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ホワイトヘッド「数学の哲学」(1910年)
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ホワイトヘッド「数学の哲学」(1910年)

2017-06-04 22:23

    出版された書評としてはホワイトヘッド唯一のものです。ヘースティングズ・バークリー〔1855-1934〕という人の書いた『現代数学における神秘主義』(1910)という本に対する同年の書評です。未邦訳だと思います。

    温厚で知られるホワイトヘッドが、特定の一同時代人に対して、ほんの僅かでも怒りや苛立ちを滲ませているかに見える文書はこれだけかもしれません。このH・バークリーという人は英国海軍大佐で、日本に関係した編訳書もあるという、なかなか風変わりな人物のようです。

    その他の情報は最後に置きました。

    =================================

    「数学の哲学」〔1910年、書評記事〕

      THE PHILOSOPHY OF MATHEMATICS

       A・N・ホワイトヘッド (英国学士院会員)

         By A. N, WHITEHEAD, F. R. S.





    この主題〔数学の哲学〕についての最新の著作物(原注1)である本書は、狙いがきちんと定まっていないこと、そしてまた、この主題にとって極めて重要な区別を無視していることに難がある。

    (原注1 ヘースティングズ・バークリー著『現代数学における神秘主義』、オックスフォード大学出版、1910年)

    第一部は、最初の三章からなっており、その関心は主に心理学的なものである。

    そこでは、言語に対する思考の関係、および、推論能力 Reason の道具としての言語についての考察がなされている。

    次いで、この一般的主題が狭められて、数学者の心理学についての考察、および、数学者たちが〈神秘主義 mysticism 〉――と著者が呼ぶもの――へと陥ってしまう傾向があるのはなぜなのかという理由の考察がなされている。

    しかし、本書の残りの部分では、こうした心理学はだんだんと姿を消す。そして、かなりの部分は、いろいろな数学者がなした言明や説明――そこに著者自身による解説も織り交ぜられる――の論理的正確さを調査したものとなっているように思われる。

    この二つの研究は、はっきりと分離しておかなくてはならないものである。ある数学者が誤っていたとしても、それが神秘主義のせいであったのか、消化不良のせいであったのか、いずれにせよ論理的には関係のないことである。また、この二つの病についての医学的知識があったとしても、我々がその数学者のなした言明の正しさや間違いを判定するときに役立ちはしない。

    むしろ、神秘主義――さまざまな出来事の説明に超自然的なものを援用するといったような――を安易に非難したことが、著者を大きく誤らせてしまったと、私は考えるものである。批判されているその数学者たちが、多かれ少なかれ成功裏に説明しようと努めているところの、本当の論点を把握することの妨げになっているからだ。


    第二部では、代数学の諸概念、および、幾何学における虚数的軌跡 Imaginary Loci の概念が考察されている。

    第三部は、「メタ幾何学 Metageometry 」と題されており、幾何学の諸原理が取り上げられている。

    本書は、十五年前に有力であった立場から書かれている。それ以降にもろもろの偉大なる発見がなされ、この主題に革命が起きたということには、全く気がついていないようなのだ。

    著者は、バートランド・ラッセル氏の『数学の原理 Principles of Mathematics 』〔1903〕を読んではいるのだけれども、「変数 variable」の理論が、この主題の全てを解く鍵であるという点を見逃してしまっている。

    さらに言うと、引用されているさまざまな本を書いた人たちの本当の意図がどこにあるのかについての洞察が不足していることが、この著作全体の欠点となっているのである。というのも、引用されているくだりが誤ったものである場合でさえ、それらは概して、少なくとも、それらのくだりに向けられた批判と同じ程度には、納得のゆくものであるからだ。


    しかしながら、本書でなされている批判的検証から出てくると思われる主な結論には、私は同意するものである。それはつまり、〈前世紀末において数学の哲学の徹底的な再構築がひどく切望されていた〉ということであるように思われるのだから。

