無様屈服ワンちゃんばかりのこの世界で俺は巨乳好き   作:クゥン

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気分は天気に引っ張られる

 

 

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』───

 孫子の言葉で、敵と己のことをよく知ることで勝利を確実なものにするという教訓だ。

 

 この言葉に倣い、俺もいくつかの成人向け本からメスガキ物の作品を読んだことがある。

 趣味ではない物を読むのは大変な苦痛を伴うが、やむを得ない。

 これもメスガキを理解するためのコラテラルダメージに過ぎない。

 自身の安全を得る為の、致し方ない犠牲だ。

 

 しかし得たものはと言えば『どういった場所、シチュエーションが危険か』ということだけである。

 もう知ってる。知りたくなかったよクソッタレェ……!

 

 

 

 しかし同時に興味深いことも判明した。

 

 

 

 メスガキ物同人におけるジャンルの一つに、受け責めの逆転───通称『分からせ』というジャンルが存在する。

 平たく言えば男側がメスガキに立場や力量を『分からせる』というジャンルだそうだ。

 すまねぇ、メスガキ同人物はさっぱりなんだ。

 

 以前まで……つまり世界が改変されたと思われる時点での『分からせ』物とそうでない物の割合。

 それについては当時の俺も、流石に調べたことは無い。というか調べたことあるやついないだろ多分。

 

 ただ、そう。

 決して『少なくはなかった』という印象だ。

 ネット通販サイトなどでも『見かけることはあった』という程度だ。

 

 

 

 

 

 ではこの世界ではどうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは『存在しない』。

 

 この世界には『メスガキ分からせ物』というジャンルは存在しない。

 

 何故なら『メスガキに勝つ・分からせる』というイメージが存在しないからだ。

 

 悲しきかな、この世界の男は絶対にメスガキには勝てないということだ。

 

 お前ら頭どうかしてるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───水が増える程、それに伴って体積が増える。これが比例するってこと。ここまで大丈夫?」

 

「ないです」

 

「ないよー」

 

 

 喫茶店のテーブルを挟んで双子が返事を返す。

 俺は今バイト先の一角を借り、二人の勉強を見ている。

 

 そう、勉学を促し『理解らせて』いるのだ。

 自分で言ってて気分が悪くなってきた。もう二度と使わねぇぞ。

 

 口調に違和感があるが、仕事中はともかく今はプライベートなんだから普段の口調で話せとは双子達の言だ。

 二人の機嫌を損なうとオーナーから何言われるか分かんねぇからな……。

 

 

「さっきの水槽から1分ごとに2リットル水が抜けていくとする。これも時間が増えて出ていく水の量が増えるから、時間に対して比例しているってことになる。どの式使ってるか分かるか?」

 

「えぇっと、y=a×x、でいいんですか……?」

 

「芽衣ちゃん正解。んじゃ次の練習問題もやってみ」

 

 

 というのも、今現在外は大雨で身動きが取れないのだ。

 今日は一日晴れの予報であり、俺も双子達もまさか大雨が降るとは思っておらず、傘を持ってきていない。

 

 店員を除くと店内には雨で立ち往生している何名かのお客さんと、シフトを上がったはいいものの帰れない俺、店に偶然足を運んでいた双子達しかいない。

 お姉様方の困り顔は麗しく目の保養になるが、それはそれとして身動きが取れないのは困る。

 

 

「しかし二人とも飲み込み早ぇなぁ。それにここ、もうちょい先の授業でしょ?」

 

「まーね。でも宿題終わって暇だったしー」

 

「うん。……それにしても雨、止まないですね」

 

 

 ふと外に目をやると、強い雨風が窓をバシバシと叩きつけている。

 風が強く、横殴りの雨は傘を差しても意味が無さそうだ。

 これのせいでかれこれ1時間、足止めを喰らっている。

 

 その間どうしたものかと悩んでいた所この二人に見つかり、暇つぶしに勉強でも見ながら駄弁っているという訳だ。

 

 

 

 

 こうして二人の勉強を見ていると昔を思い出す。

 

