Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年7月14日 絶対防衛線圏内 京都駅前]
激しく揺さぶられ、網膜投影がブラックアウトする。しかしすぐに復活し、自動でステータスチェックが始まった。
「要撃級の前腕衝角?! 最期の力でも振り絞ったのか!?」
体液を大量に垂れ流す要撃級が、銃創から赤い液体を噴き出しながら、再度前腕衝角を振りかぶる。
回避運動。跳躍ユニットのロケットモータとジェットエンジンを点火しようと試みるが、全く火が点かない。右上に表示されている全身図に目を向ける。
両跳躍ユニットが赤だ。どうやら点火できない程に破損したようだ。
ならばと腕で、と右手を地面に付き立てる。しかし起き上がれない。右肩から腕が抜け落ちた。前腕衝角は右腕に当たったようだ。装甲板とフレームを破砕し、完全に使い物にならなくされたようだ。左手には突撃砲がある、筈だった。ビルに埋まった銃口は抜けない。
「畜生!!」
振り上げられた前腕衝角が何とか振り出した左足が受け止め、威力を相殺する。しかし、もう機体は役に立たない。この攻撃と同時に、要撃級は力尽きたようだ。
管制ユニット内は赤い警告ランプが点滅し、
幸い周囲の状況は、頭部カメラユニットが生きているため分かる。
「要撃級たった1匹にやられるなんて……クソッ!!」
生きているのはカメラユニットだけ。もう何も動かない。うつ伏せに倒れてしまい、緊急脱出も強制脱出もできない。背中からどうやって脱出しようか。
そうこうしていると、山城機に群がっていたと思われる戦車級が数体接近してくる。
『……ろ……にげ……』
「クソ、クソ、クソ、クソォォォ!!」
軽強化外骨格は幸い起動した。俺の声に紛れ、山城少尉の声も聞こえてくる。スノーノイズで聞き取り辛いが、まだ生きているシステムを使って確認する。
山城少尉は壁に背中から打ち付けられて機能停止した瑞鶴の中に取り残されていた。管制ユニットのハッチが閉まったままだが、あの重傷では動けない。あちこちが痛い筈なのに、必死に何かを訴えかけてくる。
『……くろ……しょ……にげて……』
「山城少尉!! 諦めんな!!」
どうにかなるはずだ。軽強化外骨格で脱出して、山城機に取り付き、山城少尉を担いで逃げればいい。瑞鶴はF-4Jの改修機だ。恐らく同じ場所に収められている筈。山城少尉のヘルメットが使い物になれば、御の字だ。
何とか身にまとうことのできた軽強化外骨格で、管制ユニットの内側から背中に向けて力を入れる。押してこじ開ける。装甲が薄く、あまり電子機器の密集していないところだから開く筈なのだ。
「開け、開け、開け開け開け!!!」
ミシミシと金属が音を立てる。戦車級が齧っているからなのか、それとも背中の装甲が外れる音なのか分からない。
「開け開け開け開け開け開け開け開け開け!!!! 開けえええええええ!!!!」
自力で開くことができ、ヘルメットを被ってそのまま擱座した機体の上で飛び出す。網膜投影は既に切り替わっており、機外の映像は見れなかったが想像通りの状態だった。7体の戦車級がF-15C Extraを取り囲んでおり、ひしゃげた四肢を齧り、管制ユニットのところをこじ開けようとしていたのだ。
俺の手に持っているのは突撃銃だけ。他の荷物は機内に残してある。そして、万が一のために持っているのはC4の爆破スイッチ。既にCPUが収められている辺りには設置しており、後はスイッチを入れるだけで爆発するようになっていた。
「死んでたまるかああああああ!! 俺は、俺はまだ、何もなしていないんだーーーーーー!!!!」
突撃銃を撃ちながら、機体から飛び降りる。3体の戦車級が近寄って、俺に手のようなものを伸ばしてきた。ギリギリのタイミングでそれを避け、走り出す。とりあえず、3体から離れてもう一度機体に飛び乗る。できるだけ戦車級を集めて吹き飛ばしたい。
瓦礫や動かなくなったBETAの背中、廃車の上を飛び移り、影に飛び込みながら走り回る。
この間だけはヘルメットを被り、呼吸を整えながら走る。
「俺はここだ!! クソヤローーー!!!」
