今も活動中の伝説的ヘッジファンド「ルネッサンス・テクノロジー」。数学的なアルゴリズムを利用して世界中のありとあらゆる市場で売買しまくり、安定して莫大な収益をあげていること、そして金融関係者は決して雇わず、科学の博士号をもつ超英才たちを100人以上雇っていることなどで有名です。日本の小型株の大量保有報告書にさえしばしば顔を出します。
その創設者にして天才数学者、資産一兆円を超える超大金持ちとして有名なジム・サイモンズへのインタビューです。
公式で日本語訳がすでにあります。しかしそちらは字幕翻訳という制約があるので、まとまった文章としてはこちらの方が読みやすくなっているといいなと思います。
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元動画(字幕なし)
元動画(日本語字幕付き)
公式書き起こし(英語)
公式書き起こし(日本語)
− 〔四角いカッコ〕は、訳者による補足。
− 段落替えや 「カギカッコ」 は訳者が自由に付加した。
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ジム・サイモンズ Jim Simons
「ウォール街を攻略した数学者の貴重なインタビュー」 A rare interview with the mathematician who cracked Wall Street
2015年9月
クリス・アンダーソン(以下クリス):あなたはいわゆる天才数学者でしたね。若くしてハーバード大やMITの教師になった。するとNSAが訪ねてきて……。どんなふうに勧誘されたんですか?
ジム・サイモンズ(以下JS):ええと、NSA――つまり国家安全局 National Security Agency ですが――は、正確にいうと訪ねてきたわけではないです。NSAはプリンストン大学にも活動拠点を持っていて、暗号やら何やらを解読するために数学者たちを雇っていたんです。僕はそれを知っていました。彼らのところの雇用条件はすごく良かった。労働時間の半分は自分の数学研究をしてもよくて、最低半分だけ彼らの仕事をすればよかった。給料もよかった。抗いがたい魅力でした。だから僕がそちらへ行きました。
クリス:暗号解読者 code-cracker になったわけですね。
JS:そうです。
クリス:クビになるまでは。
JS:ええと、クビになりました。はい。
クリス:いったいどうして?
JS:どうしてって? クビになったのは、ええと、ベトナム戦争の最中で、組織の上司たちのさらに上のボスが、戦争大好きという人物でした。その人がNYタイムズ紙に記事を書いたんです。日曜版 magazine section 〔文化・娯楽などを扱う日曜日の別刷り〕のトップ記事です。「我々はこうやってベトナム戦争に勝つんだ」と。
僕はこの戦争が嫌でしたし、馬鹿げていると思っていました。それで、NYタイムズ紙に手紙を書いたんです。それがタイムズ紙に載りました。「マックス・テイラー〔ベトナム戦争当時の軍幹部〕――この名前を覚えている人がどれだけいるのかわかりませんが――の下で働いてる人間の全員がそういう意見なわけじゃないよ、僕は……
クリス:ははあ、次の展開が想像できますね。
JS:……僕はこういう意見で、テイラー将軍とは違うんだよ」と。でも結局そのときは、誰からも何も言われなかったんですよ。なのにしばらくしたら、僕はそのとき29歳だったんだけど、ニューズウィーク誌の非常勤特派員だとかいう若者がやってきて、僕にインタビューをしたいと言ってきた。僕が何をしているのかとか、僕の主張についてとか。
そこで僕は「いまはほとんど数学をやってるけど、戦争が終わったら大体はNSAの仕事をやることになると思う」って答えた。
で、そのあと僕は、その日随一の知的行動をやらかした。インタビューを受けたよと直属の上司に言っちゃったんです。彼は「なんだって?」と。僕は、インタビューで言った内容を伝えました。彼は「テイラーに電話せにゃならん」と。彼はテイラーと10分間話して、その5分後に僕はクビになりました。
クリス:なるほど。
JS:でも別に、悪いことじゃなかった。
クリス:悪いことじゃなかったというのは、ストーニー・ブルック〔ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校〕に移って、数学者としてステップアップしたからですね。そこである人物と共同研究を始める。この方はどんな人だったんでしょうか。
JS:チャーン(Shiing-Shen Chern)〔陳省身、ちんしょうしん〕ですね。20世紀で最も偉大な数学者の一人です。僕がバークレー校の大学院生だったときからの知り合いでした。僕はいくつかのアイデアを持っていて、彼のところに持っていったら気に入ってくれた。それで一緒に取り組んだ仕事がこれです。この写真を見れば一目瞭然ですね。
会場:(笑い)
クリス:それが有名な共著論文となったわけですね。これがどういう論文なのか少し説明していただけませんか。
JS:……無理だよ。
会場:(笑い)
JS:いや、わかる人がいるなら説明したいんだけれども……
会場:(笑い)
クリス:(笑い)じゃあこちらの図形を説明してもらうことは?
