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ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで 作者:篠崎芳
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槍の勇者


 前回更新後、2件のレビューをいただきました。ありがとうございます。


 また本日、コミックガルド様にてコミック版が更新されております。セラスの寝姿の扉絵や、トーカが蠅王の仮面(改造前の時点でもカッコイイですね)を着けるシーン、神聖連合の各国代表の登場など、見どころも多い話となっております。そして有料先行公開されている話の方では、いよいよあのキャラクターも登場いたしました。今回も、美麗に描いていただいております。お暇がありましたら、ぜひともご覧になってくださいませ。


 次話更新は10/1(金)21:00頃の更新を予定しております。







 手ごたえが、あった。


 血。


 赤い血だ。


 大魔帝の肉塊が流したのは――赤い血。


 攻撃が、


(通った……ッ)


 綾香は迫る触手鎌を浮遊武器で防ぎつつ、大魔帝の”本体”目がけ、続けざまに斬撃を浴びせかける。


 大魔帝の触手鎌がすべて、防御へ回った。


 聖の方を攻撃していた触手鎌も、すべて。


「――――ッ」


 さすがにこうなると綾香も攻め切れなくなった。

 どころか、


(防御に回られると、こちらの隙が大きくなってるッ)


 不利と判断し、一旦、飛び退く。


 ザッ


 聖も下がり、綾香の隣に位置取った。


「……十河さん、あなた」

「?」

「大魔帝の攻撃……完全に、見えているの? あの肉塊の射出も……肉塊が現れてから避けたように、見えたけれど……」

「え? ええ……どうにか。あの……聖さん?」


 時おり視界の端で確認していた聖の姿。

 彼女も、大魔帝の動きに十分対応していた風に見えたが。


「私の方は、ギリギリ。私も【ウインド(ブリザード)】で氷製武器を急造して似たような戦い方を試みてみたけれど、強度がまるで足りなかった」


 確かに。

 聖の氷武器は触手鎌とぶつかると、そのまま砕け散っていた。


「それにその戦い方だとMPを食うから、私の方は長期戦となると厳しいかもしれないわね」

「私の方はスキルレベルが上がって消費量がかなり減ったから……長期戦も、いけると思う」


 大魔帝は動きを止めていた。

 肉塊がまだ出たままになっている。

 血を流す肉塊を、ぼんやり眺めているようにも見えた。

 ただ、ダメージがあるようには見えない。

 あの肉塊は”本体判定”ではないのかもしれない。


「私の方は防戦一方で、ほとんど余裕を持てそうにないわ。十河さんのように攻勢へ出る余裕なんて、微塵もなかった。そう……戦いながら何度も様子をうかがえるほどの余裕も、なかった」


 綾香は戦いながら聖の様子を少しずつ確認していた。

 聖には、そこまでの余裕はなかったらしい。

 臨戦態勢を維持し二人で大魔帝を見据えたまま、


「……動かない、けれど」

「そうね。何か考えているのか……あるいは、様子見をしているのかもしれない。十河さん……例の極弦というのは、まだ持続できる?」

「え? ええ……実は、前より負荷が軽い印象があって。側近級を倒してステータス補正が上がった影響もあると思うけど……なんというか、そもそも身体が極弦に馴染んできた感じがあるの」


 どこか呆れたみたいに。

 フッ、と。

 聖が一瞬、吐息まじりの微笑を漏らした。


「持って生まれた才能、かしらね」

「?」


 聖はそのままジッと大魔帝を見つめた。

 やはり高雄聖は”何か”をずっと、考えている様子である。


「十河さん……これは本当に無茶を承知の上で、聞くのだけれど」

「え、ええ」

「あなた一人で時間稼ぎ――なんて、できたりする?」

「え? 私、一人で……?」


 改めて大魔帝を見る。


「大魔帝の戦闘能力が今のままなら……ええ、し、しばらくなら稼げると思う。ええっと――ステータス、オープン」


 MP残量を表示。

 いざという時のための予備MP。

 それを残すと想定した上で……


「最大で、そう……1時間くらいなら、もたせられると思う」


 息をつく聖。


「想定以上の答えよ……本当に規格外ね、十河さん」

「そ、そんな私なんてっ――あ、ごめんなさい……過度な謙遜は、よくないんだったわね……」


 またも聖が微笑む。

 どこか、感傷を引きずったような笑みではあったものの。

 今の聖は、よく笑う。


「もし私の助力が必要だと思ったら音玉で合図をして。他の合図も、手短に伝えておくわ」


 聖は、音玉の新たな合図を短く伝えた。


「あの、聖さんはどこに?」

「どうしても今、一つだけ確認しておきたいことがあるの」


 今でなくてはならない確認。

 なんだろう?


