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【日没旗🇯🇵】日本国民がコミュニケーションできないワケと黄昏後

 

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日出ずる処の天子(嘘)
 
 コミュニティやコミュニケーションの必須条件は「対等(イコール)」。世界に国と民で差別する「国民」の語彙はない。国民でないガイジンに人権や平等がないという異常憲法は日本だけ。国民>大臣>天皇の異常な上下関係は日本だけ。令和や平成や昭和という異常な時を使うのも日本だけ。海外に教皇や大統領や大臣や国民がいるという異常な虚言。帝臣民の和の精神は犯罪で、対等を前提としたコミュニケーションがない。日出ずる王国と隋帝国は「朝貢」の上下関係であり、その男王は自ら「大隋は礼儀の国で、我は礼儀を知らない海の隅に在る僻地の夷人(野蛮人)」とへりくだっていた。新興国の日本国は、日本は日出ずる国と偽り、男王を女帝にすり替え、「礼儀を知らない夷人」を隠し、遣隋使や遣唐使は対等な外交を目指したと嘘をついている。その嘘の発信源が文科省山川出版社という悲劇。しかし日の丸🇯🇵は夕日でないのに日没色。  

 

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終戦の日」と偽る天皇皇后
 
 日本は1945年9月2日に「敗戦日」を迎え、二度と日は昇らない。その証拠に、2021年も天皇と政府とメディアが癒着して、8月15日が「終戦の日」と虚言を吐いた。日本建国や天皇創設は689年だが、それは小・中・高学校の歴史教科書から削除されている。憲法十七条とその和の精神が604年なので、日本は虚言のために史実をねじ曲げ、すべての子どもたちを洗脳する。日没国の日本🇯🇵である限り、真実の日は昇らないし、日没色の🎌旗も昼色にならない。
 

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2021年も虚言
 
 また聖徳太子が書いたとされる『三経義疏』は三つともほぼ丸コピペと学術的に証明済み。聖徳太子ゆかりとされた法隆寺薬師如来は、推古朝でなく天武朝以後の偽作と証明済み。題名から中身までの盗作、偽の寺と如来、あまりな大恥に教科書から抹消された。十七条憲法も第二条の「篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり」を天皇家伊勢神宮が全否定しており、存在が怪しい。
 

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人間性(ヒューマニティズ)
 
 日没国民は「意志」と「意識」のない奴隷。民は「目を突かれた奴隷」で、江戸時代まで民は人の形をした草だった。下々の《民》は奴隷で草だから、お上の《人》が支配していいモノだった。ヒューマンの必須条件は政治ポリティクス選挙イレクシャン宗教リリジャン法律ロー軍事ミリタリーに責任を持つこと。しかし、日没「国民」「庶民」はヒューマンを否定し、政治や選挙や法や米軍基地からの他国爆撃に無責任な奴隷でいたがる。それは人間として絶対に許されない。いまだ続く民奴隷解放のために、神の読みを「オニ」に変え、鬼の読みを「カミ」に変えなければならない。奴隷と主人は「自分の意志」「意識の高さ」を嫌う。19世紀まで日本は次の言葉を使っていなかった。
 
 意志 will
 意識 consciousness
 意味・意義 meaning
 意訳 free translation
 意匠 design
 

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ConsciousとConscience
 
 今の島々で「意識」「意識する」「意識的に」「意識が高い」を使うものの、あまり良い文脈ではない。と言うのも、「意識」は仏典の専門用語、悪い文脈の「分別」だったから。「意識」に、起きている、目覚めている、高次の文脈はなかった。今の意識「カンシャスネス(consciousness)」は共知事ともしれごと。コムとサイエンスの変化形だ。「カンシャンス(conscience)」は共知ともしり、良心と誤訳される。「サイエンス(science)」は「科学」と誤訳される。しかし、科学と良心と意識を「サイエンス」つながりと意識する日本人はまずいない。カンシャンスは、ライト(right)やラーング(wrong)を分別するセンス、インナーのモラルガイド。カンシャスは起きてるか起きてないか。サイエンスの原語、ラテン語「スキエンティア(scientia)」は聖書の“智識”であり、すごく良い文脈、すごく主に近い知(を持つ者)の文脈で使われる。これら初歩をすり合わせた日本の出版物や映像作品はまったくない。  
 

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社はソーシャルの逆

 

