金色の勇者VS根源なる邪悪
大魔帝が――
触手鎌を、振りおろした。
――ズバァンッ!――
重々しい大波を斬り裂いたような破砕音、とでも表現すべきか。
そして――割れた。
【
勢いよく左右へ断裂された金色のエネルギー波。
分かたれた龍鳴波は、悲鳴のような音を迸らせながら大魔帝の左右を通り抜け――
ドガァアア――――ンッ!
大魔帝の背後の城壁へ激突し、石壁を、粉砕した。
パラ、パラパラ……
粉塵が、舞い散る。
(桐原君の、固有スキルが……!)
少なくとも綾香は初めて目にした。
あの固有スキルが、防がれたところを。
しかも――大魔帝の背後にいた五体の金眼は全員、無事。
(まさか……背後の魔物に当たらないように、計算して断ち割ったとでもいうの……?)
五体の魔物はというと、やや後ずさりしていた。
大魔帝以外の魔物にとっては、龍鳴波はやはり脅威と映るらしい。
「…………名に、恥じねーな。それでこそ大魔帝、ってわけか」
龍鳴波を防いだ大魔帝は桐原の方を向きつつ、
「……………………」
やはり、黙したまま。
「大魔帝の名は伊達じゃねーと、はなから言いたいわけだ。おまえにもやはり、一抹のキリハラ……」
圧倒的な攻撃力を誇る固有スキルを防がれた。
しかし、桐原から動揺はうかがえない。
いまだ、超然としている。
「普通の雑魚なら、ここで動揺しちまって哀れが極まる……が、困ったことにオレは違ってしまっている。なぜなら、固有スキルがオレのすべてじゃねーからな……先に謝っておくが――勝てる道理しか、見つからない。見つからざるを、えない。どう足掻いても……固有スキルに頼り切りな他の勇者どもと、オレとでは――」
桐原が、刀を抜く。
「持って生まれた器が、違う……ッ、――――【
再びの――【
前回よりさらに強大な金色の龍がうねり、激しく渦巻く。
が、大魔帝も再び龍鳴波を――
断ち、割る。
「!」
刹那、綾香は見た。
刀を振りかぶった桐原が、大魔帝の近くまで迫っているのを。
接近していたのだ。
使用者がエネルギー波の中に隠れられるのか。
あるいは、エネルギー波を追いかけたのか。
いずれにせよ――
(龍鳴波を、自分の身を隠すのに使ったんだわ……ッ!)
龍鳴波はあくまで敵の視界から自らを隠すための手段。
纏っていた数匹の金波龍が膨張し、周りの魔物たちへ襲いかかった。
桐原は他の魔物には構わず、金色のオーラを纏わせた刀を中空で振りかぶっている。
援護すべきか尋ねかけて、綾香は気づいた。
聖が――ほんのわずか、唇を噛んでいるのに。
”このままだとまずい”
どこか、そんな感じで。
まずい?
まずいとは、何がだろうか?
そんな疑問が湧くも――今は、それどころではない。
すぐに気を取り直す。
と、その時だった。
聖の視線にかすかな変化があった。
綾香はその視線を追うようにして、即座に意識を大魔帝の方へ戻――
「!」
桐原拓斗が、殴り飛ばされたのだ。
綾香は見た。
黒い霧の中から巨大な黒い
こぶしのごとく、桐原を殴り飛ばしたのを。
その肉塊の出現は綾香の目に一瞬のことと映った。
そしてどう考えてもあの霧の中に隠せるサイズではない。
霧の”中身”が攻撃時、瞬時に膨張したとしか思えない。
(魔物を吐き出した時も、霧が大きくなっていたけど……)
多分、ある程度までならサイズを大きくできると考えるしかない。
大魔帝は霧の中の”本体”を自在に膨張させることができる。
しかも――あの攻撃は厄介と言える。
予兆なく霧の中から突然、射出されるのだ。
攻撃の前兆が読めないだけに、
”いつ攻撃が来るか”
が、非常に読みづらい。
「き――桐原君ッ!」
吹き飛んだ桐原は、すぐに姿が見えなくなった。
激しい破砕音――続き、轟音……。
砲弾のごとく吹き飛んだ桐原が、城壁にぶち当たったのだと思われる。
遠くで粉塵のようなものが宙に浮かんでいるのが見えた。
音の感じからして、石壁をいくつか突き破ったようだ。
それにしても一体、どこまで飛ばされたのか。
(いえ……)
どころか――生きて、いるのか?
