■本賞選考方法
1999年中に発売されたマンガ単行本を対象に、まず一般読者やマンガ関係者などから候補作の推薦を募り、同賞選考委員による1次選考(投票)を経て6作品をノミネート、さらに最終選考の投票で受賞作を決定しました。
また、マンガ文化への貢献者などに贈る特別賞は、選考委員や関係者の推薦をもとに朝日新聞社が慎重に審議、決定しました。
1次選考コメント(作品別)
西遊妖猿伝
●関川夏央 マンガの原点である物語性の、おそるべき展開能力。
●竹内オサム 中国の伝奇小説を独自の味つけで料理する手ぎわが光っている。画風は一見泥くさいが、それが逆にマッチしている。民俗学や神話等に精通し、それをイメージ化する才能は稀有のもの。連載は2年ほど前に終了(第2部)したものの、かき加えの単行本が(その第2部最終巻が)ちょうど今年春に刊行されるイミングもよい。
●村上知彦 一昨年から再刊行され始めた単行本が、ようやくこれまで未刊行だった第二部「河西回廊篇」にさしかかった。戦乱の中国に、妖怪である巨猿の精を受けて生まれた孤児・悟空が、天竺を目指す玄奘法師を守りつつ、自身の存在の秘密を探し求めて妖怪たちとの戦いの旅を続ける。一九八三年に描き始められて以来、十五年以上に及ぶ紆余曲折の末、ようやくその全貌を現わし始めた諸星版「西遊記」は、雄大な物語を読む楽しみを存分に味わわせてくれる。この特異な個性を持つ著者の、まぎれもない代表作となる作品である。
●呉智英 「西遊記」に想を取りながら、それを超える壮大な奇書にしあげている。野心、情欲、怨念、求道...これらすべての結び目として、人界と冥界をつなぐ悟空を創りあげた想像力は凡百のマンガの及ぶところではない。連載に何度も手を入れてさらに質を高めようとする熱意も評価したい。
●米沢嘉博 「西遊記」はマンガにとって一つの原点でもある。手塚治虫を始め、多くのマンガ家が挑戦し、現在も5~6本が連載されている。キャラクター性、物語の構造などマンガ向きという事もあるのだろう。そうした中、この諸星版「西遊記」はこれまで全くなかった新しい視点と、中国史を踏まえたリアリティによって、マンガならではの壮大な物語として展開されている。マニア向きと思われてきた作家だが、その奇想と物語作家としての力は、たぶん唯一無二の存在といってもいい。手塚賞出身とはいえこれまでも、そしてこれからも賞とは無縁の活動を続けてきたが、手塚治虫文化賞ならば、彼にふさわしいと考える。
●いしかわじゅん 長年にわたり、すぐれたこの作品を描いてきて、少しも質が落ちていないことを、まず評価したい。多くを語るまでもなく、諸星の傑作のひとつだ。そろそろ賞を与えておきたい。
●荒俣宏 そろそろ輝かしい場所へ出てもいいのではないか。諸星としては最もハリウッド的な作品なので、これが一般にアピールしないと...
