SOUL REGALIA 作:秋水
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。
1
「うぅ……。あんまりです」
クオン様とハゲ様のせいでとんだ風評被害を受けてから。
「ま、まぁまぁ。た、多分きっと分かってくれた……と思う、けど……」
「そ、そうだぜ、サポーター君! 多分きっと大丈夫さ!!」
「本当にそう思いますか、ベル様、ヘスティア様。リリの目を見て言えますか?」
「ええと……」
「ごめん」
……何とか誤解は解けたと信じて、帰路につくことになった。
結局、買い物らしい買い物はしていない。
しいて言えばヘスティア様……ええと、ヘス様だったか、ティア様だったかが香水を買ったくらいか。
(何でこんなところで……)
とは思うものの……。
「初めて嗅ぐ匂いだけど……いい香りね」
「そりゃ、地上じゃほとんど出回らないからね。冒険者と繋がりでもなけりゃ、そう簡単には手に入らないよ。『歓楽街』もまだ復興中だろうしね」
どうやら霞様も一瓶購入したらしく、リリ達とは少し離れたところから、そんなやり取りが聞こえてきた。
この『中層』で採取できる迷宮資源から抽出したものとなると……もしかしなくとも、地上ならもっと高いのだろう。
仕入れ値に利益を上乗せするのが料金設定の基本だ。
卸元のリヴィラが高値を付けるなら、小売店の値段はさらに上がるのは必然と言える。
(リリも何本か買って行って、地上で転売でもしましょうか……?)
その考えをため息とともに却下した。
いくら希少なものと言えど、買い手がいなくては意味がない。
買い手がつき、利益の出る価格に設定するしかないが……残念なことに、地上における一般価格が分からない。
こんな状態では、暴利を吹っ掛けられても見抜けなかった。
それに、元手も少なすぎる。
ただでさえ今回の探索は大赤字間違いなしだというのに、そんな賭けには出られない。
そんな賭けに出るくらいなら、ポーションでも買い集めておいた方がずっといい。
……例え天までヴァリスを積みあげたところで、失った命までは買い戻せないのだから。
「何だか、狸か狐に化かされた気分だ」
「ええ……」
嘆息すると、リリ達と霞様達の中間辺りに立っている桜花様と命様のため息が重なった。
「その気持ちは、リリも分かります」
やはり霞様は荒くれ相手のマネージャーだったということか。
リヴィラの商人を前にして躊躇いのない弁舌で……あと、おだてて、乗せて、ほんのちょっとの色仕掛けまで駆使して、いくらかの『おまけ』まで勝ち取っていた。
「そう? ああいうやりとりも買い物の楽しみの一つじゃない?」
ここの人達はみんな乗ってくれるし――と、霞様はあっさり言うのだけれど……。
(いえ、もちろん乗ってはくれるでしょうけど……)
真似ができるかと言われると、何とも怪しいところだった。
……交渉事は、リリもそれなりの場数を踏んでいるつもりなのですが。
「そりゃ別に否定しないけどね」
アイシャ様が小さく肩をすくめた。
「実は『魅了』でもしてるんじゃないかと思う時があるよ」
「あら、それって私が女神様に負けないほど綺麗ってこと? アイシャにそこまで言ってもらえるなんて光栄ね」
「はいはい。それでいいよ」
ため息をつくアイシャ様を他所に、霞様はあっけらかんと笑って見せた。
「ところで、さっきから何だか面白そうな話をしてるじゃない」
「まさかまだあの話題を引っ張るおつもりなのですかっ?!」
「いや、違っ?! な、泣くことないでしょ!」
「あー! ティオネが泣かしたー!」
「はぁ!? あんたはちょっと黙って――」
「いじめちゃ、だめ」
「アイズまで?!」
ちょっと待って、っていうか待ちなさい!――と、ティオネ様が慌てた様子で叫ぶ声を聞いた。
「その子が何とかの戦士って話なら、あいつらの悪ふざけだってちゃんと分かってるから?!」
「ええと……。ほら、サポーター君も泣くなって。この子たちが分かってるのは、本当に本当だからさ」
……よしよし、とヘスティア様に頭を撫でられながら。
――…
「ええとね。いい、そっちじゃないのよ。聞きたいのは、そっちじゃなくて……」
と、ティオネ様は念を押してから。
「『火継ぎの王』がどうとか、ハベ……あいつらの『悪ふざけ』の元ネタとか、面白そうな話をしてるじゃない?」
ティオネ様……いえ、【
(う、迂闊でした……!)
まさに獲物を狙う蛇の目に見据えられ、やっと思考に冷静さが戻る。
それと同時、背中を嫌な汗が伝っていく。
今さら言うまでもないことだが、クオン様と【ロキ・ファミリア】の関係は極めて危うい。
抗争を開始する理由が感情論以外ないというだけの小康状態。
それこそ【
しかし、理由ができたなら、今すぐにでも抗争が始まってもおかしくない状況であることに変わりない……と。多分、そういう認識で良いはずだ。
「よければ、私達も混ぜてくれるかしら?」
そんな相手……しかも、神々にすら『正体不明』と呼ばれている存在に関する情報をまさか見逃すはずがない。
(ですが、絶対、口が裂けても言えません!)
まさか『不死』であるなどと。そんな爆弾が炸裂したなら、一体どんな騒ぎになるか想像もできない。
それでも、クオン様たちだけなら、まだ自力でどうにでもしそうな気がする。
でも、アンジェ様が【ヘスティア・ファミリア】に所属した今となっては、そうはいかなかった。
迂闊に情報を流出させては、ベル様たちまでが巻き込まれてしまう。
(さ、流石に拷問されたりはしないはず……)
いきなり湧いて出た弱気を、何とか叩き潰した。
クオン様との繋がりは、決して悪い事ばかりではない。
ここでリリ……いえ、ベル様に危害を加えたなら、それが火種となることは分かっているはず。
……うん。多分、【
時折耳にする『物騒な噂』については、全力で知らないことに決めた。
(つまり、警戒すべきは搦め手ですね……)
とはいえ、むしろそれこそが最大の問題だった。
主神であるロキ様は天界屈指のトリックスターとして有名だ。
さらに一族の英雄たる【
そんな存在を相手に弁舌で勝ち抜けるなど、ゴライアスと殴り合うより無謀かもしれない。
もっとも、大派閥としての強権を振るうのは、この場合では危険を伴うように思う。というか、思いたい。
なら、金銭か。それとも、救援の恩か。あるいは、情に訴えてくるか。
すべての合わせ技かもしれないし、リリ程度では想像もつかない手段を使ってくる可能性すらも充分すぎるほどにある。
(ですが、ここは何としても……!)
悲壮な覚悟と共に黙秘を貫くことを誓う。
「ところでさ、帰ったらみんなで一緒に水浴びに行かない? すっごくいい場所があるんだ!!」
――と、その時。
何かそういう駆け引きとか陰謀とか拷問とかを全く感じさせない――ついでに、何の脈絡もない声が響き渡った。
「裸の付き合いってやつ! ね、アルゴノゥト君も行こうよ!」
「僕も?! いえ、流石にそれは……っ!?」
「いいじゃん! 一緒に行こうよ!」
何か別の意味で新たに深刻な
「ま、待つんだアマゾネス君!? 混浴なんて――」
「ヘスティア様も一緒に行こう!」
「へ? ほぁー!?」
颯爽と現れた救いの女神も、そのままの勢いで颯爽と敗れ去った。
「ボ、ボクはヘスだってばー!」
「ティアって言ってませんでしたか、神様?!」
「どっちでもいいから、早く行こーよ!」
流石はLv.5。ベル様もヘスティア様もまったく成すすべなく街の外へと向かって引きずられていく。
(天真爛漫なアマゾネスとは、もしかして最強の存在なのでは……?!)
ヘスティア様を軽々といなし、ティオネ様が駆け引きを繰り出す暇も与えないその姿に戦慄する。
(そ、それなら!)
縋りつくような気分で――あと、ついでに少しだけ自棄になりつつ――叫んだ。
「そ、それなら! 霞様達も一緒にいかがですか!?」
「え?」
さすがに、少しだけ場が止まった。
霞様とティオネ様の視線が交わり、お互いに何事かを探り合う。
「あたしは別にいいよー。あんまりゆっくり話したこととかないし!」
その話というのが、果たしてティオネ様の考えていることなのか。
それとも、単純に言葉通りなのか。
天真爛漫なその顔からは、いまひとつ読み取れない。
「あ~…。それなら、シャクティも一緒に行かない? せっかくだし」
ティオネ様がため息をついたところで、霞様が隣の【
自分で巻き込んでおいてなんですが……クオン様と【ロキ・ファミリア】の関係性を考えれば当然のことだった。
「残念だが、私はこれでもまだ仕事中……」
「ぜ、ぜひご一緒しましょう!」
ここで【
それはそれで、ちょっと困る。いえ、ものすごく困る。
「頼むから、そんな目で私を見るな。しかも縋りつきながら……」
「いいえ、やめません離しません!!」
どの程度かはともかく、シャクティ様はクオン様の事情を知っているはず。
その情報がどれだけ取り扱いに注意が必要となるかもだ。
「【
そしてもちろん、霞様やアイシャ様や魔女様に危害を加えられるようなことになればどうなるかも。
「そりゃ、私は構わないけどね」
「……何とも断りづらい状況だ。色々とな」
「ええと……。まぁ、アイシャやシャクティ達がいるなら安全、かしら?」
よし、これで何とか危機は回避できるはず。
少なくともその可能性は充分に確保できたはずです!!
「……ひとまず、いったん野営地に戻ってからね。ここに置いて行くと危なそうだし」
「ええ、それは本当によろしくお願いします」
ひとまずここでの尋問を諦めてくれた様子のティオネ様に、リリもひとまずは全力で頷いていた。
主にクオン様のせいで、あの謎の塊を背負ったまま帰らなくてはいけないのだ。
ヘッポコで非力なLv.1のリリを守ってくれる人は多いに越したことはない。
……まぁ、実際のところ、これくらいなら背負っていても普通に動けるのですが。
(あ、でも。【ロキ・ファミリア】の目がなければアンジェ様にお願いできるのでは……?)
その方がずっと楽だという内心の囁きは、何とか聞こえなかったことにした。
3
「うぅ……。最近、怒られてばっかりです」
さめざめと泣きながら、汲んできた小川の水で手ぬぐいを洗う。
あのヒューマンを連れて、リヴェラの街に向かったアイズさんに追いつこうと意気込み……見事に空回ってしまった。
(空回りと言えば、昨日も……)
思い出すのは、昨日の『夕方』頃のことだった。
――…
「アルゴノゥト君、大丈夫かなー?」
夕方と言っても、夕日など見える訳もなく……『夜』が訪れる少し前の時間帯というだけの事だけれど。
「大丈夫でしょ、団長達とはしっかり受け答えできてたみたいだし」
担ぎ込まれたあのヒューマンが奇妙な動きを見せたというのは、それなりの緊張を野営地にもたらした。
なので、私も杖を手に、こうしてティオナさんやティオネさん達と、負傷者のいる天幕を守っていたのだけど……。
「首飾りがどうこう言ってたみたいだし、何か大切なものだったんでしょ」
「お守りみたいな?」
「かもね」
本当に念のためといった感じで、ティオネさんもティオナさんも平然としていた。
それに、冷静に考えるならその通りだと思う。
(そうですよね)
担ぎ込まれてきた時は、それなりに心配して……ええと、他派閥とはいえ、目の前で同業者に死なれては寝覚めが悪いですし?
ちっとも目覚めないのも流石にちょっと心配で……いえ、野営地の中でモンスターになって暴れられても困りますし?
大体、あのヒューマンは逃げ足の速さだけならLv.1の頃から
「それか、惚れた雌から貰ったとか……」
「んなー!?」
あ、あれだけアイズさんのお世話になっておきながら他の女の人から……?!
(さっきだってずっと付きっ切りで看病してもらっていたくせに!?)
いやいや、他派閥ですし。下級冒険者……ではなくなったかもしれないけど、まだLv.2ですし。
むしろ、これこそが自然な流れなのでは……。
「いいえ、
暴走する頭脳の中にほんの少しだけ残っていた、
全部、あのヒューマンが悪い! そういうことにしてしまおう!!
「……急にどうしたの?」
何だか、ティオネさんが何か言ってたような気もしたけど。
「あんなに! あんなにアイズさんにお世話になっておきながらー!!」
私だって、私だって怒るときは怒るんです!!
がおおおおー!――と、気炎を上げていると、向こうからリヴェリア様が歩いてこられて……。
(わ、笑ってます?!)
しかも、面白い少年って?! 一体天幕の中でナニが……?
(まさか……!?)
強烈な悪寒が……あの五九階層で感じたそれに劣らない危機感が背筋を凍らせる。
(まさかリヴェリア様までが毒牙に――?!)
いけない。イケナイ。これ以上の狼藉はユルサレない。
これはもうロキ・ファミリア、いやオラリオ……それとも、全エルフ?
いいえ、これは――
「全人類に対する挑戦です!?」
兎討つべし慈悲はない。これも世界平和のため――!
「出てきなさいこのヒューマン!」
「ひぃいぃ!?」
「な、何だ?!」
「何事ですかぁー!?」
その覚悟と共に天幕に突撃して――…
「ええい、何を血迷っているこの馬鹿者! 彼らは怪我人だぞ!」
「「ほあー!?」」
…――と、そんな感じで。
ガクブルと震えている白兎に一歩届かず。
リヴェリア様から雷(物理打撃属性)を頂いてから、天幕の外へと連れ出されてしまったのだった。
(さ、逆恨みだってことは、分かってますけど……)
己の失態を猛省する一方で……それもこれも、あの
それに、気になってしょうがないのだ。
アイズさんが世話を焼こうとするあの白髪の少年が。
単なる親近感なのか。それとも、あの目を見張るほどの『急成長』が理由なのかは分からない。
ただ、ひたすらに強さを求めてきたあの【剣姫】が、兎を追いかける少女よろしく彼に興味を抱き、どこか変わりつつあることは確かだった。
アイズさんをずっと慕ってきた私からすれば、やっぱり、それは面白くない。
近くにいれば意識を割いて、抵抗心を抱いてしまうくらいには。
勝手に
(こんなことで競い合うとかそういうわけじゃないんですけどっ……! いえ、そもそも別の派閥なんですから――…)
別の派閥。その言葉がきっかけになった……と、いう訳でもないですけど。
(それに、あの【
それは、一種の不信感……と、いうより、素直に不安だった。
リヴェリア様に不名誉な噂が立つ原因でもあるし……何より、免罪されたとはいえ『神殺し』だ。
嫌悪感がないとはとても言えない。
あのヒューマンが平然と関わっているのが不思議でならなかった。
(まぁ、私は特別関わったことがある訳ではないんですけど……)
前回の遠征と……そのすぐ後のフィリア祭で、
庇われたと言っても、ただのついでだったのは間違いない。
向こうは多分、助けた事すら覚えていないだろう。
あの人……ホークウッドさんと同じように――…
「……っ!」
思い出すのは、『昨夜』の鮮烈極まる殺し合い。
あんなものを見せられてしまえば、納得するしかない。
【
そして、ホークウッドさん達はそれすら上回りかねない……
(いいえ! そんなはずがありません!)
一体何を否定したのか、自分でもよく分からないまま首を大きく左右に振る。
ただ……【
もちろん、例の『
でも、それとは別にあの少年の安否を確かめに来たのも本当だと思う。
オラリオ有数の実力者は、揃ってあの少年を気にかけている――…
(い、今はお仕事です!)
不満なのか何なのか。
とにかく、またしても暴走しそうな思考を強引に断ち切った。
そして、集中さえしてしまえば時間が流れるのはあっという間だ。
負傷者の手当てをし、女団員の体を拭き、飲料や調理、洗濯や清拭用の水を汲みに行き――
「レフィーヤ、交代です。あとは、私達が」
「あ、はい!」
そんな感じでせっせと働いていると、アリシアさんが声をかけてきた。
振り返ると、次の当番達がすでに天幕の入り口に集まっている。
他の皆さんと一緒に、彼女達に場所を譲り――…
(これで心置きなくアイズさん達を追いかけられます!)