JS:……そういう人は少ないと思うんだ。
クリス:球体と関係があるとか何とか言ってたじゃないですか。そのへんからお願いしますよ。
JS:ええと、球体 sphere との関係はあります。でもこの論文は、たしかに球体と関係はあるんだけど、まずその前に言いたいことがあるんです。
これは見事な数学だったんです。僕はこの仕事ができてとても幸せでした。チャーンもです。この仕事の影響下に数学の新たな領域が切り拓かれて、いま盛んに研究されています。
でも、もっと面白いことに、物理学へ応用されるようになったんです。僕らは物理学は何も知らなかったのに。少なくとも僕は知らなかったし、チャーンだって大して知らなかったはずです。
この論文が出た10年後に、エド・ウィッテン Ed Witten という名前のプリンストン大学の研究者が、〔素粒子理論の〕弦理論に応用し始めたし、ロシアの人たちは「凝縮物質 condensed matter」と呼ばれるものに応用し始めた。
最近では、「チャーン・シモンズの不変量 Chern-Simons invariants」と呼ばれるこういうものが、物理学のいろいろな分野で使われています。素晴らしいことでした。僕らは物理学なんて何も知らなかった。物理学に応用されるかもなんて僕は考えもしなかった。でも、それが数学というものなんです。どこへ広がっていくのか誰も予想できない。
クリス:信じられないほど素晴らしいことですね。人は真理を掴むこともあれば掴み損ねることもあるわけですが、人間の頭脳の進歩というのはいかにして起きるのか。そういうことをお話しいただいているのだと思います。
あなたがある数学的理論を考え付き、物理学は知らなかったのに、20年後にはその数学が現実世界の深奥を記述するため応用されているのを目の当たりにしているわけです。一体どうしてそういうことが起こるのでしょうか?
JS:さあ、神のみぞ知るです。
会場:(笑い)
JS:ウィグナー(Eugine Wigner)という有名な物理学者が、数学が理不尽なほどに役に立つのはなぜなのだろうか、というエッセイを書いているほどなんです〔「自然科学における数学の理不尽な有効性」1960年〕〔この論文も翻訳してみました。 こちら です〕。
数学というものは、現実世界に根ざしていますね。我々は誰でも数を数えたり、長さや重さを測ったりすることを学ぶという、そういう意味では。そこから先は数学として独自に花開いていく。でもあるとき突然に現実世界に帰ってきて大成功を収めるということがあるんです。
一般相対性理論がその一例です。ミンコフスキー(Hermann Minkowski)がある新しい幾何学を作りました。のちにアインシュタインがそれを見たとき「なんてこった!一般相対性理論はまさにこれを使えば記述できるじゃないか」と理解したのです。つまり、誰も予測なんてできない。謎です。神秘なんです。
クリス:さて、では、ここにある数学的な図形、これを説明していただけますか。
JS:ええと、これは一つのボールですね。球体 sphere です。そして格子 lattice で覆われています。見ての通り、四角形の格子ですね。
僕の考えたことは、もともとはオイラー(Leonhard Euler)という偉大な数学者が発見したことです。1700年代の人です。そしてそれは、非常に重要な数学の一分野へと徐々に発展しました。代数学的位相幾何学(トポロジー)algebraic topology とか、代数幾何学 algebraic geometry と呼ばれる分野です。僕たちの論文も、そこに起源があります。
で、この図形です。8つの頂点と、12の辺と、6つの面があります。この差をみてみると、つまり頂点数マイナス辺数プラス面数を見てみると、2になりますね。
いいですね。2です。いい数ですね。じゃあ次に、三角形で覆ってみましょう。12の頂点と、30の辺と、20の面があります。頂点数ひく辺数たす面数はやっぱり2です。
なんと、どんなやりかたをしても一緒なんです。あらゆる種類のポリゴン〔多角形〕や三角形を混ぜ合わせて覆ってみても、頂点ひく辺たす面は2です。
さて、これはまた別の図形ですね。トーラス、つまりドーナツの表面と同じ形状です。12の頂点が長方形で覆われています。32の辺、16の面です。頂点ひく辺たす面はゼロですね。トーラスの場合はいつもゼロなんです。
トーラスの表面を四角形とか三角形その他で覆うと、必ずゼロを得ることになります。これはオイラー標数 Euler characteristic と呼ばれています。トポロジー的不変数 topoligical inveriant と呼ばれるものの一つです。とても驚くべきことですね。誰がどんなやりかたをしても、いつも同じ答えなんですから。
これが1700年代の半ば、最初の衝撃となり、今では代数学的トポロジーと呼ばれる分野に育ったのです。
クリス:あなたは、これに似たアイデアを得て、より高次元の理論、より高次元の対象へと適用した。そして新たな不変量を発見した。そういうことですね?
