ホワイトヘッドの現存する著作物のうち、二番目に古いものです。未邦訳だと思います。
ケンブリッジ大学の週刊新聞『Cambridge Review』1886年5月12日号への掲載です。
このとき25歳。現存する最初の著作物である「セレブリティ・アット・ホーム」が同新聞に掲載されてから三か月後です。
その他の情報は最後に置きました。
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デイビー・ジョーンズ〔訳注1〕
DAVY JONES
ある晴れた夏の日の午後、わたしはノース・フォアランド〔訳注2〕の近くの海岸を歩いていた。
風がそよとも吹かない日だった。海面はかがみのように滑らかで、完璧な凪のしるしだ。
デイビー・ジョーンズに出くわした。何をするともなく、うつむき加減に海岸下をぶらついている。
前にも会ったことがあったから、それなりに愛想よく挨拶をしてくれた。
かれの外見は、ひとに好感を与えるものではなかった。顔を上げて腹蔵なく向かい合うということを決してせず、目だけ動かしてちらりちらりと、上目遣いでこちらを窺ってくる。不信感を抱かせる主な理由がそれであった。
それ以外の点では、少し猫背ではあったが背が高く、体格もがっしりしていた。よく日焼けして、雨風に晒されてきた肌をしている。
わたしに対してはいつも礼儀正しく接してくれたのだから、一言でも悪口を言おうとは思わない。だが、かれの性格は善良ではない、ということはわたしも認めざるを得ない。
この午後、わたしとかれはちょっとしたお喋りを始めたのだった。
「いまは手すきでね、今日は休みにしたのさ」。陸へ上がっているわけをそう説明しながら、かれは何気なくぼんやりとした様子で、潮が満ちてきたのをちらりと見る。その視線の先では、遊んでいる二人の子供の周りに潮がじりじりと迫っていた。
「ちょっと失礼するよ。すぐに戻るから」とわたしは返事をしておいて、その子らに危ないよと注意しに走った。
それには大した時間もかからなかったから、わたしはすぐに、はあはあと息をつきながら、かれのとなりへ戻った。
わたしのしたことが少し面白くなかったようで、会話を再開しようとあれこれ訊ねてみたのだが、かれはそれに答える前に薄情な願いをぶつぶつとこぼしていた。
わたしは風変わりな人物から珍しい知識を集めるのが好きだから、かれの方から終いにはどんどん喋るように仕向けてやろうという腹で、仕事のほうは最近どうなのかと水を向けてみた。
「ふむ」とかれ。「商売ね、何年か前よりかは、すこし上向いたかもしらんね。
でもね、例の洪水このかた、何と言うほどの何があるもんじゃないやね」
この答えからわかるであろう。若いころの成功が大きすぎたせいで性格がだめになる者がいるけれども、デイビーもその一人なのだ。
だいぶ若かったころ、ノアの大洪水〔訳注3〕でかれはすっかりいい気になってしまった。
そのとき手に入れた富は、収入ではなく資本と考えるべきだったのだが、それがわからなかった。
無茶な散財を何年かやらかしたあとには、すっかりかつかつの生活へ落ちぶれてしまい、漁師がたまに溺れるのをあてにして暮らすありさまであった。
方舟(はこぶね)とその積み荷が洪水の難を逃れたことは、そのときは大いに腹立たしいことであったが、あとになってみれば、損にみえて実は得をしていたのだ。かれもとっくにそのことは認めている。
もし仮に、人類をすっかり壊滅させることに成功していたら、後年になってかれは文字通り飢え死んでいたことだろう。
わたしは大洪水のところは聞き流して、返事の前半分を拾うことにした。かれに大洪水の話をさせると、実のところ、うんざりするような話になりがちなのだ。
「そうとも。きみは貿易の拡大のおかげをこうむったに違いないよ」
かれは近代商業を熱烈に賞賛し始めることでもってこれに答えた。
「あの性急さ、あの企業家精神! チマチマしたところが微塵もないのがいいやね。つまらない計算をしたって、一人や二人の命は守れても、心の狭いしるしなんだから」〔訳注4〕
こうして弾みがついてくれば、あれやこれやの昔話へと誘導するのはすこしも難しいことではない。
これまでかかわりのあった人びとに対するかれの評価というのは、ほかのみんなの意見と違っているのが面白いところであった。
「そうさね」と、かれはこの点を訊かれて答えた。「ユリシーズ〔訳注5〕の航海はいささか興味があってようく見ていたし、楽しませてもらわなかったとは言わないさね。ちょいと何人かはいただくことができたのだし。でもユリシーズってのは、底意地が悪いわ小狡いわで、いっつも期待を裏切るやつでねえ。
アイネイアス〔訳注6〕はね、あいつは本当に大嫌いだね。
船を魚に変えたり、いや神に変えたんだったか、どっちかは忘れたけどね、いったい何がしたかったんだかねえ。水の精を侍らせたりして、あれは救命ボートよりもタチが悪いやね」
