後、管制ユニット内の掃除を行う。それが終われば、荷物とゴミを持って機密区画に行き、そこで身辺整理。ゴミの片づけ、帝国軍の制服や強化装備の片付け等々を済ませる。
そうしたならば、今度は夕呼先生から執務室に来るように言われていたので、執務室に出向いた。
「あら、おかえり」
「ただいまです。……えっと」
「……なによ」
「この状況は一体?」
「あー、アンタなら何となく分かるんじゃない?」
執務室へ入って、俺は足を止めてしまったのだ。それは俺が出撃する前に片付けさせられていた執務室が、見るも無残に荒らされていたこと。そしてこの部屋の主は、荒れた中の一角でコンテナを組み立てていたのだ。
夕呼先生から分かるだろうと言われて、考えを巡らせる。別に深く考える必要もなく、俺でなくとも分かることなのですぐに気付くことができた。
「引っ越しの準備ですか?」
「そうよ。もう少ししたらここも最前線。アンタを本土侵攻に放り込んだせいで、アタシもリアルタイムで戦況は把握しているわ。前回は大慌てで準備したものだから、今回は余裕を持って事に当たっているワケ」
「……そうですよね」
コンテナを組み立て終わった彼女は、そこにポイポイと書類の束を放り込んでいく。見てられなかったということもあってか、俺がコンテナの方に行くとあっさりとそれを渡し、自分はソファーの方へ行ってしまった。
「既に仙台の方に拠点を移す準備は済んでるの。オルタネイティヴ4の基幹部は全て移設予定だし、もう始まっているわ」
「それで中枢メンバーでないと閲覧不可な書類を自分で片付けていたんですね」
「そうとも言えるわね。ただ白銀にやらせるつもりだったし、暇だったからアタシが主に扱うものはもう済んでいるわ」
指差した方向には、既に積み上がっているコンテナが幾つかある。そこには重要書類が収められているだろう。
「今残っているのは、あまり関係ない資料もあったりするもの。分別と整理が面倒だからね。こっちに来てから任せていた白銀にやらせようと思ったんだけれど、少し考え事をする時はこうやって自分でやっていたのよ」
「いや、自分でやってください」
「嫌よ。……それでアンタに帰るように言ってから、社と鑑にも引っ越しの準備は始めさせているわ。昨日のことだし、もう終わってるんじゃない?」
「そうっすか……」
コーヒーカップを片手に高みの見物、といった様子の夕呼先生を尻目に片付けを引き継ぐ。
いや確かに、こっちに来てからはこういったのを俺にやらせていたが、帰ってきたその日にやらせるものだろうか。そんなことを考えはするものの、相手はかの香月 夕呼だ。彼女ならやらせる。間違いなく。
そんなことを頭の中で考えながらも、手を動かし続ける。しかしながら慣れたもので、みるみる内に書類の分別とドキュメントケースに収めてコンテナに入れていくのは進んでいく。
「霞や純夏にはやらせなかったんですね」
「社にやらせるのはなんかね。それに鑑はやってくれるって言ったんだけど、アンタが撃墜されてからは電算室とハンガー以外には自分の部屋しかいかなくなったもの」
そう口を尖らせる夕呼先生に苦笑いを向ける。おそらく副官等には任せられなかったのだろう。書類を持ってこさせたりはするものの、そもそもこの執務室はセキュリティレベルがかなり高い。それこそ、本来は彼女しか入れない程なのだ。しかしここに簡単に出入りできる俺や霞、純夏は特別であり、その特別である所以がオルタネイティヴ4中枢メンバーであるからに他ならないのだ。
「で、オルタネイティヴ4がどこまで進んでいるかなんだけど」
「この流れでする話じゃない?!」
書類が散乱する執務室で、夕呼先生は淡々と語った。
「とりあえずメインプランは変わらず、BETAに対する諜報戦を仕掛ける。これは国連のお偉方や帝国政府に話したことと変わらないわ」
