Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger   作:セントラル14

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episode 07

[1998年4月7日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務室]

 

 光州作戦に参加するために身分や名前を偽って入った極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊のミラー大尉たちや、作戦中に合流し共闘した張大佐と共に戦術機母艦で撤退した後、統一中華戦線の軍港《基隆港》で再編成と、難民たちの一時的な下船が行われた。

その時に張大佐たちは軍に報告をすると言って分かれ、ミラー大尉たちはホームを失ったということで、一時的に統一中華戦線の台北基地所属になるということだった。汚染洗浄も済んでいないボロボロのF-15Cは、オーバーホール直前レベルまで疲労しているものの、中破・大破している戦術機を優先して運び込むとのことだったので、台北の空を4機編隊で台北基地まで飛ぶことになった。

 台北基地に降り立った俺たちはすぐさま再編成の指令を受け取り、それぞれにミラー大尉から辞令を受け取った。三人は台北基地にそのまま残って、生き残った衛士たちを纏め上げて負け犬隊を存続することになったという。その中に俺の名前はなく、光州まで乗ってきた戦術機母艦の母港である横浜まで行くことになったのだった。

 たった数日間だけだが、共に戦ったリザード中隊の面々や、万全な機体が一機もいないまま国連軍司令部を目指して撤退した各国軍の衛士とは、ずっと前から家族だったように思えて仕方がなかった。

しかし俺にはやらねばならないことがある。光州で連れ添った仲間たちに別れを惜しまれながら、俺は一人で戦術機母艦に戻り、横浜に帰還するのだった。

 

「報告書は読んだわ。アンタみたいな訳アリが入っても不審に思われない場所に放り込んだんだけど、相当前線は酷かったようね」

 

「えぇ……あれが本来のBETAとの戦いなんだ、って戦っている時は実感しませんでしたけど……」

 

 目の前で足を組みながら、俺が戦術機母艦内で書き上げた報告書を読む夕呼先生は、他の報告書らしきものも手に取って読み始める。

多分だが、もう一つの報告書らしきものはA-01が提出したものなのだろう。顔を顰めながら睨みつける様に読み進めている。

 

「……ご苦労さま」

 

「はい。こっちでは何かありましたか?」

 

「特にないわ~。強いて言えば、一人になっても鑑がうるさかったくらいよ」

 

「はぁ……純夏のヤツ……。俺が見ていない間に先生にご迷惑掛けませんでした?」

 

「それも無いわね。むしろうるさくてもやることはやっていたわ。アンタの吹雪とまりもの撃震の整備はあったから、基本そっちに付きっきり」

 

「そう言えば出撃前日まで実機試験はやってましたね。というか純夏のヤツ、戦術機の整備なんてできるんですか?」

 

「アビオニクス系はイジれるようになったみたいよ。社のプログラミングアシスタントをしていたからかしら? それに戦術機でやることなくなると、執務室やらあちこち掃除して回ったりしてたようね」

 

 二組の報告書を机の上に放り投げた夕呼先生は、そのままコーヒーメーカーの前に立ってコーヒーを入れ始めた。

 

「順番が逆になったけれど、アンタの耳に入れておきたいことがあるわ」

 

 再び席に戻った先生は、カップを傾けながら話し始める。

 

「A-01に建前的に試験導入したXM3についてよ」

 

 問題が起きたのだろうか?

 

「当初は一個中隊に与えたXM3だけど、3月下旬には一個大隊にまで膨れ上がったのは知っているわね?」

 

「はい。やはりと言うかなんというか、あれは衛士から見れば画期的なOSですから。直接見たり体験したりすれば、使いたくなるものだと思います」

 

「そうよ。結局連隊全機に導入することにはなっていたんだけれどもね、光州作戦に間に合ったのがその一個大隊だったって訳。それでXM3搭載機と旧OS搭載機の光州作戦時のキルレシオを見たのよ。……10:1よ」

 

「それはつまり……」

 

