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第6回手塚治虫文化賞
選考委員のコメント集

 | マンガ大賞 | マンガ優秀賞 | 投票結果 | 選考委員のコメント集 |

本賞選考:
2001年中に発売されたマンガ単行本を対象に、まず一般読者やマンガ関係者などから候補作の推薦を募り、同賞選考委員による1次選考(投票)を経て作品をノミネート、さらに最終選考の投票で受賞作を決定しました。また、マンガ文化への貢献者などに贈る特別賞は、該当がありませんでした。以下、1次選考でのコメント、最終選考のコメントを紹介します。


■1次選考コメント(作品別)


バガボンド
石上三登志  様々に映像化されてきた吉川英治の古典を、斬新な視点とダイナミックなタッチで復活し、新たな読者に尋うたこと。
いしかわじゅん  自分の得意な世界に安住せず、全く違う場所に出て、これだけの世界をまた新たに創り上げたことは驚嘆に価する。確かな作品世界は安定していて、なおかつアグレッシブだ。
関川夏央  「歴史小説」、なかんずく吉川英治作品を、マンガというジャンルに移して物語化し得た膂力そのものを評価する。
竹内オサム   この作品の魅力は、武蔵の人物像のおもしろさと、ストーリー展開の巧みさにあると思う。先行文学の影響もあるだろうが、作者なりの魅力あるキャラクターが形づくられ、一種の成長物語となりえている。表現面では、コマ運びと構図がいい。人物の描写力もさることながら、リズミカルなコマの展開と要点をとらえた構図に、抜群の技量が示されている。だから、つぎつぎと読んでしまう。
夢枕 獏  絵がうまい。物語り作りがうまい。闘いのシーンがうまい。吉川版『宮本武蔵』を原作としながら、作者独自の武蔵像を作りあげていると思います。『ベルセルク』と並ぶ作品です。今回の賞をのがしても、いずれ賞をとる作品でしょう。
米沢嘉博  90年代以後、マンガから失われていた「時代劇」は、実は長い間日本の大衆文学のメインストリームでもあったことを忘れてはならない。ある意味手垢のついたヒーローである宮本武蔵、読者があらかじめ了承しているストーリー。それを利用しながら、作者は見事に時代劇のヒーローを剣豪を再生した。しかもこの作品は時代劇というジャンルをマンガに復活させる原動力にもなったのだ。絵の迫力、語り口など、あらためて言うまでもない実力と技量であり、「説話」を自在に変形しながら、予定調和に至らないドラマをみせている「志」も評価されるべきだろう。


The World Is Mine
呉 智英  究極の暴力描写が究極の共感性につながる異色作。生命の重みを考えるために、21世紀の混沌を見ぬくために、もっと読まれていい作品である。作品構成上も思いきった冒険がしてある。マンガ界全体が停滞し、表現や構成に臆病になっている中、その意欲を評価したい。
細萱 敦  手塚治虫『火の鳥・未来編』以来、核戦争による人類滅亡の瞬間を描いて秀逸である。しかも、それは決して遠い近未来世界の出来事ではなく、現在の我々の存在しているこの世界が明日滅びるかもしれない。そのトリガー(引き金)に自分たちも手を掛けているのだという現実を。そして、9月の同時多発テロにおいて核の使用がなされなかったのは、むしろ不幸中の幸いだったと感じざるを得ない。始まったばかりの21世紀にピリオドを打たないためにも、我々が考えるべきは、まさに「THE WORLD IS YOURS」なのである。
村上知彦  さまざまに物議をかもした問題作も、完結してしまえば急速に忘れ去られてゆく。それがいまのまんが状況だと言えばそれまでだが、それでいいのか? と自問してみることもたまには必要だろう。その異様な壮大さが何やら荒唐無稽に思えた本作のラストも、9月11日以後の状況の中で読み返してみると、とても物静かに何事かを語りかけているように思えてくる。連載中の印象から離れて、単行本で改めて冷静に評価されるべき作品だと思う。
米沢嘉博  これまで2、3回コメントした作品なので多くは語らないが、個と国家とメディアを交錯させながら、力の在り方を暴走するパニックの中に描き出し、マンガの物語としてはきちんと大団円を迎えさせたことを評価したい。が、マンガとしては、その暴走のプロセスこそがワクワクとする魅力だったわけで、個人的にはもう少し長く描き続けてもらいたかったような気もする。