 昔は皆で勉強をして、分からない所を教え合うのが好きだった。

 特に教えるのが好きだった。

 教えた知識を自分の糧として、勉強を楽しんでくれる姿を見ると、たまらなく嬉しかった。

 

 ……もっとも、今じゃそれもあまり感じない。

 この世界は、俺に夢も希望も与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 二人が問題に取り組み始めたのを見て、ふと何の気なしにぼうっと考え事をする。

 

 先日の先輩に対し感じた印象……先輩はメスガキではないのでは?という認識についてだ。

 呆けて考える事がこれなのはどうかと思う。

 

 

 

 

 

 

 色々整理して考えてみたが、俺が一ノ瀬先輩をメスガキと判断したのは第一印象、つまりは容姿だ。

 我ながら浅慮な考え方で辟易とするが、それが一番手っ取り早い判断方法だったことは否めない。

 

 つか、初対面で「ざっこ♡単位取るのやめちゃえばぁ?」だぞ?

 普通にメスガキのそれだと思うだろ。

 あれ素かよ紛らわしいにも程があんだろ。

 

 これらのことを鑑みるに、先輩は『メスガキ』ではなく『合法ロリ』なのだと判断できる。

 つまりメスガキでは、ない。頭がおかしくなりそうだ。

 

 

 そして先輩の存在は俺に一つの仮説を与えた。

 

 

 それはこの世界において『メスガキにならない子供がいるのではないか?』ということだ。

 今までの俺なら馬鹿馬鹿しいと一笑に付していたことだろうが、先輩の存在はそれほどまでに衝撃的だったと言わざるを得ない。

 

 いや、そもそもの前提が違う可能性もある。

 この世界の法則が適用されない子供がいる、とか。

 メスガキとして育つ子供とそうでない子供、そこに何らかの要因があるのか? 

 

 しかしそうすると今まで出会ってきた多くのメスガキ達はどうなる?

 あの子らの中にもそういった子がいないとは言い切れないのではないか?

 現に目の前の双子だって……

 

 

「ねー芽衣、これで合ってる?」

 

「……すごいっ、全部合ってるよっ!」

 

「やったー」

 

 

 ……気が抜けるようなやりとりをしている。

 この光景を見ていると、あの時見ていたのは何かの間違いだったんじゃないかと思えてくる。

 

 

 

 

 

 ……いや、待て

 

 間違いだったんじゃないか?

 

 もし、もしそうだとしたのなら。

 

 この二人がメスガキではないとしたら。

 

 俺にとって大きな『何か』が掴めるんじゃないか?

 

 

 

 

 

 今あの時のことを聞き出すのも少々憚られる……が、聞けばあるいは、その何かが分かるかもしれない。

 

 

「なぁ、芽衣ちゃん、美樹ちゃん」

 

「んー?」

 

「はい?」

 

「気分を悪くしたらごめん。少し聞きたいことがあるんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振って湧いた楽しい勉強会、そんな中お兄さんが切り出したのは、私達が出会ったときの話だった。

 

 

「あたし達と出会ったときのこと?」

 

「ああ。もし話したくないなら構わねぇんだ。ただ、今更だけどあの時のことが気になっちまって」

 

「私は大丈夫です……美樹は?」

 

 

 お兄さんはバイト中ではないから、今は普段の口調に戻してくれている。

 なんか男の人って感じしてちょっぴりドキドキする。

 

 それにしても会ったときのこと、かぁ。

 私の中ではあの時のことは、私達が出会えた、思い出として覚えている。

 

 ……でも、美樹は大丈夫かな。

 

 

「うん、大丈夫。何でも聞いてー」

 

 

 なんでもないように答えているけど、私は知ってるよ。

 今もたまに、あの時のことを思い出して怖い思いをしてるんだって…… 

 

 

「そっか。……なら聞きたいんだけどさ、あの男と相対した時、どう思った?」

 

「えっ……それ、は……」

 

 

 印象、ってことなのかな。

 それは勿論、恐かった、けど……

 けど、お兄さんはきっとそういうことを聞きたいんじゃ、ないんだよね?

