信用買いは将来の売り圧力であり、信用売りは将来の買い圧力である。
――これは、相場にかかわる人にとっては常識的な知識だと思います。
信用買いが多ければ必ず下がり、信用売りが多ければ必ず上がると主張する人もいないと思いますが(だとしたら簡単すぎます)、「信用買いは返済売りをしなくてはならないから将来の売り圧力、信用売りは買い戻さなくてはならないから将来の買い圧力である」という、この点を疑う言説を、少なくとも私は目にしたことがありません。
しかし、数学的投資法のパイオニアであり、事実上すべてのヘッジファンドのゴッドファーザーとまで呼ばれるエドワード・ソープ(と、共著者であるS・カスフ)が、これを否定している一節があったので、ここに紹介します。
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・表題は訳者によるものです。
・前回の記事で紹介した『マーケットをぶっとばせ!』(1967年刊)p128 より抜粋。原文は こちら です。
・〔四角いカッコの中〕は訳者による補足です。
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…空売りについては、〔空売り用に証券を借りるのが難しい場合があることのほかに、〕もう一つのリスクがあるけれども、それは迷信にすぎない。
どんな迷信かというと、「空売りのポジションが大量に積み上がっている証券は、価格が下がることよりも、上がることの方が多い」と、広く信じられているのである。
この意見を信じている人は、こう説明する――「空売りしている人は、空売りしたその株を、けっきょくは買い戻さなくてはならない。ということは、その証券に対する潜在的需要となっているのだ」、と。
これ自体は正しい。だが、この〈潜在的需要〉とやらは、一体どうして、株価を上昇させる効果があるというのだろう?
需要だけで株価が決まることはない。
需要だけでは、刃が一枚しかないハサミのようなものだ。対の刃である「供給」のことも、合わせて考えなければいけない。
ある株が1株、空売りされると、「新しい株式」が1株、作り出されることになる。〔これはもちろん比喩であり、企業が実際に新株を発行するという意味ではない〕
したがって、空売りによって作り出された潜在的な需要の増加は、供給の増加とバランスが取れているのである。
例として、架空のABC社の株を考えてみよう。
発行済株式の総数が、10株だったとする。
そして、10人の異なる投資家が、1株づつ保有しているとする。
もし、投資家の一人から株を借りてきて、誰か別の個人の買い手へと、空売りがなされたとする。すると、「自分はABC社の株主である」と思っている人が、11人いることになる。
すると、この株には、11人の潜在的な売り手がいることになる。
空売りによって生まれた〈潜在的な需要〉というのは、1株分増えた〈潜在的な供給〉によって相殺されるのだ。
これは、空売りが株価に何の影響も与えないと証明しているわけではない。
空売りと関連している何か他の考慮すべきことがらが、価格変動に明らかな影響を及ぼすということは、あるかもしれない。
供給の増加ということを指摘したのは、空売りの影響については、純粋な推論でしかない話を信頼することはできない、ということを示したかったからだ。
我々は、実際のデータにあたってみることを余儀なくされるのである。
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この一節のあとには、空売り残高の多かった銘柄がその後どうなったのか、ソープらが実際に追跡調査した結果が記されています。価格の上がりやすい傾向は特に見られませんでした。
(ちょっとややこしいのですが、ソープらが調査したのは、ワラントの空売りについてであり、この一節も、ワラントの空売りについて述べる中に出てきています。にもかかわらず、「株」を例えにした一節となっているのは、どんな種類の証券にも共通する論点であるためかと思われます。)
私の感想としては、いかにも数学者らしい、常識に反しつつも筋の通った論点だと思いますし、「事実を調べよ」という結論には頷くしかありません。
信用期日や逆日歩といった要因(米国にもあるのでしょうか?)によって需給の偏りが生じることはあり得るかもしれません。また、買い占めが行われて証券が物理的に不足した場合については、別に考えなくてはならないかもしれません(本書はそれについても触れています)。しかしそれは、この一節にも但し書きがある通り、「空売り=上昇要因なのか?」とは別の論点になりそうです。
「空売りによって供給も増える」という、ソープ&カスフの指摘の面白さ。注目に値するのではないでしょうか。