ドラゴンヘッド
●関川夏央 最高水準の現代文学。
●呉智英 阪神大震災とオウム事件を予見したような終末劇の中に、人間の持つ光と闇の部分を見事に描き出した。細密な描線がそれと見合った内容と融合し、娯楽作としても一級品である。
●米沢嘉博 これまでも何度か候補となった作品だが、世紀末SFとしてスタートし、99年末に見事に完結した。少年や少女たちの日常と異常な状況を対比させながら、破滅と終末のヴィジュアルをリアルに描写し、抑制のきいた物語展開と丁寧な仕事で、世界を閉じた。物語としてのカタルシス、マンガとしての破天荒な面白さをある程度捨てて、こうしたリアルなラストシーンを選んだことの是非が評価の分れ目だろう。何にしても、現時点でのマンガの一つの到達点として評価したい。
●石上三登志 依然として持続するダイナミズムが、先の見えないシチュエーションやプロットに似合い、最終着地点をスリリングに期待させている。パニック物、破滅物には違いないが、日本ではSFX映画化はほとんど不可能という実感すでにあり。
●村上知彦 阪神大震災を予見するごとく始まった、主人公の少年少女に仮託された人間の「心の闇」をのぞき込むかのような閉塞感にみちた迷宮めぐりの物語も、いよいよクライマックスを迎えようとしているようだ。ここまできたらきちんと完結を確かめてからとも思ったが、タイミングとしてはむしろ完結直前のいま挙げておくべきようにも思えて、とりあえずの2点とする。
ベルセルク
●いしかわじゅん 骨格の大きなストーリーを、大胆な構成と緻密な絵で描いている。凡百の安易な「ファンタジー」という名を借りた御都合主義の物語群とは違う確かな手応えは、手塚治虫の名に恥じないと思う。
●藤本由香里 今、連載されているマンガの中で一番面白い。
●水野英子 グロテスクだが暗黒世界を描いて迫力がある。イマジネーションは豊富。
●夢枕獏 これまでにも何度か書きましたが、筆力の確かさ、テーマの持続性、どれをとっても、一級の作品と思います。
イティハーサ
●藤本由香里 1999年完結。高い完成度。宗教の本質を問うという今日に肉薄するテーマ。
●里中満智子 努力のたまものというべき作品。ずっと同じテンション、律気さを保って描きつづけるのは大変だったと思う。精神的にも高い次元を要求される仕事をやりとげた作者にエールをおくりたい。
●夢枕獏 長大なる物語を、息長く描き続け、完結させたことにより。
The World Is Mine
●呉智英 一見無目的な殺戮と暴力、怪獣の出現、きわめて現実主義的な政治家...途方もない設定で、それぞれの要素がバラバラに飛散しそうになるのを一つのドラマにまとめあげる力量がすばらしい。求心的な価値が見出しえない現代に問いかけるものは大きい。
●細萱敦 基本的には連載中の作品を中途で判断して受賞させるのは反対なので、単なる点数の割り振り上でトップになっただけです。逆に言えば、それだけ完結した作品に決定打がなかった年でした。"該当作なし"という年もあってもいいんじゃないでしょうか。かえって来年、さ来年あたりは高レベルの争いになると思います。本作の評価も本来はその時点で下されるべきですが、「宮本から君へ」「愛しのアイリーン」と作品ごとに、人を殺すことへの衝撃がより深く追究されていっているのが判る。
●米沢嘉博 世紀末パニック物といえばそれまでだが、確固たる日常の中に投げ込まれた二つの遺物によって、現実が崩れていく様が、様々な視点、色々な人物、そしてメディア報道によってそれこそ巨大な祭りのように盛り上がっていく。叫び、怒り、騒々しく、汗臭く、うっとうしいまでの粘度が、この何が起きているか解らない物語を肉体感覚として伝えていく。味わい、体験するという意味合いにおいてこのマンガは、特異な力を持っていることはまちがいない。
I'm home(アイム・ホーム)
●里中満智子 淡々と描きながら深い。人間とは何かを考えさせてくれる。手塚作品の底に流れる、哲学とつうじるものがある。
●石上三登志 きわめて日常的なドラマに、マンガならではの実験精神を持込み、奇妙で特異なペーソスとして描き切っている。この国らしい家庭劇への、この国らしからぬユニークな挑戦が印象的である。
うずまき
●荒俣宏 最も油の乗り切った妖怪まんがを描く作家だろう。これまでにも古屋兎丸、唐沢なをき、丸尾末広など推薦してきたが、他の方々の賛同なき結果がつづいた。こんどこそは!
