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Bloomberg日本版にも翻訳されているのですが、半分くらいの長さに圧縮されています。なので、原文の方を全文和訳してみました。すでに何人かの方々が翻訳して2ちゃんやブログで公開されておられ、それも参考にさせていただきました。
ブルームバーグ英語版
「Mystery Man Who Moves Japanese Markets Made More Than 1 Million Trades」
↑ これを翻訳してみました
ブルームバーグ日本版
「1000億円目指すデイトレーダーCIS-コツはゲームで学んだ」
↑ 同じ記事ですが、英語版の半分くらいに短縮されています
※ 文中の〔四角いカッコ〕は 訳者の補足です。
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するとそのとき、一つの取引が成立した。6714円で30万株――。金額にして20億円強(約2000万ドル)。他の買い手がそれに追随し、株価は勢いをつけて上昇した。この日、日経225指数を構成する銘柄のなかで、終値が前日比プラスになった銘柄はたったの二つ。ソフトバンク株はそのうちの一つになった。
冬の日のこの朝、ソフトバンク株の売りオファーに買いで応じたその男は、パジャマ姿のままマンガ本の散らかった寝室に座っていた。ぎらぎら光る四つのPCモニターをのぞき込み、空腹をさしあたりまぎらわすため一本の人参をむしゃむしゃ食べている。
リバウンド〔株価の反発〕への賭けは危険だったが、この男は、ソフトバンク株がこの9日間で、時価総額の5分の1を失うほど下落するのを注視してきた。それに加えて、前日夜の米国市場の下落のあおりを受けて、ソフトバンク株はさらに押し下げられた。彼の頭の中では、オッズ〔勝ち目〕は反発する可能性へと大きく傾いていた。彼は引き金を引くことを決意し、タタタタッとキーを叩いて買い注文を入れた。
90分後、1億4060万円の利益で売り抜けた。すると彼はもう、次の取引に向っている。元ビデオゲーム・チャンピオン、そしてパチンコ・ギャンブラー、通称 CIS。この35歳のデイトレーダーは、昨年は日本株の取引で、税引後で60億円を稼いだと話す。
だが、彼の本名を知るのは、ごく少数の仲間だけだ。彼が実際に仕事をしているところを見た者はいない。CIS は、この記事のために、彼の投資履歴や資産内容をすべて明示してはくれなかったし、彼の言ったことのいくつかは裏付けが取れなかった。
実際に見せてくれたのは、2013年の納税記録 tax return 。それに加え、彼の持つ多くの取引口座の一つのなかからの、2014年の複数の取引記録だ。SBIホールディングス〔という証券会社の取引口座〕の、これらの取引記録には、44億円から48億円の流動資産〔現金または現金に準ずる証券資産〕が記されている。納税記録には、2013年に 1.7兆円分の日本株の取引をしたことが記されている。これは、東京証券取引所の、個人による全ての株式取引額の約 0.5%にも相当する。いちばん忙しく売買した日には、700億円分の株式を買ったり売ったりした、と彼は言う。
ガリガリに痩せた、もじゃもじゃ頭の彼は、灰色のセーター、ジーンズにスニーカーといういでたちで現れた。億万長者だとは誰も思わなかっただろう。
CIS は、自分の成し遂げたことをみんなに知ってもらいたいと思っている。ただ、「CIS は誰なのか」ということは知られたくないのだ。数ヶ月にわたる、着座での六回のインタビューの後でさえ、記事中で匿名であることを求めてきた。結婚して三人の子供がいるから、強盗や恐喝の標的になることを懸念している、と彼は言う。
昨年〔2013年〕は、日本のデイトレーダーにとって、非常によい年だった。安倍晋三首相に後押しされて、日銀は資産購入プログラムを通じて市場を現金でじゃぶじゃぶにした。しかもそのうえ、信用取引の借入制限が緩和されて、売買ポジションを解消した瞬間にすぐさま借入枠が回復するようになった〔同じ日に同じ銘柄を何度でも売買できるようになった〕。この二つが同時に服用されると、強力な混合薬物 a potent cocktail になったのだ。
日本株を代表する指標、日経225は、2013年に56%以上も跳ね上がった。ここ40年で最大の値上がり率だ。小口の投資家に好まれる小型株の指標、マザーズ指数は、137%も吹き上がった。個人投資家による取引の出来高は、東京証券取引所によると、2倍以上になったという。
その理由は、より多くの人々が、退職資金 retirement money を市場に注ぎ込むようになったから…ではない。それを推進するのが、安倍の政策の意図だったのだけれども。「超アクティブなデイトレーダーたちのせいです」と、松井証券の取締役、ワリタ・アキラは言う。このオンラインブローカーでは、顧客の1%が、2013年の最後の三ヶ月間の取引高の 70%を作り出したという。一日に 50回以上の取引をする 397人が、松井証券の信用取引高の半分以上を占めている。その中でも最もレバレッジを効かせたトレーダーは、現金2000万円を担保にして40億円分の株式売買を一日のうちに行った、とワリタは述べた。