「ですが俺たちは世界を渡っています。正直聞いてませんが、地球上の全ハイヴデータとBETAの配置図は手に入っているんですか?」
「無論。ただ、鑑は覚えていなかったし書き出せなかった。鑑が認知できる範囲で覚えられなかったの。アンタもよく分かってんじゃない?」
「えぇ。純夏はバカですから」
「そう、鑑はバカ。だから膨大なデータを覚えられなかった。でも、鑑の脳は別よ。彼女の海馬には前の世界で得られた情報が保存されていたの」
俺は思わず手を止めて夕呼先生の方を見てしまう。そんな俺の様子を見ても、彼女は説明を止めなかった。
「幸いにして彼女の脳にある記憶領域は余裕があった。空きスペースにインストールされる形で保存されていて、当然今の彼女にその記憶を見ることはできなかった。当然よね。だって、今の彼女が記憶したものではないんだから。量子電導脳でもないんだし」
「純夏が覚えていなかったのなら、何故先生はそのことが分かったんですか?」
「社が見たのよ。鑑の脳に不自然なものが記憶されていたことに」
「……リーディングで見つけたんですね」
「そうよ。それで引き出しを開けてみればビックリ、2001年12月末のBETAとハイヴに関するデータが保存されていたの」
俺は世界を渡った時のことを思いだす。光の世界で漂っていた時、どこからともなく純夏の声が聞こえたのだ。
あの時の純夏は、前の世界の純夏で間違いない。それに言っていたのだ。俺が願ったことを聞いていた。そして、一緒に渡ったのだと。
夕呼先生の前の世界で得たデータが、どこで手に入るのかが分かったことで、話は次へ進んだ。
「そういう訳で、ぶっちゃけオルタネイティヴ4当初の目的である、対BETA諜報活動は
ケラケラと笑い、飲みきったのであろうコーヒーカップを机の上に置いた。
「でも、肝心の00ユニットがない。これじゃ、成功したなんて言えない。だから次の00ユニット製作が必要になるわ」
「ということは、素体候補として一番の純夏を」
「んな訳ないでしょ。ここでアンタが謀反を起こしたら、出処の分からない情報しか残らないわ。それに、その情報も未来のことであって、書き出した社自体の画力のなさや正確性の低さから精度の低いものになるわ。だから、アンタとの利害を一致させなければならない以上、これまでの手段は選べないのよ」
笑いを引っ込めた夕呼先生は、足を組んで話を続けた。
「そこで次なる00ユニット開発を始める必要があった。そもそも一度完成している技術であるから、そこからスピンオフさせるだけでよかった。ということはつまり、"掌サイズの半導体150億個分の並列処理装置"を作り上げる必要があるの」
「ですがそれは前回製作した量子電導脳のことじゃ?」
「そう。あれも"掌サイズの半導体150億個分の並列処理装置"よ。と言っても、掌には収まらない程度に大きい代物になったけどね」
そうだ。前の世界では、純夏の脳幹を量子電導脳に置き換えたのだ。それによって純夏はヒトではなくなり、生物根拠も生体反応も"0"になった。
「だから今度は素体候補に付けるオプションパーツのような形になるわ」
「オプションパーツ?」
「そう。例えば、ヒトに纏わせる、とか。衣類のように着させて、どこかに量子電導脳を装着し、使用している素体候補から生物根拠と生体反応を隠蔽するもの」
「ステルスみたいなものですか」
「それに近いわね」
話をしながらの片付けなので、話が頭に入り辛いかと思っていた。だが、どうやら意外とすんなり聞いていられる。俺自身に予備知識があったからだろう。会話内容自体は難しいものではあるのだが、扱っている分野は俺が関わったものだ。そうなれば、嫌でも覚えることになる。
「量子電導脳の小型化。そして直接接続するのではなく、インターフェイスを噛ませることになる。素体候補専用の装備ということになるわね。これを"00ユニット改"と呼ぶことにしたわ」
「純夏専用の量子電導インターフェイスユニット、みたいな?」