●竹内オサム "うずまき"というテーマそのものがまずよい。描写力もあり、またホラーものでありながら一歩キョリをおいたユーモアもただよわせている。独自の世界。発想がどんどん飛躍していく構成力にも驚かされる。
国立博物館物語
●石上三登志 新しい情報と、不変のセンス・オブ・ワンダーを、確かな絵と万人向きのアプローチでまとめ、適確なエピソードで語り抜いている。分り易く、チャーミング、かつ対象読者の幅が広い、新「情報マンガ」である。
ヒカルの碁
●水野英子 碁という地味な世界をまんがらしいファンタジーを加えることで面白く構成している。絵もきれいで可愛く好感の持てる作品。
●印口崇 「碁」という題材もユニークだが、それをベースに個性豊かなキャラクターを配し、ジャンプテイストを確立したのは見事。元々卓越した描写力に定評のある小畑健の絵のうまさがよりひきたつドラマでもある。雅なキャラクターというのはうまい。
エイリアン9
●印口崇 斬新な設定。予想もつかない展開。驚くべき、そして感動的な結末。ありがちな題材を独特の切り口で演出していった手腕に感動した。ひさしぶりに次回が待ち遠しかった作品。
●石上三登志 奇想天外なSF設定はマンガ的に説得力があり、学園物として異色中の異色作となっている。マンガらしいユーモアが感じられるのも、それが意外に乏しい昨今、貴重である。
輝夜姫
●村上知彦 美青年と美少女が豪華に入り乱れる少女まんがの王道を守りつつ、リアルな政治アクションでもあり、壮大なハードSFでもある。世界の要人の子弟の臓器スペアとして、絶海の孤島でひそかに育てられたクローンたちの細胞が、移植された体内で反乱を起こす。彼らの出生の秘密のさらに向こうに横たわる、地球と月をめぐる人類誕生の謎。少女まんがらしい「自分探し」の物語の端々にのぞく、暴力的でグロテスクな「怒り」のイメージが美しい。
●米沢嘉博 90年代に入って、SFの冬の時代が続いている。それは、SFの持っていた手触りにリアリティがなくなっていったためかもしれない。そうした中、海外SFのにおいを濃厚に漂わせながら、しかも女性でなければ描けない視点で、堂々と物語られていく本作品は、気持ち良いほどSFへの信頼を題にしている。想像力によって作り上げられた異世界、もう一つの世界を演出させることは、マンガに許された、いや、マンガ本来の持っていた目的ではと、手塚作品を読む度に思わされる。SFの、少女マンガの現時点での代表として本作をあげることにする。
●荒俣宏 いい意味にも悪い意味にも飛躍と失神のテイストを味わわせてくれる正統少女まんが系。SFファンタジーの作家。
ゴーダ哲学堂 空気人形
●細萱敦 完結した作品としては、最高点を入れたので、事実上私のベストだとは思いますが、ただしこの作家の場合、いくつかの短編集の最上の部分を総合評価していくべきタイプなので、前作(?)「詩人ケン」との合わせ技で推した感があります。
●呉智英 名作「自虐の詩」以来、人生の意味をマンガに描き続けてきた業田良家の一つの到達点である。宗教でもなく、俗流人生論でもなく、しかし人生を問うことが現代でも可能であることをマンガで描いていることに注目したい。
め組の大吾
●里中満智子 少年マンガの基本をおさえていて、なおかつ広い年齢層にうったえる感動がある。マンガの持つ情景描写の力を出しきっている。
●藤本由香里 都市防災というテーマに切り込み、エンタテインメント性も高い。1999年に完結。
ARMS
●印口崇 超能力を持つものたちのバトルロイヤル的な展開だが、人と人とのつながりを丹念に描き込み、主人公たちが背負う宿命の重さを真摯に訴えることで読者に感動を与えている。正統少年まんがの本懐がここにある。
