無様屈服ワンちゃんばかりのこの世界で俺は巨乳好き   作:クゥン

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腰へこ犬に俺はなれない

 

 

 この世界は変わってしまった。

 何が?と言われてしまえば「全て」と答える他ない。

 

 どうして?いつから?どのようにして?誰によって?

 

 そんな誰も知ることが出来ない疑問は既に忘却の彼方。

 俺に出来ることは、ただこの世界を受け入れることだけだった。

 

 寂れた公園の細道を歩きながら、ベンチに座るやや生え際が後退した、どこか苛立たし気なスーツの中年を見やる。

 そんな彼に歩み寄っていく人影が現れた。

 

 ああほら、来たぞ。この世界の「常識」が───

 

 

 

「あれ~?おじさん一人でどうしちゃったの?」

 

「……ああ、いや。少し頭が痛くってね」

 

「ふ~ん?そうなんだぁ。ねぇ、お仕事はどうしたのぉ?」

 

「いっ、今は休憩中なんだよ!」

 

 

 

 

 

「……ふぅ~ん。お昼から公園で時間潰しねぇ?かわいそ~」

 

「(ピキッ)お、お嬢ちゃん。あんまり大人をからかうもんじゃないぞ。それに僕は時間を潰しているわけじゃ……」

 

「あれぇ?怒っちゃったぁ?子供相手にムキになっちゃったぁ??」

 

「……」

 

 

 

 

「あれあれぇ?怒っちゃったのぉ??ねぇなんか言ってみてよぉ?お・じ・さ・ん?」

 

「こっ、このガキ……」

 

「キャー!こわーい!ガキだってぇ!子供相手に凄んで悲しくないのぉ?」

 

「ぐっ……」

 

 

 

 

「ざ~こ♡ザコ毛根♡甲斐性なし♡子供に口げんかで負けて恥ずかしくないのぉ?♡」

 

「はぁ!?負けてないが!!!???」

 

 

 

 ───僕は、ついていけそうもない。

 

 ───「メスガキ」がやたらに多いこの世界のスピードに。

 

 

 

 

 

 

 

 仔細はこの際省くが、気づいた時にはこの世界の在り方は大きく変わってしまった。

 ざっくばらんに言えば、「この世界はある日を境にメスガキ物エロ同人みたいな世界」になってしまったんだ。

 

 いやそうはならんやろ!!

 百歩譲って超能力に目覚めるSF世界になるとか、魔法が使えるようになるファンタジー世界になるとかそういうのでいいじゃん!!

 よりにもよって「メスガキエロ同人世界」ってなんだよ!!バカかよ!!

 

 初めてその現場を目撃したのが、大学の講義に出ようと家を出た直後だった。

 随分体格のいい男と、見た目10くらいの子供が向かい合って話していた。

 

 方や眉間に皺を寄せ、青筋を浮かべ、今にも子供に殴りかかりそうな男。

 方やそんな大人の表情をものともせず、ニヤニヤと嘲笑を浮かべて小馬鹿にする幼女。

 

 

「ざ~こ♡お飾り筋肉♡威勢だけ♡童貞♡」

 

「あ゛あ゛!?てっ、てめぇガキの癖に……!!」

 

 

 思わず止めに入ろうと思ったが、俺はその足をすぐに止めた。

 何故か。決まっている。

 

 

 

 

 その男が腰をヘコヘコさせていたからである。

 

 

(あっ、そういう性癖の人なんだ)

 

 

 俺はその場をそっと離れ、講義へと向かった。

 それからというもの、道行く先でやたらとこういう出来事を見かけるようになった。

 

 

「やーいロリコン♡」

 

「だっ、誰がお前なんかに……っ!!」

 

 

 

「キッモ♡子供相手に盛っちゃって恥ずかしくないのぉ?」

 

「ちがっ、これは……うっ、うるさいっ!!」

 

 

 

「あっは♡無様でワンちゃんみたい♡ねぇワンって言いなさいよ♡言え♡」

 

「クゥ~ン……」

 

 

 今やこんなことが身の回りで日常的に起きるのだ。気が狂うっ!

 

 残念なことにこの世界での【男:メスガキ】の勝率は確認しているだけでも驚異の【0:10】。

 この世界の男は「メスガキ」には勝てないようにできているらしい。そんなことある?

 

 何より恐ろしいのがこの世界、メスガキ達の頭脳は大人の名探偵ばりで、その語彙力をもってしてワンちゃんを躾けている。

 豊富な語彙力と罵倒で、言葉巧みに精神を屈服させる技術がこの世界の子供にはあっちゃうんだなぁこれがぁ!いやあってたまるか。

 

 きっとそれが刺さる人間にとってこの世界は、ある種夢のような世界なんだろう。

 道を歩けば幼女(メスガキ)に当たる。なるほど、クる人にはクる世界だろうさ。

 

 

 

 

だがそもそも俺にそんな性癖はねぇんだよッ!!

 

俺はお姉さん系が大好きなんだよッ!!

 

死ぬときは、でっけぇおっぱいに埋もれて死にてぇ!!

 

 

 子供相手など冗談じゃない。俺は2つ年上のおっぱいがデカいタレ目のダウナー系お姉さんと結婚するんだ。

 年下は範囲外だし、未成年に手を出してムショ行きなど死んでもごめんだ。

 

 じゃあ同じく巨乳好きだった俺の友人達はどうなったのか?

