中国覇権主義と日本の事大主義
――生命線=台湾を忘れた日本の危機
台湾研究フォーラム会長 永山英樹
1、中華振興―アジア新秩序建設へと驀進する中国
①既存秩序を承認できない伝統的世界観
中国では現在「海に出なければ中国の未来はない」との掛け声の下、海洋進出のために海軍、空軍、戦略ミサイル部隊の近代化と増強を推し進めていることは、昨年末に発表された「国防白書」を見ても明らかだ。
このような動きを各国は「脅威」だと呼んでいるが、中国は「国防のためだ」と反論している。つまり「海洋は国防圏なのだ」と。だが一体どこの国が中国を攻撃しようとしているだろう。要するに中国はこれから外国から攻撃をされても仕方のないようなことをしようとしているのだ。それは何かと言えば、「中華振興」である。これは既存の国際秩序を改変しようと言う危険な動きである。
今日の世界秩序は国際法によって支えられ、主権国家の対等な共存を理念とするものだ。こうした秩序は西欧で生まれたもので、アジアでは日本なども19世紀の幕末期にこれに参入している。
では隣の中国はどうかと言うと、当時は中国は中国で、独自の国際秩序を主宰していた。それは中華と言う言葉が示すように、中国が天下の中心であり、周辺諸国はその影響下に置かれると言った建前を持つ秩序である。ところが19世紀以降の帝国主義の時代、アジアに進出した列強によって、中国は天下の中心の座から引き摺り下ろされたのだ、と中国人は主張している。そして中国は五千年にわたって天下の中心であり続けたが、このアヘン戦争以降の百数十年間は異例の時期であり、やがて再び天下の中心に返り咲くことは歴史の必然だと考えている。
そしてその百数十年間の屈辱をばねに、今ある秩序に挑戦しようとしているのだ。
②対等な共存を許容できない戦国覇権主義
実際にこの国は戦後、既存秩序に決して甘んじようとはしてこなかった。米ソ冷戦構造の中でも、両陣営にはそれぞれに擦り寄ったことはあっても、その一方で自らを第三世界のリーダーと位置づけて革命輸出に励むとともに、いずれは米ソと対決しようと核開発を進めてきたのだ。
そしてソ連が崩壊してアメリカの一極支配秩序が現出して今日に至っているが、中国は目下経済成長を基盤に軍備の近代化と拡張に狂奔し、それに挑戦しようとしているのである。日本は中国を国際社会の一員にするために、せっせと援助をしてきたが、そのような金は結局は国際秩序破壊のための資金となっているのだ。
中華振興とは単なる中華帝国の再建と言った富国強兵策ではない。それは中華世界秩序を復活させようとの動きであり、諸国を中国の影響会の置こうと言うものなのだ。それは主権国家の対等な共存と言う理念を否定するものだが、中国はそれでいいと考えている。中国は有史以来の戦乱国家であり、一人の覇者が天下を統一しなければ、争いは絶えることなく、平和は到来しないとの歴史経験を持っており、その経験を以って国際秩序を語ろうとしているのだ。
「一つの山に二匹の虎はいらない」と中国人はよく言うが、これは虎は一匹は必要だが、二匹以上いると喧嘩になる、戦争になると言うものだ。そしてその虎、つまり天下の中心として世界の統一と平和を達成できるのは中国以外にないと思っている。なぜなら中国が一番優秀な国だと言う信念があるからだ。これは嘘でも何でもない。事実、そのような信念こそが中華民族形成の核になっているのだ。
では中国は一体どこで覇権を打ちたてようとしているのかと言うと、すでに西へは膨脹できないので、やはり東の海である。
③すでに完了した南支那海と東支那海の支配
この国はすでにエネルギー資源が枯渇しており、需要に追いつかない。そこで海洋資源を獲得し、あるいは石油輸送ルートを確保したい。しかし東の海にはアメリカと言う虎がいる。そこで核ミサイルの開発を進め、それをちらつかせることで、せめてアメリカには東太平洋まで後退して欲しいと願っている。そしてアジアのもう一匹の虎が、それなりに影響力を持つ日本だ。日本はアメリカがアジアから出て行けばただの猫になる。だからその時には中国の勢力下に入ってもらいたいと。
アメリカ抜きの東アジア共同体構想などはまさにこうした戦略をストレートに反映させたものである。このようなものに賛意を示す日本の政治家はどうかしている。
勢力下に入れると言うことは、その国家主権を制限し、あるいは奪うことであって、決して許されることがないのだが、天下の中心としての中国にとっては、それは許されることとなる。そもそも中国は国家主権の及ぶ範囲を規定する国境と言う概念に興味がない。この国が伝統的に重視するのはボーダーラインではなく、辺疆と言うボーダーエリアなのだ。それは中国の勢力が及ぶ範囲の限界あたりを指す曖昧にして自己中心的な概念である。現在中国軍では盛んに戦略的辺疆と言うものが語られている。それは中国の軍事力が及ぶ範囲を示すもので、それを果