「あえてあなたには伝えないでおくわ……それと、これを」


 聖が、折りたたんだ紙片を綾香の懐に滑り込ませた。


「これは?」

「大丈夫、今読むものじゃないから。必ず、私が”戻らなかった時”に読んでちょうだい。読み終わったら、燃やすなりして処分してくれるとベストね」


(――――待っ、て)


「あの……聖、さん? 戻らなかった時、って……?」

「万が一の時の話よ。安心して。ちゃんと戻ってくるつもりだから。ただ、私は最悪の事態も考えておくタチなの。知っているでしょ?」

「え、ええ……」


 この間。

 二人は一時も大魔帝から視線は外していない。

 あの肉塊はもう引っ込んでいる。

 そして、まだ動く気配はない。


「どこまで責任を負えるかはわからないけれど……私なりに、責任は取るつもりでいるわ」


(責、任?)


 綾香は彼女の言葉の意味を測りかねた。

 責任とは、どういうことだろうか?

 聖が身を翻す。


「それじゃあ、ここをお願いね」

「あ、あの聖さんっ――」


 離れかけた聖を、呼び止める。

 聖が振り向く。


「いいわよ。なんでも聞いて」

「そ、その……もし、よ? もし、倒せそうだったら――倒してしまっても、大丈夫なの……?」

「――――――――」


 聖が、目を丸くした。

 これこそ、初めて見る表情かもしれなかった。

 次いで、


「クスッ」


 聖が、吹き出した。

 これもだ。

 あんな自然な吹き出し方は――やっぱり、初めてで。


「本当に――あなた、規格外なのね」

「ご、ごめんなさいっ」

「いいのよ。そうね、なら……これも、渡しておかないといけなかったわね」


 言って、聖があの首飾りを綾香に渡した。


「あ――」


 聖が女神から託されたという例の黒水晶の首飾り。

 根源なる邪悪はその核に特殊な邪王素を宿しているらしい。

 元の世界へ戻るにはその特別な邪王素が必要となる。


 が、戦いの中でもしその特殊な邪王素を貯蔵する核ごと消滅させてしまったら?


 そうなった時、その特殊な邪王素は周囲へ放出される。

 その際にこれを吸収し保管するのが、この首飾りなのだという。


「根源なる邪悪の本体が倒されると……その際に邪王素は、単なる巨大エネルギーのようなものに変換されるのじゃないかしら? おそらく膨大なエネルギーだけが残って、無害化されるのだと思うわ」


 そう自前の分析を述べたあと、聖が微笑みかける。


「この首飾り――あなたに託すわね、十河さん」

「え、ええ……わかったわ」

「大魔帝が倒されたら邪王素が無害化されて、それがこの一帯に及ぼしていた影響も消えるはずだから……その時の周囲の変化で倒されたことはわかるかもしれない。けれど倒せた時は一応、私を呼ぶ時の音玉を使って。ただ……」


 桐原が吹き飛んでいった方向を見やる聖。


「桐原君が気絶しているだけだとすれば、目覚めた彼が乱入してとどめを横取りするかもしれない。だけど――とどめは絶対に、あなたが刺すこと。これだけは必ず約束して。とどめだけは”あなた”でないと、絶対にだめ」

「わ、わかったわ! 必ず、とどめはっ……私が刺す……ッ!」


 一瞬、聖が停止した。


「十河さん」

「は、はい……」




「一緒に召喚された中にあなたがいて、本当によかったと思うわ。心から」




 言って、聖は再び身を翻した。

 駆け去って行く聖の気配。

 綾香はこの時、奇妙な不安感に襲われていた。

 多分、急に独りになった心細さのせいではない。


(聖、さん……)


 別れる直前、聖は笑みを残していった。

 どうして、だろうか。

 もう二度と、聖とは会えないのではないか――


 なぜかそんな気がして。


 なぜそんな風に思ったのかは、わからない。

 あるいは、あんなにも素敵な笑みだったからこそ。

 特別な時に浮かべるような、あんな笑みだったからこそ……。


 ありえないと思っていた、初めてだったからこそ。


 逆に綾香の胸を、不安感が満たしたのかもしれなかった。

 その時、


「!」


 大魔帝が、動いた。


 近づいて、くる。


(私が一人になったから? もしかして……私が犠牲になる覚悟で、聖さんを逃がしたと思ったのかしら?)