機体に戻り、背中の兵装担架に登って戦車級を見下ろす。眼下には15体の戦車級。これだけ巻き込んで爆発したならば、山城少尉の救出ももう少し簡単になるだろう。
そして絶好のタイミングが訪れた時だった。
「戦術機の……跳躍ユニットの音?」
音が聞こえる。この周辺に戦術機に乗っている味方はいない筈なのに。戦術データリンクに更新が入り、その正体が分かった。
「UN-Rabbit01……」
ラビッツ。どこかの国連軍部隊だろうか。だが、接近してきたのは1機だけだった。そしてラビット1と近接データリンクで同期が行われると、はるか後方に帝国軍部隊が来ているのも確認できる。
しかし気は抜けない。俺の目の前にはまだ、餌に集る戦車級がいるのだ。
『……ラビット1よりイーグル1。聞こえますか?』
「その声は……」
轟々と跳躍ユニットが音を鳴らし、火を吹き、そして"見慣れない戦術機"が姿を表した。秘匿回線を使用し、映し出されたバストアップウィンドウに映し出されたのは、年端も行かない少女だった。
『……退避してください』
両腕の突撃砲が俺に集っていた戦車級に銃口を向ける。俺はすぐさま兵装担架から降りて退避する。そして、36mmの雨が戦車級に降り注いだ。
「……な、なんで」
しかし、自分が助かったことよりも、俺は気になって仕方がなかった。
「なんで霞が戦術機に乗って現れた?!」
霞が戦術機に乗って現れたことが、気になったのだ。それに、見慣れない機体ということもある。あんな機体、白陵基地にあっただろうか。
※※※
俺を囲んでいた戦車級を倒し切って、周囲のBETAを確認する。やはり山城機の周りにまだ集っているが、それ以外には確認できない。少し離れたところに要塞級が2体見えるが、それ以外はいないようだ。
霞が乗ってきた機体、
着座データの更新を行い、起動手順はショートカット。管制ユニットを密閉し、ヘルメットを脱いだ。
「聞きたいことは後だ! 霞、少し我慢してくれよ!!」
「……はい」
すぐさま跳躍ユニットに火を入れて浮かび上がる。目指すは山城機だ。
山城機の周囲は暗闇で視界が悪く、何かが蠢いているのは分かるが、詳細な位置は全く分からなかった。頭部カメラユニットに隣接されていると思われるライトを点灯し、その辺りを照らしてみる。
山城機を取り囲む戦車級が、遂に管制ユニットをこじ開けようとし手のようなものを滑り込ませたところだった。
「させるか!」
突撃砲を構え、瑞鶴を避けるように36mmをバースト射撃する。赤い体躯を潰されながら、次々と絶命していく。俺も足を止めたままではなく、適度に主脚移動や跳躍ユニットで飛びながらの掃除だ。
ある程度片付け終わると、どこからか沸いたのか戦車級の増援が接近し始めていた。俺はすぐさま能登少尉と篁少尉に呼びかける。
「イーグル1よりファング2、ファング11! 生きてるか?!」
『……はい』
『和泉が助けてくれました。大丈夫です!』
生きているようだ。能登少尉から近接データリンクで、俺が下ろした位置から動いていないことが確認できる。
『ファング2よりイーグル1。山城少尉が東広場で』
「今救出している。戦車級が片付いたところだ」
「……ファング3は生きてます」
『……今、少女の声が』
「気の所為だ。もう少しで帝国軍が来る。どうやら強制脱出したお陰で、HQかCPに要救助マーカーが発信されたみたいだ。山城少尉を2人のところへ運ぶから、3人は回収してもらえ」
俺は一方的に喋り、目の前で壁にもたれ掛かっている瑞鶴を遠隔操作する。しかしどうやら受け付けない様子。篁機同様に電源が落ちているようだ。
手を使って管制ユニットを強制排除し、ヘルメットを被って機外へ出る。瑞鶴に飛び移り、管制ユニットを覗き込むと、そこには頭から血を流し、強化装備の生命維持装置で強引に覚醒状態にさせられて虚ろな目をした山城少尉がいた。
長い黒髪から血が滴り落ちており、血が目に入って片目が開かないようだ。それに両腕と足が動かせない様子。
自分の緊急脱着用レスキューパッチを使い、とりあえず額の挫傷部位に当てる。左腕と右足が骨折しており、右肩が脱臼しているが、ここでは手当ができない。
「あな……た、は……」
「仲間が待ってる。死ぬんじゃねぇぞ」