てなく続く海洋に広げようと言うものだ。太平洋だけでなく、シーレーンが通うインド洋にまで広げ、やがてはアメリカを凌駕する最大パワーとなって世界に君臨し、世界平和を実現しようと言うのが、この国の人々の夢なのである。
このように言うと日本人は大袈裟だとして信じないかもしれないが、少なくとも今の中国には、そのような目標を掲げて実行に移さない限り、国民が政権に付いてこないと言う危機的な状況があるのである。
実際中国はすでに海洋支配に乗り出している。92年に制定した領海法では南支那海、東支那海、そして尖閣周辺海域まで領海と規定し、そこを許可なく航行する外国船舶は捕えることができるとまでしている。そして南支那海ではスプラトリー諸島を占領して軍事施設を作り、実効支配を強化している。
東支那海では海底資源開発と言う形で支配を進めている。そこは日本のEEZが広がる海域でもあるが、日本は油田の試掘すらできない。なぜなら中国から物理的妨害を受ける恐れがあるからだ。日本が中国との一戦も辞さないとの覚悟を持たない限り、海洋権益だけでなく尖閣と言った領土すら守れなくなるだろう。
④台湾併呑は太平洋への難関攻略
そして次に進出を狙うのが太平洋だ。ただ太平洋進出には日本列島、沖縄、台湾、フィリピンと連なる列島線が天然の障害となって立ちはだかっている。この列島線はアメリカが守り、中国を封じ込めているラインでもある。そこでそれを突破するため、目下目指しているのが台湾の攻略である。
そこを取って基地にすれば太平洋への軍事進出は自由となり、太平洋でアメリカと対峙することができる。また南支那海、東支那海の支配もこれで完成できる。
そして日本のシーレーンを厄し、日本の生殺与奪の権を握ることができる。台湾から日本近海にSLBMを持って行くだけで、日本を属国にすることは可能である。
中国はこのようにして西太平洋、東アジア、東南アジアでの覇権は打ちたてることができると考えている。
だから中国の軍拡の現段階における目標は台湾攻略であり、この目標達成のためにこの国は総力を挙げているのだ。
先日、台湾のある外相経験者が、中国は台湾と言うリンゴを自ら破壊することはできないので、台湾への核攻撃はないとの見方を示したが、実際にはどうか。必要に迫られれば実行するのではないか。台湾の経済システムを破壊してでも、基地として奪取する方が優先ではないのか。実際に中国は「核の先制攻撃は行わないが、それは外国に対してだけだ。台湾は外国ではないから、攻撃はあり得る」と恫喝してきたのだ。
このように見ると、日本にとって台湾は、絶対に譲ることのできない生命線であることがわかってくる。
2、生命線の存在すら忘れた日本の独立の危機
①「台湾問題」解決のための「歴史問題」
台湾が中国に取られても、日中友好関係さえ維持していれば、中国とは対等な関係は維持できる、属国になることなどはないと信じている日本人はとても多い。
だがこれは現実を敢えて直視しようとしない典型的な事大主義者の見方だ。そもそも所謂日中友好関係とは日本が中国に従属すると言う関係である。実際に日本は中国の好まない姿勢を見せるたびに、中国から「友好に反する」「日中関係を破壊する」と恫喝され、譲歩、妥協を繰り返してきたのではないのか。これを見てもわかるように、中国は明らかに日本を弱体化し、自分の影響下に置きたいのである。
このことは台湾問題から考えれば理解しやすい。現在台湾を防衛しているのは台湾関係法と日米安保条約である。つまりアメリカとともに、日本もまた台湾を守る虎なのだ。だから絶対に日本は弱体化しなければならないのである。
日本に対する歴史カードの目的についてはさまざま指摘されるが、究極の狙いは日本の弱体化以外にないのだ。日本人に贖罪意識を植え付け、二度と中国に頭が上がらないようにしたいのだ。事実、これまで日本は、そのようにして骨抜きにされてきたのではなかったか。
アメリカで南京虐殺の宣伝キャンペーンに勤しむのも、狙いは日米の分断である。アメリカとの関係に楔を打ち込めば、日本はただの猫になる。
