-
プロ底辺歌い手の朝は早い
繁華街を歩く一人の男性。
彼は約一年半ぶりの動画投稿のためにこれから歌の録音に行くという。
我々は一人のコミュニケーション能力に問題を持つ底辺歌い手を追った。
Q:平日なのにお休みなんですか?
「僕はカラオケボックスで録音するので。休日は受付が混んでて他のお客さんの視線に緊張したり、店員さんも忙しさで態度が冷たかったりしないかと考えるとやはり平日の早い時間帯ですね。そのために有休を使いました」
底辺歌い手はガラス張りの店の前をゆっくりと通り過ぎる。
「受付が並んでいないかチェックしたんです。やはり受付で拘束される時間が長ければ長いほどストレス負荷が大きいので。待っている間に後ろに次のお客が来て視線サンドウィッチになったら挙動が尋常じゃなく不審になりますしね。ここではごく自然な通行人として通り過ぎることが重要です。このチェックの時に店の中の店員と目が合ったりしたら、次の店に行くしかありませんね。「あ、さっき覗いてたやつがまた来た」と思われたらどうしようというストレスが働くからです」
底辺歌い手の受付はスムーズだ。時に食い気味に、あらかじめ用意されていた答えを読むように応対する。
「まさにあらかじめ用意しているんですよ。時間は2時間。機種は何でもいい。本当は個人的にはDAMがいいんですが、「そんなカラオケに本気じゃないですよ」という感じを出したいので。ドリンクはウーロン茶。受付は緊張して目が泳いでメニューから探す余裕がありませんので。ウーロン茶を置いていないカラオケ店はありませんからね」
部屋に入るとリモコンで曲を探している。その作業は5分経っても終わらなかった。
Q:まだ歌う曲が決まらないんですか?
「…ウーロン茶が来ていないので」
店員が入ってくると底辺歌い手は「なに歌おっかな」というポーズを崩すことなく、「ありがとうございます」と軽く会釈をした。
店員が出ていくと即座に曲を入れ歌い続ける。1コーラスで演奏停止することも多い。
「この後録音をするので、普通のカラオケはあまり時間が取れませんから。」
時々周囲の部屋から集団の賑やかな歌声や合いの手が聞こえる。そのたびに底辺歌い手は複雑な表情を浮かべる。
Q:羨ましいですか?
「…え、あ、いやべべ別に。このお店は一人カラオケ用の料金設定とかしていませんし、つまりそうするとコストパフォーマンス的に僕の圧倒的な勝利なわけですから。歌える絶対量が違うというか。敗北を知りたいですね」
カラオケの音量をゼロにし、ノートPC・マイク・インターフェースをセッティングし録音を開始する。何度も録り直しをするが、その違いは我々取材班には分からない。
終了時刻の10分前には作業を終え、受話器を見つめる。コール音を2回数え、意を決して受話器を取ると「大丈夫です」と答えた。延長可否についてだろうが、その声の震えはあまり大丈夫そうではなかった。
Q:今日の録音はいかがでしたか?
「まあいつも通りです。それに後は聞く人の判断ですから。歌い手として自分の歌に言及することはありませんね」
Q:音程が外れていたと思いますが?
「まあ今日はちょっと風邪気味だったこともあるしあとカラオケボックスの空調とか音響的にもいまいちだったというか録音が久しぶりでマイクの機械的な調子とかも問題があったように思いますし昨日変な夢を見て睡眠時間がいつもより短かった気がしますしそういえばいつもやってる発声練習をし忘れていたなあ」
Q:あとは支払いを済ませるだけですね
「階段がある店なら他の客と一緒にならないようにエレベーターは使いませんね。あとはもう、受付に人がどれくらいいるかは天に任せるほかありません。退路がない分、入店よりは気が楽ですよ」
店を出ると、すぐに帰宅しmix作業を行うという。
Q:他の歌い手の人もこうやって録音するんですか?
「さあ、どうでしょうか?」
Q:歌い手の友達とそういう話はしないんですか?
「…ウタイテノ…トモダチ…?」
Q:ほら、歌い手の仲間同士で居酒屋とかで集まった写真をツイッターであげたりするじゃないですか。ライブの打ち上げとかオフ会の。
「ああ、ピースした手だけの写真を上げたりしてますよね。歌い手だけに。歌い手だけに!HAHAHA!これは傑作だ!」
Q:歌い手友達、いないんですか?
底辺歌い手はその問いには答えず、駅へ向かう道を急ぐ。我々はその背中に「なぜ動画を投稿するのか」という最後の質問を投げかけた。
「それは…、なんでだろう。分かりませんね」
動画投稿楽しみにしていますという我々に、彼は振り向かずに手を振った。
8年近く歌ってみたというコミュニティでもお友達ができなかった彼にとって、その動画を再生してくれる人とのインターネット上の繋がりこそが、その投稿の意義なのかもしれない。
<完>
-
ニコニコ動画って知ってますか?
