Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年7月22日 新絶対防衛線 西京区]
BETA群の増援、師団規模を撃破した。幸い撃墜も出なかったり、戦闘中に西京区に散っていた友軍が増援に来たりしたため、孤立無援の戦闘にはならなかったのだ。
だが師団規模BETA群を撃破したところで、防衛線の状況は好転しなかった。迫りくるBETAは物量にものを言わせる異星起源種だ。対する、先の侵攻で瓦解した防衛線を立て直して再編された新絶対防衛線は、以前の三重に構えられた防衛線よりも脆弱だったのだ。戦術機や機械化歩兵装甲、砲兵、警備兵や非戦闘員まで、ありとあらゆる兵科の人員が不足した状態での戦闘だったからだ。
割と善戦した西京区だったが、長岡京は食い破られた。前線を維持するため、西京区の戦線は後退。淀川まで全軍後退を余儀なくされたのだ。
『今後の動きについて説明する』
そう切り出したのは、真田大尉だった。今は簡単な整備を受けている最中で、西京区から撤退してきた時に大尉も含めてそれなりにダメージが蓄積されていたのだ。ステータスもオールグリーンとは言わず、システムはどこかしらの変調を訴えている状況でもある。
機体に纏わり付いている整備兵が、機械油で汚れている顔を拭かずに作業を続けている様子を眺めながら、機内での簡単なブリーフィングに集中した。
『司令部は我々に遊弋任務を与えた。いつも通りではあるが、今日は少し訳が違う。防衛線の拡大や、先の戦闘の影響で京都にある推進剤が少なくなっている。バカ食いするコイツの世話をしながらの任務では、機体が統一されていないこともあってか、遊弋を満足に行えないという判断がくだされた。よって俺たちは京都市内限定での遊弋を行うことになっている。担当戦域は御所以西の市街地全域。場合によっては淀川を超えることもあり得る。救出できる友軍は可能な限り救出するつもりだ』
戦術データリンクに部隊内での更新があった。京都市街全域に円が描かれており、そこがウルフ中隊の遊弋範囲になる。
『同時に輸送コンテナの回収や、状態のいい突撃砲・長刀の回収も行うことになっている。よって、各自携帯できる兵装は最低限となる。突撃砲1挺と長刀1本になるが、これは再編中の現状で兵装が行き渡っていない部隊への供出になる。各自状態のいいものを置いていくことだ』
俺は機体に装備されている兵装を確認する。突撃砲が1挺に長刀が2本。背部マウントの長刀を下ろしていくことにする。
『それでは簡易整備後に行動開始。再編された防衛線まで前進する』
『『『「了解」』』』
※※※
遊弋任務は順調に進めていた。輸送コンテナを幾つか見つけて後方へ送り返し、撃墜されたり強制脱出された戦術機からは突撃砲や長刀を拾ったりもした。戦場でゴミ拾いをしている感覚になるが、これをしなければ戦闘中の部隊がたちまち武器を失って数を減らしてしまう。それだけはなんとしても防がなくてはならないのだ。
そんな任務も、時間が経つに連れて必要もなくなってくる。徐々に押し込まれつつあり、西京区からも既に撤退している。中京区や上京区に部隊が密集しており、弾幕が厚くはなっているが、結局のところこの戦域にしか戦力が集中していない。他の放棄された戦域からも続々とBETA群が押し寄せて来ており、迫りくる物量に微力ながらも抗っているような状況だ。
後続のBETA群には、琵琶湖に展開している帝国海軍連合艦隊の艦砲射撃が、京都の砲撃陣地を援護する形で数を減らすことに貢献している。
『これ以上、京都を侵される訳にはいかない!』
『斯衛部隊の助力に感謝する。帝国軍だけでは力不足だ』
『よい。征威大将軍を守護するのが我らの任務。殿下と陛下がおわす帝都に踏み込む異星起源種を黙って見過ごすことはできまい』
『山科の部隊は来れないのか?!』
追い込まれた状況になっても、京都で戦う軍人は皆、何故か弱音をあまり吐かない。
それはウルブズも同じで、俺たち二条城を背に戦っている。しかし俺たちよりも前で戦っている部隊はもういない。先程戦っていた帝国軍部隊がすり潰されてしまったところなのだ。同じ戦域には斯衛軍も戦っており、赤の瑞鶴が率いている中隊が奮戦しているところだ。
