───先生が注目しているオキシトシンとは、どんなホルモンですか。
オキシトシンは、視床下部後葉から下垂体に直接軸索をのばして投射するホルモンです。視床下部で合成され下垂体後葉に運ばれて出てきます。従って、この血中レベルを測定することで視床下部の活動の指標となります。
最近になって、オキシトシンは下垂体後葉だけでなく脳の中でも分泌されることが分かってきました。分泌されたオキシトシンは扁桃体や大脳皮質など、脳の中において作用しているのではないかと考えられるようになりました。
オキシトシンの主な作用としては、抗ストレス作用、摂食抑制作用が挙げられます。
抗ストレス作用については、例えば、抑制系のニューロンで知られるGABAニューロンを活性化するなどして、恐怖刺激に対するすくみ行動を抑制することが、動物実験を通じて明らかにされています。
また、さきほどPrRPが異常なマウスが肥満になることを紹介しましたが、オキシントン受容体欠損マウスも、同じく肥満状態になります。私たちはPrRP-オキシトシン系がストレスとエネルギー代謝を調節する系として働いているのではないかという仮説を立てて研究を進めています。
このほか、オキシトシンは、母と子の愛情や、学校や会社など、集団生活の中で人間関係を築いていく社会的行動にも関与しているということで注目されています。
───オキシトシンが母と子の愛情に関係しているというのは、どういうわけですか。
オキシトシンは進化的に見ると非常に古いペプチドホルモンで、その祖先系のペプチドは哺乳動物だけでなく、線虫やアリなどにも存在しています。線虫からオキシトシンを欠損させると、オスとメスが接合して卵を産むことができなくなるので、生殖行動に関係する重要なペプチドだと考えることができます。
本編でも紹介したように、オキシトシンは、哺乳動物では子どもを産み、育てるうえで非常に重要なホルモンです。
お母さんが子どもを産むときには、視床下部にあるオキシトシン産生ニューロンが興奮し、パルス状にオキシトシンを放出します。すると、お母さんの子宮を収縮させて分娩を進行させるのです。また、赤ちゃんがお母さんの乳首を吸うと、これが刺激になって視床下部のオキシトシン産生ニューロンが興奮し、オキシトシンを分泌します。この働きによって母乳が出てくるのです。
───妊娠、出産、授乳に関連しているから、「愛情ホルモン」と呼ばれるのですか。
妊娠、出産、授乳だけではなく、母性行動の形成にも重要な役割を果たしています。実際、マウスを使った実験では、オキシトシンとオキシトシン受容体を働かなくしておくと、母乳が出なくなるほか、母性行動が少なくなるというデータがあります。
母親だけでなく、子にもオキシトシン系が働きます。例えば、親から離された仔マウスは特殊な超音波コールを出して母親を呼びますが、オキシトシンあるいはオキシトシン受容体を欠損させた仔マウスでは、この超音波コールが少ないのです。
このほか、社会行動でも重要な働きをすると考えられています。
───オキシトシンが社会行動に関係するというのは・・?
オキシトシンは、精神的な安らぎを与えるといわれる神経伝達物質のセロトニン作動性ニューロンの働きを促進することでストレス反応を抑え、人と交わったりする社会的行動への不安を減少させると考えられます。
これまでの研究でも、オキシトシンを人に投与すると、他人に対する信頼感を増加させるという報告がありますし、社会行動に障害がある自閉症スペクトラムの患者さんにオキシトシンを投与したところ、前頭前野の活動が増加して症状の改善が見られたという報告も話題を呼びました。
さらに、オキシトシンは、前頭前野、海馬、扁桃体などに働きかけるホルモンとして、例えば、うつ病に関わりの深い海馬の神経細胞の新生を促進させることによって、うつ病を改善する可能性があることも明らかになりつつあります。