ベルセルク
夢枕 獏  いつも、ここで書いていることと同じです。無数の同類の物語のある中で、この作品は群をぬいています。コミックのみならず、小説、映画、他の表現ジャンルの同類の作品と比べても、その質の高さ、絵の完成度、ドラマ作りにおいて、トップの作品と思います。


ヒカルの碁
里中満智子  丁重なつくり方で、キャラクターの魅力や設定の面白さが生かされている。リアルさとファンタジーの絶妙のハーモニー。


秘密―トップ・シークレット―
荒俣 宏  本格的な物語、あるいはストーリーを描けるまんが家として期待している。 このシリーズはより深度を増した。
夢枕 獏   連載中に読み、短編の作り方の上手さにおどろきました。作者の清水氏は、他にも『輝夜姫』という佳作を描いていますが、そちらはまだ完結していないため、こちらを選ばせていただきました。


攻殻機動隊
印口 崇  近未来のサイバー社会をデジタルを駆使した圧倒的な画力によって表現。作品の題材、ドラマ構成、キャラクターのクリエイト、そしてまんがだから構築できた世界。これこそは新世紀を代表するコミックだと思う。
竹内オサム   エロティックな描線と詳細なメカの描写で、読者にせまってくる。その初期からこのマンガ家には注目してきた。この作品には、マニアックな点が見られるものの、細部にこだわる作者の資質がよく示されている。多数の読者を意識しつつも、ひたすら好きで描いているというふうに見えるところがいい。そうしたこだわりが、ダイレクトに読者に伝わってくる。その点人により、好き嫌いが分かれるかもしれない。
細萱 敦  コンピュータ・ネットワーキング、ナノテクノロジー、精巧な人工ボディと知能。我々の時代と地続きの近未来社会へのカウントダウンへ向けて、丹念に段差を埋めていく作業で右に出る作家はいない。単なるサイバーパンクSFというだけでなく、社会構造のあり方、人間の精神の持ち方に至るまでシミュレートして、充分刺激的な作品である。さらに言えば、この作品の持つ多大な情報量は、もはや印刷媒体の中に納まりきれないコミック表現の、次のあり方をも示唆しているのではないだろうか。まさにネットは無限である、と。


20世紀少年
石上三登志   ユニークな設定とキャラクター群が魅力的な、ファンタジー&ギャグ漫画の異色作であること。
竹内オサム  何よりもストーリー展開が巧みだ。謎をあとまでぐっと引っ張っていく力があるし、登場人物も相互にからみあって、飽きさせない。人物のキャラクターも、リアルで存在感がある。それに過去と現在、未来が入り乱れる時間処理の方法も優れている。さまざまな日常の人物やマンガのパロディも組みこみ、文句なく楽しめる。宗教と政治の問題を扱っていて、一見描き方は柔らかいが、テーマとしてはなかなかの硬派だ。


人間区人体町
呉 智英   全篇書下ろしで、ギャグ・ナンセンスものを仕上げたことを高く評価したい。日本マンガ界で稀有のことと言ってよい。黒い笑いの中に、人体、生命、死、といったものの不思議さが浮かびあがってくる。作者の"肉体もの"の集大成でもある。
細萱 敦  人間自身の身体認識もこの10年で飛躍的に変化している。奇しくも医学博士であった手塚が「BJ」等で描いた地点から、さらに加速度を増して変わっている。その世にも奇妙な脳や手、あるいは全身全霊を傾けて描かれる漫画という表現で人間の自画像を再構成する。そのための中枢をなす、これまた奇妙な発想力と変幻自在なタッチにおいて、この作家以外では決してできなかった偉業である。大人向けの知的ナンセンスという、日本の漫画であまり重要視されず、忘れられかけている分野を開拓して、なおかつスペクタクルである。


あたしンち
いしかわじゅん   非常に平易でありながら、クオリティの高い作品を創り続けている。手の届く範囲のものから優れた視線で作者独自の題材を切り取る腕は誰にも真似ができない。
関川夏央   「家庭文学」と「青春文学」、2つの要素を過不足なく満たしながら、マンガ独特のデフォルメによって、鋭い批評性をも十分に内包している。傑出した仕事だと思う。