意気揚々と、リヴィラの街に向けて歩き出して――…
「レフィーヤ、客だ」
野営地の中頃まで来たところで、
「エルフの女……多分、お前の知り合いだ。随分と血相変えて飛び込んできた」
例の『深淵』とかいうやつの影響を受けていないか、ずいぶんと心配しているようだ――と。
クルスさんは肩をすくめてから、
「そうは言っても、他派閥の者だからな。野営地前で止めている。早く行ってやれ」
それだけ言うと、そのまま持ち場へと戻っていった。
「あ、ありがとうございます」
その背中に頭を下げてから、首を傾げた。
(
小走りをしながら、思い浮かべる。
一八階層まで
結論が出る頃には、野営地前までたどり着いていた。
そこで佇んでいたのは、純白の
「フィルヴィスさん!」
フィルヴィス・シャリア。
最近同盟を結んだ【ディオニュソス・ファミリア】の団長を務める第二級冒険者だ。
私自身も同盟を結んだ直後――二四階層
それに、五九階層でアイズさん達を守った魔法を託してくれたのも。
久しぶり――と、言っても二週間くらいですが――の再会に顔がほころぶ。
「レフィーヤ!」
「ふぁ?!」
フィルヴィスさんは
だからこそ『並行詠唱』はお手の物で、剣を使った近接戦だってバリバリこなせちゃう凄い人だった。
同じLv.3でも、純魔導士の私より身体能力……というか『体の動かし方』はずっと上手い。
なので――…
「大丈夫か? 口から手が生えたりはしていないな?!」
「ふぁ、ふぁいじょうふでしゅ!」
たかだか数
頬を引っ張られながら、改めてその凄さを実感する。
「良かった……。本当に、無事だったか……」
フィルヴィスさんの体から力が抜け、その手が頬を撫でていった。
「はい! 私もアイズさん達もみんな無事です! ……ま、まぁ、帰り道でちょっと毒を受けちゃいましたけど」
「そのようだな。……だが、今回ばかりはそれで良かったのかもしれん」
そのおかげで、ここに滞在していたのだろう?――と。
その問いかけに、曖昧に頷く。
今まで気づかなかったけど……もし毒を受けずに帰還していたなら、その『深淵』という『
もちろん、だからといって幸運だったとは言い難いけれど。
「フィルヴィスさんは、どうしてここに?」
「ようやくダンジョンへの立ち入り制限が解除されたからな。ディオニュソス様から暇をもらってきた」
第三次調査隊は早くも異形と『深淵種』の掃討をほぼ終了させたらしい。
何でも、中核として【フレイヤ・ファミリア】の主力陣が総動員されたのだとか。
それでも、まだ完全には制限が解除されたわけではないようだけれど……。
「リヴィラは無事だという事がはっきりしたからな。少し無理を言って、ここまで通してもらった」
「そうだったんですね……。って、あれ? まだシャクティさん達は地上に戻っていないんじゃ?」
シャクティさん達は、リヴィラ……というより、一八階層に逗留する冒険者たちの安否確認のために来たと言っていた。
彼女達が帰還しない限り、情報は届かないはず。
誰かを伝令に出したのか。それとも、知らない間に全員が地上に戻っていたのか。
「ギルドが隔離していた冒険者の中にリヴィラの住人が混じっていてな。彼らが揃ってリヴィラの無事を証言したそうだ」
首を傾げると、フィルヴィスさんはどこか呆れたように肩をすくめてみせた。
「ギルドが隔離、ですか?」
「ああ。リヴィラには特に粗暴な輩が多いからな。発狂か錯乱しているということになっていたらしい」
「ああ、なるほど……」
つまり、面倒だったからまとめて閉じ込めておいたということなのだろう。
「それより、本当に何の影響もなかったのか?」
「私達には何も。ただ……その、リヴィラの街の方は、何人か、ですけど」
「そうか。……地上も似たようなものだ」
フィルヴィスさんが小さく嘆息してから、
「レフィーヤ。お前が無事に生きて帰ってきてくれて、良かった。また会えて、嬉しい」
優しいその眼差しに、何だか胸の奥が温かくなった。
フィルヴィスさんは……自分の言葉にはっとした様子で、慌ててそっぽを向く。
「と、とにかく勇健なようで何よりだ」
わざとらしく咳き込んで取り繕うものの……処女雪のように白いその肌に、赤く染まった頬はよく映えた。
「えーと、私達がダンジョンにいる間、地上は何かありましたか? 『深淵』以外で」
「メレンで何か起こったらしい。詳細はまだはっきりしないが、『メレンの悪夢』などと呼ばれている」
悪夢という言葉を、まるで怨念のようにフィルヴィスさんは吐き捨てた。
二四階層
それは、かつて【
オリヴァス・アクト。
六年前、自分すら巻き込んだ大規模な『
そのオリヴァスは、
彼が起こしたその惨劇は、『二七階層の悪夢』として今に伝わっている。
そして、フィルヴィスさんはその惨劇の数少ない生き残りだという。
「そちらも、【
フィルヴィスさんがしかめっ面で言った。
「今のところ、分かったことといえばメレン支部の支部長が密輸に手を染めてたことくらいだ。その発覚を恐れ、オラリオへの連絡を躊躇ったのが被害拡大の要因だと、ギルドは発表した」
しばらくの間、メレンとの関係は冷え込むだろう――と。
フィルヴィスさんは小さくため息をついた。
「ただでさえオラリオの外。しかも、【
「私達では、オラリオの外に出るのも難しいですし……」
探索系の派閥は周辺諸国への影響も考慮して、オラリオからの出国にはギルドの許可が必要となる。
私達【ロキ・ファミリア】の場合、よほどの理由がない限り、おおよそ困難だ。
少なくとも、地上に戻ってすぐに――とは、行かないだろう。……少なくとも、普通の方法では無理だ。
「ああ。その点で言えば、ヘルメス派は適任だな。何しろ、表向きは商業系派閥だ」
商業派閥なら……というより、探索系以外の派閥なら、そこまでの制限はかからない。
周辺諸国が恐れ、ギルドが嫌っているのは戦力の流出。端的に言えば、
商業系ないし農業系は――耕地はオラリオの外にあるのだから――ほとんど自由に出入りできる。
メレンの調査には、うってつけの派閥だった。
「余計な介入をしてきたのだ。せめてまともな情報を手に入れてくることを期待しよう」
そんなことを思う私を他所に、フィルヴィスさんはどことなく皮肉気に言ってから、
「……『遠征』はどうだった?」
真剣な顔で、言った。
「犠牲者は出ませんでした。やっぱり大変でしたけど……色々分かったこともあります」
アイズさん達が交戦したという赤黒い人影――『闇霊』と言う存在について。
そして、
「ひょっとしたら、【
少なくとも、リヴェリア様たちは、ある程度の予測を立てているようだった。
…――
リリ達が野営地につく頃には一八階層にも『昼』が訪れていた。
「うわぁ、急に明るくなりましたね」
地上のそれとは違い、ものの十分程度のことだ。
魔石灯の光量を調整したような急激な変化に、少し目が眩んだような錯覚すらも覚える。
北の遠方からモンスターの遠吠えが聞こえてくるのは驚いたから……
(いえ、むしろこの恵みに感謝しているのかもしれませんね)
少なくとも、今さら驚きはしないような気がする。
多分、リリよりもずっとこの環境に慣れているはずだ。
ダンジョンの中で、モンスターがどれくらい長く生きているかは知りませんけど。
「よーし! それじゃ、レフィーヤ達も誘って、さっそく水浴びに行こう!」
「ぼ、僕はちょっとヴェルフに装備の相談があるので!」
先ほどの経験を活かして、ベル様が素早くパーティから離脱していく。
「あ! アルゴノゥトくーん!?」
……まぁ、そのヴェルフ様はまだリリ達の傍にいるのですが。
「ま、まぁまぁ! 落ち着きたまえアマゾネス君! 君だって装備は大切だろう?」
「それはそうだけど……」
「うん。手入れは、大切」
こくりと、【剣姫】様が頷いた。
……こ、今回ばかりは支援に感謝いたします!
「あぁ―――――っ!?」
何とかティオナ様をなだめてホッとしたのも束の間。
今度は野営地の方から悲鳴が聞こえてきた。
「あ、レフィーヤ!」
そこで燃え尽きているのは、昨日リリ達の天幕に突撃してきた謎の暴走妖精だった。
(【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ……。ええと、ひょっとして【
新進気鋭の魔力馬鹿。あと、何か超
それくらいの噂なら、リリも聞いたことがある。
(関わり合うことなんて絶対ないと思っていたんですけどねー…)
何やら狼狽えて、落ち込み、涙目になっているそのエルフを見ながら内心でため息を吐く。
「うお!? ヴェル吉! 何だその剣は?!」
と、そこで新たな乱入者が現れた。
「げっ、椿……」
眼帯をつけた褐色肌の女性。アマゾネス……ではなく、ハーフドワーフなのだとか。
椿・コルブランド。二つ名は【
鍛冶系最大派閥である【ヘファイストス・ファミリア】に所属するLv.5にして
……まぁ、簡単に言えばヴェルフ様の
「そこの娘! 手前にもその剣を見せてみよ!」
「え? えええっ?!」
「うお、重い!? 何なのだ、この狂気の産物は?! まともに使える者がいるのか?!」
リリの体ごとその狂気の産物を持ち上げた【
ちなみに、クオン様でも片手じゃ無理って言っていましたよ。持ち主の癖に。
「おい、椿。勝手なことをするな」
ともあれ。
まるでぬいぐるみのように持ち上げられ途方に暮れていると。
重々しく声をかけてきたのは、ヴェルフ様だった。
「む、どういう意味だ」
「それは【
勝手に置いていっただけですけどね!
リリがそう叫ぶより先に、だから――と、ヴェルフ様が続けた。
「見せて欲しければ、砥石を貸してくれ。というか、鍛冶道具一式を」
「よし、分かった好きなものを持っていけ!」
「ヴェルフ様ぁ?!」
「リリスケ。……俺も、背を腹には代えられないんだ。それに、ない袖も振れない」
ヴェルフ様がとても沈痛な面持ちで呻く。
いえ、それはよぉく分かりますけど! 砥石一つにあの値段とかありえませんし!!
「あと、リリスケは返してくれ。そいつは対象外だ」
「む。そこを何とか」
「……何でリリスケにまでこだわるんだよ?」
流石にその返事は想定外だったのか、怪訝そうに――それにどこか戸惑いながら――ヴェルフ様は首を傾げる。
「いや、長い事ダンジョンにこもっていたからな。正直、人肌の温もりが恋しいのだ」
ひ、人肌のぬくもり?! まさかそう言う趣味の方なのですか?!
「……なら、仕方ないな」
「ヴェルフ様ッッ!!」
お、乙女の純潔を何だと思っているのですかぁ?!
「いや、大丈夫だぞ。どうせ、ただ抱き枕にされるだけだ」
「ああ、それなら……」
何とか身の安全は確保されそうだ――と。
ついうっかり頷きかけてから、
「そういう問題ではありません!!」
本日二度目の咆哮を上げる羽目になったのだった。
……この狂気の産物、絶対に何か性質の悪い
4
始まりがいつであったのか。
一体いつから、この牢獄に捕らわれているのか。
それは、もはや思い出せない。
「――――――ぁっ?!」
赤熱した焼き鏝。
押し付けられたそれは、肉体よりもソウルを焦がし蝕む。
その感触とて慣れたものだ。
真に激痛に晒された時、人とはまともに悲鳴を上げることすらできないらしい。
人とは言い難い私とてそうなのだから。
仮面の奥から響く、くぐもった笑い声を聞きながら、そんなことを考えていられる程度には。
「ヒヒ……ッ」
獄吏どもが立ち去れば次には牢名主が。それが去れば別の蛭どもがやってくる。
抗う力など、残ってはいなかった。
悪趣味な焼き鏝と獄吏の邪法によって、もはや立つこともままならないのだから。
冷たく湿った薄闇の中。
ただ慰み者にされるだけの時間。
その時ですら、衣服に染みついた異臭だけが伝えてくる。
こんなものを記憶しておくことに、いかほどの意味があろうか。
――だから、その時も。ただ繰り返されるのだと思っていた。
「暗く枯れた体とて、下種の慰みくらいにはなるようだな」
近づいてきた気配を前に、いつも通り嘲笑する。
もはや、それくらいしかできることなどないのだ。
「……何の話だ?」
ただ、返ってきた返事は、いつもと違った。
朽ちた体に鞭打って、視線を上げる。
そこにいたのは、見慣れた獄吏や牢名主どもではなかった。
「貴公、こんなところに何用かな?」
それは、おそらく問うまでもないものだった。
少なくとも、この時はそう思った。
「ここは異形の住処。私とて、例外ではないのだぞ」
目の前の存在は、私がどういうモノかを知っている。
「私は罪人。人の深淵、その忌み子なのさ」
言うまでもないことだ。
その男のソウルには、私の同胞のソウルがいくつか混ざり込んでいたのだから。
「貴公、それでも私を許せるのか?」
「ああ」
許すも許さないもない。
その男は、あっさりと頷いて私の体を抱き上げた。
――この牢で過ごした時間。
それを記憶しておかなかったことを、少しだけ後悔した。
(いったいいつ以来だったか……)
壊れ物でも扱うように慎重に、その男は私を抱えて歩く。
硬く冷えた鎧も気にならない。
こんな風に誰かに触れられたのは、これが初めてだった。
少なくとも、はっきりと記憶に残っている中では。
ただ……いつかどこかで。
遥か遠い昔、鎧を着た誰かにこうしてもらったような気も、ほんの少しだけした。
それに、この冷たく優しい
――それらの感触が、何故か郷愁を誘うほどに懐かしかったから。
――…
「これがあの馬鹿弟子の馴れ初めだ」
改めて言葉にするとなると、なかなか気恥ずかしいものだな――と。
その魔女……カルラ様は小さく苦笑した。
「え、ええと……」
一方で、超重量級の話をぶちかまされた霞様たち――というか、リリもそうですけど――は表情を引きつらせている。
例外は、アンジェ様くらいでしょうか。
さて。
今の状況を簡単に説明するなら。
唐突に訪れた貞節の危機――と、言っても抱き枕にされるだけなら、実は初めてではないのですが――を乗り切り、ティオナ様に連れられてこの泉に来てから。
「ふんっっ! ボクの圧勝だな」
「うぐっっ?!」
胸を見て、胸を張るヘスティア様に何故か――いえ、何となくは察せますが――ティオナ様が精神的に
「相変わらず大きいわねー」
「勝手に触るんじゃないよ」
一方で、ヘスティア様に負けずとも劣らないアイシャ様のそれを、霞様が後ろから鷲掴みにしたり。
「いいじゃない、減るもんじゃないんだし」
「あんたねぇ。これを揉むために雄どもがいくら積むと思ってるんだい?」
「うん?」
生々しい会話に、カルラ様が首を傾げたり。
「私は
「ほう? もしや、あの馬鹿弟子が自分から? ……これは、思わぬ強敵がいたものだ」
何故か割と真剣に、カルラ様が慄いたり。
「あの、ところで、モンスターとかは……?」
「もちろん、見張りを立てますよ。近づいてくる不届き者はモンスターだけではありませんから」
千草様の言葉に、エルフの……確かアリシア様が武器の調子を確かめながら優しく微笑んだり。
「あ、でも。相手は【
「え? 何で?」
「あいつが? どうしてだい?」
ヒューマンの魔導士――確かエルフィ様の言葉に、霞様たちが揃って不思議そうに首を傾げてたり。
「あ~…。言われてみれば確かに?」
「確かにって……ほあ?!」
「そっ、それはつまり……!?」
「はーいしゅーりょー! この話はここまでだよ!!」
その様子から色々察したらしく、動揺したレフィーヤ様達を庇うようにヘスティア様が叫んだりと。
他にもいくつかの
「ところで、アナタはクオンとどうやって知り合ったの?」
「あ、もしかして恋バナって奴ね。私達も混ぜてくれるかしら?」
霞様の何気ない問いかけに、クオン様の情報を欲するティオネ様たちがここぞとばかりに便乗してきて――…
それで、結局。
「あ~…。ええと……」
「あの、ティオネさん。無理に聞くのは良くなかったんじゃ……」
「その、ごめんなさい」
こうして、全員仲良く轟沈させられているのだった。
馴れ初めを聞いただけで、リリのスキルも歯が立たないくらい重量級の返事が返ってくるとか予想外もいいところなのですが。
(いえ、これはむしろ予測できなかったリリ達の失敗だったのでは……?)
