Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 09

 

[1998年7月8日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 昨日は純夏の誕生日だった。去年はサンタウサギそっくりなキーホルダーをプレゼントしたが、今年は悩んだ挙げ句、滅多に使わない給料を使ってネックレスを買った。1人でジュエリーショップに入るのは戦闘よりも緊張したが、店員さんの応対のお陰で何とか購入することができた。プレゼントを渡した時の純夏の顔は傑作だった。

 純夏と共にハンガーで吹雪の調整を行っていた俺を、霞が呼びに来た。感情の起伏が少ない彼女だが、どうも様子がおかしいことは見て取れた。

 

「……白銀さんと純夏さん、急いでブリーフィング室に行きましょう」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、そして妙な胸騒ぎを感じながらもブリーフィング室に駆け込む。中には既に夕呼先生が来て待っていた。

 状況説明は簡単だ。重慶ハイヴから飽和したBETA群が東進を再開。日本海を横断して、九州へ上陸しようとしている。生憎、台風がやってきていることもあり、海での間引きは上手く行くことはなかったという。これまでも間引き作戦は何度も行われていたが、それも意味はなかったという。

帝国・国連・在日米軍の3軍合同の防衛線の構築と、九州・中国・四国地方の民間人の避難も始められているが、どれだけの人間が逃げれるかは分からないという。

 ループをしている夕呼先生は、BETA日本上陸に向けて動いてはいたものの、まだオルタネイティヴⅣの権限が弱いこともあり、旧知の知り合いの伝手で、当該地域に配属されている帝国軍人に警告する程度しかできなかったという。一応、征威大将軍への経過報告としては伝えられたが、真に受けていなかったということが分かっているらしい。

つまりBETA本土上陸は、前回のループ同様の被害を生むことになる、というのだ。約3000万人が死ぬ。逃げ切れずに。

 

「A-01は動かせないわ。国連軍から白陵基地に留まり、即応体制で待機するように通達があったの」

 

「それは……」

 

「前と同じ。A-01には連隊長が各部隊に連絡を行っている頃だと思うわ」

 

 夕呼先生は表情を変えることなく、平静な様子で話を続ける。

 

「恐らくA-01が動かせるようになるのは、中部地方が突破されるかされないかの瀬戸際のところよ」

 

 そこまでは指を咥えて見ていることしかできないのだろう。歯痒い気持ちを抑えながら、記憶にある本土侵攻の状況を整理した。

 九州に上陸したBETAは、中国・四国地方には進まずに制圧。制圧次第、関門海峡を渡って中国地方へ進出。京都東側では大規模な防衛戦を繰り広げたが、進撃を続けるBETAの足止めは1ヶ月が限界だった。その後、佐渡島ハイヴ建設のため、長野県辺りで侵攻を停滞。数ヶ月のスパンの後、東進を再開。西関東を手中に収めた後、東京を目前に転進。南下を開始すると、伊豆半島まで行き着くと侵攻が停滞。多摩川を挟んで膠着状態に陥る。侵攻を阻止するため、24時間態勢の間引き作戦が開始されることとなった。

ちなみに、長野県でBETA群が侵攻を止めた際に、米軍が日米安全保障条約を一方的に破棄し、日本から在日米軍を撤退させた。これが日本帝国内での反米感情の火付けになったと言われている。

 1回目で必死に頭に叩き込み、2回目で再度確認を行った歴史をリフレインしていた俺に、夕呼先生はあることを命令した。その命令には意味があり、将来的には確実にオルタネイティヴ4の利益になるものだ。

 

「という訳で、アンタにはまたモグリをしてもらうわ。幸い社が好き勝手弄くり回したF-15C Extra(スーパー・イーグル)があるから、日本帝国軍の亡霊にでもなってもらおうかしら?」

 

 F-15C Extra。スーパー・イーグルと名付けられたその機体は、帝国軍白陵基地謹製。否。社 霞が中古のF-15Cをカスタマイズした、1機しかないワンオフ機だ。