こう言いながら、デイビーは燧石(すいせき)〔訳注7〕を一つ拾い上げて、近くの船小屋へひゅっと投げつけた。そこには、いま話に出たばかりの忌々しいやつ、つまり救命ボートが一艘あった。
救命ボートの塗りたての塗装に汚い跡がつき、かれはそれを見て喜んだようであった。
そして、アイネイアスの話を続けた。「アイネイアスとその仲間どもは浅ましい奴らでねえ。ああ、パリヌルス〔訳注8〕は別だよ。あいつは好きだったね」
カエサルとその莫大な財貨〔訳注9〕がかれの手中にまさに収まろうとしていたのに、それを逃してしまったとき。それがいままでで一番がっかりしたときだ、とかれは断言した。いまでさえ思い返すたびに苦痛を感じる、と。
デイビー・ジョーンズは、自分の職業に多少の情熱を抱いてはいた。
いまのように商売が忙しくなり、ほとんど暇なしになる前には、いくつかの興味深い実験に手を染めたこともある。
たとえば、特別に頼み込まれて、さすらいのユダヤ人〔訳注10〕を溺れさせようとしたことがある。
だがその試みは、かれによると、完全に不首尾に終わった。というのも、この老人は浮遊の力を有していたからだ。もっと若い人にだってそんな力はないのだから、これは驚きである。
一隻の移民船が通りかかり、岬を回る。それで数分ほど会話が途切れた。デイビーは口笛を吹いて風を呼びながら〔訳注11〕、この船をひどく熱心に注視した。
かれのこの態度は、わたしをやや居心地悪くさせるものだった。自分とかれの思考を別のところへ向けたくなったので、海戦についていくつか質問してみた。
それでわかったのは、驚いたことに、かれは海戦に興味がないということであった。
「人の取り方としては、情けないやり方さね」とかれは説明した。「おれのところへ来る前に死んじまってるんだから。おれの意見としちゃあ、陸で死んだ方がましだと思うよ。
海戦が十あるよりも、筏一つに男二人なんてのが、おれには悪気のない楽しみってもんさね」
つぎにわたしは、魚雷〔訳注12〕の原理を説明してやった。かれはまだ魚雷というものを聞いたことさえなかった。
この発明はかれをいたく喜ばせた。
その兵器がうまく使われるのなら、つぎの海上戦はたいへん妙味あるものになること間違いなしである、とかれは実に慇懃に述べて、魚雷の発明者とわたしの結びつきを心から祝ってくれた。わたしの親戚かなにかだと思ったらしい。
お喋りを始めてから、もうずいぶん時間が経っていた。わたしは伸びをして立ち上がり、歩いて帰る準備をした。
「なにか読むに足るような本はあるかい?」とかれが訊ねた。かれは航海関係の書物にかんしては貪欲な読書家なのである。
わたしは、かれが興味を持てそうな本として、ルイス・スティーブンソンの『宝島』〔訳注13〕を挙げた。
「いっぱい溺れるかい?」とかれ。
「一等航海士が一人」とわたし。
「ふむ」とかれ。「誰も溺れないよりはましさね。読んでみるよ」
かれは自分で冒険物語を書き始めてみたこともある。しかし、第二章まで筆を進めたところで、船一隻をまるごと沈めたいという誘惑に屈してしまった。その手の小説では主人公が船酔いをするくらいで済むものだが、かれの小説はそこで唐突に幕を閉じた。
別れ際にもう一つ聞き出してやろうと思い、プリムゾル〔訳注14〕とチェンバレン〔訳注15〕について訊ねてみた。
「あれは不愉快さね」とかれ。「ヨナの鯨〔訳注16〕よりも悪いや」
語気を強めて非難の意を表明して、かれは歩き去った。
W.〔訳注17〕
〔おわり〕
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訳注1 デイビー・ジョーンズ Davy Jones
船員たちのあいだで、海の悪霊を指すユーモラスな表現。溺死した船員や難破船の行き先としての海底を指す「デイビー・ジョーンズの私物置き場 Davy Jones’s Locker」という慣用句がある。
訳注2 ノース・フォアランド the North Foreland
ケント州北東端の岬。ホワイトヘッドの生家のすぐそば。
訳注3 ノアの大洪水 Noachian Deluge
旧約聖書「創世記」より。神が堕落した人々を滅ぼすために大洪水を起こしたとき、正しい人であったノアだけは神に命じられて方舟(はこぶね)を造り、家族や鳥獣を乗せて難を免れたという伝説。
訳注4 「あの性急さ、あの企業家精神! チマチマしたところが微塵もないのがいいやね。つまらない計算をしたって、一人や二人の命は守れても、心の狭いしるしなんだから」
"Such dash, such enterprise! none of that petty calculation which, though it may save a life or two, is the sure sign of a small mind."