「そんな感じね。最も、前回のものは量産が効かないものだったけど、今回は量産が可能よ。でも今回の00ユニットにも弱点はあるわ」
ODLのことかと考える。量子電導脳の冷却には、脳髄液の代わりにODLと呼ばれるBETA由来反応炉産の液体を使用している。これが劣化することで、量子電導脳のリーディング情報を蓄積し、浄化作業のために反応炉へ戻す必要がある。この浄化作業によって、BETA側へ人類の情報が漏れ出してしまうのだ。
そもそも量子電導脳製造の技術は、ヒトを脳髄だけの状態で生き長らえさせることのできるBETAの技術から派生されたものであって、量子電導脳を稼働させるには必然的にBETAの技術を頼らざるを得ないのだ。
夕呼先生は、00ユニット改の弱点にODLを使用しなければならないことを挙げるのだろうか。少し不安になりながらも、耳を傾ける。
「00ユニット改は専用装備よ。鑑用に作ったものは、鑑にしか使うことができない。搭載される量子電導脳は鑑のESP能力を増幅するもの。それ以外のヒトが使えば、ただの装飾品になるわ。なぜなら、鑑のESP能力を増幅するためだけに調整されるからね」
「ということはODLを使用するということはないんですか?」
「いいえ。結局、ODLは量子電導脳の冷却には必要なの。無論、冷却するということは劣化もするわ。そうなった場合、反応炉を通して浄化作業を行う必要が出てくる。ということは、使用者のリーディング情報がBETAに流出することになるわね」
「素体候補を殺すか殺さないか、という違いしか改良することができなかった、ということですか?」
「そんな訳ないじゃない。量子電導脳を使えばODLは劣化するけれど、それは今までの00ユニットとは違って、感情等に振り回されないのよ。どれだけ使用したとしても、一定の速度で劣化していくわ」
「ガソリンエンジンのエンジンオイルみたいなものですか」
「そんな感じね。より、機械らしくなったということかしらね」
話しながらも動いていた手は休むことはなく、ある程度のところまで片付けは進んだ。夕呼先生が組み立てたコンテナには全て、書類が収められる程度には終わったのだ。
ここら辺で一区切りすることにし、背中を伸ばして軽く動かす。コキコキと音が鳴る腰を抑えながら、今まで座り込んでいた床に視線を落とした。
「さて、一区切りついたようね」
「はい。半分くらいは片付いたんじゃないですか?」
「続きは別の日にでもして頂戴。オルタネイティヴ4の話はここまで。ここからは、アンタの話よ」
床から立ち上がり、夕呼先生の正面のソファーに腰を下ろす。
何度も座ってきたソファーだが、ずっと戦術機のシートに座っていたということもあってか、柔らかいソファーに思わず息が漏れる。
そんな俺をことはお構いなしに、夕呼先生は話し始める。
「今回アンタに課した任務は、帝国軍・斯衛軍の要衝防衛。そう言ったけれど、本当の目的は別にあったの」
「というと?」
「アンタが戦場を渡り歩くことで、よりよい因果を引き寄せる素体を探すこと。これはアタシの方でやっているから、まぁ確認程度で行っていたわ」
やはり、本当の目的は別にあったようだ。
「そして、不審な戦術機とその衛士に興味を持たせること」
それはどういう意味なのだろうか。
「勿論、行く前のアンタに言ったことも目的としてはあったわ。でも優先度は低い。アンタが戦場にいれば、それはアンタが勝手にやってくれることだったからね」
「確かに……」
それは確かにそうだ。九州から渡り歩いた戦場では、結局激戦区であったり要衝にいることが多かった。意識していないだけで、そういったところを転々としていたのだ。
「前者の方は、結果は良好。今後損耗が予想されるA-01の補充として確保しているわ」
「というと、俺みたいによりよい因果を引き寄せる存在を見つけた、ということですか?」
