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イケボ歌い手と私
その頃私は何もかもがうまくいかなかった。誇張や厨二病などではなく、何もかもがだ。世界の全ての信号は私が近づくと赤に変わったし、電車の乗り換えはいつも考えられる限り最長の時間を私に課した。きっと私には何も与えられないのだと諦めていた時に出会ったのが、キャンドル・拓也の歌声だった。
一言でいえば、イケボだった。他の追随を許さないイケボであり、イケボの歴史を感じた。その圧倒的なイケボで私は耳が幸せだった。正直言うと少し漏らしていた。
新しい動画が投稿されるたびに、私の耳はその僥倖にフェスティバル状態だったし、替えのパンティは何枚あっても足りなかった。
あれから時間は過ぎ、今はもうそのイケボは供給されない。ツイッターなどからは頻繁に活動していることは伝わってきた。しかしそれはリアルの活動だった。たまに動画の投稿があっても、それは背後にあるリアルとの関係性が強く滲み出ていた。私はイケボを、ただそれだけのイケボを、リアルではなくインターネット上に啓示のように存在したイケボを欲しているのに。私はそのままの想いをキャンドル・拓也にメールで伝えてみた。それは問いかけでも懇願でもなく、ただの悲鳴のような内容のメールだった。そして思いがけずキャンドル・拓也から返信はきた。
「こんばんわ、キャンドル・拓也です。メールをどうもありがとう。そしてごめんなソーリー。俺は君の期待には応えられない。君の言わんとすることは何となく分かる。懐古厨だと非難するつもりもない。だけど全ては変わってしまったんだ。君が受け入れるか受け入れないかに関わらず、全ては変わってしまったんだよ。あるいは俺が不誠実だったのかもしれない。だけれど君は?俺が仮に最初と同じように続けていたとして、君は変わらずキャンドル厨でいてくれたという保証はあるのかい?俺ではなくイケボ目当てだったりしないかい?イケボなら誰でもよくて他のイケボに乗り換えたりする可能性は?そう、そんなことは誰にも分からない。人は変わるんだ。今回はそれが俺だったってだけの話なんだ。だから俺が君に言いたいのは、君がどこ住みかっていうことだけなんだ。てかLINEやってる?」
私は涙を流していた。自分が一歩も動いていなかったことに気付いてしまった。いや、気付かないふりをしていたことに気付いてしまったのだ。人は進まなければいけない。たとえ道を間違っても、どんなに臆病でも、そうしなければならないのだ。私は怖くて、とても怖くて、ただいつものイケボで漏らすことで安心していただけなのだ。その失禁は、私の涙だったのだ。いやまあ物理的には尿だけれど、涙的なそういうアレだったのだ。ありがとうキャンドル・拓也。あなたという歌い手を忘れない。
そしてきっともう、私はイケボを求めたりはしないし、ていうかそもそもイケボって何?
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こんな動画/カテゴリ好きなのって私だけ?
公式で以下のようなお題を募集していたので、ニコニコのブロマガーであるところの私も早速キーボーディングしている次第である。
「こんな動画やカテゴリが好きなのは私だけ?という、あなたのとっておきの、全然人気ないけど私は見てるよ!という動画やカテゴリを教えてください!」
私の教えたいとっておきのカテゴリは「歌ってみた」である。これは歌を歌っている動画である。こう言うと大抵「なにそれ?」「知らない」「歌うだけでカテゴリになるはずないだろ、殺すぞ」といった反応が返ってくるが、少しでもこのカテゴリの動画のすごいところや良いところを伝えていければと思う。
1.音が出る
すごい出る。殆どの時間音が出てる。最近のIT技術はすごいと思う。
2.歌ってる人がたくさんいる
すごいたくさんいる。多分130人はいる。
3.歌い手がいる
歌い手がいる。「歌い手になりたい」という人もいれば「俺を歌い手と呼ぶな」という人もいれば「動画を投稿すればみんな歌い手だよ(^^)」という人もいて全く意味が分からない。しかし歌い手はいる。
4.嫌われている
なんか嫌われている。「いやいや、歌っただけでそんなに嫌われないでしょー」と思われるかもしれないが、嫌われている。ちょっとビックリするくらい嫌われている。前世で何かしたのかもしれない。
5.歌ってみてない
歌ってみたというカテゴリだが、題名では「歌わせていただきました」とへりくだっているものや、「歌わずにはいられなかった」「アンビバレンツに歌ってみた」「歌ったのん」といった風に動画の中身ではなく題名で差別化を図ろうと必死なところとかすごいおもしろい。
6.他の動画でxxxの名前を出さないでください。過剰な称賛コメントは控えてください。荒らしはスルーしてください。それに反応することも荒らしと同様です。個人的な解釈で歌っています。不快な方はブラウザバックしてください。
要求が多い。
いかがだっただろうか。歌ってみたのすごさが伝わっただろうか。これを読んで少しでも興味を持った人は是非歌ってみた動画を観てもらいたいし、この文章を不快に感じた方はブラウザバックしてください。
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よくある歌い手ブログ
3月1日
歌った。
3月2日
昨日ほどではないが歌った。
3月3日
今日は忙しかったのでなかなか歌えなかった。でも歌い手なのに歌わないなんてことがあっていいのだろうかと悩んで、結果歌った。このあたりは歌い手ならではの感覚かもしれない。このあたりの歌いティズムは歌い手じゃない人には理解し難いかもしれない。
3月4日
ものすごい歌った。完膚無きまでに歌った。やはり自分は筋金入りの歌い手なんだなあと思った。自分の中の歌い手がどんどん大きくなっているのを感じる。
3月5日
やはり歌った。今日は歌わないかもしれないと誰もが思ったがやはり歌った。そしてイケボだった。自分で聞いてもはっきりと分かるイケボだった。
3月6日
朝起きたら自分の耳が孕んでいた。
3月7日
今日は一日マイクが手から離れなかった。知り合いのマッチョ(よしゆき君)に頼んでも離れなかった。一応病院にも行ったが原因不明と言われた。問診票の職業欄に歌い手と書いたら怒られた。
3月8日
むしろ右手がマイクになっていた。
3月9日
鏡を見たら顔がファンの描いたイメージ絵になっていた。
3月10日
最近親が本名じゃなく歌い手ネームで呼んでくる。
3月11日
段々自分が誰だか分からなくなってきた。無意識のうちに「素晴らしい本家様」と呟いている。
3月12日
それでも歌ってみた。今の自分には歌うことくらいしかできないから。自分、不器用な歌い手やから…。
3月13日
歌ってみなかった。
3月14日
歌い手じゃないかもしれない。
3月14日
右手が元に戻っていた。
3月15日
自分が歌い手じゃないなんて可能性を考えたこともなかった。だけどそれでいいんだ。カテゴライズされない、誰でもない自分だけの道を、これからは歩いて行こう。だって僕達は世界で一つだけの花なんだから。ベゴニアなんだから。
3月16日
踊ってみた。
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