ちひろ
荒俣 宏  継続100巻を超えていたり、毎年候補として推薦したりする作品が多すぎる。推薦疲れを味わわせる賞のあり方に、もっと改善を加えるべきだ。 しかし、安田弘之はすばらしいし、推薦しようという気にさせる唯一の作家(的まんが家)。
村上知彦   「ショムニ」の作者が描く、自分の生き方をしっかりと持ち、哲学するヘルス嬢・ちひろの生活と意見。一見、特異な職業の内幕を描くエンターテインメント作品と見せながら、その底に流れる社会と人間への観想には、この作者の一貫した思いが感じられる。女性を描いて卑屈にも抑圧的にもならず、ユーモアと距離感を保ちつつ、独自の女性観を展開する作風はオリジナリティにあふれている。


あずまんが大王
荒俣 宏   これはキャラクターの勝利だろう。推薦したくなるフレッシュさを感じる。 なお、今回は「好きな絵を描ける人」という視点が推薦欲の源となった。
印口 崇   なんでもない学園ものを4コマで描きながら、チャチなキャラクターたちとちょっとした不思議テイストで今の若いまんが読者に絶大な支持を得ている。新世代の4コマとして大いに評価できる。


犬夜叉
里中満智子  この作品のみならず、高橋留美子という存在が手塚賞にふさわしいと思う。 私個人としては氏にはひとつの作品で賞を得るよりも「高橋留美子の全業績」として賞の対象になればいいと思うのだが・・・
村上知彦   少女まんががマニアックな縮小再生産を繰り返しつつあるいま、ケレン味を感じさせない正攻法で、妖怪アクションとしても恋愛ロマンとしても、性別・年齢を問わず文句なく楽しめる間口の広さは貴重だ。コメディ・タッチを交じえながら、運命の謎を描いてゆく緊密なストーリー性は、少女まんがにとって「恋愛」とは何かを描き続けるこの作家の、円熟した境地を感じさせる。


ハーイあっこです
呉 智英  「小さな恋のものがたり」の後日談を、それと並行して20年以上描き続けたことは偉業と評すべきである。平凡であることの価値が忘れられている現在、いま一度足元を見つめた生き方を提示した意義は大きい。みつはしちかこは、非凡なる平凡である。


プラネテス
印口 崇  近未来の宇宙空間を舞台に、宇宙と人類の関わりを地味だが的確なディテール描写と説得力のあるドラマ構成によって、ロマンある物語として描いている。
竹内オサム   画面全体からあふれる気品のようなものがいい。まだ画風的には安定していないようにも見えるが、誠実さが全編にあふれている。設定もおもしろい。宇宙にちらばるゴミの回収処理業者という職業の設定は、おそらくマンガではこれが初めてでは。現実にこれからもそうした職種が誕生するのかもしれない。が、いまの段階では、明らかに作者の豊かなイマジネーションの産物である。そうした設定にも、作者の才能が感じとれる。


コドク・エクスペリメント
夢枕 獏  星野氏は数少ないSFマインドを持った、SFマンガの描き手です。この作品は、氏の画力があってはじめて成立し得た作品と思います。
米沢嘉博   画力、構成力、技術、アイディア、物語、そのどれも卓越したものであり、おそらくSFマンガの描き手としては、比肩する者のいない作家が星野之宣だ。リアリティもあり、物語の結構にもスキはない。が、この完成度、文句のつけようのなさが彼の欠点であるのかもしれない。この作品がというより、海外のSF小説・SF映画に対抗しうる、たぶん訳出しても海外の読者の目には耐えうる星野SFのインターナショナル性を持つ作品の全てということで、評価し推薦したいと考える。


真ッ赤な東京
荒俣 宏  無意味なところの頑張りをダンディズムにまで昇華させている。無くてもいいが、あれば手を出したくなる不思議なカトゥーン集だ。
いしかわじゅん   この作品が昨年発表された漫画の中で一番優れていたかといわれると疑問もあるが、漫画以外のところからもこれほどのものが出てくる漫画という表現手段の成熟に対してという意味も含めて、ぜひ記憶に残しておきたい。