正面戦力が2個戦術機甲中隊のみとなると、津波のように押し寄せてくるBETA群には歯も立たない。二条城に残っていた戦力の殆どは、御所守護のために後退させているからだ。
そして司令部からも二条城の放棄を命令されており、殿を務めていたウルブズと斯衛部隊が残っている。
斯衛部隊は先の帝都防衛戦に参加していた正規兵半分と学徒兵半分で構成された部隊だ。京都市を中心に配備されていた戦力ではあるが、絶対防衛線を踏み越えた後は彼らが中心となって戦っていた。あの日、嵐山で孤立した彼女たちもその中に含まれている。
「
『分かっている。……ウルフ1より中隊各機。二条城を先に後退する。タロン1、先に失礼する』
『タロン1より帝国軍へ。すぐに征く』
長髪を後頭部に結った美形の男性衛士だが、涼しい顔をしながら瑞鶴を操っている。
五摂家に近い有力武家出身の衛士だが、二条城で合流して短い時間の間共闘しただけでも分かる程に腕の立つ衛士だった。驕らない性格らしく、全く慢心をしない戦い方ということもあってか、少し臆病な程にも見える。しかし、それがこれまで生き残らせてきた所以なのだろう。
中隊を率いながらも、今回の編成では脱落者が少ないということが、指揮能力の高さから伺える。どこか懐かしい香りのする指揮をするのだ。
俺たちは後ろ髪を引かれながらも、上京中学校まで後退した。
交戦域に入った上京中学校も既に集積物資の搬送が完了しており、補給コンテナだけが置かれている状態になっていた。既に、付近にはBETAとの交戦跡も残されており、数体死体が転がっている。
ここでは突撃砲と長刀の補給を済ませると、データリンクの更新だけを行って御所の正面に集合した。
御所西側には戦術機や機械化装甲歩兵、戦車、警備部隊が集結していた。主に帝国軍・斯衛軍が展開しており、国連軍・在日米軍は御所の周囲に展開している。琵琶湖に展開している第7艦隊の艦載戦術機部隊のF-14Dが、すぐ後ろでフェニックスミサイルを撃っているところだ。
しかしながら、初めてフェニックスミサイルを見たが、あれならば確かに支援砲撃並の攻撃力を持っている。小規模ながらもBETA群を殲滅できていることがその証拠だ。
だがそれでも、圧倒的に数が少ない。様子を見る限り、フェニックスミサイルの搭載数は6発が限界。それを6機小隊で運用しているため、36発が最大射撃量となる。
『米海軍
『第29独立警護中隊、了解。支援感謝する』
飛び去るF-14Dを見流し、御所守護の長をする人物から全体に通信が入る。
『ホーンド1より京都御所に展開する全部隊へ』
バストアップウィンドウに表示されたのは、青色の強化装備を来ている男性衛士だった。
『陛下、殿下は御所をお離れになる。それと同時に我々の撤退をお下知なされた。しかし、我々は最後まで諦めることはない。在日米軍、ならびに国連軍部隊から順次撤退を始めていただきたい。最期まで残るのは
陽も落ち始め、空が茜色に染まる。それは京都が燃えているからだけではなく、もう少しで夜になる頃だ。戦い始めて7時間は経っている。それだけ経っているのに、不思議と喉の乾きや空腹感はあまり感じられない。
これから暗くなっていくと、その闇が戦闘に支障をきたすようになる。街が燃えているから、幾らかマシかもしれない。それでも、日中の戦闘よりも危険であることに変わりない。
『……ブレイブ1了解。
『スパルタン1了解。ただ、ギリギリまでいさせて欲しい。日本は私たちの第2の故郷なんだ』
『貴官らの助力に心からの感謝を。其方らの振るった武勇、誠に素晴らしかった。散った同胞も誇らし気に見ていることであろう』
ホーンド1の衛士は、戦闘指揮を執りながら米軍と国連軍を見送ると、残された部隊にも指令を下す。
『ホーンド1より帝国軍並びに斯衛軍部隊へ。機械化装甲歩兵部隊は機甲部隊と警備部隊を護衛しながら後退すること。帝国軍の戦術機部隊はもう少し付き合ってもらうぞ。彼らの撤退が完了する頃には、米海軍がもう一度来る。F-14Dを護衛しながら後退したまえ。殿は我らが務める。さぁ、行け!!』
