Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1998年4月1日 朝鮮半島海南郡沖]
先生、俺はアンタを恨むぜ……。事の始まりは4日前に遡る。
3月の下旬。純夏と霞の3人で他愛のない話をしていた。俺は年明けにXM3が完成して以来、体作りとシミュレータ訓練、勉強くらいしかしていない。純夏も勉強と並行して筋力・体力作りに燃えており『体が引き締まったッ!!』と喜んでいた。霞もそれに付き合って、程々に訓練を交えつつも、メインの頭脳労働をしている。そんな俺たち3人が話していると、そこに夕呼先生がこう言ったのだ。
『アンタ。ちょっと朝鮮半島行ってきなさい』
と。拒否する間もなく、準備が進められていた。そして、気付いた時には黄海を航行する戦術規母艦の中に居た。
夕呼先生から俺に与えられた任務は簡単だ。俺には身分詐称が厳命されており、
先生が『悲劇を止めるならここからよ』と俺に言っていた。つまり、俺がしなければならない事は"そういう事"なのだ。だから国連軍司令部を守れ、という任務が与えられたのだろう。
「いいさ、やってやる」
俺はそう呟き、戦術機に乗り込んだ。
今回、俺が乗る戦術機は吹雪じゃない。モグリであることを悟られないため、極東国連軍光州基地に配備されている戦術機と同系統のものを夕呼先生が用意した。F-15Cだ。これにXM3を搭載して慣らし運転をしてあるものを持ってきている。少々動きが異常になるかもしれないが、俺の生還も厳命されているため、何か言及されるようなことがあれば、どうにかして回避しろとのこと。最悪、処分しなければならないという。それに、万が一撃墜された場合は、管制ユニット内に仕掛けてある時限式
髪型を少し変え、俺は戦術機母艦から飛び立った。目的地は既に戦闘が開始されている第2防衛線。
※※※
[同日 光州作戦第2防衛線]
極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊と合流。この時、第2防衛線は混乱を極めていた。既に第13戦術機甲中隊は半壊。合流前は残存機5機という状況にあったが、俺が加わったことで少し持ち直したようだ。
『貴官がHQから連絡のあった補充兵か? 俺がこの
「はッ!! よろしくお願いします!!」
アレックス・ミラー大尉。極東国連軍に属するソ連系だという。社会主義思想が嫌になり、国連軍に入ったとか。中年で白髪なナイスなミドルだ。
『俺はイ・ヒョンジュン少尉。よろしくな、坊主』
「よろしくお願いします」
頬の痩けた韓国人青年のようだ。ソウルに住んでいたが、韓国軍が散り散りに敗走してしまったため、国連軍に籍を置いているという。
『イ・スギョン中尉よ。よろしくね』
「よろしくお願いします」
こちらは韓国人女性。半島の北の方に住んでいたらしいが、軍がなくなってしまったので国連軍に籍を置いているという。
『済まないが残りの2機は後退している。損傷が酷かったのでな。中の衛士も重傷だったみたいで、こっちに戻ってくるのは難しい』
ミラー大尉はそう言って、オープン回線で状況説明を始める。現在、第13戦術機甲中隊の担当戦域にはBETAがいない。全て始末したという。しかし、これから続々とBETAは来るだろうと予想されているとのこと。両隣の戦域でも、第13戦術機甲中隊のように脱落者が多数いるらしく、既に後方へBETAが流出しているというのが現状。第2防衛線残存兵力は、第1防衛線から後退する戦術機甲部隊の支援を行いながら、第3防衛線まで後退。国連軍司令部と背後を進行する民間人たちの誘導を支援せよという命令が司令部から下っているのだ。この際、第3防衛線まで撤退する最中は砲兵部隊や黄海に展開している日本帝国海軍・統一中華戦線・大東亜連合・国連軍混成艦隊による支援砲撃が行われるとのこと。
既に第1防衛線残存兵力は後退を始めており、少数の戦術機甲部隊が後退中であった。俺たちの戦域に通過するのは、2機の
『リザード1より第1防衛線から撤退中のJ-8。所属と階級、状況の説明を求む』