日露戦争物語
村上知彦  日本の教育問題の原点として日露戦争に向かう明治と、学問に生き方と夢を重ね合わせた人々、という設定が面白い。デビュー作「BE FREE!」以来、学校や教育を主題に描き続けてきた作者の、代表作となる予感がある。ただし、まだ物語の発端部分として主人公の少年時代が描かれたにすぎないため、本年度は作品の存在に注意を喚起するに止めたい。


OL進化論
関川夏央  4コママンガとして正統的な明るさとウィットを持っている。


フルーツバスケット
石上三登志  空想科学へのノスタルジアときわめて現実的な時代感覚を同居させ、スリリングかつミステリアスにまとめていること。


こちら葛飾区亀有公園前派出所
里中満智子  何度も推薦しているので同じコメントばかりをくりかえすことになるが、毎回毎回確実に笑わせて長年レベルを維持し続けているのは並たいていの技ではない。人を笑わせることのむつかしさにチャレンジし続けている努力がすごい。いわゆる「クロウト受け」ではないので過小評価されているような気がしてならない。


福神町綺譚
荒俣 宏  インターネットを介したIT型インタラクティヴ漫画として壮大な企画。ともすれば職人技におちいりがちなマンガの世界に新風を吹きこめるか?このような実験をなぜもっとできないのだろうか、マンガ家たちは。
竹内オサム   ネットに掲載するマンガという、おもしろい試みのマンガ作品。読者からの投稿も作品世界に組み込み、不思議な空間が創造されている。つねにリセットされる架空の福神町は、そのままコンピューターの比喩でもある。と同時に、大正から現代にいたるさまざまな事物が、大量にコラージュされていて、いかにも電子ブックといった印象を与える。いにしえの商標やおもちゃなども、画面上では表情を変える。こうして自在に組み合わされると、かえってポップな感じがするから不思議だ。


あずみ
米沢嘉博  何を今更という気もするが、一次選考リストからしいてベスト5を2001年という時点であげるなら、個人的にはあげざるをえない。魅力的な主人公とこれまでの小山ゆうの作品とはちがった無情さが、ドラマのパワーを生んでいる。予定調和や定石を崩すように、次々と気のおけないキャラクターたちは死んでゆき、あずみだけが生き残っていくという、従来の物語とは異質の展開が、この作品そのもののテーマとパワーになっている点も見のがせない。シンプルに、前に突き進んでいく物語は、何時の時代も魅力的だ。


ジパング
米沢嘉博  自衛艦がタイムスリップして太平洋戦争まっただ中に現れるというハリウッドエンターテインメント的設定ながら、著者が長年追究してきた様々なテーマを、今と過去の出会い、歴史の改変という物語の中で展開しようと試みた。歴史上の人物たちと海自の人間たちの出会いを通して描かれる今の日本、日本人の姿国家、そして戦争とは何かという問い、多彩なキャラクター達が入り乱れ、虚実混じり合った物語は、今マンガが失ってしまった手塚的ifの物語でもある。タイムスリップテーマのタブーである歴史の改変を論理ではなく、人間を元に行ってしまうという大胆さも好ましい。


ぶっせん
いしかわじゅん  そう長いキャリアではないのに、ベテラン並みの構成力を持っている。画力もまた、新人の中でと限定する必要もない程、群を抜いている。異様な設定の中から普遍を見つけ出すセンスもまた素晴らしい。


■最終選考コメント


荒俣 宏氏
 手塚治虫文化賞としては全作決め手がない。いちおう順位はつけたが、該当作なしに近い。  『秘密―トップシークレット―』『The World Is Mine』は、いずれもコミックとしては卓越している。が、課題も多い。『The World Is Mine』は、たぶん手塚治虫が好まないタイプの重いジョーク。それで『秘密―トップシークレット―』を一位にしたわけだが、いちばん無難かつマイルドな作品を推薦せざるを得ない結果になった。しかし手塚治虫が好ましく思うであろう力作である。  いちばん「旬」なのは『ヒカルの碁』だが、碁と怨念は相性がいいだろうか?鍋島のバケ猫騒動は碁がからんでいたように記憶するので、関係はないことはないだろうが、何か「陰陽師」っぽいキャラで子供の目を引く作戦の必然性がほしかった。今後の展開に期待しよう。