 

 

「……美樹?大丈夫?」

 

「……ごめん、芽衣からお願い」

 

「うん、わかった。……第一印象は、危なそう、とかそんな感じでした」

 

 

 眼が血走ってて、お腹が空いた野良犬みたいな。

 手あたり次第に噛み付いてしまいそうなイメージを抱いた……と思う。

 

 

「あたしは、心底怖いと思った。体格差っていうの?これに襲われたら、きっと、助からないんだろうなって……」

 

「……」

 

「叶うならもう会いたくないよ」

 

 

 お兄さんはじっと、目を閉じて話を聞いてる、のかな。

 

 と思った矢先、自分のこめかみを掴んですっごいしかめっ面に……!?

 

 

「……マジか、マジかよ、マジなのか。そんなことあんのか……?」

 

 

 よく分からないけど、悩んでいる……?

 うぅん、どっちかと言えば、難しい問題を解きかけているときのような感じかな……?

 

 

「じゃあさ。……俺が現れた時、どう思った?」

 

「へぇ?」

 

「ふえっ?」

 

 

 お、思わず変な声が出ちゃった。

 でもなんでそんなことを……?

 

 

「印象っつーか……曖昧でわりぃ。けど、大事なことなんだ」

 

「それは……ねぇ?」

 

「……うん」

 

 

 私達の印象、それならもちろん……

 

 

 

 

 

 

「この人なら、きっと大丈夫って思えました」

 

「傍にいたいって思った。……変だよね、初対面なのに」

 

「強くて、温かくて……まるで、アニメに出てくるヒーローみたいでした」

 

「んふふっ、芽衣。多分私達、おんなじこと考えてる」

 

「ふふふっ、そうだね美樹」

 

 

 

 

 

「「かっこいい人だなぁ、って思ってました」」

 

 

 

 

 

 

「……………………あっはっはっはっ!!いやマジで!?そんなことあるっ!?」

 

 

 わ、笑ってる……っ!?

 えっ、別におかしなこと言ってないよね……っ?

 

 

「な、何笑ってんのさ。事実だからしょうがないじゃん」

 

「あーっはっはっは……っ!い、いやわりぃわりぃ、二人の言葉を笑ったわけじゃねぇんだ」

 

「じゃあ、どうして笑ったんですか……?」

 

 

 そう言うとお兄さんは、んー……と目を瞑って首を傾げ、腕を組み、唸っている。

 次に言う言葉を慎重に選んでいるみたいだった。

 

 

「なんて言やぁいいかな……。今まで悩んでたことがぜーんぶ嘘で間違いで、それを二人のお陰で気づけて……そう、雲が晴れた、みたいな?」

 

「よ、よくわかんない……です」

 

「だよなぁ」

 

 

 まぁそうだよな。とつぶやいてひとしきり落ち着いたみたいだった。

 しかしその途端、背もたれに身を預けてぐったりしてしまった。

 

 

 

「しっかしまぁあれだなぁー……」

 

「? どうしたんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きててごめん……」

 

「「お兄さん!!??」」

 

 

 どうして???

 

 

 

「ほんっっっっと俺ダメだわ……申し訳なさで死にてぇよ……ちょっと死んでくるわ」

 

「ちょちょちょちょおにーさん!?なんで!?なんでそうなっちゃったのっ!?」

 

「そそそそそそうですよ!!思い直してぇー!!」

 

 

 ちょっとの気軽さで持ち出しちゃいけない選択肢持ち出してるっ!?

 なんでこうなっちゃったの!?何がいけなかったのぉ!?

 

 

「俺、ダメなやつだな……何年こんな……ごめんな、二人とも……」

 

「全然いいから!!何がかはわかんないけどあたし達全然気にしてないからっ!!」

 

「そうですよっ!!気を取り直してくださいっ!!」

 

 

 何が、何がお兄さんを苦しめてるの……!?

 

 ……そうだっ!

 

 

「……えいっ」

 

「ふぇっ!?芽衣!?なんでおにーさんの隣に座るの!?」

 

 

 こっ、こうしたら元気出るんじゃないかな!?!?

 お兄さんみたいにっ、ちゃんと目を見てっ!

 伝えたいことをっ!伝えればっ!!