波立たなければ、水底まで見えるほどに澄んだ柔らかな水。
その中に沈みこみ、ブクブクと泡立てながら呻く。
カルラ様はクオン様の……ええと、その関係者なのだ。
ひょっとしなくても、普通の惚気話が返ってくると思っていたリリ達の方が暢気すぎたのではないだろうか。
今さらながらに思い至ったそれに、内心で頭を抱える。
「というか!」
ひしと、カルラ様に抱き着き、霞様が気炎を上げ、
「ア・イ・ツは! どうして! そんなことまで! 忘れちゃうわけ?!」
「ま、記憶喪失だったってのは知ってるけどね」
肩をすくめてから、呆れたようにアイシャ様が呻く。
「しっかし、あの馬鹿。牢獄破りまでしてたとはねぇ」
「なに、街としてはとっくに滅んでいたからな。連れ出したとて咎める者も残ってはいない。まともな者は、な」
「……いや、そもそも何故投獄などされていた?」
気楽に肩をすくめるカルラ様に、シャクティ様が少し躊躇いがちに問いかけた。
「私が人の『深淵』、その忌み子だからさ。罪人と呼ぶにはそれで充分だろう?」
「……もしや、『深淵』というのはあの『深淵』のことなのか?」
一四階層に発生したという悍ましい『
リリ達が遭遇したあの『変異種』も、どうやらその影響を受けた存在だったらしい。
「ああ。その通りだとも」
「じゃあ、あんたも『深淵種』だってのかい?」
「さて、どうだろうな。似たようなものかもしれない」
あっさりとした肯定に、シャクティ様どころかアイシャ様までが表情を険しくした。
アリシア様達はすでに武器に手を伸ばしてすらいる。
「ただ、かつて
それに気づいているのかいないのか、カルラ様は小さく笑うばかりだった。
「その『闇の子』ってのは何なの? それに、私達って……」
「私の弟子が【深淵の主】を打ち倒したという話はしただろう?」
少なからず険のこもったティオネ様の問いかけにも、やはりカルラ様は躊躇いなく応じて見せる。
「【深淵の主】は私の弟子の手で滅ぼされた。それは確かだ。だが、世界にはその断片が遺されていたのさ」
そのソウルがあまりに強大過ぎたのだろう――と、カルラ様が小さく付け足す。
「それが『闇の子』だと?」
「ああ。【孤独】のナドラ。【憤怒】のエレナ。【恐怖】のアルシュナ。そして、【渇望】のデュナシャンドラ。それが、私の弟子がかつて出会った同類の名だ」
特に【渇望】の使徒にはずいぶんと苦労させられたらしい――と。
カルラ様は小さく苦笑した。
「だからこそ、私の弟子は、私が何なのかすぐに分かったはずだがな。何の躊躇いもなく連れ出すのだから、やはり変わった男だよ、あれは」
「孤独に憤怒。恐怖に、渇望……ですか?」
すぐ近くの岸に座るレフィーヤ様が、小さく首を傾げる。
「どうかしたの?」
「い、いえ。カルラさんの言う通り、それが『深淵の主』の断片だっていうなら、それは……」
レフィーヤ様は少し言い淀んでから、
「『深淵の主』には、まるで私達みたいに感情があったってことなんじゃ……」
そ、そんなわけないですよねー!――と、レフィーヤ様が渇いた笑い声を上げる。
……何だか、少しだけ水温が下がったような。そんな錯覚を覚えた。
「ええと……。なら、あんたは人間なの? それとも精霊みたいな感じ?」
その悪寒を取り繕うように、ティオネ様が改めて問いかける。
「さて、どうだろうな」
はぐらかすように笑ってから、カルラ様は奇妙な答えを返した。
「
「はぁ……?」
ティオネ様が困惑したように呻く。
ただ、カルラ様はそれ以上、何も言うことはなかった。
「それに、私はそもそも『闇の子』と名乗れるかどうかも怪しいのだが……まぁ、それはいいだろう。自分が何者か。それを正しく答えられる者が果たしてどれだけいるのやら」
「いえ、だからってそんな意味深な言葉を自己完結されても困るんですが……」
思わずと言った様子でレフィーヤ様が呻く。
「あくまで私自身の主観だが、【渇望】や【恐怖】のように明確な『残滓』を継いでいるようには感じない。『闇の子』とは言い難いとはそういうことだ」
ただ、とカルラ様は苦笑した。
「『闇の子』の宿命……
霞様とアイシャ様を見て、肩をすくめた。
「どういう意味よ?」
「『闇の子』など、所詮はか弱く小さな断片にすぎん。少なくとも、【深淵の主】に比べればな」
「……そういうものなの?」
「ああ。だからこそ、憑代を求める。強い力……それこそ、
その言葉に、背筋がゾクリと泡立つ。
(王の器……)
世界を遍く照らす『最初の火』の『薪』になれるほどの力を宿せる誰か。
それだけの力を宿す『薪』のことを【
そして、強い力に引き寄せられる『闇の子』であるカルラ様が選んだ憑代がクオン様だというなら――…
(これはもう、ほとんど確定したようなものですね)
全てが真実なら……少なくとも、その一部が含まれているなら。
もはや、クオン様が『火継ぎの英雄』なのは――少なくとも、その原型となった存在なのは間違いない。
(あーうー…。こんなもん一体どうしろっていうんですか?)
再び内心で頭を抱える。
何だかとんでもない情報に触れつつあることだけは分かった。
というか、それしか分からない。
それしか分からないけど、とにかくこれは絶対にヤバい。
深入りすべきではない。深入りすれば、きっと戻ってこれなくなる。
これはもう、間違いなくそういう領域の話だ。
今すぐにでも手を引くべきだが……
それどころか、同じ背景を持つアンジェ様に至ってはヘスティア様の眷属となっていた。
事ここに至っては、もはや関わらないという選択肢など選びようがない。
「……」
視線だけをシャクティ様に向けると、彼女はごく小さく頷いて見せた。
(ある程度は知っている、という事ですね)
もっとも、それを見込んでここまで無理矢理に連れてきたわけだし、そうでなくてはむしろ困る。
それはそれとして……。
(まぁ、『死んでも平気』というところだけを聞けば、とんでもない特権のような気もしますけどね)
特にダンジョンに挑む冒険者であれば。
死んでも蘇ることができる。それなら、次はもっとうまくできる。
それは、冒険者を続けるうえで、どこまでも有利に作用するのは間違いない。
……
そんな代償にさえ目を瞑るなら。
そして、その『代償』こそがさらにこの情報を厄介なものとしている。
(明らかに誤魔化そうとしていましたからね)
あのボールスとかいう大頭の時も。リリの時も。
おそらく過去を知られたくないのではなく――もしくはそれ以上に――『不死の呪い』について知られたくないのだろう。
その理由くらいは分かる。
(いつか亡者となって人を襲うようになるかもしれない)
ただでさえクオン様を目の敵にする冒険者には事欠かないのだ。
そんなことを知られた日には、すぐにでも全面抗争に突入しかねない。
(そりゃもう、全力で誤魔化そうとする訳です)
クオン様自身だけではなく、ギルド上層部も。
一度や二度殺したくらいでは止まらないLv.7――下手をするとそれ以上――の不死人……いや、
どこかの血気盛んなお馬鹿が抗争でも仕掛けようものなら、本当にオラリオ中に死体の山が出来上がる。
その途中でクオン様も一度くらいは命を落とすかもしれないし……その一度で亡者になる可能性が皆無という訳でもない――のではないだろうか。
正直なところ、あまり想像できないのですが。
加えて言えば、その時にはアンジェ様が所属する【ヘスティア・ファミリア】も間違いなく巻き込まれるだろう。
つまり、何をどうしてもこの情報を外に漏らす訳にはいかないわけだ。
(あーもー…。ホントにこんな厄ネタ知りたくなかったですよぉー…)
などと。今さら嘆いてもどうにもならないし、そんな暇もありはしない。
すでに少なからず知ってしまったのだ。今からできることは、クオン様のように沈黙を守ることだけ。
例え、相手が【ロキ・ファミリア】であってもだ。
それを考えただけで全てを投げ出したくなる思考を、何とか回転させた。
(ベル様は腹の探り合いには致命的に向いていませんからね)
何かいい『嘘』をでっちあげ、ヘスティア様やヴェルフ様とも口裏を合わせておく必要がある。
そして、万が一の時に備えてシャクティ様とも何とか協力関係を築いておきたい。
……せめて『嘘』を用意するための助言だけでも貰いたいところだ。
(相手が誰であれ、神相手に嘘を吐こうって時点で無理もいいところですけどねー…)
神の相手はヘスティア様に全部ぶん投げることを固く誓った。
というか。アンジェ様――と、多分クオン様たち――じゃあるまいし、神相手に嘘など吐けるはずもない。
まずはそういった状況に陥らない事を最優先にしなくては。
(今はともかく、余計なことを喋らないようにしなくては……)
リリ一人でいくら考えたところで、さほどいい案が思いつくわけでもないし、大したことができる訳でもない。
今すぐできることといえば、秘密を守るために、基本的な部分をきっちり抑えておくくらいか。
「よく分かんないけど……。つまり、あんたも強い雄に惹かれるってこと?」
胸中で呟くリリを他所に、話は先に進んでいた。
「まぁ、そう言ってしまってもいいだろう」
「……そう言われちゃうと、私としては人間だって言うしかないんだけど」
あっさりと頷かれ、ティオネ様が眉間を指先で押さえる。
……まぁ、それはそうでしょう。それはアマゾネスの
「まぁ、私のことはともかくとして」
ティオネ様の言葉を肯定も否定もせず、カルラ様は言った。
「私の弟子は間違いなく人間だよ。他の何者でもない。あれほど人間臭く在れることに、誰もが驚くほどにね」
それは、つまり。不死の呪いに苛まれながらも、『亡者』ではなく人間であるという意味だろう。
……あるいは。
(何度も死を経験しながら、でしょうか)
クオン様の力は、自分の死体を積みあげた結果だと。
それほどに『死』を経験しながら、それでもまだあの方は人間だと。
「だから、あまり邪険にしないでやってくれ」
カルラ様はそう言っているのだろうか。
「と、ところで。【
おっかなびっくり……それでも、好奇心を隠しきれない様子で、レフィーヤ様が問いかけた。
「ああ。魔術の手ほどきをしている。……なかなかどうして、手を焼いているがね」
「魔術……?」
「正確には、『闇術』と呼ばれるものだ。もっとも、もはやその区分も曖昧だが」
節くれだった奇妙な杖を
途端、暗い闇がその杖を覆って――そして、そのまま消えた。
多分、魔法を発動させずに霧散させたのだろう。
「私があいつに報いるには、魔術しかない。忌むべき闇の魔術だけがな。あるいは、この枯れた体くらいか…――ッッ?!」
「ひゃ?!」
まだ抱き着いたままの霞様が悲鳴を上げ、カルラ様が背筋を伸ばす。
理由はその背後から伸びてきた腕で――…
「あ、あたしより全然あるじゃん!?」
「て、ティオナさん?! ひあ――…」
「ちょ!? レフィーヤ危ない!」
慌てて止めようとしたレフィーヤ様が、そのまま足を滑らせて泉に落っこちそうになり、エルフィ様に慌てて引っ張り戻された。
「この馬鹿ティオナ!? ご、ごめんなさい。ちょっと、持病の発作みたいなもんで……」
いえ、それはそれでなんか酷いことを言ってませんか?!
「そ、そうか。……お大事にな」
「余計なお世話だよ!?―――じゃなくて!」
ともあれ、ティオナ様はカルラ様の体を――胸以外も――ペタペタと触りながら言った。
「『闇の子』とか言っても……やっぱり、あたし達と変わらない気がするけどなー」
まぁ、見た目ではヒューマンの女性にしか見せませんけど。
……何だか、妙に懐かしいような気分になるのが不思議と言えば不思議ですが。
「その『闇術』っていうのは、どうして良くないの?」
「『深淵』に連なるもの。そう言えば、一番分かりやすいだろう」
「はぁ?!」
悲鳴を上げたのは、ティオネ様たちだった。
身をよじったせいだろう。澄んだ水面に、再び大きな波紋が生まれる。
「『闇術』の力の源が暴走すると、『深淵』を生み出す。確かそう言っていたな」
冷静に応じたのはシャクティ様だった。
やはりというべきか。他にアイシャ様も平然としている。
おそらく、『深淵狩り』の際に、多少なりと情報を交換しているのだろう。
「ああ。概ねその認識で間違いはない。もっとも、『深淵』を生み出すには相応の力を求められるだろうが」
出涸らしの私には、とても無理な話だ――と。
カルラ様は小さく肩をすくめた。
「だが、この『闇』が神々にとっても猛毒だということは変わりない。あの罰当たりは気にしなかったがな」
「そりゃまぁ、むしろ喜んで覚えそうな気はするけどね」
ティオネ様がぐったりとした様子で呻く。
「でも、本当に神々にも手に負えないなんてことがあるんですか?」
レフィーヤ様の問いかけに、カルラ様は水中からその細い腕を持ち上げた。
「あの娘ら。
水滴が滑り落ちる細腕。その細い指に示されるのは――
「う……」
当然というべきか。ヘスティア様だった。
何故か犬猿の仲らしき【剣姫】様の隣……というより。
可能な限り、カルラ様から離れた場所にいる。思い返せば、ここまでの道中でもずっと。
そう。あのヘスティア様がだ。
「――――!」
そこで、突如としてアンジェ様が激しく舌打ちしながら何かの物語を口ずさんだ。
その手に生じたのは白光の輪。
放たれたそれは、頭上にまで枝を伸ばしていた一本の木を切断して――
「――――いいいいいいいいいっ?!」
ザボンと。何か落ちてきた。
「げぼっ、ごぼっ、ごふっ!?」
バシャバシャと水をかき分けて現れたのは――…
「アルゴノゥト君!」
「ベル君?!」
「ベル様ぁ?!」
よぉく見慣れた一匹の兎でした。
「な、何をなさっているんですかぁ?!」
静かな泉が今までで一番騒然となる。
乙女的には『深淵』とか『闇の子』よりもずっと一大事なのだった。
「なになに! 水浴びしに来たの?!」
「大人しそうな顔して、やるわねぇ」
「よくもまぁ、この大げさな包囲を突破できたもんだ」
……まぁ、アマゾネスの方々は平然としていますけど。
いえ、アマゾネス以外にも、アンジェ様やカルラ様も同じですが。
「あ、アンジェ君! 体を隠すんだ――」
ベル様の一番近いところで、平然と裸体を晒している……どころか、自分から近づいていくアンジェ様にヘスティア様が叫び――
「伏せてください」
「え?」
水中に押し込むように、アンジェ様がベル様を押し倒した。
「こらー?!」
ヘスティア様の悲鳴が響く中、放たれた光輪がアンジェ様の手元に戻ってくる。
あのままベル様が立っていたなら、首と胴体が泣き別れだったかもしれない。
「
続けて吐き出すはずだった叫びを飲み込み、目を白黒させているヘスティア様を他所にアンジェ様が鋭く舌打ちした。
「……へ?」
こてん、とヘスティア様と一緒に首を傾げていると、アンジェ様は体をかがめてベル様に深く――と言っても、水中に沈まない程度ですが――頭を下げた。
「大変失礼致しました」
……もちろん、今も一糸まとわないまま。
いえ、それはともかくとして。
「あ―――あなたはぁああああああああああああああああああッ!?」
此方、地を蹴って襲い掛かるレフィーヤ様。
「ご―――ごめんなさぁああああああああああああああああいっ!?」
彼方、決河の勢いで飛び出すベル様。
両者の間にはまだ一階位の差があるはず……というか、レフィーヤ様の咆哮に我を取り戻した他の団員までが全方位から襲い掛かる。
「すっごーい!」
「本当にいい脚持ってるわね」
だというのに、誰もベル様を捕らえることはできなかった。
いえ、Lv.5が揃って静観を決め込み、Lv.6が顔を真っ赤にして機能停止しているという事もあるとは思いますが。
「と、ところで。外したってどういうことだい?」
ヘスティア様が、アンジェ様に問いかける。
すっかり見えなくなってしまったベル様はひとまず置いておくことに決めたらしい。
「申し訳ありません」
「いや、責めてるわけじゃなくて! 他に誰がいたんだい?!」
「名前は分からんが、貴公と同じく神に連なる者だな。沐浴を覗きに来るとは……やれやれ、『火』も『王』も失えばあんなものか。嘆かわしいことだ」
カルラ様がゆるゆると首を振って嘆いた。
気になることは色々とあるのですが……!