光州作戦時には、CPUと電源ユニットを交換し、XM3がインストールされた。また、制御システムを簡単に書き換えられており、短時間だが長刀を扱えるようになっていた。

しかし帰還後、分解整備が行われた時、霞が用意していた腕部関節がF-15J(陽炎)のものに交換され、十分な近接格闘力を得た。また、全身の電磁伸縮炭素帯(カーボニックアクチュエータ)を緩衝張力の高いものに交換し、更に高い設定をすることで機動力と瞬発力を向上。また跳躍ユニットの推力制限を数%開放し、幾らか燃費は落ちるが高機動戦闘力も向上。空力性能を上げるために、前腕部にカナードが搭載された。

霞は知らなかったが、細部は違うものの、後の1999年からアメリカ・ボーニング社のフェニックス構想で得られた、F-15・ACTVと似通ったモノを作ってしまったのだった。

 

「魔改造されたF-15Cに帝国軍迷彩を施して、どこかの戦場で戦えと?」

 

「つまりはそういうことになるわね。……あそこまで弄られていると不審がられるかも知れないけれど、現場の衛士には適当なことを言ってもらうつもりよ」

 

「具体的には? 帝国技術廠が極秘開発中の試作機、とでも?」

 

「それでいいんじゃないかしら? ぶっちゃけ、光州作戦の時にあがった報告を見ている限り、前線国家の戦術機は改造されていることがあるらしいわ。あの作戦にもそれは存在していたの」

 

 戦地改修を受けた戦術機は幾らか実在している。1980年代の東ドイツ軍にいたと報告されている、MiG-23(チボラシュカ)の胴体にMiG-21PF《バラライカ》の頭部を付けた機体が有名だ。

光州作戦時にいた戦地改修機と言えば、途中で合流した負け犬隊(アンダードッグズ)のMiG-21がそうだろう。装甲が飛沫した要塞(フォート)級の衝角から分泌される強酸性溶解によって溶かされた機体を、国連軍の前線基地の整備兵たちが修理した。国連軍であったことから、MiG-21の保守パーツがある訳もなく、F-4の装甲板を無理矢理取り付けたのだ。時々エラーが出ることを無視すれば、普通に扱うことができたらしい。元々MiG-21はF-4R(F-4のソ連向け輸出機)の改修機ということもあり、互換性があったのだろうというのは搭乗している衛士が言っていた言葉だ。

 

「俺のレコーダにでも残っていたんですかね? 分かりました。勿論、駆け込み寺は用意してもらえるんですよね?」

 

「なしって言いたいところだけれど、用意せざるを得ないのよねぇ。何箇所か用意するつもりよ」

 

「了解」

 

「社と鑑にはこれから伝えるから、アンタは準備してきなさい」

 

 夕呼先生にブリーフィング室を追い出された俺は、身辺整理やその他準備を始める。

 出撃前の準備は手慣れたもので、便箋を取り出して遺書を書く準備をする。前回書いたものがまだ残っていたことを思い出し、引き出しから紐で結んだ封筒の束を取り出した。宛名を見て、漏れがないことを確認する。この世界での俺に、友人がどれほど居たかは分からない。だが、確実に言えることは学徒動員が始まっている日本で、学生生活を送れている者は少ないということだ。特権階級やエリート、矢面に立たせるよりも頭を使わせた方が優秀な人材等は大学へ進んでいるらしいが、それも"らしい"止まりで確認したことはない。前線に居るかは分からないが、確実に帝国軍か国連軍に籍を置いていることだろう。

 思ったよりも少ない遺書を並べ、少し思案する。俺は出していた便箋を仕舞うことはせず、新しい宛名で遺書を書き始めた。

 

※※※

 

[1998年7月9日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区 第207衛士訓練部隊 戦術機ハンガー]

 

 A-01とは別部隊であるが機密性の高い俺の戦術機は、同じく他の訓練部隊よりも機密性の高い第207衛士訓練部隊用の戦術機ハンガーの最奥にある、訓練教官用戦術機の更に奥。そこにF-15C Extraは置かれている。

ちなみに吹雪は、訓練部隊のところに紛れている。シェードが掛けられており、訓練兵たちには予備2番機という風に伝えられているらしい。これはまりもちゃんから聞いたことだ。何でも、予備機が2機用意されていることについて、訓練兵から質問されたそうだ。その時に苦し紛れに答えたらしい。彼女たちはそれで納得したらしく、それ以上聞いてくることはなかったとか。とは言っても、訓練兵たちの使う吹雪と同じなのだがな。