印口 崇
 ともかく『ヒカルの碁』はおもしろい。少年もので流行の「戦い」が主題ではあるが、相手の心を思いやる心根の深さはほったゆみのシナリオのうまさだと思う。また小畑健のたぐいまれなる絵画性、まんがの構成力は幅広い読者に読まれると思う。碁という地味な題材をよくぞこれほどおもしろくしたと思う。これほど読んでいて気持ちのよい、繰りかえし読みたくなる、心おどる少年まんがはひさしぶりだ。

里中満智子
ONE PIECE:圧倒的な人気の源はキャラクターの個性と多様さにあるのではないだろうか。 少年雑誌連載だが、少女たちの支持も同等に得ている。 一人一人のキャラクターの個性や動きが「普遍的なマンガの基本の魅力」を感じさせてくれる。

The World Is Mine:この作者のもつ最大の魅力である「熱情」がこの作品でも充分に発揮されている。 「共感」と「嫌悪感」が交互におそってきて読み手をいたたまれない気持ちにさせる。断崖絶壁にかけられたつり橋の上で美しい音楽を聴きながら歯の治療を受けている―そんな不安と感動の不思議な味わいがある。

ヒカルの碁:(一次選考の記述に加えて) いわゆる「常道」をつらぬきながら無理なく少年の成長を見せているのはきちんと組み立てられたドラマ構成の力が大きいと思う。

バガボンド:原作とマンガの新しい関係を築いた作品であり「画面の力」の圧倒的な強さは誰もが納得するところだと思う。ただ私個人としては「もう充分評価されているのでここはいったん『完』を見とどけてから本賞について考えてみたい」と思っていたので、第一次ではあえてはずした。最終選考に残ったので、いたしかたなく順位をつけるが「完」を見とどけてから......という思いは残っている。

ベルセルク:各キャラクターの存在理由の確かさが説得力につながっている。読み手が無意識のうちに画面の中に入っていけるのは、カメラアングルの工夫によるところが大きいと感じた。読者の視線の動きを考えた画面構成だと思う。

秘密―トップシークレット―:人をひきつける力のある画面に読み手は心地よく身をまかせられる。読み終えて「本当にこの人物はこういうつもりだったのか?」という疑問が残るのは......。「見た者」が「自分の感じ方」で死者の本心をつきとめる。その「感じ方」が「死者そのものの本心」とイコールなのか?というじれったい感覚があって、割りきれないものが残る。

関川夏央
 『ヒカルの碁』には、碁になじみのないものにも物語を追わせつづける不思議な力がある。また、この作品におけるストーリーメイキングと作画の関係は新しい。それが、これまでのところ物語の躍動感を生み、「教養マンガ」としての骨格を太いものにしている。『バガボンド』は安定している。巧みだと思う。しかし全体の主題がもうひとつつかまえにくい。吉川英治の「修養主義」に対して現代では何を提示するのか、何が提示し得るのか、それが私には見えない。『秘密』はアイディアがまったく不完全。手塚治虫の同工の作品に遠くおよばない。『The World Is Mine』は物語が途中から破綻している。『ベルセルク』の絵の達者さは理解できたが、たのしめない。『ONE PIECE』は物語を追うのが苦痛だった。ゆえに以上は順位をつけることができない。

藤本由香里
今年は今年であることを基準に選びました。
『秘密―トップ・シークレット―』 今年、衝撃力ではこれにまさる作品はない。舞台は近未来、「死者の眼の記憶」を再生することによって明らかになる事件の真相。それは単なる謎解きを超えて、人間の心の真相にグサリと食込む。しかも、このものすごい作品は、1作2作3作・・・・・・と回を追うごとにその深さと広がりを増してきている。まだ単行本になっていない第3作、そしてまだ描かれていない第4作は我々に、これまで以上の驚きを与えてくれるだろう。ことに第3作のラスト、謎解きのあとに付け加えられた秀逸なエピローグに、私は不覚にも涙してしまった。