〔元記事ではここにグラフが入っています〕【デイトレーダーの増加。中央銀行の政策と、信用取引制度の緩和、そして上昇相場が、2013年に個人による取引を急増させた】〔グラフは略〕
バランは言う。「私は日本株を 30年にわたって取引してきたし、極端なボラティリティを何度も経験してきたけれども、去年のようなことは初めて見ました」。
CIS の最初の大勝利 big score は、2005年11月8日だ。みずほ証券の誰かが入力ミスをした。そのミスは高くついた。ジェイコムという小さな人材派遣会社の株を一株だけ、61万円で売ろうとしたところ、間違って1円で 61万株を売ってしまったのだ。発行済みの株式の 42倍もの株式数だ。CISは、これは何かの誤発注に違いないとみてすばやく飛びついた少数のデイトレーダーや機関投資家の一人だった。CIS は、実際の発行済み株式総数の4分の1にもあたる3300株を、制限値幅の下限で買ったという。
事態が収束したころには、みずほ証券の四半期利益は吹き飛んでいて、CIS は、彼の言うところによると、資産を6億円増やしていた。(当時のブルームバーグ・リポートによると、彼とは別のデイトレーダーである通称 BNF ことコテガワ・タカシは、20億円以上を得たという。コテガワと連絡を取ろうとしたがうまくいかなかった。彼が今もトレードをしているかさえ不明である。)
ジェイコム株の取引のあと、CISについてのファン・ブログがいくつか生まれた。その一つが「CISマニア」だ。このサイトは今はもうないけれども、Wikipedia の CIS についての項を書いた人がいる。そこには棒グラフで、CISの資産が、2000年の100万円(約1万ドル)から、いかにして雪ダルマ式に成長したかが示されている。「その数字はちょっと違ってるけどね」とCISは言う。「でも基本的なところは合ってるよ」。
2011年にCIS は、一回だけ、最初で最後となったテレビ出演をした。「ワラッテイイトモ」という、人気のバラエティ番組だ(この番組は32年間も続いたが最近終了した)。CIS は、半透明の箱を頭にかぶって撮影セットのなかへ登場し、匿名性を守るために音声変換機を通して喋った。
「あなたは誰ですか?」と司会が訊ねると、「私はデイトレードで100億円を稼いだ男です」とCIS は答え、その場は騒然となった(当時、彼の資産は 90億円ちょっとだったのだけれども、端数を切り上げるようプロデューサーたちに言われたのだ、とCIS は言う)。その言葉を裏付けるために、プロデューサーたちは、CIS の持ついくつかの銀行口座の一つから、残高記録の拡大コピーを掲げ、12億6922万3316円という数字を見せた。
ムラカミは、几帳面に自分のトレードを記録し、堂々とその結果を公開している。それでとちょっとした有名人になったし、松井証券その他の証券会社からの依頼で、投資家の集いで話をして講演料も得たこともある。
ムラカミとCIS には、共通のチャットルーム仲間がいる。日本のデイトレーダーの世界で、よくある形のつながりだ。チャットルームの区分によって程度に差はあるものの、誰もが互いを知っている(休暇をともに過ごす人たちさえいる。一年前にムラカミは、3人のトレーダーと一緒にカナダへオーロラを見に行った。その前の春はバリへ行った)。
生身のCIS を、ネット上で威張りちらす彼の書き込みと(あるいは彼の財産と)重ね合わせるのは容易ではない。PC モニターを見つめる毎日のせいで青白い顔。まるでテレビゲーム中毒者のように見える――実際にかつてそうだったのだけれども。ストレスのせいで慢性の胃痛があり、こめかみのあたりには白髪がチラホラ覗いている。
「そういう無駄遣いをする人間だったら、ここまでこれなかったと思います」とウエムラ――「けむ。」という名でトレーダーたちには知られている――は言う。「自己抑制がとても大事です。資産を温存しなくてはいけない。そうすれば、調子の悪いときの防御壁となり、お金を作るための弾薬となるのです。」
CIS は、高校の授業をサボってパチンコ――スロットとピンボールのハイブリッドだ――通いをして、ゲームに勝つ才能が自分にあることを発見した。15歳のとき、月に40万円をギャンブルで稼ぐことができた、とCIS は言う。秘訣の一つは、払い戻し率の高いマシンを見つけ出すことだった。もう一つの秘訣は、煙草の煙と、鼓膜を痛めそうな喧騒で満たされたパチンコ屋で13時間ぶっ通しでがんばる持久力だった。オッズ〔期待値〕を有利に活用するためには、何千回も中断なしでゲームをしなければならなかったのだ。
めちゃくちゃ複雑なキーボード操作が必須だった。CIS は、100種類以上のショートカットキーを暗記した。ctrl+Aは回復薬を飲む、shift+Sは剣を抜く、などなど。そして、スクリーンから眼を離さないまま、踊るようにそれらの操作を繰り出すことができた。「できる人はできるし、できない人はどうやってもできない」と肩をすくめる。だが、ゲームはもっと大事なことを教えてくれた。ときにはただちに逃げるべし。