まりもちゃんのF-4J(撃震)には寄り付かないらしく、その奥にあるF-15Cには誰も気付いていないという。

 そんなところに衛士強化装備を身に纏い、小さいバッグを肩に掛けて俺はやってきた。前は戦術機とは別で移動したから、基地からは輸送機に乗って出発した。今回も輸送機での移動になるのだが、俺が乗り込んで輸送機に格納しなければならない。

輸送機から降ろされれば、すぐに俺は前線に飛び立つことになる。なので強化装備姿なのだ。勿論、帝国軍のモグリなので、どこからか調達された77式衛士強化装備を着ている。予備も1着用意してあり、機内に持ち込む予定だ。

 F-15C Extraのキャットウォークに上がると、調整作業をしていた霞がひょっこりと顔を出す。

 

「……白銀さん。最終調整は終わっています」

 

「ありがとう、霞」

 

 俺が近寄ると、ヒョイと管制ユニットから出てくる。ラップトップにはまだコードが繋がれており、少しキーボードを叩いて機体からコードを引き抜いた。

 

「……昨夜、この機体がどういう調整がなされているか話したと思いますが、覚えていますか?」

 

「あぁ、覚えてる。言うなれば、高機動型F-15C 霞スペシャルってところか?」

 

「……」

 

「……」

 

 少し戯けてみたんだが、どうやら不評だったらしい。少しばかり眉をひそめている。

 

「……ま、まぁありがとうな、霞」

 

「……はい。頑張ってください」

 

「おう、任せろ! 絶対帰ってくるからな!!」

 

 笑いながら霞に手を振り、管制ユニットを密閉する。着座を行い、衛士搭乗をCPに知らせる。待機状態に入るとキャットウォークが撤去され、ガントリーが開放状態になる。

そのままガントリーが仰向けに倒れて、F-15C Extraが運び出されていく。

 F-15C Extraの管制ユニットは、92式戦術機管制ユニットだ。これには緊急脱出システムとして軽強化外骨格、89式機械化歩兵装甲が搭載されている。寝転ぶ形で機械化歩兵装甲に背中を預け、揺れる機内で外の映像を眺める。

 朝もいい時間で、始業から1時間程経っている。食堂は軍人でごった返していたが、俺は早めの朝食を摂っていたのでバッティングすることはなかった。

 持ち込んだ荷物が音を立てて揺れ、中に入っているジュラルミン製の弁当箱が、荷物室の壁に当たって甲高い音を立てる。

 朝早くに起きた純夏が用意してくれたのだ。機内でも簡単に食べられる弁当だとか。なかなか渡してくれなかったが、どうしてなのかは言葉にしなくても表情を見れば分かった。

 光州作戦の時のように、いきなり行けと言われて慌ただしく出ていく訳ではない。純夏も前日に夕呼先生から説明を受けているのだ。

これから俺がどこへ行くのか分かった上で、そうしてくれた。俺は何か言うべきだったのかもしれない。だが、俺は霞に言った言葉と同じことを言った。絶対帰ってくる。俺は純夏の元に帰ってくるのだ。

 

『白銀、聞こえてる?』

 

「はい、聞こえてます」

 

『そ。じゃあ、よろしく頼むわね』

 

「了解」

 

『じゃあ、TF-403としての最初の任務、防衛戦を展開する3軍の支援並びに』

 

「帝国軍・帝国斯衛軍の要衝の防衛」

 

『……分かっているのならいいわ。本番は京都よ。じゃあ、よろしく』

 

「了解」

 

 確認と小言のために開かれた通信だったが、夕呼先生はバストアップウィンドウを閉じようとしない。

俺は少し間を置いて言った。

 

「あんまり純夏がうるさくするようならば、まりもちゃんにでも頼んだらどうですかね?」

 

『……いいわね』

 

「いいんかい……」

 