「えぇ。そして後者についても、結果は良好よ。むしろ、アタシの想定以上の成果よ。というかやりすぎ。最初は戦場の都市伝説として語られるに過ぎなかったアンタの話は、実際に遭遇した衛士たちが生き残ることで真実味を帯びて拡散。噂話として帝国軍・斯衛軍・国連軍・在日米軍にまで広がったわ。正直米軍に嗅ぎ付かれるのはもう少し後の方がよかったのだけれど、もう済んでしまったことを悔やんでも仕方ないわ。アンタのF-15C Extraとアンタの第207試験小隊、鉄 大和という名前は広まった。都市伝説から伝説に姿を変えてね」
「伝説に?」
「試験機単機でBETAを狩り尽くす、凄腕の衛士。彼が現れた戦場は、持ちこたえることが難しかったとしても時間稼ぎにはなり、共に戦った衛士はアンタの機動制御を見て刺激を受ける。精鋭ならすぐに気付く筈よ。アンタの操る機体の動きは、自分たちの機体では再現できない、と」
それは当たり前だ。XM3が搭載されている前提の動きなのだから。
「それでどこの誰なのか調べる。所属は帝国軍第207試験小隊。技術廠の試験機を使っている試験部隊だ。ならば詳細を知りたければ、技術廠に連絡をすればいい。こうしてアンタとF-15C Extraは衛士や指揮官らに興味を持たせることができた」
「……トライアルの再現、ですか」
「そうよ。表立って行動できないのは仕方なかったけれど、アンタが所属と名前を偽っていたのは、アタシ専属の機密部隊であればお偉方も納得するからね」
俺が本土侵攻で行っていたのはXM3のトライアルだったのだ。しかしそう考えると、少し引っかかる点が生まれてくる。
「トライアルの再現だったとしたら、何故不知火じゃなかったんですか?」
そう。何故帝国軍を偽ってトライアルをしたのなら、不知火ではなかったのか。帝国の風潮を考えれば、そちらの方が帝国軍としても受け入れ易い筈なのだ。
「帝国軍塗装の
「成程」
つまり、不知火にしてしまうと腕の立つ衛士として処理される可能性もあったのだろう。そして、帝国軍のF-15は調達数が少ない。それ故に戦場での目撃数も少ない。となると、目撃した衛士や兵士たちの記憶に残りやすい、といったところだろうか。
「それと、あんまりアタシが要求するもんだから出し渋られちゃってね。A-01から取り上げてもよかったんだけど、それは止めておいたわ」
「用意できなかっただけかい!!」
本音は用意できなかっただけだったらしい。それならば、京都に再出撃した時のように、吹雪でもよかったのではないだろうか、とも考える。
しかし吹雪だったとしても、それはそれで問題になったかもしれない。そもそも高等練習機ということ。そして、そんな練習機が何故単機で戦場を彷徨いているのか、不自然なものになってしまうからだろう。
「ま、そんなところね。アンタはアタシの意図を知ってか知らずか、要求以上に仕事してくれたわ。とりあえず、出撃は仙台に行くまではないから安心なさい」
「は、はぁ……」
珍しく褒められて拍子抜けするが、仙台まで出撃がないって、それって数日くらいしかないんじゃないだろうか。もしかして、仙台に行くや否や戦場に逆戻りとかそういうのだろう。
聞かなくても分かるこれからの予定を悟り、俺は早めに純夏と霞の顔を見ることを心に決めた。
「これからの出撃は第207試験小隊やら鉄 大和やら偽名を使う必要はないわ。普通に国連軍、白銀 武でいいわよ」
「了解です」
「じゃ、アタシはご飯食べてくるわ」
そう言い残し、スッと立ち上がった夕呼先生は執務室から出て行く。それを見送った俺は大きい溜息を吐いて、ポロリと漏らす。
「……つまり、これからも出撃なんだよなぁ」
そう遠くない未来、また単機で出撃する光景が用意に想像できた俺は、床に大の字になって寝転がった。
ひんやりしていて気持ちいい床に、戦い詰めだった俺の体は急激に睡魔に襲われて、気付いた時には眠ってしまったのだった。