●石上三登志 スペクタクル映画、伝奇小説、ゲームなどなどの魅力を合せ持つ、新エンタテインメントの可能性をすでに予感させている。逆にいえば、だから今後の展開を期待するのみである。
金瓶梅
●荒俣宏 ここのところ気を吐いている中国物大河まんがの中で、ひたすら、うれしさを感じさせる。がんばれ、と応援したくなる気分を票にしたい。
こちら葛飾区亀有公園前派出所
●里中満智子 笑わせることのむつかしさをクリアーし、かつ長年にわたって維持しつづけるのは並々ならぬ力量。こういうタイプの作品は何かと賞に縁がなくなるもので、そこが不運な気もする。
●細萱敦 基本的にはギャグ漫画だし、いつ終るか分からない連載というのもこの賞とは矛盾するかも知れないですが、あえて推したのは、現代の「鉄腕アトム」的なものが見えたから。時どき出る総集編の中で、ニューメディアの特集を見るにつけ、それらをこなす小学生と両津巡査の姿に、進化した情報化社会の現実とともに、それを乗りこなせず暴走させる人間への皮肉が込められていることに今さらながら気づいたというわけです。
百鬼夜行抄
●夢枕獏 現代に、いかに妖物を出すかという、テーマを上手にこなしていると思います。いずれも短編ながらよく描けていて、しかも、こわいところが凄いと思います。
YASHA-夜叉-
●村上知彦 遺伝子操作によって生まれた天才少年が、その出生の秘密と副産物である殺人ウィルスをめぐって、軍や政府ともつながりを持つアメリカ巨大バイオ企業と対決し、自らの存在の謎に迫ってゆく。同じ遺伝子を持つ"弟"との美少年同士の確執の細やかな描写など、少女まんがで花ひらいた「男の世界」を堪能できる。愛するものを次々と奪われた主人公が、夜叉のごとく冷酷な復讐に立ち上がり、物語はいよいよ佳境に入ったところである。
アジアのディープな歩き方
●竹内オサム アジアの人とその生活を、ていねいにと同時にユーモアを交え描こうとする姿勢がよい。人物たちの行動も生々している。なかなかの描写力。旅行人というマンガの出版社でないところから出たので、知られにくいが秀作。
●細萱敦 日本の漫画家は多忙なゆえか海外雄飛するタイプが少ないように見受けられます。ともすれば旅行エッセイ的な作品が多い中、高い問題意識に支えられた佳作だと思います。手塚治虫の遺作の中でも「グリンゴ」という中南米での日本商社マンのあつれきを描いた作品が、最も期待できたものだったのも、今、日本人自身の手による日本人の相対化がもっと成されるべき時代だからではないでしょうか。
いしいひさいちの問題外論
●関川夏央 時事、経済、国際、各問題に対する、その天才的な分析・批評能力。
カイジ
●夢枕獏 これまでにない新しい視点で、バクチというものを描いたのは凄い。人間の心理について、よく描写できていると思います。
●いしかわじゅん 物語になりにくい分野に果敢に突入し切り拓いてきた腕力とバイタリティーをまず挙げたい。不器用だが誠実な制作姿勢も評価したい。
バガボンド
●荒俣宏 文句なしの実力派。時代まんがは、もはやこのくらいの実力と感覚の新しさがなければ通用しなくなると思う。「Buzzer Beater」など他の作品もすばらしい。
風雲児たち
●米沢嘉博 99年に単行本完結ということで、日本のマンガ史においても特異なスタイルによる数百年に及ぶ日本の歴史を描いたこの作品を新めて、推したい。ギャグとパロディを自在に混じえての語り口は、実は王道でありながら、今あまり見ることはない。そうしたスタイルに加えて、資料を駆使しての誠実な仕事は、マンガ本来の持っていた力を甦らせてもいる。3等身キャラによる感動のエピソード、シリアスなシーンでの吉本ギャグなど、ここにはマンガでしか描けない世界がある。古典として残っていく作品だと思われる。