JS:そうです。といっても、高次の不変量はすでにありました。ポントリャーギン類 Pontryagin classes とか…。チャーン類 Chern classes というのだってありました。そういう不変量はいっぱいあったんです。
僕はそのうちの一つを、 組み合わせ理論的にモデル化しようと取り組んでいたんです。よくあるやりかたとは違ってね。それがこの論文になって、僕らはいくつかの新しいことを発見した。
でも、もしオイラー先生がいなかったら……。彼は、〔全集にして〕70巻分もの数学論文を書き、13人の子供を作った。きっと書きながら膝の上であやしていたんだろうね。オイラー先生がいなかったら、こういう不変量はまったく発見されなかったのかもしれない。
クリス:なるほど。あなたの素晴らしい頭脳の匂いだけでも嗅ぐことができた気分です。
ではいよいよ、ルネッサンス社 〔Renaissance Technologies LLC 、1982年にジム・サイモンズが設立したヘッジファンド〕についてお聞きしましょう。その素晴らしい頭脳を持ち、NSAで暗号解読者であったことから、今度はいわば金融産業で暗号解読を始めたというわけですね。
あなたはきっと、「効率的市場仮説」〔公開されている情報をもとに投資をしても他の人より儲けることは不可能であるという仮説〕なんて信じなかったのでしょう。どうやったのかはわかりませんが、20年に渡って驚嘆すべきリターンを叩き出す方法を見出したわけです。
私が聞いた説明によると、注目すべきはその収益の大きさだけではない。他のヘッジファンドと比べて、驚くほどブレ(ボラティリティ)と不確実性(リスク)を小さく抑えたまま、大きな収益を上げたことがすごいというのです。一体どうしてそんなことができたんですか?
JS:素晴らしい人々を集めたグループを作ることによってです。トレードを始めたころ、僕は数学に少し疲れてしまっていた。30代の終わり頃で、けっこうお金を持ってました。僕はトレードを始めてみて、とても上手くいった。純粋な幸運からですが、ずいぶん儲かった。
というか、純粋な幸運だったと今は思うということです。数学的なモデル化はしていなかったんですから。でも後からデータを見返していたら、僕は気づいたんです。何か構造らしきものがあるようだぞ、と。
そこで僕は、何人か数学者を雇って、モデル作りを始めました。 僕らがIDA〔Institute for Defense Analyses 防衛分析研究所〕でやっていたような作業です。あるアルゴリズムを設計し、コンピュータ上でテストしてみる。役に立つか、立たないか?と、そんなふうにです。
クリス:これを見ていただけますか? ここにあるのは、ある商品(コモディティ)の価格の典型的なグラフです。私ならこれを見ても「ただランダムに動いているだけだ。上がったり下がったりで、この期間全体ではちょっと上昇基調みたいだけど」くらいしか言えません。
一体どうしてあなたは、これを見て、ランダムじゃないものを看破してトレードに活かすことができるんでしょうか?