それは事実上、帝都放棄の命令だった。この京都に留まっている部隊は、御所を守護している俺たちしか残されていない。正真正銘、最期の防衛部隊だったのだ。残された戦術機も多くなく、負け戦は目に見えていた。それでも、できる限り帝都を永らえさせるために戦った。
次々と機甲部隊や警備部隊が機械化装甲歩兵部隊に守られながら撤収していくのを眺めながら、九州からこれまでの戦闘を振り返る。
初動が台風の影響で失敗していた。それ故に九州では防衛線構築もままならないまま、民間人を守りながら戦うことになった。俺が踏み込んだ戦場は関門海峡が近かったからか、逃げ遅れた人は少ない。それでも戦闘地域を集団で歩いていたり、自動車で移動している民間人は何度も見かけたのだ。そんな中を戦った。
中国地方では、撤退できた九州地方の部隊と一丸となって戦った。それでも食い止めることはできなかった。天然の要害となる筈だった中国山地も、想定されていた程に力を発揮することはなかったのだ。
戦略的要衝を幾つも失いながら、最後の防衛線では西日本の全戦力を投入した総力戦だった。一番深く関わったのも、この防衛戦だった気がする。
『今一度の踏ん張り処、各員奮励努力せよ!』
喝を入れられた、御所に集まる40機余りの戦術機は、迫り来るBETAの津波を睨み付けた。
※※※
ジョリー・ロジャースが再度京都に到着する。その頃には、もう御所に突撃級が侵入しているような状況だった。陽もすっかり落ち、空を街を燃やす炎が照らす。暗い影は熱線映像を見ながら、なるべく撃墜された機体や炎を見ないようにする。
『こちらセイバー1。クソッタレのBETAがうじゃうじゃいる所為で、発射位置まで近付けない!
米海軍の衛士に言われなくても分かっている。できるだけ守っている京都御所への籠城を選択した俺たちだったが、数分前にはBETAによって退路を塞がれてしまったのだ。
退路を確保しようとも、削れに削れて今や残存戦術機は20機もいない。俺の所属するウルフ中隊も、もう中隊と言っていい程にも戦力は残っていないのだ。真田大尉ら指揮官3人と俺、もう1人だけ。後の帝国軍機は全て撃墜されてしまい、他の戦術機は斯衛軍の瑞鶴ばかりだ。
『ホーンド1よりセイバー1。予定発射地点からでなくてもよい。できるだけ近付いて撃ってくれ』
『セイバー1了解。行くぜ、野郎共ォォォ!!! フェニックス……発射ァァァァァァ!!!!』
セイバー隊がフェニックスミサイルを撃ったのは、予定射撃地点からかなり後方の地点。元々長射程ミサイルということと、重金属雲濃度が低下しているこの戦場では、その機能を十全に扱うことができるからだった。軌道衛星のGPS誘導を受けた36発のフェニックスミサイルは、白い尾を引きながら御所の正面で炸裂。子爆弾をばら撒きながら捲れ上がったコンクリートに刺さった。散らばった子爆弾は次々に炸裂していき、後続のBETA群を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。
『
『ウルフ1より帝国軍機へ。これより山科を抜け、琵琶湖まで撤退する。俺たちの役目はここまでだ』
俺と隣の吹雪が跳躍態勢に入る。だが近くの壱型丙は動こうとしない。
「ウルフ9よりウルフ1! ホーンド1の命令です!! 撤退しましょう!!」
『ウルフ1よりウルフ6、9。俺たちはここに残る』
射撃体勢のまま、頭部モジュールだけをこちらに向ける。体液に塗れ、右の角が折れた不知火は跳躍ユニットに火を入れないのだ。
データリンクを通し、何故逃げないのかが分かった。もう壱型丙に推進剤が僅かしか残されていないのだ。それは他の指揮官機も同じで、何かしら欠損していて逃げられる状態だと言うのに、逃げるだけの推進剤は残されていなかったのだ。
「推進剤が……」
『あぁそうだ。だから俺たちは、御所を守って九段へ逝く』
「大尉!!」
ウルフ6の衛士も小隊長たちに逃げるよう言うが、誰も聞きやしない。そうこうしていると、ジョリー・ロジャーズは山科を抜けて琵琶湖へと飛び去ってしまい、京都にはもう俺たちしか残されていなかった。