 ラテン語の伝統がない日没国民にとって、サイエンスは聖書を否定する専門的な学問で、カンシャンス(良心)やソーシャル(社会の)つながりから遠い。マッドサイエンティスト━━とまではいかなくても、科学者は聖書や社会性や良心の呵責なしに生きる職業。そんな印象。しかし、サイエンスの元は聖書の智識で、ナチュラルサイエンスやソーシャルサイエンスこそサイエンス。日本人の片思いする「科学」はド田舎者の勘違い。今の「自然」「社会」は英語訳で、「自然」に山川草木の意味はなかった。「社会」「会社」「社長」は造語で誤訳。日本人が「まあまあ、なあなあ」に語る「社会」「会社」「社長」はソーシャル・コミュニティやコミュニケーションの必須条件が欠落している。
 
 ソーシャル・コミュニティ。その必須条件。インディヴジュアラティは個や私でなく「内裂うちさき」、内容は「不裂さかれず」。もう裂きようがない最少単位としての人。内裂は、人を集団、不名誉(恥)、呪術、村から引き離す。集団の中の部品をやめさせ、シティの告解で罪を告白させ、「一人の自分」を共知事ともしれごとさせる。それが内裂うちさき内裂うちさきがソーシャル/ササイエティ、コミュニティ/コミュニケーションの必須条件。コミュニティは「みんなに合わさせない」「同調圧力をかけない」「空気を読ませない」「忖度させない」。一億の日没国民は、国でなく集団や恥や呪術のコロニー(植民地)で生きていて、内裂うちさきがなく、まったくコミュニケーションできない。日本民は、日本人を人間扱いしていない。と言うより、日本民はヒューマン、コミュニティ、コミュニケーションを理解する目と耳と心がない。

 

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盲目な民
 
かれ便すなは千人所引ちびき磐石いはて、其のさかふさひて、伊弉冉尊イザナミノミコトあひ向きて立ちて、つひ絶妻之誓ことどわたす。時に、伊弉冉尊のたまはく、「うるはしき夫君なせのみこし、如此かくのたまはば、われまさいまししら国民とくさひとひ千頭ちかうべくびころさむ」とのたまふ。伊弉諾尊イザナギノミコトすなはこたへてのたまはく、「うるはしきなにものみことし、如此かくのたまはば、われまさひとひ千五百頭ちかうべあまりいほこうべましめむ」とのたまふ。━━『日本書紀』巻第一 神代上 第五段
 
 ブラザーズとシスターズ。コミュニティの必須条件「イコール」。ブラザーは兄や弟の年齢上下がない。シスターは姉と妹の年齢上下がない。シブリングは兄弟姉妹の性差上下がない。姉、太陽のアマテラスが姉で天皇の祖先というフィクション。妹、島産みのイザナミが兄イザナギに「恥」をかかされ離婚されたから、妹は日本に毎日「国民ひとくさ」を千頭殺す呪いをかけた。恥は国民ひとくさ千頭殺す死のケガで、清らかな文化ではない。恥は死のケガれだから、仇討ちや切腹で「恥をすすぐ」。兄、島産みのイザナギは「愛」を捨て、女尊男卑で授かった「昼子」を「蛭児」に変えて捨て、男尊女卑で仕切り直し、息子の「火(正義)」を斬り殺し、妹に恥をかかせ離婚する外道。「昼子」を捨てたために、偽なる太陽🇯🇵は昼でも日没色。日没する国ジャパン。弟、海のスサノオはまだ日本でない豊葦原中国、その出雲国にいた八岐大蛇から、天皇即位に必要な草薙剣を強奪した。草薙剣壇ノ浦の戦いで紛失し、本物がまだあると偽書を作った。しかし天皇への不信は止まず、武家政権に移行した。神器の箱を開ければ幻滅。コミュニティとコミュニケーションは、イコールというノコギリで、恥>愛、男>女、兄>妹、姉>弟、天皇>国民、日没>昼、伊勢神宮という毒の森を伐採する。もちろん、先輩後輩や年上年下や目上目下という植林も伐採する。先生や教師や教員という誤訳の木も伐採する。毒の森林を全伐採し、日本猿山が丸裸になることはすべてよし。
 