中国はことあるごとに日本に対し、「日中関係の政治的基礎は歴史問題と台湾問題だ」とのメッセージを発している。日本人も近年は歴史カードの危険性に気付き、歴史問題の上で中国と揉めるようになった。これはとてもいいことで、もっとどんどん揉めた方がいい。だが一方の台湾問題ではほとんど揉めないのは、それだけ日本が妥協し、中国側が満足していると言うことだ。これは日本が台湾問題をあまり深刻に考えていない証拠だが、中国は歴史問題より台湾問題をはるかに重視している。この国の政権にとって靖国参拝などは実のところ痛くも痒くもない。だが台湾問題で失敗すれば、政権は存亡の危機に直面することになるのである。
このように見れば、日本弱体化のため歴史カードは、実際には台湾問題解決のためのカードであることがわかるだろう。
②「台湾」抜きで中国の軍拡は語れない
台湾問題を外国問題として軽視してきたのが日本人だが、台湾を生命線であると考えれば、これは優れて日本の問題なのである。
たしかに北朝鮮のおかげで日本人の国防意識は高まっている。メディアは北朝鮮や金正日への強烈な非難を繰り返しているが、これは一昔前なら考えられないことだ。だが同じく軍拡を進める中国に対してはどうだろう。依然として中国への非難はタブーとする雰囲気があるのではないか。政府の政策課題に北朝鮮の核問題は乗っても、すでに実戦配備されている無数の中国の核ミサイルの問題はどうだろう。
中国の国防白書に関してはメディアもいっせいに報じたが、そのいくつかは白書にわずか一行だけあった「北朝鮮のミサイル発射実験は朝鮮半島と東北アジア情勢を複雑化させた」との部分だけをクローズアップし、白書が盛んに掲げる軍備増強を語るに欠かせない台湾については一切触れていなかった。
たしかに保守系オピニオン誌を中心に、中国の軍拡を非難する論文は多く発表されているが、そこで気になって仕方がないのも、台湾と言う視点がしばしば欠落していることである。台湾を抜きにしては中国の軍拡の目的は読めないし、それへの日本の対処の仕方もわからないはずなのに、なぜなのか。
要するに日本人には、台湾が生命線であるとの意識が稀薄になっているのである。すでに生命線と言う言葉自体、死語になっているのではないか。いかに国防意識は高まっても、危機感はやはりまだまだ足りないのだ。
③満洲を守った戦前日本と台湾を売る戦後日本
同じ日本人でも戦前は大きく違っていた。当時の生命線は満洲だが、満洲防衛は政府から庶民に至るまでの合言葉であり、そのために多くの血を流してきた。
日本は明治維新直後には朝鮮に近代化や独立を要求し、そのために朝鮮の宗主国である清国と日清戦争まで戦っているが、それは究極的にはロシアが満洲に南下し、朝鮮を伝わって日本に来ることを防ぐためだった。そして三国干渉後の臥薪嘗胆の時代を経て、ついに超大国ロシアを相手に日露戦争を戦って満洲を確保し、満洲確保を全うするため朝鮮併合や満洲建国と言う難事業までやってのけた。そしてそうした歴史の延長線上で支那事変、大東亜戦争を戦った。このことに関してマッカーサーは、日本の戦いは共産主義の蔓延を防ぐためだったと指摘している。つまり日本は満洲において、ひたすらロシア、ソ連の南下を塞ぎ止めていたのである。それに比べて戦後の日本は、今日の生命線である台湾に対し、いかなる姿勢を取っているかと言うことだ。
戦前の生命線である満洲と、戦後の生命線である台湾を比較して見よう。その共通点は、ともに日本にとっては敵性の超大国がそれの領有を狙っているということだ。では相違点は何か。
満洲の場合、日本はこれを守るために、たった一国で多くの国々を敵にまわさなければならなかった。敵とはロシアや中国だけではない。アメリカですら日露戦争では日本を後押ししたものの、いざ日本が満洲を確保すると、途端に反日に転じた。そして満州事変で日本は国際連盟脱退を余儀なくされた。日米関係も悪化し、日米戦争は満洲事変ですでに始まっていたと指摘したアメリカの高官もいた。
それに対して今日の台湾の場合、そこはすでに同盟国のアメリカが守っており、日本が一国でがんばる必要はないし、そこを守っても中国以外はどこも反対しないどころか、アジア諸国は大歓迎するだろう。
また台湾は満洲と違って文明国家であり、民主国家であり、しかも親日国家だ。しかもこの国は日本の代わりに日本のシーレーンを守ってくれている。さらに言えば、むしろ台湾の側から進んで日本との軍事提携を申し出てきてくれているのだ。
だから戦後の日本は実に恵まれているのだ。ところが日本はこれまで、その台湾がせっかく提携を求めて差し伸べている手を、中国が怒るのを恐れて振り払ってきたのだ。これでは敵国に対して自ら生命線を差し出そうとしているようなものだ。
日露戦争前夜、満洲を占領したロシアはまず朝鮮を属国にしようとした。それに日本は必死に抵抗し、開戦に踏み切ったのだが、それと好対照だったのが朝鮮の事大主義である。朝鮮はロシアが日本より強大であると見て、日本を裏切り、自らロシアの属国になろうとしたのである。