『ホーンド1よりウルフ1。何故斯様なことを申さなかった』
『は。コイツはじゃじゃ馬な上に、大食らいと来た。俺たちが節約していれば、他の戦術機は好きなように動ける。それに白銀、ウルフ9の動きをご覧になったかと思います』
まさか……。
『ウルフ9の動きに制限をしてしまえば、戦線維持に支障が出ましょう。奴には全力で戦ってもらった訳です』
ただでさえ高機動をする俺の推進剤消費が激しいからと、自分たちは抑えて戦闘をしていたのか。
『成程。ならば、共に戦おうか。帝国の狼よ』
『『『応!』』』
『ウルフ6・9。其方らは引け』
ここで躊躇してしまうのは、俺が部隊に留まり過ぎたからだろうか。操縦桿を握りしめ、歯を食いしばる。自分の決断の弱さが恨めしい。しかしそれでも、九州からここまで俺は見捨ててきたのだ。衛士や他の軍人、そして民間人さえも。それは俺の目的、俺たちの目的のために。俺がここで退場するのを良しとしないからだ。
『聞いているか、ウルフ9』
「……はい」
ウルフ6の衛士。俺よりも少し年上の男性衛士だ。彼も握り込む操縦桿に力んでいるのだろう。震える声で続けたのだ。
『俺は残る』
「……え?」
『死にたかねぇが……死ぬつもりもねぇ。それは大尉たちも同じだ。だから、最後まで一緒に戦う。抗命なんかクソ喰らえ。多分、明日の俺がどうにかしているだろうな』
そういい、ウルフ6は大尉らに言ったのだ。
『ウルフ6よりウルフ1。俺は引かないです。最後までここでBETAを殺してから、一緒に帰りましょう』
『……ウルフ6』
ここで感情に流されては駄目だ。残りたいと訴える感情と、身の安全を確保するために今琵琶湖に引くという理性が喧嘩をする。だが、俺はこれまで理性的に生きてこれたことがあまりなかった。
だからだろう。俺の感情が勝ってしまったのだ。
「ウルフ9よりウルフ1。俺も残ります」
『ウルフ9お前は……』
「死ぬつもりはないです。ホーンド1、そうですよね?」
『うむ。そのつもりはないな。戦場で散ることが美徳とは思わん』
「ならそういうことです。俺もそう思いません」
再び戦列に戻った俺は、突撃砲を構えてBETAに対峙する。もう言ってしまった。腹は元より決まっている。ならば実行するのみ。ここまで、相変わらず夕呼先生の真意は分からないが、可能な限り戦って生き残ればいい話なのだ。それの方が簡単で分かりやすい。
『閣下。頃合いにございます。お下知を』
オープン回線に入ってきた人物に心当たりがある。しかし、どこか雰囲気が違うように思える。その考えはすぐに頭の隅に追いやった。
今一度集結した残存戦術機に、ホーンド1が号令を出す。
『うむ。───皆の者、これが最期の攻勢ぞ。殿を預かる我が斯衛と帝国の戦い、この千年の都に刻み付けて征け!!』
※※※
[同年同月23日 帝国軍大津基地]
燃え盛る帝都から、俺たちは撤退できた。ジョリーロジャースの撤退から何とかBETAを押し留め、琵琶湖からの艦砲射撃でとどめを刺す方法を取った。結果的に、突撃級・要撃級・戦車級など主だった戦術機に対抗できるBETAは撃破し、要塞級は砲撃によって吹き飛んだ。その他、兵士級や闘士級は瓦礫の下や配管等に残されたため、撃破することを断念し撤退することとなった。
撤退できたのは10機にも満たない。第29独立警護中隊からは5機。ホーンド1や、見覚えのある雰囲気を持った赤い瑞鶴の衛士を含んだ5人。帝国軍は真田大尉他指揮官は全員生還。その他には俺だけだった。ウルフ6は戦闘中に跳躍ユニットを何かにぶつけたらしく、不調をきたして満足な機動戦闘を行うことができなくなった。そして要撃級の攻撃を避けることができずに、前腕衝角が管制ブロックを直撃。ユニット内まで拉げてしまい、衛士はそのまま潰されてしまったのだ。
ボロボロになった9機の戦術機は大津まで撤退を開始したのだが、俺たちのマーカーを取られてたらしく、迎えの帝国軍が来た。飛べなくなった機体は迎えの機体が抱え、飛べる機体は自力で大津まで撤退することができたのだった。