「プレイヤーとして腕に自信はあったけど、現実世界と同じように、敵が多ければ多いほど勝つ見込みは小さくなる」とCIS は言う。「逃げたって何も失わないからね」。
株式市場でも、彼は同じようにプレイする。10回に4回は間違った方に賭けてしまう、とCIS は言う。コツは、負けを素早く処分し、勝ちを伸ばすことだ。彼にとっては、ストップロス〔損切り〕を上手にプレイすることは、この世でもっとも見事なトレード the most beautiful trade ということと、ほぼ同じなのだ。
CIS の人生の中に株というものが登場したのは、二十代のはじめ、小さな製造企業で、工学的な衝撃吸収機構の設計者として働いていた頃だ。彼はまず、過小評価されていると思った会社を買ってみた。そしてお金を失った。
ある友人からのアドバイス――「ファンダメンタルは忘れろ」――を得て、彼は開眼した。CIS は日経新聞どころか、一切の新聞を購読していない。決算報告書を精読したりはしないし、中央銀行の声明を文法解析したりもしない。テクニカルトレーディングにつきものとされる、移動平均線やその他の株価チャートパターンを見るのにもあまり時間をかけない。
当たり前にも聞こえるが、深遠だ――と、ハーシュ・シェフリン教授は言う。カリフォルニア州サンタクララ大学の行動ファイナンス学の教授で、投資の心理学について2007年に出版された『行動ファイナンスと投資の心理学 ケースで考える欲望と恐怖の市場行動への影響』の著者だ。人間の心は、逆張りをするように生まれついているのだ、とシェフリン教授は言う。
この現象は「ギャンブラーの誤謬」と名付けられている。例えば、クラップのテーブルで、参加者たちは、まだ出ていない数字に賭ける傾向がある。サイコロを振るたびに、どの数字も出る確率は同じであるにもかかわらずだ。同様にして、最も知識豊富な投資家でさえ、生来的なバイアスのせいで、株価が下がったときに買い、株価が上がったときに売るということをしがちだ。
動く方への順張り follow the momentum を学んだ2年後には、職場でこっそりとデイトレーディングを続けて8000万円を作った、とCIS は言う。2003年の終わり頃には、フルタイムで市場に取り組むため、「さらりーまん salaryman 」としての生活をやめた。
それ以来、100万回以上のトレードをしてきたはずだ、とCIS は言う。はじめのころは、ほとんどの場合、数秒しかポジションを持たず、毎日何百回も取引をした。いまはもっとお金を持っているから、もっと長くポジションを持つことを余儀なくされている。大きな額を相場に入れたり出したりしたら、価格に影響してしまうからだ。
六月はじめ、相場があまり動かなかったある日の終わりごろ、CISが一通のEメールをくれた。彼のSBI 証券の取引口座のスクリーンショットだ。ことし彼と実際に会ったときに見せてもらったのと、だいたい似たような画像だ。その日の含み益が赤色の数字で表示されていた。2億円。
CIS が決して売り払おうとしないのは、たった100株の吉野家グループの株だ。ファーストフードを提供する会社であり、金欠でピーピー言ってる大学生たちに愛されている。「ちょっとした記念だよ」。六本木の夜遊び街の雀荘へと早足で向いながら、CIS はそう説明した。いつも午後三時にトレード仲間と打っている場所だ。
CIS は、株で賭けをしていないときは、どこか別のところで勝負をしている。場が引けたあとの午後、ほとんどの日は、低いレートで麻雀を打っている。彼は「テンホー」というサイトにCISCISという名前で登録していて、300万人のプレイヤーのうち、上位99.94パーセンタイルにランキングされている。
CISの資産のほとんどは、株と現金だ。「社債とゴールドも持っているし、3つの小さなビジネスに出資 has stakes もしているよ」とCIS は言う。納税記録によると、彼は、二棟のマンションを所有している。大きな方の一棟は、都心にあるモダンな直方体の建物で、一階にはフレンチ・バーがある。7億円で買ったとCIS は言っている。東京の不動産コンサルタント、マウント・J・パートナーズによると、「それだけの価値は十分にあるだろう」とのことだ。
CIS のサークルのデイトレーダーたちの多くは、金持ちだと考えてよいだろう。とりわけ、2013年の上昇相場のあとでは。それにしても CIS は別格だ。どうやってこれほど大きな資産を築くことができたのか、ということは、投資仲間のあいだでもさまざまな憶測の的となっている。
そしてCIS には、ひたむきさ single-mindedness がある。トレードすることも、お金を増やすことも、なにかのための手段としてやっているのではない。トレーディングそれ自体が目的であり、勝つことそれ自体が目的なのだ。
安倍の経済政策による多幸症的興奮 euphoria が冷めてきて、日本市場が元に戻りつつある今――2014年の最初の8ヶ月で日経指数は5%下落した――、去年思いがけない大儲けをした多くのデイトレーダーたちは、市場から去り始めている。毎日毎日PCモニターを睨み続ける必要がないなら、誰がわざわざそれを続けたいだろうか?