軽強化外骨格の後ろに格納されているヘルメットを取り出し、山城少尉に被せる。慎重に管制ユニットから運び出し、予め広げていた掌に山城少尉をゆっくりと下ろすと、管制ユニットを開いたまま暗闇から脱した。
篁機が擱座しているところに降り立ち、周囲のBETAを確認して2人に山城少尉を預ける。
「篁少尉、能登少尉」
『は……ですが』
「俺はここまでのようだ。このまま、すぐに到着する帝国軍部隊に引き継ぐ。BETA群が近づいてきているようなんだ。ここには近寄らせないようにするが、彼らが到着次第離脱する。俺の機体もおじゃんになったからな」
『い、いえ、そうではなく……何故、国連軍機に?』
「答えられない」
『……分かりました』
「データリンクで確認していると思うが、山城少尉は重傷だ。できる限りの手当をしてやってくれ。頭にはレスキューパッチを付けてあるが、腕と足には何もできなかった」
『鉄少尉、ありがとうございました』
「おう。またどこかで逢おうぜ! 今度は面白い話でも聞かせてやるよ!!」
回線を切り、機内の換気が終わったことを確認してヘルメットを脱ぐ。
すぐに霞のバストアップウィンドウが表示され、俺に周辺状況の説明を始めてくれた。
「……現在、周辺に小隊規模のBETA群が接近中。その個体の全てが戦車級です」
西の方から戦車級が接近してきていた。その近くには要塞級2体おり、ゆっくりとこちらに向かってきている。
「……接近中の帝国軍部隊は、救助隊を乗せたヘリコプターと、その護衛としてメーカー開発実験部隊の戦術機4機。望遠カメラで確認した限りでは、恐らく武御雷です」
「1998年にはもう作られてたのか?」
「……いいえ。試作機のようです」
ウィンドウに【ライブラリーデータなし】と表示されている。日本帝国が保有している戦術機としては、まだ登録されていないということだろう。
会話が途切れた時、丁度BETA群と接敵した。霞が乗っていることで、いつもやっているような機動制御はできないだろう。突撃砲斉射による一撃離脱だけで数を減らすことにし、3回の施行でそれは殲滅できた。
戦域データリンクは未だ回復していないが、もう捉えることのできる距離まで接近してきている帝国軍部隊。俺は離脱することを選び、要塞級が来た方向へと、飛び去ることを選んだ。
※※※
[同年7月15日 国連軍甲賀基地]
ここは夕呼先生が手配していた、俺のゴール地点。小規模な基地ではあるが、山麓に囲まれた地形は天然の要塞となり、守りに堅いところと言われている。
滑り込むように機体を着陸させると、整備兵たちが防護服を来て除染作業を始めた。
「はぁー……」
「……お疲れさまでした」
「霞もお疲れ……って!! そうじゃねぇ!?」
俺は霞の方を向くと、「何か?」と言いたげな表情をする霞が俺の顔を見つめていた。
「どうして霞が戦術機に乗って現れるんだよ?! というか何コイツ!! 俺何も思わずに乗ってたけど、こんなの白陵基地にいたっけ?!」
霞が手元で何か操作をすると、ライブラリーのある項目が表示された。
「F-14 AN3 マインドシーカー?」
「……はい。オルタネイティヴ3で使用されていた、戦略強襲歩行偵察機です」
「というとアレか」
霞と同じ、人工ESP発現体を搭乗させて、ハイヴの反応炉をリーディングするための部隊に配備された機体。
「……そうです。私も乗る予定の機体でした」
「スマン」
「……気にしないでください」
霞にとっては思い出したくないことだったのかもしれない。もう少し考えて発言するべきだった。
しかし話は戻る。何故そのF-14 AN3が白陵基地にあったのか、ということだ。霞を乗せてハイヴへ行け、だなんて夕呼先生も無茶なことは言わないだろう。そうなると、いよいよある理由が分からない。
「……この機体は博士が取り寄せたものです。どういう意図があるかは分かりませんが、純夏さんが中心となってカスタマイズを行っていました」
「純夏がぁ?」
「……はい。頭部、肩部装甲ブロック、前腕部の複合センサーポッドは取り外され、F-15C Extraと同じナイフシースに変更。頭部モジュールは重金属雲下でも通信を可能にする、大型送受信機。肩部装甲ブロックには元々搭載されていた、