「神ぃ?! どんな奴だい?!」
「旅装束を着込み、羽根つき帽を被った男にございます」
片膝を着き、首を垂れてアンジェ様が応じる。
こんな時にもブレないその姿勢はある意味凄いのでしょうが……。
「旅装束で」
「帽子を被っていて」
「こんなところに来てまで覗きをするような神……」
そして、何故だかティオネ様やシャクティ様たちまでが頭を抱え始めた。
「さては! もしかしなくてもヘルメスだな!?」
ヘスティア様が叫ぶのと同時、新たに水中から飛び出す音が響く。
「すまん、ティオネ! フィン達に場所を借りると伝えておいてくれ!」
水気を拭うのもそこそこに、素早く装備を身に着けたシャクティ様が森の奥……というか、野営地の方向へと走っていった。
「あ~…うん。分かったわ。伝えとく……」
ティオネ様の返事が聞こえたかどうか。
まさに緊急事態といった形相だった。
「ティオナ、アイズ。そんなわけで私はちょっと抜けるから、見張りはよろしくね」
一方、言伝を頼まれたティオネ様はというと。
心底嫌そうな顔で水から上がり、のろのろと身体を拭いて装備を身に着け始めた。
「えーと……?」
「あいつが特に嫌っている神ってのは
置き去りにされたリリが首を傾げていると、アイシャ様が肩をすくめた。
「その中でも、神ヘルメスは致命的にヤバいのよ」
装備を身に着け終わったティオネ様までがため息を吐く。
「そ、そうなのですか?」
「ええ。一応、具体的な名前は避けるけどオラリオで一番有名な二つの派閥の主神で、胸がない方を軽く超え、胸がある方を下に聞くってところね」
最後に投げやりに結論を結んでから、のろのろとした足取りで――しかし、Lv.5に恥じぬ速さで――ティオネ様も野営地に向かっていった。
……それにしても、これではもう伏せる意味がないのではないでしょうか。
「あ~…。でも、そっか。イシュタルの他に、フレイヤとヘルメスか」
何となく状況に置き去りにされたまま、どうでもいいことを思いついたリリを他所に。
改めて、ベル様が落ちてきた辺りを見上げてから。
「クオン君がボクらの何を嫌っているか。いい加減、分かってきたかも……」
ヘスティア様は、ため息とともにそう呻いた。
その神意は分からないけれど……
「それにしても。あいつ、本当にこんなところで何してるんだ? ……いや、ボクが言うのも何だけどさ」
ともあれ、新たな招かれざる客が登場したのは間違いなさそうだった。
…――
縦横無尽に森を駆け抜けた。
巨木が立ちはだかれば直角に進路を変え。
岩があれば飛び越えて。
頭がおかしくなった兎のように走って走って走り続けて。
とにかく疾走して。とにかく逃走して。
そして、唐突に気付いた。
「ま、迷った……」
火の粉が舞い上がりそうなほどに赤熱していた体が、一転して冷え込む。
冷静になったふりをしながら周囲を見回すと、案の定見覚えのない景色に囲まれていた。
まだ裂け目が白い、倒されたばかりの大木。
見覚えのない水晶の畑。
空を……頭上を覆う枝葉の屋根は、野営地の周りより少し疎らで、白い光の帯が幾筋も見える。
改めて見ても、一八階層は綺麗な階層だと思う。思うけど……。
(マズい……!)
まるで絵画の世界に迷い込んだようなその風景も、今は焦りを誘うだけだった。
(ここは森の南部? それとも東部?)
それとも南東だろうか。
リヴィラの街から見渡した大森林を思い描きながら四方八方を見回しても、まったくピンとこない。
そもそもピンとくるだけの土地勘がない。
完全に、迷子だ。ダンジョンの中で、またしても。
しかも、今度は
(お、落ち着こう)
嫌な汗が背中を伝うのを自覚しながら、口の中で呪文のように呟く。
まずは冷静に。もう一度落ち着いて地形の確認を――…
「ッッ?!」
気づけば近くの木陰に飛び込み、身を潜めていた。
ちょうど僕の後を追うように、何かが向こうからやってくる。
(バ、『バクベアー』……!)
のっそりと姿を見せたのは、巨大な熊だった。
もちろん、普通の熊ではない。バグベアーと呼ばれるモンスターだ。
こうして姿を見るのはもちろん初めて。
当然だ。このモンスターの出現階層は
(ええと、確かバグベアーは……)
そんなモンスターだから、エイナさんからもまだ詳しい話は聞いていない。
ただ、まったく知らないわけでもなかった。
確か――…
(『力』や『耐久』はミノタウロスに少し劣るけど、『敏捷』は高い)
そして、見ての通り体格も見劣りしない。
一言で簡単に言うなら、素早いミノタウロスということになる。
(あ、悪夢すぎる……!)
いくらランクアップしたとはいえ、まだミノタウロスが強敵であることは変わらない。
そして、今は僕一人しかいない。決死行の途中のようになりふり構わずスキルを使用して、身動きが取れなくなったらそれこそおしまいだ。
……ついでに言えば、鎧はまだ整備中で、身に着けている防具は長衣型のサラマンダー・ウールのみ。
武器も同じく神様のナイフだけだった。
(う、迂闊すぎる……!)
頭の代わりに鼻と口を両手で押さえながら呻く。
心臓がバクバクとうるさい。
この音に気付かれるかもしれない。そんな妄想がよぎるほどだ。
ただ、幸いにしてバグベアーはお腹が空いているのか、それとも好物なのか、
とはいえ、迂闊に音を立てればその限りではない。
このまま満足してどこかに行くのを待つしかなさそうだった。
(うぅ……。どうしてこんなことに……?)
天を仰ぐ余裕もないままに自問する。
……答えは結構分かりやすかった。
「君が、ベル・クラネルかい?」
――と。
【ロキ・ファミリア】の野営地で声をかけられたのは、ヴェルフが鎧の修繕を始めた頃。
念のための採寸を終え、借りている天幕に戻る途中のことだった。
「は、はいっ」
半ば反射的に返事をしながら振り返ると、そこには旅装束を着こなした長身の男の人が立っていた。
……かなり着慣れた感じの旅装束だけど、冒険者用の
いやまぁ、僕も駆け出しの頃はギルドで買った
(あれ? この感じってもしかして……)
そこでやっと微妙な違和感を覚えた。
今の
「オレはヘルメス。『旅の神』なんて呼ばれている。今はあまり大きな声では名乗れないけどね」
どうかお見知りおきを――と。
羽根つき帽子を外し、優雅に一礼するヘルメス様に、僕もあわてて頭を下げた。
「ええと……。それで、ヘルメス様はどうしてこんなところに?」
どうやら神様はダンジョンに潜ってはいけないらしいんだけど……。
「ああ、さっきも言ったがオレは『旅の神』でね。オラリオの外をよくふらついているのさ」
「は、はぁ……」
曖昧に頷く。
でも、全てのファミリアはオラリオから出る際には許可がいるって前にエイナさんから聞いたような……。
「オレ達がオラリオの外に出れるのが不思議かな。でも、そう難しいことじゃない」
僕の困惑を見通したように、ヘルメス様は小さく笑った。
「うちは一応商業系の派閥でね。派閥や農業系の派閥は、オラリオの外出制限が緩いのさ。オレ達は交易も仕事のうちだし、耕地があるのはオラリオの外だろう?」
「あ、なるほど」
言われてみれば納得だった。
魔石製品の輸出は、オラリオの大きな収入源だってクオンさんも言っていた。
「まぁ、うちの
旅をするなら、腕が立つに越したことはない――と、その言葉に頷く。
実際にそれは本当のことだった。
むしろ、日々の生活の中でモンスターの脅威を全く感じないで済むのはオラリオくらいなものだろう。
大体のモンスターは魔石の力を衰えさせているけど……一方でまだ力を失っていないモンスターが存在すると聞いている。
いくら頑丈な市壁を用意できたとしても、ずっとモンスターの攻撃に耐えられるはずもない。追い払うか倒す必要がある。
堅牢な市壁と、モンスターを倒せるだけの冒険者。
その両方が充分に揃っている場所が、オラリオの他にそういくつもあるわけではない。
そんな中を旅するなら、やっぱり強いに越したことはないのだ。
「それに、オラリオに住まう神としてして、ダンジョンを無視するなんてできるわけもないだろう?」
パチリと片目を瞑られたなら、やはり頷くしかなかった。
そのダンジョンに出会いを求めてオラリオにやってきたのが、他ならぬ僕自身なわけだし。
「それでだ。実は少し前にドジを踏んでね。危ないところを、君のお祖父さんに助けてもらったことがあるのさ」
「お祖父ちゃんに……?」
「ああ。オレとしては、あの爺さんは殺しても死なないタイプだと……。いや、それはともかく」
小さく肩をすくめてから、
「まぁ、その恩に報いられないようじゃ神の名折れだからね。せめて孫の君の窮地には手を貸そうと思ったわけだけど……」
ロキのところの
ヘルメス様はそう言って苦笑した。
「い、いえそんな……」
まさか神様が……ええと、ヘスティア様以外の神様までがダンジョンの中にまで来てくれるなんて。
(お祖父ちゃんってやっぱり凄かったんだなぁ……)
僕もいつかはお祖父ちゃんのようになれるだろうか。
誇らしいようなむず痒いような……そして、どことない寂寥感とともにそんなことを考えていると。
「ところで、ベル君。せっかくだから、少し付き合わないか?」
と、ヘルメス様が言ったのだった。
それで……まぁ、それから色々あって、こうなっている。
「…………っ!」
頭を抱えていると、ついうっかり転げ落ちたらくえ……ええと、あの泉の光景まで思い出してしまい、顔が燃えそうなほど熱くなった。
ええい、煩悩退散! こんな時にこんなことを考えてたら本当に死ぬって!
(こ、このままじゃ本当に不味い……!)
リヴィラの街に行く途中、高台から見た絶景――これは文字通りの意味で――を思い出す。
広大な草原地帯に点在していたのはモンスターの群れだ。
あの距離ならそれもまた牧歌的な光景だったけど、この距離ならそんな暢気なことは言っていられない。
土地勘の全くないこの場所で、ろくな装備もなく、たった一人でモンスターの群れの中に迷い込んでいるようなものなのだから。
……自分で結んだ結論に、少しだけ卒倒しそうになった。
(よ、『夜』が訪れる前に何とか森を抜けないと……!)
闇はモンスターの味方だ。
冒険者になってから、僕も夜目はずっと利くようになったけど……それでも、モンスターの方がまだ上手だった。
それ以前に土地勘がないような場所で、視界まで闇に閉ざされるなんて全く笑えない。
満腹になったのか、そのまま地面に丸くなり暢気に寝息を立て始めたバグベアーを起こさないよう細心の注意を払いながら、僕はその場所を離れた。
とはいえ――…
(どっちに向かえばいいんだろう?)
野営地の場所など分かるはずもない。
それどころか、方角すら曖昧だった。
(風向きくらいは分かるけど……)
小さな頃から野山で遊んでいたおかげで、風下の方角くらいなら分かる。
(ええと……。確か風って温かい方から冷たい方に吹くんだったっけ?)
村にいた時に、クオンさんからそんな話を聞いたことがある。
日中は水辺から陸地に。夜はその逆に吹くんだとか。
もちろん、実際には他にも地形とか季節とか色々な要因が絡んでくるとも言っていたけど。
何より――…
(あくまで地上の話だし……)
ダンジョンの中でも通用するかは未知数だった。
とはいえ、他に何か当てがあるわけでもない。
(あ……水の音?)
迷いながらも風上を目指していると、水の音が聞こえてきた。
それも、せせらぎとは違う。まるで、誰かが水をすくっては落としているような……。
(モ、モンスター?)
自然に鳴るような音ではない……と思う。
なら、まずはモンスターの存在を疑うべきだけど……。
(よ、よし……!)
散々迷った挙句、僕はその音の方へと足を向けた。
息をひそめ、できるだけ足音を立てないように慎重に。
モンスターかもしれないけど、例えば【ロキ・ファミリア】の誰かが水汲みに来ているのかもしれない。
だとすれば、案外と野営地には近いということになる。
それに……正直なところ、緊張続きで喉がカラカラだった。
(それにしても……)
田舎育ちなので、森の中を歩くのはそれなりに慣れているつもりだった。
つい最近なら、セオロの密林の中でちょっとした冒険――というか、主に大乱闘?――をしてきたばかりでもある。
とはいえ、やぱり油断は大敵。油断をすれば苔に足を取られそうになる。
ひやりとしながらも、周りを見回し、改めて胸中で呟いた。
(本当に物語の中に迷い込んだみたいだ)
頭上を覆う緑の天蓋は水晶の日差しを退け、薄暗く、藍色を帯びている。
その中で淡く光るのは地面に生えた大小の水晶柱。
まるで英雄を誘う精霊の灯のように幻想的な光に導かれるように足を進めていくと――
「―――――」
森が開け、泉が現れた。
その瞬間、僕は言葉すら忘れ去っていた。
妖精が、いた。
一糸纏わない姿で、処女雪のように白い素肌を――華奢な背中をこちらに向け、沐浴している。
両手で水をすくっては、こぼさないようゆっくりと、自分の髪へ塗り込むようにして洗っていた。
ああ、やっぱりお伽噺の中に迷い込んでいるのかもしれない。
静止した時間の中で、そんなことを思う。
精霊の水浴び。森の中をさまよった先で偶然出会う、泉の美しい乙女。
物語の筋書き通りだった。
木に手をついたまま、その光景に魅了される。
だからと言って、浅ましい感情が生まれる余地などない。
そう、そして、確かこの後お伽噺では――
(妖精の水浴びを覗いたその人は、問答無用で矢を射かけられたような……)
冒険者としてそれなりに培ってきた……というか、主にクオンさんだったり、
「――
瞬間、光が走った。
反射的に顔をそらしたけど――それより先に、その小太刀は僕の顔の真横に突き立っていた。
当たらなかったのは幸運だったのか、それともその妖精――空色の瞳を吊り上げ、僕を見据えるリューさんのせめてもの慈悲だったのか。
「クラネルさん?」
結論が出るより先に、怪訝そうに眉をひそめた。
その頃には僕の時間もやっと動き出す。
ならば、やることは一つ。
「……す、すみませんでしたぁあああああああああ!!」
二度目のこうう――もとい、過ちを前にして。
飛び跳ねるようにして土下座し、その非礼を詫びるように地面に額を叩きつけるのだった。
5
それからしばらくして。
「すまん、リヴェリア。迷惑をかける」
「まったくだ」
幹部用の天幕の中で、『招かれざる客』を捕縛し、連行してきたシャクティに対して肩をすくめる。
もちろん、別に彼女が悪いわけではない。どちらかと言えば、被害者同士……いや、彼女こそが正当な被害者だろう。
実際にあの『客』をこの一八階層まで連れてきたのはベートなのだ。
だとするなら、私がいったい何の文句を言えようか。
完全な八つ当たりであることを改めて自覚して、さらに気が滅入ってくる。
「よりによってこんな時に……」
つい今しがた――主に
物好きな神が押し掛けてきた程度のことで、今さらため息など零れもしないが……。
「神ヘルメスとはな」
それがあの男神だというなら、話は別だった。
「ああ。……何もクオンがいる時に来なくてもいいだろうに」
と、今度はシャクティが深くため息をつく番だった。
何しろあの神嫌い……いや、あの『神殺し』がオラリオで最も嫌悪しているのがヘルメスという神だ。
もっとも、あの男神は男神でオラリオで最もクオンを嫌悪している神なのだからある意味つり合いが取れているのだろうが。
「おのれロキめ。私たちが負傷者を抱えていると知ってこの仕打ちとは……」
もっとも、別に単なる嫌がらせというわけでもなさそうだった。
(メレンか。あの人影……『闇霊』とやらが暴れたのは本当のようだが)
そして、ロキがその調査を【ヘルメス・ファミリア】に依頼していたらしく、その代金代わりにここまで護衛を押し付けられた――と。
ベートの投げやりな説明を解読すると、概ねそういうことになる。
「すまないが、協力して欲しい」
「分かっているとも。さすがに神殺しを黙認するわけにはいかないからな」
それに、神ヘルメスは同盟派閥の主神だ。見捨てるわけにもいくまい。
……まだ【ガネーシャ・ファミリア】への疑いが完全に晴れたとは言い難い今、その団長にはとても告げられないが。
「ところで、話は変わるが」
最後にもう一度だけため息をついてから、話題を変えた。
もっとも、それとて決して心安らぐような話題ではないが。
「先だっての『アンデッド』の身元は分かったのか?」
リヴィラの街の殺人事件――赤毛の
クオンと合流してから遭遇したアンデッドの『遺体』は、ギルドが収容したと連絡があった。
そのすぐ後にクオンが神イシュタルを殺害したため、冒険者の中でもほとんど話題にならなかったが……噂の『アンデッド』が実在し、その遺体が収容されたという事実は、ギルドに少なくない衝撃を与えたという。
それはともかくとして。
連絡をよこしたギルド職員は身元調査には【ガネーシャ・ファミリア】の協力を仰ぐと言っていた。
あれからもう一ヶ月近くが過ぎている。そろそろ、情報が集まっていいはずだ。
「ああ。ヘンリック・ガスコイン。【アポロン・ファミリア】に所属していたLv.1の冒険者だ」
私の推測を肯定するように、シャクティは頷いて言った。
「【アポロン・ファミリア】だと?」
これはまた思わぬ名前が出てきたものだ。
「ああ。行方不明になったのはおよそ五年前。入団して三年目のことだったらしい」
胸中で呟いている間にも、シャクティは説明を続けた。
「三年目でLv.1か……」
本当の力を引き出してやる――と。それが勧誘の言葉であるらしい。
三年目ともなれば【ステイタス】の成長も頭打ちになり、同期の中にはランクアップする者たちが現れる。
あるいは、才気溢れる後輩に追い抜かれることもあるだろう。
誘惑に負けたとて不思議ではない時期だが……。
(今回は、もっと別の理由かもしれないな)
あの『暗い穴』を穿つ者たちが、クオンと同じ背景を持つ――つまり、『神嫌い』だとするなら、別の可能性が浮かんでくる。
「どうやら、いつもの『訳アリ』らしい。あの男神は『美の神』ほどではないが、な……」
その予感を肯定するように、シャクティが肩をすくめた。
「確か、『
いつだったか、ロキがそんなことを言っていたのを思い出す。
神々の間で何と呼ばれているかはともかく、神アポロンは『気に入った
そして……その、何だ。相手は男でも構わないのだとか。
つまり――…
「例の『暗い穴』を求めたのは【アポロン・ファミリア】から抜けるためか……」
「おそらくな。かなり恨んでいる様子だったと、彼の冒険者登録を受け持ったギルド職員が証言した。何でも『勧誘』されたのは、結婚間際だったとか……」
「……そうか」
クオンの『神嫌い』も少しは理解できる――と、そう思うのは毒されている証拠だろうか。
内心で天を仰ぐ。
「脱走ではなく、復讐したかったのかもしれないな」
その隙に、シャクティが小さく呟いた。
「復讐だと? 【アポロン・ファミリア】にか?」
「あるいは、神アポロンに」
とっさに否定する言葉が出てこなかった。
やはり、奴に毒されているのだろうか。……おそらくは
「何故そう思う?」
「何であれ、行方不明者が『発見』されたことに変わりはない。すぐに遺体を引き渡すのは難しいにしても、所属派閥には一報が入っている」
別におかしな話ではない。というより、通常の手続きだといえよう。
私もこれまで何度か――そもそも、行方不明者の遺体が収容されることは稀だが――その連絡を受け、団員を迎えに行ったことがある。