ここで俺は司令部から命令を受け取る。大津から機体を持参し、甲賀基地まで向かうこと。ウルフ中隊は実質解散。再編が行われるまで待機を命じられたのだ。
「白銀少尉。ご苦労だった」
「いいえ。お世話になりました」
大津基地のエプロンの一角。除染作業と簡単な整備を受けた吹雪を背に、俺は真田大尉らと話をしていた。
「部隊を失い、再編された後にまた部隊を失う。上層部は訓練兵を来たるべきところに戻す、と決めた訳だ」
「そうみたいですね」
高梨中尉と堀田中尉が見守る中、真田大尉は頭を掻きながら尋ねてくる。
「結局、俺たちだけしか残らなかった訳だが……聞いてもいいか?」
「まぁ……いいですよ」
雰囲気で分かった。きっと、俺について踏み込んだことを聞いてくるのだと。だが、俺は断らなかった。真田大尉が聞きたいことを聞いた後でも、それを答えるかはその時決めればいいのだから。
「結局、お前は何者なんだ? 話したから分かっていると思うが、高梨も堀田も気付いている。無論、俺もだ。14日の時は、答えられないと言った。今はどうなんだ?」
真田大尉も分かっているのだろう。俺の身の上がハッキリしないことや、経歴が全て欺瞞であることも。それがどこから指示されているのかは分からなくとも、相手が確実に自分よりも上の人間であることも。
それを俺は分かっていながらも、機密であることを理由に俺は話さなかった。真田大尉らは知る必要がなかったからだ。
その上で、俺は今どう答える。彼は再度俺に問うたのだ。
お前は何者なのだ、と。
「俺は……」
正直に言って、真田大尉らがどういう人間なのかは気付いている。大陸帰りの精鋭で、それ以上でもそれ以下でもないということを。
「『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』」
「っ……」
「俺の上官だった人が言った言葉だ。お前が成そうとしていることは、国のために成すべきことなのか? そして、国はそれを人のために成してくれるのか?」
その言葉に覚えがあった。否、俺の心に深く刻み込まれている。その言葉は彩峰、彩峰 慧の父親である彩峰 萩閣の言葉だ。そして気付いた。真田大尉は彩峰中将の元、大陸で戦っていたことを。
「……俺がすることは、人のため国のためになることだと信じています」
「そう、か……」
「彩峰中将は」
「っ?!」
「彩峰中将は今、どうされていますか?」
俺は聞きたくなってしまった。抑えられなかった。光州作戦の悲劇、帝国軍を率いて大東亜連合の避難救助へ加勢したことが原因で国連軍司令部の陥落を誘発してしまい、指揮系統を大きく混乱させてしまったのだ。
「光州作戦での敵前逃亡に問われたが、幸いにして前線で取り残された部隊が抜けた穴を埋めた結果、司令部が陥落せずに済んだ。この事から、降格処分で済んだ。大東亜連合と共に孤立した国連軍救助や避難救助を行い、斯衛軍1個大隊を失ったことの責も問われたが、それも降格処分で済んだという。上層部へ直訴が相次いだからだろう。もっと重い処分を下していれば、帝国軍や斯衛軍の一部が謀反を起こすとでも思ったんだろうが……」
「そう……ですか」
新聞を読んだりして調べてはいたが、こうして直接聞くのとでは情報の質が違う。
今回、俺が動いたことによって悲劇は回避できた。そう確信できた。銃殺にもならなかった。中将のところに出向き榊 是親、榊 千鶴の父親が国の未来を語って死んでくれと頼むこともない。この事件から続く、一連のものを止めることができたのだと理解した。
だがそれでも、将軍の復権を望む者がいて、そこに付け入る者もいることに変わりはない。将軍を取り巻く状況は何ら変わりないのだから。
時計に目を向けると、そろそろ出なければならない時間になっていた。地面に置いていた荷物を持ち上げる前に、真田大尉に敬礼をする。
「お世話になりました」
「あぁ」
腕を下ろして荷物を持ち上げ、吹雪の前に足を進める。喧騒とするエプロンの中、背後から小さくはあるがハッキリと声が聞こえた。
「ありがとう」
俺はその言葉に答えることはなく、吹雪に搭乗するのだった。