JS:これは昔のものでしょうかね。このグラフは、商品や為替がトレンドを作りやすかった時代のものにみえます。あなたが見て取ったような非常に僅かなトレンドだけでなく、もっと小さい区切りでもトレンドが見て取れます。
もし僕が、「よし、今日の値動きを予測してやろう。過去20日の平均的な動きから予測できるからね」と言ったとします。それは、いい予測であり得ますし、儲かるかもしれません。実際、何年も昔には、そういうシステムも役に立ったのです。見事に、というほどではないにしても、ともかく役には立った。儲かって、損することもあるけど、また儲かる、といったふうに。
これは1年分の日数があるグラフですから、その期間では多少儲かるかもしれません。ただ、これは今や有効性のほとんど残っていないやり方 vestigial system です。
クリス:そこであなたは、幾通りもの長さのトレンドをテストしてみて、例えば10日間のトレンドとか、15日間のトレンドが価格予想に使えるかどうかを見てみる、ということでしょうか。
JS:そうですね。そういうのを全部試してみて、何が一番うまくいくのかを見ます。トレンドフォロー〔相場の動いている方向へ順張りすること〕は60年代には大当たりでしたが、70年代にはまあまあで、80年代にはうまくいかなくなった。
クリス:みんながそれを知ってしまったから、というわけですね。ではあなたは、どうやってみんなの先を行くことができたんでしょうか。
JS:みんなの先を行くことができたのは、他の色々なアプローチを見出すことによってです。期間を短くすることもある程度はそこに含まれます。
重要だったのは、とてつもなく膨大なデータを集めることです。初期には全て手作業で集めなければならなかった。僕たちは、連邦準備銀行まで行って 金利の歴史的推移やら何やらのコピーを取った。今と違って、パソコン上にはなかったんだから。そうやってたくさんのデータを入手しました。
そして、すごく賢い人たちを集めること、これが鍵になりました。
ファンダメンタル・トレード〔企業業績など現実の経済を分析して投資する方法〕をする人々の雇い方はよくわかりませんでした。何人か雇ったんですが、儲かる人もいれば、儲からない人もいた。僕にとってはビジネスにならなかったんです。でも僕は、科学者の傭い方ならわかっていた。この分野なら目利きなわけです。
というわけで、僕たちがしたのはそういうことです。色々なモデルが徐々に改善され、さらに改善に改善を重ねました。
クリス:ルネッサンス社というのは何かすごいところだという評判です。というのも、独自の文化が築かれていて、そこの人たちはカネだけが目当てではないから他社が引き抜けないのだと。エキサイティングな数学と科学がモチベーションなのだと。
JS:ええと、それが真実であることを希望しますね。でもお金も動機でしたね。
クリス:みんないっぱい儲けたわけですしね。
JS:お金目当ての人が皆無だったとは言えません。多くはお金を目当てにきました。でも、楽しそうだからというのも理由でした。
クリス:「機械学習 machine learning」はどんな役割を果たしたんでしょうか。
JS:ある意味では、僕たちがやったことは機械学習です。
たくさんのデータを見て、異なる多数の予測方式をシミュレートして、改善がみられるまで試行を繰り返す。僕たちのやり方というのは、必ずしも〔コンピュータがするような自動的な〕自己学習 feed back on itself というわけではありません。でも上手く行ったんです。
クリス:その多数の異なる予測方式というのは、すごく突飛なものや意外なものも含まれるんでしょうか。あらゆるデータを見たと仰いましたね? 天候とか、女性服の裾丈〔好況期にはミニスカートが流行るという俗説がある〕とか、政治の傾向とか。
JS:そうです。裾丈は試していませんが。
クリス:ではどんなものが?
JS:ええと、全てです。あらゆるものが「儲けの種 grist for the mill 」です……裾丈以外は。天候、年次決算報告書、四半期報告書、値動きの歴史的推移そのもの、出来高、思いつくものは何でも。あるもの全てです。僕たちは毎日、テラバイト単位のデータを取り込んでいます。それを保存し、加工し、分析できるようにします。色々なアノマリー〔トレードに利用できるような確率の歪み〕を探しているんです。あなたも言ったように、効率的市場仮説というのは正しくありません。
クリス:でも、アノマリーだと思ったらただのランダム性だった、ということは、どのアノマリーについてもあり得ますよね。ということは、多種多様な奇妙なアノマリーが重なるのを見る、というのが秘訣なのでしょうか?
JS:どのアノマリーもランダム性であり得ます。しかしながら、十分なデータがあれば、そうではないと言えるのです。「十分に長い期間有効なアノマリーであり、ランダムである可能性は高くないぞ」ということが見える。しかし、ある期間の後に、それは弱まります。アノマリーは消え失せてしまうことがあります。ですから、このビジネスでは常にトップを維持しなければなりません。
クリス:多くの人たちがヘッジファンド産業に注目するようになっていて、ある種のショックを受けています……そこで作られている富の莫大さとか、多くの才能が流入していることについてです。
ヘッジファンド産業について何か懸念していることはありますか? あるいは金融産業全般については? 暴走列車みたいに――いや、私にもよくわかりませんが――格差を増大させているとか、そういうことをです。ヘッジファンド産業で起きていることをどうやって擁護しますか?