「だが、【アポロン・ファミリア】が迎えに来る前に何者かが遺体を盗み出したそうだ」
「何だと?」
遺体の窃盗など、それだけでも猟奇的な話だ。
しかも、それが亡者化した者の遺体となれば、本来なら大事件だが――…
「クオンの『神殺し』があったせいか……」
「そうだ。さらに、その後『神罰同盟』の一件や、『メレンの悪夢』。そして、『深淵』の発生が続いた」
加えて、シャクティ達にとっては『歓楽街』でも一戦もあったというわけだ。
ギルドにも【ガネーシャ・ファミリア】にも、果たして充分に対処できるだけの余力があったかどうか。
それに、話題の
「それで、それが何故復讐という話になる?」
「お前なら、噂くらいは耳にしているだろう」
「……【クァト・ファミリア】に関してか?」
つい先日、ほんの少しだけ関わった派閥の噂。
ボールスが語ったものとは違う、少なからずきな臭い噂を思い出す。
「復讐代行のことか」
冒険者に対する復讐を請け負っている。
かの派閥にはそんな噂が付きまとっていた。
いつの頃からかは定かではないが……私が知る限りではこの数年。
クオンが現れる少し前。【疾風】の手で最後の残党狩りが果たされ、『暗黒期』が終わったばかりの頃だったはずだ。
(【アストレア・ファミリア】と入れ替わるように現れた。そう考えるのは少々穿ちすぎか)
正義の使途が復讐者に堕ちたように。
オラリオからも正義が失われ、復讐だけが残った――と。
「そうだ。その噂は、『暗黒期』の最中からあった」
そんな想像を否定するように、シャクティが言った。
「それは初耳だな」
私達も、『暗黒期』においてはいわゆる『正義の派閥』の中核にいたつもりだったが。
「あの頃は冒険者どころか派閥が潰えることすら別に珍しくもなかったからな。私達も、残党狩りの最中に耳にしただけだ」
なるほど。あの頃なら、確かに噂にならずとも何の不思議もないか。
暗黒期に繰り返されたいくつもの惨劇は、今でも時折、悪夢となって姿を見せるほどだ。
「それに、その噂が【クァト・ファミリア】と結びついたのはもっと最近だ」
「この数年の話だな」
つまり、私が噂を耳にした頃のことだろう。
「ギルドに確認したが、【クァト・ファミリア】がオラリオを訪れたのは、今からおよそ八年前のことになる」
「『暗黒期』の最中……。いや、最盛期の直前か」
別にそれだけを見て異常だなどというつもりは欠片もない。
それどころか、当時ですら混乱に乗じて名を上げようとたくらむ神と眷属がオラリオを訪れることは珍しくなかった。
無論、その思惑が上手くいったかどうかはまた別の話だが。
(そういえば、『アンデッド』の存在が噂され始めたのも概ねその頃だな)
二年のズレを誤差ととるか、それとも
もちろん、単なる偶然という可能性もある。
ただ、あの派閥は私達が――オラリオが知らない何かを知っている節があるのは確かだ。
それが何か……それどころか、真実であるかどうかすら、まだ分からないが。
「ああ。当時から炊き出しや負傷者の支援を主に活動していたのは私も知っている」
「ふむ……」
だとすれば、どこかで少しくらいは関わったことがあるのかもしれない。
共闘した……と、そんな表現が適切かは分からないが。
「そして、まだ調査中だが最近ではいくつかの商いにも手を出しているようだ」
「ほう?」
少し意外だった。
勝手な印象だというのは百も承知だが、いわゆる『清貧』というものを尊ぶ派閥だとばかり思っていたのだが。
「それ自体も、『暗黒期』から準備が始まっていたらしい。動乱の中で心身に大きな
「なるほど」
生まれ持った肉体とほぼ変わらない――ダンジョンの中での戦闘にも耐えうる義肢が、オラリオには存在する。
存在するが、そういった義肢は非常に高価だ。それこそ、中堅派閥辺りなら一気に財政が傾きかねないほどに。
冒険者ではない住民であれば、裕福な貴族かそれに匹敵するほどの豪商でもなければまず手は出せない。
「それなりに軌道に乗ってきたらしくてな。最近では魔石製品の製造。他に輸出にも手を出そうとしているようだ」
「オラリオで商売をするなら、特別珍しいことではないだろう? それとも、何か違法行為でもしているのか?」
「いや、今のところは確認されていない」
されていないが……と、妙に歯切れ悪く口ごもってから、
「その成功にも『暗黒期』に築いた人脈が少なからず関わっているらしい。……いや、そのために熟成させていったのか」
どれほどの規模になっているか分からん――と。
彼女はやはり奇妙なまでに苦々しい顔で呟いた。
「お前たちは、【クァト・ファミリア】を疑っているのか?」
だとすれば、かの派閥が復讐を代行しているという確証を――少なくとも、それに近いものを掴んでいることになるが。
「……まだ何とも言えないな」
嘘だった。その確信がある。
(いったい何を掴んでいるのやら)
彼女は明らかに動揺ないし困惑していた。それとも、焦っているのだろうか。
私に嘘だと読み取らせてしまう程度には。
(例によってクオンからの情報か?)
もっとも、それを問いかけてどうなるものでもなかった。
尋ねたところで情報を私に伝えてくれるとは思えない。
今のシャクティが相手なら、クオンが関係しているかどうか程度なら見抜けるだろう。
だが、それを見抜いたところで何も解決はしない。
「話は変わるが、例の一件……カインハーストの件はどうなった?」
ため息を飲み込んでから、別の話題に切り替えた。
個人的には、そちらも無視できるものではない。
かの一族が……『呪われた血族』が本当に動き出しているというなら、事態は差し迫っている考えていい。
「そちらはお前の協力がなければどうにもならないな」
シャクティは肩をすくめた。
「今の状態では、まず派閥内のエルフ達が暴走するかもしれない」
「……そうか」
容姿端麗にして誇り高く、そして潔癖である――と。
私たちエルフはそう称されることが多い。
私とて別にその全てを否定するつもりはない。が、それ故に傲慢さを――あるいは醜悪さをもたらしている事もまた否定できない。
……きっと、私自身にもそういった面はあるのだろう。認めるのは面白くないが、ガレス辺りに訪ねればいくらでも指摘してくるのは想像に難くない。
だから、分かる。
その『誇り』を否定され、穢されることを何よりも嫌うのだ。あるいは、恐れていると言ってもいいのかもしれない。
だからこそ、『ハースト』の血筋に触れることは忌避される。
エルフの戦士の誉れである『並行詠唱』を完成させ、その絶技をもって暗黒の時代に光をもたらした一族屈指の大英雄。
一方で『神殺し』を犯し、またアルトリウスに従って神への反逆を企むウルベイン・ハーストの父親もある。
千年経っても噛み砕けないほど巨大な両義性を持つ存在がメタス・ハーストというエルフだ。
その血筋がオラリオにいるとなれば、同胞たちも心中穏やかではいられまい。
場合によっては、それこそ根絶やしにするべく暴走しかねなかった。
そうなれば、オラリオ全体にとっては好ましい結果とはなるまい。
そして、結果としてエルフの名を貶めることにも繋がる。
何故なら、この世で最も厄介で醜悪なものの一つは暴走した『正義』なのだから。
「【ロキ・ファミリア】の【
それを食い止めるのは、確かに
「その二つを分けて考える必要があるとは思えないが……まぁ、そういうことだ」
「やれやれ……」
血統というのは、つくづく厄介だった。
ここまでくれば、いっそ呪いのようですらある。
いくら城を抜け出し、里を離れ、王族として扱われることを忌避しようと。
それでも、生まれ持った血からは……その血が持つ宿命からは逃れられないということだろうか。
(だが、果たして私でも抑えきれるかどうか……)
ひとまずその宿命は受け入れるとして。
その確信を持つことは、どうしてもできそうになかったが。
「ところでシャクティ」
「何だ?」
「あの娘……霞とは親しいのか?」
その問いかけに、シャクティは何故だか少し困ったような顔をした。
「霞も賭博剣闘に携わる者だからな。親しいと答えてしまうのは、少々問題がある」
「なるほど」
真正面から言われてしまえば、もはや頷くしかない。
それに、改めて思えばばかげた質問だった。
例え顔見知りであっても賭博剣闘は違法行為。それを、情にほだされ見逃すというのは彼女らしくない。
「だが、霞の場合、今の時点ではさほどの問題にはならない」
「ほう?」
「意外か?」
「ああ」
特別隠していたわけでもなければ、その必要もない。
あっさり頷くと、シャクティは肩をすくめた。
「単純な話だ。霞はもう、ほとんど足を洗っている。新しい剣闘士でも雇わない限りな」
「なるほどな」
確かに単純な話だった。
四年前ならまだしも、今やクオンの名を知らない者はこのオラリオにいない。
今さら対戦を申し込む物好きも、対戦を受け入れる命知らずも簡単には見つかるまい。
「対戦相手など現れないさ。お前達や【フレイヤ・ファミリア】の幹部が申込みでもしない限りはな」
半分は冗談だろう。だが、もう半分は本気で釘を刺しているのも明らかだった。
……実際、それが一番現実的な対戦カードとなるだろう。
賭博剣闘どころか派閥抗争になりかねないが。
降参だ――と。そう告げる代わりに、改めて大きく肩をすくめて見せる。
「それに、彼女に対しても手出し無用。その通知はギルド……いや、おそらくは神ウラノスからも届いている」
今度は一転して少しばかり不満そうではあったが、それとてため息一つで流せる範囲だったらしい。
それもまた、分からないではない。
確かに賭博剣闘は違法だが、血の気を持て余した冒険者たちが『腕試し』の名目でその真似事を行っているのは公然の秘密だった。
特にこのリヴィラの周辺では多いと聞く。
加えて、今のオラリオで大規模な闘技場が残っているのは『繁華街』。その中でも特に『
そこは多くの外国資本が入り込み、魔石産業に次ぐ経済規模を有し――その結果『治外法権』が敷かれた区画である。
何かあれば外交問題も絡んでくるため、ギルドも運営に口を挟みにくいというわけだ。
……それどころか、そのギルドの指示により【ガネーシャ・ファミリア】がその『
形骸化したとまでは言わないにしても、『オラリオの憲兵』の長である彼女にはさぞかし頭の痛い問題だろう。
「それにしても、剣闘士のマネージャーらしくない娘だな」
もっとも、他に知り合いがいるわけでもないのだが。
オラリオの暗部とまでは言わないしても、それに近い領域で生きてきたのは間違いあるまい。
だというのに、擦れたところがほとんど感じられない。
それこそ、リヴィラの街にいる一般的な
……それを言うなら、つい先ほど、神ヘルメスの『騒ぎ』に巻き込まれ、五体投地して額を地面にぶつけていった上級冒険者など市井の――生意気盛りの――子どもより素直かもしれないが。
「それは否定しないがな」
シャクティは小さく苦笑してから、少しだけその瞳に鋭い光を宿し言った。
「油断はしないことだ。あの娘はあれでなかなか強かだぞ」
「よく知っているとも」
そうでもなければ、クオンのマネージャーなど務まるまい。
それに、四年前の一件でもその鱗片を見せられている。
お互いに頷きあってから、
「さて、私はそろそろリヴィラに戻る。お前達がここを引き払うまで、できればクオンをあの街に引き留めておきたいからな」
「そうしてくれ。それと、念のため【
「そのつもりだ。……被害者の彼女たちには悪いがな」
今度の『神殺し』は窃視が理由ということになっては色々と困る――と、シャクティは最後にため息を残して天幕を出て行った。
……それには全く同意見だった。
冗談にもならないが……奴が絡むなら本当に冗談では済まないかもしれないのだ。
今頃は、【
…――
「馬鹿なんですかアホなんですか死にたいんですか?!」
一通りのお詫び行脚が終わり、貸し与えられた――拘留と見るべきか、それとも素直に保護してもらったと見るべきか――天幕に戻ったところで
大体、確実に【
さらにはこんなに目立つ真似をするなど……。
「い、いや落ち着けってアスフィ」
「落ち着けるわけないでしょう?!」
あれはもうただの神嫌いでは済まされない。
本物の『神殺し』だ。
今までは何だかんだと言って、まさか本当に殺しはしないだろうと高を括っていたが、もうそんな暢気なことは言っていられない。
「だからだよ」
私の焦燥を見透かしたのだろう。
ヘルメス様は表情を改めて言った。
「アレはもう放っておいていい存在じゃない」
「……だからと言って、私達だけではどうにもなりませんよ」
不意を突けば何とか――と、楽観視することすら憚られた。
彼を敵に回せば、派閥抗争では済まない。
まずは主神を殺し、無力化してから皆殺しだ。私達なら敵意に感づかれた時点で、間違いなくそうなる。
何故なら――…
「神イシュタルに何かを吹き込んだのもそのためですか?」
アレが『神殺し』をする直前、ヘルメス様は神イシュタルの元を訪ねている。
それだけなら眉を顰める程度の話だが……さらにその少し前に、私達にすら内密に何かを仕入れていた。
「いやぁ、あれはただ単に前から頼まれていたものを届けただけさ。偶然に手に入ったからね」
無関係を装うが……しかし、そう簡単に信じられるものではない。
アレが――【
「……まぁ、正直なところ、あれだけの騒ぎを起こしてまだウラノスが黙認を決め込むとは思わなかったけどね」
それは確かに。神ウラノスどころか神ガネーシャすら沈黙を保っていた。
それどころか、まさか『神殺し』の大罪を免罪するとは。
(いえ、確かにあの深淵というのは危険ですが……)
そして、あれに対応できるのが彼一人だというなら、全く理解不能な判断だとは言い難い。
「そして、今度はベル・クラネルを嗾けるつもりですか?」
あの少年が尋常ならざる急成長をしていることは確かのようだ。
そして、【
しかし、刺客とするにはいくら何でも力不足すぎる。
「まさか。彼のことはまた別件さ」
別件ということは、この期に及んでなお、何かを企んでいるというわけだ。
「そんな目で見るなって。ただ、彼の自称育ての親からの依頼でもあるからね」
「
「ま、そっちはオレ自身の娯楽も多少は入っているけどね」
嘘は言っていないだろう。
……『多少』という言葉に関しては、まったく信じていないが。
ともあれ、分かったことはたった一つ。
「見届けて、どうするおつもりですか?」
「依頼人が心変わりしてくれればそれでいい。あるいは、この際ウラノスでもいいけどね」
やはり、私は少なくとももう一度は危険すぎる橋を渡らされる羽目になるわけだ。
6
「私が所属していた【ファミリア】の仲間達の墓です」
迷い込んだ大森林の中で、リューさんの過去について少しだけ話してもらい。
「貴方は、尊敬に値するヒューマンだ」
何で、エルフが多種族から人気があるのか分かったような気がして――…
そして、それから。
リューさんに案内してもらって、やっと【ロキ・ファミリア】の野営地に戻り。
水浴びを覗いてしまった女性陣や首脳陣の皆さんに一人一人全力で謝罪してから。
「待ちなさぁ――――――――――――――――――いッ!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいいッ!?」
別のエルフの方に、もう一度殺されそうに――…
「私を何だと思ってるんですか! ちょっと酷いことをするつもりだっただけです!」
「やっぱり酷いことするつもりだったんじゃないですかぁ?!」
ええと、まぁ……大体そんな感じで。
僕はまたしても大森林の中に迷い込んでいた。
今度は
当然ながら、装備はほとんど変わらない。借りていた魔石灯がある――というか、持ってきてしまっただけだけど――だけでも幸運だった。
「言っておきますけど、
「こ、これ一粒で三万ヴァリス……!?」
僕の装備より高い夜食――というか、行動食――を採ってから。
「ここで取り乱してはいけません! いいですか、これから私の指示に従ってください!」
「わ、分かりました!」
そのエルフの方……レフィーヤさんの誘導の元で、野営地に戻ることになった。
やはり【ロキ・ファミリア】の一員ということだろう。
昼間と違い、お互いに現在地が分からない状態ながらも、砕いた水晶を通った道に。
大きく迂回したときはその原因となった大樹の幹に×印を刻み。
時にはモンスターの気配を察知し、明かりを消して近くの茂みに身を潜めながら、何とかここまで進んできた。
「なれませんよ」
もっとも、こんな状況だし、会話が弾んだりはしなかったけど。
「例え何もかもできるようになっても、それでも、全然……あの人達には追いつけません」
そんな言葉を最後に、会話は途絶えて久しい。
それからどれくらい経っただろうか。
夜の闇の中、モンスターを警戒し、息を潜めながらの行軍は、ただそれだけで時間の流れを鈍くする。
体感的には随分と長く続いた沈黙を破ったのはレフィーヤさんだった。
「あなたはあの【
――…
「あなたはあの【
と。そう尋ねたのは、別に沈黙に耐えかねたわけではない。
そもそも、暢気に仲良くお話をするような仲では断じてないのだから。
あの【
……それに、アイズさん達について色々と聞かれた事への仕返しという意味もあったかもしれない。
「クオンさんですか?」
もっとも、当の少年はそういう後ろめたい感情には全く気付かなかったようだ。
むしろ、心から不思議そうな顔をしているのが何となく腹立たしい。
「別に【ロキ・ファミリア】の皆さんが知りたそうなことは……」
そこで、何かを思い出したらしい。
この闇の中でも分かるほどはっきりと、焦ったような顔をした。
「え、ええと! 僕の村の恩人なんです!」
それに気づかなかったと思われているなら心外ですが。
もし誤魔化せると思っているなら、いっそ心配になるというかなんというか……。
「二年位前に、僕の故郷の村を救ってくれたんです。まぁ、襲ってきたのはコボルトの群れなんですが……」
少年の話は、特別に驚くことは何もなかった。
コボルト……まして、『魔石』の力を弱体化させた『外』のコボルトなんて何匹集めても脅威にはならないと思う。
「それで、僕のお祖父ちゃんがしばらく泊まっていって欲しいって――…」
それも、まぁ、分からない事はなかった。
村の恩人な訳だし、泊っていくように言うのはある意味当然だった。
それくらいなら、エルフだってする。……多分。少なくともウィーシェの里なら。
ただ――…
「それで、その時に色々と冒険の仕方を教わって――…」
どうしても、その辺りから想像力に限界が来るのだった。
(まぁ、直接の面識なんてほとんどないんですけど……)
私が【
直接見たのは、前回の遠征の時と、『豊穣の女主人』での一件。そのすぐ後のフィリア祭と……。
(昨日の、ホークウッドさん達との……)
あの戦いまで見せられれば、噂が単なる噂ではないことを認めるしかなかった。
だからこそ、この少年が語る【
私が知る【
(なのに、それじゃまるで普通の人みたいじゃないですか)
この少年は、今一四歳だとついさっき聞いたばかり。
二年前なら、まだ一二歳。まだ幼いといっていい頃だ。
そんな子どもを相手にする姿なんて、全くと言っていいほど想像が――…
(いえ、でも……)
あの魔導士……カルラさんも、【
(そんなはずありません!)