●竹内オサム 歴史を実におもしろく読ませる。長期の連載でベストセラーになったというわけではないが、確実に読者の心にのこる作品。いわゆる勉強マンガと類似しながらも、作者独自の世界観があってよい。
マンガ ぼくの満州
●水野英子 忘れてはならない時代の記録をやわらかく優しいタッチで淡々と描くことで逆に胸にせまるものがある。貴重な証言である。努力を評したい。
宗像教授伝奇考
●夢枕獏 古代日本に、常に新しい視点と光を与えながら、物語を作ってゆく腕は、おみごとという他ありません。
●竹内オサム さまざまな文献を、自由な発想で結びつけてエンタテイメントとして読ませる力量はみごと。神話・伝説・昔ばなし等のリアリティが、絵空事のマンガの世界の中に再構築されている。ムダなコマが少なくじっくり読ませるマンガの典型。主人公宗像のキャラクターも実在感がある。
地雷震
●いしかわじゅん 久し振りに現れた、正当な青年漫画の後継者だと思う。イメージだけではなくストーリーを作ろうとしている制作態度にも好感が持てる。
弥次喜多 in DEEP
●村上知彦 同性愛関係にある弥次さん喜多さんによる、いわば冥界道中膝栗毛。重い十字架を背負って旅する二人につきまとうさまざまな死のイメージが、やがて美しい哲学的童話へと昇華してゆくさまは圧巻だ。ナンセンスなギャグを装いつつ、そのシュールなまでの残酷さはいつか透んだ意識へと転化し、この悪しき時代に投げかけた希望のメッセージとなっているように思う。
HELLSING
●印口崇 定番の吸血鬼ネタを独創的なキャラクターをクリエイトすることによって、作品全体の個性を際立たせている。こった人間関係、舞台づくり、そして伏線のはり方が読むものを引きつける。
Eden
●細萱敦 まだ連載中で結末も読めないので期待票です。まだ諸要素がうまく混じり合っていない、というか、色いろなところから借りてきているものが未消化な部分もありますが、それらを統合していこうとするパワーに大きな期待を抱かせる。登場人物の人生に深くくい込むという点では、大友克洋や士郎正宗のドライな視点とはまた違った方向性を持っているかも。それが吉と出るか凶と出るか、楽しみと不安半分。
ロダンのこころ
●いしかわじゅん 地味だが、良質なユーモアがある。現在の主流である安易さを排していながら、平易である。質を下げてわかりやすくする方法を取ろうとしないのは、非常に素晴らしい。
最終選考コメント
●荒俣 宏氏
長期にわたる連載物は"旬"があり、単に完結時点とか、単行本刊行時点とかで区切るのはむずかしい。その点で"ベルセルク""ドラゴンヘッド"などは過去数度ノミネートしたこともあり、今年はテンションが少しさがってきた。諸星大二郎についても同じことがいえる。
ONE PIECEは新鮮だったが、"新宝島"のような圧倒的な新世界のイメージがほしい。
イティハーサは逆になつかしすぎた。
The World Is Mine はおもしろいが、手塚テイストではなく、私の好みでもなかった。
●石上三登志氏
今年で四回目の通読だが、やはり「ドラゴンヘッド」は圧倒的なディザスター・スペクタクル、極限状況下の人間心理の活写、先へ先へと持続するスリルとサスペンスなどで、他のノミネート作を凌駕している。今後への期待感もこれが一番。
「ONE PIECE」は"海賊物"という魅力的な世界の再発見という意味でユニークである。スティヴンソンやトウェイン以来の夢と遊びの心がこんなところに受け継がれていたとは......!