「えぇ。XM3を搭載した一個大隊が、光州作戦に参加した旧OS搭載機のレシオと並んだわ。参加戦術機数は三個師団相当だったはずだから、そこから単純計算でね。任務は色々与えていたけれど、XM3の実証実験は成功。その上、一個大隊規模の不知火が大立ち回りしたお陰で参加軍から問い合わせが殺到中。まぁ、教えてあげないんだけどね」

 

 俺の担当戦域からかなり離れていたところを担当したA-01が、どんな戦いをしたのかは気になる。俺のことをよそに、夕呼先生は話を続けた。

 

「光州作戦には二個大隊を投入したけれど、未帰還は27。XM3搭載機に限れば4よ」

 

 一度BETAとの戦いになれば、戦術機が戻ってこないなんてことは当然のことであることはよく知っている。知っているからこそ、夕呼先生の言った4機未帰還というのは、とてつもなく大きなことであることは理解できるのだ。

 静かに聞いていた俺は、頭に思い浮かべていたことを口にする。

 

「撃墜機の扱いは、どうなっているんですか? 前の世界では、回収できるところでは回収していたと思うんですけど」

 

「ふぅん……。撃墜された不知火は爆破処分されているわ」

 

「爆破?」

 

「前の世界、11月11日のBETA上陸と12月5日のクーデターの時は国内だったから、全て私が回収したわ」

 

 厳密に言えば、A-01専属チームが回収したのだろう。指示は夕呼先生が出したということだ。

 

「だけど今回は国外。国内なら私の手が届くけれど、一度外に出れば状況は変わるわ。XM3は子飼い部隊の作戦遂行率を上げる意味でも必要なもので、他の国や部隊に渡るのはできる限り避けたいの。前の世界では余裕がなかったけれど、今は余裕はないにしろ猶予はある」

 

「それとXM3を隠匿する因果関係は……反オルタネイティヴⅣとオルタネイティヴⅤ推進派の対策ですか?」

 

「よく考えるようになったわね。その通り。まだ生まれて間もないオルタネイティヴⅣの息を永らえさせなくてはいけないからこそ、XM3は私たちの手の届く範囲でのみ運用することになるわね。当面はA-01だけになるわ」

 

 衛士の生還率があがる要因にもなるXM3を、そんな政治的理由で使わせなくする。そんなことを頭では理解できていた。そうしなければ、オルタネイティヴⅣが中断されてしまうかもしれない。オルタネイティヴⅤに進ませてはいけないからこそ、彼らにスキを見せない意味でも、彼らに力を持たせない意味でも必要なことなのだ。

だが、心は別のことを叫んでいる。今からでも普及させれば、死ぬ人を減らせるかもしれない。前線を押し止めることができるかもしれない。本土に上陸させないようにできるかもしれないのだ。

 ぐっと気持ちを抑え込み、俺は夕呼先生の目を見る。

その目はいつも見てきた目だ。人類を救うため、悪魔に魂を売った。後ろ指を刺されながらも、大多数を敵に回しても、直向きに人類の勝利を願って己の力を使ってきているのだ。

そんな先生の後ろ姿を見たからこそ、俺は抑え込むことができたのかもしれない。力も覚悟もある。理解した。先生と目指す先が同じだと言うのならば、俺も一緒に歩けばいいのだ。

 

「となると、第207衛士訓練部隊の戦術機訓練だけは、まりもちゃんがXM3を教えることになりますね」

 

「……そうよ。既に次の代のが入ってきて訓練を始めているわ。まだ前期訓練中だけれども、総戦技演習が終わり次第XM3よ」

 

「戦術機訓練を受けていない訓練兵が、始めからXM3を使って訓練した時の伸び方は尋常じゃないと思います。俺の代は特別でしたが、きっと今度受ける訓練兵も訓練次第で同じくらい強くなると思います。教えるのがまりもちゃんなら尚更」

 

「XM3を初めから使って、早々にくたばってもらっちゃ困るわ。アンタもあたしも」

 

「そうっすね……」

 

「あたしやることあるからここで終わりよ。アンタは好きなようにしなさい。ひとまずやってもらうことは終わったから」

 

「そうさせてもらいます。失礼します」

 