 再び、


 ――ミシッ――


 極弦の強度を、増す。


 綾香の周囲に浮かぶ固有武器――【武装戦陣(シルバーワールド)


 すべて、



 戦闘態勢へと、移行。



(……今は、聖さんを信じるしかない。そうよ……戻ってくるつもりだって、言っていたじゃない。だって、あの聖さんだもの……何か、とても大事なことをやろうとしているんだわ。そしてそれは、きっと私たちのため。だから今、私は――)


 綾香も、槍と固有剣を構え直す。




「私のやるべきことを、やる」















 ◇【高雄聖】◇



 静かな城内。


 高雄聖は足音を抑えつつ駆けていた。


 足を、止める。


 この時間は”ここ”にいる可能性が高い。

 と、


 ギッ……


 そのドアが、開いた。


「――あ、あら? あらあらあらぁ〜? ヒジリ、さん……では、ないです……かー……」


 女神ヴィシス。

 ひどく青ざめて見えた。

 ドアを開く動作もひどく弱々しい。

 普段の女神と比べると見る影もない。

 ただ、女神特有の笑顔だけはそのままだった。


「う、うふふ……突然、満ちた……この、異様すぎる濃度の邪王素……わかりませんねぇ? いえ、おそらく……大魔帝なのでしょうけれど。しかし……なぜ、ここに? どう、やって……? う、ふふ……」


 身体に力が入っていない様子だ。


「このままだと危険かもと思い……別の場所に退避をと、考えたのですが……あぁ……出会えたのがあなたで、幸運でした。……大魔帝、ですね?」

「ええ、おそらくは」

「先の戦いから……想像以上に今回の勇者が、手ごわいとみて……勇者の成長を恐れたの、でしょう。だから直接、乗り込んで……早めに始末しに、きた。う、うふふ……思ったより、追い詰められているのかも……しれませんねぇ……」


 弱々しいが、雰囲気はいつもと変わらない。

 怯えている様子もない。

 聖は、肩を貸した。


「おやまあ……ありがとう、ございます。う、うふふー……ここであなたたち勇者が、大魔帝を倒してくれれば……願ったり叶ったり、なのですが……」

「大丈夫ですか?」

「情けない話ですが、さすがの私も……邪王素相手では、この通り……ふふふ。できれば……向こうの方角へ、お願いできます?」


 小刻みに震える指で女神が示した方角。 

 大魔帝がいた場所から離れていく方角だった。

 少しでも離れることができれば、ごくわずかでも負荷を軽減できるのかもしれない。


「女神様が今より動ける距離まで避難したら、十河さんや桐原君と合流します。そしてもし、大魔帝が来ているのなら――倒す方向で、動いてみようかと」

「うふふ……素晴ら、しい……素晴らしいですよ、ヒジリさん……」

「今、樹がこの邪王素の発生源の位置を探っています。位置がわかれば、合図があるはずです」

「合、図?」

「音玉というものを自前で集めました。合図にはそれを」

「あ、あらあら……おっしゃってくだされば……少しは、ありました……のに♪」

「邪王素の中だと、女神のあなたでもこうなってしまうのですね」

「う、ふふ……お恥ずかしい限り、です……ですが、だからこその……異界の、勇者です……よくお分かりに、なった……でしょう?」

「はい」

「ですが、よくぞ……来てください、ました」

「私たちが元の世界へ帰還するには、あなたの存在は必要不可欠ですから。ここで死なれては困ります。あなたには、まだ――」


 聖は一歩、女神の指示した方角へ踏み出す。


「生きていてもらわなければ、困ります」

「ふふ、ふ……そう、ですね。私、たちは……運命、共同体……ですから、ねー……」


 と、女神がよろめきかけた。

 聖はそれを支えるようにして、手を、女神の胸に添える。
















 ――――――「 【 グ ン グ ニ ル 】 」――――――




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