と、聖が綾香の肩に手を置いた。
「無事だと信じましょう……それに攻撃を受ける瞬間、彼は咄嗟に防御姿勢を取っていた――ようにも、見えたわ」
綾香はその防御姿勢の姿を見ていない。
聖の言い方は曖昧な……。
ひどく、曖昧な調子で。
「わかっていると思うけれど、十河さん……残念ながら、今は彼の安否を確認している余裕はない。次は――」
ゆらり、と。
大魔帝が、こちらを見た。
「私たちよ」
聖が音玉に魔素を込めた。
音玉が、鳴った。
▽
”大魔帝を発見。音のした方角への接近は避けること”
今の音玉の合図内容である。
樹やカヤ子たちがここへ駆けつけるのを”防ぐ”ための合図。
奇襲案が消えた以上、もう大きな音を鳴らしても問題ない。
元々この音玉は、奇襲をかけたあとで使う予定だったのだが……。
スッ
大魔帝の触手鎌が、綾香たちを、差し示した。
すると、かろうじて金波龍から逃れた五体の金眼たちが戦闘態勢を取る。
ちなみに、桐原を吹き飛ばした肉塊はもう引っ込んでいた。
金眼たちが一斉に駆け出し――向かってくる。
「桐原君のおかげで大魔帝の奥の手を一つ見ることができた。あれが最高速かどうかは疑問が残るけれど、一応は、攻撃速度もわかった」
聖のその言葉に、苦々しく頷く綾香。
「それは……ええ」
「向こうもこちらの”動き”を知りたいようね……おそらく、あの向かってくる金眼は私たちの動きを見るための駒――捨て駒にして、こちらの動きや能力を測るつもりよ。きっと、このためにあの五体を残したのね。十河さん……力をセーブして、戦える?」
「え、ええ……多分」
まだ本気を見せるな、と聖は言っている。
「それじゃあ――行くわよ」
「は、はいっ」
先に駆け出したのは、聖。
(聖さんの言う通り、確かに今は桐原君の安否を確認している余裕は……ないッ!)
迫りくる金眼。
が、
「――
綾香が三体。
聖が、二体。
かたは、一瞬でついた。
この程度の金眼ではもはや相手にならない。
三割に満たぬ力でも、十分。
「さすがね、十河さん」
「聖さんこそっ」
大魔帝をジッと短く観察する聖。
「あの霧の中に、本体があるとして……まずは、物理攻撃が有効かを確かめましょう」
「わかったわ」
「左右から挟み込むようにして、いくわよ……、――【
言って――聖が、加速。
固有スキルで加速したらしい。
妹の樹の能力にも似ている。
なんというか――万能感のある固有スキルだ、と思った。
そして綾香も、
(負荷が消えた、ばかりだけれど……ッ)
――――ミシッ――――
極、弦。
トップ、スピード。
「……………………」
黒い霧の中から、何本もの触手鎌が出現。
(まだ数を増やせるんだわ……ッ、――来る!)
スゥ、と。
綾香は短くひと呼吸し――
「――【
綾香の頭上に、巨大な銀球が出現。
ゆら、とそれを見上げる大魔帝。
銀球はすぐさま、その姿を様々な武器へと変化させていく。
綾香はその中から固有剣を一本、引き寄せた。
パシッ!
右手に、槍。
左手に、剣。
固有武器にもデメリットはある。
他の【
が、普段使いの槍であれば付与できる。
この槍だって、ずっと一緒に戦ってきた立派な武器の一つ。
綾香めがけて一斉に襲いかかる触手鎌。
すべての軌道を、眼球の動きにて確認。
――――――――刹那、
綾香の周囲にて、火花が巻き起こる。
互いの武器の衝突により、生じた火花。
こちらに攻撃してきたその触手鎌
ツヴァイクシードを倒した時、綾香の固有スキルは進化していた。
”範囲内であれば、己の意思で自在に固有武器を動かせる”
いうなれば多腕のヘカトンケイルにも似た戦い方が――
可能と、なる。
互いの武器の衝突によって間断なく生ずる
両者の速度は――――加速、していく。
と、その時。
そこで”それ”は起こった。
何本もの触手鎌。
鎌はさりげなく、綾香を導いていた。
”ここが空いているぞ”
と。
綾香は固有武器を従えて迷いなくそこへ飛び込んでいく。
が、すべては大魔帝の狙い通り。
肉塊――――――――肉塊、が。
大魔帝はあえて隙のあるポイントを用意したのだ。
そう、綾香を”そこ”へおびき寄せるべく――
誘導し、誘い込んだのである。
綾香自身がルートを選んだようでいて。
実は、選ばされていた。
そしておびき寄せたところを――肉塊にて、粉砕。
綾香は、
「
射出された肉塊を、固有剣で、切り裂いた。
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