ミラー大尉が戦術データリンクに映った機影に通信を呼びかける。するとすぐに応答が入った。
『トライアド1よりリザード1へ。統一中華戦線 第66戦術航空連隊
『リザード1よりオールユニット。リザード隊はトライアド隊の2機をエスコートしながら、一度第3防衛線まで後退する』
『『「了解」』』
※※※
第3防衛線の状況もいいという訳ではなかった。BETAとの戦闘は発生しており、押し潰され掛けていた。トライアド隊の2機は統一中華戦線司令部と連絡を取ることが出来、負傷者を降ろしてから予備機に乗り換えて戻ってくるとのこと。俺たちは第3防衛線の補強のため、戦列に加わり戦闘を繰り返していた。
XM3を搭載したF-15Cの機動はやはり、旧OS搭載機よりも機敏に動くことが出来る。撤退中にそのことをミラー大尉やイ中尉、イ少尉にも聞かれた。しかし、答えることはせず、『お前の腕がいいんだろうな』とミラー大尉が纏めてしまった。
とはいえ、俺の機体のみ動きが機敏なのは徐々に国連軍部隊内でも広まりつつあった。それに、担当戦域の掃討が終わると、俺たちは他の戦域へ移動しては戦闘を繰り返していた。ミラー大尉が『俺たちの部隊も壊滅したが、機体のステータスに問題はない。ならばすることは味方の援護だ』と言って、司令部の許可の元で転戦することになったのだ。
『リザード1より
「リザード4了解」
『リザード2了解。確かにリザード3との連携の方が安定しますが……』
『リザード3了解。俺たちで組んだ方がいいに決まってる。ウェン少尉の機動についていけるのなら、俺はミラー大尉と組むが?』
『バカ言わないで。無理よ』
『なら言うな』
即席分隊を形成し、第3防衛線を転々としつつあると司令部からオープン回線で通信が入る。日本帝国大陸派遣軍が突如として担当戦域を離脱。避難民を海南船舶ターミナルへの誘導のため、戦術機・戦車部隊が後退。自走砲部隊は変わらず支援砲撃を続けているとのことだった。
これが恐らく『光州作戦の悲劇』だ。大陸派遣軍司令官を務める彩峰 萩閣中将が独断で命令を下したものであり、『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』を実行したまでに過ぎないということだ。戦列を離れることは、1つの軍団としては大問題ではある。しかし、彩峰中将は"成すべきことをした"に過ぎないのだ。人として。だからこそ、それだけ部下が付き従っているといえる。
行動を起こすのなら今しかない。俺はそう考え、ミラー大尉に上申をすることにした。今、遊軍になっている崩壊した部隊を集結させ、国連軍司令部正面に展開すれば守りきれるかもしれない。
「リザード4よりリザード1へ。我々は第2防衛線以前から撤退した戦術機を纏め、日本帝国軍の抜けた穴を塞ぎに行きましょう」
『リザード1よりリザード4。理由を聞いてもいいか?』
怪訝な表情をしたミラー大尉から、俺は理由を聞かれた。ここで説得をしなければ、このまま国連軍司令部はBETAに蹂躙されてしまう。それはなんとしてでも避けなければならない。
「はッ!! 日本帝国軍の担当していた戦域は押されつつありましたが、残存戦力は一個連隊程でした。しかし、それらの殆どが抜けてしまったとなると、進行中のBETAが最終防衛線を抜け、後方の国連軍司令部に到達してしまいます。各戦線には防衛線から後退してきた戦術機甲部隊が合流をしていますが、どこも手詰まりなはず。ならば、防衛線の支援のために転々としている俺たちが向かうべきです。幸いにして、第3防衛線は徐々に後退中。最終防衛線の戦力増強がなされるため、遊軍となる我々にしかその穴を塞ぐことは出来ません!!」
『……まだガキの癖になぁ。よし分かった。リザード1より全
負け犬隊。ミラー大尉が第3防衛線で転戦する中、増えていった戦術機たち。それは第1防衛線や第2防衛線から、全滅したと思われていた戦術機たちだ。その実、前線に残って足止めをしていた連中だが、どうにか後方にたどり着いた奴らで出来た臨時編成大隊だった。どの機体も何かしら部位が破損しているものばかりだが、まだまだ戦える者たちでもある。だからこうして、転戦する中で拾ったミラー大尉に付いて来ているのだ。指揮官だったり新兵だったり、J-8やF-15C、MiG-21 bis、MiG-23、F-4E等など。統一中華戦線、極東国連軍、大東亜連合軍といった部隊で成された混成部隊が出来上がった。