今の日本は、この朝鮮と同じようなことをしているのではないのか。
④米軍の太平洋シフトだけで台湾は安泰か
それでも中国の急速にして露骨な軍備拡張に対し、ことに96年の台湾ミサイル危機以降は、台湾防衛をも視野に入れた日米同盟は着実に強化されつつある。一昨年の日米2プラス2では台湾有事への対応が共同戦略目標に掲げられるに至ってもいる。
こうした好ましい現況について中国の国防白書は、「アメリカはアジア太平洋地域で軍備増強を図っている。日本もアメリカとの軍事一体化を進め、平和憲法を修正して集団的自衛権の承認を企んでいる」などと警戒感を込めて記述しているが、まさにその通りである。
中国にとって台湾攻略の際における最大の課題は、アメリカ空母の介入阻止である。そのために西太平洋で潜水艦を展開させ、あるいはSLBMでアメリカ本土や在日米軍基地に対し、核の恫喝を行わなければならず、そのための準備を着々と進めている。
そうした動きに対してアメリカは、太平洋での空母を5隻から6隻に増やし、潜水艦70隻のうちその6割を太平洋に集中させようとしている。このような太平洋シフトによって台湾はいよいよ安泰になるかも知れないが、考え方によってはアメリカがそこまでやらなければならないほど、中国は太平洋での戦力を高めていると言うことになる。
すでに中国は西太平洋での潜水艦の活動に必要な調査を充分に進めてきた。日本のEEZ内では科学調査を名目に海底の地形、水温、潮流、塩分分析など、日本政府の許可の下で堂々と行ってきた。現在中国による海洋調査が問題となっている沖ノ鳥島海域などは、まさにグアムの米軍基地と台湾の中間地点に当たる。
こうした状況下で米軍は「台湾有事への介入は果たしてできるのか」との懸念が高まっているが、もう一つ懸念される問題が、果たして「介入する決意はあるのか」だ。ブッシュ大統領は「介入する」と言っているが、次の大統領はどうか。
例えば民主党の大統領なら。共和党にも大企業関係者など親中派は存在する。一方民主党にも反中派は多い。議会でも中国には強硬な姿勢が目立つ。議会が反中である理由は、中国が人権抑圧の国である以外には、米中貿易の不均衡問題がある。しかしこうした人々は、果たして中国による核の恫喝を撥ね退けてでもアジアのために派兵することを必ず認めるだろうか。
少なくとも介入の決意を強化させる重要な要素の一つに、有事のときにはともに戦うと言う日本の決意であることは間違いないのだが、この点はさらに不安なものがある。
3、中国の宣伝工作に翻弄される米国政府
①原意を離れて一人歩きする「一つの中国」
それでは日米は中国との外交面において、台湾を巡る問題でどのような状況にあるかと言うと、この面において両国は完全に中国に振り回されている。
「日本は台湾を中国に返還すべし」と言うカイロ宣言を日本が受諾したことで、台湾は中華民国に返還され、国共内戦で中華民国が滅んだ後は、中華人民共和国がその領土を継承していると言うのが中華人民共和国の台湾領有権の主張だ。だがこれは事実に反する。日本は台湾を中国には返還などしていない。日本は大東亜戦争での降伏文書に署名し、そこに規定されるポツダム宣言の履行を誓い、そのポツダム宣言第8項には「カイロ宣言の条項は履行するべし」とあるから、日本は確かにこの休戦協定を通じて台湾返還を約束したことは約束した。だが戦争の結果にともなう領土の変更は媾和条約によると言うのが国際ルールで、日本はサンフランシスコ媾和条約で台湾を放棄はしたものの、その帰属先については決められなかった。だから台湾の地位は未定なのである。たしかに中華民国は戦後、その島を支配したが、それは不法占領と言うべきで、日米もそこを中国の領土であるとはいまだかつて承認していない。今日の国際法上の理念に従うなら、台湾の帰属先は当然台湾住民が自決すべきである。
中国は「一つの中国の原則」と言うものを強調し、台湾は中華人民共和国から切り離すことのできない領土だと主張する。一方日米をはじめ各国は、「一つの中国政策」と言うものを採っている。これは中国唯一の合法政権であると主張する中華民国と中華人民共和国と言う二つの政府のうち、一つしか承認することはできないと言う「一国一政府」の原則を言ったものに過ぎず、決して台湾の領有権の問題に触れるものではないのだ。しかし「一つの中国」と言う以上、どの国も中国の台湾領有権の主張に同調しているとの誤った印象を与えてしまっている。
