(社説)首相最後の外遊 近隣外交 重い課題残す
日米同盟の強化や価値観を共有する国々との連携を通じて、台頭する中国への牽制(けんせい)を強める一方、その中国との直接対話や日韓関係の改善に主体的に取り組むことはなかった。「菅外交」の1年、積み残された課題は重く、特に近隣諸国との関係立て直しは、次の首相にとって待ったなしだ。
菅首相の最後の首脳外交となる訪米が終わった。日米豪印4カ国(クアッド)の対面式による初の首脳会議に出席し、バイデン米大統領とはジル夫人を交えて短時間、懇談した。
退陣を表明した首相の外国訪問は異例だ。新型コロナ対応の緊急事態宣言下でもあり、国内では疑問の声もあがったが、首相は記者団に対し、日本が言い出したクアッドの枠組みが「完全に定着」したと自賛。この1年の外交の成果として、日米同盟の強化、「自由で開かれたインド太平洋」の推進、ワクチン・サミットの共催など多国間の取り組みをあげた。
通底するのが、中国への対抗である。ワクチン・サミットも、中国のワクチン外交への警戒感が背景にあると指摘された。4月の日米首脳会談後の共同声明では、中国への厳しい姿勢を前面に打ち出し、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記。英仏軍との共同訓練の実施など、欧州諸国との安全保障分野での協力も強めている。
一方で、対話や協調のための努力は後回しのようだ。習近平(シーチンピン)国家主席とは、首相就任直後に電話でやりとりしただけだ。米中対立のはざまで、日本の平和と安全をいかに守るか。米国の対中戦略に従うだけではない、主体的な発想が菅政権には欠けていたと言わざるをえない。
対話の欠如は、韓国に対してもそうだ。首相の在任中、文在寅(ムンジェイン)大統領との首脳会談は、最後まで実現しなかった。機会はあった。ひとつは大統領も招かれた6月の英国でのG7サミット。しかし、結局はあいさつだけに終わった。
翌月の東京五輪の開会式にあわせた大統領の来日も見送られた。歴史問題で溝が深いのは事実だが、大局に立って事態の打開に動く、首脳にしかできない決断ができなかった。
政権の「最重要課題」と位置づけた、北朝鮮による拉致問題の解決に前進はなかった。ロシアとの北方領土交渉も、安倍前政権の失敗を総括することもないまま、立て直しに向けた動きは見られなかった。
個別の課題への対処とともに、首相には、日本がめざす外交の理念や戦略を、自分の言葉で内外に発信する責務がある。首相に乏しかったこの点を、後継首相には強く求めたい。