「おぉ……なんだか分からないけど、すごいな」
「……ですが、近接格闘戦ができません。設計思想にそういったものの入る余地が残されてなかったんです」
データが切り替わり、新しいものが表示される。
「……この機体はF-14 AN4 コアトランスポーター。
「なる……ほど」
全然分からない。結局、どういった理由で作られたのかは分からないが、必要だから夕呼先生が用意したものなのだろう。
それを使って、何故俺がピンチのところに救援として来ることができたのだろうか。
そんなことを考えていた時のことだ。秘匿回線にコールがかかり、応答してみると耳が割れんばかりの大声が聞こえてきた。
『タケルちゃ~~~~ん!!!!』
「うぉ?! す、純夏?!」
『よかったよぉぉぉ~~~~~~!!』
涙をダバダバ流す純夏がアップで映され驚いたが、何やら訳分からないことを嘆く彼女につい頬をが緩んでしまう。
『それでね、整備兵の皆さんに頼んでカスタマイズしてもらった【 ミケネコ スミカスペシャル 】の使い心地はどう?」
「へ? ミケネコ スミカスペシャル? 何言ってんのお前? コイツ、F-14 AN4って名前じゃないのか?」
『霞ちゃんが運んで、今タケルちゃんが乗ってるソレだよ~~?』
「戦術機にけったいな名前を付けるなーーーー!! このバカ!!」
『えぇ~~~~。かわいいよぉ~~~~』
コロコロと表情を変える純夏の顔を眺めながら、俺は忙しなく整備兵が動く地上を眺める。
ここまで色々なことがあった。最初は夕呼先生にアバウトな命令を受けて出撃したが、何だかんだ言って1週間も戦場を渡り歩いたのだ。よく生きていたな、と思うと同時に、これまでに取り零した命のことを考えてしまう。
もしかしたら助けられたかもしれない。そう思うとやるせない気持ちでいっぱいになった。
「……それは傲慢です」
「霞……」
そんな俺の心をリーディングしたのか、霞が真面目な表情で言う。
「……ここまでたくさんの命が失われました。それを全て助けられたかもしれないなんて思わないでください」
視線を手元に落とした霞は、自分の指を絡ませながらポツポツと聞き逃しそうな声で言うのだ。
「……白銀さんも彼らと同じなんです。彼らはたまたま運が悪かった。そういう運命にあった。でも、今を生きてる白銀さんは、運がよかった。そういう運命がまだ続いているんです」
「でも」
「……だから白銀さんは生き残った人として、しなければならないことがあります。そうですよね?」
「……あぁ。そうだな」
俺は驕っていた。自分がこの世界をループしているから、と。俺がそうであったとしても、この世界に生きる人にとっては、これが全てなのだ。そして、ループしている俺自身も、今のこの世界が今の全てなのだ。
俺は気分を入れ替え、管制ユニットを開く。ここならばヘルメットを付けなくても、外の空気が吸えるのだ。
「よぉーし。そうと決まれば……アレ? F-15C Extraどうしたっけ?」
「……私が遠隔操作で爆破しました」
霞の手には、俺が持っていた筈の爆破スイッチが握られており、それを俺の方に見せている。
「じ、じゃあ……この後は?」
俺はすぐに戻り、機体の処理をするものだと思っていたのだが、これではやることが分からなくなってしまう。
『補給完了! 高い機体が配備されているなんて、どこの部隊だい?』
「……ありがとうございます。あと、部隊は秘密です」
『そりゃあ残念だ! このまま離陸しても構わないぞ! 整備兵は退避させてある!』
「……はい」
外の整備兵と霞が会話している。補給が終わり、既に出る準備ができていると言っていた。
「えと、霞……サン?」
「……これから白陵基地に戻ります。そこで予備機体を受け取り、再度京都へ行ってください。博士からの命令です」
「な、なんでさーーーーー!!!!」
何となく分かっていたから、そこまで気にしない。それでも、俺自身まだ足りないと思っていた程だ。
各防衛戦で戦闘に参加してきたが、まだ俺の貢献度はそこまで高くない。たった1機の戦術機でBETAとの戦況をひっくり返せるのならば、今頃人類はここまで追い詰められていないのだ。
ならば、俺は計画のためにも最大限に戦うのみだ。そうだろう、純夏。