 それだけを言うと、ウィンドウは閉じられてしまい、通信は終了した。

 いつの間にか輸送機への積み込みも終わっており、そのまま輸送機はタキシングを始める。満載の軍需物資と、戦術機カーゴに俺を載せて飛び立つ。

目的地は山口県、国連軍防府基地。現在の本土防衛戦司令部が置かれているところだ。

 

※※※

 

[同日 国連軍防府基地 エプロン An-225機上]

 

 BETAの体液で汚れた戦術機が多く並ぶエプロンには、忙しなく機材や部品を運ぶ整備兵の姿を多く見かける。コンテナに入れられたままの俺とF-15C Extraは、87式自走整備支援担架が到着するのを待っていた。

 立ち並ぶというよりも、転がる戦術機を支えるために自走担架は出払っているようで、An-225(ムリーヤ)のコンテナからは下ろしたものの、俺はいつ頃になるか分からないということで、機体から出てAn-225の客室に来ていた。

 客室には医薬品や日用品等の物資が積み込まれており、機体下部の荷物室にも弾薬や大型物資が最大積載量ギリギリまで積まれている。

基地も人手不足らしく、荷降ろしもままならないということもあり、俺は客室から荷物を下ろす手伝いを買って出ていた。

 

「撃震が帰ってくるぞー!」

 

「除染車と化学消防車を呼び出せ!」

 

 開きっぱなしになっているハッチから、外で整備兵の叫ぶ声が聞こえてくる。どうやら九州から撤退してきた戦術機が着陸しに来るようだ。より騒がしくなると同時に、遠くから跳躍ユニットの音が聞こえてくる。どうやら撃震がこちらに来ているようで、音からして2機か3機向かっているようだ。

 医薬品の入ったコンテナを持ち上げて、ハッチの外で待機している帝国軍兵士に手渡ししていると、丁度滑走路に撃震がランディングしてくる様子が見える。

しかしどうだ。BETAの体液で薄汚れた日本帝国軍塗装の撃震が、ふらつきながら危なげに着陸したように見える。だが、それを取り囲むように、近くに駐機していたであろう中途半端に整備された撃震が突撃砲を構えていた。

刹那、36mmチェーンガンの発砲音と共に、聞き慣れた気味の悪い肉の潰れた音が聞こえてくる。

 

「べ、BETAだ!! 戦車(タンク)級が2体ひっついていやがった!!!!」

 

「うわああああ!!!」

 

「う、闘士(ウォーリア)級も1体いるぞ!!」

 

 そんな声を聞いていると、帝国軍兵士が苦笑いを浮かべながら俺に話しかけた。

 

「侵攻が始まって、ここに戦術機が逃げ込んでくるようになってから4度目くらいですよ。九州からくる戦術機は、何とか逃げ切った戦闘力を失ったのばかりらしいですからね。落として来たくても、避難が続いている関門海峡から山陽道付近を飛行しているので、振り落としたりはできないんです」

 

「ここを発った戦術機はどうなんだ?」

 

「防府基地の戦術機部隊は全滅した、と噂で聞いています。たまたまこっちに落ち延びた国連軍のF-15Cの衛士が、直方市で共闘した戦術機部隊がそうだった、と言っていたそうですから」

 

 俺と年の変わらなさそうに見える兵士は、最後のコンテナを俺から受け取って呟く。

 

「頑張って来てください」

 

「あぁ。ありがとう、上等兵。後、俺とそんな年変わらなさそうだから、もう少し砕けた口調でもいいぞ?」

 

「そ、そうなんですか……。自分、上田上等兵です。戦術機乗りを目指して志願したんですが、適性がなかったのでこっちに。俺の分まで、BETAをぶっ飛ばして来てください!」

 

「任せろ!! 俺のことは……(くろがね)でいいぞ。あと、防府基地のこと頼んだ」

 

 コンテナを乗せ終えたトラックと共に、上田上等兵は去った。俺はAn-225の脇に置かれたコンテナを眺めながら、次にできることを考える。

 荷物室のコンテナを下ろしていると、どうやら自走担架が回されてきたようだった。シェードをかけられたF-15C Extraを起き上がらせると、An-225の機長がやってきて言ったのだ。1時間後に、九州へ向かう帝国軍戦術機部隊がいる、と。俺はその部隊に紛れて、一度、九州の様子を見に行くことにした。

 


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