Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 10

[1998年7月8日 福岡県道71号 城山霊園]

 

 補給コンテナが幾つも立ち並び、地面には故障で遺棄されている突撃砲が幾つも転がっている。この補給地点には我々、国連太平洋方面第11軍築城基地49戦術機甲中隊が防衛の任にあたっている。

この補給地点を訪れる戦術機部隊は数知れず、そしてそのどれもが欠員を出している部隊ばかりだ。この補給地点も設置時には最前線になっており、それなりの規模のBETA群が度々襲いかかってくる。その度に中隊で何度も退けてきた訳だが、短いスパンでやってくるため気が休まらない。

 防衛任務というのも聞こえがいいが、この補給地点が陥落してしまうと、私たちよりも前線で戦っている部隊の連中たちが丸腰になってしまう。見知った顔ぶれがやってくると「49CP(シールダーズ)はいいねぇ。早々に壊滅しかけて、撤退命令が出たらこれだから」と嫌味ったらしく言われる。

分かっている。私たちの部隊は新兵が多く、福岡市や飯塚市の救援に向かってすぐ、錯乱を起こした新兵がBETAもいないところで大暴れしたのだ。すぐさま精神安定剤を遠隔注射したが、使い物にならないからと後退することになったのだ。

私の中隊は新兵ばかりの中隊。私含めて隊長格の3人も、言うほど経験を積んでいる訳ではない。促成士官教育を受けた際、それは嫌という程私に突き付けられたのだ。

 

『シールド2よりシールド1。隊長、こちらに接近する機影あり。帝国軍のF-15Cのようですね』

 

「シールド2、帝国軍のF-15は日本人向けにカスタマイズされたF-15Jだ。長刀を背負ってるだろう?」

 

 シールド2。任官した際、一緒の部隊に配属になった同期だ。大和撫子と聞く日本人女性とはかけ離れた、かなり陽気な性格の女性衛士だ。ハーフという理由で浮いていた私にも気さくに話しかけてくる、周囲に流されない一面も持っている。こういった作戦行動中は敬語を使うが、普段はもっと砕けた話し方をする奴だ。

 

『わたしも長刀使いたいです』

 

「同感だ。……シールド1より中隊各機。接近するF-15Jには私とシールド2が対応する。他の者は、周囲の警戒を怠ることのないように。また、交代で小休息を取ってもよし。水分補給・栄養補給程度ならばいいぞ」

 

 それだけを伝え、私はすぐさま目の前に着陸したF-15Jを観察する。

 ひと目見て、目の前の戦術機がおかしいことは分かった。あちこちがカスタマイズされているF-15Jだ。一番目を引くのは、前腕部に取り付けられたカナード翼。空力性能を上げて、空中での姿勢制御をしやすくしたのだろう。それ以外にもおかしいところと言えば、その動きにあった。

着地する動作が滑らかだった。滑るように進入し、あまり着地の震動を起こさずに止まってみせたのだ。

 

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。推進剤の補給コンテナは残ってますか?』

 

 帝国軍第207試験小隊。試験小隊ということならば、目の前の変なF-15Jの説明は付く。技術廠が実験機を作ったのだろう。鉄 大和と名乗った少尉は、バストアップウィンドウの映像はSOUND ONLYになっていて顔は見れないものの、声の感じからして少年だろう。色々とちぐはぐで違和感しかないが、ここで波風立てても私たちではどうすることもできない。

 

「国連軍第49戦術機甲中隊、祠堂 カレン大尉だ。推進剤のコンテナはまだ残っている」

 

「ありがとうございます」

 

 戦術データリンクでマップにビーコンを立てる。そこの補給コンテナは推進剤タンクが納められているものなのだ。

 主脚移動で目的の補給コンテナで補給作業を行う鉄少尉のF-15Cを眺めながら、周囲の警戒を続けていると、小休憩中の新任少尉がオープン回線を開いた。

 

『帝国軍のF-15の方、どこから来られたんですか?』

 

 女漁りの好きな少尉だ。初戦闘では大泣きしていたのに、今ではケロッとしている。中隊でも問題行動が多い奴ではあるのだが、悪い奴ではない。私と鉄少尉の会話はオープン回線で行ったが、繋いで聞いていたのだろう。興味を持って話しかけたようだ。

 

『関門海峡を通って、福岡市まで。こっちに寄ったのは、推進剤の補給のためです』

 

『あっちはどうなってました?』

 

『面制圧で穴ぼこになってましたよ。BETAは日豊本線沿いで食い止めているように見えますが、もう防衛線を突破されています』

 