『ベルセルク』 これを読んでいるといつも、刃の鋭い切っ先の上で踊る韓国の巫女を見ているような思いに捉われる。ちょっとでも気を緩めれば身体は真っ二つ。「まだ生きている」―それだけが希望であり、同時に絶望でもあるような世界。これでもか、というぐらい追い詰められたぎりぎりの状況で、その残酷さに嘔吐しながら、それでも、最後に残るのは髪の毛の先ほどの微かな「希望」なのだ。少年マンガの骨太さと、少女マンガの持つ「魂の柔らかさ」、その二つを兼ね備えた魅力的な作品である。

『ヒカルの碁』 このマンガのおかげで小・中学生の間に囲碁ブームが巻き起こっているというが、囲碁という難しいテーマを題材に、ここまで面白く描けるというのはすごい。キャラクターの設定もそれぞれに魅力的だし、なにより、帝の碁の指南役だった平安貴族の霊が主人公の少年に乗り移る、という設定が、碁の歴史や定石の変化を生きたものとさせ、しかもこの二重性が、後々の物語の伏線となって、話に奥行きと膨らみを与えている。

『ザ・ワールド・イズ・マイン』 最初に読んだとき、私はどうもこの作品があまり好きになれなかった。すごい、とは感じつつも、けれんみがありすぎるというか、もうすでに「みんなわかっている」この社会の醜悪な部分を拡大して見せた作品だと思えたのである。だが、その後もこの作品の行方は気になり続け、完結してみると、この作品に敬意を表さずにはいられないような気持ちになっている。なにより、この作品で問われている「テロに抗するために、人にはどれほど意識的な犠牲を伴う<攻撃>がゆるされるのか」という問いは、今、まさに人類が直面している問いである。そして、たとえ政治家であっても、この問いに正面から真摯に答えられる人はほとんどいないといっていい。だが、新井英樹氏は、自分の力が及ぶ限りこの問いに答えようとした。オウムと大震災に触発されて描き始められ、テロの年に完結したこの作品は、それによって「現代の黙示録」となった。この作品からどういう答えを引き出すかは人によって異なるだろう。しかし、今こそ読まれるべき作品であることは間違いない。

『バガボンド』 なんといっても圧倒的な画力!今の日本に(いや、世界に)これ以上画のうまいマンガ家がいるだろうか?ただ武蔵が強いやつと対決して勝つ、それだけの話だとわかっていても、震えがくるほどの画の迫力に思わず呑み込まれてしまう。切迫した「命のやりとり」の中でお互いの間にどんな<気>が動くのか。そこが描けている、というところがこの作品の魅力だろう。おりしも連載の方では新章が始まり、「武蔵の闘い」を超えたドラマが描かれようとしている。これから先の展開に期待したい。

『ワン・ピース』 これも、読みつづけていると、次々に登場するユニークなキャラクターに楽しまされてしまう。ピーター・パンが大好きで、「海賊」という言葉に胸躍らせた幼い日のことを思い出して心が広がっていくのを感じる。そういえば『リボンの騎士』にも海賊が出てきたし、『長靴下のピッピ』や『トム・ソーヤの冒険』にもそういうシーンがあった。今も昔の子どもの夢をかきたててやまない「海賊」、そのロマンを体現した作品。