    だが、いかに想像力を広げようとも、いま書評されているところの本書が、その徹底的再構築についての記述を供しているとは申し上げかねる。

    解かれるべき問題が何であるのか、ほんの僅かな素描をするだけでも、変数の学説 the doctrine of the variable が、これから発展してゆくべき、満足のゆく哲学を可能ならしめたことを示すはずなのである。


    数学の原理については、いかなる考察をするときでも、はっきりと異なる二つの主題をきちんと分けておかなくてはならない。すなわち、
    (一)数学の諸命題の本性について、いかなる特殊な応用をも混在させることなく、それ自体として考察すること。
    (二)数学的な真理の特別な場合であるところの、特殊な事実からなる様々なグループについての議論。

    この二つの主題は、それぞれ、純粋数学の本性という問題、そして、数学の様々な応用という問題なのである。

    〈二たす二は四である〉という足し算は、数学の定理の一つである。〈二個のりんごを籠の中に放り入れて、しかるのちにさらに二個を放り入れて、しかも一つも取り出さなければ、籠にあるりんごは四個である〉というのは、応用数学の定理の一つである。

    この区別は、もっと大雑把な形では、たぶん、数学が真面目に研究されるようになって以来ずっと、何世紀にもわたって知られ、認められてきたことではある。

    数学の哲学の最近の進歩によって、この区別は、我々の先人たちが想像したよりも深くにまで及ぶ切断であり、幅広い重要性がある、ということが示されたのである。


    数学を、その応用から解きほぐして分離するという問題は、見かけほど簡単なことではない。

    よくある考え方は、整数の算術においては最も完璧にこの分離がなされていて、分数、負の数、実数、そして複素数という順で、だんだんと分離の成功の度合いが下がってゆく、というものだ。

    この点について、幾何学は、長きにわたる論争の場になってきた。

    この問題を解決する必要性が喫緊のものとなったのは、幅広くさまざまに異なった題材との関係において、事実上同一のタイプの推論が起きることが明らかになったからである。

    そこで、数学者は、仮説と結論のあいだの一連の抽象的な推論を、それを適用しうる多様な題材から、分離することを追求するようになったのである。

    一つの寓話が、このことを最もよく描き出すであろう――たぶん、数学の知識の重要な部門のいずれにおいても、この過程〔数学とその応用の分離〕が始まるや否や、思考はこういう道を辿るであろうという、そんな寓話である。


    かつてこんな人々がいた。文明化され、学問に夢中になっていたのだけれども、たまたま、数というものを思考したのは、魚との結びつきにおいてのみであった。

    彼らは、〈二匹の魚たす三匹の魚は五匹の魚である〉などと言ったのである。だが、「二たす三は五である」ということは一度も考えたことがなかったし、「二個の石たす三個の石は五個の石である」という考えさえ思い浮かんだことがなかった。

    彼らのなかの哲学者たち――古典語と古代の知恵に通暁した博識家たちである――は、魚存在の先験的本性 a priori nature of fish existence についての深遠な理論を完成させていた。

    そしてまた、魚思想家たち fish-thinkers ――数学者はそのように呼ばれたのである――が、より完全な論文を書く時には、深海の浚渫についての考察を冒頭に置くのが習いであった。

    そうこうするうちに、やがて、魚以外の集合体も考察されるようになったのだけれども、初めのうちは、魚算術へと言及することなしに考察された。

    魚思想家の何人かが、魚算術とは全く切り離された理論を、苦心の末に作り出したのである。二個の石、三個の石、四個の石、などといった理論をだ。その理論が重要に思われたからというよりは、ただ好奇心の赴くままにそうしたのであった。

    そしてついに、魚算術との関係においても、ある豪胆な男が、思考の究極の単位は魚であるということを否定して、〈分数〉という概念を導入した。――だが、このアイデアは、まったく誰にも理解してもらえなかった。なぜなら、哲学者たちが決定的に証明したからだ。〈一匹の魚の一部分でしかないものは魚ではないのであるから、魚概念をそれに適用するのは不当である〉と。