ところがCIS は、そういう感情を持ち合わせてはいない。夏の終わりの時点で、2014年の彼の損益は横ばいのままである。にもかかわらず、60歳になるころには1000億円を達成できているはずだ、とCIS は考えている。
「複利で考えたら簡単なことのはず」とCIS は言う。「まあ、わからないけどね。胃潰瘍にでもなったらやめるしかないし、別のもっと楽しいことをみつけるかもしれない」。
〔おわり〕
ブルームバーグ英語版
「Mystery Man Who Moves Japanese Markets Made More Than 1 Million Trades」
↑ これを翻訳してみました
ブルームバーグ日本版
「1000億円目指すデイトレーダーCIS-コツはゲームで学んだ」
↑ 同じ記事ですが、英語版の半分くらいに短縮されています
※ 文中の〔四角いカッコ〕は 訳者の補足です。
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『日本市場を動かす謎の男CIS 100万回以上取引してきたデイトレーダー』
記者:ジェイソン・クレンフィールド
2014年9月26日
するとそのとき、一つの取引が成立した。6714円で30万株――。金額にして20億円強(約2000万ドル)。他の買い手がそれに追随し、株価は勢いをつけて上昇した。この日、日経225指数を構成する銘柄のなかで、終値が前日比プラスになった銘柄はたったの二つ。ソフトバンク株はそのうちの一つになった。
冬の日のこの朝、ソフトバンク株の売りオファーに買いで応じたその男は、パジャマ姿のままマンガ本の散らかった寝室に座っていた。ぎらぎら光る四つのPCモニターをのぞき込み、空腹をさしあたりまぎらわすため一本の人参をむしゃむしゃ食べている。
リバウンド〔株価の反発〕への賭けは危険だったが、この男は、ソフトバンク株がこの9日間で、時価総額の5分の1を失うほど下落するのを注視してきた。それに加えて、前日夜の米国市場の下落のあおりを受けて、ソフトバンク株はさらに押し下げられた。彼の頭の中では、オッズ〔勝ち目〕は反発する可能性へと大きく傾いていた。彼は引き金を引くことを決意し、タタタタッとキーを叩いて買い注文を入れた。
90分後、1億4060万円の利益で売り抜けた。すると彼はもう、次の取引に向っている。元ビデオゲーム・チャンピオン、そしてパチンコ・ギャンブラー、通称 CIS。この35歳のデイトレーダーは、昨年は日本株の取引で、税引後で60億円を稼いだと話す。
《ケタ外れ Big Numbers》
ほぼ無一文といえる状態から出発し、デイトレードを十年間続けることで、CIS は資産を築き上げた。いま 160億円以上ある、と彼は言う。ここにいたる過程で彼は、日本のデイトレーダーたち――世界で最もタフな市場の一つで仕事をすることに誇りを抱く、独学のプロフェッショナルたちの緊密なサークル――のなかで、カルト的な人物になった。CISは、多くのおしゃべりや憶測の的になってきた。Wikipedia の CIS についての項も、彼の投資歴をなんとか辿ろうと試みてはいる。だが、彼の本名を知るのは、ごく少数の仲間だけだ。彼が実際に仕事をしているところを見た者はいない。CIS は、この記事のために、彼の投資履歴や資産内容をすべて明示してはくれなかったし、彼の言ったことのいくつかは裏付けが取れなかった。
実際に見せてくれたのは、2013年の納税記録 tax return 。それに加え、彼の持つ多くの取引口座の一つのなかからの、2014年の複数の取引記録だ。SBIホールディングス〔という証券会社の取引口座〕の、これらの取引記録には、44億円から48億円の流動資産〔現金または現金に準ずる証券資産〕が記されている。納税記録には、2013年に 1.7兆円分の日本株の取引をしたことが記されている。これは、東京証券取引所の、個人による全ての株式取引額の約 0.5%にも相当する。いちばん忙しく売買した日には、700億円分の株式を買ったり売ったりした、と彼は言う。
《ゲーマー時代 Gaming Days》
CIS ――発音は「しす」――は、古い日本語で「死ぬ」という意味だ。このあだ名は、ゲーマー時代から持ち越してきたものだ。CIS はバーチャル格闘ゲームや、オンライン・ファンタジー・ゲームで相手を打ち負かしてきた。「速く考え、しかも冷静であることを、ゲームは教えてくれた」。ソフトバンク株の取引の数日後、東京のホテル・グランド・パレスでお茶を飲みながら、彼はそう語った。ガリガリに痩せた、もじゃもじゃ頭の彼は、灰色のセーター、ジーンズにスニーカーといういでたちで現れた。億万長者だとは誰も思わなかっただろう。