なぜこのような紛らわしい言葉を使うのかと言えば、それは中国から要求するからだ。この言葉をアメリカが外交用語として用い出したのは、90年代のクリントン政権時代からだ。日本の場合はもっと古く、中華民国承認時代から、中華民国政府の要求に従い使っている。そしてその結果、日米では国民はもとより政府関係者に至るまで、台湾は中国領土だと誤解するに至っているのだ。アメリカの大統領選挙でブッシュに敗れた民主党のケリー候補でさえ、台湾は中国のものであり、一国二制度がいいと発言しているのだ。
このように「一つの中国」症候群は確実に広まっている。つまり中国の策略が功を奏していると言うわけだ。
②「三つのコミュニケ」の術策にはまった対中妥協
アメリカが台湾を支持するような動きを見せると、中国は決まって「三つのコミュニケを守れ」と言って非難する。それは米中が共同で発表した72年の上海共同コミュニケ、78年の米中国交樹立に関する共同コミュニケ、そして82年の所謂8・17共同コミュニケのことだが、これらにおいて中国側はつねに、「台湾は中華人民共和国のもの」と主張している。これに対してアメリカ側は台湾が中国領土でない以上、それは認められない。しかし中国への配慮で反対表明もできない。そこで言葉巧みに「両岸の中国人が台湾は中国のものと主張していることを認識する」「中国の立場を認識する」などと言っている。この「認識する」とは、決して「台湾が中国領土であると承認する」との意味ではない。「アメリカには中国の主権や領土保全を損なう気はない」と言った文言も見られるが、あくまでもその「領土」には台湾は含まれていないと言う立場だ。
だが「言葉巧みに」とは言っても、今私がしたような細かな解説でもしない限り、誰が聞いても「アメリカのような台湾を防衛してきた大国でさえ、台湾は中国領土と承認している」と誤解してしまう。
これも中国の策略通りだ。アメリカから妥協的言辞を引き出し、それをコミュニケにおいて記録し、それを証拠として振りかざして「アメリカは台湾が中国領土であると認めている」と宣伝すると言う、きわめて有効な手口である。
③誤ったメッセージを発信した「三つのノー」
このように中国の宣伝に翻弄される中、クリントン大統領などは江沢民に書簡を送り、台湾に関する「三つのノー」と言うアメリカ政府の立場なるものを表明してしまった。
その一つは「二つの中国は支持しない」で、これは一国一政府の原則を述べたに過ぎないが、その他二つがひどかった。すなわち「台湾独立を支持しない」「台湾の国連加盟を支持しない」だ。これらは「台湾は中国領土であり、台湾住民に自決権などなく、台湾問題は中国の内政問題だ」との誤ったメッセージとなって世界を駆け巡った。アメリカ政府はその後慌てて「『支持しない』は『反対』を意味しない」と釈明したが、もう遅い。
これに大喜びしたのが中国だ。その後訪中したクリントンに、再び「三つのノー」を公式に表明させている。
一方、一番危機感を感じたのがもちろん台湾だ。これを受け李登輝総統は「二国論」を世界に向けて発表し、「台湾と中国は別の国だ」と強調しなければならなくなった。
ブッシュ政権は「三つのノー」は継承しなかったが、「台湾独立を支持しない」との立場は相変わらず表明している。アーミテージ国務副長官は「台湾独立を支持しない」について、「『反対』を意味しない。この問題は海峡両岸の人々が平和的に解決するべきものだから、アメリカが関与できる問題ではない、積極的な役割は担わないと言う意味だ」と説明しているが、このような難しい説明を誰が理解できるのか。
この政権の高官でさえ誤解して、「支持しないは反対の意味だ」と発言した者もいるのである。ブッシュ大統領に至っては、江沢民に対しても、温家宝や胡錦濤に対しても、「台湾独立には反対だ」と言明したらしい。アメリカ政府は否定するが、中国側は「そう言った」と強調しているのだから、みなそうだと信じるだろう。少なくともブッシュは温家宝に対し、陳水扁総統の公民投票政策に関し、「現状を一方的に変更しようとするいかなる動きにも反対する」と発言し、陳政権に打撃を与えたことは事実である。
このようにアメリカ政府の台湾に関する政策の柱が中国の術策にはまった「三つのコミュニケ」である以上、非常に心許ないものがある。ただもう一つの柱として台湾関係法がある。これはアメリカが台湾の防衛に必要な力を維持し、また防衛に必要な武器を台湾に売却すると規定したものである。アメリカは台湾防衛の決意だけは忘れていないのだ。
これによって台湾は守られているのである。
4、生命線を中国に売り飛ばす日本の事大主義
①媚中派の隠れ蓑としての日中共同声明