●いしかわじゅん氏 『ドラゴンヘッド』
長い話を乗り切った構成力、持続力は評価されるべきだと思う。人間のみならず世界の成り立ちにまで踏みこもうとした試みは、非常に面白かった。
●印口 崇氏
『ベルセルク』 じっくりと読み込ませるストーリーワークはひたすらおもしろい。
特にガッツとグリフィスとの関係がこれほどしっかり練りこまれていたことに驚嘆する。
ベストセラーコミックとして男女問わず若い読者に圧倒的な支持を得ている点でももっとも今を代表するまんがであると思う。
『西遊妖猿伝』
「西遊記」を独自の解釈でこれほどドラマチックなドラマに仕立てたのはベテランの手腕。悟空を軸にした様々な人間模様が物語の節目、節目にユーモラスに織り込まれ、より深みのある読み物になっている。
『イティハーサ』
女性作家にしか描けない愛のドラマだと思う。
『ONE PIECE』
次から次に個性豊かなキャラクターが登場し、めまぐるしくお話が展開するジャンプならではの作品。こういうキャラクター付が今なのだと思う。
●呉 智英氏
一次選考と同。
●里中満智子氏
コメントなし。
●関川夏央氏
「ドラゴンヘッド」「西遊妖猿伝」ともに作者の実力を感じさせる雄大な作品で、とび抜けた印象。
まったく刺激を受けない、そのおもしろさを理解できない、方法の意図はわかっても賛成できない等の理由で他の4作品に順位をつけることは不可能。
●竹内オサム
「西遊妖猿伝」は、伝奇小説を自己のものとして消化しつつ、独自の世界を展開している。絵柄も味わいがある。一見ヘタそうに見えるが、土っぽい画風が、作品世界とマッチ。現在、これほど深みのある作品を描ける人は稀だと思う。よって第1位にあげた。
「ドラゴンヘッド」は、時勢と結びついた点もあるが、それをのけても、スリリングな展開には目をみはるものがある。現在文明社会の薄皮を引き剥がされた感じがする。絵柄も現代性を感じさせる。
あと、「ONE PIECE」、「ベルセルク」、「イティハーサ」......の順にあげたのは、物語としての整合性と娯楽性、読者を引き込む魅力等から判断。「ONE PIECE」はエネルギッシュなマンガだと思う。「ベルセルク」もそうなのだが、物語展開がやや平板な点が難。
以上。
● 藤本由香里氏
三浦建太郎『ベルセルク』
現在連載されているあらゆる作品の中で、私には、これが一番面白い。私はこの物語を読んでいるといつも、研ぎすまされた刃の上で踊りを踊るという韓国の特殊な巫女(ムーダン)を見ているような気がする。ちょっとでも気を弛めれば身体は真二つ。「まだ生きている」――それだけが最後に残されたかすかな希望であり、同時に底なしの絶望でもあるような世界。生き続けることの希望と絶望。その根源に届く作品である。
水樹和佳『イティハーサ』
この作品はなんと言っても絵の完成度が高い。緻密な曼荼羅のような細密な構成が、「ヒトにとって神とは何か」という壮大なテーマに肉薄することを可能にした。思わずひれ伏したくなるほどの神々しさと神性を備えた神を造形しながら、「風は吹いて風となり、人はゆらいで人となる」――いかなる善神でも一神に帰依することを是としない、という結末の、現代における意味は大きい。
望月峯太郎『ドラゴンヘッド』
幕開けは物凄い力を感じさせる。人の心の奥には「闇の怪物」が棲む。そしてその引き金を引くのは常に「恐怖」――それがこの物語の主題である。やらなければやられる――実体のない恐怖ゆえの「追い落とし」の連鎖は、最も弱い者を追い詰める。非常に特殊な状況を描いていながら、読んでいるうちに、じつは私たちは日常的にこれと同じくらいの地獄を生きているのではないかと思わせられる。もう少し長く続くと思っていたのだが......それが残念。
諸星大二郎『西遊妖猿伝』
本当に昔の講談を読んでいるような時代を超えた面白さ。だが今回は、「現代」を映している作品に軍配を挙げた。
尾田栄一郎『ONE PIECE』
読んでいると前向きな気分になるのはgood。でも『少年ジャンプ』の連載の中では、私は『ヒカルの碁』や『HUNTER×HUNTER』の方が好きだし、評価している。
新井英樹『ザ・ワールド・イズ・マイン』