JS:この3年か4年の間は、ヘッジファンドは特に業績がよかったわけではありません。僕たちは抜群によかったけど、ヘッジファンド産業全体としては素晴らしく良かったわけではない。
株式市場が急上昇中なのは皆さんご存知の通りだし、PER〔株価収益率〕も成長しているのに。
ですから、そうですね、最近の5、6年と言っておきましょうか、この間に生み出された恐ろしく大きな富というのはヘッジファンドによるものではありません。
世間の人々に「ヘッジファンドって何?」と聞かれたら、僕はこう答えるでしょうね。「1と20」だよと。どういうことかというと――最近では2と20になりましたが――、2%の固定報酬と、20%の成功報酬です。
ヘッジファンドというのは全く異常な種族なんです。
クリス:噂では、あなたはそれよりもさらに高い報酬を要求するらしいじゃないですか。
JS:一時期は世界一高い報酬を要求していました。5と44です。
クリス:5と44。5%の固定報酬のほかに、利益の44%をも取るわけですね。あなたはそれでもなお、投資家たちに目を見張るほどのお金を作ってあげることができた。
JS:そうです。よいリターンを渡しました。みんな大激怒でした。「そんな高い報酬を取られるなんて!」と。僕は「いいよ、解約したら」と言いました。そうしたら、「もっと買わせろ」と。
会場:(笑い)
JS:でもある時点で、投資家からの資金はすべて返却 buy out してしまいました。ファンドの規模には限界があったから。
クリス:ヘッジファンド産業が、あまりに多くの数学その他の学問の英才たちを引きつけているのは憂慮すべきことではないでしょうか? 世界には他にもたくさんの問題があるのに。
JS:ええと、数学的才能だけではなくて、僕たちは、天文学者とか物理学者とか、そういう人たちも雇っています。でも、そういうことはあまり心配しなくていいと思っています。
いまだにかなり小さな産業なんです。それに、実際のところ、科学を持ち込んだことによって投資の世界は改善されました。ボラティリティ〔価格のブレの大きさ〕を縮小させ、流動性〔取引相手の見つけやすさ〕を増大させたのです。スプレッド〔売値と買値の差の開き〕も狭くなりました。
ですから、アインシュタインが研究を捨ててヘッジファンドを始めちゃう、みたいなことはあまり心配していません。
クリス:それどころかあなたは、人生の今の段階においては、逆方向への投資を始めていますね。人材供給網(サプライ・チェーン)の反対側、つまり、アメリカ中の数学者たちを応援している。こちらの写真があなたの奥様、マリリンさんですね。お二人で慈善事業を行なっておられる。これについてお話ししていただけますか。
JS:マリリンが――ええ、この我が美しき妻です――この財団を20年前に始めました。1994年だったかな。僕は93年だったと言ってるんだけど、妻は94年だというんだ。この2年のどちらか片方に始まりました。
会場:(笑い)
JS:この財団は、寄付金を配るために便宜的に作っただけだったんだ。妻が帳簿をつけたりとか、そういうことで。そのときは特にビジョンはなかった。でも徐々にビジョンが浮上してきた。数学と科学、そして基礎研究に焦点を絞ろうと。で、それをやってきたんだ。6年くらい前に僕はルネッサンス社を離れて、この財団の仕事をしている。僕ら夫婦が今しているのはこれということです。
クリス:この「アメリカに数学を Math for America」財団は、基本的には国中の数学教師に投資していますね。彼らに追加的な収入と、支援や指導 coaching を与えている。そうすることで、数学教育をもっと効果あるもの、もっと天職たりうるものにしようとしていらっしゃる。
JS:そうです。ダメな教師を鞭打つことで、教育界全体の士気が下がってきたという問題があります。とりわけ数学と科学がそうなんです。僕らは、優れた教師を褒め称え、地位 status を高めることだけをしています。
で、仰るとおり、彼らに追加的な収入を与えています。年に15000ドルです。
今ではニューヨーク市の公立校の数学や科学の教師800人を、一つの中核として支援しています。彼らのやる気 moral は大いに高まっています。彼らは教師であり続けています。来年にはこれを1000人にします。これはニューヨーク市の公立校の数学と科学教師の10%にあたります。
会場:(拍手)
クリス:あなたが慈善活動として支援している別のプロジェクトがありますね。生命の起源の調査研究、だったでしょうか。これはどういったものですか?