日本でもアメリカと同様、「一つの中国」と言う言葉に惑わされている。
中国政府が日本に対して何かと振りかざすのは、三つのコミュニケではなく、72年の国交正常化の際の日中共同声明だ。そしてその中で強調するくだりが、「日本政府は中華人民共和国を唯一の合法政府と承認する」と言うものだ。これももちろん政府承認の話であって、台湾の帰属先の問題ではないのだが、やたら強調されると、やはり誤解がもたらされる。
もう一つのくだりは、「台湾はオレのものだ」と言う中国の「立場」を、「日本政府は十分に理解し尊重する」と言うものだ。これはあくまで「中国の立場、言い分がどういうものであるかを理解する。何を言おうと尊重して反対はいちいちしない」と言う程度の意味で、台湾が中国領土であると承認したわけではない。
北京で声明に署名した大平外相も帰国後、「理解し尊重すると言うのは、日中の主張が合致できないことを表明したもの」とし、「日本は台湾を放棄した以上、今さらどこどこのものと言える立場にない」と説明した。つまり台湾はもはや日本の領土ではないのだから、そこが中国領だとか、アメリカ領だとか、あるいは日本領だとかを、勝手に決める権限はないと言ったわけだ。
だが「理解し尊重する」とまで表明したからには、やはり国民は台湾は中華人民共和国の領土であり、あるいは将来そうなるべきものだと思ってしまうし、事実そうなって現在に至っている。
まさにこれも、そのように日本に表明させた中国の策略が奏功しているわけだが、その中国にも予想されなかったのではないかと思える状況も現われている。
それは台湾問題に関して中国に妥協しなければならない人たちが、この「理解し尊重する」を引用して、自らの媚中行為を正当化していることだ。
その象徴例が、台湾を中華人民共和国の領土と記載する学校教科書の地図を、文科省が教科書検定において合格させ、しかもそれを「政府の立場に従っているので適切だ」と嘯いていることだ。つまり「理解し尊重」するとして、合格させてはならないものを合格させていると言うわけだ。
そしてその結果、実に30年以上にわたり、年間百数十万人もの子供たちが、このような嘘の知識を押付けられているのである。
②自らを騙す政府の事大主義心理
しかし文科省は本当に適切だと思い込んでいるかもしれない。実はこの思い込みと言うのが典型的な事大主義者の属国心理なのである。つまり大国中国から「黒を白と言え」と言われた政府の事大主義者は、懸命に「黒」と言おうと努力しているうちに、本当にそう思い込んで行くのである。つまり自分自身をも騙してしまうと言うわけだ。
私自身、そのような事大主義者を目の当たりにしたことがある。ある外務省中国課の役人と話をしていたときのことだ。私が、政府は台湾を中国領土とは認めていことを確認しようとすると、その人は「いや百パーセント認めていないわけではない。なぜなら『中国の立場を理解し尊重する』立場があるからだ」と自信満々に答えたのだ。そこで「領土の帰属先の問題は、白か黒かのどちらか、百パーセント言い切れるものだ」と返すと、その瞬間彼はハッとし、慌てて「おっしゃる通りだ。百パーセント認めていない」と言い直した。それは中国に配慮し、長年にわたって誤った思い込みをしてきた彼が、まさその思い込みから解放された瞬間だった。
さらに政府は近年、中国に対して「日中共同声明に基づき、台湾独立を支持しない」との立場を繰り返し表明しているが、これも思い込みである。なぜなら声明にはそのようなことは書かれていないからだ。
そこで最近、鈴木宗男議員が政府に対し、「一体共同声明のどの部分から、台湾独立は支持しないとの論が導き出せるのか」と質問した。これに対して政府の解答は、「政府は共同声明に従い、台湾独立を支持しない立場だ」と言うもので、全く解答になっていなかった。つまり政府は鈴木氏の質問によって、思い込みから醒めたのだろう。そして何も答えようがないから、こうして逃げたのだろう。これが事大主義者の体たらくである。
③「台湾独立を支持しない」の驚くべき根拠
そこで私はゲリラ的に、外務省中国課に電話をし、同じ質問をぶつけて見た。抜き打ちで電話で聞けば、相手は何も答えられまいと思っていた。ところが意外にも、相手は声明における独立不支持の論拠を示したのである。それは、日本政府は「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と言うくだりだった。この第8項とは台湾は「中国に返還されるべき」と規定した「カイロ宣言の条文は履行されるべし」と言うものだ。だからつまりこのくだりは「日本政府は、台湾は中国に返還されるべきだとする立場を堅持する」と読み替えることができる。