『リザード1よりオールユニット。これより日本帝国軍が抜けた穴を塞ぐべく、国連軍司令部の正面に展開する。司令部が落ちれば、俺たちがここに来た意味はない!! 俺たちの守るべき民は日本帝国軍に任せよう!! 俺たちはここで死ぬべきではない!! 俺たちはユーラシアに忘れられた戦士だッ!! 俺たちの生き様、俺たちの武勇、俺たちの想いをこの
『『『『『応ッ!!』』』』』
周囲に集結していた戦術機が一斉に跳躍ユニットを稼働させる。次々と浮き上がり、頭を向けるのは最終防衛線。国連軍司令部に向かうBETA集団だった。様々な戦術機たちは、そのBETAを殺戮すべく飛び立ったのであった。
※※※
『……こちら第221歩兵連隊。もう持たない!! 兵士級や闘士級はどうにかなるが、戦車級や要撃級は対処出来ない!! 至急救援を!!』
『
『ぐああァァァァァァァ!!! く、駆動系が!! や、止めろ止めてくれェェェェ!!! がぼ』
ボロボロの戦術機甲部隊が国連軍司令部前面の最終防衛線に到着したのは、もう少しで戦線が完全に崩壊する一歩手前だった。数機の戦術機と歩兵・戦車部隊による懸命な戦闘が行われている最中、俺たちは火線の正面に降り立ったのだ。
『リザード1より国連軍司令部に通達』
オープン回線を開いたミラー大尉は話しながら、迫り来る戦車級や要撃級を撃ち続ける。
『リザード中隊……第2防衛線の第13戦術機甲中隊か!? 奴らは全滅したのでは?』
恐らく国連軍の指揮を執っていると思われる将校の映像が映し出される。その顔には焦りと恐怖からか、脂汗が額から滲み出ていた。
『リザード1より
『そうか……。最終防衛線を頼んだ』
ミラー大尉はそれに答えることはなかった。
『張大佐。弾薬と推進剤は』
『推進剤はあまり補給出来ていないが、弾薬は別だ。歩兵の後方に補給コンテナが設置された。突撃砲の補給と、何処から持ってきたのやら長刀まである』
『ありがとうございます』
戦域データリンクに補給コンテナの位置が表示される。総数20基。その殆どが突撃砲のものだが、1つだけ長刀のものもある。どうやら第2防衛線にあった日本帝国軍のものらしい。これだけあれば機体が壊れるまで戦い続けることができる。
極東国連軍司令部正面に展開した戦術機甲部隊は、その損傷からは想像も付かない程の動きを見せることとなった。元々機体自体にあまりダメージのなかったリザード中隊に、予備機を取って戻ってきた張大佐のトライアド隊を中核としていることは一目瞭然だった。所属はバラバラだとしても、そこが守らなければならない場所であると言わんばかりに。他の司令部は撤退済みであり、残すところ俺たちが守る国連軍司令部のみとなっていた。避難民の収容は国連軍の輸送船を使用しているという理由もあり、司令部撤収のための輸送船はまだ接岸出来ていないのだ。
しかしながら、そのような状況下にあったとしても、俺たちは戦い続けた。瓦解すると思われていた国連軍管轄の防衛線は、司令部目前で持ち直していた。戦術機母艦に戻っていた各軍の戦術機も、続々と救援のために最終防衛線に集結しつつある。
そして最終防衛線での戦闘開始からおよそ60分後。国連軍司令部撤収の時間を稼いだ混成部隊と共に、司令部非戦闘員が朝鮮半島から撤退。光州作戦に於ける、最大の危機は脱することが出来たのだった。
※※※
[1998年4月2日 東シナ海洋上]
俺たちリザード中隊が収容された戦術機母艦には、乗り合わせた他軍の戦術機があった。俺たちは国連軍ではあるのだが、黄海で強襲上陸を務めた大東亜連合と統一中華戦線の戦術機母艦はおよそ7割が轟沈していたのだ。そのため、作戦終了時に戦術機を収容する母艦の数が足りなくなったのだ。
「いやぁ、助かった。極東国連軍が強襲上陸の時に使った戦術機母艦が無傷で何隻も残っていたんだろ?