「ニコニコ動画って知ってますか?」
「あまりよく知らないですけど、名前は聞いたことありますね」
「私最近よく見てるんですよー」
「そうなんですか」
「はい、イベントとかも行ってて、かっこいい投稿者さんとかもいて楽しいんですよねー」
「ああ、でもニコニコ動画ってあまりよく知らないですけどそういうのは本質的でないというか本来的でないというかインターネット的でないと少し思うんですよね。ええ。いや勿論ニ
コニコ動画はこうあるべきだと押し付けるわけではないんですよそんなことは誰にもできませんし時間も常に進んでいるわけですからね動画の視聴制限があった時代を引き合いに出して
も全く無為なことは言うまでもありませんしねしかしですよ、あなたのおっしゃるそれがメインストリームなのかと考えると一抹の寂しさを覚えるのもまた事実でありだってそれじゃま
るでテニサーじゃないですか。テニサーですよね?インターネットは何処に行ったんですか?スカンディナヴィア半島にでも旅に出たんですか?死んだんですか?故郷への郷愁を胸に抱
いて?そんな話は私は聞いていませんし、だってニコニコ動画ですよ?ニコニコ動画。最高にダサいネーミングセンスじゃないですか。インターネットですよね?インターネットだと
思いますよね?そこに何の落ち度もないですよね?facebookならいいですよ。インターネットじゃなくてリアルの武力を踏襲するやつなんだなってすぐ分かる。あれはあっちの物なんだ
なってすぐ分かります。近づきません。だけどニコニコ動画ですよ?スクールカーストにおいて虐げられた者、オタク、コミュ障、メンヘラ、ポエマー。脛に傷を持つ者が一堂に会する
。オールキャスト。「ハルヒ萌え~」とか言ってそう。地獄絵図。そういう臭いをなんとなく嗅ぎとって日参していたはずがいつの間にやらシャレオツ、カッコマン、ゆるふわ、ハイテ
ンション、コミュニケーションモンスター。どこかで見たような風景。いつも感じていた居心地。リアルですよ。リアルのそれと殆ど同じですよ。インターネットじゃないですよね。こ
こでもですか?許されませんか?インターネットでも我々は許容されませんか?え?そうじゃない?細分化されただけ?ジャンル違い?こっちはこっちでよろしくやるので、そっちはそ
っちでいい感じにすればいい?あーいいですね。かっこいい。その余裕。一回言ってみたい。圧倒的に正しい。そしてクソ。素敵過ぎる強者の論理。インターネットしかなかったんです
。あなたとは違うんです。リアルを補強するツールの一つじゃないんです。それが全てなんです。ニコニコ動画はインターネットじゃないんですか?リアルなんですか?どっちなんです
か?玉虫色で誤魔化せるほどもう余裕はないんです。こっちは遊びじゃないんですよ。あ、ニコニコ動画ってあまりよく知らないですけど、名前は聞いたことありますね」
「老害って知ってますか?」
「うぃっす」
-
どうしたら歌い手になれますか?
「歌い手を目指してます。どうしたら歌い手になれますか?」という質問に対し返ってくる回答
「がんばれば歌い手になれるよ!」(0.1%)「動画を投稿したらみんな歌い手だよ!」(0.9%)
「ググれば分かるだろ、殺すぞ」(10%)
「逆に歌い手になれない方法を教えてほしいくらいだわ」(10%)「本当に歌い手になる気がある人はこんなところで質問せずに歌う練習をするなりマイクを選ぶなりmixの方法を調べるなり行動に移していると思います。あなたは例えば看護師になりたいと思ったらまず『どうしたら看護師になれますか?』というざっくりした質問を誰かにするんですか?東京在住で熊本城を見たい時は『どうしたら熊本城を見られますか?』と質問をするんですか?そうしないと何もできないんですか?そんなことじゃこれからの人生、あなたは何も成し遂げることはできませんよ?私の言ってること分かりますか?ねえ、聞いてるの?ちょっと!ねえ!」(19%)
「どうしたら歌い手になれますかじゃなくて『有名になってライブに呼ばれたり雑誌に載ったりCDを出したりする歌い手にはどうしたらなれますか?歌い手友達を作ってツイッターなどで仲良しリプライの往復ができますか?オフ会でたくさんの女子とコミュニケーションとれますか?他の人の動画で僕の名前は出さないでください』と正直に言って下さい。物事は正確に伝えるべきです。謝罪してください」(20%)
「歌い手wwwwww」(40%)結論:「どうしたら歌い手になれますか?」という質問をしてはいけない
広告
2 / 11