 話し合わない日本。ソーシャルやナチュラルは、兄弟姉妹、天皇庶民、大臣国民、先生生徒、先輩後輩、上司部下などを伴わない。これらを使った家庭、学校、報道、出版、会社、公務はコミュニティではない。和の精神は「天皇>大臣>国民」「男尊女卑」「目上目下」の上下関係で、話し合いがない。日本人は感情表現や意見交換や会話がひどく苦手。それは率直な意見や感情表現を集団で嫌うから。さらに「感情」「表現/表情」「交換」「会話」すら英語誤訳。感情、表現、表情、交換、会話がなかった非人間の和は昔も今も狂っている。
 
 公と私。「存在」「個人」「人格」「人権」「性格」「公共」「公務」「公立」「公園」「共和制(リパブリック)」がなかった。公私混同ではなく、公私不明。現代の公がわからない奴隷、現代の私がわからない奴隷、それが日本国民だ。パブリックは公でなく、国と京と市町村すべてを《ヒロニワ》━━まつりごとや法や選挙を語る「人の場」「民なき人」にした言葉。すべての市町村がヒロニワになる、すべての民がヒロニワになる、それがパブリック。
 

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アフラ・マズダー
 
 日本すべてが混沌で害悪。日本の和は現代人や現代国の全否定で、コミュニティやコミュニケーションの全否定。すべてを壊さない限り、日も恥も旗も兄も妹も姉も弟も帝も臣も民も和も自も然も個も私も公も社も心も知も意も科も家も村も町も市も都も道も府も県も壊さない限り、日本の天皇や大臣や国民はヒューマンになれない。日本にコミュニティはない。日本国民はコミュニケーションができない奴隷。これらを直すには、オニを「オニ」に直し、カミを「カミ」に直すしかない。世界の流れは六道輪廻なしの世界観。世界は阿修羅=アスラが天使エンジェル、天部=デーヴァが悪魔デーモンの流れ。六道輪廻に属する寺を解体し、阿天エンジェル魔天デーモンとし、三界(無・色・欲)という巨人を解体し、その部品で太陽神なき世界観を組み立て直す。 
  

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ユグドラシルと九つの世界
  
天の南の端に、ギムレーという広間があって、これはどれよりも美しく、太陽よりも輝かしいものだ。天と地が滅びるときにも、ギムレーは滅びずに立っているだろう。ここには善良な正しい人々が永遠に住むだろう。━━『ギュルヴィたぶらかし』17
 
 オーディンが巨人ユミルを殺し、その頭蓋骨を天とし、東のアウストリ、西のヴェストリ、北のノルズリ、南のスズリの四ドワーフが支えた。巨人ユミルは三界さんがいであり、八百万の鬼達かみがみの総体たる巨人であり、中華の総体たる巨人である。日中釈の巨人ユミルはオーディンに殺される。四ドワーフムスペルヘイムの火から太陽、月、星を造り、配置して運行を決めた。人間の女性は「太陽(ソール)」を名乗り、神罰として太陽の御者をやらされている。ソールは常にフェンリルに追いかけられ、神々の黄昏ラグナロクには最強のフェンリル月の犬マーナガルムに食われる。しかし、太陽は食べられる前に一人の娘を産む。この娘が昼子。光エルフは太陽より美しい。天の南端にあるギムレーは太陽より輝かしい。日本・中華・釈迦の「天地」が滅びても、太陽より輝かしいギムレーは残る。世界樹ユグドラシルの世界観、巨人、ユミル、オーディンドワーフ、エルフ、フェンリルの物語は、日本・中華・釈迦に代わるもの。異世界への転生や転移は、個人でなく日中釈そのものが、北欧・ゾロアスター・聖書に移行する前触れ。
 

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葦杖持つキリスト

 

 「コミュニケーション」を物作りやスポーツや音楽や絵などの非言語に限るのはただの逃げ。「日本」「儒教」「仏教」「無宗教」「科学」では言語の異常を直せない。三百年前丶丶丶丶から神々の黄昏ラグナロクは始まっている。黒船が日本に来航した時、すでに手遅れだった。日本の神話や仏教や漢文は皆死ぬ定め。日没後、昼子が廻る新しい世界は天地人も、日月星も、水土火風も、山川草木も一新されている。すでに西洋は新世界に生き、日中韓はまだ洞窟の迷宮ラビリンスで夢を見ている。日没後、島々に残るのは葦だけだ。