 XM3はオルタネイティヴⅣの成果物になる、と夕呼先生は言っていた。だからこそ、XM3でなければ得られないメリットをデメリットが霞むくらいに大きいものにしなければならない。先行配備されたA-01の一個大隊では、未帰還機が4機だった。そも旧OSが23機だったのに対して、だ。これは大きなメリットになるだろう。しかし、XM3の真骨頂は反応速度の上昇だけでない、追加された機能にあるのだ。俺はF-15Cで参加したが、夕呼先生からはあまりキャンセルやコンボを多様しないように言われていた。全力機動はなるべく人目に触れないことや、誤魔化しの効く『前線国家で訓練を受けた』がカバーできる範囲だけで実現ができたのみだ。

となれば、次にやることは自ずと決まってくる。夕呼先生のオルタネイティヴⅣが盤石なものとなり、人類が反旗を翻すその時までオルタネイティヴ計画を独走させることだ。

夕呼先生の執務室を出た俺は、荷物を仮眠室に放り入れて純夏と霞のところへ向かうのだった。最初は帰還報告だ!

 

※※※

 

[同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有機密区画 電算室]

 

 俺は2人がいるであろう電算室に向かった。というのも、純夏は夜に仮眠室へ戻るまでは国連軍の機密区画内のあちこちにいる。その中でも一番確率が高いのは、霞がよくいる電算室だった。

俺の予想は当たっていたらしく、電算室の扉を潜ると、中からコンピュータのラジエータファンが唸りを上げている中にキャッキャと主に聞き覚えのある声が聞こえてくるからだ。

 

「ただいま~」

 

「あ~~~~!!! やっと帰ってきたーーーー!!」

 

「ただいま、霞」

 

「……おかえりなさい、白銀さん」

 

「無視するな~~~~!」

 

「よう、純夏」

 

「あ、うん……タケルちゃん」

 

 いつものごとく元気に騒ぐ純夏に、物静かにコンピュータのモニタとにらめっこしていた霞が俺をチラッと見てすぐに視線を戻す。あぁ、今仕事中だったのね。俺も少しはプログラミングの勉強をしているから分かるのだが、霞の技術は本当に技術者のソレだろう。タイピングが止まることを知らず、モニタの文字列がどんどん上へ上へと押し上げられていくのだ。

一方、純夏は急に静かになった。俺のことを見てすぐは元気だったのに、ジロジロと俺のことを見渡している。

 

「なんだよ、純夏」

 

「あ、うん……あはは。"前の世界"の記憶があったとしても、全部一緒に出撃したことしかなかったからさ。こうやって私は残って、タケルちゃんを見送ることってなかったから……」

 

「そっか……そうだよな……。ただいま、純夏。俺は元気に帰ってきた。怪我もしてないし、ほら、この通り!!」

 

 純夏に見せつけるように屈伸運動や手を振ったりしてみせた。

純夏が何を思って言ったのかは分かっているつもりだ。だが、どんな返答を願っているのかまでは分からない。分からないが、俺は俺のしたいようにする。俺は何事もなく帰って来れたんだ。

 そんな俺を見た純夏は、フラフラと立ち上がって俺に抱きついた。これまでに何度もしたことあった。だが、"この世界"では初めてだ。俺は純夏の背中に手を回して抱き寄せると、そのまま顔を純夏の顔の横に持っていく。左頬に純夏の赤い髪の毛が当たってくすぐったいが、それが気にならなくなる程に、そして純夏が壊れないくらいに力を入れて抱き締めた。

 

「怖かった……」

 

 たった一言が俺の心に刺さる。純夏が戦場に出た訳ではないが、純夏の記憶の中にはBETAと生身で対峙したものがあるのだ。俺も"前の世界"のプロジェクションで観せられているからこそ、純夏が心で何を思ってその言葉が出てきたのかが理解できる。

できてしまうからこそ顔に出てしまうのだ。言葉にしなくとも雰囲気や表情で相手に知られてしまう。俺は純夏に顔を見られないよう、一層力を入れて抱き締める。

 そんな俺に霞がふとこちらを見て、いつもの様に淡々と話し始めた。

 