CIS は、自分の成し遂げたことをみんなに知ってもらいたいと思っている。ただ、「CIS は誰なのか」ということは知られたくないのだ。数ヶ月にわたる、着座での六回のインタビューの後でさえ、記事中で匿名であることを求めてきた。結婚して三人の子供がいるから、強盗や恐喝の標的になることを懸念している、と彼は言う。
昨年〔2013年〕は、日本のデイトレーダーにとって、非常によい年だった。安倍晋三首相に後押しされて、日銀は資産購入プログラムを通じて市場を現金でじゃぶじゃぶにした。しかもそのうえ、信用取引の借入制限が緩和されて、売買ポジションを解消した瞬間にすぐさま借入枠が回復するようになった〔同じ日に同じ銘柄を何度でも売買できるようになった〕。この二つが同時に服用されると、強力な混合薬物 a potent cocktail になったのだ。
《超アクティブ Super Active 》
日本株を代表する指標、日経225は、2013年に56%以上も跳ね上がった。ここ40年で最大の値上がり率だ。小口の投資家に好まれる小型株の指標、マザーズ指数は、137%も吹き上がった。個人投資家による取引の出来高は、東京証券取引所によると、2倍以上になったという。その理由は、より多くの人々が、退職資金 retirement money を市場に注ぎ込むようになったから…ではない。それを推進するのが、安倍の政策の意図だったのだけれども。「超アクティブなデイトレーダーたちのせいです」と、松井証券の取締役、ワリタ・アキラは言う。このオンラインブローカーでは、顧客の1%が、2013年の最後の三ヶ月間の取引高の 70%を作り出したという。一日に 50回以上の取引をする 397人が、松井証券の信用取引高の半分以上を占めている。その中でも最もレバレッジを効かせたトレーダーは、現金2000万円を担保にして40億円分の株式売買を一日のうちに行った、とワリタは述べた。
《ジェイコム・ショック J-Com Shock 》
「日本のデイトレーダーは、あまりにも大きな存在になったため、市場はもはや彼らを…というか、彼らが増幅拡大させる値動きを、無視することができません」。そう話すのは、東京を拠点とする4億ドル規模のヘッジファンド会社、シンフォニー・フィナンシャル・パートナーズの副CEO、デイビッド・バランだ。〔元記事ではここにグラフが入っています〕【デイトレーダーの増加。中央銀行の政策と、信用取引制度の緩和、そして上昇相場が、2013年に個人による取引を急増させた】〔グラフは略〕
バランは言う。「私は日本株を 30年にわたって取引してきたし、極端なボラティリティを何度も経験してきたけれども、去年のようなことは初めて見ました」。
CIS の最初の大勝利 big score は、2005年11月8日だ。みずほ証券の誰かが入力ミスをした。そのミスは高くついた。ジェイコムという小さな人材派遣会社の株を一株だけ、61万円で売ろうとしたところ、間違って1円で 61万株を売ってしまったのだ。発行済みの株式の 42倍もの株式数だ。CISは、これは何かの誤発注に違いないとみてすばやく飛びついた少数のデイトレーダーや機関投資家の一人だった。CIS は、実際の発行済み株式総数の4分の1にもあたる3300株を、制限値幅の下限で買ったという。
事態が収束したころには、みずほ証券の四半期利益は吹き飛んでいて、CIS は、彼の言うところによると、資産を6億円増やしていた。(当時のブルームバーグ・リポートによると、彼とは別のデイトレーダーである通称 BNF ことコテガワ・タカシは、20億円以上を得たという。コテガワと連絡を取ろうとしたがうまくいかなかった。彼が今もトレードをしているかさえ不明である。)
《10分間 Ten Munites 》
今でも、ジェイコム株の取引は、CIS のプロフェッショナルとしての経歴のなかで、ベスト10に入っている。しかし彼は祝杯をあげなかった。立ち止まりさえしなかった。すぐにその利益を任天堂株に換えたのだ。その朝に起きたことが一体何だったのかはわからなかったが、訴訟を起こされるのは不可避だろう、そして、現金ではない形にしておけば、彼の利益を奪うことは難しくなるだろう――そう推理したのだ。さらにCISは、いくつかの証券会社を空売りした。誰かがヘマをやらかしたのだから、金融株のどれかは下落するはずだ。ジェイコム株の取引のあと、CISについてのファン・ブログがいくつか生まれた。その一つが「CISマニア」だ。このサイトは今はもうないけれども、Wikipedia の CIS についての項を書いた人がいる。そこには棒グラフで、CISの資産が、2000年の100万円(約1万ドル)から、いかにして雪ダルマ式に成長したかが示されている。「その数字はちょっと違ってるけどね」とCISは言う。「でも基本的なところは合ってるよ」。
