Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 11

 

[1998年7月9日 国連軍防府基地 エプロン]

 

 日付も変わって久しい頃、昨日振りに戻ってきた防府基地の様子は、あまり変わっていなかった。九州が陥落して数時間経っているが、最前線の帝国斯衛軍の小倉城守備隊も撤退してしまっている。つまり、九州地方は完全に陥落した。

俺が途中から行動を共にしていた国連軍第49戦術機甲中隊(シールダーズ)は、別れた門司城跡での撤退支援を行った後の行方は知らない。本土侵攻の最前線にいたのだ。行方が分からないということは、"そういうこと"だと考えるべきなのだ。

 血塗れになっているF-15C Extraが滑走路に進入してくると、地上作業をしている整備兵たちがわらわらと群がってきた。機体に付着している、BETAの肉片や体液を洗い流して除染するためだ。

ガスマスクを被った数人の整備兵たちが水と除染液を掛けはじめて数十分もすれば作業も終了し、そのままエプロンまで歩いて移動する。CPからの指示で、空いている自走整備支援担架に機体をロックすると、そのまま帝国軍の整備兵たちが整備作業を始める。

 管制ブロックを開放して、数時間ぶりの外の空気を堪能する。機密上、俺は機体から降りることができない。特に防衛戦に参加している全軍が集まっているところは特に、だ。

機密漏れや俺の正体がバレることを防ぐためだ。そもそも、齢14か15の少年が乗っていれば、不審がられない訳がないのだ。話し方や振る舞いは18くらいを想定しているものの、姿を見られたならば疑われるのは必至。そうなった場合、瞬く間に逮捕されてしまう。

 

「何だこいつ……。かなり特別なチューンがされてるぞ?」

 

「この陽炎、本当に帝国軍のものなのか?」

 

 帝国軍の整備兵たちが、接続されたコンソールを見ながらそんな言葉を漏らす。純夏・霞曰く、F-15C Extraはフルチューン機なので、あちこちにシステムロックを掛けてある。整備に必要な部分は閲覧できることになっているが、OSやCPU等にはアクセスできないらしい。その他にも付け替え等が行われている部分も多いため、触り慣れた整備兵たちからすれば違和感だらけの機体だろう、ということを言っていた。

だからだろう。防府基地の帝国軍整備兵たちからしてみても、この機体はおかしいところだらけなのだ。

 

「……カスタム機だろう」

 

「班長」

 

「外観も弄り回しているのも見て取れる。中身も相当だ。ならば帝国技術廠が秘密裏に開発を進めている改修機なのかもしれない。あまり詮索はするな」

 

「了解しました」

 

 帝国軍整備兵を纏める班長は、難しい顔をしながら機体を見上げてくる。俺はその顔に見覚えがあった。

班長は事前に知らされていた、オルタネイティヴ4の工作員だったのだ。夕呼先生が用意したという、俺が立ち寄れる整備拠点にいるという情報を撹乱させる人員だ。

見上げてすぐ、班長は少し離れて班員に指示を出した。

 

「できるだけ早く整備を済ませてやれ!! こいつはすぐに移動する!!」

 

 心の中で礼を言い、十分に外の空気を取り込んだ管制ブロックを閉めた。

 

※※※

 

 整備にそこまで時間がかかることはなく、補給の方に時間がかかった。推進剤の補充も十分に終わったのだが、装備の方に遅れが生じていた。突撃前衛装備で防府基地を出撃していたが、帰還する頃には突撃砲が1門になっていたからだ。

補給するのは長刀2本と多目的追加装甲。基本的に使い捨てになる追加装甲も、既に他の機体が持ち出していて、予備もない状態だった。あったとしても、爆発反応装甲を使い終わったものや、かなり歪んでしまっているものしか残っていないのだ。長刀は簡単に手に入ったものの、突撃砲も戦場で拾ってきたもの。かなりダメージを蓄積しており、いつかジャムる(弾詰まり)ような状況になっていたのだ。

 

「突撃砲、準備できました!」

 

「長刀を背部マウントへ格納完了!」

 

 多目的追加装甲がまだ到着しない。整備兵の1人がコンソールからメンテナンス用のヘッドセットを装着してオープン回線を開く。

 

『追加装甲が手に入りませんでしたが、どうしますか?』

 

「……突撃砲をお願いします」

 

『了解』

 

