コロナ禍で広がる新たな性的搾取「ひととき融資」にすがる女性たち
コロナ不況のなかで、女性たちが金を借りるために苦悩の選択を強いられている。経済的弱者を食い物にする男たちの手口を、ジャーナリストの河合桃子氏がレポートする。
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明日までに15万円
「消費者金融3社の審査が通らず、なんとしてもお金が必要だった。他に方法がなかったんです」
そう言ってうなだれるのは、3人の子供を抱えるシングルマザー・智子さん(41歳仮名)だ。
秋田県在住の智子さんはコロナ禍でスーパーのレジ打ちのパート収入が減ったことに加え、3人の子供が夏休みに入って食費がかさみ、それまで月収13万円でギリギリだった生活が破綻し始めた。
親族から借りるあてもなく、最終的にネットで出会った男性と「性的関係」を見返りに現金を借りたという。
このように金に困った女性に対し、セックスを条件に金を貸す「ひととき融資」がコロナ禍で流行している。ネットトラブルや女性の貧困問題に詳しいグラディアトル法律事務所の若林翔弁護士が解説する。
「ひととき融資という言葉は、3~4年前からSNSや個人融資の専門掲示板サイトで発生した、いわゆる“隠語”です。“ひととき”の時間を一緒に過ごしてくれたらお金を貸しますよ、という意味です。お金に困った女性が〈10万円の融資希望〉などと書き込み、メールアドレスも記載する。
そこに融資できる男性が連絡をする流れですが、融資の条件に肉体関係を持ち出すんです。女性は消費者金融ですら借りられない低所得者など様々な事情を持つ人が多く、悩みながらも応じてしまう」
金銭の貸付を行なうには貸金業法が定める登録を受けなければならないが、「ひととき融資を迫る男性の多くはヤミ金と同様にこの登録をしておらず、法定金利を超える貸し付けをするなど、貸金業法や出資法に違反しているケースばかり」(若林弁護士)だという。
今年6月には千葉県の50代男性が、ひととき融資で法定金利を超える利子で現金を貸し付けたとして、出資法違反の疑いで逮捕された。冒頭の智子さんが語る。
「2年前に離婚してからは養育費をもらうことなく、パートで手取り13万円、家賃3万円、食費2万円、学生時代の奨学金と親の肩代わりとなった借金も合わせて7万円を返済しながら生活していました。
でも2か月前に元夫が支払い遅延していたスマホが私名義だったことが判明し、総額10万円の出費が発生して限界に。消費者金融3社のネット審査を受けましたが通らず、途方に暮れてネットで『今すぐお金を借りる方法』と検索するうちに個人融資専用の掲示板を見つけたんです」
藁をもすがる思いで〈明日までに15万円お貸しいただけませんか〉と書き込んだ智子さんに応じたのが、自称士業の50代男性だった。男性は「“無利子でひとときあり”なら融資可能」と持ちかけてきたという。
翌日、男性に指定された運転免許証、健康保険証、住民票、公共料金の領収書のコピーを持参し秋田駅ビルで待ち合わせると、駅近くのラブホテルに連れて行かれた。
「その方は15万円を無利子で貸す代わりに5回分割返済は手渡しで、その都度“ひととき”を受け入れることを条件にしてきました」(智子さん)
男性の要求はそれだけではなかった。
「私との行為の一部始終をビデオに収めることを求めてきたんです。断わったら金は貸さない、と。ここまできて拒否することもできず、借用書にサインするしかなかった。
無理矢理いろいろさせられて、私が上になった時は下から舐めるようにカメラを向けてニヤニヤしながら結合部を接写していました」(同前)
避妊具はつけておらず、智子さんが何度も懇願して、ようやく外で射精してもらったという。
「ホテルを出ると、男は私の車に乗り込みノートパソコンから銀行口座への入金手続きをしてくれました。彼と別れてすぐ、コンビニのATMで着金を確認できた時は、ほっと胸を撫で下ろしました」
そう話す智子さんは、一方でこんなふうに考えることがあるという。
「たしかに嫌なことをさせられましたが、彼だけがお金を貸してくれたという点では、恩を感じてしまう自分がいるんです。バカじゃないか、と言われるかもしれませんが、“じゃあどうすれば良かったの?”と叫びたい気持ちになります」
