2020年の東京五輪・パラリンピック後の「post 2020」はどんな時代になるのか。今年は国や民族を超える統合の象徴であるスポーツの祭典が開催される一方、英国が欧州連合(EU)離脱を決めるなど人種や経済格差による問題も浮かび上がってきた。厳しい現実を受け止めながら力強く生き抜く姿勢が日本人にも求められる。米国シリコンバレーで活躍するビジネス弁護士のナンシー・ヤマグチさんは、まさにそんな女性だ。1970年代に日本から渡米。米国で人種差別に遭ったことをバネに今の地位を築いた。ヤマグチさんは「今、日本人は海外で影が薄い」と指摘し、「一人一人の日本人がグローバルにネットワークを築き、日本の誇りを世界に発信してほしい」と呼びかけている。(聞き手は編集委員 渋谷高弘)
――まず現在のお仕事について教えて下さい。
「米国サンフランシスコおよびシリコンバレーを拠点として活動しているビジネス弁護士です。所属している法律事務所では、経営責任を負うパートナーの立場にあります。専門は企業のM&A(合併・買収)、ベンチャーキャピタルによる資金調達、ジョイントベンチャーなどに関する技術系企業への法的なアドバイスです。特に米国と日本の技術系企業への支援に力を入れています」
――国際的に活躍するビジネス弁護士として、日本人はどんな意識をもつべきだと思いますか。
「東京大会をきっかけに、日本を世界にアピールできることは素晴らしいと思います。でも日本の方々に知ってもらいたいことは、シリコンバレーをはじめとして、海外では日本や日本人の存在感がとても小さくなってしまっているという現実です」
「かつて1970~80年代の米国では日本は高品質のテレビや自動車で大きな存在感を示していました。でも今では米国で売っている製品のほとんどは中国製です。シリコンバレーをはじめとするカリフォルニア州にはアジア系の人々が多いですが、目立つのは中国、韓国、インド出身者であり、日本人は存在感が薄い」
――どうして日本人の影が薄くなってしまったのでしょうか。
「もちろん日本の高度経済成長が90年代に終わってしまったことも大きいと思います。しかし、私の個人的な意見では、日本人自身の意識や行動にも問題があると思います。日本人は海外で現地のネットワークにあまり入ろうとしません。シリコンバレーやサンフランシスコでも、日本人は米国人主催のイベントにはあまり参加しません」
「中国、韓国、インドなどから来た人たちは積極的に現地のネットワークや文化に溶け込みます。その上で、国を代表して米国で活躍していることを誇示します。それに比べて日本人は、海外で『日本人の誇り』を強調しません。これは特有の『奥ゆかしさ』であると私は理解していますが、残念ながらほとんどの外国人は『日本人は自信がなく、誇るべきものがない』と思うだけです」
――日本人は、どう振る舞えばいいのでしょうか。
「日本人同士で固まるのではなく、もっと現地のネットワークに参加し、もっと日本のことを宣伝し、特に日本や日本製品の技術力を誇るべきです。英語が上手でなくてもいいのです。中国人やインド人などは必ずしも上手に英語を話せるわけではないですが、大胆、もっといえば、ずうずうしいくらいに自国や自分たちを宣伝しています」
「それに逆説的ですが、海外ではもっと『日本人同士が助け合う』べきです。例えば日本の大企業が米国で弁護士を雇う場合、日本人や日系人弁護士を選ぶことはほとんどありません。日本企業は現地法人の白人の経営者を立てたり、雇った白人の弁護士に訴訟戦略を任せてしまったりして、彼らの好きにやらせる傾向が強いと感じます」
「一方、サムスン電子やLG電子をはじめとする韓国企業は、米国で経営や法務を韓国系の人材に託すことが多い。中国企業も同様です。米国には多くの優秀な中国系、韓国系の経営者や弁護士がいるからです。需要があるから、供給もある」
「米国には多様な民族がいますが、実際には民族単位で助け合っています。例えばイスラエル人、アイルランド人、イタリア人などが顕著です。彼らは米国の社会・文化に溶け込みつつも、同胞として強固なネットワークをもっています。アイルランド系の企業の経営者はほとんどアイリッシュ系の人ですし、同胞で助け合って米国での存在感を高めているのです」
――英国のEU離脱決定や、米国の大統領選挙で移民制限を主張するトランプ候補に注目が集まるなど、ナショナリズムが強まる傾向も出ています。post2020は、どんな世界になりそうでしょう。
「各地で人種や経済格差による対立は深まるでしょうが、だからこそ人々がグローバルに動き、活躍することがより求められる時代になります。気になるのは、こうした課題を突きつけられたとき、日本人は政府や他者に『なんとかして欲しい』と願う傾向が強いことです。そうではなく、大切なのは個人個人がどう考え、行動するかだと思います」
「例えば東京五輪・パラリンピックについても、『国や大企業が日本を宣伝すればよい』と期待するのではなく、個々の日本人がまたとないその機会に、どのように日本に貢献するのかを考えなければいけません。一人一人が外国人と積極的にネットワークして対話し、自分や日本のことを宣伝するのです」
「顧客のドイツ企業と接していて思うことは、ドイツ人は自国の技術に対して正当に、並外れた誇りをもっています。日本人も、日本の技術や技能に高い誇りをもつべきです。日本の技術は世界でもトップであり、高い評価を受けています。そのことを日本人はもう一度自覚し、日本人としてのプライドを持ち、自ら世界に向けて主張して下さい」
※今回のシリーズから「post 2020」はオリパラチャンネルで連載します。