《安物ワイン Cheap Wine 》
彼はその経歴の初期においては、2ちゃんねるでの駄弁り trash talking で名を上げた。2ちゃんねるというのは、日本でいちばん利用されているオンライン掲示板だ。「ゴールドマンサックスがトレードで俺に勝てるわけねーよ 売買に関しては格が違い過ぎる 外資はただの俺のサイフに過ぎない」とか、「ちょっと飲み残したワイン便所に流してくるわ 80万しかしなかった安物だし」といったセリフで悪名を高めた。2011年にCIS は、一回だけ、最初で最後となったテレビ出演をした。「ワラッテイイトモ」という、人気のバラエティ番組だ(この番組は32年間も続いたが最近終了した)。CIS は、半透明の箱を頭にかぶって撮影セットのなかへ登場し、匿名性を守るために音声変換機を通して喋った。
「あなたは誰ですか?」と司会が訊ねると、「私はデイトレードで100億円を稼いだ男です」とCIS は答え、その場は騒然となった(当時、彼の資産は 90億円ちょっとだったのだけれども、端数を切り上げるようプロデューサーたちに言われたのだ、とCIS は言う)。その言葉を裏付けるために、プロデューサーたちは、CIS の持ついくつかの銀行口座の一つから、残高記録の拡大コピーを掲げ、12億6922万3316円という数字を見せた。
《親密な仲間たち Tight Crew 》
平均的な金融関係者たちが、この番組を見ていたとしても、初めて目にする見知らぬ男でしかなかっただろう。でも、デイトレーダーたちにはすぐにCIS だとわかった。「CIS はスターですからね」と、ムラカミ・ナオキは言う。「むらやん」という名前でブログを書いているトレーダーだ。「みんな、彼の2ちゃんの書き込みを読んでましたよ。彼の書き込みを好きになれない人もいただろうけど、ほとんどの人は冗談だとわかってた」ムラカミは、几帳面に自分のトレードを記録し、堂々とその結果を公開している。それでとちょっとした有名人になったし、松井証券その他の証券会社からの依頼で、投資家の集いで話をして講演料も得たこともある。
ムラカミとCIS には、共通のチャットルーム仲間がいる。日本のデイトレーダーの世界で、よくある形のつながりだ。チャットルームの区分によって程度に差はあるものの、誰もが互いを知っている(休暇をともに過ごす人たちさえいる。一年前にムラカミは、3人のトレーダーと一緒にカナダへオーロラを見に行った。その前の春はバリへ行った)。
生身のCIS を、ネット上で威張りちらす彼の書き込みと(あるいは彼の財産と)重ね合わせるのは容易ではない。PC モニターを見つめる毎日のせいで青白い顔。まるでテレビゲーム中毒者のように見える――実際にかつてそうだったのだけれども。ストレスのせいで慢性の胃痛があり、こめかみのあたりには白髪がチラホラ覗いている。
《見せびらかしは無用 No Bling 》
CIS の友人は、基本的にはトレーダーたちだ。たとえばウエムラ・ケンジ。元ソニー技術者で、彼の書いたトレードのハウツー本は、もう5刷になっている。39歳、エルヴィス・スタイルの髪とモミアゲ。ウエムラは、10年間のトレーディングで3億円を作ったという。彼もまた、CIS と同様、派手な浪費や見せびらかしをしようとはしない。「そういう無駄遣いをする人間だったら、ここまでこれなかったと思います」とウエムラ――「けむ。」という名でトレーダーたちには知られている――は言う。「自己抑制がとても大事です。資産を温存しなくてはいけない。そうすれば、調子の悪いときの防御壁となり、お金を作るための弾薬となるのです。」
CIS は、高校の授業をサボってパチンコ――スロットとピンボールのハイブリッドだ――通いをして、ゲームに勝つ才能が自分にあることを発見した。15歳のとき、月に40万円をギャンブルで稼ぐことができた、とCIS は言う。秘訣の一つは、払い戻し率の高いマシンを見つけ出すことだった。もう一つの秘訣は、煙草の煙と、鼓膜を痛めそうな喧騒で満たされたパチンコ屋で13時間ぶっ通しでがんばる持久力だった。オッズ〔期待値〕を有利に活用するためには、何千回も中断なしでゲームをしなければならなかったのだ。
《蓄積 Stockpiles 》
