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 この画像の質問から一連の話です。
 まず、当の騒動ですが、当然ながら真相が判然とはしません。ただこの騒動はいささか形状が特殊であり、この騒動の内容をそのまま一般化するのは今回の記事の議論を誤った方向へ進ませかねないので、まずは騒動について軽く説明をしつつ、どこが例外的なのかをはっきりとさせておきましょう。

 あの人が性犯罪者だった?
 元ヒステリック・ブルーの赤松直樹さん、出所後になんとフェミニスト&左翼活動家になっていた!-togetter
 騒動の発端は上にリンクしたまとめです。

 この騒動では、風清しゅうきと名乗るアカウントが、フェミニズムに親和的なある匿名アカウントが、かつて著名人だった性犯罪者と同一人物であるという主張をしています。しかしその主張には、大きく分けて2点、例外的な点があります。

 1つは、この主張がが被害者当人ではなく、風清しゅうきが被害者の依頼を受けたという「体」で行われているという点です。
 基本的に、性被害の訴えはまず寄り添う、積極的に疑うことはしないというのが定石です。
 しかしながら、風清しゅうきは元来より事実誤認やミソジニーに基づく発言を繰り返しており、フェミニズムに対しては敵対的でした。常日頃の発言も、上に示した通り、処女厨をこじらせたという表現がしっくりくる態度であり、とてもではありませんが突如として女性の権利擁護に目覚めるタイプではありません。アカウントが同一人物である根拠として示したのも「歯形がそれっぽい」程度のことで、かえって疑わしさを煽っています。

 繰り返しますが、性被害の訴えに対応するときの定石は、まず寄り添うことです。しかしながら、明らかに怪しい来歴のアカウントが、明らかに怪しい背景で、明らかに怪しい証拠をもって訴えているときにその主張を鵜呑みにすべきであることを、この原則は求めているわけではありません。

 もう1つの例外的な点は、これが現在の被害そのものではなく、過去に犯罪を行ったものと同一人物であるという主張である点です。
 仮にその主張が正しかったとしても、刑期を全うし出所したものがフェミニズムに目覚めてはいけないというルールはありません。むしろ女性の人権擁護を理解したという点では素晴らしいとすらいえるでしょう。もちろん、現在に変なことをしないかという批判は(別に出所者に限らず)あるでしょうけど、それは別として、過去の犯罪行為そのもので現在の行為がだめだということにはならないはずです。

 なので、この主張は、真偽がまず怪しいうえに、仮に真実だったとしてもだからどうなのだという話になってしまうのです。このような点が例外的であることをまずはおさえる必要があります。

 #metooってそもそもなんだっけ?
 では、なぜこのような、#metooを模したように見える、わけのわからない攻撃めいた事態に陥ってしまうのでしょうか。実際、まとめでの反応は「フェミは人を叩く癖に味方だと犯罪者でも擁護するぞ!」みたいな、ちょっとお話が通じない感じになってきています。

 そもそも#metooというのは、性暴力加害者を告発する運動……ではなく、metooという言葉の通り、自身もまた被害者であることを明かし、別の被害者と連帯する運動です。そのため、#metooというときには必ずしも加害者の告発を伴いません。
 まぁ、加害者を告発する#metooのほうが目立つというのは事実でしょうが。

 もう1つ、彼らが決定的に勘違いしているのは、#metooは必ず信じなければいけないということでしょう。実際にはそういうわけではありません。
 性被害はこれまで、常に疑いの目に晒されてきました。被害者は裁判官でもない人から「本当か?」「お前が悪いんじゃないのか?」などと批判されてきました。それゆえ、性暴力被害者への対応ではまず、被害者に寄り添うことが求められています。

 しかしこの被害者に寄り添うというのは、何も被害者の主張を鵜呑みにせよというわけではありません。より正確にいうなれば、必要もないのに疑うなというべきでしょうか。我々の大半は、被害者の訴えを疑っても意味がない立場にあります。

 裏を返せば、必要があるときに被害者の主張を疑うことまでも否定するわけではないということです。もちろん、そのような場面においても、被害者は理不尽な疑いと事実認定に苦しんできた過去があり、そのようなバイアスは排されなければなりません。しかしながら、その営みは決して「鵜呑み」というほど単純なものではありません。

 #metooにおいて、加害者の名前を出せば、それは本当か?と一定程度疑いの目で見られるのはやむを得ないことでしょう。大事なのは、その疑いの目が、せいぜいほかの疑惑と同程度であるべきだということで、性被害についてことさら厳しく理不尽に疑うのをやめるべきだということなのです。

 まとめにあるような反応は明らかに、そのような点を理解できていない人々による狂騒であるといえるでしょう。その点を理解できていないからこそ、明らかに怪しい主張でも「鵜呑みにしないならおかしい」と支離滅裂なことを大真面目に言ってしまうのです。