だって【
下界で考えられる中で最大の大罪を犯したのだ。それも、五柱も。
人間であったとしても、正気であるはずがない。
「でも、あの人は。【
少年から返事が返ってくるより先に、一本の大木が眼前に聳え立っていた。
間が悪いのか。それとも良かったのか。
その木を見上げ、ため息を一つついてから思考を切り替える。
今は、ここから生還することが最優先だった。
(この木に登れば……)
予想通り、この木はこの辺りで特に高い。
多分、階層の中央に聳える巨大樹を見つけることもできるはずだ。
そうすれば、現在地や野営地の方向も分かる。
「絶対に上を見ないでくださいね!」
魔導士の衣装のスカートを抑えて念を押す。
登る直前に、それに気づけたのは……きっとリヴェリア様に教わった『大樹の心』のおかげに違いない。
「見たらもうぜっっったいに許しませんから!!」
「は、はいぃ?!」
さらにもう一度しっかりと念を押してから、私はその大木の幹を蹴ってその天辺を目指したのだった。
もちろん、これでも私はLv.3。登るのは大した手間ではなかったし、予定通り中央の巨大樹も見つけた。
そして――…
――…
「でも、あの人は。【
それは、今までずっと考えずにいたことだった。
言うまでもなく、『神殺し』とは下界で最大の大罪だ。
(神様や、ミアハ様は平然とされていたけど……)
それに甘えるような形で、今までは深く考えることがなかった。
いや、深く考えなかっただけだ。
まともに受け止めたなら、消化しきれないと分かっていたから。
(クオンさん……)
アンジェさんと同じく『不死の呪い』に侵されていて。
僕たちと違って『
あのアルミラージを生み出した『深淵』の主を倒していて。
きっと、僕たちが知らない『冒険』を乗り越えていて。
そして、その果てに――…
(『火継ぎの王』……)
それとも、【薪の王】と呼ぶべきなのだろうか。
多分、英雄と呼ばれる存在に至ったのだ。
(クオンさん、あなたは、いったい……)
何者なのか――と。
想像の中の後ろ姿に問いかけようとして、ようやく思い至った。
【
神様たちですらそう呼び表すしかなかったのだと。
ただの人間でしかない僕がいくら考えたところで、その答えに行き当たる事はきっとできないだろう。
だから――…
(ちゃんと、向き合わないと……)
神様は、アンジェさんをファミリアに迎え入れた。
なら、きっともう『深淵』や『闇霊』のような神様ですら知らないような
そんなことは、鈍い僕にだって分かっている。分かっていたつもりだ。
ただ、レフィーヤさんに指摘されるまで、分かっていないふりをしていただけで。
「明かりを消してください!」
物思いに沈む直前、空からレフィーヤさんが降ってきた。
「えっ、えっ?」
「早く!」
その剣幕に――それと、考え事からうまく頭を切り替えきれずに――目を白黒させていると、レフィーヤさんはさらに表情を険しくして叫んだ。
「は、はい!」
頷くより早く、魔石灯を消灯する。
唯一の明かりが消えれば、後に残るのは夜の闇だけだ。
何が何だかよく分からないけど……レフィーヤさんが苦悩するような事態が差し迫っているらしい。
「すみません……私についてきてください」
困惑していると、決意を固めた様子でレフィーヤさんが言った。
(あれは……?)
深い闇の中、目を凝らしながらレフィーヤさんの後を追って歩く。
程なく、黒衣をまとった二人の人影が少し先を歩いていることに気付いた。
どうやら、その二人を尾行しているらしいけど……。
「だ、誰なんですか、あの人達?」
いくら夜目でも、モンスターのようには見えなかった。
もちろん、この前の赤黒い幽霊――多分、『闇霊』とも違う。
「……簡単に言ってしまうと、私達と敵対している組織です」
「ロ、【ロキ・ファミリア】とっ?」
もしかして、この前、アイズさんとの特訓の帰り道に襲い掛かってきた人たちの仲間だったり……。
(確か、あの人達も黒づくめだったっけ)
だとしたら、かなり危険だ。
あの襲撃者達は――その主力らしき人物はアイズさんと互角に戦っていたのだから――!
「あまり詮索しないでくださいっ」
「ご、ごめんなさいっ」
一人戦慄していると、ひそめた声で器用に怒鳴られたのだった。
そして、それからしばらくして。
(もしかして、ここって……)
二人組の索敵を潜り抜けながら尾行を続けていると、切り立った岩壁が近づいてきた。
方向は分からないものの、階層の隅にまで到達しつつある。
別にだからという訳ではないだろうけど、森は拓けつつあった。
今まで身を潜めていた樹や茂みどころか脇道すらない。
頭上を覆っていた枝葉も薄くなり、飛び上がって隠れることもできそうになかった。
それらと入れ替わるように現れたのは、大きな青水晶の柱。
高さは一番低くて二Mはある。
村にいた頃、クオンさんが話してくれた『古代』の遺跡――
ただ、それらは身を隠すにはさほど役には立ちそうになかった。
黒衣の二人組はその水晶林の中を通り抜け、さらに岩壁へと向かっていく。
この追跡劇の終着が近いことは、嫌でも分かる。
同じく緊張をにじませたレフィーヤさんが、視線だけで追跡続行を告げる。
それに頷いてから。
ひりつくような緊張感に、体がわずかに強張ってしまっていることを自覚した。
――これから教えることが、どれだけ冒険者の役に立つかは分からないが
二人組を追って、水晶林に踏み込んだ時。
――誰かを追跡する時は、周囲に注意しろよ
今さらになって、クオンさんの言葉を思い出した。
――わざと追跡させて、罠に誘い込む手合いもいるからな
その教えを、今の今まで忘れていた僕を咎めるように。
「えっ?」
がぱっ、と。
何の前触れもなく、地面が
――…
再会の酒宴が終わった頃には、一八階層に『夜』が訪れていた。
「なーんかさっきからベルが面白いことになっていそうな気配がするんだよなぁ」
道中で偶然に見つけた
といっても、つい先日――いや、本当に――この階層までの決死行を敢行したばかりなのだ。
流石に今週分の予定は消化しているはずだが。
「どんな気配だ?」
傍らのシャクティが律義に突っ込んでくる。
……まぁ、酒宴が終わったのは彼女が嗅ぎつけてきたからだが。
さすがにリヴィラの酒場も【ガネーシャ・ファミリア】の団長様からは匿ってくれないらしい。
それでも、予想よりも随分と遅かったのだから良しとしておこう。
何故かあんまり小言も言われなかったし。
見つけた
「……いや、それよりも何故こんな場所にいる?」
「酔い覚ましついでの宝探し、かな」
いや、残念ながらすでに『酔う』なんて人間性は残っていないが。
「宝探しだと?」
怪訝そうな顔でシャクティが訪ねてくる。
「こんな森に何がある?」
「今舐めてるだろ?」
霞から聞いた話だと、確か一瓶で三万ヴァリス程するらしい。
貴族御用達の嗜好品だとか何とか……。
(あ~…。それくらいなら、大派閥の団長にとっては大したものでもないのか?)
実のところ、その辺の懐具合は今もよく分からない。
とりあえず、睨まれたので肩をすくめてから、
「真面目な話。それが分かったら、『宝探し』にならないだろう?」
今俺たちがいるのは、リヴィラから見て
「ある前提なのか?」
「ああ。この近くに『何か』はあるはずだ」
もちろん、それが何かまではまだ分からないが。
「何故そう思う?」
シャクティに重ねて問われ束の間、空を――いや、見えても精々が一八階層の天井だが――を見上げてから。
「パッチ……お前の顔見た途端、さっさと逃げた奴のことだが。あいつが、ここに『お宝』があるって言ってたからな」
パッチはシャクティが踏み込んできた瞬間、速攻で逃げやがった。
流石にいつものノリで誤魔化せる相手ではないと踏んでいるのだろう。
そういうところは抜け目がない男だ。
(ま、相変わらずで何よりといったところか)
あの禿頭――と、そう思う感情が全くないわけでもないが。
何しろ、どさくさに紛れてきっちり会計を押し付けられているわけだし。
……いや、違った。間違えた。問題はそっちじゃない。
あの野郎、俺はあのノリで誤魔化せると思ってやがるらしい。
「あいつが、ああいうことを言った時は実際に何かあるんだよ」
レアの時も。ロザリアの時も。そして、もちろん『輪の都』でも。
いやまぁ、あの『火防女の魂』の時は若干怪しいし……地下墓地の橋に至っては、単に本気で殺しに来ただけのような気もするが。
「ずいぶんと信用しているんだな」
素直に驚いた口調でシャクティに言われ、思わず返事と表情に困る。
「いや、今だってあいつに背中を向けるのは躊躇うぞ? あと、あいつが傍にいる橋を渡るのも」
ちなみに、今も足元にはいつも以上に警戒している。
それはともかく。
理由は何であれ、あいつの言葉に従ってノコノコとこんなところまで来てしまったことは事実だった。
それは認めるとして、だからと言って信用していると言われて頷く気になるかというと……。
「……けど、まぁ、いい加減腐れ縁だからな」
何だかんだと、一番付き合いが長いのがあの禿丸である辺り、我ながら業が深いというか何というか。
「お前とそのパッチという男の関係は分からないが……」
納得してくれたのか、ため息をついてから、シャクティは話題を変えた。
「知り合いからの情報というには、随分と念入りに霞たちについてこないよう言い聞かせていたな?」
「当たり前だろう」
今一緒にいるのは、ソラールとシャクティの二人だけだ。
間違っても霞を連れてくる訳にはいかない。
万が一に備えて、カルラとアイシャにも霞の護衛を頼み込んできている。
何故なら――…
「この先、絶対にろくでもない事が起こるぞ」
何しろ、あのパッチが『お宝』があると言ったのだ。
何があるにしても、それより先に厄介事が待っている。何だったら古竜がいても驚かない。
それに関して言えば、全幅の信頼を置いているといっても過言ではなかった。
……真剣な話、今の俺一人では対応しきれない『何か』ということは充分にあり得る。
いくら手練れとはいえ、ただの生者であるシャクティにもできればついてきて欲しくはなかったのだが。
「それに、ベル・クラネルが巻き込まれていると?」
「あ~…。あいつなら、巻き込まれていても不思議じゃないな」
ははっ――と。気楽に笑い飛ばそうとしたその瞬間。
ゴ―――ッッ!!
まさに俺たちが目指す先から、天を穿たんばかりに光の柱が立ち上ったのだった。
ソウルの気配は感じられない。なら、ヘスティアがどうにかなったというわけではないはずだ。
つまり、
(どうやら、あの廃教会に帰るまでが今週分というわけか)
そんな結論を導き出してから、肩をすくめた。
「ほらな」
いや、別にあれをベルが撃ったとは限らないわけだが。
……まぁ、可能性で論ずるなら、皆無ではないはずだ。少なくとも、俺はあんな大火力を仕込んだ覚えがないし。
(それとも、ランクアップってやつの恩恵なのか?)
ランクアップとは感覚が狂うほど急激な成長のことだと、アイシャが言っていたような気がする。
もしあれがいきなり撃てるようになるなら、それもそうだろう。
なんて、そんなことを考えていると。
「言っている場合か?!」
ソラールとシャクティの叫びが、実に綺麗に重なって響き渡った。
確かに。
あれにパッチの言う『
口の中に残るひんやりとした塊を噛み砕いてから、夜の森の中を走りだした。
――…
「やれやれ。あいつの人脈ってのは、よく分かんねぇな」
昔っから手の早ぇえ奴だとは知っていたが……まさかマジで憲兵長の女ともよろしくやってやがったとは。
(あ~…。けど、あの甘ちゃんにはむしろお似合いなのかねぇ?)
あのクソッたれな巡礼地で、あの
英雄気取りでもなければ聖人気取りでもなく。
人並みに欲があって――と、いうか、かなり女にはだらしなく――怒りもすりゃ笑いもする。
まるで普通の
「あん?」
小さく鼻を鳴らしたちょうどその時。
南東の方向。森の奥から魔術――いや、魔法と思しき光の柱が立ち昇った。
(おーおー。相変わらず欲深い奴はいるもんだ)
あの小栗鼠をからかった時に盗み聞きをしていた奴でもいたのだろう。
それとも、一緒にいたアマゾネスどもが飛び込んだか。
(ま、どうせあのちんちくりんにはあんな火力は出せねぇだろうしな)
いずれにしても、あの様子ならくたばった訳ではないだろう。
ついでにあの【墓王の眷属】もどき――確か
(ま、あのクソどもが何をやってるかまでは知らねぇけどな)
俺の知る聖職者とは意味合いが少し違うようだが、やっていることはさほど変わりない。
まったく、どいつもこいつもクソッたればかりだ。
(チッ、飲み直すか)
どうせ酔えもしないくせにそんなことを思い、小さく苦笑した。
そもそも、酒を飲むという習慣ができたのは、この掃き溜めに流れ着いてからだったような気がする。
酔えもしない酒を飲むようになったのは……まぁ、あのたまねぎ親父が寄越した酒の味が案外と悪くなかったからだろう。
もちろん、そんなことは間違っても言葉にする気はないが。
肩をすくめてから、進路を変える。
(さぁて、どこに行くかね?)