 データリンクでも情報は入ってきているものの、防衛線は日豊本線が最前線のままになっている。恐らくだが、帝国斯衛の戦術機部隊が小倉城で徹底抗戦でもしているのだろう。帝国軍の情報が一切入ってこない国連軍だが、そういった状況はなんとなく想像ができる。

 鉄少尉はそれだけ新任少尉に答えると、補給作業が終わったのかステータスの確認を始めたようだ。

見慣れぬ機体。実験機であることは確かだ。完成されていないが故に壊れやすく、装甲板の塗装に擦れた様子があることから、戦闘を何度かしていることは見て取れる。僚機が見当たらないことは気になるが、普通ならば僚機がいない訳がない。どこかで撃墜された、と考えるべきだろう。

 BETAの体液がべっとり付いた長刀の様子を見た後、何かに気付いたのか近距離通信で鉄少尉が呼びかけた。

 

『接近するBETA集団がいます。ここが落ちるのは困りますから、俺もここで戦いますよ』

 

 その呼びかけと同時に、CPから通信が入った。

 

『CPよりシールダーズ。帝国軍富野基地方面から出現した大隊規模のBETA集団が接近中。城山霊園補給地点付近に後5分。構成種は戦車級と要撃(グラップラー)級のみ。補給地点を死守せよ』

 

 やることは変わらない。補給地点を通過しようとしているBETA共を蹴散らすだけだ。

 

「シールド1よりシールダーズ。まだ、前線から引いてくる部隊も多い。何としても補給地点を死守せよ!」

 

『『『了解!!』』』

 

「鉄少尉。共闘を頼めるか?」

 

『当然です。イーグル1了解』

 

 イーグル。そう部隊識別呼称を名乗った鉄少尉は、BETAが向かってくる方に機体を向けた。

 

※※※

 

 城山霊園補給地点では7機のF-15がBETAとの戦闘を繰り広げている。連戦続きということもあり、新任少尉たちは少しばかり疲労を感じさせるが、私を含めた3人は何とかいつもの調子で戦えていた。

 しかしその中でも眼を見張るのは、鉄少尉のF-15Jだろう。

実験機であるからこそなのか、詳しいことは何も私たちには分からない。しかし、あの異常な機動制御は、これまでの概念をぶち破る様なものにしか見えなかった。

バッタのように飛び跳ね、縦横無尽に駆け回る。そして彼は蝶のように空を舞う。

 

『す、すげぇ……』

 

 誰かが言葉を漏らす。この場にいる誰もが思っていることだった。鉄少尉の動きは、それほどだったのだ。そして、彼の撃破数は加速度的に増えていく。たった1機で私たちを上回る数を捌いていた。戦闘ではなく、呼吸をするようにBETAを打ち捨てていくその姿に鼓舞されたのか、私たちの隊の士気もあがりつつある。

 

「シールド1より中隊各機。イーグル1を支援し、このままBETAを殲滅する。抜けそうなBETAのみを狙え」

 

『『『了解!!』』』

 

 程なくしてBETAの殲滅が終わり、周囲に生き残りがいないことを確認する。小型種、兵士(ソルジャー)級や闘士級は踏み潰すだけでいいので、余裕のある者に任せて、その他はステータスチェックと残弾確認をさせる。

 鉄少尉のF-15Jは、BETAの返り血を浴びて赤黒くなっているが、見る限り損傷はないようだ。それでも擦り傷は増えているため、それなりに接触はある様子。

 

『……長刀が使えなくなりそうだな』

 

 オープン回線が開いたままになっているのに気付いていないのか、鉄少尉の独り言が聞こえてきた。

左手に保持されている長刀の耐久値がかなり落ち込んでいるようだ。背部マウントには突撃砲が1門あるだけで、どうやら予備は持っていない様子。この補給地点には生憎、長刀は用意されていない。国連軍と在日米軍が用意した補給地点ということもあるため、使用できる機体がないから用意されていないのだ。

よく見れば、表面にひび割れが確認できる。刃こぼれもかなりしている。あれでは使い物にならないのだろう。

 地面に長刀を突き刺すと、そのままふわりと飛び上がって辺りを見渡し始める。

 戦闘中、度々空を飛ぶことがあったが、光線級のことを知らない訳がない。任官しているだろうし、何より彼は開発衛士。かなりの修羅場を潜り抜けた猛者と考えるべきだ。

だが、それを置いておいたとしても、空を飛ぶことがどれほど危険なのか知らない筈がない。この戦域には無論、CODE:991(光線級警報)は出ている。攻撃は目視できないが、恐らく射線を取るために移動中だろう。そんな相手がいる戦場で、鉄少尉は空を飛んだ。高度50mでも高い程なのに、それよりもはるか上空を。

