PMBOKは「Project Management Body of Knowledge」の頭字語で、訳すと「プロジェクトマネジメントの知識体系」です。読み方は「ピンボック」です。米国のプロジェクトマネジメント協会(PMI)が1986年にこの体系のガイドブックの初版を刊行してから、ほぼ4年ごとに改訂され、今では「プロジェクトマネジメントの世界標準」とされています。
本来「PMBOK」は体系そのものを指しますが、そのガイドブック「PMBOK GUIDE」を指す言葉としても用いられています。
2017年に発刊されたPMBOKの第6版はA4判750ページの大冊でしたが、第7版は250頁と1/3のボリュームになりました。目次の構成もガラリと変わっています。
この大改訂にショックを受けたのが、プロジェクトマネジメント協会が主催するPMP試験(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル試験)の受験勉強をしていた人たちです。
国際資格であるPMPは、2020年の時点で、世界で1,118,998人、日本で39,850人の資格保有者がいます。受験者数は公表されていませんが、次の試験を目指して勉強中のプロジェクトマネジャー経験者やプロジェクトリーダー経験者は数多くいるに違いありません。
その受験者が主に学習するのがPMBOKガイドなため、第6版で(あるいは第6版の解説書で)勉強してきた人にとってはショックです。PMI日本支部は、「次の試験は第6版を参考にして問題ない」と言っていますが、不安は拭えないでしょう。
「資格を取るつもりはないが、有名なPMBOKとはどんなものか知っておこう」と解説書を読んだ人にとっても、肩すかしを食ったような感覚はあるはずです。
PMBOKは第6版までは、プロジェクトマネジメントの骨組みを「10の知識エリアと5つのプロセス」として解説しています。プロジェクトの成功、つまりQCD(品質・費用・納期)の目標を達成するには、プロジェクトの5つのプロセスの各段階で、10のエリアに区別されるマネジメントが必要だとしているのです。
PMBOKは、プロジェクトの進行を次のような5つプロセスの遂行として捉えます。
1.立ち上げプロセス プロジェクトの目的、ゴール、予算、期限を定めて、プロジェクト・オーナーがプロジェクトの立ち上げを認可します。 2.計画プロセス プロジェクトマネジャーによって、ゴールまでのハイレベルな(=おおよその)作業計画が立てられ、プロセスが進むにしたがって、計画を詳細化していきます。 3.実行プロセス 立案した計画に基づいてチームがタスクをこなしていきます。 4.監視・コントロールプロセス 次工程への受け渡しで、確実な検査や検証が行なわれているかを監視します。 5.終結プロセス QCD(品質・費用・納期)を検証・評価してプロジェクトを終結します。
プロジェクトの完成までのこのプロセスは、次に紹介する「10の知識エリア」に分けられて綿密に管理されます。
プロジェクトマネジメントの10の知識エリアとは、マネジメント(管理)の対象を業務の種類や性質によって10エリアに分けたものです。
1.統合管理 : 他の9つのエリアを統合する全体管理 2.スコープ管理 : 仕事の範囲と成果物がを明確にするマネジメント 3.スケジュール管理 4.コスト管理 5.品質管理 6.資源管理 : プロジェクトを完成するための人材や物資(ヒトとモノ)の管理です。 7.コミュニケーション管理 8.リスク管理 : プロジェクトの遂行プロセスで発生するリスクを予測し、回避し、対処する 9.調達管理 : プロジェクトを進める上で必要なサービスやツールの調達を管理する 10.ステークホルダー管理 : クライアント、経営層、社内関係部署など、プロジェクトに関係するステークホルダー(利害関係者)との連絡や情報の共有を管理する
10のエリアの2〜8までは、立ち上げプロセスと終結プロセスには関係しませんが、他の3つのプロセス(計画プロセス・実行プロセス・監視プロセス)に密接に関わっています。
このような論理的で綿密な構成は、「きちんと計画し、見通しを立ててやるべきことを積み上げて行けば、プロジェクトは成功する」という考え方に基づいている、と言ってもよいでしょう。この楽観主義、人間の理性へのシンプルな信頼に、ある意味で疑問符が付けられたのが第7版です。
第7版では「5つのプロセス」も「10の知識エリア」も完全に姿を消し、その代わりに登場するのが「価値提供システム」「12の原則」「8のパフォーマンスドメイン(行動領域)」という新しい概念です。