変えたといっても、行先までは定まっていない。
と言っても、悩むほどでもなかった。
この掃き溜めもならず者街のくせに、酒場の数はそう多くはないのだ。
すっかり『夜』になった街の中を適当にぶらつき、見えてきたのは掘っ立て小屋と大差がない……というか、天幕そのものの安酒場だった。
もっとも、今さらそれが気になるはずもない。
屋根があって壁があるなら上等というものだ。
……普段であれば、その通りなのだが。
(屑野郎が……)
さして旨くもない酒をグラスの中で弄びながら小さく舌打ちする。
安酒場の居心地はきっぱりと最悪だった。
理由の方も、はっきりしている。
「オレを楽しませてくれる、面白い
一丁前に旅装束なんぞ着込んだ
店に入った時から、今誑かされているゴロツキどもが騒いでいたので距離をとっておいたのが幸いしたのか、こちらには気づいていない。
いや、気づいていても気にしていないのか。
(どうでもいいがな)
早くいなくならねぇものかと毒づいていると、ようやくその
少し遅れて青い髪の女も。おそらく、あの腐れの眷属だろう。
(上品ぶった善人面しやがって、ど腐れ尼が……)
私も振り回されている被害者です。そう言わんばかりにため息を残して去っていったクソ尼を罵る。
まったく忌々しい。てめぇらは自分から好き好んでクソどもの手先になったんだろうが。
この掃き溜めの連中と同じく素直に悪党面をしてりゃ少しは可愛げがあるものを。
(あの甘ちゃんを普通にブチ切れさせるわけだ)
そういう噂を聞いたことがある。
不死になってもお盛んなあの馬鹿が『歓楽街』を攻め落として……その流れで他にもいくつか派閥を潰していた頃。
何とかいうお強い二大派閥に並んでヤバいと言われていたのがあの連中だった。
その時は欠片も興味がなかったが……まぁ、アレなら納得というものだ。
あの屑からはロードランで出くわしたあの蛇と同じ臭いがする。
(そういうことなら、遺品はありがたくいただくとするかな)
商人たるもの、常に商品の吟味を怠ってはならないのだ。
道具だって人知れず朽ちていくよりは、誰かに売り払われた方が本望だろう。
さて、それなら具体的にどこで何をどうやって仕掛けるか――…
「お前達、本当にあの神の戯言に従うつもりか?」
思考の海に沈む直前、そこそこ聞き覚えのある陰気な声がした。
視線を向けると、俺と同じく店の奥隅――俺から見てちょうど正反対の方――に、ホークウッドの野郎が座っていた。
(珍しいことがあるもんだ)
相変わらずの不景気そうな面を横目で見やり、小さく唸る。
あの野郎はどういう訳だか地上に留まり、さらにはそこの時間に合わせて生活しているらしい。
何でも、誰かを探しているらしいが……。
「自分の半分も生きちゃいない小僧を寄ってたかってという方がみっともないと思うがな」
ダラダラと意味のないことを考えていると、ホークウッドは相変わらずの不景気そうな顔でぞろぞろと出ていこうとするゴロツキどもに告げた。
ほとんど聞き流していたので、よく分からないが……標的はあの白髪のガキ――どこぞの甘ちゃんよりさらに間抜けそうな顔をした小僧らしい。
あの白兎がゴロツキに喧嘩を売るとも思えないし、どうせ単なる逆恨みだろう。
つまり――…
(そいつぁ正論だがねぇ)
妬むだけで何もせず、ありもしない
自尊心だけを肥え太らせたクソどもに正論など突き付けたところで、どうせ見ないふりをするだけだ。
他者を貶めれば、それだけで自分が偉くなれると思い込みたがっていて……それすらも、てめぇに危険が及ぶようなことはしたくない。
そんな連中なのだから。
「てめぇには」
提案者らしき大男は、歯を噛みしめ拳を握りながら、ギロリとホークウッドを睨む。
「てめぇには分からねぇよ。あの【
やべぇ。空気も読まずに吹き出すところだった。
(いやいや、あいつは何でまだ亡者になってねぇのか分からねぇようなポンコツ野郎だぞ)
ロスリックの祭祀場で、何やら大仰な儀式を受けていたようだし、流石に単なる雑魚とは言えないだろうが。
しかし、例えばリロイだのタルカスだの歴史に名を遺すような『英雄様』とは比べ物にもならないほど凡庸な奴だった。
それこそ、凡庸度合いならこのゴロツキどもと大差ないはずだが。
(つーか、あんなに方々で死にまくってんのに、なんでまだ正気を保ってるんだろうな?)
逃げ足の速さと強かさにはそれなりの自負があった俺ですら、危うく亡者になりかけたってのに。
何の手違いか『玉座』に辿り着いたのは本当らしいが……しかし、歴代【薪の王】の中では下から数えた方が早そうな気がする。
真っ先に火に飛び込んだ癖に、【薪の王】としてではなく、『火のない灰』として蘇ってくるような奴だし。
その癖、もう一度『玉座』にまで辿り着いてやがるんだから割と本気で訳が分からない。
(世の中ってのは不思議なことが起こるもんだな)
まぁ、神どもが作ったクソッたれな儀式だ。欠陥だらけだったところで、驚くに値しないが。
――などと。何とか真面目なことを考えて、笑いの衝動をそらし切った頃には、ゴロツキどもは店を出て行った。
「そうか。……そうかもな」
コツンと。ホークウッドがジョッキをテーブルに戻す音だけが人気の亡くなった酒場に虚しく響く。
(やっぱ人間関係っつーのは奇妙なもんだな)
あの様子なら、案外と本気で除け者にされたことに凹んでいるのかもしれない。
(あ~…。奇妙ってわけでもねぇのか?)
奴はどちらかと言えば、あのゴロツキども寄りだ。……いや、それを言うなら『火のない灰』は総じてゴロツキ寄りだが。
何しろ、『火のない灰』とは名もなく、薪にもなれなかった――その癖なお、まだ『
「よぉ、兄弟」
まぁ、それはともかくとして。
俺たち二人を除き、無人となった酒場の中をジョッキを片手に、奴のいるテーブルに近づく。
「……何の用だ?」
「なぁに。たまには旧交でも温めようと思っただけさ」
「温めるような仲もないだろうが」
全くつれないことだ。
「そっちは随分と仲良くやってたらしいな」
同胞のよしみとして、からかいに……もとい、愚痴くらいは聞いてやろうと思ったってのに。
「……お前には関係ない話だろう」
こいつは思った以上にマジだったらしい。
割と本気で驚きを覚えていた。
「そりゃそうだがな。……けど、このままだと奴ら死ぬぜ?」
勝手に対面に座ってから、言ってやる。
「何しろ、連中が狙ってる子兎はあの甘ちゃんのお気に入りだからな」
もっとも、そうは言ったところで。
あの甘ちゃんも、あれで古くから巡礼地をウロウロしている年季の入った不死人だ。
ゴロツキに絡まれ、多少焼きを入れられたくらいでは別に気にもしないだろうが。
あの甘ちゃんは元々旅から旅の放浪者だったと聞いているし、世渡りの術――郷に入っては郷に従う程度の知恵は持っているわけだ。
ただし――…
「……らしいな」
それでも、奴は伊達に【王狩り】などと呼ばれているわけではない。
必要とあれば、相手が誰であれ、何であれ必ず殺す。
あの甘ちゃんは、ついには『火の時代』そのものすら殺して見せた生粋の殺戮者でもあるのだから。
加えて、今回はその『火の時代』の亡霊――生粋の
小奇麗な道理など端から投げ捨て、踏みにじるだろう。
「あの屑野郎が裏で糸引いてると知れば、皆殺し待ったなしだな」
まず間違いなく、あのゴロツキどもは殺したという自覚すら与えられないうちに殺される。
それを覆せるほどの『器』を持っているなら、この『時代』にこんなところで腐っちゃいないだろう。
「……何が言いたいんだ?」
「別に? 先に話を通しておきゃ良いんじゃねえのとか思ってねえよ」
「……解せないな。お前が首を突っ込んだところで、特に得るものはないだろう?」
まぁ、馬鹿が馬鹿やるだけなら、好きにさせときゃいいとは思うが。
それでくたばったとしても自業自得というやつだ。
それこそ、この
いわゆる常識という奴だ。あの甘ちゃんだっていちいち噛みついたりはしないだろう。
あのクソッたれな巡礼地でも当たり前のことだったのだから。
「いやいや、そうでもねぇって」
軽く肩をすくめて見せる。
「奴らは大事なカモ……いや、違う。間違えた。大切な常連様だからな」
それに、あの屑野郎とど腐れ尼の思い通りに事が進むのを黙って見ているのも面白くねぇ。
いつも通り、その背中を後ろから蹴り飛ばして……。
ついでに、折角だ。ちょいと小遣いでも稼がせてもらうとしよう。
7
「【アルクス・レイ】!!」
「【ファイアボルト】!!」
図らずもベル・クラネルとの共闘の末、靭蔓のような『新種』を撃破して。
「はぁ、はぁ……っ! ちょっと、大丈夫ですか!?」
「……は、はいぃ……」
あの純白の砲撃の代償を支払ったかのように、ぐったりとしたベル・クラネルを担ぎ、溶解液に満ちた『落とし穴』からやっと脱出できたと思ったら。
「何だ、これは!?」
今度は、
騒ぎすぎたのだと自戒するが……しかし、そうでもしなければ、今頃は二人仲良く骨になっていたのも事実だった。
たった今飛び出してきた『落とし穴』の底に眠っていた他の冒険者のように。
「【
「
「おのれ、
布の上からでも分かるほど顔を歪め、忌々しいといわんばかりに歯ぎしりする三人。
でも、歯噛みしたいのは私達も同じだった。
言うまでもなく、消耗は深刻。そして、相手はあの『新種』だ。
とはいえ、『魔力』に反応する
「く……っ!」
状況を察した少年が、歯を食いしばりながら黒いナイフを構える。
ただ、その姿は今にもナイフを取り落としそうなほどに頼りない。
もし振り回せば、そのままどこかへすっぽ抜けて行ってしまいそうだ。
先ほどのように前衛として期待はできない。
大体、
まして――…
(数が多い……!)
どこかから檻が明けられる音が響き、残党たちが消えていった茂みから次々と現れてくる。
その数、一〇体。数だけ見れば
ただ、こちらはたった二人。しかも、揃って消耗しきっている。
絶体絶命という意味では今も全く同じだった。
『―――オオオオオオオオオオオオオオオ!!』
その直後。
『ガッッ?!』
「―――えっ?」
「不穏な騒ぎを聞きつけてくれば……新種のモンスター、ですか」
一陣の風が、凄まじい勢いで戦場に介入した。
――…
一方その頃。
疾風が戦場を蹂躙する陰で、一つの戦いが終わりを迎えていた。
「やれやれ。破裂亡者を相手にする時は、殺られる前に殺るのが鉄則なんだがな」
腕力にものを言わせて強引にむしり取った『自爆装置』をぶら下げながら嘆息した。
足元には闇派閥の残党が三人ほど転がっている。
その傍ではソラールが同じく『自爆装置』をむしり取ってソウルに取り込んでいた。
シャクティが剥ぎ取った『自爆装置』は、少し離れた場所に転がっている。
投げ捨てる前に起爆装置部分は破壊していたのを見た。あれなら、そう簡単には爆発すまい。
「これなら、巡礼地の方が気楽だったかもな」
今回はソウルよりも情報の方が圧倒的に優先度が高い。
必然、殺していい敵かどうかをよく吟味する必要があるわけだ。
まったく、面倒なことこの上ない。
「向こうは問題ないようだな」
俺のぼやきに苦笑してから、ソラールが少し背後を振り返った。
「ああ」
後方の騒動は、すでに終息しつつある。
どちらが勝ったかは……まぁ、ベルの方にはリューが――ええと、確かティアの方だったか?――が向かっている。
あの『雑草』くらいならどうにでも料理するに決まっていた。
「さて、お前達には聞きたいことがある」
そんな中で、シャクティはまだ意識を保っている一人――つまりは、彼女自身が上手く無力化した者――への尋問を始めていた。
両肩、肘、手首の骨が綺麗に外されている。
一方で両膝を力業で蹴り砕いている辺りに、絶対に逃がさないという執念が滲んでいるといえよう。
(それにしても、器用なものだな)
素手でもそれなりに戦えるつもりだが、ああいった技術に関してはアイシャやシャクティに遠く及ばない。
……いや、膝を蹴り砕くくらいなら俺やソラールにだってできるが。
「あの『新種』を操っているのは、お前達か? そして、ここで何をしている?」
そのシャクティは、いつになく冷めた声で問いかけていた。
(……そういや、何か因縁があるんだったか?)
この連中は、つい数年前まで随分と大暴れしていたという。
憲兵の長として因縁がないはずもないが、それとは別に確か――…
(確か妹を失ったとかなんとか……)
当然というべきか。【ガネーシャ・ファミリア】そのものとは特別に付き合いが深いわけではないが。
四年前に誰かがそんな話をしていたように思う。
そして、それは別に珍しい話ではなかったとも。
(人間って奴はこれだから……)
パッチではないが、いつの世も変わらないものだ。
嘆息してから、ひとまずシャクティに助け舟を出してやることにした。
シャクティやガネーシャから面倒ごとを押し付けられていた頃――と、言っても今もさほど変わらないが――オレック爺さんからいくらか情報を買っている。
あの爺さんは、この『自爆装置』を身に着けた死兵どもは【タナトス・ファミリア】だと言っていた。
七年前の『死の七日間』とやらを生き延び、とあるエルフの復讐の刃すら届かなかった
さらに言えば、その神がどうやって人間を集めているかも。
「イ、【
近づくと、その男――声からすると、おそらく男だろう――が呻いた。
「何だ。お前達も俺をそう呼ぶんだな」
あの赤毛の美人は俺のことを『亡者の王』などと呼んだが。
……あれはあれで奇妙な話だ。
その呼び方で俺を呼ぶとすれば、向こうにはロンドールの関係者がいることになる。
しかし、もしユリアがあの美人と行動を共にしているなら、
もちろん、ユリアが情報を出し渋っている可能性もあるが……。
「まぁ、いい」
全く気にならないとまでは言わないが、だからと言って特別に優先度の高い情報でもない。
それに、呼び方ひとつとって想像を巡らせたところでどこまでの意味があることやら。
「別の質問をしようか」
多少なりと知識があるなら、ありがたく利用させてもらうとしよう。
まずは挨拶代わりに、ソウルから≪肉断ち包丁≫を取り出し、倒れているそいつの鼻先に突き立ててやる。
人間とは知恵を持つ生き物であり、それ以上に想像力からは逃げられない生き物だ。
目の前の道具が何であるかは知識として知っているだろうし、この異様な大きさが何のために必要なのかを想像するのはさほど難しくはあるまい。
健気なまでの精神力ですぐさま押し殺したが……それでも、その瞳に一瞬だけ怯えの色が宿った。
それに満足してから、続ける。
「俺が神を完全に殺せるという話は聞いているか?」
何と言ったか。あのイシュタルの取り巻きどもは、誰かにそんなことを吹き込まれたらしい。
完全な神殺しという表現はともかく……実際のところ、ソウルを奪われては古竜とてただでは済まないのだ。
唯一の例外と言っていいのは、
まして、火を失った神など。
「どうやるか、教えてやろうか?」
襲撃者達が、フードの向こうで怪訝な顔をするのが気配として伝わってくる。
「『ソウルの業』……『魂喰らい』の術を知っているからだ」
アイシャに身の上話をした時、彼女は『ソウルの業』をそのように言い表した。
別に取り込むだけが能ではないと思うが……その認識が全くの間違いということもないはずだ。
それに、今は詳細などどうでもいい。
「そして、俺はお前たちの願いも知っている」
務めて無表情に――いや、つまらないものでも見るような表情を意識して。
淡々と言葉を続ける。
「それを踏まえて、最後に一度だけ訊こう。俺に魂を喰われてなお、そんな安穏が許されると思うか?」
先に逝った誰かとの再会。
それこそが、この連中にとって文字通り
俺とて元々は人間だ。その気持ちが分からない事はないが……まぁ、今回は残念ながら敵同士だ。
精々利用させてもらうとしよう。
「どうせ三人もいるんだ。誰かで実演でもしてみせようか?」
右手に≪ダークハンド≫を顕在させる。
小ロンドでは散々世話になった邪法だが……気づけば自分でもできるようになっていた。
案外と、ユリアたちに目をつけられたのはそのせいだったりするのかもしれない。
「ひぃ……っ?!」
無論、『ソウルの業』と『吸精の業』は別物だ――が、最後の結果だけを見るなら些末な問題でしかない。
鈍い紫色の輝きを宿すその掌を近づけると、地に伏した男の腰辺りの地面に染みが広がった。
別に無様だとは思わない。
死の恐怖すら相克する渇望を永遠に否定される。
その恐怖に耐えられる者を見つけてくる方が難しいだろう。
効果は充分そうだ――と。ただそれだけ。冷めた感慨だけが胸中に浮かんで消えた。
「わ、私は……! 私達は! 【タナトス・ファミリア】だ!」
砕かれた足と、封じられた腕をばたつかせながら、シャクティに縋りつくかのように……いや、実際にそうだったのだろう。
どうにかまだ動く体をねじり、必死に縋りつきながら男が叫んだ。
「あの『新種』で、一体何を企んでいる?」
「詳しいことは知らない! 本当に知らないんだ!?」
「知っている範囲で話せ」
さて。シャクティの手助けはこれで充分だろう。
そろそろ本命を迎える用意するとしようか。
(向こうも、いい加減焦れた頃だろうからなッ!)