 確認したところ、無様屈服腰振りワンちゃんになったわけではないが、最近「分からせ」という言葉を使うようになった気がする。

 今後の付き合いは要注意だ。

 

 

 

 さて、今は買い物帰り。

 無様犬に成り果てたハゲを放置し、帰路へと向かう。

 

 

「あっれぇ?お兄さんこんなところでどうしたの?」

 

 

 うわ出た。

 無駄に軽装のランドセル背負った幼女だ。

 

 などとは言ったが、別に知らない子じゃない。近所に住む女の子の雛ちゃんだ。

 姉が俺と同い年で、同じ中学だったそのよしみだ。もっとも、そこまで付き合いがあった訳じゃないが。

 

 軽くしゃがんで目線を合わせる。

 侮るなかれ、子供とのコミュニケーションではとても大切なことだ。

 

 

「よっ、雛ちゃん。買いもん帰りだったんだが、珍しい犬を見かけてな」

 

「ワンちゃんっ!?どこどこっ?ワンちゃんどこっ!?」

 

「あー……さっきまでいたんだけど、どっか行っちまったかな(警察とか)」

 

 

 腰へこワンちゃんのレア度は別に高くないけど、まぁそういうことにしておこう。

 この世界の警察が屈服マゾ犬にどんな対応をするかなんて知らん。

 だがこのご時世、公然の場で子供に大声で怒鳴り散らかし、しかも立つもん立ててたら捕まったっておかしくないだろう。というか捕まれ。

 

 

「なーんだ、ざんねーん。ねねっ、お兄さんこれから暇?遊ぼっ!」

 

「悪い、この後ちょっと用事が立て込んでんだ」

 

 

 この子を嫌っているわけじゃないが、この流れはあまりよろしくない。

 この世界の「メスガキ」カテゴリの属する子供の「遊ぼう」は素直に受け取るのは良くない。

 最悪2~3人に囲まれて殺されてもおかしくない(社会的に)。

 

 

「えぇ~~!!前も用事って断ったじゃーんっ!」

 

「すまんって。ほら、可愛い顔膨らますな。フグになっちまうぞ」

 

 

 なまじ知り合いの妹だけに心苦しいが、すまん許せ。

 君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟り無し。メスガキに不用意に近づくことなかれ。

 雛ちゃんは、ぷひゅー、と空気を吐き出してフグをやめる。

 

 

「うー……分かった。それじゃ、私も帰るっ。またねっ!」

 

「おー、またなー!前見て走れよー!」

 

 

 手をブンブンと振りながら、子供らしい笑みで走り去っていく。

 そんなあの子を見ている俺はというと、どことなく憂鬱な気分だった。

 

 

「……あの子も、メスガキ、というやつなんだろうか」

 

 

 人の性癖のことをあれこれ言いたくないが、だからこそ身の回りの人の性癖の開示などされたくはないというもの。

 

 ひょっとして、俺が知らないというだけで、あの子もそこらのへっぴり腰犬を調教しているのだろうか。

 この世の中では俺の方が異質なのかもしれないが、見知らぬ他人を罵倒するあの子を見たくないと思うのは情けない事だろうか。

 

 あんなに元気いっぱいで明るい子供が、陰では情けない大人ワンちゃんを生産していると思うと……

 

 

「なんか、やるせねぇ……」

 

 

 午後の講義の無い、幸せな一日。

 それでも俺は、この世界を嘆かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 からっぽの家に、私の独り言が響く。

 もうじき夕方なのに、家には誰もいない。

 

 

「……またお金と手紙だけ」

 

 

 リビングを覗くと、机の上には見慣れた千円札と、スーパーのお弁当。

 明日の朝と昼の分は自分で買いなさい、という暗黙の了解。

 

 それを見ているのが何だか苦しくって、私は部屋に駆け込む。

 

 自分の部屋に着く。

 ランドセルを床に放り投げ、ベッドに飛び込んで布団にくるまる。

 

 

「……」

 

 

 寒い。

 

 この家は何もかもが、冷たい。

 

 

「……お兄、さん」

 

 

 唯一あったかいのは、今日会ったお兄さんとの思い出だけ。

 その他には、なんにもない。

 

 

 それだけが、胸の中でポカポカしてる。

 

 

「帰りたくなかったよぉ……」

 

 

 最近不審者が多いというお知らせもあって、あまり一人で歩きたくなかった。

 でも今日は友達も皆帰っちゃって、私は一人だった。

 今日はなんだか、それが無性に怖くて、心細かった。

 

 

 だから、お兄さんを見かけて、つい近づいてしまった。

 

 

 お兄さんは優しいけど、あまり子供と一緒にいたがらない。

 なんとなく分かってはいるんだけど、それでも一緒にいたかった。

 この冷たい家にいたくなかった。

 

 

『雛ちゃん』

 

 

 名前で呼んでくれたことが嬉しかった。

 私の名前を呼んでくれる家族は、ロクに家に帰ってこないから。

 

 両親は仕事で帰ってくるのはいつも深夜。

 学校行事にもあまり来てくれないから、あんまり好きじゃない。

 

 お姉ちゃんは早めに帰ってきても、疲れてるからかすぐに寝ちゃう。

 しかくしけん?とかで今が大切な時期だって言ってたけど、もっと構って欲しい。

 

 

「……寂しい」

 

 

 明日も、お兄さんに会いたい。

 あったかくて、優しくて、眼を見て話してくれるお兄さんに会いたい。

 

 

 

 


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