しかしこのくだりは最初から蛇足であり、死文であり、間違いなく中国の要求に応じて挿入した、何の意味もないリップサービスに過ぎないものだ。なぜなら日本政府は声明発表当時、すでに中国に返還すべきとする台湾を持っていなかったのであり、返還など絶対に不可能なことだからだ。だからこそ「台湾は放棄した以上、どこどこのものとは言えない」とし、台湾を中国領土と承認しなかったのではないのか。
「返還するべきだった」と言うならともかく、「今でも返還すべきものだ」とするのは論理的に破綻しているのである。
ところが政府は最近になって再び中国に配慮し、この死文に息を吹き込んだわけだ。そして「台湾は中国に返還しなくてはならないと言う立場があるから、台湾独立は支持しないのだ」と言う意味のわからない牽強付会を行って、中国を満足させているのである。
そもそもこのようなデタラメな論拠は、政府が台湾独立不支持と表明した後、取って付けたものではないだろうか。
これを最初に言ったのは橋本首相で、それは97年のことである。つまりクリントンが「三つのノー」として同じことを表明した時期なのだ。おそらく中国から「アメリカがそう言ったのだから、日本もそう言え」と要求されたのか、あるいは橋本首相自らが、「アメリカがそこまでリップサービスしたのだから、オレも言っていいのだ」と思ったのかのどちらかではないだろうか。
④中国の恐るべきメッセージに気づかぬ日本人
橋本首相以降、小渕首相も小泉首相もみな中国に対し、「日本政府は日中共同声明に基づき、台湾独立は支持しない」との立場表明を繰り返しているため、中国側はもちろん、「歴代首相はみなそう言っている。日本政府は台湾独立に反対するべきだ」と強調している。
安倍首相も同様である。昨年胡錦濤と会見した安倍首相は、例によって歴史問題と台湾問題に言及させられた。当時、日本のメディアや国民は、歴史問題で安倍首相が何と言うかに注目した。そしてあのときの発言が中国に屈したものか、あるいはそうではないかについては意見は分かれるが、それはともかくとして、他方の台湾問題に関しては、完全に中国に屈服しているのである。つまり「台湾独立を支持しない」と表明したわけである。この問題発言を日本のメディアは重要視せず、報道しなかったようだが、中国メディアはもちろん大きく報じている。もし日本人が台湾が生命線であるとの認識を持っているなら、この発言に危機感を感じるはずだが、そうならなかったわけだ。
首相がこのような発言をすれば、当然国民は「台湾は中国領土であり、その独立を外国である日本は支持してはならない」と受け取るだろう。このような日本国民の誤解こそが非常に危険であると言うことを忘れてはならないのだ。
今後中国が台湾を武力併合しようと言うとき、必ず日本人に対し、「中国の内戦問題につき、妨害してはならない」と言ってくるはずだ。そのとき日本の政府や国民ははたしてどう対応するのだろうか。
台湾は中国領土とする誤解が禍して、正確な判断力が奪われることになりはしないだろうか。たとえば政府がアメリカの軍事介入を支援すると言う段階で、野党や世論は「それは中国への内政干渉だ」と反対しないだろうか。
あるいは政府、世論は「中国を理解し尊重する。台湾独立は支持できない」を口実に、中国の侵略行為を黙認するのだろうか。そうなれば次に危ないのは日本だが、日本は事大主義国家らしく、中国の影響下におとなしく入っていくのだろうか。
もし将来このようになれば、まさに中国のシナリオ通りではないか。これまで中国が何かに付けて日本政府に対し、「共同声明を遵守しろ」と要求してきたのは、何も「オレの面子を大切にしろ」と言っているわけではない。「将来の中国統一を、日本は絶対に邪魔するな」との念押しであり、釘指しなのである。こうした警告のメッセージに対し、政府はつねに「必ず声明にある立場を遵守します」と誓い、中国の主張は正しいと思い込み、台湾独立は支持しないとまで宣言してしまっているのである。
中国が言う「台湾独立」とは、なにも台湾国の建国だけを意味するものではない。「台湾が中国統一に応じない」と言うこと自体が「台湾独立」なのだ。だから日本の生存にとって台湾独立は、非常にありがたいことなのである。このようなことすらわからなくなっている日本は、まさに事大主義であり、亡国主義のきわみである。台湾が生命線であり、かけがえない存在であるとの認識をしっかり持っていないから、そうなるのである。
5、日本が変わらなければ台湾は守れない