左右の装備を大盾――≪大扉の盾≫に切り替え、
直後、その表面を火炎が直撃した。
(魔法……。いや、『魔剣』の方か?)
どちらでもいいが、何分この大盾の大半は木製なのだ。
流石に少々相性が悪い……と、それは確かなことだが。
今はそれもさほどの問題にはならない。
充分に耐え凌げる。その確信があった。
『チィ?!』
爆炎が消滅すると同時、構えを解いて横に跳ぶ。
それと同時、【雷の槍】が『夜』の闇を引き裂き奔った。
特別申し合わせてはいないが……まぁ、そこはどこぞの竜狩り様と処刑人に散々にしごかれた身だ。
この程度の連携なら造作もない。
「――――」
とはいえ、相手も只者でない。その雷槍は空を穿つに留まった。
もっとも、こちらもそれを見送るほど暢気ではないのだ。
向こうが飛び退く方向を推測し、素早く炎の憧憬を思い描く。
曰く【大火球】。
単純だが強力。何より使い勝手がいい。
その呪術は狙い違わず飛び退いた襲撃者の
『クゥ……ッ!?』
片腕を失い、体の均衡を失った襲撃者が地面に激突して転がる。
仕留めきれなかったというのは、少しばかり危険だが……動きを止めたなら、ひとまず満足しておくべきか。
「俺達の背後を取るには、ちと殺気の消し方が甘かったな」
「そのようだ」
軽口を叩きながら、ソラールと二人で左右を固める。
その襲撃者は、仮面にローブを着込んでいた。素顔どころか、体格すら分からない。
(さて。この何者かから情報を引き出せるか?)
誰に問うまでもなく、望み薄なのは分かっていた。
せめて、後ろの情報源を封じられないようにすべきだろう。
『オノレ、【
「ほう? お前は俺をそう呼ぶんだな」
男と女の声が混じりあった奇怪な呻き声に、思わず応じていた。
この仮面は、てっきりあの赤毛の美人と同じ呼び方をすると思っていたのだが。
本当に少しだけ驚きを覚えてから、ふと思いつく。
「もしかしてお前、本体はこいつらと同じ
いや、『真っ当な』という表現が適切なのかは少々悩むところだが。
あの美人と違い、普段は普通の冒険者に紛れているのではないだろうか。
少なくとも、とっさにそちらの呼び方が出てしまう程度には。
『……ッ?!』
詳しい理由はともかくとして、実際に仮面自身にとっても失言の類だったらしい。
呪詛とも憤怒ともつかぬ気配が皮膚を叩く錯覚を覚えた。――が、我を忘れて飛び掛かってくる程には頭に血が上っていない。
むしろ、仕切り直しでも目論んでいるのか、じりじりと後退していく。
確かに、森の中に潜り込まれては面倒だが――…
「これは善意からの助言だが。あまり下がらない方がいい」
『何ダト?』
存外と素直に、その仮面が口を開いた。
別にだからという訳でもないが、軽く肩をすくめて見せる。
「気づいていないのか? 俺達よりよほど加減を知らない奴が背後まで迫っているぞ」
『ナ――…ッ!?』
訝しむ言葉すらも最後まで言わせてもらえない辺り、本当に容赦がない。
悲鳴すら置き去りにして、仮面がこちらに吹っ飛んでくる。
「自覚がないとは言いませんが……。それでも、貴方にまで言われるのは心外だ」
そして、吹っ飛ばした張本人――どこぞの飲食店店員は、心から本気でそんなことを言った。
「……よく言うよ、全く」
ともあれ、これで――半ばなし崩しだが――左右に加えて後方も抑えた。
残る道は馬鹿正直に正面突破くらいか。
とはいえ、そこにも三人組を尋問中のシャクティが陣取っている。
今の状況で三人――もしくはシャクティを含めて四人――をまとめて皆殺しにできるかと言われれば……まぁ、魔法でも使わない限りは無理だろう。
だが、『魔法』とは一般的に魔術や奇跡より長い詠唱を必要とする。
発動前に潰すことは可能だろうが――…
(いや、奴は『魔剣』を持っていたな)
使い方にもよるらしいが、一発撃ち切りというわけではないと聞いている。
当然だ。使い捨てなら火炎壺や魔力壺の方で充分なのだから。
つまり、最低でもあと二度か三度は使えると見積もっておくべきだ。
(それに、是が非でも連中の口を塞ぎたいはずだ)
でなければ、今この時に、劣勢覚悟で姿を見せる理由がない。
この仮面にとっての勝利条件とはつまり、俺達を出し抜き、連中の口を塞ぐことと見積もっていい。
さて、この状況でその条件を満たす手があるとしたら、それは何か――?
『
「残り滓はお互い様だろう?」
呪詛の言葉を鼻で笑ってやる。
その仮面の正体が分かった訳ではないが……どちらと言えば、
いや、違う。より正確に言い表すなら、もっと別の言葉がある。
「いや、お前は差し当たり
そう。目の前のそれはむしろ
(驚くことではない)
この『時代』にサイン石だのオーブだのが……あるいはそれに類似する
聞いてはいないが、しかし闇派閥どもに『潰れた赤い瞳のオーブ』を出回っていることはもはや疑いない。不死人が参加していることもだ。
つまり、この仮面は『火の時代』の燃え滓の一人ということに――…
(なるなら、少しは気が楽だな)
少なくとも、慣れ親しんだ相手なのだから。
だが、実際にはおそらく違う。
腕を吹き飛ばした時、ソウルが流れてくる感触が全くなかった。
目の前のそれが、俺の知る『霊体』ではないとして。
加えて、あくまで『冒険者』寄りの存在であると仮定するなら。
それなら、何が考えられるか。
(『魔法』か『スキル』)
もう一つ『発展アビリティ』とやらもあるらしいが……そちらは、例えば俺で言えば『深淵歩き』の能力のようなものらしい。
あれば心強いが、あくまで補助的なもの――と。まぁ、大体そんなところか。
(どちらかで再現したか)
結晶の古老や法王も似たような魔術――だろう。おそらく――を用いてきた。
この『時代』に似たような魔術――魔法の使い手がいたとして、別に驚くには値しないだろう。
『黙レッッ!!』
どうやら、相手の逆鱗に触れたらしい。
燃え滓という言葉が気に召さなかったのか、それとも闇派閥と同類扱いされたのが気に入らなかったのか。
(どうでもいいがな)
どのみち目の前にいるそれは本体ではない。ならば、生け捕りにしようとすること自体に意味がなかった。
ならば、やることは至って単純。もっとも慣れ親しんだたった一つの方法。
(ここで殺す)
ただそれだけでいい。できないはずがあるものか。
かつて気が遠くなるほどの時をそれに費やし、おそらくはこの先もそのために時を費やしていくのだ。
ただの幻影ひとつ、
『ココデ消エロ【
仮面の叫びに
投擲された四本の投げナイフ。うち一本が頬をかすめ、一本が肩の装甲に弾かれた。
それらを無視して、一歩踏みこむ。
「――――――ォォ!」
次の瞬間互いの間合いが重なる。この距離なら相手が何を策そうとも関係ない。
何より、相手の動きは遅すぎた。
いや――…。
「―――――!」
ソラールが【雷の槍】の物語を口ずさむ。
その声には、少なからぬ焦りが宿っていた。
だが、もう間に合わない。目の前の仮面を迎撃しなくては。
霞の型に構えたクレイモア。その切っ先を下段から跳ね上げる。
交差は一瞬。互いに半歩ずつずれたおかげで、激突することもなくすれ違う。
振り上げ、降りぬいた剣はそのまま弧を描き切っ先は再び地面に向かって落ちていく。
手首を捻り、流れはそのままに軌道だけを書き換えて――同時、体を反転させる。
『オノレ―――』
逆袈裟に斬り裂かれ、もはや虫の息の仮面。
そいつの体を、さらに横薙ぎに切断して――同時、ソラールが【雷の槍】を投擲する。
狙いは当然、その仮面ではなかった。
「チッ!」
微かな舌打ち。だが、
さらに言えば、ほんの少しの音も聞こえなかった。
(【見えない体】と【隠密】か)
と、なれば敵は
……いや、アイシャやベルが呪術を習得できたなら、他の奴らだって魔術を習得できるだろうが。
「いかん!」
今度こそ焦りを宿したソラールの叫び。
それより早く、シャクティが投げ捨てた自爆装置が
だが、起爆装置は破壊されている。いくら発火剤だとは言え、改めて火でもつけない限りは――…
「――――」
一瞬だけ、そちらに意識を向けたこと。それ自体が狙いなのだと、僅かに遅れて気づく。
その隙に渦巻く炎が、白装束どもの周りに現れては収束した。
(【罪の炎】!?)
毒づいている暇もなかった。
悲鳴すら残さず、白装束どもが焼滅する。
そして、その時に生じた爆炎が投げつけられた自爆装置を起爆させた。
その一瞬でできたことなど≪竜紋章の盾≫を掲げるくらいのことだ。
白く焼かれた視界の中で、追撃を警戒する――が。
「逃げた、のか?」
「おそらく」
同じく盾を構えて爆炎を防いでいたソラールが呻いた。
念のため神経を研ぎ澄ますが、やはり追撃の気配はない。
最後の最後で出し抜かれたというわけだ。
それにしても、目的だけ果して即座に撤退とは、随分と控えめな
嘆息ついでに一息つこうとして――…
「しまった、シャクティ?!」
あの白装束に一番近いところにいた彼女はどうなった。
「大丈夫ですか?」
「ああ。お前こそ」
慌てて周囲を見回すと、シャクティ――と、リューが地面から体を起こすのが見えた。
「ええ。……今度は間に合ってよかった」
「馬鹿なことを……」
そのやり取りの真意は分からないが……まぁ、二人とも無事で何よりだ。
もっとも、流石に無傷ではなく、二人とも程よく焼け焦げているが。
それでも、生きているならまだやりようがある。
安堵の息をこぼしていると、ソラールが近づき、愛用のタリスマンを握りしめて物語を口ずさみ始めた。
もちろん、
「回復魔法を使えたのですね」
「ああ。俺もまだ未熟者だからな。傷を癒す術は多いに越したことはない」
よく言うよ――と。ソラールの言葉に、内心で苦笑しながら、爆心地へと近づく。
当然というべきか。白装束どもの死体は残っていない。それどころか、文字通り草一本残っていなかった。
ただ――…
「うん?」
森の中。そして『夜』ではあるが。
先ほどの爆炎と爆風が周囲の枝を薙ぎ払ったおかげで、多少多めに光が地面に届いている。
その光に何かが煌めいた。
地面に何かがめり込んでいる。
片膝をつき、軽く掘り返す。――と、同時少し焦った。
(赤い瞳のオーブ?!)
――の、ようなものだった。
だが、見慣れた『赤い瞳のオーブ』ではない。
ホッと一息ついてから、改めて観察する。
別にあのオーブが破損し、変形しているわけではなさそうだ。
炎熱で多少溶けていたが、これはまだ本来の形を保っている。
「それは?」
すっかり回復した様子のリューが声をかけてきた。
「さぁて……」
手のひら大――大体一〇cm程度だろうか――の球体。
その内部には赤い瞳……眼球のようなものが埋め込まれている。
表面には共通語や神聖文字とは異なる書体で『D』という記号が刻まれていた。
「魔道具の類だろうが……」
実際、それからは微妙に魔力を感じる。
しかし、別に『闇霊』が――もしくは『狂霊』が――侵入してくる様子はない。
「何だと? 見せてみろ」
俺が返事を返すより先に、シャクティがその『瞳』を半ば奪い取る。
「この大きさ。この形状。間違いあるまい」
「どうかしたか?」
食い入るように見つめるシャクティに多少面喰いながら問いかけた。
「いや……。【イシュタル・ファミリア】の
あの女神――イシュタルの私室にあった隠し金庫から持ち出された『何か』。
台座に残っていた痕跡から、その『何か』の大きさはちょうどこの程度のものらしい。
「では、つまりこれが」
険しい声で……そして、どこか薄暗い声で、リューが呟く。
ベル……というより、リューから逃げてきた白装束どもが、ここからどこに向かうつもりだったのか。
その選択肢は決して多くない。
「連中の隠れ家か、もしくは本拠地。あるいは――…」
「地上と繋がる隠し通路、だろうな」
正確には、それら全てを兼ねた場所と考えるべきだろう。
何であれ、奴らの仲間に
なら、もはや全く無視はできまい。まして、『赤い瞳』の
やれやれ、全く――…
「面白くなってきたな」
つい口元が小さく歪むのを自覚していた。
―お知らせ―
評価していただいた方、お気に入り登録していただいた方、感想を書き込んでいただいた方、ありがとうごいます。
次回更新は9月中を予定しています。
―あとがき―
まず初めに。
過去最長の放置期間となりましたこと、お詫び申し上げます。
更新、返信ともに大変遅くなりましたが、その後すぐに感想へお返事させていただきます。
改めて感謝を。そして、遅くなり申し訳ございません。
さて、そんなわけで。
三ヶ月も音信不通で何をしていたかと言いますと、普通にコロナの影響を受けておりました。
テレワークだけで全部こなせれば良かったのですが、やはりどうしても直接集まらないとできないこともありまして、緊急事態宣言が解除されてから、先送りになっていた予定が一気に…。
二ヶ月分の予定を、一ヶ月に押し込むのは、アカンて…。
しかも、当月の予定は据え置きで…!
と、そんな感じで、すっかり遅くなってしまいました。
すみません。
さて、それでは、
さすがに今回はノーカウントだろ。いや、マジで Byパッチ
と、そんな感じであとがきです。
パッチと遭遇したなら、次はもちろん落下イベントです。いわゆる鉄板という奴ですね!
まぁ、パッチ本人いないところで、本人の思惑とは全く無関係に落っこちただけですが。
そのくせ、何だかんだと今回も戦闘シーンは控えめです。
この時の仮面さんは多分Lv.3以上5未満くらいの力量だと思うので、状況的にも瞬殺はやむなしです。
結果としては大体痛み分けといったところですけどね。
次は間違いなくボス戦なので、全編通して戦闘シーンになる予定ですが、さて…。
一方でベルとレフィーヤの共闘シーンについては、散々悩みましたがカットいたしました。
原作で描かれているシーンで、登場キャラも話の流れも変わらないとなると、どうしても劣化コピーにしか…。
すみません、精進いたします。
真面目な話、外伝3巻も諸事情あって丸々カットしてますし、そろそろレフィーヤにも活躍の場をとは思っているんですが…。
ただ、次の外伝6巻はもう半分くらい消化されていますし、外伝7巻は……。
次話は基本戦闘シーンとなる予定です。
何しろ、ボス戦ですからね!
さて、原作と言えば、本編16巻の発売日が決まりましたね!
アニメ三期と併せて今から楽しみです。
ダンメモの方では3周年イベントで暗黒期の詳細が描かれています。
何とか進めていますが、何か予想よりさらにエグい感じですね…。
他にも気になる設定がいくつか見られましたし、何ヶ所か修正が必要になった気もしますが…。
とにかく、今回も大満足のシナリオでした!
ネタばれは避けますが、原作にも負けない濃厚なストーリーですので、興味がある方はぜひ!
と、そんなわけで今回はここまで。
どうか次回もよろしくお願いいたします。
また、返信が本当に遅くて恐縮ですが、感想などいただけましたら幸いです。