「……出撃が決まり、白銀さんの搭乗機が確保できた時、純夏さんは白銀さんの機体に細工をしていました」

 

「細工?」

 

「……はい。白銀さんのF-15ですが、あれはC型だと聞いていると思います」

 

「え? あ、うん。配属が光州基地だったから配備されているのはF-15かF-4だもんな」

 

「……あのF-15を用意したのは香月博士です。CPU換装とXM3インストール作業は白陵基地で私と純夏さんが行いました」

 

 マジか。一度CPU本体諸々、戦術機の制御系を見せてもらったことがあるが、換装作業は霞たちが行える程楽な仕事じゃないのは目に見えて分かる。そもそもCPU自体が大型であるということもあるし、制御するために必要な電力供給は旧OSと少し違うのだ。だからCPUとXM3がセットで運用されて本領発揮するという話は本当ではあるのだが、その実、電源変換ユニットやら諸々も交換するのだ。

 

「……簡単に言ってしまえば、あのF-15は簡易版のJ型でした。短時間であれば近接密集格闘戦も可能です。同じく、長刀も使用可能でした」

 

 嘘だろ。F-15Cだとばかり思っていたから、長刀の使用は控えていたのに……。しかも国連軍司令部の前に展開した時、帝国軍が残していったコンテナに未使用の長刀がこれでもかと死蔵されていたのだ。継戦能力を優先したため、長刀の使用は最後の最後にしようとしていたのに、実は使えましただなんて今聞かされても……。

 

「ウッソだろオイ……。初期装備も突撃砲4門で、撤退まで長刀なんて指一本触れなかったのに……」

 

「……起動シーケンスでステータスに《F-15C Extra》と表示されたはずですが」

 

「見てねぇ……クッソ~~~~! それ見てたら確実に気付いたのに~~~~!」

 

「……ごめんなさい」

 

「いんや、霞は悪くない。気付かない俺が悪い」

 

 気付かなかった俺が悪い。これで霞がイジってくれたF-15Cを撃墜されたなんて話だったら笑えない。恐らく、霞の好意でイジったのだろう。それに、今後もF-15Cには乗ることになりそうだからな。きっとそれまでに霞が色々やってくれるかもしれない。それを期待しよう。

 

「霞ちゃんがC型とJ型のプログラムを比較して、近接格闘戦ができるように書き換えたんだよ~~~~。さっき霞ちゃんが見ていたのだって、F-15Jのプログラムだもんね」

 

「……はい。簡易版しか書き換えてませんので、今回はオルタネイティヴⅣ製のF-15Jを作ります。既にハードの発注は香月博士にしました」

 

「今現在、吹雪持ってるんだけど、オレ……」

 

「いいじゃないのさー。タケルちゃんには必要なんだから。それに吹雪はオルタネイティヴⅣが使ってるけど、白陵基地用でもあるんだから」

 

 俺から離れた純夏はニヘラと笑いながら言う。

 

「わかってらぁ」

 

「ほんとに~~~~?」

 

「お、おう」

 

 端切れの悪い返事を返してしまう。

 

「……次の任務は決まっていないので、白銀さんは通常任務に含めてF-15Cのテストパイロットをしてくださいね」

 

「分かった」

 

「……プログラムの上書きをしてきます。またね」

 

 コンピュータの前から立ち上がった霞は、愛用のラップトップを片手に電算室から出て行ってしまう。純夏は遅れること数秒後、同じくラップトップを片手に霞を追いかけて行ってしまった。

 

「霞ちゃん、待って~~~~!」

 

 電算室に置いてきぼりになった俺は、そのまた数秒後に再起動し、しなければならないことを始める。

まずは自分の処理しなければいけない事務仕事だ。一応表向きはTF-403の部隊長は俺になっているので、部隊宛に回ってくる書類を確認しなくてはならないのだ。と言っても数枚程度なので、確認して次の部署に回すだけだ。

誰もいなくなった電算室の照明を落として、俺は一人仮眠室に向かうのだった。

 


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