プロジェクトの最終目的を、第6版ではQCD(品質・費用・納期)の達成、つまり「予算と期限を守ってまっとうな成果物を提供すること」と定義づけていましたが、第7版ではプロジェクトの目的を「価値の提供」という全く違う概念で定義しています。
「価値提供システム」とはどのようなものかを一言でいうのは難しいですが、従来の「予定していた成果物を作る」という考えから、「やりながら考え、臨機応変に価値のある成果物を作っていく」という思想に変わったと言えます。
PMBOK第7版では「5つのプロセス」という概念が消え、「12の原則」という概念が登場しています。これは「プロセス重視」から「原理・原則の重視」へのシフトです。
「12の原則」とは、次のようなものです。
・スチュワードシップ : 請け負ったことを責任を持って行う ・お互いを尊重し協力し合うチーム ・ステークホルダー(利害関係者)との連携 ・価値の創造に焦点を当てる ・包括的思考:システムの相互作用を認識して対応する ・リーダーシップ ・テーラリング:状況に応じた調整(仕立て直し)を図る ・品質をプロセスと結果に組み込む。 ・事態の複雑さに対処、適応する ・リスク(好機と脅威の不確実性)に対処する ・適応性と回復力を備える。 ・変化することで、あるべき未来を達成する
第6版の5つのプロセス(立ち上げ・計画・実行・監視・終結)と比べると、「12の原則」では「調整」「複雑さ」「適応」「回復」「変化」など、一筋縄ではいかないプロジェクトの現実をわきまえた原理・原則になっていると言うことができます。
「PMBOK®第7版」では「10の知識エリア」という概念がなくなり、「8のパフォーマンス・ドメイン」という概念が登場しました。
8つのドメインとは、次のようなものです。
・Stakeholders(利害関係者) ・Team(チーム) ・Development Approach and Life cycle(開発アプローチとライフサイクル) ・Planning(計画) ・Project work(プロジェクト作業) ・Delivery(提供・納品) ・Measurement(測定) ・Uncertainty(曖昧さ・複雑さ・変動性などの不確実性への対処)
ドメインの名前を見ただけでは内容は分りませんが、全体のくくりが「知識エリア」から「行動領域」に変わったことからも、アプローチの姿勢の違いがうかがえます。特に、あいまいさや複雑さからくる不確実性をドメインの1つに加えたことが注目されます。
PMBOKがなぜ上記のように大改訂されたのかは、従来の開発手法の限界や弱点が明らかになり、見直しの機運が高まったことにあります。具体的には、PMBOKもウォーターフォール開発の理論的基礎付けだけではなく、アジャイル開発の思想や手法もマネジメント理論に取り入れざるを得なくなったから、と言ってよいでしょう。
2001年に17人のソフトウェア開発者のグループによって「アジャイル開発宣言」がなされてから20年を経た現在、スタートアップ企業に限らず大手ベンダー企業でもアジャイル開発の手法を取り入れる試みが盛んです。
「アジャイル開発宣言」には、次のような有名な言葉があります。
「プロセスやツールよりも個人と対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」
ここにある、対話・協調・変化への対応という価値観が第7版に反映されていることは明らかです。
契約と計画に縛られて、とことん行き詰った挙句に「炎上する」という、ウォーターフォール開発の「硬直性」を打破するのがアジャイル開発の「柔軟性」です。この流れの中で、PMBOKも論理的で理性的なだけではプロジェクトは上手くいかないという現実を、マネジメント管理に取り入れようとした、と言えるのではないでしょうか。
第6版までのPMBOKガイドやその解説書を読んだエンジニアには「かなり精緻な理論だが、その通りには実行できそうもない」「PMBOKには人間がでてこない」と感じた人も多いでしょう。そういう人には第7版は親しみやすく、リアリティがあるかもしれません。
しかし、それでPMBOKが簡単になったとは言えません。理屈を理解するより人間を理解する方が簡単だとは言えないからです。とはいえ、第7版によってPMBOKのプロジェクト管理理論に、人間性や「人間のやること」に対する洞察が加わって、深みが増したということは言えます。アジャイル開発の手法を学びたいという人も勉強する価値がありそうです。
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