 腰部弾薬庫に満タンに装填された弾倉が次々と入れられていく傍ら、近くの突撃砲にマークが付いた。どうやらコンソールから使用可能な突撃砲を指示したらしい。

 

『マークの付いた突撃砲を使ってください。整備が終わっているものです』

 

「ありがとうございます」

 

『整備完了しました。いつでも出撃可能です』

 

「イーグル1了解」

 

 メンテナンス用ヘッドセットを装着している整備兵や、そのた取り付いていた整備兵たちがコンソールの接続を切ったり、キャットウォークを排除していく様子を見ながら、CPに通信を接続した。

 

「イーグル1よりCP」

 

『こちら防府CP』

 

「防衛線はどうなっている?」

 

『現在、関門海峡大橋を超えられている状況。山口県へ徐々にBETAが侵入しつつあるが、水際で撃破が進んでいる様子。一昨日の台風で出撃できなかった帝国海軍水雷戦隊が爆雷攻撃を行っており、戦術機甲部隊等の地上戦力は自走砲・ロケット砲等の砲兵隊の支援が主になっている』

 

 戦術データリンクから、山口県の九州地方側にいくつもの味方アイコンが表示された。既に門司城跡は陥落しており、下関一帯でBETAを水際撃破している状況だった。

 

『また、状態が良好な戦術機甲部隊は九州地方へ進出し、間引き作戦を継続中だ。現在、帝国陸軍2個戦術機甲大隊ならびに極東国連軍1個戦術機甲大隊、帝国斯衛軍1個戦術機甲大隊の増強連隊規模が間引きを行っている最中だ。在日米軍は国道315号に沿って防衛戦を再構築中』

 

 おおよその状況を掴むことができた。帝国軍と極東国連軍は最前線で戦い、在日米軍は基本的に後方で支援戦闘を行っている構図なのだろう。これが後に、日米安全保障条約の一方的な破棄に繋がったかは分からないが、米軍が戦力を温存しているのは火を見るよりも明らかだった。

 すぐさま方針を決めるべく、どこへ向かうべきか考える。しかしながら、そんな俺の考えを遮るように、防府CPは俺に命令を下した。

 

『防府CPよりイーグル1へ。貴官は九州地方の間引きに参加すること』

 

「……イーグル1了解」

 

 波風を立てないためだ。俺には極東国連軍から独自裁量権を得ているが、帝国軍を名乗っている以上は従わなければならない。ここに来て、帝国軍の皮を被っていることが裏目に出るとは思いもしなかった。

 防府CPのCP将校の顔を思い出しながら、フットペダルに力を入れる。自走整備支援担架のロックが解除されたことを確認すると、そのままエプロンから滑走路へと向かった。

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 因果律量子論の論文の改定もとうの昔に書き終わり、今はオルタネイティヴ4を如何に進め、維持するかに注力している。

これも何の因果か分からないが、因果導体となっていた白銀に巻き込まれた形で世界を渡ったアタシは、2001年よりも4年前のアタシの誕生日まで遡っていた。

 1997年はオルタネイティヴ5が確定した年だ。これと同時にオルタネイティヴ3の時と同様に、必要に駆られて専門部隊を発足することとなる。アタシとしては00ユニットが出来上がった後でもよかったのだが、オルタネイティヴ計画が並立してしまった状況下では、あらゆる事態に対応するために用意しなければならなかった。

 しかし、この世界では時間と資金と圧力に押し潰されそうになることは少なくなった。2001年時点でのオルタネイティヴ4の研究成果と、4年間の世界情勢はアタシの天才的な頭脳にインプットされている。

この状況下であれば、最低4年間は大きな歴史の流れを変えない限り、アタシの掌の上。

 00ユニットの製作は、主席候補になる予定であった鑑を使用できる状況でないため、別の方法を模索する必要があった。しかしながら、あの危機的状況下に於いても、2001年12月31日以降は、研究に時間を多く割くことができた。新技術や新理論を持ち、検証もできているものだってある。切羽詰まっていない今の状況になってからは、時間的余裕を持って研究を進めることができた。

 主席候補である鑑は、素体となった記憶を持っている。これを利用せずして何とする。この世界でも、鑑には00ユニットになってもらうのだ。しかし、量子電導脳を製作する必要もない。あの技術はもう昔のものなのだ。

 

「香月せんせー。ハンガーに来るなんて珍しいですね」

 

「あら。息抜きで散歩するくらいいいじゃない」

 