大学時代の大半は『ウルティマ・オンライン』というファンタジー・ロールプレイング・ゲームに没頭して過ごして、かろうじて機械工学科を卒業した、とCIS は言う。寝室に閉じこもって何日もぶっ続けで、武器や宝物、食物を蓄積しながらゲームの仮想宇宙を歩き回った。資産を築きそして守ることの入門的な稽古になった、と彼は言う。めちゃくちゃ複雑なキーボード操作が必須だった。CIS は、100種類以上のショートカットキーを暗記した。ctrl+Aは回復薬を飲む、shift+Sは剣を抜く、などなど。そして、スクリーンから眼を離さないまま、踊るようにそれらの操作を繰り出すことができた。「できる人はできるし、できない人はどうやってもできない」と肩をすくめる。だが、ゲームはもっと大事なことを教えてくれた。ときにはただちに逃げるべし。
「プレイヤーとして腕に自信はあったけど、現実世界と同じように、敵が多ければ多いほど勝つ見込みは小さくなる」とCIS は言う。「逃げたって何も失わないからね」。
株式市場でも、彼は同じようにプレイする。10回に4回は間違った方に賭けてしまう、とCIS は言う。コツは、負けを素早く処分し、勝ちを伸ばすことだ。彼にとっては、ストップロス〔損切り〕を上手にプレイすることは、この世でもっとも見事なトレード the most beautiful trade ということと、ほぼ同じなのだ。
《美しきもの Thing of Beauty》
これこそ、CIS が、2月のソフトバンク株の取引が、〔ジェイコム株の取引よりも〕派手さに欠けるにもかかわらず、2014年の彼の最高の一手になるかもしれないと話すことの理由だ。今年の大発会〔年明けの最初の取引日。2014年は1月6日〕で、CIS は、45億円分のソフトバンク株を売り払った。彼はその日2.5%の損失を被ったものの、そのポジションそのものは、昨年10月から築いてきたもので、6億5千万円の利益を彼にもたらした。彼が売った後、その月のうちにソフトバンク株は18%も急落し、その翌週、ある大量報告書がその理由を明らかにした。キャピタルグループ――アメリカの巨大なファンドマネジャー――が、この株を処分していたのだ。CIS の人生の中に株というものが登場したのは、二十代のはじめ、小さな製造企業で、工学的な衝撃吸収機構の設計者として働いていた頃だ。彼はまず、過小評価されていると思った会社を買ってみた。そしてお金を失った。
ある友人からのアドバイス――「ファンダメンタルは忘れろ」――を得て、彼は開眼した。CIS は日経新聞どころか、一切の新聞を購読していない。決算報告書を精読したりはしないし、中央銀行の声明を文法解析したりもしない。テクニカルトレーディングにつきものとされる、移動平均線やその他の株価チャートパターンを見るのにもあまり時間をかけない。
《一つのルール One Rule 》
その代わりに、彼はチャットルームの会話に耳を澄まし、売り板と買い板 bid-ask screens に視線を釘付けにする。もっとも活発に取引されている300種類の銘柄に、市場がどれだけ買い意欲を持っているかを監視しているのだ。もし一つだけ基本原理があるとすれば――と、子供に噛んで含めるかのように、彼はゆっくりと繰り返し言う――「買われている株を買い、売られている株を売ることだ」。当たり前にも聞こえるが、深遠だ――と、ハーシュ・シェフリン教授は言う。カリフォルニア州サンタクララ大学の行動ファイナンス学の教授で、投資の心理学について2007年に出版された『行動ファイナンスと投資の心理学 ケースで考える欲望と恐怖の市場行動への影響』の著者だ。人間の心は、逆張りをするように生まれついているのだ、とシェフリン教授は言う。
この現象は「ギャンブラーの誤謬」と名付けられている。例えば、クラップのテーブルで、参加者たちは、まだ出ていない数字に賭ける傾向がある。サイコロを振るたびに、どの数字も出る確率は同じであるにもかかわらずだ。同様にして、最も知識豊富な投資家でさえ、生来的なバイアスのせいで、株価が下がったときに買い、株価が上がったときに売るということをしがちだ。
《勢いに乗る Momentum 》
「もし、この心理的傾向 mindset から抜け出して、本能に操られた行動をする群衆とは逆に賭けることができたなら、お金を稼ぐ好機をものにしていると言えます」と、シェフリン教授は言う。動く方への順張り follow the momentum を学んだ2年後には、職場でこっそりとデイトレーディングを続けて8000万円を作った、とCIS は言う。2003年の終わり頃には、フルタイムで市場に取り組むため、「さらりーまん salaryman 」としての生活をやめた。