問題提起は非常によくわかるが、それを頭で感じすぎる気がする。「ああ、こういいたいのね」という感じ。それと、読後感が前向きでなく、なにか澱のようなものが残るのがひっかかった。
● J・ベルント氏
今回の選考過程において、マンガの作品やその読者が、今日の日本においてどれほど多様化しているかを改めて確認できた。とはいえ性別、年令別、趣味別などの形で存在しているマンガの中から、それらの「別」を越えて一般的に納得されうる受賞作を選ぶことができるのか、又、如何に選べばよいのかという点に問題があるだろう。最終選考の順位付けの際、あまりにも個人的趣味に囚われずにそれに応えるため、「手塚治虫文化賞」の意義を次のように重視してみた。
本賞は、マンガ賞なのに、マンガという言葉を避け、その代わりに「文化」を採用する。ただ、この「文化」の下で目指されているのは、(もはや必要でなくなっている)マンガの市民権を主張することでもなければ、高度に実験的な「アート・コミック」に焦点を当てることでもない。むしろ良質なメインストリーム作を評価することである。この意図は、もちろん「文化」を「差別」又は「差異」の観点からでなく、それよりも「統合」又は「共有」の観点の方から捉えることに裏付けられている。そして、幅広く共有されることこそ、日本のマンガにおける手塚治虫作品の大きな特性である。しかし、ノミネート作には、比較的に発行部数の多いマンガ雑誌を基盤としている作品が必然的に上がりやすいという制度上の事情(特に読者推薦)を見ると、現在、文化として共有できるものが、商業的な一般性においてしか存在しないかもしれないと疑問にも思ってしまう。ところで、本賞による手塚治虫への敬意は、共有されうるマンガに加え、ストーリー・マンガ表現の特定の伝統をも指している。それは、目におもしろい画面を走らせ、感覚的楽しみを与えながら、さまざまな歴史的、社会的次元を自覚させる物語展開の伝統である。それを基準に、諸星大二郎の『西遊妖猿伝』を第1位に選んだ。特に印象深かったのは、登場人物が物語的にも視覚的にも「現代化」されていないということだ。さらに、暴力や裸の描写などは、単に視覚的欲望を満たせるのではなく、むしろ一貫してその「伝」としての歴史的リアリティーを感じさせる。従って、最終選考のノミネート作の中、手塚治虫文化賞に最も相応しい作品なのではないか。ただし、このような選考が未来向きよりも、過去向きの方だと認めざるを得ない。どちらに重点を置くかについては、手塚治虫文化賞は方針を立てていない。同様に確定していないのは、すでに幅広く知られているマンガを受賞作にするか又は、ジャンルなどの境界を越えてもっと幅広く読んで欲しいマンガを勧めるかという点である。確かに勧められるのは第2位に選んだ『ドラゴンヘッド』だ。きわめて90年代末的に感じられるグラフィックや、マンガ雑誌掲載を思い出させる情報重複処理のうまさなどの他に、物語展開が神秘的になりそうでも、結局(せめて第9巻までに)神秘的にならないということには、もはやティーンエイジャーでないものとして魅力を覚えた。そして、この点では、『ドラゴンヘッド』は、ファンタジーとしての古代を結末において情報化社会と奇妙につなげる『イティハーサ』とはるかに異なる。
● 細萱 敦氏
コメントなし。
● 水野英子氏
コメントなし。
● 村上知彦氏
長い道のりを経て、ようやく第二部までの完全単行本化が成った「西遊妖猿伝」を、断然の一位に挙げたい。諸星大二郎の、独特のユーモアを交え緩急を心得た自在で悠揚迫らぬ語り口は、昨今のゲーム的アクションにはない、肉体を持った<活劇>の魅力を満喫させてくれる。多彩な登場人物が生き生きと動き回る物語世界の、広大さを実感させる大胆な筆致と雄渾な表現は見事というほかない。いずれ描き継がれるだろう第三部以降への待望の意味も込めて、この偉才の成しつつある大きな仕事に最大限の賛辞を贈りたい。
二位の「イティハーサ」も、昨年完結を見た大長編。以前に途中まで読んでいて、その刊行ペースのあまりの遅さに挫折したままでいたのだが、今回ようやく全編を通読して、その思索的スケールの大きさと深まりに改めて引き込まれた。善と悪の相克という神話的ファンタジーに、愛による自己確認という少女まんが的主題をからめて、「風の谷のナウシカ」や「アキラ」からもつながる、宇宙的規模の人類の破滅と再生の物語を美しく織り上げている。70年代少女まんがの達成を正しく受け継ぐ、その力業に敬意を表したい。