 

『ごめん。長刀をもらう』

 

 近くで果てた友軍の長刀を拝借したのだろう。撃震の腕が投げ捨てられているのが見える。

 この衛士は私の思っている以上に異常だ。戦術機の動きも、帝国軍としての振る舞いも。武士道なんてものは持ち合わせているとは到底思えず、長刀の振り方も形はない。効率化を求めた動きだけを取り、最適なものを瞬時に選びぬいている。そして、それを叶えることのできるF-15J。あれほど繊細な動きができただろうか。度々見る機会はあったが、もう雑派な動きをしていたように思える。

 鉄少尉が長刀を拾い、突撃砲の弾薬の補給も終えても、BETAは城山霊園補給地点に現れることはない。しかし、戦術データリンクでは、前線がみるみる後退しているのは見て取れる。もう私たちよりも東に友軍のアイコンは存在しない。

 

「シールド1よりCP」

 

『……』

 

「シールド1よりCP!」

 

 後退し、九州側の関門海峡を固める友軍のところへ向かいたいがために、指示を仰ごうとCPに通信を呼びかける。だが、応答する気配はない。CPは築城基地の司令室に置かれている。もし、移転するのならば連絡が来ている筈なのだが、応答がない。

 オープン回線で呼び掛けるものだから、新任少尉たちの表情が陰る。もしや築城基地が陥落したのでは、そんな考えが脳裏を過る。

 

「シールド1より築城基地!! 応答せよ!!」

 

『……』

 

 応答はない。ならば、もう現場の判断を下すしかあるまい。

 

「シールド1より中隊各機。装備の確認を行い、持てるだけ武器を持て。後衛の2人はミサイルコンテナ(多目的自立誘導弾システム)を装備しろ。終わり次第、築城基地を見た後に関門海峡へ向かう」

 

 1度だけだが、こういった場面に直面したことがあった。中隊長を任される前の話になるが、吉林省 集安に配属されていた時のことだ。

その日も重慶ハイヴ周辺から東進してきたBETA群を叩いていた時のことだ。重厚な面制圧ができるから、と砲兵隊の連中が威張っていた。ソウルから補給物資が届いたからだ。だから私たちは安心して撃ち漏らしの処理をしていた。

そんな時、突然CPからの連絡が途絶えたのだ。何事かと思っていたが、気にすることなくBETAの掃討が終わらせた。

程々に推進剤と弾薬を使い切って戻ってみると、駐屯していた集安基地がBETAに食い破られていたのだ。要撃級3体と戦車級5体、幾らかの兵士級や闘士級によって。どこからか抜けたBETAが、即応部隊が出撃するまでもなく警備部隊と非戦闘員を食い尽くしてしまったのだ。

戻ってきた砲兵隊と、前線の生き残りは唖然とし、近くの基地に収容されることになったのだ。

 

「持ちきれなかった分は捨て置け。自立飛行できるコンテナのみ、行き先を関門海峡九州側に設定し、私たちも移動を開始する。……鉄少尉」

 

『は』

 

「元は別部隊。何か任務を与えられているのであれば、我々は先ほど言った通りに行動する。どうする?」

 

 相変わらずバストアップウィンドウにはSOUND ONLYになっているが、返事は少し迷った様子を見せ、すぐに答えを出した。

 

『俺も行き先は同じです。築城基地にも付いて行きます。関門海峡からは別行動になりますが』

 

「あぁ。それでいい。では出発」

 

 移動中BETAに襲われても、彼がいれば生存率は上がる。5人部下を失った中隊でも、関門海峡までは生き残れるだろう。

 

※※※

 

[同日 福岡県道72号北西 門司城跡]

 

 やはり築城基地は陥落していた。元々、九州最後の砦である関門海峡から少し離れていたのだ。機を見て脱出しなければ、BETAの餌食になっていたのは当然だったのかもしれない。

とホームベースが蹂躙されて気落ちした気分を切り替え、関門海峡の九州側である門司城跡は、帝国・国連・米軍が後退を続ける前線の要衝とした地点。無理矢理戦術機エプロンに作り変え、物資集積場を建設してある場所だ。予備機なんかも置かれているという話だったが、私たちが到着した時には地獄と化していた。

私の想定していたよりもBETA群が入り込んでいたのだ。既に72号線を挟んでBETAと対峙している状態。しかも、遅滞戦闘を続けているのは、いずれも何とか動けている戦術機たちだろう。帝国軍を中心に、いくらか国連軍のものが散見される。在日米軍の機体は見かけないが、撤退してしまったのだろうか。