それ以来、100万回以上のトレードをしてきたはずだ、とCIS は言う。はじめのころは、ほとんどの場合、数秒しかポジションを持たず、毎日何百回も取引をした。いまはもっとお金を持っているから、もっと長くポジションを持つことを余儀なくされている。大きな額を相場に入れたり出したりしたら、価格に影響してしまうからだ。
六月はじめ、相場があまり動かなかったある日の終わりごろ、CISが一通のEメールをくれた。彼のSBI 証券の取引口座のスクリーンショットだ。ことし彼と実際に会ったときに見せてもらったのと、だいたい似たような画像だ。その日の含み益が赤色の数字で表示されていた。2億円。
《麻雀 Mah-Jongg 》
そこに記されていた株は、トヨタ自動車25万4000株。野村HD420万株。そして三菱UFJ600万株、その他1ダースほどのポジションだ。現金44億円を使った132億円分のポートフォリオであり、たぶん数日中に全て売り払うのであろう。CIS が決して売り払おうとしないのは、たった100株の吉野家グループの株だ。ファーストフードを提供する会社であり、金欠でピーピー言ってる大学生たちに愛されている。「ちょっとした記念だよ」。六本木の夜遊び街の雀荘へと早足で向いながら、CIS はそう説明した。いつも午後三時にトレード仲間と打っている場所だ。
CIS は、株で賭けをしていないときは、どこか別のところで勝負をしている。場が引けたあとの午後、ほとんどの日は、低いレートで麻雀を打っている。彼は「テンホー」というサイトにCISCISという名前で登録していて、300万人のプレイヤーのうち、上位99.94パーセンタイルにランキングされている。
《カードカウンター Card Counter 》
麻雀をしていないときは、オンラインの(ときにはリアルの)ポーカーかブラックジャックだ。韓国のウォーカー・ヒルズ・カジノでは、2011年に、カードカウンティングをして出禁をくらってしまった、とCIS は言う(ウォーカーヒルズに確かめてみたが、個々の顧客についてコメントはしないと断られた)。CISの資産のほとんどは、株と現金だ。「社債とゴールドも持っているし、3つの小さなビジネスに出資 has stakes もしているよ」とCIS は言う。納税記録によると、彼は、二棟のマンションを所有している。大きな方の一棟は、都心にあるモダンな直方体の建物で、一階にはフレンチ・バーがある。7億円で買ったとCIS は言っている。東京の不動産コンサルタント、マウント・J・パートナーズによると、「それだけの価値は十分にあるだろう」とのことだ。
CIS のサークルのデイトレーダーたちの多くは、金持ちだと考えてよいだろう。とりわけ、2013年の上昇相場のあとでは。それにしても CIS は別格だ。どうやってこれほど大きな資産を築くことができたのか、ということは、投資仲間のあいだでもさまざまな憶測の的となっている。
《マシーン A Machine 》
「大銀行が使う取引アルゴリズムの弱点を見つける能力があるのかも」とムラカミは言う。「でなければ、たぶん、CIS は絶対に狼狽しないという、単純な事実のせいかも」とカワタ・マサヒロ――CIS と麻雀仲間のトレーダーだ――は言う。カワタは、日本のプロ級デイトレーダーたちが一秒でも素早く注文を出せるようにするための取引ツールの開発者でもある。そのソフトは「T++高速株発注取引ツール」と名付けられている。カワタはCIS のことを、「マシーンみたいに思考することができる」と言う。そしてCIS には、ひたむきさ single-mindedness がある。トレードすることも、お金を増やすことも、なにかのための手段としてやっているのではない。トレーディングそれ自体が目的であり、勝つことそれ自体が目的なのだ。
安倍の経済政策による多幸症的興奮 euphoria が冷めてきて、日本市場が元に戻りつつある今――2014年の最初の8ヶ月で日経指数は5%下落した――、去年思いがけない大儲けをした多くのデイトレーダーたちは、市場から去り始めている。毎日毎日PCモニターを睨み続ける必要がないなら、誰がわざわざそれを続けたいだろうか?
ところがCIS は、そういう感情を持ち合わせてはいない。夏の終わりの時点で、2014年の彼の損益は横ばいのままである。にもかかわらず、60歳になるころには1000億円を達成できているはずだ、とCIS は考えている。
「複利で考えたら簡単なことのはず」とCIS は言う。「まあ、わからないけどね。胃潰瘍にでもなったらやめるしかないし、別のもっと楽しいことをみつけるかもしれない」。
〔おわり〕
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