 

 

「わっ、私はっ、お兄さんに会えて良かったっ、ですっ!」

 

 

 だ、だから……だから……?

 私が、伝えたいことは……

 

 

「だから、し、死ぬとか……そんなこと言わないでください……っ」

 

「もっともっと、お兄さんと色んなお話、したいですから……」

 

 

 あの日、私達を助けてくれた大切な人。

 ちゃんと恩を返せるまで……傍にいさせてほしいよ……

 

 

「……ハァ……悪ぃ、心配かけた。ありがとな」

 

 

 そら、大丈夫だから戻りな、と元の席に座るよう促される。

 そう言うなら戻るけど、本当に大丈夫かな……?

 

 

「びっくりしたよほんと。なんで急に死ぬとか言い出すかなー」

 

「生き恥晒すなってうちの家訓だから……」

 

「おにーさんち死生観が戦国時代から進んでなかったりする?」

 

「分かる?実は俺んち元々忍者の家系だったらしくってさぁ」

 

「嘘乙」

 

「おいどこでそんな言葉覚えてきた。俺がオーナーに怒られんだろ」

 

 

 い、いいなぁ。

 お兄さんとああやってポンポンお話しできるの、美樹のすごい所だと思う。

 とっても羨ましい。引っ込み思案な私と違って、ほんとにすごいや。

 

 ……あ、いつの間にか外晴れてる。

 よかったぁ、きっとお兄さんの心が晴れたから……なんちゃって。

 

 

「はー安心した。でもこれで心置きなく……」

 

 

 そう言ったところで、お店のドアが開く。

 そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがあの男のバ先ねっ!」

 

「ばさき?ねっ!」

 

 

 二人の……子供?

 

 えっ、ふ、二人ともフリルすごーい……!可愛いっ……っ!

 

 

「あれ、雛ちゃん。どうしてここに?それに……先輩。誘拐は犯罪っすよ」

 

「人聞きの悪いこと言うのやめてくれるっ!?さっき話しかけられて仲良くなっただけよっ!?」

 

「仲良くなったよっ!お兄さんのお仕事先がここって教えてくれたの!」

 

 

 おにーさんの……知り合いみたい?

 せ、先輩って言ってたけど……たぶん、あんまり私達と背が変わらない方の人……だよね?

 

 

「それにね、大人のレディーのなんたるかを教えてくれたのっ。見てみて、お姫様みたいっ!」

 

「雛ちゃん、そんな頭にデカいリボン二つも付けたレディーがいる訳ないでしょー?危ないから近づいちゃダメだぞぉ」

 

「なにその罵倒、あらゆる観点から私をバカにしすぎでしょ」

 

「そーなの?」

 

「今回はたまたま知り合いだから良かったけど……ほんとマジで不安になるわ雛ちゃん……」

 

 むー……

 なんか、お兄さん、楽しそう……

 

 

「つかそれあんたのお古でしょ。まさか持ってきて着替えさせたんですか?」

 

「……着たいって目がキラキラしてたから……家近かったしつい……」

 

「おねーさんのおうち凄いんだって!お洋服がいっぱいで、お人形さんとかもっ!今度遊びに行くんだー!」

 

「おー、よかったなぁ。でも初対面の人の家に行くのはとってもまずいなー。……先輩、お縄っす」

 

「慈悲をっ!慈悲をちょうだいっ!」

 

「そこにないならないですね」

 

「そんなぁっ!」

 

 

 

 

 

「ねー、芽衣」

 

「……なぁに、美樹」

 

 

 

「楽しそーだね」

 

「……」

 

 

 

「あたし達も混ざりにいこーよ」

 

「! ……うんっ」

 

 

 なんか、ちょっともやっとしたけど。

 うん、大丈夫。

 

 

「おにーさんやい。その人達はどなた?」

 

「私達もお話ししてみたい、です」

 

「ん?ああ、悪い。2人共俺の知り合いで……いや待て、まさか雛ちゃんも……?」

 

 

 

 これからもっと、お兄さんのこと教えてくださいね、なんて。

 

 ……今は恥ずかしくて言えないけど。

 

 いつか面と向かって言えたら、いいなぁ。

 


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