J・ベルント氏
 手塚治虫文化賞のための選考にあたり、どうしても「手塚治虫」や「文化」にこだわってしまう。言い換えれば、この賞をもって朝日新聞の紙面において一体誰に向かって、どのようなマンガを宣伝したいのかを考えずにいられない。これについては、以前指摘してみたが、残念ながら、意見交換する機会が得られなかった。
  さて、最終的に与えられた6作の中からなぜ「秘密」を第1位に、「ヒカルの碁」を第2位に選んだかをごく簡単に述べておこう。
 清水玲子の「秘密」は、推理小説やSFの要素を採用しながら、もともと不可視である脳内の映像を可視化できればどうなるかをめぐって、2つのストーリーを提示するが、その際、結局暴露されるキャラの具体的な「秘密」を超えた形で、マンガというメディアを特徴づける「可視と不可視」や「画と言葉」(聴覚的情報を直接再現できない視覚優先の表現としてのマンガ)に読者の注意を向けさせる。それは冒頭から、特定の場面が言葉に頼らず、数少ないコマやページできわめて効率よく描写されることからも、また、その場面における「外の視点」と「内の視点」の移り変わり、同じ人物の話す行為と見る行為のずれからも明らかになる。さらに、「君のように見た物や聴いた物を『そのまんま』まともに信じて受け止めてしまうような単純[ルビ:ストレート]な人間は簡単にひきずり込まれるんだよ[略]あっち側に」(108頁)というセリフを手掛かりに考えると、このマンガが、幻覚と実像の関係を追求しながら、読者とマンガとの関係を主題の一つとしているのではないかと思われる。一見してそれは、主人公の内なる現実と外的世界の関係を探究してきた少女マンガに当てはまるように見えるかもしれない。しかし、最終ページにある「お便り」、つまり薪というキャラが「『若い』んじゃなくて『若く・・・見える』んです...」という指摘は、マンガ自体やその他のフィクションへの考察の扉を開く。清水玲子のこのマンガは、いろいろな読みを可能にするので、「若い」(女性)読者だけでなく、もっと広い読者層に勧められる作品である。
 ほったゆみ・小畑健の「ヒカルの碁」は、現代にふさわしい(つまり女の子を考慮に入れる)形で「ジャンプ」らしさを継承しているように映る。もともと視覚的なアクションへ翻案しにくいはずの設定であるが、読者はこのマンガを、それを成り立たせる表現上の要素を忘れて、テンポよくおもしろく受け入れることができる。興味深いことには、「ヒカルの碁」も、近年流行している「平安ブーム」にある程度則り、藤原佐為の気持ちをハートマークで表すなどによって、一般的に女性らしいとされがちな平安文化をめぐる常識を借用している。
 ところで、士郎正宗の「攻殻機動隊」は、「秘密」などと比べると、かなり限られた読者層、つまり圧倒的な量の技術的データを提示するSFや、ストリップショーの踊子に見える女性キャラを好む読者にアピールするかのようである。ただ、それよりも多くの側面を抱える作品なので、もともと特別賞に推薦したいと思っていた。例えば、素子をはじめとする女性キャラは、単に「男性的」視線に曝される静的美少女ではなく、むしろ高度な行動力を示して、自分のセクシーな身体を伝統的な異性愛にささげない。ところで、サイボーグとしての彼女たちは、キリスト教や西洋近代を背景とする心身あるいは「ゴーストとシェル」の二元論を、(同性愛風の行為などの)「同化」を通して相対化し、さらに、身体の自然で真正な在り方を表象してきた「裸体」と、身体の新たな「人形性」をめぐる問いを浮かび上がらせる。この点は、「攻殻機動隊」の一つの魅力として日本国内外で評価されてきた。周知の通り、「攻殻機動隊」は、アニメ映画化された形で欧米において人気を博し、マンガの英語訳も、士郎正宗の他の作品と同様に出版されてきた。国境を超える迫力自体が受賞に値すると思われるが、「攻殻機動隊」というマンガをめぐる「文化交流」がこのような外的関係だけに限らない。とりわけ第1巻において見られる80年代以降の英語圏・フランス語圏のマンガとの表現上の接点は、近年の紹介のお陰で、ようやく日本の一般読者にも評価されうるだろう。さらに、東西文化とは別に、第1巻と第2巻の関係から、もう一つの文化交流、つまり従来のマンガ文化と情報化時代におけるマンガ文化との交流が見受けられる。

村上知彦
 「ONE PIECE」は、たしかまだ無冠だったのではないか。真っ向から友情と信頼を謳いあげる海洋冒険譚は、いまのまんが状況の中ではそれほどに異端なのだろうか。賞に「運」や「タイミング」はつきものとはいえ、3年連続読者投票1位の意味するところのものは、無視されていいとは思えない。

 「ザ・ワールド・イズ・マイン」が突きつけた、圧倒的暴力の前で立ちすくむほかない現代社会への問いは、9・11以後の世界の中でますますリアリティを増している。この作品をエンターテインメントとして読めてしまうこと自体が、読者の中に重い問いかけを残し続けている。時間を置いて、何度でも読み返されるべき作品のように思う。