 目ざとくアタシを見つけた例の鑑は、まりもの戦術機から顔を覗かせてこちらを見る。

 アタシは常に成長を続ける天才。ならば、できる限りのことはしてみせるのもアタシなのだ。

 【00ユニット改】。それが、この世界での00ユニット。そして鑑は、換えの効かない主席素体であるのだ。

 

※※※

 

 例のものができあがってしまうと、後は起動実験やデータ採取を行った後に実戦投入を行うだけ。

つまり、オルタネイティヴ4は終わったも同然なのだ。成功すれば、の話だけれど。しかしアタシの辞書に失敗の文字はない。必ず成功する。

 となると、次に手を付けるべきことは、オルタネイティヴ4を盤石なものにするための戦力だ。

 作業が終わったのか、キャットウォークから降りてきた鑑が、アタシのところに来た。

 

「鑑、アンタ、衛士になるんだっけ?」

 

「はい!」

 

「そ」

 

「……えっと?」

 

「確認しただけよ。それよりも、まりもの機体をイジってたみたいだけど、何かあったのかしら?」

 

「はい。訓練で使う機体ですから、メンテナンスは使う度に行うんですよ。整備班長が言うには、結構使い倒した機体だから、より丁寧に整備しろーって。機械のところは整備兵の皆さんに任せて、私と霞ちゃんでソフトとかを見てたんです」

 

「あー、これ古いのね」

 

 まりもは昔から物持ちのいい子だった。高校生の頃に乗っていたママチャリ、ナントカ号は今でも実家に置かれているとか。どんな名前だったかは覚えてない。現役の頃に聞いた話では、母親のお下がりだとか。そんな20年も使えるなんて、そうあることではない。

そんなまりもの機体だからこそ、長いこと使えているのだろう。

 

「はい! 私と同い年です!」

 

「これ15年も使ってるのね……」

 

 そんなどうでもいい話をしていると、ハンガーの一角のガントリーにシェードか掛けられた戦術機が目に留まる。あんなものがあっただろうか。位置的にはA-01のものではない。TF-403のための場所だ。

 

「ねぇ、アレって」

 

「あー、アレはF-14 AN3ですよ。先生が取り寄せろって言うから、副官の人と霞ちゃんが手に入れたんです」

 

「そんなことも頼んでたわね」

 

 F-14 AN3(マインドシーカー)。オルタネイティヴ4の前身、オルタネイティヴ3の時に製造された戦術機だ。アレにESP発現体と衛士を乗せて、ポパールハイヴ(スワラージ作戦)に投入された。それ以外に用途はなく、結局オルタネイティヴ4に移行してからは使用されなかったもの。

それをアタシは取り寄せた。利用方法はあるにはあるのだが、別に改造される前のF-14でもよかったのだ。しかし、F-14 AN3は国連軍管轄。ノーマルは米軍がモスボール(保存処理)したものがあるだろうが、夢物語を語る連中に欲しいと言っても出し渋る。面倒なわだかまりを生んでも、百害あって一利なしと言う。簡単に手に入るであろう方を頼んだのだ。

 

「アレは使えるようになっているの?」

 

「まだです。動きはするんですけど、ソフトウェアの方がまだ……」

 

「社がやったんじゃないの?」

 

「霞ちゃんは何故か、アレにあまり寄り付かなくて」

 

 ナルホドね。社にとって、あの機体は因縁のようなものがある機体だ。

 

「……ゆっくりでいいわ」

 

「了解です」

 

 さて、そろそろ動き出さなくてはならない。

 幾ら白銀を前線に投入したからと言って、1人の力が大局に大きな影響を与えるとは思えない。精々、数時間やその程度、猶予を引き伸ばすことくらいしかできないだろう。

となると、しなければならないことは1つ。

この辺り(横浜市柊町)は最前線になる。そうなれば、人類の威信を賭けたオルタネイティヴ4をBETAの目と鼻の先で進める訳にもいかない。前の世界でもしたように、一時的に仙台にでも拠点を移す必要があるのだ。

 時間は十分とは言わないが、恐らく1ヶ月以上は持つ筈だ。それまでの間に、オルタネイティヴ4とアタシの研究を更に進めなければならない。程々に資料の整理をしながら、引っ越しの準備でも始めよう。

鑑に別れを告げ、機密区画の廊下を歩きながら、そんなことを考える。

 

「……白銀が帰ってきてからやらせましょう」

 

 片付けなんて柄じゃないわ、アタシ。

 


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