路駐した車の中で
ひととき融資に頼る女性の事情はさまざまだ。埼玉県在住のホテル勤務・ゆかさん(28歳仮名)が語る。
「今年1月、彼氏がコロナで仕事にあぶれて、20万円貸してくれって。身を切る思いで貸したらそのままドロンされた。私もコロナでホテルは休業していたし、仕事もなし。貯金は残り30万を切り、数か月以内に家賃も水道代も払えなくなる。消費者金融にも行きましたが、審査が通らず。私は容姿に自信がなく、パパ活は無理だと思った。途方に暮れるなか、掲示板サイトを通じて融資が受けられると知ったんです」
ひととき融資で40代男性から15万円を借り、なんとかその月を凌いだゆかさんだったが、苦境は翌月以降も続いた。
「別の男性と“ひとときあり”で20万円借りる約束で、大宮駅前で待ち合わせました。現われたのは薄汚い格好の50代の男で、本当にお金を持っているのか疑問でした。でも車に乗り込むとダッシュボードの上に分厚い財布をドンと置いたので、安心してしまった」
当初、ラブホに行く予定だったが、男性が「車でしたい」と言い出した。
「人気のない所に路駐して、後部座席に移動するといきなり指を乱暴に入れられました。痛くて仕方なかった。濡れてもいないのに生で挿入されて。なぜか男は自分の手の中に射精して、ウェットティッシュで拭いてるんです。それで『ゴミ捨ててくる』とドアを開けた瞬間、走り去った。ダッシュボードの財布はそのままで、中身を見ると段ボールが詰まっただけの空っぽ。最初からヤリ逃げ目的だったのです」
そんな目に遭いながらも、ゆかさんは以降も同じ掲示板サイトでひととき融資を受けている。
「女性って、思った以上にお金を借りる手段が限られている。男性に比べて所得が低いし、信用もない。生きるためには仕方ない。そう自分を納得させるしかないんです」
口座に着金しない
風俗業界でも、ひととき融資に頼る女性が絶えない。栃木県在住のソープ嬢・あゆみさん(27歳仮名)の話。
「この業界は“濃厚接触”の極みですからね。ここ一年以上はお茶引き(客がつかない)状態が続いて、月収15万円以下なんて月もザラ。自分の生活費と妹の学費の捻出に苦労していました。誤解されることも多いですが、私たちは仕事以外で見ず知らずの人と寝たりはしない。それでも、この職業じゃひととき融資の他にお金を借りる手段はないんです」
昨年12月、あゆみさんは、ひととき融資で15万円を借りる約束を交わした。相手の男性に指定されたのは、宇都宮市内のファミレス。
「待ち合わせ場所には30代くらいでスーツ姿の男がいた。『15万円は貸せない。ひとときありで7万円なら』と約束を翻してきて。一刻も早くお金を借りて帰りたかったので、手で勃たせて、ゴムをつけて騎乗位でサクッと終わらせました。返済は翌月に3万円、翌々月に利子つきで4万4000円を返済しました。
これでも借りられただけマシで、騙されたこともあります。相手は40代くらいの男で、ひととき前にネットバンキングから振り込み手続きをしてくれた。10万円の入金画面を見せてくれたので、それを信じてホテルでセックスしたのですが、後で口座を確認すると着金していない。男が見せたのは振り込み確認ボタンを押す直前の画面だった」
前出の若林弁護士の話。
「コロナ禍で女性の貧困問題は深刻化し、ひととき融資に頼るケースは今後も増えていくものと思われます。とくにシングルマザーや風俗嬢は国の緊急小口資金や総合支援などの審査が通りにくかったり、借りるまでの時間が待てなかったりで個人融資しか選択肢がない女性は多い。
“ひととき”などと軽い呼び方ですが、実際は極めて悪質な性的搾取です。個人間のやりとりの上、女性側も借用書にサインしているという弱みがあり、表沙汰になりにくい点も問題です。融資を受ける女性もまた、コロナの被害者だと言えます」
こうしている今も、ネット上の個人融資専用掲示板では、「ひととき」ありの融資契約が次々に成立している。
取材・文/河合桃子(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2021年10月8日号