①台湾を励まし中国を抑制し得る日本の決意
台湾は日米にとってはアジア太平洋における砦である。もし日米がこれからも「台湾の独立を支持しない」と、中国や国際社会に言い続けるなら、この砦の人々はどう思うであろうか。台湾有事の時に援軍は来ないと見て取ったなら、間違いなく士気も自信も失われるだろう。そして生存を確保するために中国への抵抗を止め、戦わずして平和交渉のテーブルに着くかもしれない。つまり平和統一である。実はこの一滴の血も流す必要のない平和統一こそ、中国が最も望んでいるものであり、現実に平和統一工作は着々と進められているのである。
もし台湾自らが進んで中国の一部となったなら、アメリカや日本はまったく手を出せなくなる。そのような事態を招来させないためにも、日米は台湾防衛の決意を示し、台湾の人々を勇気付けなくてはならないのだ。
アメリカはすでにその決意を充分に示しているが、問題は日本である。
台湾は取られてもアメリカはまだ健在でいられるが、日本の場合は国家主権を大きく脅かされることになるというのに、この体たらくだ。
生命線台湾を守るため、日本には台湾を励まし中国を抑止する方法はいくらでもある。
核武装をしたり、軍隊を持って自ら南支那海の防衛に乗り出すことは、今のところは非現実的だとしても、集団的自衛権の行使を認めてアメリカ軍の後方支援をまっとうできるだけの体制を整えることができれば、それだけで中国に大きな抑止効果を発揮できるのだ。
またアメリカのような台湾関係法を制定するだけでも、台湾防衛の決意を示すことができる。「日中関係が大切」「台湾とは国交がない」との理由で、それは無理だと考える人もいるが、そのようなものは一切関係ない。日本にはそれをする権利があるのである。
あるいは日米同盟に、はっきりと台湾も組み入れたらいい。一昨年の中露合同軍事演習の目的についてはさまざまな見方があるが、台湾政府などは日米の2プラス2への対抗だと分析している。つまり日台米への牽制である。それならば日台米の三国同盟で軍事演習をやり、中国に対抗するくらいのことをしなければだめなのだ。
②日本は中国の台湾領有の主張を打破できる
もう一つ、中国の野望を抑止するための日本ならではのきわめて有効な手段がある。それは首相でも外相でも誰でもいい。国際社会に対して「日本は台湾を中国に返還したという事実はない」と表明することである。中国が「台湾が中国領土であることを認めろ」と言ってきたときなどでもいい。「申し訳ないがそれだけは認められない。返還していない」と言うだけで充分なのだ。
これを言うだけで、中国の台湾領有権の主張は覆されるからである。それを聞いただけで世界中の国々は、「一つの中国」への誤解からパッと解放されることになるだろう。そして「21世紀の今日、中国が今なお行おうとしていることは、武力による領土拡大なのだ」ということに気付くことだろう。こうなればいかに中国が怖くとも、国際社会は中国を非難せざるを得なくなるのだ。これが中国の軍拡に対し、どれほど大きな抑止効果を発揮することだろうか。
だが今の政府にそれができるかと言えば、到底できそうもない。日中関係への影響が怖くてならないからだ。「カイロ宣言を遵守する立場を堅持する」などと言っているほどだから、どうしようもない。
③生命線防衛への道―世論は必ず政府を動かす
それであるなら世論が動いたらどうか。
まず「守るべきは生命線であり、生命線は台湾である」「台湾は断じて中国の領土ではない」と言うことを国民の常識として広めるのだ。例えば今ではインターネットと言う武器があるが、これなどは簡単に活用できる。正確な言論でありさえすれば、瞬く間に情報は広まり、定着するのである。このようにあらゆる可能な手段を用いて情報を発信していけば、やがては識者、メディア、議員もこの問題を取り上げて行くことになる。誰もが中国の軍拡には危機感を抱きつつあるのだから、これは充分に可能なことなのだ。そしてそのようにして世論が動けば、政府もまた姿勢を変えるかもしれない。あくまでも変えようとしないなら、世論がそれを批判すればいい。
このように台湾問題が議論の対象になるだけで、少なくとも生命線としての台湾の存在が話題にもならない従来のおかしな状況は大きく変わるのだ。何も変わらなければ、日本は危ないのだと言うことを、一人でも多くの人が一刻も早く認識し、訴えを行っていかなけ
ればならないのである。
そのためにはまず台湾防衛を政府と世論に訴える運動を誰かが始めなければならない。そこで来る2月3日には国民決起集会を開催することになった。この運動の拡大のため多くの人が力を合わせてほしいと願っている。