    不幸なことに、数学教育が狭き専門主義に陥っていたせいで、この哲学的な反論が壊滅的な力をふるってしまうことを、多くの数学者はまったく察知できなかった。

    また、ある高名な数学者が、人気講義のなかで、この〈分数〉というアイデアを説明しようと努めたのだけれども、それがかえって混乱の度を増すことになった。

    この数学者は、聴衆に対して、こんなふうに説明したのである。〈ある宇宙を想像してみてください。その宇宙にいるいかなる存在も、一匹の魚の頭と尻尾をひと目で一遍に見ることはできないという、そんな宇宙をです〉と。

    その後、まるまる一世代以上ものあいだ、すべての哲学者と、多くの数学者が、〈分数の理論は、そういうお伽噺の世界が実在するかどうかということと不可分に結びついている〉というふうに思い込んでしまった。

    ようするに、かりにも多少の影響力をもつほどの健全な思想家のなかには、〈分数〉などというものを真面目に取りあげる人は一人もあらわれなかった。

    標準的な哲学論文においては、〈分数〉というものは、真面目な思想にとって本当の重要性など全然ない、数学における軽薄な流行として切り捨てられるのが常となったのだ。


    この寓話はこのへんまでにしておいて、中心的な問題へと戻るのがよいだろう。すなわち、〈数学のいろいろな真理は、いかにすれば、偶発的な〔数学の外からきた〕アイデアから完全に解きほぐして分離することができるのか?〉という問題へである。

    二十年前――今でさえ多くの場合はそうなのだが――に、この問いを考察した数学者たちは、極端な形式主義へと駆り立てられた。

    彼らは、慣習的に採用されている諸規則を重視して、それに等しい記号の配列 collocations を作り出した。

    この形式主義は、まず最初に哲学者でありその後に数学者になった人(そういう人がいるとすればだが)からは、常に――そして正しくも――厳しく批判されてきた。

    しかし、おそらく、そういう批判者たちというのは、数学者たちが解こうと努力している重要な問題が残ることを、常に理解しているわけではなかったのである。


    しかし、そうしている間に、三人の男たちの共同的な、そして部分的には各自独立の仕事によって、注目すべき発見がなされた。その三人とは、フレーゲ、ペアノ、バートランド・ラッセル――ドイツ人、イタリア人、英国人――である。この発見によって、この問題全体へと光の奔流が降り注ぐこととなり、問題の本質的な部分の全てが解かれたのである。

    その発見とは、〈変数 variable 〉というものを一般化した概念の発見、および、その概念が、数学の推論のすべてにおいて本質的存在となっていることの発見だ。

    この発見は、論理学のみを残して、数学の全てを空っぽにしてしまうのである。

    今後は、数学とは論理学なのである。古い形式主義では、数学とは〈論理学に、記号に関する慣習を足したもの〉であり、古くからの伝統的な数学観では、〈数、量、空間という各領域へと適用された論理学〉であったのだけれども。


    幾何学という抽象的な科学を述べる方法は多数あるけれども、その一つをきわめて大雑把に検討してみれば、数学の哲学において〈変数〉の学説がどのような地位を占めているのかについての、最もよい説明となるであろう。

    実際の空間のいろいろな直線からなるクラスを考えるかわりに、〈その成員もまたクラスであるような任意のクラス κ 〉から出発することにする。

    もし我々がそうしたければ、κ の成員を、直線と呼んでもよい。しかし、それは命名法の細部にすぎないのであり、κ が、その成員がクラスであるような任意のクラスであるという事実は変わらない。

    そして次に、物理的空間についての真理として述べられていた旧来の公理の代わりに、κ に関連した一定の諸命題が考察される――真理としてではなく、ただ単に、点検 inspection のために述べられた諸命題として――のである。