 「ベルセルク」は、新章「千年帝国の鷹編」に入って物語が再び動き始めた。不器用な作家だけに、絵が物語をひきずってしまう部分があるが、それがいい意味で力を充分にたわめて転がり始めた確かな感触がある。ここまでくれば、あとは物語の流れに身をゆだねてまだ見たことのないラストまで連れ去ってもらうだけである。

 「秘密」の提示する、サスペンスの新たなリアリティは、読むものを確実に虜にして離さない。かつてなら超能力者の物語としてファンタジーの様相を帯びただろう、他者の記憶を知ってしまう恐怖と孤独が、誰の身にも起こりうる可能性として示されたとき、その孤独と恐怖もまた新たな次元で生起する。まだほんの発端にすぎない物語の、今後の展開を注視したい。

 「バガボンド」は、文句なしに素晴らしい。描くことの喜びが伝わってくるような、その絵を眺めているだけで、幸福な気分になる。ただし、安心して楽しめる分、この先どんな世界が広がるかが気になるという意味では、同時進行で描かれつつある「リアル」に一歩を譲る。すでに各種の評価を充分に得ているという点でも、改めて上位に推すのはややためらわれる。

 「ヒカルの碁」も、まんがを読む楽しみを十二分に堪能させる、とてもよく出来たエンターテインメントだ。とりわけ、数多いキャラクターをそれぞれ個性的かつ魅力的に描きわけ、物語の中にふさわしい居場所を与える技術は称賛に値する。ただ、物語そのものは「あしたのジョー」以来の、無垢な天才の成長と挫折、放浪と帰還の反復であり、全く新しい世界が切り開かれたわけではない。

米沢嘉博
 今、もっともアクチュアルな作品をあげるなら「ジパング」「20世紀少年」としたい。未来を変えていこうとする意志と世界の変容がそこでは描かれようとしているからだ。共にSFではあるが、気分としての同時代性を濃厚に漂わせているともいえるだろう。―そして、その前の時代を体現していたのが「The World Is Mine」であり、その完結は、何処か一つの時代の終りを思わせた。だから、今、それは終ってしまった「物語」としてしか読むことはできない。それでも、この錯綜し、視点を分散させた「人類喜劇」の試みは充分に評価されていかなければならない。すっきりせず、知りたいことが全て説明されたわけでもなく、予定調和にも向わないこの混乱は、エンターテインメントを拒否した物語の「リアル」でもあるのだろう。拒否の感覚や嫌な感じを抱かせることを承知の上で、この作品をベスト1としたい。少なくとも「語るべきこと」のために描かれた物語であるのだからだ。
 「バガボンド」は、逆にいかに語るかということのために、「説話」でもある既知のヒーローとよく知られた物語を使っているのだが、ディテールへのこだわりと細部の膨らませ方が、全く新しい武蔵像を創り上げつつある。コマの切り取り方、一コマ一コマの表情が、ドラマを語っていく。それは、マンガという方法論を駆使した、あきれるほどの時間と労力をかけた、ドラマ演出の試みでもあるのだろう。まだ、先は長い。
 「ベルセルク」は、個人的には、今中だるみのように思えるが、毎回のノミネートもあり、何処かで評価しておくべき作品だろう。清水玲子なら、やはり「輝夜姫」で賞をとってもらいたいと思う。「秘密―トップシークレット―」の方が、SFとはいえ、サイコサスペンス的構成で一般にも読み易いドラマではあるだろう。が、そのストーリーの根底を流れる「やおい」的関係を読みとれるかどうかで、面白さの度は全く違ってしまう。男性読者の反応は、このキャラクターの絵姿にリアリティを感じないが故に、難しいとも思える。ここに少女マンガの特殊性を見てしまう読者も多いかもしれない。
 「ONE PIECE」は相変らず、元気いっぱいの少年マンガで、その正統性は頼もしい。
 「ヒカルの碁」は少年マンガの枠組に少女マンガ的ファンタジーを挿入したマンガだが、絵のかわいさ、しっかりしたストーリー構成と、よく出来ている。ヒカルとサイの関係を楽しむのはよいが、「ハリーポッター」などにも通じる、他力本願的魔法の力による戦いや冒険は、個人的にはすっきりしない。やはり、少年は努力し、成長していかなければと思うのは、古い考えなのであろうか。

 


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