「そら知りませんでした。統一中華戦線の戦術機母艦はソ連のレンドリースとライセンス生産のものがほとんどだと聞きましたけど、数は足りないんですか?」
「造船所も明かりが落ちないくらいに働いてるんだが、それでも足りなかったんだ」
「張大佐が乗った母艦も?」
「もちろん。俺たちの連隊には戦術機母艦が7隻与えられていたが、それでは連隊全機は載せれないからな。甲板に潮さらしにするしかなかった」
戦術機母艦のハンガーに、俺とミラー大尉、張大佐が集まって話をしていた。行きに俺の戦術機を載せていた母艦だが、俺を送った後は光州作戦に参加した国連軍の指揮下に入ることになっていた。俺が帰る時にも、この戦術機母艦を使うようにと夕呼先生に言われていたのでその通りにしている。
しかし、先生も想定外だろう。俺を編入した部隊は俺を残して全滅すると思っていたらしく、また、戦場で共闘した他軍の戦術機を載せることになる等眼中にすらなかった筈だ。俺のF-15Cの秘密を知られる可能性は捨てきれないが、先生への意趣返しのためとでも思っておこう。
「しかしなんだ、ウェン少尉のF-15Cはおかしな動きをするんだな」
「張大佐……」
「詮索はしたくはなかったんだが、単純に興味だ。俺の知っているF-15はあんな動きはしない。設計思想からしても、近接戦闘は開発元からしても考えられないからな。だが、ウェン少尉の戦闘スタイルは俺たち統一中華戦線やその他、自国領土内にハイヴを抱える国にありがちな近接密集戦闘だ」
「お、俺の所属していた訓練部隊では、そのようには教わらなかったんです」
「はははっ!! なるほどなぁ。そりゃ、砲撃戦向きの機体なのに近接密集戦を行う訳だ。
ゲラゲラ笑い、俺の肩を叩く張大佐はタバコを吸いながら、一度深呼吸をした。
「戦友になったお前らに、恐らく後から聞かされることを先に伝えておこう」
戦場で戦っていた時の雰囲気に切り替えた張大佐は、俺たちが椅子代わりにしていた突撃砲の弾薬箱にもたれ掛かりながら淡々と話し始める。
「光州作戦に投入された戦術機、およそ9割を喪失。俺たち統一中華戦線機は残存が俺と僚機になった金中尉が乗っていた予備のJ-8だけ。他の軍も変わらないんだろう? 参加機数が多かった国連・日本帝国軍は帰還機数が多かったとしても、統一中華戦線も他国軍も同じだ」
「大東亜連合に組み込まれた朝鮮人民・大韓民国軍も同じです」
「
鉄原。確か朝鮮半島中央にある地域だが、その地名には聞き覚えがある。ハイヴが建設された場所。光州作戦時にはすでに陥落していて、衛星がBETAがハイヴを作っているところを確認しているのだろう。
「先程同乗の礼を艦長に言いに行った時、
俺も夕呼先生からは聞いている。途中で合流する際、眼下で炎上しながら沈んでいく船は数え切れない程見た。だからこそ、張大佐が言いたいことが理解できた。
「いつまで経っても、慣れないな……。否。慣れたくはない、な」
そう呟いた張大佐の声が虚しく、機械音と収容できた負傷者や民間人の声で掻き消えていった。