    この新しい意味において、我々はこれらの命題を「公理 axioms 」と呼ぶのであるが、それは便宜的な簡略表記としてそう呼ぶだけなのである。

    例として、そうした「公理」を三つ挙げてみると――

    「もし、λκ の一員であれば、λ は、少なくとも三つの成員を伴う一つのクラスである。」

    「もし λμ が、κ の別々の成員であれば、λμ は、共通の成員は(もしあったとしても)一つよりも多くは有し得ない」

    「もし λμρ が 、κ の別々の成員であり、その三つのうちの任意の二つが一つの共通の成員を有しており、しかし、その三つの全てに共通する成員はないとして、かつ、それと同じことが λμσ についても言えるならば、そのとき ρσ は一つの共通の成員を有する」

    経験の空間へと見かけ上の関連性があるということによって興味深さがあるような一つの主題を作り出すためには、こうした「公理」が全部で十個、あるいは1ダースほど必要になる。


    そうすると、この主題は、κ がいかなるクラスからなるクラスであろうともκ について証明され得る仮説的諸命題からなるのであり、諸命題にかんするさまざまな仮説は、κ についてのこれらの「公理」の全部または一部からなるのである。

    これらの仮説的命題は、κ の任意の値について――その値にとって、それらの仮説からは、それらの「公理」が偽であろうと真であろうと――真なのである。

    そしてさらに、κ にかんするなんらかの特別な規定により、もし我々が、それらの「公理」が真であると知っているならば、そのとき、それらの命題の結論もまた、κ のこの値については真なのである。

    さらに追加されたこれらの命題は、κ にかんする何らかの特別な規定――それによってこれらの「公理」が真であるような――から生じてきたのであり、一般的には応用数学に属する。


    したがって、現代の数学者は、自らがなす推論のいかなる応用においても、自らの結果についての論理必然的な確実性 apodictic certainty から、そこに含まれる事実についての問いの全体を撤収しているか、あるいは、撤収するべきであるのだ。

    それでは、人間にとってありふれた経験として我々に知られている空間の諸特性というのは、いったい何なのであろうか?

    数学者はその答えを、物理学者へと――あるいは心理学者にであれ、通りを歩く普通の人にであれ、形而上学者にであれ、その他誰であれこの問いを扱うべき適切な人物に――委ねるべきなのである。

    空間の諸特性を帰納的に証明するさいには――もしその証明が帰納的なものなのだとすればだが――数学が一つの本質的要素となるというのは本当のことである。この点については、興味深い一章が書かれて然るべきかもしれない。

    しかし、それによって到達した結果というのは、数学の確実性であるかのように成りすます権利は、ほんの僅かにさえ有していない。どれほど確実であっても構わないのだけれども、それは数学的確実性ではないのである。

    このように、幾何学を一例として駆け足に説明したけれとも、〈変数〉の学説の発見が、どれほどまでに数学の哲学の再構築を可能ならしめたのかを示すには十分であるはずだ。


    もう一つ、いま考察されている著書が、事実上無視している区別がある。それは、数学的なアイデアというものは、その知識を得る最初の段階にある生徒に対して提示するということと、その主題の本当の「原理 principia 」を論じるということを、まったく切り離さなくてはならないという問題である。

    〈数学の初歩 elementary mathematics 〉と〈数学の基礎 elements of mathematics 〉は、大きく異なる主題なのである。教育の心理学が現在ほどには理解されていなかった時代の混乱がいまだに残存しているのだ。

    学習者が学び始めるときは、主題の始めのところから学び始めるべきであるというのは、ごく自然なことのように見える。

    まったくその正反対こそが正しいのである。

    学習者にとって自然な出発点というのは、その主題を何かに応用した複雑な事実について勉強することなのだ。

    単純な抽象的アイデアというのは、把握することが極めて難しい。なぜなら我々は、実際の生活のなかでは、単純で抽象的なアイデアを直接に考察することなど決してないからだ。