三位に挙げた「ドラゴンヘッド」は完結編の第10巻が、投票日現在未刊である。崩落した伊豆のトンネルから壊滅した首都の地下世界まで、迷宮を巡るように旅してきた主人公たちを追いながら、闇に閉ざされた人間の心の奥底を一貫して見据え続けた。画面空間の閉塞感にこだわった表現の新しさは、もっと注目されてよい。出来れば完結を見届けたかったが、現時点でも充分評価に値する。
四位以下の順位は、あくまで便宜的なものである。「ONE PIECE」の描く<感動>は本物だ。ライバルや敵との戦闘シーンを、その<感動>がしっかり支えて、ありきたりの格闘・必殺技まんがを軽く超えている。題材が、戦後まんがの出発点だった手塚治虫「新宝島」を想起させる海賊ものというのもいい。本賞に強く推すには、スケールの点でやや物足りなさが残るが、さらに大きく成長する可能性を秘めた作品であると思う。「ザ・ワールド・イズ・マイン」は、次第に物語の意図が見えなくなってきた。最初の衝撃が過ぎて、いまは読者を裏切るための仕込みを行っている段階だろうか。理性と生理をともに逆なでする強靭な悪意は一貫して健在だが、その向かう方向が見通せなくて、評価にためらいが生じる。いま少し展開を見守りたい。「ベルセルク」は「断罪篇」に入ってから、それまで物語を推し進めてきた速度を失い、やや停滞を感じさせるようになった。作り上げた物語の大きさに戸惑い、細部にこだわって全体を扱いかねているようにもみえる。独自の世界を持った魅力的な作品であることは疑いないだけに、物語をさらに先へ進める新たな力を発見してくれることを期待したい。
● 夢枕 獏氏
今回は、今までで一番選考に悩みました。完結した作品を基本的には選びたいので、ぜひとも「イティハーサ」を1位にしたかったのですが(完結おめでとうです。昔から読んでいました)、作品の持っている根本的な力ということを考えると、「The World Is Mine」と「ベルセルク」をその上位にせざるを得ませんでした。「ドラゴンヘッド」は、最終回を雑誌で読んでおり、あの終わり方ならこれまで積み重ねてきたものの多くが、〝あれは何だったの〟ということになってしまうのではありませんか。いっそのことハッピーエンドの方がよかったような気もするのですが。「西遊妖猿伝」、「イティハーサ」の差は、ほとんどありません。こういうよい作品ばかりを集めて順位をつけるのはとてもつらいです。1位~4位まで、どれが受賞であっても、ぼくは納得です。
● 米沢嘉博氏
今回最終ノミネートに残った作品は、どれもここ十年間におけるマンガの収穫であり、それぞれの作家たちの代表作だ。しかも、全て、異世界(非日常)を舞台にした物語性の強い作品であり、壮大な物語世界を指向した手塚マンガの今日的継承といってもよい。そうした意味合いにおいて、どの作品も受賞に価すると思うが、中では、特異な世界を描き続けてきた諸星大二郎に代替不可能な作家性を見る。多くのマンガ家(手塚を含めて)が挑戦してきた「西遊記」をここまでオリジナルな世界として展開したマンガは初めてであり、しかも連続娯楽活劇というエンターテイメント性を保持している。「ドラゴンヘッド」は終末的イメージを見事に表現し、リアルであることを完徹したことで、新たなSFマンガの姿を提示した。「イティハーサ」は宗教的神話世界を物語り尽し、「ベルセルク」はヒロイックファンタジーを日本のマンガに完全に移しきった。大衆を主人公にした「The World Is Mine」はもう少し読み続けてみないと解らないところがあり、「ONE PIECE」は冒険マンガの面白さを再生させ若い世代の人気も高いが、完成度より勢いの面白さだと思う。作家として諸星、完結した作品として「ドラゴンヘッド」「イティハーサ」というのが個人的な思いであり、そこから今回の順位付けとなった。
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