JS:ええと、ちょっとだけ先に言いたいことがあるので、この写真についてはその後で説明しますね。
まず言いたいのは、生命の起源というのは魅惑的な問いだということです。我々はなぜここにいるのか?
2つの問いがあります。一つは、「地質学から生物学への経路はどういうものだったのか?」。どうやって我々のような生命が誕生したのかということです。もう一つは、「何から始まったのか?」という問いです。一体どんな物質が、もしそういう物質があればですが、この経路を辿ったのでしょうか。この二つは非常に、非常に興味深い問いです。
一つ目の問いは、地質がRNAとかそういったものへと変わる複雑な経路です。一体どんな仕組みだったのでしょうか。もう一つの問いは、どんな物質が出発点となったのか?ということです。まあ、いまの我々には想像もつかないようなものなのでしょう。
ということで、ここにある写真についてです。これは恒星 star が誕生しつつあるところです。 天の川には1000億もの恒星がありますが、毎年2つほど新しい恒星が生まれています。どうやってかなんて僕に聞かないでくださいね。ともかく誕生している。
で、恒星が形成されきるまでには100万年ほどかかります。つまり天の川の中には、形成途上の恒星が約200万個ほど、いつでもあるわけです。
この写真も、形成中のどこかの段階にある恒星ですね。周囲をごちゃごちゃと取り巻いているものがあります。塵とかそういうものです。それが多分、太陽系とかそういうものになってゆきます。
で、ここが大事なんですが、形成途上の恒星を取り巻く塵のなかに、重要な有機的分子があることがわかってきました。メタンみたいな分子だけじゃなくて、ホルムアルデヒドとかシアン化物とかがある。いわば生命体を構築するための基礎単位 block とか、種と言ってもいいけど、そういうものがある。そしてそれは、珍しいことなのではないのかもしれない。宇宙のいたるところで、惑星が、そういう生命の基礎単位とともに形成されているというのが、むしろ典型的なあり方なのかもしれない。
ということは、生命は〔地球だけではなくて〕あらゆるところで生まれるものなのか? そうかもしれない。
でも、このひどく貧弱な出発点とか種から、いったいどれだけ複雑で曲がりくねった経路を経たら、生命というものになるのか、というのが問題です。そういう種の大部分は、不活性な惑星に降り積もるだけなんですから。
クリス:我々がどこから来たのか、それがどうやって起きたのかという問いへの答えを、あなたはぜひとも見てみたいというわけですね。
JS:ぜひとも見てみたいわけです。
もしその経路が、あまりにも複雑怪奇であり、ありえないほど確率の低いことであるならば、我々のような生命体というのは、地球だけで起きた奇跡 singularity ということになります。
しかし逆に、宇宙のあらゆるところに有機物の塵が漂っていることを考えれば、宇宙には我々の友人がいっぱいいるのかもしれません。そういうことが分かったらすごいじゃないですか。
クリス:2年前に私は、イーロン・マスク〔テスラモーターズ社やスペースX社で知られる有名起業家〕と話す機会がありました。彼の成功の秘訣を尋ねたら、「物理学に真剣に取り組んだことだ」と。あなたのお話を聞いていて、あなたの人生全体を充実したものにしたのは数学への真剣な取り組みであると、そういうふうに感じました。
それがあなたに絶大な富をもたらし、そして今や、アメリカ中その他の何百万人もの子供たちの未来へ投資することを可能にした。
科学は〔現実から遊離したものではなくて実際に〕役に立つ science actually works 。数学は役に立つ Math actually works 。そういうことなんでしょうか。
JS:ええと、数学は確かに役に立ちます。数学は役に立つ。でも、楽しかったんです。マリリンと一緒に仕事をして寄付をするのもとても楽しい。
クリス:学問 knowledge と真剣に取り組むことでこれほど多くのことがもたらされる。私はこのことに非常な感銘を受けました。あなたの素晴らしい人生についてのお話をありがとうございました。TEDにお越しいただき感謝いたします。
JS:ありがとうございました。
クリス:ジム・サイモンズさんでした!
会場:(拍手)
〔おわり〕