    初心者のためには、単純で抽象的なアイデアが、何らかの特殊なものへと具体化されている必要があるのだ。


    しかしながら、バークリー氏が、この間違いを犯していない箇所が一つある。すなわち、私の『普遍代数学』〔1898〕の序章の一部を批判しているところだ。

    著者に賛同する論調でこの記事を締めくくることができることを、私は嬉しく思う。

    私の考えでは、〔『普遍代数学』の〕その序章で採用されている形式主義の立場は、ある重要な問題を認識しているという長所がある一方で、真の解決を与えてはいないのである。すでに記したように、真の解決は、〈変数〉の学説のなかに見出されるからだ。

    そこまでの範囲では、私はバークリー氏の批判に同意するものである――彼が私の言明の意味を常に正しく解釈しているとは、私にはほとんど思われないのだけれども。

    この一群の問題に対する氏自身の解決というのは、代数のアイデアによって提示されているのであるけれども、それは〈変数〉の学説を無視しているため、私から見ると、整合性、明瞭性、そして定義を欠いており、まったく不十分なものに思われるのである。



    〔おわり〕





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    【訳者より】

    ヘースティングズ・バークリー〔1855-1934〕という人の書いた『現代数学における神秘主義』(1910)〔 ここ で読めます〕に対して、同年に書かれた書評記事です。ホワイトヘッドによる出版された書評としては唯一のものです。

    温厚で知られるホワイトヘッドが、特定の一同時代人に対して、ほんのちょっとでも怒りや苛立ちを滲ませているかに見える文書はこれだけかもしれません。しかしそれもよく読めば、ラッセルの業績を理解せずに数学の哲学の本を書いた人間がいる、というところに憤りのポイントがあるようです。その本では、ラッセルと同じくらいの回数、ホワイトヘッドも引用されているのですが、それについては最後に一言触れているのみであり、まるで、自分がどう扱われたかについては殆ど興味がないかのようです。

    ヘースティングズ・バークリーという人は、検索で調べた範囲では以下のような人です。フルネームは Hastings George Fitzhardinge Berkeley。1855生-1934没。英国海軍大佐。七代目バークレー伯爵 George Lennox Rawdon Berkeley 〔1827-1888〕の私生児。息子にイギリスの作曲家、レノックス・バークレー〔1903-1989〕がいる。
    著書に『富と幸福 Wealth and Welfare』〔1887〕〔 ここ で読めます〕。『現代数学における神秘主義』〔1910〕〔 ここ で読めます〕。編訳書に『日本人の手紙 Japanese Letters: Eastern Impressions of Western Men and Manners, as Contained in the Correspondence of Tokiwara and Yashiri〔1891〕〔 ここ で読めます〕――これは欧州旅行中の日本人「トキワラ」と、日本にいるその友「ヤシリ」の往復書簡を、H・バークリーが翻訳・編集した本とのことです(本当なのでしょうか?創作なのでしょうか?)

    ・底本は Alfred North Whitehead, “The Philosophy of Mathematics.” Review of Mysticism in Modern Mathematics by Hastings Berkeley. Science: Progress in the Twentieth Century 5 (October 1910): 234-39. です。ネット上で読めるサイトは見つかりませんでした(どこかにあったのですが見失なってしまいました…)
    〔角カッコの中〕は訳者による補足です。
    ・原文の段落分けは一行明けで表現しました。
    ・原文の斜体は下線で表現しました。
    ・バークリー氏のこの著書に対しては、ホワイトヘッドのみならず、G・H・ハーディ〔Cambridge Review 31, lit. suppl., xiii-xiv(1909-11) と CP, vol. 7, pp. 864-866〕、P・E・ジュールダン〔Mind new ser. 20, 88-97(1911) と Mathematical Gazette 5, 364-366(1909-11) 〕も書評(酷評?)をものしています。


    〔おわり〕




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