 CPを失った私たちは、そのまま関門海峡にある部隊に加わることになった。国連軍防府基地の司令部は、ロストした戦術機部隊のCP将校が多くいるらしく、私たちにもCP将校を付けてもらえることになったのだ。

 

『CPよりシールダーズ。門司城跡の防衛地点は順次撤退中であり、数刻もしない内に九州から全面撤退をする。現在は関門海峡大橋を渡っている輸送部隊が、山陽本線北側まで撤退したことを確認次第、順次防衛地点の戦術機部隊は後退を行う。シールダーズは第2次防衛線にて、第1次防衛線を抜けた個体の撃破を行え』

 

 聞き慣れないCP将校の声に少し落ち着かなかったが、そうも言っていられない。

 私たちが到着した頃には、この門司城跡に構える関門海峡九州側防衛線も瓦解一歩手前だったのだ。この惨状を見れば、聞かずとも分かるというもの。

新任少尉共は、やっと休憩できると思っていたのだろう。CP将校からの通信を聞き、青い顔をしていた。

このようなことは、BETAとの戦場では日常茶飯事だ。むしろ楽ができることなんて、まずあり得ない。

 腑抜ける新任少尉らの尻を蹴り上げるつもりで、オープン通信で喝を入れる。

 

「貴様ら、ついいつぞやまで"死の8分"を乗り越えただのと喜んでいた威勢はどうした? 連戦続きで疲れ果てたか? 甘ったれるな!! ヒヨッ子の分際で、一度戦場に出たら、すぐに楽できると思うなよ?!」

 

『『は、はい!!!!』』

 

「異星起源種に喰われたくなければ戦え!! そのクソ頭に詰まっているミソを使え!!」

 

 初陣の戦闘から、何度か小規模なものを経験してきている新任少尉。それでも、初出撃から一度も機体から降りていないのなら、まだ初陣の真っ只中だ。8分を乗り越えたからと言って気を抜けば、たちまち光線級に焼き殺されるか、突撃(デストロイヤー)級に轢殺されるか、要撃級の前腕衝角にコクピットごと潰されるか、戦車級に取り付かれて喰われて死ぬかのどれかだ。新任衛士は初陣を生き延びて、初めて半人前になれる。一人前には、何度かの戦闘を経験しなければならないのだ。

 

「なぁに。機体が耐久限界を迎えれば、嫌でも後方に移される。それまでとりあえずは生き延びろ」

 

 それだけを言って通信を切ろうとするが、イーグル1のアイコンが回線に入ってきた。

 

『イーグル1よりシールド1』

 

「イーグル1、どうした?」

 

『ここでお別れです。撤退するよう、命令が下りましたので』

 

「そうか……。少ない時間ではあったが、貴官がいてくれて助かった。ありがとう」

 

『は。では、またどこかで』

 

 数時間もすれば見慣れてしまった動きに、未だに感動しながら見送る。これまで様々な人物に会って来たが、あれほど特徴的な軍人は他にいないだろう。終始聞くことのなかった、まだあどけなさの残る声色についても、バストアップウィンドウの映像が映っていないのも。機密なのは分かる。だが、短い時間でも背中を預けあった仲間だったのだ。

 ふわりと浮き上がり中国地方へと飛び去るF-15J。血塗れになった帝国軍塗装も満足に清掃することなく、どこかの基地へと向かった鉄少尉が見えなくなると、私はオープン回線で全員に呼びかける。

 

「シールド1より中隊各機。イーグル1がいなくとも、我々は我々の任務を全うしよう。戦場は一期一会だ。だが、死んでは次の機会は巡ってこない。まずは本土侵攻を生き延びようではないか」

 

『『『応!!』』』

 

「今こそ我々は新任ばかりのひよっ子中隊から、人類の生存圏と種の存続を守り、BETAを打ち払う神の盾(イージス)となろう!! まずは、撤退する部隊の支援だ!! 全機、兵器使用自由。楔壱型で出鼻を挫く!!」

 

 津波のように押し寄せるBETAを見据え、私たちは最前線の戦列へと躍り出る。万全とは言えない状態ではあるが、それでも他の戦術機と比べればマシな程度。ステータスがイエローでも何のその。推進剤と弾薬が残っているのならば戦える。

 まだ数時間と戦っていない新任少尉たちの顔つきも、いつの間にやらマシなものになったことを感じつつも、未だに減ることのないBETAを睨みつける。初陣が本土防衛というのも酷な話だと思うが、そんな状況は各地で起きる筈だ。私は甘ったれたことを言っていた時のことを思い出し、鼻で笑い飛ばした。

 


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