「計算 calculation=船の安全を守るための配慮」と解し、「商船の経営者たちは、利益を追求するあまり安全性の計算を軽視するので沈没が多く、デイビー・ジョーンズを喜ばせている」と解した。
訳注5 ユリシーズ Ulysses
古代ギリシャの英雄叙事詩の主人公オデュッセウス(ユリシーズは英語読み)。イオニア海の小島イタケの王。トロイ戦争に参加して勝利したあと、十年にわたり海上をさすらう艱難辛苦のすえ故国へ帰還した。
訳注6 アイネイアス Aeneas
トロイ戦争のトロイ側の英雄。トロイ滅亡後、沿岸を航行してシチリア島を経てローマへと至り、ローマを建国したとされる。この航行のときに海神や海の精の加護を得ていた。
訳注7 燧石(フリント、火打ち石) flint
イングランド南部に豊富な硬い石。建材や火打ち石になる。
訳注8 カエサルとその莫大な財貨 Caesar and all his fortunes
カエサル(紀元前100-紀元前44)による紀元前55年と54年のブリタニア侵攻を指す。外洋に不慣れなローマ軍にとって英仏海峡は危険な場所であったはずだが、二回とも無事に帰還した。一回目は偵察と示威程度の規模であったが、二回目は古代史上最大の大船団であった。
訳注9 パリヌルス Palinurus
アイネイアスの水先案内人。居眠りして海に落ちて死んだ。
訳注10 さすらいのユダヤ人 the wandering Jew
中世の伝説。刑場に引かれてゆくキリストを侮辱した罰として、キリスト再臨の日まで流浪する運命を負わされた一人のユダヤ人。ここでは、永遠にさすらうのが苦痛なので、本人から溺死させてくれと頼まれた、という意味であろうか。
訳注11 口笛を吹いて風を呼びながら whistling for the wind
水夫たちが凪のときに風を呼ぶために行った迷信的慣行。
訳注12 魚雷 fish-torpedo
ロバート・ホワイトヘッド(Robert Whitehead 1823-1905 技術者・工場経営者。我らがホワイトヘッドとは無関係である)が1866年に完成させた世界初の自走魚雷(ホワイトヘッド式魚雷)を指す。この作品の時点では、実戦で使用された例はまだ殆どなかった。
訳注13 宝島 Treasure Island
スティーブンソン Robert Luis Stevenson 1850-1894 の海洋冒険小説。1881-82年に雑誌連載。1883年12月の単行本化を機にベストセラーとなった。
訳注14 プリムゾル Samuel Plimsoll 1824-98
英国の政治家。『我らの船員 Our Seaman』(1872)を著し、事故防止のため満載喫水を制限する商船法を成立させた(1876)。船乗りの友 Sailor’s Friend と呼ばれた。
訳注15 チェンバレン Joseph Chamberlain 1836-1914
英国の政治家。バーミンガム市長(1873-75)としてプリムゾルに協力。商務相(1880-1886)として船員の待遇改善や商船の安全向上に力があった。
訳注16 ヨナの鯨 Jonah's whale
旧約聖書より。ヘブライの小預言者ヨナは、船上から海へ投げ落とされたが大魚に呑まれて三日間を過ごし無事に帰還した。
訳注17 W.
署名はこの「W.」のみである。これがホワイトヘッドの執筆であることは、ホワイトヘッドの娘ジェシーの証言による(Lowe 1985, p164)。また内容からも明らかである。
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【訳者より】
ホワイトヘッドの現存する著作物のうち、二番目に古いものです。
ケンブリッジ大学の週刊新聞『Cambridge Review』1886年5月12日号への掲載です( ここ で読めます)。
このとき25歳。現存する最初の著作物である「セレブリティ・アット・ホーム」が同新聞に掲載されてから三か月後です。
後年にも「英国と英仏海峡 England and the Narrow Seas」(1927)という エッセイがありますが、海と人間の関係へのなみなみならぬ思い入れが若いときからのものであったことがよくわかります。そういえば、ホワイトヘッドの最初期の諸論文は流体力学にかんするものですが、それも海や船舶への関心と関係していたのでしょうか?
短編小説としての完成度は「セレブリティ・アット・ホーム」より上かもしれません。舞台はホワイトヘッドの生家のすぐそば、主人公は明らかにホワイトヘッド自身、海事と古典への深い造詣。どこをどうとっても、ホワイトヘッドから出てきた要素ばかりなのですが、なんだか小説としてすっきりと上手すぎて、こんな文書はホワイトヘッド的ではない!と言いたくなるような感じもします。